アニスフィアとユフィリアが再び空に飛びあがると、ドラゴンはまるでアニスフィアが来るまで待っていたかのように滞空したままだった。
そして、アニスフィアの姿が視界に入ると、まるで二ィと笑ったかのように牙を剥き出しにした。
「余裕かまして・・・!」
ドラゴンへの恐怖は、魔薬によって闘争心に置き換わっている。
そのままアニスフィアはマナ・ブレイドで斬りかかるが、ドラゴンも学習しているのか魔力障壁で受けず回避しようと翼を羽ばたかせた。
それを見たユフィリアがアニスフィアに警告を飛ばす。
「アニス様!翼には注意を!あの巨体での飛行を支えているのはドラゴン固有の魔法かと思います!それを可能としているのが、あの翼です!」
「さっきの強風みたいのだね!わかったよ、じゃあ狙うなら・・・」
「「翼っ!!」」
2人の声が重なり、距離を取ろうとするドラゴンに滑り込むようにして近づく。
「ユフィ!ドラゴンに取りつきたいけど、意表を突くには一気に加速するしかないと思う!私の合図で加速させられる!?」
「はい!やります!」
「命。預かったよ!」
「とっくに預けました!」
言葉を交わしながら、アニスフィアは魔女箒を操ってドラゴンの後ろに回り込もうとする。
だが、ドラゴンも2人の狙いを理解しているのか簡単に背後をとらせようとしない。
「“ウィンドカッター”!」
そんな中、ユフィリアがクルーガーにも迫るほどの風の刃を放った。
一発あたりの威力は高くないためドラゴンの魔力障壁によって霧散させられるが、それでもほんの一瞬だけドラゴンの動きを止めるには十分だった。
「ッ、今ァ!!」
アニスフィアの合図と同時に、ユフィリアは最初にドラゴンに放った“ウィンドブラスト”を、今度は推進力として後ろに放った。
ロケットのような加速でアニスフィアがギリギリ意識を保つ中、ドラゴンの横を通り過ぎたギリギリのタイミングで魔女箒から手を離して跳躍した。
ドラゴンは横を通り過ぎた魔女箒に目が向いており、頭上に飛び上がったアニスフィアに気付いていない。
「今度は、お前が堕ちろーッ!!」
そのまま落下の勢いも加えて、アニスフィアは渾身の一撃を翼の根本に叩き込んだ。
だが、先ほどの一撃を学習して出力を上げたのか、元より重要な部位だからなのか、先ほどの一撃よりも強い衝撃がアニスフィアの手に返ってくる。
「知、る、かァ――――ッ!!」
それに構わず、アニスフィアもマナ・ブレイドに魔力を送り込んでいく。
この機会を逃せば、再びドラゴンの翼を斬り落とすのは絶望的になる。
ただひたすらにマナ・ブレイドに魔力を込め続け・・・するりと抵抗がなくなったように魔力刃が振りぬかれ、そのままドラゴンの翼を根本から斬り落とした。
「っしゃあ!ざまあみろ!」
自由落下に身を任せながら、アニスフィアはドラゴンに向かって拳を突きだす。
そんなアニスフィアを、ユフィリアは慌てて魔女箒で飛びながら回収して地上へと降り立った。
「アニス様!ご無事ですか!?」
「ナイスキャッチだよ、ユフィ・・・っとと」
「アニス様!?」
「大丈夫、大丈夫だから・・・」
アニスフィアがユフィリアに抱えられた状態から立ち上がろうとすると、膝から崩れ落ちそうになってしまった。
ユフィリアの前なのでアニスフィアは何でもないと強がるが、魔力を一気に消耗したせいで体に負担がかかり過ぎていた。
とはいえ、その甲斐あってようやくドラゴンと地上で戦うことができる。
これでようやく対等に渡り合えると、そう思っていた。
だが、ドラゴンの口元に集まる光と膨大な魔力の気配を感じ、思わず息を呑んだ。
あれは、先ほどアニスフィアが余波だけでダメージを負った、あのブレスだ。それも、込められている魔力は先ほどのものよりも遥かに多い。
「アニス様!退避を!」
「そ・・・だね。あれは逃げ・・・」
