とある賢者の教導奇譚   作:リョウ77

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転生王女と天才令嬢

どれだけ時間が経ったか、すでに感覚が曖昧だった。

それどころか、走り回っている間の記憶すら定かではなかった。

誰にも見つかりたくなく、誰の声も聞きたくなく、ただがむしゃらに逃げ続けた。

アニスフィアが気付いた時には、すでに城下町に出ていた。お忍びような格好ではないため、目立たないよう裏路地に入って息をひそめる。

どうしてこうなってしまったのか。どうすればこんなことにはならなかったのか。

そんな疑問がグルグルと頭の中を巡り回るが、その答えは出てこない。

クルーガーならあるいは教えてくれるかもしれないが、誰にも会いたくない今のアニスフィアにそんな発想はなかった。

だからこそ、もはや消えてしまいたいとすら思い始めたアニスフィアが見つかったのは、お互いにとってただの偶然でしかなかった。

 

「・・・あんた、何してるの?」

「ティルティ・・・?」

 

雨に濡れたアニスフィアが視線を向けた先にいたのは、呆れた表情で見下ろしていたティルティだった。

 

 

 

元々休みだった今日は、ティルティがアニスフィアの検診をする予定だった。

本来であればティルティの方から離宮に出向くつもりはなかったのだが、時間になっても来なかったアニスフィアに痺れを切らして文句を言うために離宮へ向かっていたのだ。

その途中、馬車の中から裏路地で蹲るアニスフィアを見つけたのは、本当にただの偶然だった。

とはいえ、アニスフィアはいろいろな意味で目立つため、少しでも視界に入れば気づいてしまうのだが。

アニスフィアの様子から何かただならぬことが起きたと嫌でも察するしかなかったティルティは、アニスフィアを馬車に乗せて来た道を引き返し屋敷の中に入れた。

 

「落ち着いたら帰ってよね。それとも、迎え呼んだ方がいい?」

「ごめん、やめて。今はまだ」

「めんどくさ」

 

拾った時から薄々と感じていたことではあるが、想像以上に凹んでいるアニスフィアにティルティは辟易し始めた。

 

「・・・こういう時って、何も言わずに慰めてくれるものじゃないの?」

「私に何を求めているのよ。変な騒ぎになる前に帰って、邪魔だから」

「邪魔・・・うぅっ・・・」

「あっ・・・あーもう、悪かったわよ!調子狂うわね・・・」

 

普段なら「王女に対して不敬なんだけど!」と言い返していただろうが、今のアニスフィアにはそれを言うだけの余裕が残っておらず、思わず泣きだしてしまいそうになるのを見てティルティは謝罪しながら隣に座った。

 

「はぁ・・・好きなだけいればいいわ」

「うん・・・」

「けど、迎えが来たら帰りなさい」

「来るかな・・・」

「来なかったらずっといればいいじゃない。片手間でいいなら話くらい聞いてあげるわ」

 

いつになく優しいティルティをからかうこともなく、アニスフィアはさっきまでのことをぽつぽつと話し始めた。

ユフィリアに精霊契約が出来るかもしれないこと。

それを成し遂げたら自分の代わりに王になりたいということ。

そんな無茶をしようとするのは自分のためだということ。

もしそれを受け入れてしまえば、自分の王女としての価値がなくなってしまうこと。

そして、それをこの国や貴族が許してくれるはずがないということ。

それらを黙って聞き続けたティルティの結論は、非常にシンプルなものだった。

 

「別に許してもらう必要なんてないでしょ」

「え・・・?」

「いいじゃない。この国を捨てちゃっても」

 

余りの暴論に、アニスフィアは思わず顔を上げてティルティの顔を見た。

だが、それはある意味でティルティらしくもあった。

元々、ティルティは自らを狂わせる魔法が嫌いで、まともに魔法を使えないからと足下を見てくる貴族が嫌いで、そんな貴族を生み出した国すらも嫌いだった。

そのため、魔法が大好きなアニスフィアのことが本当は苦手で、今までつるんでいたのもあわよくばアニスフィアの功績でひっくり返る貴族を見たいから。

だからこそ、王位継承者としての責務と板挟みになって苦しむアニスフィアの姿にムカつきもするし、そんな姿を見るくらいならいっそ一緒に国を捨てるのも吝かではなかった。

だが、それでもアニスフィアがこの提案に本心から頷くことはないことも、ティルティは理解していた。

 

