とある賢者の教導奇譚   作:リョウ77

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今回はゴリゴリのオリジナル回です。
もうこれが書きたいがためにこの作品を始めたと言っても過言ではない話の一つです。
前2つよりも時間をかけて書き上げました。


賢者の本領

「や、やれ!奴らを捕らえろ!!」

 

開幕の火蓋を切ったのは、絶叫にも似たシャルトルーズ伯爵の号令だった。

先ほどまでは困惑していた他貴族たちも、クルーガーから感じた得体の知れなさに気圧されて反射的にその指示に従う。

あらゆるところから放たれる魔力弾、火球、水球、風球を、クルーガーは涼しい顔で防ぎながら口を開いた。

 

「では始めに、魔法使いとの戦い方について教えましょう」

 

そう言って、クルーガーは再び杖先でカンッと床を鳴らした。

次の瞬間、床に張り巡らされた氷が一瞬で蒸発し、会場内を濃霧で包み込んだ。

 

「なっ、魔法を中断しろ!同士討ちになるぞ!」

「魔法使いを無力化する方法、もっとも簡単なのは思考力を奪うことです」

 

視界を奪われたことで辺りが混乱に包まれる中、クルーガーの声が響き渡る。

 

「魔法を発動するにはイメージが重要です。種類や射程、威力など必要な要素を頭の中で構築できなければ魔法は発動できません。逆に言えば、頭で考える余裕を奪ってしまえば対処は容易い」

「くそっ、何をしている!風魔法で吹き飛ばせ!」

「やっています!ですがまったく晴れないのです!」

「密閉空間でいくら風を発生させても意味はないのですが・・・話がズレましたね。思考力を奪うと言っても、必ずしも気絶させる必要はありません。先ほどのように氷で滑りやすい環境を作ったり、今のように煙幕で視界を塞いだり、あるいは音で耳を潰すという手もあります。耳は構造上強い衝撃に弱く、振動も脳に直接届きやすいですからね」

 

周囲の混乱に関係なく、クルーガーは講義を続ける。

その余裕の態度に貴族たちは焦りと逆上からむやみに風魔法で霧を吹き飛ばそうとするが、その努力も虚しく霧はまったく晴れずいたずらに魔力を消耗する。

その様子を、クルーガーはため息交じりに嘆いた。

 

「その様子では、どうやってこの霧を発生させているかすら理解していないようですね。それでは、並行して魔法についての講義も始めましょう。魔法を極めるということは、果たして何を意味していると思いますか?」

「そんなもの決まっている!精霊への祈り、信仰こそが・・・!」

「話になりませんね」

 

一人の貴族がクルーガーの問いに力強く答えようとしたが、最後まで言わせずに一刀両断した。

 

「祈れば報われるなど、勘違いも甚だしい。思い込みで魔法が上達するのであれば苦労はしないでしょう。せいぜい病気が良くなったり悪くなったり、その程度のものです」

「な、なっ・・・!」

 

クルーガーの指摘に、シャルトルーズ伯爵を含めたあらゆる貴族が憤怒に顔を赤く染める。

そんな様子を気にも留めず、クルーガーは答えをたたきつけた。

 

「魔法の探求、それはすなわち“真理の追求”です。なぜ火は燃えるのか、なぜ水は氷に、氷は水に変化するのか、風はどのようにして吹くのか、そして、魔法はどのように発動しているのか。それらを突き詰めた先にこそ魔法の真髄が存在します」

「それはっ、まさか“魔学”こそが魔法のあるべき姿とでも言うのかっ!?」

「その通りです。その点で言えば、私はアニス様を評価しているのですよ。魔法を使えず精霊の気配を感じ取れないにも関わらず、真実にかなり近しいところまで手を掛けていますから。それでも80点か90点といったところですが。とはいえ、もしアニス様が魔法を使えたら、なんて仮定に意味はありません。魔法を使えないからこそ考えることを止めなかったアニス様がこの国の誰よりも真実に近づいた、というのはこの国にとっては皮肉もいいところですね」

 

クルーガーの嘲りに、貴族たちの怒りのボルテージが上がっていく。

もはやクルーガーの姿を見たらすぐに魔法を放とうと身構え始めたタイミングを狙いすましたかのように、会場内の霧が一気に晴れた。

貴族たちは先ほどまでクルーガーがいた場所に杖を向けようとしたが、その場からクルーガーとティルティの姿が消えていたため、辺りを見渡して2人を探し始める。

 

「それでは、先ほどの魔法使いとの戦い方についての話に戻りましょう」

 

そして、クルーガーの声が聞こえた方向へバッ!と一斉に振り向いた。

クルーガーは壇上から会場内を睥睨していた。その後ろにはティルティも控えている。

それを認識した貴族たちは、一斉に2人へ向けて魔法を放った。

いや、放とうとした。

 

