「・・・まさか、魔石を持つ人がいるとはな・・・」
レイニの心臓に魔石が存在する。
そのような衝撃的な事実を聞かされたオルファンスたちは、今までの中でも1,2を争うほどの驚愕を味わっていた。
ただ一人、クルーガーはある程度予測していたこともあって驚いている様子は見えなかったが、それでも出来ることなら当たってほしくなかった予感が的中したことに思わずため息を吐いた。
そして、レイニの目元が僅かに赤くなっているのを見逃さなかったクルーガーは自身の推測に確信を抱いた。
「やはり、魔石の存在を認識できていなかったために力が制御できていなかった、ということですか。無差別にばらまかれる魅了、こう言ってはなんですが、これまでに人死にが出なかったのは奇跡に近いですね」
人死に、という単語に反応したレイニの肩がビクンッと跳ねあがる。
流れるような失言にアニスフィアは抗議の視線を送り、クルーガーもバツが悪くなったのか咳ばらいをして気を取り直した。
「ゴホンッ。それはそうと今後の方針についてですが、レイニ嬢を保護して力の制御方法を模索する方が良いでしょうね」
「ですが、彼女の力は危険です。偶然、貴方たちは気が付いたから良かったものの、私や陛下ですら気づけない力です。その力は国を脅かしかねません」
保護の提案をしたクルーガーに対し、シルフィーヌは排除の意思を強く示す。
この空間におけるオルファンスとアニスフィアの存在感が薄くなっていくが、この2人が向き合って話し始めた場合いつもこうなるため、オロオロするレイニをなだめながらも2人の会話に挟まらずに行く末を見守る。
「ですが、私は始末に反対です」
「なぜですか?」
「理由はいくつかあります。一つはレイニ嬢の力が未知数な点です。魔石の魔法というのは、魔物の生存本能に強く依るものです。仮に始末という手段を取った場合、今回は大丈夫だった私やアニス様も同じように抵抗できるとは限りませんし、広範囲に魅了が及んで他者から妨害を受ける可能性だってあります。何より、魅了は発動者の思い通りに操るというものでなく、あくまで行動基準は対象に委ねられます。それはつまり、レイニ嬢が死んだとしても魅了の効果は残り続ける可能性が高いということです。安易に始末という手段を選んで被害を拡大させては本末転倒でしょう」
つらつらと並べられるあり得るかもしれない可能性を聞いたレイニは、顔面を蒼白にして膝から崩れ落ちそうになる。
背後からイリアがレイニの肩を支えているのを見て、アニスフィアは気の毒に思いながらもレイニがやはり本当は心優しい少女であるということを確信する。
先ほどの確認で魔石のことが判明するまでは自分がどのような扱いを受けるか不安を抱いていたが、それがわかった今では自身の処遇に対してはある程度の覚悟を持てるようになった。
だが、クルーガーから他者への影響を指摘されるたびに、再び自身の力に恐れを抱くようになっている。
それはつまり、自分のことよりも他の人のことを気遣えるということでもあり、アニスフィアもレイニを保護する決意を固めていく。
そんなアニスフィアの内心を知ってか知らずか、クルーガーは立て続けにレイニの保護の理由を述べていく。
「もう一つの理由として、レイニ嬢の存在を確認した以上、他にも同じように魔石を持つ者がいる可能性が高いということです。少なくともレイニ嬢の母親は確定として、他に紛れ込んでいる可能性も否定できません。ですが、群れを形成する魔物に自身の群れの個体かどうかを判別する能力があるように、レイニ嬢にも自身の同種かどうかを判別する能力があってもおかしくはありません。人の集団の中に紛れ込めるほどの社会性を持っているならなおさらです。他の同種を探すためにも、レイニ嬢の力は必要になるでしょう」
「ですが、そのような能力を持たない可能性もあります」
「たしかにそうですが、そういった意味でもレイニ嬢の力はやはり未知数です。魅了以外の能力があるかどうかも調べた上で、今後の対策を必要があると思われます。それに、他の貴族の中にレイニ嬢の力を勘づいている者がいないとも限りません。そうなった場合、起こるのは悪意ある者による無差別で一方的な狩りです。判別する方法がない以上、民へ苛烈な仕打ちをする可能性すらあります。それを踏まえても、やはり保護という形で手元に置く方がよいでしょう」
