「・・・アニスよ・・・お前という奴は、どこまでも・・・!」
アニスフィアの奇行はいつも通りと言えばいつも通りだが、よりにもよって他貴族も集まった重要な謁見でもやらかすとは思っていなかったオルファンスが、大きく肩を震わせ額に青筋を浮かべながらアニスフィアに怒りの矛先を向ける。
シルフィーヌもまたアニスフィアに対して殺気と見紛うほどの圧をまき散らしながら笑顔を向ける。謁見が終わった後の無事は保証できないだろう。
だが、幸いにもアニスフィアのくしゃみのおかげでレイニによって広がった異様な空気は一気に霧散した。
「ち、ちがっ!父上!発言をお許しください!このアニスフィア、進言したいことがございます!」
「弁明なら聞かんぞ!」
「違うのです!どうかお時間をいただきたく!真面目な話です!」
アニスフィアの必死の弁明に、オルファンスも何かを感じ取ったのか冷静さを取り戻して真っすぐにアニスフィアを見据えた。
そこで、アニスフィアは始めに人払いを頼んだ。その理由にレイニに尋ねたいことがあるためと言い、さらには自身の王女としての立場を使ってまで念入りに頼み込む。
レイニが顔を青くして立ち尽くすのをチラリと見て、オルファンスはアニスフィアの意図を図りかねるが、シルフィーヌはアニスフィアの肩を持ってオルファンスの背中を押す。
そこを見計らって、畳みかけるようにクルーガーも進言した。
「陛下、私からも意見を具申させていただきます」
「クルーガーも、何かを感じたのか・・・?」
「えぇ、おそらくはアニスフィア様と同じことを。そして、人払いについても同じ意見です。たしかに確認すべきことはありますが、確証があるわけではございません。ですので、これ以上の混乱を防ぐためにも、さらに関係者を絞るべきです」
「具体的には?」
「陛下、シルフィーヌ様、アニスフィア様、イリア様、レイニ嬢、私。それ以外の者には退室していただきたく」
つまりは、レイニの父親ですら、これからの話し合いにはふさわしくない。
そう言われた気がしたシアン男爵は、噛みつかんばかりにクルーガーへと食い下がる。
「待っていただきたい、クルーガー殿!なぜ私まで!娘は本当に何も企んでなど・・・!」
「少し落ち着いていただきたい、シアン男爵」
特段声を張り上げたわけでもなく、調子は先ほどのまま。
それにも関わらず、シアン男爵は思わずクルーガーの言葉に思わず踏みとどまった。
「私は、何もレイニ嬢を糾弾するつもりで申し上げているわけではございません。むしろ、これは貴方のためでもあります、シアン男爵」
「なっ、どういう・・・」
「たしかに、レイニ嬢は何かを企んでいるわけではないのでしょう。ですが、だからといってそれで話が終わるというわけではありません。元凶がレイニ嬢でないのなら、疑いは再び貴方に向くかもしれませんし、あるいは奥様かレイニ嬢の母君こそが諸悪の根源だと思われるかもしれない」
「そっ、そんなことは・・・!」
「ですが、ここで私たちで確認をとれば、あなた方への嫌疑は晴れる可能性が高い。ですので、ここは一度引いてください。それが、ご自身のためでもあります」
「・・・承知、しました」
今の妻やレイニの母親のことを持ち出されては、シアン男爵も納得せざるを得なかったのか、渋々と引き下がった。
「クルーガー殿、些か礼儀に欠ける申し出ではないですかな?」
引き下がったシアン男爵に代わり、今度はシャルトルーズ伯爵が嫌味を多分に含んだ声音で苦言を呈してきた。
「シアン男爵の奥方を引き合いに脅されるとは、仮にも陛下の前で行うようなことではないでしょう。それに、アニスフィア王女殿下も自身が保護したユフィリア嬢のために何をするか、不安に駆られてしまうのも無理のない話ではございませんか?」
流れるようにアニスフィアにも嫌味を飛ばし、アニスフィアもまた笑顔の仮面を付けて気圧されぬように応じようとする。
だが、その前にクルーガーが口を開いた。
「おや、意外ですね、シャルトルーズ伯爵。まさか貴方様がレイニ嬢を擁護するとは」
「・・・どういう意味ですかな?」
「真偽はさておき、起こったことだけを見ればレイニ嬢は婚約破棄の中心人物であり、アルガルド王子殿下らを誑かした悪女、というようにも見えます。ですが、王族を誑かして公爵家との婚約を破棄させるなど、その混乱は多大なるものです。程度に差はあれど、当事者だけでなく一族にも監督不行き届きとして厳罰が下されてもおかしくありません。それこそ、魔法省長官の立場が危ぶまれてもおかしくないほどに。だからこそ、当事者たちには謹慎という形で反省を促しました。ですが聞いた噂話では、シャルトルーズ伯爵はご子息に対して謹慎はさせたものの、それは形式だけで特段不自由もさせていないとお聞きしました」
「何故それをっ・・・!」