「・・・だめ。それでも私は、この国の王女だから」

「・・・そう」

 

たとえどんなことがあっても、アニスフィアは国や民のことが大好きで、誰よりもこの国の王女であろうとしたのだから。

 

「ティルティ!いらっしゃいますか!いましたらお返事を!」

 

ちょうどその時、扉のノックと共に外から声が聞こえてきた。

声の主は、ユフィリアだ。

 

「お迎えが来ちゃったわね」

「・・・」

「はぁ・・・いい?」

「・・・(コクッ)」

 

未だに踏ん切りがついていないアニスフィアにため息を吐きつつ、ティルティは頷いたのを確認してから扉を開けた。

雨が降る中、傘もささずに探し回ったのだろうユフィリアの服は濡れていた。

 

「はぁ、はぁ・・・アニス様・・・」

「・・・」

「私は席を外すわ。出る時は声をかけて」

「申し訳ありません。ご迷惑をおかけします」

 

口を開こうとしないアニスフィアにどうしようもないと肩を竦めながら、ティルティは空気を呼んで部屋の外に出た。

 

「・・・アニス様、ご無事でよかったです」

「・・・放っておいて」

 

隣に座って伸ばしてきたユフィリアの手を、アニスフィアは再び弾く。

だが、弾くために顔を上げた時、なぜかユフィリアの表情が和らいでいた。

 

「なんでそんな顔をするの?」

「アニス様に怒りを向けられるのは初めてですね」

「えっ・・・?」

 

アニスフィアはすぐにユフィリアの言葉を理解することができなかった。

アニスフィアの中で、ユフィリアは基本的に庇護対象だった。

婚約破棄の現場に居合わせて放っておけなかった、というのも事実なのだろう。

だが、それでも王族としての立場を意識していなかったというわけではない。王太子である弟の不始末の償い、その婚約者の保護、どちらも個人的な感情だけでなく王族としての責務も併せ持ったものだった。

だが、今はもうすでに違う。

最たる例は、ドラゴンの素材の講演会だろう。あの時、すでにユフィリアは一人で立ち上がれるだけの力と自信を得ていた。

ならば、こうして違う考えを持ってぶつかり合うこともあり得ない話ではない。

 

「アニス様の中で、王女であることは私が思っていたよりも大切なものだったのですね」

 

そう言って、ユフィリアはそっとアニスフィアの手を取り、指を絡ませた。

それが、アニスフィアの限界だった。

一気に緩んだ涙腺からは涙がこぼれ、自分が今まで隠し通してきた慟哭が溢れだした。

 

「ユフィはずるい・・・!私だって、魔法を使いたかった!そうすれば、誰も、何も!失わなかったのに!

どうして!今になって、私が王女であることを取り上げるの!?これは私の義務なの!私には、これしか残ってないの!

認められなくても、期待されなくても、私はこの国の王女で父上と母上の娘なの!

これからも頑張れるから・・・もっと頑張るから。だから・・・私を、いらない子にしないで・・・私は、大丈夫だから・・・!」

 

 

「大丈夫な訳、ないでしょう!!」

 

もう放っておいてほしい、これ以上自分に構わないでほしい、だって自分は大丈夫だから。

そんなアニスフィアの言葉を、ユフィリアは否定するように強く言い切った。

そして、今度はユフィリアが自身の想いをアニスフィアにぶつける。

今度こそ、自分の大切な人の手を離さないため、救ってみせるために。

 

「自分以外の誰かが大事で、放っておけなくて、自分を犠牲にしてしまうような人が!誰にも認められず嫌われて、平気なわけないじゃないですか!」

「・・・やめて」

「あなたが悪いわけじゃない!魔法がなければ人を幸せにできない国こそが悪いんじゃないですか!」

「それでも!この国は父上と母上が守ろうとした国なの!それを、私は壊すことしかできない!だって、どんなに望んだって私は魔法を使うことができなかった!才能がなかったから!なのに、魔法が当たり前に使えるユフィに私の何がわかるの!?」

