それはそれとして、ウマ娘のハーフアニバの情報が待ちきれねぇ。
アニスフィアが新しい技術を自らに施してから数日後。
この日もクルーガーは様子を見るために離宮へ向かおうとしていた。
だが、背後から知った声がクルーガーを呼び止めた。
「久しいですね、クルーガー」
「これはお久しぶりです、シルフィーヌ様」
クルーガーを呼び止めたのは、アニスフィアの母であるシルフィーヌだった。
普段は外交官として諸国を巡っているのだが、この日は王城に戻っていた。
「戻っていられたとは知りませんでした。やはり、アルガルド様の件で?」
「えぇ。ついでに言えば、アニスがドラゴンを討伐したとも聞いて。このようなことを聞かされては、おちおち外交もできません。それと、手の出しようがなかったアルガルドはともかく、アニスフィアの独断についてはあなたから止めてほしかったものですが」
「それについては、言い訳のしようもありません。ですが、私の立場ではアニス様を止めることは難しいですし、仮に止めるよう進言しても止まらなかったでしょう。それに、アニス様でなければ被害がさらに広がる恐れがもございました。ですので、無事にアニス様を帰還させるのが最善と判断いたしました」
「そうですね。たしかに結果としてそうなりました。ですが、それでも自分の娘が心配で気をもんでしまうのは、当然のことでしょう?」
「それについても御尤もでございます。必要であれば、いかような罰も甘んじて受けますが」
「いえ、アニスにはすでに陛下から与えてられていますし、あなたも立場上アニスに逆らえないのも事実。ですので、私からは何も罰しません。その代わり、婚約破棄の件について今まで以上に働いてもらいます」
「承知いたしました」
いっそ窓ガラスが割れてしまいそうなシルフィーヌの威圧を、クルーガーは涼しい顔で受け流す。
付近で頭を下げながら待機していた侍女は気が気でなかったが、ひとまず落としどころがついたことでホッと息を吐きそうになった。
「ではさっそく、今日はこちらについてきてください。一通り情報がまとまったとのことなので、アニスも交えて今後のことを話します」
「ユフィリア嬢については?」
「今はまだ関わらせるべきではないでしょう。陛下も、アニスが今はまだそっとさせてほしいと言っていたとのことですから」
「それもそうですね」
もっともな考えに反論を挟むはずもなく、シルフィーヌの後を追う。
「それにしても、まさかわざわざシルフィーヌ様自らが来られるとは思っておりませんでした」
「それについては偶然です。侍女を向かわせたはずですが、入れ違いになってしまったようですね」
「今回の話は他に誰が?」
「陛下とアニス、グランツがいます。調査結果の詳細は陛下とグランツから聞くことになるでしょう」
これからのことについて淡々と話しつつ、歩く速度は緩めない。
「それはそれとして、貴方も独自で調査を進めていたと聞いていますが、何か情報は得られましたか?」
「肝心なことは何も。ですが、レイニ嬢について気になる点はいくつかありました」
「少なくとも、出自に不審な点はないと聞いていますが」
「ですが、孤児故にわかることも少ない、とも言えます。実は、レイニ嬢が昔世話になっていたという孤児院の院長から話を聞きまして。そこで出自以外のことについても尋ねたのですが、気になることがあったのです」
「その話、陛下には?」
「まだです。直後にドラゴンの襲撃があって有耶無耶になった、というのもありますが、事情聴取に先入観を持たせかねない内容でしたので」
「なるほど。では、その話はアニスにも聞いてもらった方が良さそうですね」
「・・・えぇ」
基本的にアニスフィアの前では厳しい態度をとっているため、関わりのない者から誤解はされやすいが、シルフィーヌはアニスフィアのことを高く評価している。とはいえ、人としても王族としても良い部分と悪い部分が振りきれているため、親心もあって厳しくしているのだが。
そんなことを話しているうちに、執務室にたどり着いた。
