めっちゃ書きたかったところでうずうずしてて、なんかもう間を空けるのもじれったいのでぶっ通しで書いちゃいました。
今回と次話は原作沿いの話になります。
「あっ、クルーガー!今日はこっちに来たんだ」
「えぇ、レイニ嬢の様子の確認も兼ねて、こちらで得た情報を共有しようかと思いまして」
謁見から数日後、クルーガーは離宮へと足を運んでいた。
サロンへの中に入ると、レイニに加えてティルティも一緒にお茶を飲んでいるところだった。
「おや、今日はティルティ嬢もこちらにいらっしゃいましたか」
「えぇ、レイニの身体検査にね。しばらくは私もこっちに出入りすることになったから」
「わかりました。それで、レイニ嬢に身体の変化は?」
レイニがヴァンパイアであると言うことについて、アニスフィアからもすでに調査結果がオルファンスに送られており、グランツやクルーガーを含めた関係者にも情報は共有されていた。
オルファンスとグランツはクルーガーの推測を聞いていたおかげでまだ冷静に事実を受け止められたが、それでもクルーガーの推測が当たっていたという事実には大きなため息を吐くのを抑えられなかった。とはいえ、調査内容にはストレスを感じるような環境の中にいなければ魅了は無差別に発動しないことも記されていたため、結果的にクルーガーの読み通りにであったことは不幸中の幸いとも言えた。
「やっぱりというか、吸血衝動が出るようになってるね。多分だけど、魔石が普通に生産される分の魔力を吸い取っていて、不足分を感じるとそれが吸血衝動になって現れるみたい」
「ふむ、単純な食欲のようなものとは別ということですか。吸血は誰が?というより、噛まれたら同族にされるという話もありますが、そちらに関しては?」
「本人が敢えてそうしようとしない限りは大丈夫みたい。吸血に関してはイリアが担当になってる。私とユフィも1回ずつ吸わせたけど、身分を考えるとさすがにね」
「なるほど、まぁ無難といったところですね」
アニスフィアから一通り事情を聞いた後、クルーガーはレイニの元へと近づいて顔を覗き込んだ。
未だに謁見の時の苦手意識が抜けていないクルーガーからいきなり顔をまじまじと見つめられたレイニは、「ヒッ!」と小さく悲鳴を上げて椅子の後ろへと回り込んだ。
「・・・いえ、その、本当に私が悪いのは重々に承知しておりますけれども、そこまで露骨に避けられますと、さすがに・・・」
「えっ、あっ!その、申し訳ございません・・・」
「はいはい、クルーガーはあまりレイニを怖がらせないように。レイニも、もう大丈夫だから。いきなりどうしたの?」
未だにギクシャクしている二人の間にアニスフィアが入ることで、いったん気まずい空気をリセットした。
その様子を黒いヴェールの下でクツクツと笑っているティルティに抗議の視線を送りながら、アニスフィアはレイニの代わりに先ほどの行動について尋ねた。
「いえ、本当に目の色が変わっているなと思いまして。それに牙も生えているようですし」
「そういえば、クルーガーは見るのは初めてだっけ」
レイニの身体の変化について、このことも報告書の中に書かれていた。
今までは活性不全の状態だった魔石に魔力を通した結果、灰色だった目は深紅に染まり、牙や爪も魔力を込めることで鋭利に伸ばせるようになった。目の色が変化した理由は、魅了魔法が魔眼の類だからと考えられており、実際に他の魔物にも魔眼を扱う種が存在するため、オリジナルもそれを参考にしたと考えることもできる。
ある意味ではヴァンパイアらしい能力と言えるが、現実的に見れば魅了によって容易くターゲットに近づき武器を持たずとも爪や牙で肉体を切り裂くことができる、諜報員や暗殺者としてはこれ以上にないほど適している存在とも言える。
「正直な話、禁書庫にもいくつかヴァンパイアに関する書物があったのですが、ティルティ嬢の邸宅にあるものと大差ないものしかなかったんです。やはり実際に観察するに限りますね」
「それは同感だけど、あまりレイニを困らせるのはダメだからね」
「同感はするんですか・・・」
この王女にしてこの相談係ありといったような息の合い方にレイニは思わず呆れてしまい、ティルティはやれやれと肩を竦めた。
だが、ティルティもヴァンパイアであるレイニを知った時には「これぞまさしく呪いだわ!」と言わんばかりに興奮して調べ上げようとし、アニスフィアに至っては触診でレイニの心臓部に魔石があることを発見したためまったく人のことを言える立場ではない。
