次々回くらいにはオリジナル回を入れたいところ。
アニスフィアによるドラゴン討伐、それに伴う祝賀会が終わり、その熱もようやく冷めてきた頃。
王都にある貴族の邸宅が並ぶ貴族街から少し離れた場所を走る馬車の中に、アニスフィア、ユフィリア、イリア、クルーガーの4人が揃ってとある場所を目指していた。
「それにしても、この道を通るのも久しいですね。ユフィリア嬢が来る前ですから、2,3ヵ月ほどでしょうか」
「だっけ?たしか、魔薬の補充と副作用の検診だったよね」
「そうですね。小規模ですがスタンピードが起こりましたから、その時のことですね」
「・・・それで、その“ティルティ”とは?」
最初に言い出したのはアニスフィアであり、出発前にユフィリアには『ティルティに会いに行く』としか説明しなかったため、ここでようやく気になることを尋ねることができた。
「おそらくですが、ユフィリア嬢もまったく知らない方ではありません。ある意味で貴族間では有名でしたから。ユフィリア嬢なら“ティルティ・クラーレット侯爵令嬢”か“クラーレット侯爵家の長女”と言った方が分かりやすいでしょうか」
「・・・
クルーガーの説明を受けて、ユフィリアは少し困惑した表情を浮かべた。
クラーレット侯爵家とはパレッティア王国の中でも大きな力を持つ貴族の一つであり、特に侯爵という地位に見合った広大な領地による農畜産に力を入れているため、中には“食料の番人”と呼ぶ者もいる。
方針も堅実で良くも悪くも王家とは中立の立場をとっているが、その中でもティルティはクラーレット侯爵家の唯一にして最大の汚点とも言える存在だった。
「使用人や快く思わない人を魔法で打ちのめし、血を見ることが何よりも好きな傍若無人。その加虐性から別邸に封じられ、今でも人が立ち入らぬ別邸で残虐なことをしていると聞いたことがありますが・・・?」
「あながち間違ってはいません。とはいえ、あくまで昔の話です。まぁ、アニス様も殺されかけたことがあるらしいですが」
「殺され・・・ッ!?」
クルーガーのぶっちゃけに、ユフィリアは思わず絶句してアニスフィアの方を見つめた。
その目には不審の色が宿り始めており、アニスフィアは慌てて弁明した。
「昔の話だって!それにちゃんと理由もあるし、それを分かった上で接触したというか・・・」
「ついでに言えば、アニス様との付き合いの長さで言えば私よりも少し長いです。少なくとも、私が初めて会った時にはすでにただの引きこもりになっていましたね」
「・・・なぜそんな相手と会おうとされるのか、理由を聞いても?」
まだ怪しいところは多分にあるが、一応危険のある相手ではないということはわかった。だが、なぜそのような相手と会う必要があるのかまではわからない。
ユフィリアの問い掛けに答えたのは、クルーガーの隣に座っているイリアだった。
「ティルティ・クラーレット様は、姫様とクルーガー様が開発した『魔薬』の共同開発者です」
「共同開発者ぁ!?」
「少し落ち着いてください、口調が乱れかけていますよ」
あのような危険な代物を危険そうな人物と作ったと聞かされたユフィリアは、先ほどの『殺されかけた』発言の時よりも狼狽えながらアニスフィアに詰め寄った。
半ば冷静さを失いそうになっているユフィリアをなだめながら、クルーガーがティルティとアニスフィアの関係に補足を入れた。
「ティルティ嬢は薬学の知識がありますので、主に魔石関連のことで共同研究をする機会があるのです」
「今回はドラゴンの魔石を手に入れたりしていろいろと成果もあったし、新しいことを試してみたくてね。せっかくだから、ユフィとも顔合わせをしてほしかったんだ」
「・・・危険はないのですよね?」
ひとまず事情は把握したユフィリアだが、それでもやはり噂の件が気になって重ねて問いかける。
「それは本当です。昔と比べれば症状も治まっているようですし、基本的に引きこもっている分には害はありません」
「症状?」
クルーガーから新しい情報が出され、ユフィリアは首を傾げる。
そのことについて、クルーガーが火と水の魔法でイメージ図を生み出しながら説明し始めた。
「アニス様の仮説では、魔力とは魂から零れ落ちるモノとされています」
「はい、それは以前お聞きしました」
「さらに突っ込んだ話として、これはまだ公にしていないことですが、多すぎる魔力によって肉体や精神に悪影響をもたらす場合が存在することが判明しているのです」