侍女がドアをノックして確認を取り、中から許可の声が返ってきたことで扉を開けた。
中にはオルファンスの他にグランツもすでに中で待っていた。
「失礼いたします、陛下」
「う、む・・・む?クルーガーも一緒か?」
「えぇ、城内で偶然顔を合わせまして。これからのこともお聞きしております」
「そういえば、お主から調査の報告を聞いたことはなかったな。何かわかったか?」
「肝心なことは何も。ですが、気になることはいくつかありましたので、アニス様も交えて話そうかと」
「そうか。なら、あとはアニスが来るのを待つだけか」
そのことを確認してから、アニスフィアを待っている間にオルファンスの方から事情聴取によって得られた情報を共有した。
まず、レイニに対する嫌がらせについて。これはユフィリアではなく、ユフィリアの周囲にいた令嬢によるものだった。当人たちは『ユフィリアに指示された』と一方的に言い放っているのだが、曲りなりにもアニスフィアとともにユフィリアの人当たりを見てきたクルーガーからすれば濡れ衣とわかる。おそらく嫌がらせは自発的なもの、その言い訳にあくまで常識的な範囲でレイニを窘めていただけのユフィリアを使っただけだろう。
ただ、明確な証拠はどこにもなく、内容や実行犯についても多岐にわたるため特定が困難な状況となっている。
続いて、アルガルドと共にユフィリアを糾弾した子息について。これに関しても大物が関わっており、王太子であるアルガルドを筆頭に、近衛騎士長の息子、魔法省長官の息子、貴族も無視できないほどの商会の息子が糾弾に加わっている。
そして、肝心な聞き取り内容。嫌がらせについては、前述のように特定が困難な状況であり、近しい者たちの証言はユフィリアが悪いかレイニが悪いかで二分化されており、だからといって距離を置いていた者たちは比較的冷静ではあるものの、距離を取っていたが故に詳しいことは何も知らない状態だった。
そして、最も重要なレイニの聞き取りに関して、不思議なことにレイニの取り調べを担当した者は例外なくレイニに対して同情的になっていた。
これらのことから、一度レイニをシアン男爵と共に登城させ、謁見の機会を設けることにした。そこで、オルファンスやシルフィーヌ自らがレイニの人となりについて判断する。
そして、アニスフィアとクルーガーもその場に同席することになる。普段は奇天烈なアニスフィアとそれを止めないクルーガーだが、能力は貴族間の悪評を覆してなお余るほどある。何より、他と違う視点を持つ2人だからこそ、他者が気づかなかった何かを察知できる可能性もある。
疑いの余地なく、アニスフィアとクルーガーの能力を評価してのことだ。
なのだが・・・
『陛下、アニスフィア様が来られました』
「入って構わん」
扉の外から、侍女がアニスフィアの来訪を告げる。
それから間もなく、扉が開いてアニスフィアが入ってきた。
「父上、アニスフィア、ただいま参りまし・・・た・・・」
中に入り、シルフィーヌの姿を確認した途端、アニスフィアの言葉尻が瞬く間に小さくなった。すぐに回れ右して出ようとするが、侍女が即座に扉を閉めて鍵をかけたためそれもできない。
「よく来たわね、アニス」
特別大きな声を出しているわけではないのに、まるですぐ近くで聞いているような張りのある声が届き、アニスフィアはぎこちない動きで振り返った。
「は、母上・・・!?何故ここに!?」
「愚問ですね。何故?と聞きましたか、アニス。アルガルドの婚約破棄、ドラゴン討伐の際の貴女の独断専行。こんな報告を耳にすれば、おちおち外交になど勤しんでいられますか」
テーブルの上に置かれているティーカップが震えていると錯覚するほどの気迫に、アニスフィアは完全に委縮していた。
シルフィーヌがアニスフィアのことを評価しているのは事実だが、それはそれとして危なっかしいことをしでかすアニスフィアのことを甘やかして取り返しのつかないことはさせたくないこともあって、基本的にアニスフィアの前では厳しい態度で接することが多い。
