とある賢者の教導奇譚   作:リョウ77

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今回は長めですが、内容はほぼ原作の焼き直しみたいなものです。
次回までには動きを見せるので、許して・・・。


王国の真実、そして令嬢の決意

アニスフィアの王位復権からしばらく、すでにアニスフィアは限界が近づきつつあった。

王としての再教育に顔合わせで敬遠するような目で見てくる貴族、飾り付けた言葉による腹の探り合いなど。

これらは絶大なストレスとして重くのしかかり、着実に身と心を削っていった。

幸いなことに、この日は一日予定がなかった。あるいは、「ゆっくり休むといい」というオルファンスなりの気遣いなのだろう。

ユフィリアが戻って来たのは、そんなタイミングだった。

 

『アニス様。今後のことについて、お話がございます。お父様に頼んで、陛下たちにもお時間をいただいております』

『私は、成すべきことを見つけました。それをアニス様に、そして陛下たちに聞いていただきたいのです』

 

決意のこもった表情で放たれた言葉に圧倒され、アニスフィアも思わず頷くことしかできなかった。

だが、今後のことと言われてもアニスフィアには見当がつかなかった。

たしかにユフィリアには自分でやりたいことを見つけてほしいと思っていたが、あそこまでの表情を浮かべるとはどのようなことなのか。そして、それがオルファンスたちにとってどのように関わってくるのか。

自問しても答えは出ず、深く考えることもないままイリアとレイニと共に執務室へと通された。

中に入ると、すでに話が通っていたらしいオルファンスとシルフィーヌ、グランツが待っていた。

そして、その中に一人、初めて見る少女が混ざっていた。

白金色の髪に緑がかった金色の瞳、自分よりも年下にしか見えないはずなのに魔女のような雰囲気を纏う姿に、アニスフィアは思わず息を呑む。

 

「来たか、アニスよ」

「父上・・・その子は?」

「アニス、この方に無礼のないように。この方は・・・」

「初めまして、王女様?私はリュミ。精霊契約者と言えばわかるかしら?」

「・・・はぁっ!?」

 

まさかの返答に、アニスフィアは思わず叫んでしまった。

もはや伝説となっている存在が自分の目の前に現れたこともそうだが、それが自分と同じか下手をすれば幼く見える少女がそうだと言われても俄かには信じられない。

 

「なんで精霊契約者がここに・・・?」

「私の用事のためよ。この子に用があって、一緒に行動しているの」

 

そう言うリュミが指し示す先にいるのは、ユフィリアだった。

対するユフィリアはそれを当然のことのように受け入れており、それがさらにアニスフィアの困惑を加速させる。

オルファンスとシルフィーヌはアニスフィアと比べれば冷静だが、用事については心当たりがないのか頭を痛そうにしている。

全員がソファに座ったのを確認してから、ユフィリアは要件を切り出した。

 

「陛下、王妃様。まずはご報告を申し上げます。私はリュミ様に資質を見出され、資格があると認定されました」

「・・・なんだと?それは本当なのか!?」

 

最も大きな反応を示したのはオルファンスだった。

厳密には、グランツ以外でユフィリアが言ったことの意味を理解できたのはオルファンスとシルフィーヌだけであり、アニスフィアを含めた他は何のことか分かっていなかった。

 

「資格って、なんの?」

「精霊契約よ。この子は新たに精霊契約に至れるだけの器があるということ」

「・・・ええええええっ!?」

 

リュミからもたらされた答えに、アニスフィアは先ほどよりもさらに激しい驚愕の叫び声を上げてしまう。

たしかに、ユフィリアは他と比べて魔法の才が群を抜いているが、それでもまさか精霊契約に至れるだけの資質を持っているとは夢にも思わなかった。

だが、ひたすら驚くしかないアニスフィアとは対照的に、オルファンスらは悩まし気に頭を抱えていた。

 

「・・・まさかとは思うがユフィリア、精霊契約者になるつもりがあるのか?」

「私は、そのつもりです」

「真実を知った上でも、か?」

「はい」

「ユフィリア・・・精霊契約者になるということは、俗世では生きづらくなるのよ」

「え?」

 

シルフィーヌの言葉に、アニスフィアは思わず振り向いてしまう。

先ほどからオルファンスが精霊契約者になることを好ましく思っていないこともそうだが、ここまで否定的になる理由がわからない。

 

「母上、それってどういうことです?」

「・・・アニス。リュミ様が何歳に見える?」

「何歳って・・・私と同年代にしか見えませんけど」

「この方はね、私たちが初めて会った時からこの姿なのよ・・・何十年も前からね」

「もしかして・・・精霊契約者って、不老なの?」

「そうねぇ。さすがに1000年は超えてないと思うわよ、王女様?」

 

