アニスが目を覚ましてからの話も、それはそれでちゃんと次回書きます。
アニスフィアとユフィリアによってドラゴンが討伐された翌日、クルーガーはオルファンスに呼び出されていた。
ドラゴン討伐についての事情聴取というのがメインの理由だが、それはそれとしてオルファンスには聞きたいことがあったのだ。
だが・・・
「・・・では、もう一度問うぞ、クルーガーよ。なぜ、アニスを止めなかった?」
「言っても止まらなかったのは目に見えていましたからね。それに、私の立場ではアニス様からの命令に背くわけにはいきません。ですので、ドラゴン討伐の独断専行もそれにユフィリア嬢を巻き込んだことも、すべてアニス様の責任ということにしておいてください」
「わしが聞きたかったのはそういうことじゃないわい!!」
悪びれもなくすべての責任をアニスフィアにぶん投げるクルーガーに、オルファンスは頭を抱えながら絶叫した。
もう少し正気が削れていれば頭を机に叩きつけそうなほど錯乱しているオルファンスに、グランツは何とも言えないような表情で紅茶を差し出した。
というのも、クルーガーが言っていることは、人や常識としてはともかく論理的に間違ってはいないのだ。
たしかにクルーガーはアニスフィアやオルファンスの相談役として王城にとどまっているが、身分は貴族どころか平民ですらない。そのため、一言か二言は苦言を呈することはしても、言われた側が「そんなものは必要ない」と突っぱねてしまえばそれに従うしかないのだ。
さらに言えば、この件でクルーガーへの追及を深めるということは、あの場で全体の指揮を執っていた隊長に対しても同じことをしなければならなくなるが、王族の指示に従うということは騎士としてなんらおかしなことではなく、むしろ普通のことである。
そのため、『アニスフィアを止めることができなかった』という点に関してはクルーガーに非はまったくないのだ。
とはいえ、父親としては何が何でも危険なことに突っ込む娘を止めてほしかったという想いも多分にあったため、文句を言いたくなるのも当然と言えば当然なのだが。
「とはいえ、独断専行という形にはなってしまいましたが、それでもギリギリのタイミングではありました。もし陛下からの承諾を待っていれば、我々が現場に到着するよりも早くドラゴンが討伐隊を蹂躙していた可能性は非常に高かったと言えます」
「それは分かっておる。分かっておるのだがな・・・」
オルファンスも、今回のアニスフィアの独断専行については悪いことばかりではなかったのは理解している。それこそ、王族の独断専行というマイナスを帳消しにしてなお余るほどプラスの面も多いということも。
だが、その影響は良くも悪くも大きすぎた。
「こちらとしてもアルガルド様のことはお気の毒に思いますが、今回ばかりは間が悪かった、としか言いようがないでしょう」
「まったく、こっちとしても頭が痛いわい・・・」
冒険者ギルドから手紙が届いてからすぐに飛び出したためにアニスフィアたちは知る由もなかったのだが、実は謹慎していたはずのアルガルドがオルファンスにドラゴン討伐への参加を直談判しに来ていたのだ。
アルガルドとしてはこの作戦に参加することで婚約破棄騒動の落とし前をつけようとしたのだが、その前にアニスフィアがドラゴンをほぼ単独で討伐してしまったため、名声や評判はすべてアニスフィアへと集中するようになってしまった。
結果として、アルガルドは謹慎へと逆戻りし、アニスフィアも周囲から『ドラゴンに独断専行で突撃した頭のおかしいキテレツ王女』と『ドラゴンを倒すために1人で立ち向かった勇敢な王女』という真っ二つの評価をされることになった。
とはいえ、仮にアルガルドがドラゴンの討伐に向かったとしても、失敗するどころか命を落とす可能性の方が高かったため、本人には悪いがクルーガーとしてはこれで良かったと考えている。
とはいえ、アニスフィアの方も良いことばかりというわけではない。
「・・・アニスは、まだ目覚めておらんのだな?」
「そのようです。昨日の今日とはいえ、あのドラゴンと死闘を繰り広げたわけですからね。少なくとも今日中には目を覚まさないでしょう」
対ドラゴンで限界を超えて戦ったアニスフィアは、ドラゴンの魔石を確認した直後に気を失い、ユフィリアが慌ててアニスフィアを抱えてクルーガーのところへと運び込んできた。
現在はアニスフィアは離宮のベッドで寝かされており、ユフィリアとイリアが片時も離れず看病している。