なんなら、シルフィーヌは自ら戦場に立って敵を蹂躙する女傑であり武人であるため、躾と称した肉体言語による指導も1回や2回ではない
アニスフィアが怯えてしまうのも無理のない話だった。
とはいえ、今日の主題は説教ではないため、アニスフィアが座ったところで再び婚約破棄問題に関する聞き取りでわかった情報をアニスフィアにも協力した。
さしものアニスフィアも、その内容に度々眉を顰める中、オルファンスがクルーガーに話題をふった。
「そういえば、クルーガーも独自に調査していたな。その内容について聞かせてくれるか」
「かしこまりました。とはいえ、自分も確かな情報は得られませんでした。強いて言うなら、2つほど気になることがあります」
そう言って、クルーガーはレイニの故郷の孤児院の院長から聞いた刃傷沙汰になった事件と彼女の母親について報告した。
手がかりと言うには未だに分からないことが多い情報に、オルファンスは思わず顎に手を添えて首を傾げた。
「ふむ、シアン男爵から男爵令嬢の母親について聞き出すことはできると思うか?」
「それも難しいでしょう。彼女の母が拠点にしていた町の他の冒険者も知らなかったようですし、仮に認知されなかったどこかの貴族の生まれだったとして、下手なトラブルを避けるためにシアン男爵にも出身を明かさなかった可能性も十分あります」
「そうか・・・やはり、謁見で直に確かめる他ない、か」
「最善かはわかりませんが、それしかないでしょう」
「アニスよ、お前も何か気になることはないか?」
「うーん・・・」
オルファンスから問いかけられたアニスフィアは、しばらく腕を組みながら首を傾げて考え込んだが、両手を上げて降参のポーズをとった。
「私からは何も。というか、考えてみれば私が話したことがある当事者ってユフィだけですし」
「たしかに、言われてみればそうでしたね」
「とはいえ、ユフィリアのことで忙しかったのもあるし、お前を当事者に接触させて余計にややこしくさせるわけにもいかんかったしな」
「それって、私がユフィ側の人間だからってことですよね?」
「疑問形になっているということは、心当たりがあるのでは?」
「ゴホンゴホンッ」
思わずオルファンスの評価に反論しそうになったが、シルフィーヌに図星を突かれて思わず咳ばらいをした。
ただでさえ奇天烈王女としての認識が広がっている上に、アニスフィアは婚約破棄の現場に言葉通りの横槍を入れた張本人でもある。そんなアニスフィアを婚約破棄の当事者に会わせたらどうなるかという不安は、派閥に関係なく存在しても不思議ではない。
だが、アニスフィアの言うことに思うことがあったのか、クルーガーがある提案をした。
「でしたら、いっそのこと当事者の一人に話を聞いてみたらよいのでは?」
「・・・それはそれで不安なんじゃが」
「一応、聞き取り調査自体は終わっています。でしたら、一人くらいアニス様が個人的に接触しても問題ないかと」
「接触するとして、誰になる?」
「魔法省長官のご子息は論外として、アルガルド様も派閥を考えれば難しいでしょう。残りは商会のご子息と近衛騎士団長のご子息になりますが、商会のご子息の方は実家に引き取られているようですし、消去法で近衛騎士団長のご子息であるナヴル様が適任かと」
「それなら、クルーガーの言うことも一理あるか・・・」
「私もそれで良いと思います。アニスもいいですか?」
「んー、大丈夫です。正直に言えば、私も興味があったので」
こうして、アニスフィアは婚約破棄の当事者であるナヴルから詳しい話を聞く流れになった。
なお、この後シルフィーヌからユフィリアに関する小言と説教をもらった挙句、段取りを決めて行うつもりだったナヴルへの聞き取りを帰りに近衛騎士団長に偶然会ったからという理由でその日の内に勝手に敢行し、とどめに訪問の際にナヴルが謹慎している部屋の扉を蹴り壊したことが近衛騎士団長から報告されたことで、さらにシルフィーヌから説教を受ける羽目になったのは後の話である。