そう言うと、クルーガーは馬車の中央に線でかたどられた二つの人型を生み出した。その内部には魂を模した炎が浮かんでおり、片方は人型の枠内に収まっているが、もう片方の炎は人型からはみ出そうなほどに大きくなっている。
「通常であれば、よほど魔力を使わずに溜め込まなければ問題はありません。というより、ごく少量ですが何もしなくても魔力は漏出しますので、限界以上の魔力が溜まること自体かなり稀です。ですが、魔力の漏出量が限りなく0に近かったり、漏出量よりも生成量が大きく上回っていたり、あるいはその2つの症状が同時に存在する場合、過剰分の魔力は肉体や魂を圧迫していきます」
そう言うと、大きい方の炎が人型を形作っている水を沸騰させ、どんどん輪郭が薄くなっていった。
「そうなった場合、魔法の使用時に体に大きな負担がかかったり、精神に異常をきたすことがあるのです」
「ということは、クラーレット侯爵令嬢も?」
「えぇ。ティルティ嬢の場合、魔法を使用しすぎると魂内部の魔力のバランスが崩れやすく、凶暴化することがあるのです。ですので、逆に魔法を使わない限り問題はありません。まぁ、暴れだしたら手に負えませんが」
パレッティア王国の貴族にとって、魔法を使えるかどうかは重要なパラメータの一つだ。そのため、アニスフィアと違う意味で魔法を使えないティルティは、社会との繋がりを断つために別邸に引きこもることを決めたというのが真実となる。
アニスフィアもクルーガーの説明にうんうんと頷き、しみじみと呟いた。
「頼りになる人ではあるんだけどねぇ、人格に問題があるだけで」
「・・・その症状を差し引いても、何か問題がある方なんですか?」
やはり何か難のある性格をしているのか、再びユフィリアは疑念と不安を抱くが、イリアの簡単な説明ですぐにその心配はなくなった。
「姫様の同類です」
「あー・・・」
「ちょっと二人共!心外なんですけど!?」
「いえ、こればかりは事実ですのでご自覚なさってください」
「クルーガーまで!?不敬だ!不敬だーッ!!」
馬車の外まで響くアニスフィアの心からの叫びを、御者は必死に聞かないふりをしながら馬車を目的地へと進める。
どこに行こうとも、やはりこの4人の関係は変わらないのだった。
* * *
「さて、到着だ!」
「ここですか・・・?」
あれからしばらく馬車を走らせ、ようやく目的の場所へとたどり着いた。
そこは、貴族街から離れた森の中にポツンと佇んでおり、建物自体は侯爵家のものだけあって立派だが、木々に囲まれて光が遮られているため薄暗く不気味な印象を与えていた。
貴族の別荘と言うには異様は空気にユフィリアは困惑気味だが、アニスフィアは慣れたように門番へと話しかけた。
それから少し後に、屋敷の中から暗い紫色の髪のメイドが現れた。
「王女殿下にイリア様、クルーガー様、ご無沙汰しております。それとマゼンタ公爵令嬢様ですね。ようこそ、クラーレット侯爵家別邸へ」
「そんなに久しぶりだったっけ?ティルティは元気?」
「えぇ、お元気ですよ。それではご案内いたします。どうぞ、こちらへ」
一切表情を動かすことなく、メイドはアニスフィアたちを屋敷の中に案内した。
屋敷の内装も質素なもので、どこまでも貴族らしくない空気にユフィリアは困惑の表情を浮かべながらつい辺りを見回していた。
そして、メイドがドアの前に立ち止まってノックをした。
「こちらです・・・お嬢様、お客様をお連れしました」
「・・・通しなさい」
中から返ってきたのは、どう聞いても気だるげでやる気のない女性の声だった。
メイドがドアを開けると、まず飛び込んできたのは薬品の匂いだった。
あまりの匂いのキツさにユフィリアは顔に手を添えて眉を顰め、その様子を見たアニスフィアが苦笑した。
部屋の中の棚には所狭しと薬やその材料が並べられ、机の上には資料や素材、薬の調合に使う道具が乱雑に置かれていた。
そして、机の前に座っている、腰まで伸ばした菫色の長髪に暗い赤色の瞳、病的なまでに白い肌に深紫色のドレスを身に纏った少女が、アニスフィアの腐れ縁であり悪友でもあるティルティ・クラーレットその人だった。
「ご無沙汰ね?前は魔薬の補充と検診の時だったかしら?」
「えぇ、相変わらず引きこもってるのね。少しは太陽の光でも浴びたら?」
「なぁに?死ねって言ってるの?」
「日光に当たった程度で人間は死なないわよ。むしろ当たらない方が体に悪いわよ?」
「私の健康は日光に当たることによって崩れるの。放っておいてくれるかしら?」
「この陰険ジメジメキノコ令嬢!」
「キテレツ暴走王女が言えた口かしら?」
「お2人とも、お戯れはその程度に。先ほどからユフィリア嬢が置いていかれていますよ」
