「クルーガーの目的はなに?どうして私のためにこんなことをしたの?」
アニスフィアの質問に、クルーガーが黙り込む。
それは回答を拒否していると言うより、どのように話すべきか考えているかのようだった。
「・・・そうですね。目的については、今まで話したことと大差ありません。アニス様が存分に魔道具を開発できる環境を整える、それだけです。理由を説明するのは少し難しいですが・・・興味半分、ケジメ半分と言ったところでしょうか」
「興味はともかく、ケジメ・・・?」
興味というのは、単純にアニスフィアの発想とそれによって生み出される魔道具のことだろう。
次はどのようなものを生み出すのか、それを見たいと思うのは不思議ではない。
だが、ケジメとはいったいどういうことなのか。
「私は元々、パレッティア王国を滅ぼすつもりで訪れました」
「・・・・・・は?」
クルーガーの言葉が、理解できなかった。
それはアニスフィアだけでなくリュミを含んだ全員も同じで、まるで時が止まったかのような沈黙に包まれた。
この中で最初にどうにか声を出すことができたのは、ユフィリアだった。
「・・・それは、どういうことでしょうか?」
「言葉通りの意味です。厳密には、滅びに向かう王国にとどめを刺す、というのが正しいでしょうか」
そう言いなおしたクルーガーの言葉に、オルファンスらは思い当たるところがあった。
自らが制圧したかつてのクーデター。あの時たしかに、パレッティア王国は限りなく限界に近づいていた。そして、王国をできるだけ延命させるために、様々なことをしてきた。
それこそ、アニスフィアを王にするために支えようとしていたのも、その一環である。
「パレッティア王国はすでに限界でした。それは単に滅びるまでのタイムリミット、という意味ではありません。
「・・・じゃが、わしらはそうならないために力を尽くしていた。それらは無駄だったというのか?」
「いえ、それは陛下らの責任ではありません。というより、500年も国を蝕んだ毒など一つや二つの世代ではどうにかできるはずもないでしょう。それほどまでにこの国は手遅れでした。取り得る方法があるとすれば、苦しむ前に介錯するか、劇物で無理やり毒を中和するか、そのどちらかです。この場合、私が最初にやろうとしたことが前者で、アニス様が後者になりますね」
「・・・本当に、クルーガーが手を出す必要があったの?」
決して良いことばかりではなかった、というより辛いことも多すぎたが、それでもアニスフィアはパレッティア王国が大好きだった。
それなのに、クルーガーがためらいなく滅ぼそうとしていたというのは、驚きは当然のこと悲しみすらも沸いていた。
だが、それこそがクルーガーとの決定的な価値観の差でもあった。
「それは解釈の違いというものでしょう。最後まで苦しませた上で死なせるか、これ以上の苦しみを与える前に殺すか。私は後者を選んだまでのことです。それに、完全に毒が回りきった後では民が再起する余力すら残らなくなります。だからこそ、私はこの国の貴族をある程度排除した上で革命を起こさせるつもりでした。成功して新たな国が芽生えるならそれでよし。失敗しても国外に逃がして新たな土壌を用意する。それが、興味でこの国を生み出すきっかけを生んだ私なりの責任の取り方でした」
クルーガーが目論んでいた最初の計画。
それを聞いた面々は、なんと言えばいいのか言葉が思い浮かばなかった。
善か悪か。内戦を唆そうとした行為そのものは間違いなく悪だろう。だが、それは民の、人の可能性を最後まで信じているが故のことであると理解せざるを得なかった。
例え国が滅んでも、民が残ればまた立て直すことができる。
ひどく押しつけがましい期待と善意とはいえ、それもまた民を救う一つの可能性だと言われれば否定できなくはない。
だが、その視点はあまりにも自分たちとかけ離れていた。
「その時は、もしかしたらアニス様を旗頭にしていたかもしれませんね」
「・・・つまり、あの時アニスと会っていなければ、この国は、少なくとも貴族は滅んでいたということか」
「そうなります。後者の選択肢が突如降りかかってきたというのもありますが、それ以上にアニス様を潰すのは惜しいと思ったので、計画を切り替えることにしました。アニス様が心置きなく魔学を研究する環境を整えれば、自然と国も正常に戻りますからね」
「わしらからすれば、その感覚がいまいち理解できないのだが・・・」
「国というのは生き物のようなもので、一度全盛期を迎えればあとは自然と緩やかに衰退していきます。パレッティア王国は言ってしまえば最初期が全盛期であり、普通であれば200年から300年の時間をかけて緩やかに分裂や世代交代が行われるはずでした。もちろん、その過程で反乱や内戦が起こる可能性も十分にありますが、そこまでひどいものにはならなかったでしょう。ですが、魔法の力はあまりにも強大すぎた。500年経った現在でも、精霊契約者ほどではないにしろ権威には十分すぎるほどに。だからこそ、権威が衰えるよりも早く国が寿命を迎えてしまった」