「レイニ嬢が今後、力を制御できるという保証は?」
「今まで制御不能の状態だったのは、本人に自覚がなかったからです。一度認識すれば、精度は飛躍的に高まるはずです。でなければ、魔石持ちの魔物は人を襲う前に残らず自爆して息絶えていることでしょう。それに、レイニ嬢の魅了にかからない私やアニス様が監督をすれば問題ないはずです」
クルーガーは瞳に強い意志を宿し、一歩も引かずにレイニの保護を主張し続ける。
シルフィーヌもまた、謁見で目の当たりにした国の脅威とクルーガーから解かれた保護の利益を天秤にかけ、その後に視線をアニスフィアへと向けた。
「アニスも、レイニ嬢の保護について異論はないのですね?」
「はい。責任をもって、レイニ嬢の能力について解き明かしてみせます」
アニスフィアもまた、眼差しに強い意志を込めてクルーガーに同調する。
それを見たシルフィーヌは、諦め気味に息を吐いた。
「・・・わかりました、貴方たちを信じましょう。ですが、もし貴方たちの手に負えないと判断したとき、責任はとってもらいます」
「そのつもりです」
「ふむ、なら、この件を共有する者を決めないとな。グランツとシアン男爵は確定として・・・」
「スプラウト騎士団長も巻き込みましょう。子息が弾劾に加担していますし、アニスの訪問によって幾分か落ち着いたと聞いています。恩に着せる形にはなりますが、王宮の警備のこともありますしちょうどいいでしょう」
レイニの保護が確定したことで、オルファンスとシルフィーヌは今後のことについての話を始める。
そこでようやく緊張から解放されたレイニが、イリアにもたれかかるようにして脱力した。
その様子を微笑ましく見守るアニスフィアに、シルフィーヌが一度話を切り上げて耳打ちをした。
「アニス。貴方も大変でしょうけれど、その・・・上手くやりなさい?」
「もちろんです!これだけ興味深い研究対象なのです!クルーガーもいますし、責任は感じますがそれはそれ!これはこれなので!」
「・・・・・・本当に、貴方のそういうところがダメなのよ・・・」
「へ?」
シルフィーヌの呆れはてた様子に心当たりがないアニスフィアは首を傾げるが、イリアからの指摘で全身が硬直することになった。
「アニス様。貴方は離宮でどなたと共に暮らしているのですか?」
「・・・・・・・・・あ˝っ」
そこでようやく、アニスフィアは表向きとはいえ婚約破棄騒動の加害者と被害者が同じ空間で過ごすことになるという事実に今更ながら気づき、ギギギとぎこちない動きでクルーガーの方を見る。
「私は私でやることがありますし、何より男女比を考えて今後も離宮に入り浸るわけにはいかないでしょう。たまには顔を出しますので、アニス様も頑張ってください」
ニッコリといっそ清々しいほどに突き放すクルーガーに、アニスフィアは絶望したかのように崩れ落ちた。
その様子にクルーガーは苦笑を浮かべながらもフォローを入れた。
「まぁ、何と言いますか、アニス様が思っているほど気まずいことにはならないと思いますよ?」
「なんで?」
「元々、ユフィリア様は徹底的に『王妃としてふさわしくあれ』と育てられてきました。ですので、それが良いことかどうかは別として、理に適っている判断であれば素直に従うと思います。あの時取り乱していたのも、非合理的で自身が理解できなかったことによる動揺からのものでしょうし」
「あ~、そうかな・・・そうかも・・・」
アニスフィアとて、ここしばらくの生活でユフィリアがどのような人物かは割と理解している。だからこそ、クルーガーの言っていることに間違いはないと感じた。
最近でこそ感情を表に出すことが多くなったが、公爵家令嬢として王子の婚約者としての意識は深く根付いている。それに、根は優しく賢いユフィリアのことから、レイニがわざと貶めたわけではないということもすぐにわかるだろう。
とはいえ、自身の人生をめちゃくちゃにした元凶であることに変わりはないため、少しくらいは感情を剥き出しにするかもしれないと思っていたが、アニスフィアが『レイニは保護すべき人物だ』と言えば素直に従うのは間違いない。