仮にも王族に対するものとは思えないほど遠慮のないティルティの言葉の数々にユフィリアは呆気にとられながらも僅かに眉を顰め、それを見かねたクルーガーが間に入って2人と仲裁した。
そこで、ティルティもユフィリアの存在に気付き、興味深そうにユフィリアを舐め回すように観察した。
「あら、その子がマゼンタ公爵家の秘蔵っ子かしら?私と違って、正真正銘の天才児の」
「そうよ。ユフィリア・マゼンタ、私のかわいい助手よ」
「・・・ユフィリア・マゼンタと申します。はじめまして、クラーレット侯爵令嬢」
「ティルティでいいわ。畏まられるのは嫌いなの。それに身分もあなたの方が上でしょう?」
「はぁ・・・」
「ユフィリア嬢、こればかりは諦めてください。ティルティ嬢はこういうお方ですので」
ティルティの投げやりな態度に困惑を隠せないユフィリアに、クルーガーは諦念と共にアドバイスを送った。
実際、ユフィリアの場合はティルティの言い分も通るが、貴族ではないクルーガーに対しても度々似たようなことを言っているため、一応外面は誤魔化せるアニスフィアと比べても絶望的に社会適性が低いことがうかがえる。
「もうちょっと身分相応の態度を取ってくれてもいいんじゃないの?」
「それを貴女が言うのかしら、アニス様?」
「まったくです」
「本当にそうですね」
「イリアとクルーガーはどっちの味方なの!?」
アニスフィアもティルティの態度に対して文句を言うが、その全てが自分に返ってきているため、矛先が自身に向かっているのを誤魔化すために咳ばらいをしつつ、本題に入ろうとした。
だが、先に口を開いたのはティルティだった。
「それで?一体私に何の用かしら?魔薬の調合なら、わざわざ従者と助手を連れてくることもないでしょう」
「それを今から話そうと思ったのよ」
アニスフィアがそう切り出したのと同時に、クルーガーが杖の柄をコンッと床に軽く叩いた。すると、途端に風が渦巻き、部屋の中を覆うように風のドームが出来上がった。
「念のため、外に会話が聞こえないようにしておきました」
「助かるわ」
「なるほど?よっぽどのことみたいね。あるいは、イリアが持っている箱が関係しているのかしら?」
そう言って、ティルティはイリアが持っている厳重に封がされた箱に目を向けた。
アニスフィアが視線を向けると、イリアは机の上に箱を置いて封を解き、鍵を外して蓋を開けた。
中からは冷気が漏れ出し、クッションの上に置かれている宝石のような加工が施された魔石があらわになった。
その魔石の正体を、ティルティは一目見て看破した。
「・・・へぇ?これがドラゴンの魔石・・・」
「その一部よ。大きすぎるから分割したの」
「ふぅん?今度はこれを使って魔薬の調合をしろってことかしら?」
「いや、違うよ。これで新しい技術を試したいと思っているの。だから、その協力をお願いしようと思って持ってきたのよ」
「新しい技術・・・?」
アニスフィアの言葉に、ティルティだけでなくユフィリアとイリアも不思議そうにアニスフィアの方を見た。
だが、ただ一人クルーガーだけは静かにアニスフィアの言葉を待っていた。
「私は、ドラゴンから“知識”を託されたわ」
「・・・なんですって?ドラゴンは会話できるほど知識が高かったってこと?」
「えぇ、クルーガーからもその可能性が高いって聞いた。そして、私がティルティを頼りたかった理由は・・・
「・・・・・・なんですってぇッ!?」
アニスフィアがドラゴンの呪いを告げた次の瞬間、ティルティはまるで人が変わったかのように音を立てながら椅子を倒してアニスフィアに飛びついてきた。
ユフィリアが反射的に2人の間に入ることで、どうにかアニスフィアが掴みかかられる事態は避けたが、その視線は食い入るようにアニスフィアに向けられている。
「アニス様!どうしてそういうことを先に言わないの!呪いって言った?今“呪い”って言ったわよね!?しかもドラゴンの!意思疎通が可能なほどの知能を持つ魔物からの呪いですって!?」
「はぁ・・・やはりこうなりましたか」
「だねぇ・・・」
「・・・どういうことです?」
クルーガーとアニスフィアの分かりきっていたかのような反応に、ユフィリアがティルティへの警戒を解かないようにしながらも問いかけてきた。
クルーガーは、思わずため息を吐きながら答えを告げた。
「そうですね、端的に言えば、ティルティ嬢は呪いの蒐集家なのです」
「・・・はい?」
クルーガーの返答に、ユフィリアは意味が分からないといった風に声を漏らすのがやっとだった。