「もう一度聞くが、本当に命に別状はないのだな?」
「はい。昏睡の原因は魔薬の過剰摂取と魔力枯渇によるものです。死ぬほど疲れてはいるでしょうが、死にはしません」
「まったく、無茶をしおって・・・」
そう呟いて額に手を当てるオルファンスの姿は、まさに娘を想う親そのものだった。
とはいえ、アニスフィアの心配ばかりもしていられないため、クルーガーは話題を変えた。
「ひとまず、アニス様が起きてからのことを考えておくべきでしょう。他貴族の反応はどうですか?」
「良くも悪くも、じゃな。婚約破棄騒動とも合わさって、アルガルドではなくアニスを王にすべきという声も出始めておる」
「とはいえ、それを保守派の貴族が認めるはずもない、と。アルガルド様はまだ謹慎しているだけですし、そもそもアニス様は王位継承権を放棄している身です。今回の件だけで決められることではないでしょう」
「うむ。万が一アルガルドが降りた場合、王配を迎える必要が出てくるが、それに足る貴族がいないというのもな・・・」
そう言いながら、オルファンスはチラリとクルーガーの方を見た。
「・・・のう」
「申し訳ございません。何度もお伝えしておりますが、お断りします」
「じゃろうな・・・」
オルファンスが言おうとしたのは、クルーガーを貴族としてパレッティア王国に迎え入れるという提案である。
以前から、クルーガーの立場については様々な問題があった。
王族によって立場が保証されているものの、本質的には国民ですらない流れの旅人。そのようなどこぞの馬の骨とも知れない男が、仮にもこの国の王女の講師兼相談役を任されているとなると、当然他貴族の間では良からぬ噂が流れることになる。
それを抑えるためにも、オルファンスはクルーガーに貴族となってはどうかと打診していた。
パレッティア王国では、オルファンスの父の代から優れた功績をたてた平民を貴族に迎え入れるという制度が施行されている。その代表的な例がシアン男爵であり、他にもいくつか同じような家が存在する。
そうすれば、立場的な問題はある程度解決できると考えてのことだったが、クルーガーはその申し出を固辞し続けていた。
性格的に合わない、というのもたしかに存在するが、最たる理由はアニスフィアとの関係を危惧してのことだった。
アニスフィアはクルーガーに対して『先生と生徒』という関係性を求めている。もしクルーガーが貴族になったとしても距離を取るようなことはしないだろうが、それでも複雑な心境になるのは間違いないだろう。
それに何より、クルーガーが貴族になるということは周囲の貴族から“そういう関係である”という邪推を向けられる可能性が非常に高くなり、最悪そうしてくれとオルファンスに直談判されることもあり得る。
そのようなアニスフィアのストレスを回避しようと考えると、やはりクルーガーが貴族にならない方が都合がいいのである。
「不幸中の幸い、と言えるかはわかりませんが、今回の件が落ち着けば事情聴取を再開できます。アルガルド様についてはその後でも遅くないのでは?」
「遅すぎても問題なんじゃ。まったく、どうすればいいものか・・・」
「ひとまずは、アニス様が意識を取り戻されるまで待つしかないでしょう。ここまで目立ってしまった以上、アニス様にも表に立っていただく他ありません」
「あやつは泣いて嫌がるじゃろうな・・・」
「その時は、私も説得をお手伝いしましょう。問題なのは、アニス様にこれといった後ろ盾が存在しないことですが・・・」
そう言いながら、クルーガーはチラリとグランツを見やった。
グランツも、クルーガーの言いたいことを察して小さく頷いた。
「わかった。アニス様の後ろ盾には私がなろう。ユフィリアのことも考えればちょうどいい」
「感謝します」
「助かる、グランツ」
「お気になさらず、陛下」
多くの貴族から嫌われ、あるいは敬遠されているアニスフィアだが、全ての貴族がそのような態度をとっているというわけではない。
貴族の中でも騎士や従者、メイドなどアニスフィアの魔道具の恩恵を受ける機会が多い者たちからは潜在的に好意を抱かれていることが多い。
そのため、ユフィリアのことを抜きにしても軍閥であるグランツの派閥が後ろ盾になるのは不自然ではない。
それからも、クルーガーたちはアニスフィアの今後について現在の状況やあり得る可能性を考慮しながらこれからのことについて話し合った。
そして、アニスフィアが目を覚ましたという報告がイリアからもたらされたのは、それから2日後のことだった。