「魔法使いを無力化する方法。先ほどは誰でもできるものを説明しましたが、魔法使いだからこその方法も存在します。そして、これこそが魔法を極めた先に存在する、魔法の極致です」

 

貴族たちが魔法を放とうとする直前、再三クルーガーがカンッと杖先を床に叩く音を響かせる。だが今回は、音だけでなく目に見えない波紋のようなものが駆け抜ける感覚が迸った。

それをただの錯覚と捉えた貴族たちは、構わずに魔法を発動しようとした。

だが、

 

「あ、あれ?」

「なっ、こ、これは・・・」

「魔法が、発動できない・・・!?」

 

先ほどまでは問題なく発動できた魔法が、何度も杖を振っても、いくらイメージを浮かべても、どれだけ精霊に祈りを捧げても、まったく発動できなくなってしまった。

シャルトルーズ伯爵も未曽有の事態に困惑していると、ふと視界の端に何かが浮遊しているのを目撃した。

 

「これは・・・?」

 

それは虫のような羽を生やした小さな光の球だった。周囲を見渡せば、同じような球が無数に浮かんでいた。

光球は赤、青、緑、黄色、白、黒と色とりどり存在し、光の軌跡を描きながら自由に飛びまわる。

その存在の正体を、この場にいる貴族全員が直感的に理解した。

 

「アニス様は、魔法を“精霊が術者によって形を変える現象”と定義しました。この解釈はおおよそ間違ってはいません。そして裏を返せば、一定の空間内の精霊にすべて形を与えてしまえば魔法の発動は非常に困難になるということにもなります。魔法使い同士の戦い、特に同じ適性を持った者同士の場合、空間内に存在する精霊をどれだけ自身の影響下に置くことができるかというイニシアチブの奪い合いが重要となってきます。一度姿を変えた精霊の上書きは、よほど技量や魔力量に差がないと難しいですからね」

「では、これは、まさか・・・」

「形を得た精霊そのもの、といったところです。まぁ、あくまでこの姿は私のイメージに合わせて変化したものですが」

 

クルーガーが説明している間にも、光球の姿を得た精霊は虚空から現れてしばらく浮遊したらフッと姿を消していく。

それはさながら別の世界に迷い込んだと錯覚しそうなほど幻想的で、もしアニスフィアがいれば「まるで蛍みたい」と呟いたことだろう。

 

「“魔法を極めし者”とは“精霊を統べる者”、そして“歩むことを止めなかった者”のこと。ましてや500年前の奇跡に縋ってばかりの者が魔法の極致に至ろうなど、片腹痛い話です」

 

そう告げるクルーガーの姿はまさに彼が言った“精霊を統べる者”そのままであり、次々と貴族たちは抵抗する気力を失っていった。

その様子を後ろから眺めるティルティは、内心である疑問を抱いていた。

 

(・・・たしかにクルーガーの言ってることに間違いはないかもしれない。現に実演しているし。だけど、仮に理論上は可能だとしても、果たしてそれは本当に人の為せる技なのかしら?)

 

今まで欠片もその素性を掴ませなかった、謎の魔法使い。アニスフィアが何度もその正体に迫ろうとしたが、すべてが失敗に終わった。

だが、もし人の括りで推測しようとしていたのが間違いだったら?そして、もしクルーガーの正体が人の範疇に収まるものではなかったとしたら?

確証はない、だが直感的にそう思わせるほどの存在感が今のクルーガーにはあった。

そして、まだ怪しい点が存在する。

 

(それに、もしクルーガーが言った通り、この空間すべての精霊を制御下に置いていることで魔法が発動できないとして、どうして自身の魔力だけで構成できる魔力弾まで無効化できているのかしら?)

 

魔法は精霊が変化したもの、それは分かる。だが、魔力弾や話に聞いたドラゴンのブレスのように、魔力を直接エネルギーに変換する魔法も存在する。アニスフィアの理論なら、それらの魔法に空間内の精霊は必要ない可能性が高い。

なのに、なぜクルーガーはそれすらも無効化できているのか、肝心なそのことについての説明はされていない。

本当は、自分たちの想像をはるかに超えたもっと違う技術ではないのか。

ティルティには、そう思えて仕方なかった。

 

「そん、な。我々の祈りは、信仰は・・・」

「ふむ。では最後に、信仰とは何なのか、そのことについて教えて差し上げましょう」

 

だが、クルーガーが新たな議題を提示したことで意識がそちらに向いたため、クルーガーの正体についての思考が途切れてしまった。

 

「では始めに、なぜ信仰が生まれたか、そのことについてから話し始めましょうか」

「それは、精霊契約に基づいた精霊信仰こそが、王国の礎で・・・」

「そういう話ではないのですがね。というより、そもそも信仰の先に存在する国など矛盾の塊でしかありません。まぁ、これが逆になったところで歪んでしまうことに変わりはありませんが」