 

「守ってきたじゃないですか!貴方が誰よりも、何よりも信じた“魔法”の力で!」

 

ユフィリアの言葉に、アニスフィアは思わず我を忘れてしまった。

おおよそこの国が認めるはずのない、自分が生み出した力。

それを誰よりも、それこそ今この瞬間だけは自分自身よりも、ユフィリアはアニスフィアの力を“魔法”だと断言した。

 

「魔法は精霊から授かった力という意味ではないはずです。国に幸福を、民に笑顔をもたらすための力で、誓いのはずです。

貴方は誰よりもこの国を想い、ただ一人で戦い続けてきたじゃないですか。

誰にも認められなくとも、貴方だけの魔法を形にしてみせたじゃないですか」

 

ドラゴンの討伐。レイニの正体の看破と保護。アルガルドの暴走の制止。

どれか一つでも失敗すれば、国に甚大な被害をもたらしたであろう偉業。

これらすべてをアニスフィアが生み出した魔学によって解決へと導いた。

それこそ、自分が思い描く魔法使いを体現するように。

ようやく魔学を心から肯定してくれる人物が現れたことに、アニスフィアの胸がいっぱいいっぱいになる。

だが、それは良くも悪くもアニスフィアに覚悟を決めさせる最後の一押しにもなってしまった。

 

「ユフィ・・・ありがとう。もう十分だよ」

「あっ・・・」

 

アニスフィアは優しく抱きしめるユフィリアの身体を押して離れさせる。

今まで自分がしてきたことには意味があったと認めてもらえた。

だからこそ、ユフィリアに王族の責務を背負わせたくなかったし、何より人の道を外させるわけにはいかなかった。

 

「アニス様・・・」

「わかるよ。ユフィの気持ちも言いたいことも。でも、私にだって譲れないものがある」

 

お互いの気持ちは痛いほどにわかった。

そして、どこまでいっても2人の覚悟が平行線であることも。

ならば、どのようにして決着をつけるか。

 

「だから、勝負しよう。それで私を納得させて」

「・・・わかりました」

 

 

* * *

 

 

決闘の場所に選んだのは、アニスフィアとアルガルドが衝突した場所だった。

この場には2人の他にも、屋敷から一緒に来たティルティと戻って来たことを聞いて飛び出してきたオルファンスらもいた。

 

「私はあなたを王になどしたくない」

「私はあなたに全てを捧げさせたくない」

 

アニスフィアはマナブレイドを両手に持ち、ユフィリアはアルカンシェルを構えて向かい合う。

互いに、言いたいことはすべて言い切った。

それで互いに納得できないのなら、ぶつかり合うしかない。

 

「それでは・・・・」

「・・・決着をつけよう」

 

踏み込んだのは同時だった。

2本のマナブレイドで果敢に攻め込むアニスフィアと、刃を受けながらも最小限のステップで躱しつつ時には飛行魔法の応用で距離を取りながら魔法を放つユフィリア。

近接戦ではドラゴンの魔力によって身体能力を強化しているアニスフィアに分があるが、全体的に見ればアニスフィアの攻撃を上手くさばきながら間合いの外から魔法を叩き込むユフィリアが優勢だった。

互いに一歩も譲らない衝突が一度治まる中、なおも2人は自分の想いをぶつけ合う。

 

「ユフィは報われるべきだ・・・だってたくさん傷ついたじゃない!これから自由になって生きたいように生きていいのに!だから、私の代わりなんてしなくていいんだよ!」

「ええ。そうです。貴方に代わりなんていない。誰が貴方に代われるというのですか。アニス様、私は信じているんです。貴方の夢は、貴方の魔法はもっと高く、きっとどこまでも飛んでいける。いずれ貴方の時代が来る。その時代を私はあなたと生きたいのです」

