アニスフィアたちが隊長と話し終えた頃、戦場ではようやくスタンピードの第一陣を倒し終わって騎士や冒険者が一息ついていたが、そこに慌ただしく伝令の騎士が走ってきた。
「伝令!スタンピード第二波がまもなく来ます!」
「爆破で怖気づいてたやつらか!」
「落ち着いてきたと思ったら・・・ったく、休むヒマもありゃしないわね!」
第一陣の時点ですでに消耗していたのだが、それでも絶え間なくやってくる魔物に悪態をつく者もいた。
だが、魔物が人間たちの都合を考えるはずもなく、どんな状況でも相手をするしかない。
「動ける者をかき集めろ!部隊長殿が戻るまでに態勢を・・・」
「いえ、その必要はありません」
騎士が指示を出そうとしたその時、後ろからシャランと鈴のような音と共に静かに声が響いた。
伝令の騎士の後ろから隊長と共に現れたのは、杖と半刃刀身のマナブレイドを両手に持ったクルーガーだった。
「腕の立つ者以外は怪我人の救助と後方支援に回ってください。出来るだけ配慮はしますが、下がってもらう方が私も気兼ねなく戦えますので」
騎士たちのように声を張り上げているわけでもないのに関わらず、クルーガーの言葉はすんなりとその場にいた者たちの耳に入った。
「わ、わかりました!ここはクルーガー殿にお任せします!お前たち、行くぞ!」
クルーガーの頼みを聞いた騎士たちは、第二波がすぐそばに迫っていることもあって即座にクルーガーの言う通り後方へと下がっていった。
それを確認したクルーガーは、だらりとマナブレイドを下ろして脱力の姿勢をとった。
「さて、数は10、20、30・・・と少し、といったところか。これはアニス様が喜びそうだ」
風魔法による索敵で魔物の数を把握したクルーガーは、常人なら顔を青ざめてしまうような数を前にしてアニスフィアへの手土産のことを考えていた。
「それじゃあ、始めるとするか」
そう言うと、クルーガーの体が深く沈み込み、ドゴォンッ!という爆音と共に魔物の群れへと突っ込んでいった。
身体強化と風魔法による爆風を併用した踏み込みで一気に近づき、すれ違いざまにマナブレイドを一閃して魔物を1匹仕留めた。
「まずは1つ」
クルーガーはそこからすぐさま体勢を整え、風魔法で勢いを殺してから木の幹を使った三角飛びで着地し、振り向きざまに背後から迫って来ていた魔物の首を斬り落とす。
「次いで2つ。“アイスブレイド”」
続いてクルーガーは氷で出来た剣を4本生み出し、前後から襲ってきた魔物2体とクルーガーを無視して騎士たちのところに向かおうとした2体の魔物の脳天や心臓を貫いた。
「6つ」
前方から4体まとめて迫ってきた魔物に対し、クルーガーは居合抜きのようにマナブレイドを構え、振りぬきながら刀身を伸ばすことで4体まとめて魔物を斬り伏せた。
「これで10。ついでに11」
そして、奥から出てきたトロールが魔物を踏みつぶしながら近づくよりも早く、クルーガーが生み出した氷の弾丸によって眉間を貫いた。
「ふぅ・・・さすがはドラゴンによるスタンピード。選り取り見取りだな」
軽く息を吐きながら僅かばかりも疲労の色を見せないクルーガーを前に、魔物たちは揃って距離を取るように後ずさる。
だが、この惨劇を見ていない後ろの魔物からすれば前にいた魔物がいきなり立ち止まったようなもののため、逃げる勢いのまま衝突してもみくちゃになってしまった。
そして、踏ん張りきれずに前へと押し出されてクルーガーが倒した魔物の方へと倒れこんでしまいそうになる。
「おっと、あまり素材を無駄にするわけにはいかないんでね。“ウィンドウォール”!」
前にいた魔物が転倒するよりも早くクルーガーは魔法を構築し、極大の上昇気流を生み出しておくに控えていた魔物ごとまとめて空中に放り出した。
そこへクルーガーもまた自らが生み出した上昇気流に乗って空中へと飛び上がり、杖の先を魔物の群れへと向ける。
「吹き荒れろ、“ストームカッター”!」