 

もはや反論する貴族たちの語気に勢いはなく、教師に諭される生徒のようにうなだれることしかできない。

シャルトルーズ伯爵でさえ、膝から崩れ落ちたまま呆然と壇上を見上げたまま動きを見せない。魔法省長官がそのような姿を見せてしまえば、他の貴族も反抗する気力を奪われてしまうのは自明の理であった。

今はただ、クルーガーの講演が会場に響き渡るのみである。

 

「信仰ないし宗教が持つ本来の役割とは“道”です。時に人は、自分たちだけでは解決しえない問題にぶつかることがあります。途方もない壁を目の当たりにして、時には諦めてその場にとどまり、時には回り道をして他の方法を探し、時には他者と協力することで壁を乗り越える。

ですが、それらの行動すべてに正しい答えがあるわけではありませんし、そもそも手段を選ぶことすらできない弱者も存在する。だからこそ、人々は自身が正しいと思える指標、自身を助け出してくれる救済を欲しました。

それこそが宗教であり、信仰の始まりです。

ここで肝になるのは、信仰の根幹にあるのは力なき弱者ということです。意思にしろ能力にしろ、それらを持たない弱者ほど指標や救済を欲するもの。それこそ、始祖や教祖となった者でさえ、最初は力を持っていなかったことも珍しくありません。

ですが、塵も積もればと言うように弱者であっても数が集まれば力になり得ます。一度噂が広がれば、自分にも指標を救済をとこぞって集まるものです。それこそ国の1つや2つを容易く飲み込めるほど。

では、弱者のために存在した宗教や信仰が力を持つとどうなるか?答えは簡単、存在そのものが歪んでいきます。本来、宗教や信仰とは徹頭徹尾“与える側”であることで成り立つ存在であり、一度でも与えることをやめて弱者から“授かる側”に回ってしまえば、あるいは得た力を利用して弱者から“奪う側”に回ってしまえば、あっという間に堕ちていってしまうのです。

皮肉なことに、たとえ始祖や教祖がどれだけ高潔な精神をもって人に救済を与えようとしても、恩恵のみを授かる後世によって時にはその存在が反転してしまうことも珍しくもないことなのですよ。それこそ、このパレッティア王国のように。

とはいえ、これもまた人の性。誰も彼もが人を導き救う聖人になれるはずもありません。それを押し付けるのは酷というものです。

・・・ですがパレッティア王国は前提からして違います。この国の精霊信仰の由来は実在した初代国王であり、信仰の対象は圧倒的な力を持った強者であり、さらにはもたらされる恩恵も特権階級に限定されるもの。始まりから与えられるものまで、すべてが“力”と“権威”で完結しているのです。

分かりますか?つまりこの国の信仰は、最初からすべてが破綻していたのですよ」

 

その言葉が、とどめとなった。

特に精霊信仰に篤い魔法省所属の貴族たちは完全にうなだれてしまい、そうでない貴族たちも膝から崩れ落ちて立ち上がることすらできなくなってしまう。

今この場で二本の足で立っているのは、壇上にいるクルーガーとその後ろにいるティルティだけとなった。

 

「ふむ、少々刺激が強すぎましたか」

「当たり前よ。私はスカッとしたけど、アニス様がこの惨状を見たら何て言うかしらね?」

「さて、それはその時に考えるとします。どうせ、今はそれどころではないでしょうから」

「・・・姉弟喧嘩、って言ってたわよね。止めに行かなくていいのかしら?」

「先ほども言いましたが、我々があのお2人の喧嘩に横槍を入れるのは野暮というものです。それに、我々が行かずともユフィリア嬢もおります」

「あぁ、それもそうだったわね」

 

すでにこの場の趨勢は決したということで、2人は目の前の惨状と比べて暢気とも言える所作でアニスフィアとユフィリアが飛び出していった窓の先を見やった。

 

 

 

この時、ティルティが先ほどまでクルーガーに対して抱いていた違和感はさっぱり消えており、それどころかそのような疑念を抱いていたことすら、ティルティの記憶の片隅にも欠片すら残っていなかった。




実は、書き上げてからも「まだいい感じにできるんじゃないか?」って落ち着かなくて、何度も見返しては細かい部分を書き直したりして、でも結局やりきった感が浮かばないまま投稿な感じになりました。
何というか、前々から書きたかったシーンすぎて「もっといい感じに仕上げれるはず」って考えが抜けなかったんですよねぇ。
とはいえ、こうして投稿できたこと自体はもちろん満足しているんですが、今回ですらこんな感じなのにクライマックスとかどうなっちゃうんだ・・・?
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