ユフィリアの必死な叫びにアニスフィアも同意し、その場から離れようとした。
だが、念のためにとドラゴンが見ている先を振り向き、動きを止めてしまった。
「・・・駄目だ」
「えっ!?何故ですか!?」
「後ろには・・・戦場がある」
アニスフィアたちの遥か後ろには、スタンピードを押し留めている騎士や冒険者たちの姿があった。
そこはどう見てもブレスの射程圏内であり、もしアニスフィアたちがその場を離れればドラゴンは容赦なくブレスを戦場へと薙ぎ払うだろう。
あのブレスはおそらく最大出力。そうなれば、被害は計り知れないものになる。
言うまでもなくブレスは危険。だがこの場から退くことはできない。
だからこそ、アニスフィアが出した答えは単純で正直なものだった。
「・・・ユフィは全力で防御。手段は何でもいいから、戦場にまでブレスを届かせないで」
「アニス様?・・・いったい、何をするつもりですか?」
「あれをぶった斬る」
ドラゴンのブレスは純粋な魔力な放出であり、言ってしまえば魔法の類だ。
であれば、マナ・ブレイドで斬ることができる。
そして、マナ・ブレイドにはリミッターには自壊を防ぐためのリミッターが取り付けられており、それを外せば理論上いくらでも魔力を込めることができる。
つまり、自身の魔力をありったけ込めた一撃を以て、自身の魔力が尽きるかマナ・ブレイドが自壊する前にドラゴンのブレスをぶった斬る。
もはや策とも言えない、著しく分の悪い賭け。
「でも、そんなの今更だ」
アニスフィアはためらうことなくマナ・ブレイドの制限装置を解除し、全身全霊の魔力を込め始めた。
魔法の才能に恵まれなかったアニスフィアは、生まれてからずっと分の悪い賭けに賭け続けてきた。そうでなければ、自身が望む魔法使いになることができなかったから。
クルーガーが来てからは極端に勝算が低くなるようなことはなくなったが、それでも全体的に見れば勝率が五分を超えることすら稀だったと言えるだろう。
それに、もしここで自分が助かるために逃げてしまえば、この先ずっとこの選択を後悔し続けることになる。アニスフィアにはその確信があった。
「王女なんて柄じゃないし、竜殺しの英雄なんて称号も欲しいわけじゃない。
ただ、たった一つだけ譲れない。
魔法使いになるために、不可能を可能にしてみせないと・・・魔法使いなんて名乗れない!!」
だからこそ、ここで迎え撃つ。
そんなアニスフィアの言葉に、ユフィリアもまた覚悟を決めた。
「・・・分かりました。どうか、貴女のお心のままに。
だから、見せてください。私が守りますから。貴女も、貴女の背も、守りますから。
私が、見ていますから・・・!!」
(・・・ありがとう、ユフィ)
感謝の言葉は、口にしない。できない。
アニスフィアは、ユフィリアの叫びと同時に放たれたブレスを真正面から見据え、目を焼くような閃光によって白く染まる視界に抗いながら、マナ・ブレイドを上段から振り下ろした。
「ああ、アアアアアァァァァァ―――――ッ!!」
振り下ろしたマナ・ブレイドがブレスと衝突した次の瞬間、ブレスの射程圏内だったとはいえそれなりに離れていたはずの戦場にさえ届くほどの魔力の奔流が吹き荒れた。
アニスフィアのしていることは、圧倒的な質量に対して剣を振り下ろしているようなもの。言われるまでもないような無謀だ。
それでも、アニスフィアの背は折れない。曲がらない。
なぜなら、アニスフィアの手に握られているのは、ただの剣ではない。
彼女の知る理屈を超えた、この世界でしか生み出せないもの。幼いころから憧れ続け、今なお無限の可能性を秘めている魔法なのだ。
『魔法があれば、空だって飛べる』
そんな絵空事すら現実にした彼女の魔法は、人に不可能なんてないと、そんな希望を誰かに与えることができるもの。
であれば・・・
「不可能なんて、可能にするものでしょうがァ―――――――――ッ!!!」