「あぁ、勘違いなさらぬように。何もそのことを悪いと言うつもりはございません。愚かなことに加担したとしても我が子を可愛がってしまうのは親であれば仕方のないことでしょう。でしたら、その怒りの矛先は元凶と思われるレイニ嬢に向けられるものとばかり思っていたのですが、そのレイニ嬢に対して慈悲を抱かれるとは。伯爵もまたレイニ嬢に誑かされているのか、あるいは伯爵が寛大でいられるのか、果たしてどちらでしょう?」
「っ、いえ、こうしてレイニ嬢の弁明を聞いて、一考の余地ありと判断したまでです」
「なるほど、どちらともとれますが、私としてはどちらでも構いません。ご子息同様に誑かされているのであれば伯爵もまた冷静でないと思われますし、寛大でいられるなら我らが王女殿下のことを信頼できないはずがありません。なにせ、ご子息をかどわかした傾国の令嬢にご慈悲をかけておられるのですから」
クルーガーに見事に言いくるめられたシャルトルーズ伯爵は、怒りのあまりに真っ赤になりそうな顔を魔法省長官としての矜持だけでどうにか抑える。
その間にも、クルーガーの弁舌は謁見の間に響き渡る。シャルトルーズ伯爵だけでなく、他の貴族もまた同じように反論の余地を奪われていった。
今この瞬間、クルーガーはレイニと同等か、あるいはそれ以上にこの空間を支配していた。
「たしかにユフィリア嬢のことについてあれこれありますが、それはそれ、これはこれです。この場には真実を導き出すために同席したのですから、誰かに肩入れすることはありません。そうでしょう、アニスフィア王女殿下?」
「えぇ、クルーガーの言った通りです。改めてレイニ嬢へ危害を加える、脅迫するなどの真似はしないと精霊に誓いを立てましょう」
唐突に話を振られたアニスフィアだったが、クルーガーの意図を察して精霊への祈りを加えて宣言する。
そこまでして誓いを立てた以上、シャルトルーズ伯爵にこれ以上の反論は難しい。分かりやすく歪んでいる顔がそれを物語っていた。
「よろしいでしょうか、陛下」
「・・・うむ、わかった。私が許そう。アニスとレイニ嬢の会話の場を設けよう。故に皆は一度、下がれ」
ようやく考えがまとまったオルファンスがはっきり宣言したことによって静まり返った臣下たちは、一人また一人とオルファンスに一礼してから謁見の間を去っていった。
そして、最後まで残っていたシャルトルーズ伯爵も何も言わずに出て行った。
だが、最後にクルーガーだけが気づいていた。
謁見の間を去ろうとした直前、一瞬だけクルーガーに向けて殺気すら抱きそうな視線で一瞥したことを。
(少しからかいすぎたか・・・いや、あれは思い通りにならなかったことに対する苛立ちだった。つまり、レイニ嬢で何かを企んでいた?いったい、たかが男爵令嬢で何をしでかそうとしていたのか・・・)
だがそれも、この場で確かめることで明らかになるだろう。
そう気を取り直して、改めてクルーガーはレイニに向き直る。
先ほどまでレイニのことを『婚約破棄騒動の元凶』『傾国の令嬢』などと口にしていたからか、クルーガーに見られた瞬間、思わずすぐ近くにいたアニスフィアにしがみついて顔を隠そうとした。
「・・・全面的に私が悪いとはいえ、そこまで怯えられると私も少し傷つくのですが」
「いや、それはしょうがないって。あんな一方的にレイニ嬢のことを悪役に仕立て上げたり母親を脅しの材料に使ったりしたんだから」
「あそこまで言わないと納得しないだろうと思ったのですが、やりすぎでしたかね」
「結果的には治まったけど、ちゃんとシアン男爵にも後で謝ってね?」
「そうさせていただきます」
「レイニ嬢も、クルーガーはさっきはあぁいう風に言ってたけど、心から本気でそう思っているわけじゃないからね。貴女とシアン男爵の身を守るためっていうのも間違いじゃない」
「・・・本当ですか・・・?」
「まぁ、方法がアレだったけど。それはともかく、自分の身の安全のことは心配しなくても大丈夫だから、いったん離れてほしいかな」
「え?あっ、申し訳ございません!!」
そこでようやく、王族にしがみつくという不敬一歩手前のことをしでかしていたことに気付いたレイニは慌ててアニスフィアから離れた。
それを確認したオルファンスが、咳ばらいをしてから本題に入った。
「ゴホンッ。それで、アニスとクルーガーは何か気づいたことがあるのだな?」
「それについてですけど、すいません、父上、母上。まずは別室で確認を取りますので、それまでお待ちいただいてもよろしいですか?」
「私たちもですか?」
「お願いします。イリアは同席させますので」
「・・・わかったわ。貴方の懸念が晴れ次第、私たちを呼ぶように。いいですね?」
シルフィーヌの言葉に頷いた後、アニスフィアは体を震わせながら怯えるレイニをエスコートするように連れて謁見の間を後にした。
それを見届けた後、オルファンスはクルーガーに話しかけた。