そして、空中で無数の真空の刃を射出し、次々と魔物を切り裂いていった。
そうして、僅か数分の間にクルーガー1人の手によってスタンピードの第二陣、その大半が物言わぬ骸となって地に落ちた。
「すごい・・・」
後方では、ユフィリアが怪我をした冒険者や騎士の治療を行いながら、クルーガーの戦いぶりを見て感嘆の息を吐いた。
ユフィリアもパレッティア王国の宝と言われるほどの魔法の才を有しているが、風魔法の規模や魔力操作で言えば自分も敵わないのではないかと思うほどにクルーガーの魔法は高みにあった。
「クルーガーは風魔法の使い手と伺っていましたが、氷の魔法も扱えたのですね」
「あの杖があれば、全部の属性を使えるんだって。逆を言えば杖がなければ使えないってことだけど、本当なのか疑っちゃうよ」
ユフィリアが感心している横で、アニスフィアも表には出していないが内心で舌を巻いていた。
たしかにクルーガーの戦いぶりは魔法に目が行きがちになるが、何よりも注目すべきは魔物の状態だ。
あれだけ派手に暴れたというのに、クルーガーが倒した魔物はすべて素材が十分に採れるくらい状態が良く、中には毛皮が丸々取れる完全な状態を保っているものもあった。
「クルーガーが得意なのは風魔法だけど、風の流れを読むことで、どこにどんな魔物がいるか分かっちゃうんだって」
「なるほど・・・真後ろから襲撃を難なく対処したり、広範囲の魔物の位置を把握しているのは、そういうことだったんですか」
「ついでに言えば、それだけ緻密な魔力操作もできるから、氷や風の刃なんかも普通の魔法より鋭く精密に動くんだよね」
こうして共に戦うほど、アニスフィアはクルーガーが旅人としてパレッティア王国に流れ着いたという幸運が身に染みた。あれほどの魔法の使い手は、ユフィリアを除けば国内にも片手で数えるほどいるかどうかといったところだろう。
つくづく、どこでどのような教育を受けていたのか気になってくるが、その手の話になるとクルーガーは毎回「そうですね、特別なことは何も。強いて言うなら、年の功でしょうか」と誤魔化す(少なくともアニスフィアはそう感じている)ため、出来るならユフィリアに魔法を教えてもらおうとアニスフィアは心の中で決めた。
以前までならそれも遠慮していたが、最近ではクルーガーに対してであれば拒否反応はそこまで出ていないため、このスタンピードが終わった後でこのことを提案すれば、クルーガーもユフィリアも了承してくれるだろう。あるいは、ユフィリアの魔法の腕が上がればさらにできることが増えるかもしれない。
そんなアニスフィアの企みを感じ取ったのか、ユフィリアは謎の悪寒を感じてアニスフィアの方を向き、アニスフィアはわざとらしく目を逸らして口笛を吹いた。
「魔物はあらかた片付きました。これなら新手が来ても・・・何をしていらっしゃるんですか?」
そこで討伐した魔物を風魔法で運んできたクルーガーが合流し、2人の間に流れる微妙な空気について突っ込んだ。
「あ~、いや、何でもないよ?うん、何でもない。それよりも、さすがクルーガーだね!」
「お褒めにあずかり光栄です。約束通り、これらの素材は後でお渡しします」
「ありがとね!」
「クルーガー殿!」
クルーガーとアニスフィアが話していると、クルーガーが戦っていた方の反対側から隊長が走ってきた。その後ろからは他の騎士や冒険者も集まっていた。
「魔物の相手、感謝いたします」
「後方の部隊配備は?」
「おかげさまで、すべて完了しています。怪我人も奥に下がらせた上でユフィリア様が治療してくださったので、巻き込まれる可能性は低いでしょう。とはいえ、生き残りの部隊はあくまで地上の魔物に対してのものだけですが・・・」
「それで良いでしょう。下手にドラゴンを刺激するわけにはいきませんし、第一アニス様以外にドラゴンを相手にできる者がいませんからね。それに・・・すでに近いところまで来ているようです」
グオオオオオオオ!!