裂帛の叫びと共に、アニスフィアは感覚だけで魂から直接魔力を捻りだし、マナ・ブレイドに注いでいく。
そして、マナ・ブレイドが自壊し始めるのとほぼ同時に、アニスフィアはとうとうブレスを両断し、そのままドラゴンすらも切り裂いた。
「ッ、は、ぁ」
ブレスを切り裂いてから少しの間呆然としていたアニスフィアだったが、本当にドラゴンを倒せたのか確認するために、焼けそうに痛む喉や軋み悲鳴を上げている全身に鞭を打ってドラゴンの元へと近づいた。
ドラゴンは胸から胴体にかけて一文字の傷が刻まれており、まだ僅かに息をしていたものの血が溢れ出ていることからもう長くはないことが見て取れた。
『・・・見事だ、稀人よ』
すると突然、アニスフィアの頭に直接言葉が響いた。
普段のアニスフィアであれば「こいつっ、直接脳内に!?」のネタが思い浮かんだかもしれないが、魔力も使い果たした上に魔薬の反動で体も限界一歩手前のため、その余裕もない。
さらに、ドラゴンが会話できるほどに知能が高いという事実や突然知らない言葉を聞かされたことで頭が上手くまとまらなかった。
「・・・今の言葉は、貴方が?」
『如何にも、奇異なる稀人よ。そなたに討たれるならば、それもまた導きか。真に奇っ怪ではあったが、そなたの在り方は愉快の一言なり』
「・・・突然喋られると、その、びっくりするというか・・・ごめんなさい?」
まさか語りかけられると思わなかったアニスフィアは、思わず咄嗟に謝罪の言葉を口にした。
するとドラゴンは、その言葉の意味を探るように目を細めた。
『真に奇異なる稀人よ。何故そのように謝罪する?』
「・・・言葉を交わせるなんて思わなかった。なのに私は、一方的に貴方を殺そうとした」
『それは、お互い様というものだ。我とて、今わの際であるが故に言葉を選んだだけのことよ。むしろ誇れ。お前がその身に糧として取り込んだ者共の生命の欠片のように』
「!」
ドラゴンの言葉に、アニスフィアは思わず驚きをあらわにした。
何も言っていないはずなのに、ドラゴンはアニスフィアが用いた魔薬の原料にしている魔物の魔石のことを看破した。
思いもよらなかったドラゴンの知能の高さに、アニスフィアは思わず息を呑んだ。
『お前ほど奇異なる稀人は、そういないだろうな』
「稀人って、私のこと?どうしてそう呼ぶの?」
『人という矮小な種でありながら、己の魂で道を切り開く者だ。我のような至りし者を討つ、時折この世に現れる稀なる者よ』
おそらくは自分という存在の根幹に関わるようなことを聞かされ、さらには魔薬の効果が切れたことで興奮が冷めたことも相まって、アニスフィアは今更になって自分はとんでもないことをしたのではないかと思い始めた。
自分が知らない多くの知識を持ち、自分よりも遥かに長く生きて来たであろう大いなる存在を討ってしまったことに、アニスフィアの中に罪悪感が芽生えてしまいそうになる。
「・・・もっと貴方と言葉を交わしたかった」
『我らの間に必要ない』
だが、そんなアニスフィアの後悔や懺悔を、ドラゴンは一言でバッサリと切り捨てた。
アニスフィアは僅かに瞠目するが、それに構わずドラゴンは自身の命が尽きる前にと言葉を紡ぐ。
『そなたが何を求めているかは分からぬ。分からぬが、その先にあるものは予見できる。そなたは今までそうしてきたように、我すらも喰らうだろう。故に、いつの日かそなたも至る。そなたが我を喰らえば、我もまた共に。
・・・予言しよう。
いずれそなたもドラゴンとなるだろう』
ドラゴンの言葉に、アニスフィアは何も言えなかった。
何かを言葉にしなくてはいけないと、そんな気になっているはずなのに、何も言葉が思い浮かばない。
『そのような稀人は、そなただけだろう。真に奇っ怪な縁よ・・・必要なのであろう?そのためにそなたは我と戦い、勝利した。勝者ならば、我が骸も含め自由にするがよい。あの賢者の助力もあらば、有効に扱えるであろう』
