いえ、一概に悪いとか言うつもりはなくて、きっかけがなんにせよ原作を読む読者が増えてくだされば幸いなんですが、方針が真逆すぎて複雑すぎる。
「むっ。アニス様、スタンピードの土煙です」
「私も見えた!あそこだね」
王城から空を飛んで真っすぐに防衛地点に向かうことしばらく、アニスたちはスタンピードが発生している地点の近くについていた。
ちなみに、道中ではアニスフィアがユフィリアに魔石や魔物、冒険者をやっている理由などについて説明し、クルーガーも風魔法を使って2人の会話を聞いたり補足を入れたりした。
魔石とは固有魔法を扱う魔石持ちの魔物の核となるもので、魔物が精霊を取り込むことで生成される(とアニスフィアは考察している)。
精霊が物質・結晶化した精霊石の亜種のようなものだが、精霊石と違って魔石単体で力を発揮することはできず、生物由来の媒体を通すことで初めて効力を発揮する。
アニスフィアは魔石を自分の体に取り込むことで魔法を扱えるようにする研究を進めており、そのために魔石を含めた素材集めと資金作りとして冒険者をしていたのだ。
「それにしても、思ったより規模が大きいですね」
「だね~。前の倍くらいの勢いはあるかな?」
「とはいえ、奥に控えているのはあのドラゴンです。妥当と言えば妥当ですね」
「防衛陣はどこにあるんだろ」
「土煙の方向から推測はできますが、これほどの規模だと爆発などで魔物の群れを分散させるでしょう。それを見てからでも遅くはないかと」
「ん~、できるだけ早めに参加したいけど、合流を優先するならその方がいっか」
状況としてはそれなりに絶望的なはずなのだが、クルーガーとアニスフィアの表情には恐怖も緊張もない。というより、まるで一大イベントに立ち会うことに浮かれているようにも見える。
だが、そんな2人の様子をユフィリアは暢気だとは思わない。
口元に笑みを浮かべつつも、2人の眼差しは真剣そのものだった。
特にアニスフィアの目は、とてつもない困難に立ち向かう覚悟を持った者のそれだった。
だからこそ、2人が浮かべている表情について突っ込むような野暮はしなかった。
だが、それはそれとして気になることがあった。
「それと何度でも申し上げますが、露払いは私がやります。
「え~?でも私の素材の取り分が・・・」
「私の素材の取り分はすべてアニス様に差し上げますので、それで勘弁してください」
「ほんと!?約束だからね!」
移動の最中に何度も交わしている会話だが、クルーガーが何度も念を押している
「あの、何度も話されていますが、クルーガーの仰る
ユフィリアから質問されて、アニスフィアとクルーガーもそのことについて話していない、というより話すわけにはいかなかったことについて説明していなかったことに思い至ったため、ユフィリアにも事情を説明することにした。
「そうですね。先ほど、アニス様から魔物を取り込むことで魔法を使えるようにする、ということは聞きましたね?それについて、成功例はあるにはあるのです。まぁ、あくまで“結果だけ見れば”という話ですし、とても大っぴらにできる代物ではありませんが」
「はぁ・・・?」
「それが、これなんだよね」
そう言って、アニスフィアは懐から一つの瓶を取り出した。中には液体と共に黒い丸薬が入っている。
「それは?」
「私たちは“魔薬”と呼んでいます。平たく言えば、粉末にした魔石を練り込んだ薬です」
「魔石を薬の材料にしたのですか!?」
「おわっ!?」
急に耳元で叫ばれたアニスフィアはバランスを崩して墜落しそうになるが、クルーガーの助けもあってどうにか体勢を整えることができた。
「す、すみません・・・」
「いえ、反応としてはあながち間違っていません。効果として、服用すれば魔力を消費して身体能力を強化することができます。ただ・・・」
「ただ?」
「・・・副作用の方が、わりと深刻でして。薬の効果が切れると力が入らなくなるのもそうですが、何より効果時間中は理性の箍が外れて、より好戦的かつ凶暴的になるんです」
「そうなんですか!?」
「そうそう。過剰摂取で悪影響を及ぼすから、クルーガーと協力しても調薬に数年かかったよ~」
「・・・その話はこの件が終わってから詳しく聞かせていただきますが、なぜクルーガーは止めなかったのですか?」
まさしく人の道を外れるような代物の開発に関与したということでユフィリアはクルーガーに批難の視線を向け、クルーガーはわずかに目を逸らしながら答えた。
「いえ、これに関しては私も乗り気ではなかったんですが・・・」
「私が無理を言ったんだ」
言いよどむクルーガーに代わり、アニスフィアがネタばらしをした。
「たしかに魔薬は体にいいものじゃないし、もしかしたら人の道を外れることになるかもしれない。それでも、私には叶えたい願いがあるんだ」
