次からはもうこのシーンが書きたいがために始めたあの話になるので、ガッツリ気力を溜めていきます。
「ふむ。では、ユフィリアとレイニ嬢に関して特に問題はないというのだな?」
「はい。私も少し様子を見ましたが、レイニ嬢が少し緊張していることはあっても険悪な空気はなかったですね」
謁見の翌日、クルーガーは離宮に寄って様子を確認してからオルファンスのところへと向かった。
「そうか、良かったと言うべきか、押し付けてしまったと言うべきか・・・」
「陛下、国王が『押し付けてしまった』などと仰るものではありません」
「分かっているが、ユフィリアのことになるとな・・・」
「そのことについては、仕方ないと割り切るしかないでしょう。それと、アニス様が今日はレイニ嬢の身体検査のためにティルティ嬢の屋敷に行くと仰っていました」
「む、クラ―レット侯爵令嬢のところか?不安がなくはないが・・・レイニ嬢のことについて頼りになるのも事実か。ならば構わん」
当然、オルファンスもティルティのことは知っていた。
それは魔薬開発の共犯というだけでなく、体質のことから医学や薬学に詳しいこと、魔学に対する理解も深いことを含めた上での話だ。
そのため、すんなりとアニスフィアの要望を通した。
「それにしても、魔石を持った人間か・・・こうした今でも、にわかには信じられんな」
「それも当然です。そもそも人目のあるところに現れるものではありませんから」
「その口ぶり、もしやクルーガーはあれに心当たりがあるのか?」
「一夜考えて、思い当たるものがありました。おそらくは、アニス様もすでに気づいているでしょう。ティルティ嬢も、一度話を聞けば気づくかもしれません」
「なにっ?」
魔石を宿す人間という異常事態。
そのことについてアニスフィアだけでなくティルティにも思い当たるものがある。
まさかの打ち明けにオルファンスはガタリと立ち上がった。
「ならば教えてくれ。レイニ嬢は正体はなんだ?」
「おそらくですが、レイニ嬢はヴァンパイアです」
「なっ、ヴァンパイアだとっ!?」
クルーガーから告げられた正体にオルファンスは今日で一番の驚きを露わにし、あのグランツも驚きを隠せずに目を見開かせていた。
ヴァンパイアとは御伽噺の中に存在する存在であり、おそらくはドラゴンと同じくらい子供のころから言いつけを守らせるための恐怖の存在として教えられていた。
「まさかとは思うが、あの御伽話に存在するヴァンパイア、ということか?」
「御伽噺のものとは少し違うでしょう。というより、どのような御伽噺にも原型となる実話が存在します。レイニ嬢とその母親は、そのオリジナルのヴァンパイアの末裔でしょう」
御伽噺の中では、ヴァンパイアは絶世の美男子とも美女とも言われる美貌を持っており、恋をした者を虜にしては生き血を好んで啜り、ヴァンパイアによって血を啜られた者は同じヴァンパイアに変貌すると言われている。
まさかそのような御伽噺の中の怪物が存在したのかと警戒心を抱くグランツに対し、クルーガーはその認識を部分的に否定した。
「オリジナルだと?」
「実はですね、アニス様と冒険者稼業をしているときに、偶然ヴァンパイアに関する禁書を見つけまして。その中にオリジナルのことに関する情報が記載されていたのです」
「禁書だと?」
禁書とはパレッティア王国が取り締まっている違法な書物のことで、主に国にとって良くない思想や技術について記されているものが対象となる。
持っているだけでも処罰の対象になるものだが、中には報奨金目当ての好事家や純粋に技術を求める研究者たちの間で取引されているものもある。
禁書の中には医学や薬学について書かれているものもあり、家が貧乏で貴族からの治療を望めない貧困層の人間が禁書を求めることも珍しくはない。
とはいえ、クルーガーの話に出てきた禁書は正真正銘の危険な思想や技術が書かれた規制されるべき書物なのだが。
「ちなみに、それはどうしている?少なくとも、アニスからそのような書物が禁書庫に収められたという報告は聞いておらんが」
「・・・ティルティ嬢の屋敷に保管されています」
「あのバカ娘が・・・!」