逆を言えば、最低でも100年以上は生きていると受け取れる言い回しに、アニスフィアは思わず冷や汗を流す。

それはレイニの先祖であるヴァンパイアの開祖が求めたものであり、いやでも精霊契約に至るということが常人から外れることを意味していると理解せざるを得なかった。

同時に、それだけの覚悟を持つことになったユフィリアの考えが分からなくなってしまう。

 

「・・・ユフィは、それでいいの?」

「はい。私の望みを叶えるのに精霊契約は欠かせません」

「ユフィの望み?」

「はい。陛下、王妃様。もし私が精霊契約者になったら、叶えていただきたいことがあります」

「願い、だと?」

 

精霊契約者となってでも叶えたい願い。

ユフィリアの口から放たれたそれに、今度こそオルファンスらは思わず耳を疑うことになった。

 

 

 

「私を、王家に養子として迎え入れていただきたいのです」

「「「・・・は?」」」

 

誰が疑問の声を上げたのか、定かではなかった。

あるいは、リュミとグランツ以外の呆気にとられた全員によるものかもしれない。

それほどまでに、ユフィリアの提案は衝撃的なものだった。

 

「まっ、待て、待て!何を言い出すユフィリア!?いったい何の冗談だ!?まず何故そんな話になった!?」

「私の目的は、王位継承権を陛下から賜わることにございます」

 

だが、その衝撃でさえも軽々と吹き飛ばす爆弾が投下された。

もはや正気の沙汰とは思えない申し出にオルファンスはのけ反り、シルフィーヌも口元を手で覆って驚愕を露わにする。

それは、貴族としての常識的な問題という話だけではない。

アニスフィアを差し置いて王になるということはグランツの方針に背くということであり、すなわち父と真っ向から対立することもいとわないという意志の表れでもあるのだ。

当然、グランツもユフィリアの申し出には反対しているのだが、自分に歯向かう覚悟を持った上での行動ということもあって止めるつもりはないようだった。

そして、その理由がアニスフィアを王にさせないためと聞かされて、さらに頭が混乱しそうになる。

アニスフィアと過ごした日々でいくらかは緩和しているものの、根底には元王妃としてあるべき貴族の姿を心がけようという意識が根強く残っているユフィリアが、王族に対して不敬ともとれるようなことをするとは思えなかった。

たしかに、アニスフィアが王になるよりは穏やかに事が進むかもしれない。

だが、だからといってそれだけで納得できるはずもなかった。

 

「だったら、私が!私が精霊契約をできれば・・・!」

「無理よ」

 

魔法を扱えるようになるのであれば、自分こそが。

そう言おうとしたアニスフィアを遮ったのはリュミだった。

無慈悲なまでの断定に、アニスフィアは叫び返してしまう。

 

「私には無理って、なんで!?」

「あなたが“稀人”だからよ」

 

リュミの言葉に、一瞬息を呑む。

稀人。

それは、かつてドラゴンがアニスフィアに称した言葉だった。

 

「稀人ってなに?なんで稀人には精霊契約は無理なのよ!?」

「稀人はその魂に精霊を含まない、純粋で独り立ちすることができる稀有な者よ」

 

さらっと流された説明に、アニスフィアは思わず目を見開いた。

それは、アニスフィアが今まで知らなかった、クルーガーからも聞いていない事実だった。

 

「魂に・・・精霊を、含まない・・・?」

「この世に生きとし生ける者は、魂に精霊を含んでいるのよ。その魂に含まれている精霊が同種の精霊と共鳴することで、精霊は魔法に姿を変じる。個人によって魔法の才能に差があるのも、その魂の内にある精霊に差があるからよ」

 

今までまったく気づかなかった事実だったが、否定する言葉は見つからず納得するしかなかった。

そして、否応でも自分が魔法を使う可能性を完全に断たれてしまったと理解せざるを得なくなる。

だが、リュミはそんなアニスフィアを励ますつもりか勇気づけるつもりか、あるいはそのような意図はないのかもしれないが、自分の考えを述べた。

 

「稀人であること、魔法や精霊に頼らず生きていけることはそれだけで素晴らしいわ。いつの時代も変革の先頭に立っている、時代を変える英雄の器だもの。実際、あなたの道具はすごいものだと思う。だからこそ、あなたのような者こそ王になってほしいと思うのだけどね」

「え?」

「精霊契約は人を不幸にする、過去のことにすべきものなのよ。だから私は精霊契約者が生まれないように警告するし、必要なら真実を語るわ。それこそが、私がまだこの国に居続ける理由よ」