「さて、クルーガー。お前とアニスが気づいたことについて、この場で話せることだけでも教えてはくれんか?」
「当然、そのつもりです」
たしかに確かめるべきことはあるが、それはそれとしてこの場ではアニスフィアとクルーガー以外は状況が呑み込めていない状態にある。
それを解消するために、クルーガーは話せることはすべて話すつもりだった。
「では、何が起こっているのか説明する前に、一つ質問をさせていただきます」
「なんだ?」
「何故、御二人はレイニ嬢が潔白であると判断したのですか?」
「何故だと?それは・・・」
クルーガーにそう問い掛けられた二人は、そこでようやく違和感に気が付いた。
「・・・なぜ、わしはレイニ嬢と少し言葉を交わしただけで嘘をついていないと判断したのだ・・・?」
「クルーガー、つまりはそういうことですか?」
「えぇ。おそらくは精神に干渉する魔法。それも極めて隠密性に優れたものです」
「なるほど、まさか危うく国を乗っ取られかねない事態にまで陥っていたとは、危ないところであったな」
そのような力があれば、王子を魅了させることで国を自分の思いのままにできたことだろう。
その可能性に思い至って事の重大さを理解したオルファンスの考えを、クルーガーは否定した。
「いえ、レイニ嬢が言っていたことも、おそらくは事実です。少なくとも、国を傾けるつもりがないというのは本当でしょう。なにせ、自分の力についてまったく自覚がないようですから」
「なぜそう断言できる?」
「孤児院での事件です。レイニ嬢の魔法は、おそらく認識に干渉することで自身を庇護すべき存在であると刷り込むものでしょう。言うなれば、魅了といったところですか」
「ふむ、たしかにそう言えるな。それと孤児院の事件となんの関係が?」
「もし自身の魅了の魔法に自覚があれば、何度も事件を起こして孤児院をたらい回しにされることはなかったでしょう。おそらくは事件を起こさずにもっと上手く立ち回っていたはずです。もし自覚があるなら、10年以上経った現在でも同じ事件を繰り返すとは考えづらい。もし意図して起こしているのであれば、もはや悪女の範疇に収まりません。何より・・・あの怯え方は、本当に何も知らない者がするものです」
「言われれば、そうか・・・だが、ならば何故レイニ嬢は自身が魔法を使っていることに気付いていない?精神に干渉する魔法など、よほど意識を集中させないと発動できないはずではないか?」
「・・・それこそが、私とアニス様が最も懸念していることです。アニス様も、それを確かめるためにレイニ嬢を別室に連れていったのですから」
「ならば、後はアニスからの報告を待つのみか・・・」
自身の頭の中で考えを整理するように、オルファンスはこめかみをもみほぐしながら大きく息を吐いた。
「どちらにせよ、国の危機であったことに変わりはありません。たしかにレイニ嬢に悪意はないのでしょうが、悪意なき悪行の方がよっぽど質が悪いです。アニス様の介入も、もし少しでも遅れていればさらに手遅れになっていた可能性が高かったでしょう」
「本当に、世の中なにが起こるのか分からないものだな・・・」
「・・・そう言えば、なぜ貴方とアニスはレイニ嬢の魅了の影響を受けなかったのですか?」
「私は、自分と他者を俯瞰することに慣れていますので、すぐに違和感に気付くことができました。アニス様についてですが・・・」
(・・・これは、どう言うべきだ?)
そこまで言って、クルーガーはどこまで言うべきか悩んだ。
アニスフィアがレイニの魅了の干渉をはねのけたのは、おそらく例の施術によるものだ。あれがたまたまレイニの魅了に対抗できる代物だったからこそ、アニスフィアも違和感に気付くことができた。
だが、その施術のことを話してしまえば、オルファンスは泡を吹いて倒れて話が大きく脱線することは想像に難くないことだった。
だからと言って、生半可な言い訳が通じるほど、シルフィーヌも甘くない。
何をどこまで話せばいいものか悩むクルーガーだったが、幸いにもイリアがオルファンスたちを呼びにきたことでその話はうやむやになった。
イリアにアニスフィアとレイニが移動した王族の控室へと案内されて中に入ると、そこではレイニが目を真っ赤に腫らしていた。
それを見て少し驚いたような表情を見せるオルファンスとシルフィーヌだが、すぐに気を取り直してアニスフィアに事の顛末を尋ねた。
「アニス、クルーガーから魅了の魔法について聞きました。その上で、何か分かったのですか?」
「はい。父上、母上。どうか落ち着いて聞いてください」
そう言って、アニスフィアは居住まいを正してから先に結果を口にした。
そして、それはクルーガーが懸念した通りのものだった。
「レイニ嬢の体内、具体的には心臓に魔石と思われる器官があることが判明しました」
レスバつよつよな賢者は好きですか?
顔を真っ赤にして黙りこくるシャルトルーズ伯爵で飯が美味い!