「まぁ、今回ばかりはあれが役に立っていますし、いつどこで何が必要になるか分からないものですね、としか・・・」
言い逃れできないレベルの違法行為に額に青筋を浮かべるオルファンスを、クルーガーがどうにかなだめる。
それに、貴族がヴァンパイアが存在に勘づくリスクが少しでも減る可能性を考えれば、悪いことばかりではないとも言える。
もちろん、禁書庫には膨大な禁書が存在するため、その中にヴァンパイアに関する記述がある本がいくつかある可能性も低くはないのだが。
「・・・ともかく、そのことについてアニスを問い詰めるのは後にしよう。それで、その禁書には何が書かれていたのだ?」
「ある天才の魔法使いが生み出した、狂気と執念の産物です」
オルファンスとグランツから僅かに緊張感を孕んだ視線を向けられながら、クルーガーはオリジナルのヴァンパイアについて語り始めた。
「事の始まりは、とある魔法使いが望んだものにあります」
「それは、なんだ?」
「不老不死」
一瞬にして、執務室の中の空気が凍り付いた。
導入と言うにはあまりにも衝撃的すぎる内容に、クルーガーも無理もないと軽く肩を竦めるにとどめた。
「・・・そんなこと、可能なのか?いや、不可能ではないのか?」
「少なくとも、まともな方法で実現できるものではありません。ドラゴンを始めとして永い年月を生きる魔物は存在しますが、それでもいずれは緩やかに衰えていくのが生物の定めです。ですが、それはあくまで自己完結させようとした場合の話です」
「なるほど。つまり・・・」
「えぇ。その魔法使いは、他者から生命力を奪うことで生きながらえることを選びました。おそらくは、吸血もそのための行動の一つです」
普通であれば、寿命や生命力などといった曖昧なものを人間は知覚できない以上、他者からそれを奪うなど出来るはずがない。
だが、その魔法使いはその狂気と妄執による研究で血液にも魂の欠片とでも言うべきものが混じっていることを発見し、他者の血液を摂取することで自らの生命力へと変換させる魔法、それを可能とする魔石の開発に成功した。
「それと、魅了の魔法もおそらくは自身の目的を他者に刷り込ませるために編み出したものです。その魔法使いは極論、自分が魔法の極致に到達できなくても誰かがその領域にたどり着ければよかったのでしょう」
「聞けば聞くほどに恐ろしい話だな・・・」
「外道だな」
珍しいことに、グランツが侮蔑を隠さずにそう吐き捨てた。
だが、それは当然と言えるだろう。自身の目的のためであれば他者を顧みない姿勢は、まさに外道と呼ぶ他ない。
「ですが、その禁書を見つけた段階では私やアニス様はその実験は失敗したものと考えていました。その研究資料は途中で途切れていましたからね。とはいえ、その資料が書かれた年代とヴァンパイアの伝承が広がり始めた時期が一致しているので、正確な情報かどうかはともかく認知はされていたということでしょう。あるいは、あの御伽噺も当時の統治者が真相を隠すために広めたのかもしれません」
「なるほどな」
「これがヴァンパイア、レイニ嬢の正体です。オリジナル本人の子孫なのか、あるいはオリジナルに魔石を埋め込まれた被害者の子孫なのかまでは分かりませんが、そのような能力を持った存在というのに変わりはないでしょう」
「そうなると、やはり他にもヴァンパイアがいる可能性が高いということか。国内に潜伏している可能性のあるヴァンパイアを探すことはできると思うか?」
「まず不可能でしょう。現段階では識別する方法がありませんし、仮に見つけたところで魅了されては本末転倒です。絶対数も不明ですし。ですが、あまり心配せずとも問題はないと思われます」
「なぜだ?」
「シアン男爵からお聞きしたのですが・・・」
そこでクルーガーはシアン男爵から聞いたレイニの母親の証言のことについて話した。
それを聞いて、オルファンスとグランツは顎に手を当てて考え込んだ。
「ふむ。つまり、ヴァンパイアは独自のコミュニティを築いている、ということか?」
