とある賢者の教導奇譚   作:リョウ77

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いよいよ大詰めです。
それと、本作は小説3巻までの話で完結させます。
4巻以降のネタがないわけではないんですけど、続けるには少なすぎる量ですし、この方が切りよく終わらせられるので。

今回は、書籍でティルティがした説明をクルーガーが代わりに深堀しながらやる感じです。


戻らない日常

シャルトルーズ伯爵とアルガルドが起こした事件からおよそ2か月が経過した。

あれから王城では魔法省のトップが不在になったり、王族で唯一の男児であったアルガルドの廃嫡および追放でハチの巣をつついたような騒動に陥った。

その混乱を治めるのにはかなりの時間を要し、クルーガーもオルファンスに呼ばれてあちこちへと飛び回る羽目になった。

その間、アニスフィアは離宮で休養をとっていた。

ドラゴンの刻印紋の反動は一週間で癒えて動けるようになったが、万が一のために今まで安静にしていた。

だが、それも今日で終わりを迎えることとなる。

 

「・・・王位継承権の復権、ですか?」

 

この日、オルファンスに呼ばれて王城に向かったアニスフィアが戻ってから告げられた内容に、ユフィリアが思わずといったように声を零した。イリアも驚きで僅かに目を見開き、レイニに至っては茫然として声すら出せずにいた。

 

「まぁ、仕方ないよ。アル君もいないからね」

「・・・アニス様は、それでいいんですか?」

 

こうなることを何となく予感していたアニスフィアは「仕方ないよね」と納得した様子でなんて事のないように話すが、逆にユフィリアは信じられない、信じたくないという表情が見え隠れしていた。

 

「国王直々の勅命だからねぇ。私も遊んでばかりじゃいられなくなりそうだ」

「えっと・・・王位継承権が復権されるということは、次の王様はアニス様なんですか?」

「いえ、おそらくその可能性は低いでしょう」

 

戸惑いを隠せないレイニの質問に答えたのは、珍しく精神的な疲れを見せているクルーガーだった。

 

「女王というのは前例がありませんからね。今まで通りであれば王配を迎えることになるはずです」

「あの、なんというか、何か心当たりがある様子ですけど・・・」

「・・・実は王城にいる間、他貴族からやたらと話しかけられまして。具体的には、爵位を受け賜わられないのかとかそういう感じです」

「そういえば、あの時はクルーガーが大暴れだったらしいね」

 

アニスフィアとユフィリアが離宮に飛んで行ってからのことは、ティルティからそれとなく聞いていた。

とはいえ、「スカッとしたわ」と珍しく上機嫌だったティルティに水を差したくなかったため詳細は聞いていないのだが、度々クルーガーと共に王城を出入りしていたイリアからクルーガーの他貴族から向けられる態度が明らかに変わっていたと報告を受けていたため、そうとう暴れたのだろうと想像するのは容易かった。

 

「少しやり過ぎてしまった、とも言えますが。その気はないと何度も言っているのですがね・・・どうやら、私が貴族として迎えられることでアニス様の王配になるのではという噂が流れているようでして。アニス様と最も距離が近い異性は私ですからね。それで繋がりを得ようと接触してくる貴族が増えたみたいです」

「クルーガーはそういう関係じゃないのにねー」

「とはいえ、それを正しく認識している貴族がごく少数なのも事実です。私もしばらくは身の振り方に気を付けないといけません」

 

面倒くさいとため息を吐くクルーガーに、アニスフィアもうんうんと頷く。

その様子を、ユフィリアは何とも言えない様子で眺めていた。

 

『クルーガーには気を付けろ』

 

あの時のアルガルドの言葉が脳裏によぎるが、それも考えすぎではないかと軽く頭の中で流す。

分かりやすい懸念は『クルーガーが王位を狙っている』ということだが、話を聞く限りではそのような意思は見られず、むしろ面倒とすら思っているようだった。

それに、もし仮にクルーガーが国王になったとしても、今までのアニスフィアとのやり取りを見れば悪政を敷くようなこともないだろうと思えた。

 