「・・・クルーガーからすれば、国は滅ぶべきものだと思っているの?」
アニスフィアからの問い掛けに、クルーガーは寂しそうな笑みを浮かべた。
それは、あまりにも永い間、いろいろなものを見過ぎたが故の哀愁だった。
「そうですね。滅ぶべき、というのは少し語弊がありますが・・・1000年も生きていると、国が興っては滅ぶといった流れは何度も見てきました。それに、人は死ぬべきかと問われて答えることができるはずもないでしょう」
「あっ・・・」
「何をしようと、あるいは何もしなくとも、器を持つものはいつか死ぬのが道理です。ですが、後へと繋ぐことはできます。親が子に未来を託すように、やがて役目を終えた国は新たな形となって民に未来を託します。戦争などによって跡形も残らなくなった国も存在しましたが・・・それでも、残された民が立ち上がる姿を、私は何度も見てきました」
いったい、どれだけの人と接し、話し、導き、その終わりを見届けてきたのか。それは誰にもわからなかった。
たしかにわかるのは、この感情こそがクルーガーが1000年もの間、人であり続けることができた理由だということだけだった。
「とはいえ、結果的に私の価値観を押し付けるような形になってしまいましたし、あまり良いこととは言えませんね」
「ちなみに、どうしてこの子を王にするという選択肢をとらなかったのかしら?わざわざ精霊契約者にさせてまで新たな王を探さずとも、魔学を続けさせるならそれでよかったじゃない」
「早い話、そうすると跡形もなく王国が滅んでいたからだ。なんなら、アニス様とユフィリア嬢が本気の殺し合いをする可能性も十分あった」
あまりにも唐突過ぎる話題転換と爆弾発言に、周りはついていけなかった。
先ほどまで未来を繋ぐとかそういう話をしていたはずなのに、いきなり物騒な話になったことに戸惑いを隠せない。
だが、次のクルーガーの言葉はオルファンスとシルフィーヌからしてとてもではないが無視できるものではなかった。
「それに精霊契約者、人ならざる者が王になるのが問題なら、それはアニス様も同じことだ」
「なっ!!それはどういうことだ!!??」
アニスフィアが人ではない。
ただ事ではない発言にオルファンスの語気が荒くなる。その対象は、どちらかと言えばクルーガーではなくアニスフィアに向けられたものだった。
そして、アニスフィアたちにはクルーガーが言っていたことの意味が理解できてしまった。
「・・・ドラゴンの呪い、だね」
「ドラゴンの・・・?そう言えば、あの時ドラゴンと話をしたと言っておったな。刻印紋のことといい、それと関係のある話か?」
「えぇ。そういえばオルファンス陛下らに詳しいことは話していませんでしたね。あの戦いで、アニス様はドラゴンに呪いをかけられました。それは簡単に言えば『次第にドラゴンへと近づいていく』というものです。刻印紋も正しい形でドラゴンの力を制御するために必要なものであることに違いはありません。ですが、変化の程度には許容範囲もあります。まず大前提として、アニス様の魂はすでにドラゴンとほぼ同等のものへと変質しています」
「え?それ本当?」
クルーガーの言うことがにわかに信じられなかったリュミは、いきなりアニスフィアに近づいてジッとその眼を見つめる。
あまりの勢いにアニスフィアも思わずのけぞってしまうが、少ししてリュミは離れて愉快そうに笑った。
「驚いた。たしかに混じってるわね。こんなの初めて見たわ」
「それは、本当に大丈夫なものなのか?」
「はっきり言って、大丈夫と断言できるものは何もありませんが・・・許容量以上のドラゴンの力を引き出すか本人がそう望まない限り、人としての在り方や姿を捨てることはありません」
「だが、アニスが王になった場合は話が違ってくる、と。よりにもよって厄介なものを持ち込みおって・・・」
「それはその、えっと・・・」
「あまりアニス様を責めないでください。悪いのは押し付けたドラゴンの方です。それに、人としては呪いでも、ドラゴンとしては祝福であるとも言えます。最終的にどちらかを判断するのはアニス様でしょう」
「う、む・・・」
クルーガーの説得に、オルファンスは微妙な表情になりながらも渋々引き下がった。
元々パレッティア王国は成り立ちや立地の関係で魔物への風当たりは他国よりも強い。
だというのに、魔法をまったく使えないだけならまだしも、魔物の中でも最上位であるドラゴンとほど同質の存在など、今までアニスフィア支持してきた平民でも簡単に受け入れられるものではない。貴族なら尚更だろう。
「先ほども言いましたが、余程のことがない限りアニス様が正真正銘の化物になることはありません。乱用するのも良いこととは言えませんが、正しい方法で引き出す分にはそこまで問題はありません。魂に引っ張られて肉体が変化する可能性もあるにはありますが、レイニ嬢がヴァンパイアの力を使いこなし始めたときと大して変わらないでしょう。あと、これはレイニ嬢にも言えることですが、寿命も限りなく永遠に近いものになります」