そのため、レイニを除いて離宮でまともな感性を持っているのはユフィリアとイリアなのだが、ユフィリアは何食わぬ表情で婚約破棄の元凶と同じ空間で過ごしており、イリアはイリアで自他共に人として欠陥があることを認めているため、実際は離宮内にまともな感性を持っているのはレイニのみとなる。
とはいえ、“奇天烈”と称されるアニスフィアが中心になって集まっているため、真っ当な常識人がいないのはある意味当然と言えば当然のことなのだが。
「ただいま戻りました・・・姫様」
そんな中、外に出ていたイリアが戻って来た。
だが、いつもの無表情ながらも身に纏う空気が何かしら嫌なことがあったことを伝えてくる。
「おかえり、イリア・・・どうしたの?何かあったの?」
「・・・はい、とても残念なことに」
深々とため息を吐くイリアに、アニスフィアは思わず天を仰いだ。
ここまで露骨に感情を露わにするということは、相応に残念なことが起こっているということだ。
そんなイリアの手には封筒が握られており、クルーガーもそれに気づいて声をかけた。
「その封筒・・・もしや、魔法省から何か?」
「はい・・・魔法省から招待状が届いております」
「なんで魔法省から・・・」
「何か不味いんですか?」
「いろいろと。今回もなんとなく想像はつきますが・・・」
アニスフィアと魔法省の因縁を知らないレイニの疑問にクルーガーが簡単に答える傍らで、アニスフィアは封筒を開けて中の手紙の内容を確認する。
「・・・うわ、めんどくさ・・・」
そして、思わずといったように低い声で呟いた。すぐそばでレイニが怯えるように身を竦めるが、今のアニスフィアにはそれに気づく余裕がないほど手紙の内容は面倒なものだった。
「まさかとは思いますが、ドラゴンの素材についてですか?」
「うん、そう。ドラゴンの素材について講演会を開いてほしいって。要約すると、ドラゴンの素材を一体何に使うつもりなのか、その使用用途を説明しろだって」
簡単に要約したが、実際は長たらしく遠回しに皮肉も混ぜた文章だっただろうことは想像に難くなかった。
「はぁ、やはりですか。いつか来るだろうとは思っていましたが、まさか今とは・・・」
「クルーガー、どういうことですか?」
「昔からあったことなのですが、アニス様にあれこれ難癖をつけてあわよくば素材や成果を取り上げようとしているのですよ。今までも開発途中の魔道具やティルティ嬢の新薬を取られたことがあります。まぁ、アニス様の発明の中には精霊信仰にそぐわないものもあるので、そういったものを取り上げるだけならまだ納得できなくもないんですが・・・」
「でもアイツらは、人の足を引っ張るだけ引っ張りたいだけなのよ!わざわざ嫌味まで言ってくるし!」
「わかるわ、私もやられたもの・・・」
本来であれば、魔道具や研究に使う素材はアニスフィアの私費であり、魔法省からあれこれ口出しをされる謂れはない。
だが、時折開発している魔道具が違法なものではないかと訴えてくることがある。さらに、訴えると言ってもほとんど宗教裁判、というより魔女裁判に近いものであるため、アニスフィアだけでは止めることは難しい。
クルーガーの弁明によって取り上げを免れた素材や魔道具もいくらかあるが、それでもクルーガーがオルファンスのところにいるタイミングを狙ってくることも多いため、それなりの数の素材や魔道具が魔法省によって取り上げられている。
「魔法省ってそんなこともしてくるんですか?」
「してきます。ただ面倒なのが、あくまで違法ではないのです」
「どうしてですか!?」
「取り上げる、とは言いましたが、実際は使用用途が決まっていない素材を魔法省が預かるという名目で買い取ろうとするのです。それ自体は正当な取引と言えます」
「買い取り?」
押収ではなく買い取りというスタンスになっている話に、レイニが疑問符を浮かべる。
その辺の事情をアニスフィアがため息交じりに説明した。
「魔法省はエリート揃いだもの、資金力も十分あるわ。組織の予算としても、個人の資産としても。だから私が使い道を決めてないなら自分たちに買わせろって迫ってくるの。それで私が断ればそっと陰口をたたくのよ、強欲だの、怪しい実験をしているだの、いろいろとね」
「・・・魔法省の長官って、モーリッツ様のお父様ですよね?」