クルーガーがそう言った次の瞬間、大地を揺るがすような咆哮が森全体に響き渡った。
これの意味するところは考えるまでもない。
「ドラゴンの咆哮・・・!それも、先ほどよりも強くなっている!」
「接敵まで1分も掛からないでしょう。部隊は展開を急いでください。おそらく残りの魔物も迫ってくるはずです」
「「「はっ、はい!」」」
「私も殲滅に加わりますが、第二陣よりも魔物が多く広がっているので先ほどのようにはいきません。ここからは各個撃破でいきます」
「いえ、助太刀してくださるだけでも心強いです」
「では、アニス様とユフィリア嬢は・・・」
クルーガーがアニスフィアとユフィリアに向き直った次の瞬間、たたきつけるような風が吹き荒れると共に上空に巨大な影が現れた。
上を見上げれば、建物と見紛うかのような巨大な体躯に雄大な翼を広げた存在が、地上を見下ろしていた。
全身は赤い鱗に覆われ、鋭い爪や凶悪な牙を生やし、頭部には2本の角を携えるその姿は、紛れもないドラゴンであり、伝承にある『翼を生やした巨大なトカゲ』などという例えとは比べ物にならないほどに、威厳と美しさに溢れていた。
「すごい・・・あれが、ドラゴン・・・!」
そんなドラゴンを前に、ユフィリアを含めた多くの者が畏怖の表情を浮かべる中、只一人アニスフィアは興奮を滾らせ、血を沸騰させ武者震いのように体を震わせながら笑顔を浮かべていた。
「すごい!本当にすごい!あんな生き物がいるなんて!世界はいつだって素晴らしい!」
「嬉しそうになさるのはけっこうなのですが、少し抑えてください、アニス様。ユフィリア嬢が引いてますよ」
「いえ、そういうわけでは・・・」
「あんな見事な存在がこの世界にいるんだよ!あぁ、ドラゴンなんて本当にすごい、夢を見ているみたい!もしも、あのドラゴンの魔石を私が加工できたら、私はどんなことができるようになるかな!?もっと知りたい!余すことなく、ドラゴンという存在を暴き尽くしたい!!」
「あぁ、聞こえていませんね、これ。まさかすでに魔薬でも摂取したんですか?これが素だと思いたくないんですけど」
クルーガーの発言なんて耳に入らない様子で、アニスフィアはただただ目の前の存在に打ち震えていた。そして、広がって止まない可能性がアニスフィアの中に溢れ際限なくテンションが上がっていく様子を見て、クルーガーは軽く引いていた。
とはいえ、魔女箒を片手に持ってすぐさま突撃していないだけ、まだ理性は残っている方なのだろう。
だが、それも細い糸程度にしか残っていなかったようで、
「それじゃあ、行ってくるね!」
「えぇ、ご武運を・・・」
クルーガーが言葉を送るよりも早く、アニスフィアは懐から取り出した魔薬を嚙み砕いて飲み込み、一直線にドラゴンのいる上空へと飛び去って行った。
アニスフィアを見送ったクルーガーは、呆然としているユフィリアの方を向いた。
「さてと・・・ユフィリア嬢、貴女にこれを預けます」
そう言って、クルーガーは自身の杖をユフィリアに渡した。
「クルーガー、これは・・・」
「ユフィリア嬢なら、その杖を十分扱えるでしょう。魔女箒と同等とまではいかなくとも、空を飛ぶこともできるはずです。無理をなさらない範囲で、アニス様のことをよろしく頼みます」
「!・・・はい、わかりました!感謝します!」
クルーガーが大事にしていた杖を託され、アニスフィアと共に戦えると理解したユフィリアは、アニスフィアに続くように杖にまたがって上空へと飛び上がっていった。
それを見送ったクルーガーは、深く息を吐きながら視線を魔物の群れへと向けた。
「さて・・・それじゃあ、あの2人に気を付けながら、果たすべき事を片づけるとしようか」
そう言って、クルーガーはマナブレイドを片手に、再び魔物の群れへと突っ込んでいった。
最後の方のオリジナル展開は、ちょいと悩んだ結果入れることにしました。
原作通りのままでも良かったと言えば良かったんですが、やっぱり全部同じだと面白味に欠けますし、アニオリの魔女箒練習を匂わせたんならこれくらいはしてもいいでしょう。