「・・・そっか」
不老不死。厳密には外的要因によって死を迎えることはあるだろうが、少なくとも老いることはなく寿命では死なない存在になると聞かされて、アニスフィアは曖昧な表情を浮かべた。
たしかに、以前ユフィリアに「魔法を使えるなら人間をやめることになっても」と言ったことはあるが、いざ実際にその事実を突きつけられると複雑な心境にならざるを得なくなる。
だが、ユフィリアが精霊契約者になった以上、自分だけ先に寿命でいなくなるなんてことはさせられない。
あるいは、自分が真にドラゴンとなったとき、ユフィリアもまた同じ気持ちになるのだろう。
そこでようやく、アニスフィアはクルーガーが予測した未来の一つを理解した。
「あ~、なるほど。『どうせユフィはいつか精霊契約に至る』っていうのは、私がドラゴンになったらユフィリアも後を追って精霊契約者になるってことなんだね。そして、その時は私も今よりドラゴンに近づいているだろうから、最低でも貴族と戦争になりかねない。もしかしたら、ユフィの願いが歪んで私を殺しに来ることになる、ってことなのかな?」
「その通りです。その結末もまた一興ではありますが・・・それは私も望むところではありませんでしたので。それこそ、パレッティア王国に収まらず大陸全土に災禍が広がっては元も子もありませんからね」
しれっとクルーガーが人でなしなことを零したが、それには触れないことにした。
だが、聞けば聞くほど、自分たちの未来が思っていた以上に危ういものだったのだと理解せざるを得なかった。
「・・・本当に、この方法しかなかったの?」
「少なくとも、この時点で誰もが救われるハッピーエンドなんてものは存在しません。500年にもわたる王国の業と罪を背負う者、王国に新たな風を吹かせる者、そして王国の最後の象徴となる王。この3つが無ければ、今よりも悪い結果に転がっていたでしょう」
「罪と業を背負う・・・もしかして、アル君のこともクルーガーの計画の内?」
「結果的に、という注釈は付きますが、概ねその通りです。アルガルド様たちの計画を知った上で放置し、失敗させることで魔法省を機能停止に近い状態まで揺らがせました。とはいえ、あまり私から手を出すことはできなかったのでほとんど賭けでしたが、ユフィリア嬢がいるなら大丈夫だろうとは思っていました」
アルガルドのことを『必要な犠牲』の一言で片づけたくはないが、どちらかと言えばアルガルドの前提にあるのは『どうしようもない被害者』なのだ。
パレッティア王国が500年もの間積み重ね続けてきた業、アルガルドはその被害者に過ぎず、そうなった経緯もただの不運であり偶然でしかない。
あるいは、アルガルド自身も魔法省に対して復讐しようという気持ちがあったのかもしれない。
だからこそ、クルーガーはアルガルドを利用した。
納得できるかどうかは別だが、自分にどうにかできる範疇を越えていたことは認めるしかなかった。
「今回の件でアニス様たちに辛い思いをさせてしまった、そうなるよう仕向けたことは謝りましょう。ですが、ただ餌を待つだけの雛鳥のように救いだけを求めた結果どうなったか、それはリュミが話したでしょう。だからこそ、私はこの手段をとりました。アニス様を救いを求めるようになるまで追い詰め、ユフィリア嬢がアニス様に救いの手を伸ばすよう唆し、それ以外の全てを操ってそのための状況と場を整えた。それは紛れもない事実です。それでも誤解のないよう言うのであれば、お2人が抱く感情は間違いなくお2人自身のものです。私は、それを利用したにすぎませんから。
その上で、今度は私からお聞きしましょう。
この後、私をどうされますか?」
その問いかけは、アニスフィアとユフィリアに向けられたものだった。
ここでオルファンスに聞かなかったのは、ユフィリアが次期国王となることがほぼ確定したからというだけでなく、自分の話したことが今まで過ごしてきた時間や築き上げた信頼を崩すものであると分かっていた上で、教え子として、そして主人として認めていたアニスフィアにこそ決める権利があるという意思の表れだった。
それを理解した上で、2人は一瞬目配せをして、アニスフィアが口を開いた。
「クルーガーの意志は理解しました。クルーガーなりの考えがあってパレッティア王国を、私を救おうとしていたということは認めましょう。ですが、ここでクルーガーの正体や能力を知ってしまった以上、今後も私たちの側に置くことはできません。
よって、今この時を以て、クルーガーを私や父上の相談役から解任するものとします」
「・・・意外ですね。てっきり国外追放くらいはされるものだと思っていたのですが」
クルーガーの能力は、それこそ国の掌握など造作もないほどの危険なものだ。それを考えれば、国外へ永久追放されてもなんら不思議ではない。
どこかからかい混じりのクルーガーの問い掛けに、アニスフィアも分かりきったように表情を崩した。
「だって、どうせクルーガーだって今さら私たちにあれこれ手を出したりはしないでしょ?