「ユフィを犠牲にしてまで自分の夢を叶えたいなんて、そんなこと望んでいない!」

「なら、私が望みます!貴方が自分を許して良いと思えるくらい、貴女の望みを守り続けます!」

「・・・いいでしょ!誰も傷つかないなら!私が諦めれば!私が納得すればそれで終わりなんだよ!もういいんだよ!」

「私は貴方を傷つけるものが許せない。貴方を傷つけ夢を手折ろうとする世界が許せない。私だけが貴方の傷になればいい。貴方に諦めさせない傷跡に。貴方に恨まれても、憎まれても何度だって貴方の幸せを願い続けます」

 

だが、想いのぶつけあいの中でも、ユフィリアがアニスフィアを押していた。

なぜなら、どれだけ否定しようとも、ユフィリアの言葉はアニスフィアが本当に欲していたものだから。

ユフィリアの一切の曇りがない澄み切った表情から放たれる思いは、どんな魔法よりも、貴族の嫌味よりも、アニスフィアの心を深く切り裂く。

それが敵意や悪意ではなく、純然たる善意と覚悟によって紡がれるが故に。

だから、アニスフィアは言葉で止めることを諦めた。

 

 

 

「架空式・竜魔心臓(ドラゴンハート)

 

放つのは、対アルガルドでも決着の要となった、ドラゴンの魔力を直接制御する荒業。

身体を壊しかねないほどに満たされていくドラゴンの魔力を、2本のマナブレイドに注いでく。

溢れる魔力はオーラとなり、まさにドラゴンの爪を模っていた。

 

「やっぱり言葉じゃ納得できない。なら、これを受けきれるんだよね!?私だって譲りたくない!ユフィが絶対苦しむ道になんて進ませたくない!だから、負けられない!負けたくないッ!!」

 

吸血姫になったことで驚異的な再生能力を得たアルガルドにすら限りなく致命傷に近いダメージを与えた、暴力の体現。

そんな恐怖の象徴を前にしても、ユフィリアは一歩も引かなかった。

 

「・・・貴方の涙を止めるためなら、私は負けません。全てを受け止めます」

「ッ、うそつきは、嫌いだよッ!!」

 

一瞬の躊躇の後、アニスフィアはその躊躇いを振り切るようにマナブレイドを振りぬいた。

迫ってくる魔力刃を見据えながら、ユフィリアはアルカンシェルを正面に構える。

 

 

「集いて、混ざれ」

 

 

次の瞬間、ユフィリアの周囲を取り巻く魔力がプリズムのように属性を模った六色を反射しながら威圧感を増していった。

 

 

「混ざりて、成れ」

 

 

アニスフィアの架空式・竜魔心臓(ドラゴンハート)に勝るとも劣らない魔力の奔流がユフィリアを中心に渦巻き、魔力を変質させていく。

集まった魔力はアルカンシェルに吸い込まれるように溶けていき・・・虹色の魔力刃が花開くように展開された。

 

「アニス様!これがあなたの示してくれた私の力!夢見た未来そのものです!」

 

おそらくは、過去の精霊契約者にも成し遂げられなかったであろう偉業。

最古の伝説と最新の技術が結びつくことで生まれた、一つの結晶。

 

 

「“アルカンシェル”」

 

 

かつてアニスフィアがユフィリアに贈った剣と同じ名を冠した虹の奔流が、アニスフィアを飲み込んだ。

 

 

 

「あ・・・」

「アニス様」

 

ユフィリアの魔法によって意識が途切れていたアニスフィアが、次第に目を覚ましていく。

瞼の奥に残っているのは、自分を飲み込んだ虹の輝きだった。

次第に目を開いて、そこでようやく自分がユフィリアに膝枕をされていることに気付いた。

 

「・・・ユフィ」

「はい」

「すごい、綺麗だった」

 

たとえどんな強力な魔法が放たれようと、ドラゴンの爪で打ち砕くつもりだった。

それができる確信があった。

だが、そんなアニスフィアの目論見は思わぬ形で裏切られた。

 

「・・・勝てるわけ、ないじゃん」

 

ユフィリアが放ったのは、ただの魔法ではなかった。

あれは、純粋なまでの祈りそのものだった。

祈りによって生み出された光はどんな宝石よりも美しく、思わずかつての魔法への憧れを思い出した。

 