「それを言われては、私も強く反対できなくなりまして。代わりに、アニス様共々、陛下からこれ以上ないくらいのお叱りの言葉を受けることになりましたが」
人を辞めることになってでも叶えたい願い。
それが何なのかユフィリアは尋ねようとするが、その前に森の中で爆発が起こった。
「どうやら始まったようです」
「みたいだね。2人共急ぐよ!ユフィも、この話は後で必ずしよう!速度を上げたいから風の魔法で支援してもらっていい?」
「・・・ようやく、助手らしい共同作業ですね」
そうアニスフィアに頼まれたユフィリアは、わずかに抱きつく力を強めてそう返した。
「無茶しない程度でお願いしますね?」
「ふふっ、じゃあ、行くよ!クルーガーも私についてきて!」
「えぇ、分かっております」
真に心を通い始めた2人にクルーガーは内心で笑みを浮かべながら、ユフィリアの支援を受けて急加速したアニスフィアの後ろに続いて防衛陣へと飛んでいった。
風魔法の支援が無ければ風圧でまともに目を開けないほどのスピードの中、アニスフィアは必死に目を凝らして防衛にあたっている冒険者と騎士の姿を探し出す。
「いたっ、あそこ!って危ない!」
「アニス様!?」
アニスフィアが魔物と戦っている冒険者を見つけ出した時、ちょうどドラゴンの咆哮で動けないところに熊の魔物が襲い掛かろうとしているところだった。
それを見て、アニスフィアは着地の手間も惜しんで魔女箒から飛び降りた。
「どいたどいたあああああ!!」
そして、マナ・ブレイドを起動して落下する勢いのまま振り下ろし、熊の魔物を肩から一刀両断した。
「はぁ、はぁ・・・」
「アニス様。あまり無理はなさらないでください。というより、あのスピードでユフィリア嬢をほったらかして飛び降りないでください。ユフィリア嬢はアニス様ほど魔女箒を乗りこなせないんですから」
「あっ、ごめんねユフィ!大丈夫だった!?」
「は、はい、クルーガーのおかげでどうにか・・・」
目の前のピンチに反射的に行動したアニスフィアは、猛スピードで飛ばしたままユフィリアを放り出したことに気付いて謝るが、ユフィリアの方はクルーガーがどうにか風魔法でクッションを生み出すことでユフィリアを受け止めたため、大事には至らなかった。
そして、ここまで派手な登場をしたため、周囲の冒険者や騎士たちもアニスフィアの存在に気付いていく。
「あの髪!まさかあのお方は・・・!」
「あぁ、間違いねぇ!」
「曰く、珍しい魔物があらば文字通り風のように現れる変人!」
「曰く、奇妙な道具を使いこなして戦う奇天烈!」
「見目だけは麗しい、我が国が誇る稀代の問題児!」
「隠すこともない髪色から察せられる身分から、こう呼ばれる!」
「「「その名も、“
「誰よ今マローダーって呼んだのは!?せめてマッドって呼びなさい!」
「それはそれでどうかと思います、アニス様。まぁ、どちらとも否定はできませんが」
恒例となっている冒険者とアニスフィアのやり取りに、クルーガーもまたいつものようにツッコミをいれた。
ユフィリアがあっけにとられていると、奥から他よりも豪勢な鎧を身にまとった隊長格の騎士がやってきた。
「アニスフィア王女殿下にクルーガー殿!?それにユフィリア公爵令嬢まで!?なぜここにッ・・・!?」
「あぁ、どうも。察しの通りかとは思いますが、高位冒険者として招集を受けたのです。ユフィリア嬢はアニス様の助手として」
「王女殿下が高位ランク者であらせられるのは知っていますが、だからといって王族ともあろう方が!これはただのスタンピードではないのですよ!?クルーガー殿もなぜ王女殿下を止めなかったんです!?」
「ただのスタンピードだったら、いても不思議じゃないんですね・・・」
騎士の反応からして、こういった乱入が日常茶飯事であることを察したユフィリアは呆れを表に出さずにはいられなかった。
詰め寄られたクルーガーとアニスフィアは、何を今さらと一蹴した。
「別にいつものことでしょう、アニス様が魔物の素材目当てで乱入するなんて。私が言って止まるのであれば、いくらでもそうするのですが・・・」
「そんなことを私に言っても時間の無駄だって分かってるよね?」
「・・・あぁもう!頼もしいですが心臓に悪い御方です、貴方様は!」
顔を手で覆って嘆く隊長に、ユフィリアは思わず同情の視線を送った。
とはいえ、時間の無駄だということは隊長もわかっているため、すぐに気を取り直して本題に入った。
「・・・現在、我が騎士団と冒険者共同で防衛線を・・・」
「その辺りのことは大方察しています。問題は後ろに控えているドラゴンでしょう?」
「・・・そうです」