それに、クルーガーにはちゃんと見てもらいたいからね。今後私たちが作っていく、新しいパレッティア王国の在り方を」
「・・・そうですか。でしたら、お言葉に甘えて気が向いたらパレッティア王国を訪れることにしましょう」
「もう行くの?」
「いえ、出立は明日にでもしようかと。1000年も生きていると時間感覚が曖昧になってしまうもので、10年や20年はあっという間に過ぎてしまいます。その前に、挨拶くらいは済ませておくべきでしょう」
「それもそっか」
クルーガーが主に接していたのはここにいる面々だけだが、騎士団や冒険者などアニスフィアの繋がりで顔見知りになった者も多い。
それらの人たちに黙ったまま姿を眩ませるよりは一言くらい挨拶をしておこうというのは、クルーガーなりの誠意だった。
「それじゃあ、せっかくだしお別れパーティーでもする?」
「いえ、そこまでする必要はありません。私としては、ひっそり消えてひっそり忘れ去られてしまうくらいがちょうど良いので」
まさに、ずっと歴史の陰に隠れ続けたクルーガーらしいと言えばらしい言葉に、アニスフィアはついおかしくなって笑みをこぼした。
それからのことはあっという間だった。
表向きはクルーガーが故郷の方に戻るということにして、方々にクルーガーが明日パレッティア王国を出立する旨を知り合いたちに報告しに行った。
特に冒険者たちの反応は大きく、一大戦力がいなくなるのを惜しむのと同時に派手に送り出してやろうと軽い宴会まで始まってしまい、王城に戻るのが予定よりも遅くなってしまった。
その夜、離宮の寝室でアニスフィアとユフィリアが今日のことを語り合っていた。
「それにしても、昨日と今日でいろんなことがあったね。正直、まだ頭の中がこんがらがってるよ・・・」
「私も同じです。ですが・・・私のこの想いが偽物でないと知れたのは、嬉しく思います」
「あー、うん、そうだね。私もそう思うよ、うん」
頬を赤く染めながら近寄るユフィリアに、アニスフィアは僅かに目を逸らしてそっと距離を取ろうとする。
そんな素直になれないアニスフィアも愛おしいのか、ユフィリアは笑みを浮かべたままアニスフィアに近づこうとする。
コンコン
そんな中、突然ドアがノックされた。
アニスフィアは内心「助かった・・・!」と安堵するが、同時に記憶にない予定の訪問に首を傾げる。
というより、場所と時間を考えればあり得るのはイリアかレイニくらいだが、イリアがわざわざ「では、お2人でごゆっくり」と含みを持たせた言葉遣いで出て行ったのを考えればその可能性は低い。
だが、アニスフィアが中から呼ぶよりも早く扉が開けられる。
「夜分遅く、不躾かつ急な訪問で申し訳ありません、アニス様、ユフィリア嬢」
入ってきたのは、明日この国から出て行くはずのクルーガーだった。
クルーガーは今日もいつも通り王城に与えられた客室に泊まるはずだった。
にもかかわらず、誰にも黙ってここに訪れたという事実に2人は思わず警戒心を抱いてしまう。
「・・・いや本当、こればっかりはマナーがなってないんじゃない?夜も遅く、王女と令嬢がいる部屋に無断で入ってくるなんて。ていうか、イリアとレイニは?」
「お2人は下で寝てもらっています。今朝話した、魂内の精霊の干渉の応用ですね。あぁもちろん、もしお2人が真っ最中であれば中には入っていませんでしたのでご安心ください」
「なっ、にゃにゃ、にゃにを言ってるのかな!?普通にセクハラだよ!?」
「せく・・・?」
「そ、それよりも!いったい何の用かな!?」
聞き馴染みのない言葉にユフィリアが首を傾げる中、アニスフィアは突然の訪問の理由を問いかけた。
「えぇ、私からの最後の授業です。あの時話さなかった、賢者の真実。それを話すために、私はここに来ました」
長い解説兼ネタばらしパートも次回が最後です。
そして、あと2話で本作も完結となります。