「とはいえ、アニス様の今後に問題がないわけでもありません。王位継承権が復権したとはいえ、それが認められるかどうかはまた別です」

「・・・そうなんですか?」

「パレッティア王国の基盤は精霊信仰、と言えば聞こえは良いですが、その実態は“魔法至上主義”です。王族であろうとも、それは変わりません。才能がないだけならどうにでもなりますが、一切使えないとなると話が違ってきます。王族と言えど他貴族の協力の下で成り立っているので、その他貴族から反発されるとどうしようもありません。おそらくですが、しばらくはアニス様も国王陛下と顔合わせに連れまわされることになるでしょう。その間は研究も講義もお預けですね」

 

クルーガーの言葉に、ほんの一瞬だけアニスフィアの表情が強張る。だが、それは非常に些細な変化で、アニスフィアの正面にいてそれなりに付き合いの長いクルーガーにしか分からないものだった。

連れまわされる未来に嫌気を差しそうになった、というだけではない。

というより、クルーガーが話し始める前から、その表情に仮面を貼り付けていた。

イリアも正面から見ていれば気づいたかもしれないが、気づいたとしても侍女という立場を貫いている彼女がそれを指摘したりはしないだろう。

だから、これはクルーガーなりのささやかな気遣いだった。

 

「そう言うわけですので、アニス様もお早めに休んではいかがですか?さすがに今日この後すぐというわけではないでしょうが、早ければ明日にでも予定が入るでしょうし」

「あー、それもそうだね。私も急な話で流石に疲れたし、ちょっと休んでくる。あっ、ユフィとレイニにはあんまり関係ない話だから、ゆっくりしててね」

 

そう言って、ひらひらと軽く手を振ってアニスフィアは部屋から出て行った。

ユフィリアとレイニは、その後ろ姿を心配そうに見送ることしかできず、もやもやとした感情が残ってしまった。

 

「アニス様・・・」

「あの・・・これって、本当にどうにかできないんですか?」

「現時点ではどうにもならないでしょう」

 

縋るようなレイニの問い掛けを、クルーガーはバッサリと切り捨てる。

それほどまでに、現在のアニスフィアが置かれている状況は良くないものだった。

 

「パレッティア王国の魔法至上主義は、かなり根の深いものです。仮にアニス様が国王になれば、まず間違いなく魔法省によるクーデターが起きるでしょう。最悪の場合、20年ほど前のクーデターを越える惨事になりかねません」

「それって、オルファンス陛下が即位される前の話ですよね?」

「えぇ、その通りです」

「それよりも、ですか・・・?」

 

アニスフィアの祖父でもある先代国王は、盗賊の中に魔法を使う者が現れるという事件が起きたことをきっかけに、平民に混じってしまった貴族の血と一緒に優秀な平民を貴族に引き上げる政策を取り決めた。

だが、当時は平民と貴族の身分を明確に分けようとする意識がかなり強かった時でもあり、特に軍閥派の貴族からの猛反発を招くことになった。

その貴族たちを率いてクーデターを起こしたのが、当時の王太子だったオルファンスの兄だった。

最終的にクーデターは魔法省の協力を得たオルファンスによって鎮圧され、公爵家を含めた多くの軍閥派の貴族が取り潰しとなったり当主が処刑されたりした。

その時でもかなりの血が流れたのだが、それよりもひどくなる可能性があるというクルーガーの推測はにわかに信じがたいものでもあった。

 

「えぇ、以前と今では状況が根本的に違います。20年前のクーデターは、あくまで貴族同士の内乱のようなものです。極端な話、平民は先代国王の政策はあってもなくても大して変わらない類でした。ですが、アニス様が関わってくると話が異なります」

「それは、アニス様が魔法を使えない王族だから、ですか?」

「いえ。最も問題なのは、魔学の存在とアニス様の思想です」

「魔学と、アニス様の・・・?」

 

ユフィリアはすでに心当たりがあるため納得した様子で頷くが、まだ貴族としての意識に疎いレイニにはよく分からず首を傾げる。

クルーガーもそのレイニの疑問に答えることはやぶさかではなく、水魔法による即席のイラスト付きで解説を始めた。

 

「今回の場合、最も重要なのはアニス様の思想についてです。アニス様がパレッティア王国の中でも異端と言われるのは、アニス様が魔法や精霊を神聖視していないからです。アニス様も精霊がいるのを分かっていれば、それをありがたいものとも思っているでしょう。ですが、アニス様にとって精霊は絶対のものではありません。精霊からの授かりものと言われている精霊石を、実験のために平気で使い潰しますからね。その姿勢は、伝統や信仰を重んじる魔法省からすれば到底受け入れられるものではありません。これが、アニス様と魔法省の軋轢の根本にあるものなのです」