「この国にいる理由・・・精霊契約者を生ませないために?」

「えぇ。そして、その理由は簡単よ。私は精霊契約によって起こされた悲劇を見て来たからよ」

 

精霊契約によって起こった“悲劇”。

それが何なのかを問う前に、リュミは自らの正体を明かした。

 

「私の本当の名前は、リュミエル・レネ・()()()()()()。初代国王の最期を看取った彼の娘、そして今のパレッティア王国の礎を築いた者よ」

 

そして、彼女は語り始める。

現在まで残されなかった、喜劇でも悲劇でもある、精霊契約を巡る真実を。

 

 

* * *

 

 

パレッティア王国の初代国王は、元はこの地に流れ着いた流浪の民の一人だった。

故郷を巻き込む戦火から逃げることしかできなかった、弱き民。

だが、自然溢れるこの地とそれが生んだ強大な魔物は、弱者を気遣うほど優しくなかった。

生き残るために逃げてきたはずなのに、逃げた先で無情にも魔物に食い殺される人々。いくら立て直しても、魔物によって荒らされ壊される集落。

理不尽しかない世界に絶望する者も、1人や2人ではなかった。

 

そんなある日、集落に1人の男がやってきた。

世界各地を放浪している旅人だと言うその男は、後に魔法と呼ばれる術を使って魔物の脅威から人々を守り、堀や塀など魔物から集落を守る手段を授けた。

故に、民たちはその男を“賢者”と称えた。

だが、元々旅人である賢者と呼ばれた男がいつまでも滞在するはずもなく、1ヵ月も経たないうちに集落から去ることを告げた。

当然民たちはどうにか引きとどめようとするが、賢者の意志は固く無駄に終わってしまった。

 

だが、民の中でも一人の青年は最後まで引き下がることなく、集落に留まるよう懇願し続けた。

そんな青年の姿勢に感銘を受けた賢者は、最後に魔物に対抗するための秘策を授けた。

すなわち、賢者と同じように魔法を使えるようになる、精霊契約の秘儀を。

偶然にも、その青年には資格があった。だからこそ、賢者も精霊契約について教えたのだろう。

そうして精霊契約者になった青年は、賢者が去ってからその代わりに魔物の脅威から民たちを守った。

精霊契約者の力はそこらの魔物では相手にもならず、時には集落を広げるために魔法を行使し、次第に集落は国と呼ばれるほどに大きくなった。

この頃から精霊契約と魔法の価値は誰もが知るものとなり、魔法を使える者を増やすべく精霊契約を広めた。

魔法によって国土はさらに広がり、民の誰もが飢えることも魔物によって殺されることのない生活を享受できるようになった。

 

だがこの時、精霊契約には穴があることに誰も気づいていなかった。

そもそも精霊契約とは『精霊と契約を交わすこと』だが、その精霊とはいったい何を指すのか。

それは、自分自身の魂に含まれる精霊、いわば己の半身そのもの。

己の魂と精霊を完全に同化させることで、自分の魂そのものを精霊に変化させる。

それこそが精霊契約の真実であり、精霊契約者が不老不死になる理由でもあった。

そこに、精霊契約の大きな穴があった。

一つ目に、自分の魂が精霊になるということは人としての在り方から外れるということでもあること。

本来精霊は器を持たない存在であるため、器と魂の差異があまりにも大きくズレてしまうと、いつかは器すらも捨ててしまうことになる。

そうして器を捨てた精霊契約者を人は“大精霊”と呼ぶようになり、信仰の対象となっていった。

 

そして、パレッティア王国に悲劇を招くこととなった原因にもなる、二つ目の問題。

それは、精霊契約のシステムそのもの。

精霊契約に至るためには、“元の魂に含まれる精霊の純度”と“契約に至るための願い”が必要になる。

問題となるのは、“契約に至るための願い”にある。

精霊契約に至れば、人としての在り方を捨て精霊としての在り方に変じる。

ならば、意志を持たない精霊となっているはずの精霊契約者は何を原動力にして動くのか?