「クルーガー殿の話から考えるに、当時の統治者がヴァンパイアの存在を認知していたのであれば、どこかへ追放したとしてもおかしくはない。復讐のために潜伏している可能性もあるが、レイニ嬢が現れるまで表沙汰にはならなかったこととレイニ嬢の母親の証言を合わせると、まだどこかに引きこもっている可能性の方が高いと言えるか。そして、潜伏先として考えられるのは、我々の手がまだ及んでいない地域・・・たしか、レイニ嬢の故郷は東部だったな?」
「そうですね、母親が東部で活動してきた証言も複数存在します。具体的な出身を知っている者はいませんでしたが・・・」
「ならば、我々が東部で詳細を把握していない場所。当てはまる場所は1つしかない・・・“カンバス王国”だ」
シアン男爵の情報から瞬く間にヴァンパイアの潜伏先を特定したグランツの頭の回転の速さに、その様子を何度も見ているクルーガーとオルファンスも思わず舌を巻く。
グランツはそんな2人の様子は気にも留めずクルーガーに問いかけた。
「クルーガー殿はたしか、カンバス王国よりもさらに東から来たという話だったな。であれば、カンバス王国のことについて何か知らないか?」
「ヴァンパイアのことについては何も・・・というより、カンバス“王国”と名乗ってはいますが、国としての実態や機能は皆無に等しいです。せいぜいが集落の集合体、表現としてはカンバス“連合”の方が近いでしょう」
「なるほどな・・・おそらく、我々からの干渉を防ぐために王国を名乗っているのだろう」
「とはいえ、国を名乗れる程度にはまとまっていると考えれば、統治者や管理者がいてもおかしくはない、か」
「あるいは、その管理者こそがヴァンパイア、ということでしょう」
考察を進ませれば進ませるほど、3人は思わず唸り声を上げて考え込んでしまう。
カンバス王国はパレッティア王国の東に位置している隣国だが、その間には深い森と険しい山脈が広がっているため、カンバス王国からの珍品目当てで行商人が行商に向かう程度の繋がりしかない。
仮にカンバス王国にヴァンパイアが潜伏しているというのが事実だとしても、軍はおろか斥候を向かわせることすら困難を極める。
つまり、これ以上ヴァンパイアのことを追求するのは事実上不可能ということだ。
「・・・このこと、アニス様たちには?」
「言わんほうがいいだろう。教えたところで、すぐにどうこうできる問題ではない。なまじ、あやつには空を飛べる魔道具もあるからな。下手に情報を与えてカンバス王国に突撃させるわけにはいかんだろう」
「今ある装備で山脈越えは難しいでしょうから、さすがにアニス様も無茶はされないと思います。とはいえ、それを差し引いても今の内情で余計な情報を与えるリスクを生むわけにはいきません。私も口止めを約束しましょう」
「助かる」
「それと、もしかしたら禁書庫にもヴァンパイアに関する資料があるかもしれないので入場許可証をいただけませんか?」
「うむ、わかった」
オルファンスはクルーガーの要望に頷き、禁書庫の入場許可証をササッと書いて渡した。
「ありがとうございます」
「そちらでも何か分かればアニスに教えてやってくれ」
「承知しております。では、私はこれで」
そう言って、クルーガーは執務室を後にした。
「・・・なるほど、そういう感じか」
日も落ちかけた頃、クルーガーは下水路で以前に仕掛けた声を集める魔法の解析をしていた。
『どう・・ですか?・・・部下を・・・まさか・・・計画が・・・』
『・・・・・計画に・・・ない・・・予定より・・・』
「ふむ、使うにはちょうどいい。存分に利用させてもらうとするか」
そう呟いて、クルーガーは長い間発動させ続けていた魔法を城に仕掛けたものも含めて解除した。
「さて、ここからが“賢者”の腕の見せ所、といったところか」
背筋を伸ばしながらそう呟くクルーガーの唇の端には笑みが浮かんでいた。
だがそれは、パレッティア王国の関係者が一度も見たことがないほどに、人間が浮かべるものとかけ離れていたことを知るのは、下水路の端で息絶えていたボロボロのネズミだけだった。
別に貴族が下水路で秘密の会合してた、ってわけじゃないでしょうけど、まぁコミックだと水っぽいしネズミもいましたし、傍に下水路があったとか魔法で臭いや汚れを散らしていたってことで。