「ずるい・・・ずるいよぉ・・・!」

「アニス様。貴方が私をここまで至らせてくれた。私一人では届かなかった。私一人では世界をこんなにも愛せなかった。貴方がいる世界だから、世界はこんなにも美しい。貴方も美しいと思ってくれるなら、どうか自分のことも愛してあげてください」

 

もはや、抵抗も拒絶も出来なかった。

ぽっかりと穴の開いた心にユフィリアの言葉はあっという間に染み渡り、ただ受け入れることしかできなかった。

 

「ユフィ・・・私・・・私、ごめんね・・・私、大丈夫じゃない・・・大丈夫じゃいられないよぉ・・・!」

「アニス様、言ったでしょう?いつか貴方が望まれる時代が来る、と。別に貴方一人で届かなくてもいいんです。私が貴方の手を引きます。私には必要なんです・・・他の誰でもない貴方が」

 

自分が抱いている感情がなんなのか、アニスフィアにはわからなかった。

ただ子供のように泣きじゃくり、ユフィリアに縋ることしかできなかった。

その間、ユフィリアはずっとアニスフィアの背中を撫で続けた。

 

 

 

どれだけの時間が経ったのか、ようやく落ち着いたアニスフィアはユフィリアに手を引かれるように立ち上がる。

同時に、シルフィーヌが駆け寄ってきた。

シルフィーヌはアニスフィアを手を伸ばしかけるが、かける言葉が見つからず視線をさまよわせる。

それを見て、アニスフィアは一度ユフィリアから離れてシルフィーヌの前に立った。

 

「・・・アニス、私は・・・」

「母上・・・ごめんなさい。やっぱり、私には・・・王様になるの、無理そうです」

 

アニスフィアは頑張って笑みを浮かべようとするが、上手くいかず変な表情になってしまう。

だが、その直後にまた申し訳なさが広がり、涙が溢れそうになってしまう。

 

「不出来な娘で、ごめんなさい。私が魔法を使えないせいで、母上が自分を責めてるの知ってたから・・・せめて王女として背負わなきゃって思ったのに・・・じゃないと、2人の娘なんて名乗れないから・・・」

 

そこまで話したアニスフィアを、唐突にシルフィーヌが抱きしめた。

それ以上、自分のことを責める必要なんてないと言うように。

 

「何が不出来な娘ですか!私にはもったいないぐらいの立派な娘ですよ!」

「母上・・・」

「ずっとずっと頑張ってきたものね。でももうひとりで頑張らなくていいのよ」

「私・・・王女でいいですか?父上と、母上の娘で・・・」

 

恐る恐る、アニスフィアはオルファンスとシルフィーヌに問いかける。

その問いかけに対し、オルファンスは優しくアニスフィアの頭を撫でることで答えた。

そんなこと、聞かれるまでもないというように。

そして、アニスフィアは再び涙を流して2人に抱きついた。

グランツたちは、ようやく生まれた家族の団欒を邪魔しないようにと、後ろに下がって静かにその様子を見守る。

 

 

 

 

パチ、パチ、パチ、パチ

 

「お見事です、ユフィリア嬢」

 

そこに、場違いとも思えるような拍手が響きわたると同時に、()()()()聞き慣れた声が聞こえてきた。

声のした方に目を向けると、クルーガーが笑みを浮かべながら空からゆっくりと下りて来ているところだった。

 

「私の想像以上のご活躍でした。目的も無事果たされたようで何よりです」

「・・・もうちょっと余韻に浸らせてもらっても良かったんじゃない?ていうか、今までどこに・・・」

 

タイミングを読めていないと愚痴を漏らしながらも、いつもの調子でクルーガーに話しかけようとしたアニスフィアを遮るように、ユフィリアが前に出た。

さらには、傍で控えていたグランツも臨戦態勢をとる。

 