「うん、そうだね」
「・・・そんなひどいこと、許されるんですか?」
「許されないけど、それが横行してしまうだけの権力と立場があるのも魔法省なのよ」
当然と言えば当然だが、そんな集団でもすべき仕事はしているし、中には優秀な研究者や純粋な魔法の腕前を買われて所属している者もいる。
だが、政治的な面を持ってしまうとどうしても負の側面が出来てしまうのもまた、仕方のないことと言えば仕方のないことだった。
さらに、パレッティア王国では魔法を使えるかどうかがすべてであり、魔法を使えない平民を下に見る貴族は少なくない。それなのに王族でありながら平民と同じく魔法を使えないアニスフィアのことをよく思わない貴族は、それこそ平民に向ける感情よりも大きくなりがちになってしまう。
「まぁ、正直に言えばいつか来るだろうと予測していたことではあります。今まではドラゴン討伐後も婚約破棄騒動でごたごたしていましたが、あの謁見でいくらか落ち着いてきたので口を出しに来たといったところですか。こちらはこちらでレイニ嬢のことでごたごたしていたので、その隙を突かれたという見方もできますが」
「あぁぁぁあッ!やめてよ本当に!しかもタイミングが最悪!断りたくても断れないじゃない!」
これが以前までと同じ状況であれば、たとえ陰口をたたかれてもそれを無視して突っぱねることもできた。
だが、今はユフィリアとレイニがいる。
ユフィリアは名誉回復のために預かっていて、レイニも監視を兼ねた保護をしている状態だ。この状況で要求を突っぱねてしまえば、最悪ユフィリアだけであればまだしもレイニのことについてあれこれ言及されかねない。
ここでもしレイニがヴァンパイアである、そうでなくとも特殊な事情があるという噂が立てられてしまっては致命的なことになる。
「・・・どうされますか?さすがにアレを公表するわけにはいきませんし、別の案を考える必要があります。ですが指定された日時まであまり猶予がありませんし、そもそも魔石ばかりに意識がいって他の素材の用途はまったく考えていませんでしたよね」
「分かってるわよ!あぁもう!魔法省め・・・!!」
のっぴきならない状況にアニスフィアが頭を抱えながら盛大に恨み言を吐く。
今回ばかりはアニスフィアも相当追い込まれる状況になってしまった。
「・・・アニス様、私に任せてもらえませんか?」
そんな中、提案を名乗り出てきたのは先ほどまで顎に手を当てて考え込んでいたユフィリアだった。
「ユフィに任せるって・・・どういうこと?」
「魔法省にアニス様が嫌われているのは承知の上です。ただ、正規の手続きを踏まえているのに断るのは私たちの状況がよくないです。ですが、私ならどうでしょうか?」
「・・・なるほど、悪くはないですね」
そこで、クルーガーもユフィリアの提案に肯定を示した。
アニスフィアの視線が驚いたようにクルーガーに向けられる。
「どういうこと?」
「アニス様が魔法省に嫌われている根本的な理由は、王族でありながら魔法が使えないということです。ですが、ユフィリア嬢はパレッティア王国の中でも五本の指に入るほどの魔法使いであり、爵位も王族を除けば最高位の公爵です。アニス様が表舞台に立たれるよりは軋轢も少ないはず。それに、そもそもユフィリア嬢がアニス様の保護下に置かれるようになった経緯は魔学による社会的地位の回復のためです。今まではその機会に恵まれませんでしたが、今回の件はそれにちょうど良いでしょう」
「むぅ・・・」
クルーガーの説明を聞いたアニスフィアは、複雑な表情を浮かべながらもユフィリアの提案を反対したりはしなかった。
アニスフィアの心のどこかではユフィリアに下手な迷惑をかけたくないという思いもあるのだろうが、それ以上にクルーガーの説明は理にかなっているものであり、なおかつアニスフィアと魔法省の間に立って交渉できるほぼ唯一の存在になり得るとなればいるに越したことはない。
それになにより、ユフィリアが自分から申し出たというのであれば、アニスフィアから反論する理由はまったくなかった。
「さて、では今回の講演会に関してはユフィリア嬢にお任せすることになりますが、何か案があるということでよろしいですか?」
「はい。私に一つ、提案があります」
そう言ってユフィリアが提案した内容は、アニスフィアだけでなくクルーガーにとっても驚くべきものだった。