今回のスタンピードは規模が規模なため、すでに少なくない被害が出ている。そんな状況の中でドラゴンが乱入して来れば、最悪壊滅する可能性すらある。
だが、だからといってドラゴンの対処に人員を割けば、今度は魔物の群れを抑えきれなくなってしまい、どのみち部隊は壊滅してしまうだろう。
さらに、ドラゴンは空を飛べるため、防衛陣の上を飛び越えられてしまっては手も足も出ず、最悪そのまま王都にまで行かれる可能性もある。
だからこそ、防衛部隊は何としてでもこの場で食い止める必要があった。
「でしたら、ドラゴンの相手は私とアニス様がするしかないでしょう。他に空を飛べる者はいませんし」
「だね。あーでも、クルーガーには露払いをしてもらうし、風の魔法じゃ威力が足りないでしょ?だったらドラゴンは私がやるから、クルーガーは地上の魔物の相手をよろしくね?」
しれっと「ドラゴンとはサシでやる」と言ってのけたアニスフィアにユフィリアは耳を疑い、隊長もまた尋ねずにはいられなかった。
「・・・たしかに貴方様は高ランクの冒険者。その実績だけでも、我が国内には貴方様に敵う者はそう多くないでしょう。ですが・・・本気ですか?いえ・・・正気ですか?」
「本気だし、正気だよ」
隊長の問い掛けに、アニスフィアはためらうことなく頷いた。
だが、だからと言って納得できるものではない。
「ですがッ・・・」
「じゃあ、貴方ならこう言った方が納得しやすいかな」
食い下がろうとする隊長の言葉を遮って、アニスフィアは告げた。
「これは
王族としての命令と言われれば、隊長も拒否することはできない。
代わりに、アニスフィアが持つ魔女箒に視線を向ける。
「・・・その魔道具を私が扱えれば、私が行くと言えたのですが」
「慣れない素人に空中戦させるなんて、とんでもないよ~」
「進んでドラゴンと戦う方が何をおっしゃる」
アニスフィアは冗談混じりに笑うが、隊長の正論に後ろでユフィリアもコクコクとうなずいた。
そこで、事の成り行きを見守っていたクルーガーが口を開いた。
「それでは、話し合いは済んだということでいいでしょうか?でしたら、私たちは遊撃に回ります。ドラゴンが出ても私はスタンピードに当たりますが、魔物を殲滅次第、私もアニス様に加わります。もしアニス様に万が一があれば、陛下に何と言われるか・・・」
「・・・やはり、今回も陛下には何も伝えずに来られたのですね」
「えっ!?い、イリアに伝言頼んだし・・・」
アニスフィアは目を逸らしながらそう言うが、事後承諾のため何も言わずに飛び出たことに変わりはない。
とはいえ、いちいち突っ込んではいられないため、隊長は別のことについて尋ねた。
「それで・・・ユフィリア公爵令嬢も同行されるのですか?」
「そのつもりで同行しております」
「・・・護衛は必要ですか?」
その必要はないと頭では分かっていたが、それでも念のために隊長は護衛の有無について尋ねる。
だが、クルーガーからもたらされた返答は、案の定のものだった。
「我々の足手まといにならない精鋭であれば」
「はははっ、ご冗談を・・・わかりましたよ、不要と言うことですね」
「ていうより、むしろ私がユフィの護衛をすることになるかな。ユフィ、周りに人がいなければ大規模魔法で殲滅できる?」
「・・・我が名に恥じぬ活躍をお約束いたしましょう」
「お気遣いはありがたいですが、それには及びません」
助手としての役割を果たそうと息巻くユフィリアに対し、クルーガーは有無を言わせない勢いで遮った。
これにはユフィリアだけでなくアニスフィアもクルーガーの正気を疑った。
「・・・この規模のスタンピードなんだから、さすがにユフィリアに一気に片付けてもらった方がいいと思うけど」
「たしかにそうかもしれませんが、あくまで念のためです。ユフィリア嬢に後方支援に徹してもらいたいというのもありますが、それ以上にユフィリア嬢にアニス様をお任せしたいのです。もしアニス様がドラゴンに敵わないようであれば、必ずユフィリア嬢の力が必要になります。その時までできるだけ力を温存してほしいのです。それに・・・」
「それに?」
「・・・ユフィリア嬢が全力を出すと、魔物の素材が跡形もなく消し飛ぶかと」
「あっ、そうじゃん!よしっ、スタンピードはクルーガーに任せた!」
「アニス様・・・」
「この期に及んで、貴方様は・・・」
だが、こんな状況で素材のことを指摘されてあっさり掌を返したアニスフィアに、ユフィリアは何度目かわからないあきれ顔になり、隊長もまた頭を抱えた。
そんな2人の様子を見て、クルーガーはクツクツと笑いながら右手にマナ・ブレイドを、左手に魔杖を構えた。
「心配なさらずとも、これでも広域殲滅の心得はあります。ユフィリア嬢に代わり、これまでの旅とアニス様との研究で培った技というのをお見せしましょう」