「クルーガー、あなたは一体何者なのですか・・・!?」

「やはり、私のことがわかるようですね。それはそれとして、グランツ様も気づかれるとは思いませんでしたが」

「・・・リュミ殿の警告がなければ、私とて気づかぬままだった」

「なるほど。だからと言って、それで克服できるほど簡単な話ではないのですが・・・やはり、資格を持っているだけはありますね」

「え?ど、どういうこと?ユフィにグランツ公も、どうしたの・・・?」

 

ユフィリアとグランツの豹変に混乱したのはアニスフィアだけでなく、他の面々も唐突な変化に困惑していた。

そして、ユフィリアは直接的な正体ではないにしろ、決定的な情報を明かす。

 

「アニス様・・・私が精霊契約者となって新たな王になるようにと最初に助言をしたのは、クルーガーです」

「ッ、クルーガーが・・・!?」

 

ユフィリアに人の道を外すような選択を唆した、ある意味では今回の衝突を生み出した原因。それがクルーガーであることに、アニスフィアたちは衝撃を隠せなかった。

対するクルーガーは、悪びれる様子もなく反論した。

 

「心外ですね。最終的に私の言った通りの結果になったのですから、責められる謂れはないと思うのですが・・・」

 

「どの口でそれを言うのかしら?同じように私の父を唆したあなたが」

 

そこへ、新たな闖入者が現れた。

憎悪すら感じさせる声音と共に現れたのは、精霊契約者であるリュミだった。

唐突に現れたこともそうだが、アニスフィアはリュミが言ったことが気になった。

 

「え?リュミの父親を唆したって、どういう・・・?」

「・・・貴方たちには言ってなかったわね。いえ、言っても意味がなかった、っていう方が正しいかしら」

 

敵意を宿した声音のまま、リュミは自身が知るクルーガーの正体を明かした。

 

「昔の話をした時、言ったでしょう?賢者と呼ばれたとある旅の魔法使いが、精霊契約の秘儀を授けたと」

「まさか・・・」

 

「えぇ。こいつこそが、その賢者なのよ。

私の父だけじゃない。世界を動かすほどの傑物に知恵を授け続けた、永き時を生きる者。

ソロモン、ワイズマン、マーリン、グリム、様々な名を使いながら、いつの時代も歴史の影に存在した“賢者”と呼ばれ続けた者が、この男の正体よ」

 

 

 

「・・・まったく、自己紹介くらいは自分でしたかったんだがな」

 

リュミが正体を明かした瞬間、“賢者”の纏う雰囲気が変わった。

だが、その異質さは500年の時を生きたリュミですら比較にならない。

あるいは遥か高き霊峰を仰ぎ見るような、あるいは光の届かぬ昏き深淵を覗いているかのような、人智で測ることのできない気配。

そして、それだけ異質な気配を持っていながら、ユフィリアを除いた全員がこうして正体を明らかにする前はクルーガーのことを普通の人間にしか感じていなかったことが、何よりも異常だった。

それはリュミも例外ではなく、うっすらと額に冷や汗をかきながら身構える。

 

「不変だからこその精霊契約者とはいえ、よくもまぁここまで嫌い続けるものだ。私からすれば八つ当たりでしかないのだから、いい加減にしてほしいものだが」

「クルーガー・・・いったい、どういう・・・?」

「まぁ、バラされてしまっては仕方ないか。えぇ、おおよそのことはリュミが言った通りです。こうなってしまっては、私としても自分の正体を明かさないわけにはいかないでしょうね。とはいえ、ユフィリア嬢もアニス様もずいぶんとお疲れのようですし、私の話も長くなってしまいますから、話は明日の方が良いでしょう」

「・・・このまま正体を明かさずに逃げたりは、しないんだよね?」

「えぇ、もちろん。ですが、気になって休めないのであれば本末転倒ですし、先に結論だけ答えさせていただきましょう」

 

そう前置きして、クルーガーはリュミですら知らない“賢者”と呼ばれる自らの正体を明かした。

 

 

 

「1000年前、神代とも言われる時代に現れた、世界を創造したと言われる大精霊。私はその名残です」

 




次回、ようやく皆さんが待ち望んだであろうクルーガーの正体明かしです。
なんだったら、自分も書きたくてうずうずしてました。
半分くらいは、これを書きたいがために書き始めた作品なので。
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