 

そう言われて、レイニも魔法省がアニスフィアに対してどういう反応をしていたのか容易に想像することができ、重々しく頷いた。

だが、問題はこれだけではなかった。

 

「ですが、今のはあくまでアニス様と魔法省の間の話です。国のことになると、今度は魔学の存在が問題になってきます。もしアニス様が王になれば、平民にもアニス様の魔道具や思想が広がることになります。そうすれば、パレッティア王国は今までに類を見ないほどの発展を遂げることになるでしょう。ですが、魔法省からすればそれこそ最も避けたい事態なのです」

「どうしてですか?」

「元々、貴族の魔法は平民を庇護するためのものでした。力なき民のために、力を持つ貴族が前に立つ。今それを実現できる貴族がどれだけいるのかはさておき、その責務を負っているからこその貴族であり魔法なのです。ですが、アニス様の魔道具は端的に言ってしまえば『平民でも扱える魔法』です。もしそれが、当たり前のように普及されれば?」

 

そのクルーガーの問い掛けに、ようやく理解が追い付いたレイニが恐る恐る答えを口にした。

 

「・・・平民が、貴族の庇護を必要としなくなる・・・?」

「その通りです。もっと言えば、横暴な貴族を排除しようとする動きも出てくるでしょう。もちろん、すぐにでも袂を分かつような事態にはならないでしょうが、ほとんど確定事項と言ってもいいです」

 

貴族が魔法を使えない平民に対して横暴な態度をとっているケースは少なくない。

だが、平民たちが貴族たちに魔物から守ってもらっているというのも事実であり、仮に反乱を起こしたところで返り討ちに遭うのは目に見えている。

だが、もし反乱できるだけの力が自分たちの手にあったら?

そうなれば、決して少なくない数の平民が反乱を実行に移すだろう。

そして、それこそが貴族たちにとって最も避けたい事態でもあるのだ。

 

「アニス様が国王になれば、平民はそれを支持するでしょう。ですが、最悪の未来を避けたい貴族はそれを防ぐためにクーデターを起こす可能性があります。もしそうなれば、アニス様を支持する平民までもが魔道具を手にして戦いに参加しようとするでしょう。もしアニス様が敗北して処刑されたら、平民の立場がさらに危ういものになることも想像できますし」

「それでも、アニス様が平民に魔道具を渡すとは思えないのですが・・・」

「ですが、反抗する貴族はそうは思いません。最も分かりやすい脅威ですからね。なんなら、魔道具を持たずとも妨害しようとする平民も現れるでしょう。そうなれば、貴族による平民の虐殺が起きてもおかしくはありませんし、アニス様もそれを見過ごすことはできません。やむなく平民に魔道具を提供し、血みどろの戦争状態に突入するでしょう。最悪、隣国もそれを期に侵攻してくるかもしれません。そうなれば、パレッティア王国の全土が戦果に包まれることになります」

「そんな・・・」

 

クルーガーが口にした未来を想像してしまったレイニが、口元を押さえながら顔を青くして蹲ってしまう。

ユフィリアもそこまで想像していなかったのか、レイニほどではないにせよ顔を青くした。

 

「・・・と、ここまでいろいろと現状と想像を重ねましたが、あくまでこれは全てが悪い方向に転がった最悪の結末です。そうならないために、陛下も今まで慎重に行動なさっていました。まぁ、その慎重さが裏目に出た結果、今の状況になってしまったとも取れますが、こればかりは結果論ですし陛下の判断も間違いとは言えません。それだけ、アニス様はパレッティア王国にとって劇物ということです」

「・・・これから、どうなるのでしょうか」

 

それがパレッティア王国のことを言っているのか、アニスフィアのことを言っているのか。

口にしたレイニ自身にも分かっていなかったが、どちらにせよクルーガーの答えは決まっていた。

 

「こればかりは分かりません。ですが、最悪の未来にならないために陛下も尽力なさるでしょう。私も出来る限りのことをします。とはいえ、アニス様は・・・いえ、ここで言うことではありませんね。では、私も陛下と話をしてきますので、これで失礼いたします」

 

最後に意味深な言葉を残したまま、クルーガーは部屋の外へと出て行った。

何を言おうとしていたのか、ユフィリアには分からなかったが、それでも何か取り返しのつかないことになってしまうかのような悪寒を感じずにはいられなかった。

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