「賢者・・・?」
『永き時を生き、多くの傑物に知恵を授けてきた賢き者だ。あの者とそなたであれば、我が骸を渡すに値する』
また現れた新たな言葉にアニスフィアは困惑するが、それとは別に新たな疑問が浮かんできた。
「・・・私を恨まないの?」
あまりにも清々しく自身の死体を託すドラゴンに、アニスフィアは思わずそう尋ねた。
するとドラゴンは、そう言われるのが予想外だったのか、心の底からおかしいと思っているかのように笑い始めた。
『・・・クックック、ハハハハハッ!恨む?恨むときたか!真に愉快なものよ!ならば、数多の命を喰らう稀人よ!我は“
ドラゴンが高らかに宣言すると同時に、アニスフィアの中に直接“言葉”とも“知識”とも言えるものが刻み込まれていった。
自身の身体に言いようの知れない異物感が刷り込まれていく感覚は、まさにドラゴンが言った“
いったい何をされたのか、自身に刻まれたものは何なのか。
その正体をアニスフィアはもっと理解したかったが、そうするにはあまりにも時間が足りなかった。
「・・・私はアニスフィア・ウィン・パレッティア。貴方を殺して喰らう人だよ」
代わりに、アニスフィアは自身の名を名乗った。
その行為にどのような意味があったのか、アニスフィアには分からなかったが、その名を聞いたドラゴンは再び笑い声を漏らした。
『・・・パレッティア?その名は、そうか!クハハハハッ!あの者に見出された“精霊”の愛し子の血族か!あの血族から稀人が生まれるのは皮肉な話ではないか!
あぁ、アニスフィアよ。我を討ち果たした者。
どうか、どうか“呪われておくれ”』
その言葉を最後に、ドラゴンはとうとう息を引き取った。
ドラゴンの死に顔は全てを受け入れたかのように穏やかで、最後の言葉もどちらの意味とも受け取れるものであった。
そして、アニスフィアもまた、偉大な者を自身に刻み付けるように、黙とうをささげた。
* * *
アニスフィアがドラゴンのブレスを両断したのとほぼ同時刻。
ブレスによる爆風が止んだことと魔物たちが森の奥へと引き返し始めたことで、冒険者や騎士たちの間に困惑の空気が流れ始めていた。
「お、おい、さっきのってドラゴンのブレスだったよな?」
「そのはずだ。それが止んだってことは・・・」
「冒険者に騎士諸君!」
その困惑を断ち斬るように声をあげたのは、クルーガーだった。
「アニス様がドラゴンを討伐された!繰り返す!アニス様がドラゴンを討伐された!!我々の勝利だ!!」
「「「ッ、ウオオオオォォォォ!!」」」
クルーガーが勝利を宣言すると、冒険者や騎士たちは興奮に身を任せて勝ち鬨の声をあげた。
ある者たちは武器を掲げてアニスフィアを称え、ある者たちは生きて帰れることを喜び抱擁を交わした。
その様子を視界の端に収めながら、クルーガーはアニスフィアたちがいる方角へと目を向けた。
「乗り越えた、か。あぁ、そうだ。それでいい」
そう言うクルーガーの口元には、笑みがこぼれていた。
だが、それは普段のような優しいものではなく、何か別のことに歓喜しているかのようなものだった。
「2人で高みへと登れ。そして、その先で貴女が、貴女たちが見出したものを、私にも見せてくれ。
それでこそ、わざわざ見出だし、導いてきた甲斐があったというものなのだから」
誰にも聞かれることのなかったクルーガーの独白は、教え子の成長に喜ぶ教師のようにも、あるいは別の何かのようにも聞こえたが、それを知るのは、クルーガーただ一人であった。
申し訳程度の賢者要素。その割には、まぁまぁネタバレ的な要素も含んでますが。
ほとんど原作通りの話になってしまったのは許して・・・許して・・・。
それとTwitterでも告知しましたが、ようやくバイトが始まることになったので、投稿頻度が遅くなります。