それこそが契約に至った願いであり、それゆえに精霊契約者は自らの願いに縛られることになる。

それが悲劇を生んだ。

後にパレッティア王国の初代国王となったその青年は『民の幸せ』を願った。

そのために魔法を行使し、精霊契約を広めた。

だが、その庇護下にあった民の欲望には際限がなかった。

より良い生活を望む祈りは、さらなる贅沢を望む欲望にすり替わり、それに応じて“民の祈りに応える王”ではなく“民の欲望を叶える王”へと成り果てた。

いや、“王”と称するにはふさわしくないだろう。民の言うことに何の疑念も抱かずにただ力を振るい続けるその姿は、もはや“道具”と呼ぶべきものに成り下がってしまった。

 

そのことに最も早く気づいたのが、リュミだった。

リュミの契約は『王の子であれ』ということ。すなわち王に何かがあったときのための予備だった。

契約が民に向けられたものではなかったからか、リュミはいち早く王の行動と民の願望に疑念を持つようになり、次第に確信へと変わっていった。

故に、リュミは国王を滅ぼし、精霊契約に関する情報を徹底的に失伝させるように仕向けた。

 

 

* * *

 

 

「これが、この国と精霊契約の真実。もちろん、グランツとこの子にはすでに話したわ。話した上で、精霊契約者になると言った。だから、これ以上のことは私の管轄外よ。話したうえで覚悟を決めたのなら、私にはもう止めることができないから」

 

リュミが話した真実に、アニスフィアは言葉が出なかった。

たしかにこれは喜劇であり、悲劇でもある。

だからこそ、ユフィリアをそんな目に遭わせたくはなかった。

 

「だったら、ユフィリア、なんで・・・」

「先ほども言いました。アニス様を、望まぬ王位に就かせないためです」

「でも、私はそんなこと望んでなんていない!ユフィが人をやめてもだなんて・・・!」

「それでも!私が王になれば、貴女の夢を守ることができます!」

 

それは、アニスフィアにとって致命的なまでの殺し文句だった。

『みんなを笑顔にする魔法使いになりたい』。

子供のころから抱き続け、今でも変わらず自分の中に存在する夢。

王となるために、捨てるしかないと半ば諦めていたものでもある。

今更望むことは許されない我が儘であり、最後に残された王族の責務と引き換えにできるものではなかった。

だが、そんなアニスフィアの葛藤を余所に、ユフィリアはアニスフィアに向けて手を伸ばす。

 

「私は貴方よりも与えられた役割を全うすることに長けています。そして王と言う役割も、今までの自分を否定するのではなく自分で望んだものです。

魔法の神秘に迫り、追い求め続けたい。あなたはその夢を求めてもいいのです。いえ、私が許します。私が王となれば貴方もまた民となり、王になれなくとも家族として支えることができます。

私は貴方に夢を叶えてほしい。それこそが、この国を豊かにするのです。

結果がどうなろうと、私は傍で貴方を助けることを誓います。そして叶うなら、貴女の夢を守り、共に見させてほしいのです。

貴方が自由であることが私の願いであり、望みなのです。

ですから、アニス様。今度は私の番です。

今度は私が、絶望するしかなくて、受け入れることしかできない、そんな現実から貴方を救ってみせます」

 

そう言って差し伸べられる手を、アニスフィアはじっと見つめる。

それは、アニスフィアが今求めていたものかもしれない。

今まで一人で背負い込むことしかできなかった重責。それをユフィリアに全て押し付けるなどとは言わなくても、共に手を取り合うことで楽になることができる。

そんなこれ以上にないほどの救いの手を・・・アニスフィアは勢いよく弾いた。

 

「・・・ぇ?」

 

そのことに最も驚いていたのは、アニスフィア自身だった。

同時に、今まで押さえ込んでいた感情の奔流が溢れ出そうになる。

どうにか抑えようとするが、そうするにはすでにアニスフィアは様々な意味で限界だった。

 

「だめ、だよ・・・そんなこと言わないで、縋らせないでよ・・・!」

「アニス様・・・?」

「たとえユフィの言ったことが全部上手くいったとしても、私はこの国の王女なんだ!継承権が私より上に行くことはないし、受け入れられなくてもその事実が変わることなんてない!

 

それでユフィにその役割まで奪われたら、私に何の価値が残るの!?」

 

気付いた時には、すでに遅かった。

いや、口に出した直後は、アニスフィア自身も気づいていなかった。

自分が口に出した言葉の意味を。

 

「・・・アニス・・・?」

 

気付いたのは、限界まで目を見開かせたオルファンスとシルフィーヌ、特にシルフィーヌが口元を押さえてアニスフィアの名前を呼んでからだった。

驚いているのは2人だけではなく、ユフィリアとイリア、レイニはもちろん、グランツすらも少し目を見開かせていた。

だが、気づいたところでどうしようもない。

いっそ全てを吐きだしてしまいたい、だが吐きだすわけにはいかない、でもひどい吐き気がまとわりついて仕方がない。

ごちゃまぜになった感情と思考の中、何をどうすればいいのか分からないアニスフィアは、衝動的に扉を開けて部屋から飛び出していった。

 

「待ちなさい、アニスッ!待って、アニスフィア!!」

 

その叫び声が誰のものかもわからないまま、アニスフィアはただひたすらその場から逃げることしかできなかった。

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