もちろん余計ないざこざが起きないのは良いことだが、アニスフィアとしてはユフィリアにはもっと感情を表に出してほしい願望があるため、それはそれとして複雑な気持ちになる。
「そういうことですので、アニス様も肩の力を抜いてください。私は、レイニ嬢が離宮に移ってからの他貴族の動向を監視します。それと、シアン男爵にレイニ嬢の件を伝えるのは私に任せていただいてよろしいでしょうか」
「うむ、先ほどの過ぎた言動の謝罪も忘れぬようにな」
「心得ております。では、私はこれで失礼します」
そう言って、クルーガーは頭を下げてから謁見の間を出てシアン男爵が待機している控室に向かい、シアン男爵に事情を説明した。
「・・・そういうことですので、レイニ嬢はアニス様の下で保護させていただくということになります。ですが、事が事だけにできるだけ内密にしたいので、シアン男爵の同行はできないということは理解してください」
「いえ、私も事情はわかりましたので、アニスフィア王女殿下の命令とあらば従います・・・」
表向きは大人しく従う素振りを見せるシアン男爵だが、誰の目から見てもクルーガーに対して怯えているのは明らかだった。
クルーガーからすれば必要と判断したからこその行動だったが、ここまでくると本当にやり過ぎてしまったようだとクルーガーも本気で罪悪感を抱きそうになった。
「・・・謁見では必要と判断してあのように振舞いましたが、レイニ嬢共々、私が思っていた以上に追い詰めてしまったようで、本当に申し訳ございません。レイニ嬢の安全については、アニスフィア王女殿下と共に全力で保証いたします」
「・・・本当でしょうか?」
「えぇ、陛下と精霊に誓いましょう」
そこまで言われてようやく肩の荷が下りたのか、シアン男爵はホッと息を吐いた。
そのタイミングを見計らって、クルーガーは気になることを尋ねてみた。
「そこで、よろしければシアン男爵からレイニ嬢の母君について聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
「っ、ティリスについて、ですか」
「誤解のないように言いますが、ティリス様が何かを企んでいるのではと勘繰っているわけではございません。ただ、シアン男爵が本当にただの人である以上、レイニ嬢の魔石は母親から継承されたと考えるのが自然です。孤児院の方でも話は聞きましたが、今は少しでも情報がほしいのでシアン男爵が知っていることを話してもらえませんか?」
「そうでしたか・・・すみませんが、私も多くのことを知っているわけではありません。ですが、出身のことについて少しなら・・・」
思わぬ情報に、クルーガーの目が一瞬細くなる。
レイニの母親というティリスについて、孤児院では預ける時しか接触がなかったということで深く追求できなかったが、今までの中では最も有力な情報ということでクルーガーも真剣な表情を浮かべる。
クルーガーの雰囲気の変化にシアン男爵は一瞬怯みはしたものの、すぐに気を取り直して自分の知っていることを話した。
「出身と言っても、具体的にどこから来たのかはわかりません。ですが、酒の席で『私はつまらないところから抜け出してきた。あそこには戻りたくない』といったようなことを零していました」
「ふむ・・・」
判明したのは、情報とすら言えないような曖昧な表現だけ。
それでも、クルーガーは顎に手を当てて真剣にその言葉の真意を読み解いていく。
「レイニ嬢のあれは間違いなく・・・ならばティリスも・・・だとすると・・・」
「クルーガー殿・・・?」
「・・・あぁ、すみません。少し思考に耽っていました。貴重な情報提供、感謝します」
呆気にとられるシアン男爵を余所に、クルーガーはさっさと控室から出て行った。
その後ろ姿を、シアン男爵は期待と心配、不安がない交ぜになった表情で見送ることしかできなかった。
なんか、百合アニメブームが過ぎちゃった感じがして、少し寂しいですね。
まぁ、そんな自分は呪術廻戦で満足してるのでそこまで深刻ではないですが、せっかくなんでリコリコに代わるオリジナル百合アニメを期待したいところ。