あの場で語られなかった、クルーガーの真実。
それをアニスフィアとユフィリアだけに伝えるという意味を測りかねながらも、2人はクルーガーと向かい合う形で座った。
「さて、最後の授業とは言いましたが、まぁ先人の助言のようなものです」
「それは、精霊契約者として、永い時を生きる者としてですか?」
「そうですね。精霊契約者としても、
「「ッ!!」」
転生者。前世の記憶を持つ者。そして、アニスフィアの最大の秘密。
その単語がクルーガーの口から放たれたことで、2人は最大限の警戒心と共に身構えた。
その様子を見て、クルーガーは思わず苦笑した。
「・・・どうやら、余計なお節介だったようですね。その様子からして、ユフィリア嬢もすでにご存じでしたか」
「・・・クルーガーも、前世の記憶を持っているの?」
「えぇ。このことを話すのは、お2人が初めてですね」
クルーガーが転生者。
最初は驚いたが、よく考えてみれば納得できることでもあった。
0から国の礎を築き上げたこともそうだが、何よりもアニスフィアの魔道具に対して最初から理解を示していた事から、むしろその時点で怪しむべきことだった。
厳密にはアニスフィアも最初は訝しんでいたが、次第に優先度が低くなって気にしなくなってしまっていた。
だが、それはそれとしてあまり良いばらし方だったとは言えないが。
「・・・もし、私がアニス様からそのことを聞かされていなかったら、どうされるつもりだったのですか?」
「変わりません。元々、そのつもりで来ましたから」
前世の記憶を持っているということは、アニスフィアにとってド級の地雷でもあった。
アニスフィアが魔法に憧れるようになった最大の要因であり、同時に自分が本当に“アニスフィア・ウィン・パレッティア”なのか確信を持てなくする最大の不安。
だが、アニスフィアは墓まで持っていくつもりだったその秘密を、2人が戦った日の夜にすでに打ち明けていた。
そこでユフィリアが自分の存在を肯定してくれたことで、その不安はすでに取り除かれていた。
もう済ませた話だったから良かったものの、もし未だに打ち明けていないままだったらさらにもう一波乱起きていただろう。
「はぁ・・・本当、クルーガーって強引っていうか、他人のこと考えてないよね」
「耳が痛いですね。ですが、お2人がこれから共に永い時を過ごしていく以上、必要なことだと判断しましたので」
「そういうところだよ。それで・・・クルーガーは、転生者のことも理解しているの?」
「いえ、完全に理解しているとは言い切れません。精霊契約者はこの世界の理であれば直感的に理解できるようになりますが、その外のことについては完全に専門外になります。それでも、いくらか推測を立てることはできますが」
「教えてくれる?」
「えぇ、そのために来ましたから」
そう前置きを入れて、クルーガーは自分なりの転生者の解釈について話し始めた。
「まず前提として、私たちの前世には“輪廻転生”という言葉があります。大まかに言えば、魂は死んだ後も巡り循環するというものです。今となっては、私もこれは正しいと考えています。自然のありとあらゆるものが循環するように、魂も同じような動きをする可能性は十分存在します。ここで問題なのが、死後の世界がいったいどのような場所なのか、ということです」
「前世だと“あの世”なんて言い方もするけど、天国と地獄とか極楽浄土とか、どんなものかは人それぞれって感じなんだよね」
アニスフィアの捕捉に、ユフィリアもなるほどと頷く。
この世界ではそういった死生観はあまり定まっていないが、精霊信仰においては『死んだ者の魂は精霊へと還される』と解釈されることが多い。
「観測できない以上、仕方のないことではあります。ですが、異世界の存在を認識している今であれば、一つの仮説を立てることができます」
そう言って、クルーガーは水魔法で2つの絵を空中に描き始めた。
2つの絵は一見少し色合いが違うだけの同じ風景画だったが、クルーガーはその2つの絵を重ね合わせた。
「おそらくですが、世界は器が存在する物理的な次元と魂のみで満たされている精神的な次元の2枚合わせで存在しているのではないでしょうか。前者を“この世”、後者を“あの世”と仮定した場合、普段は互いに存在を知覚することはできませんが、この世で新たな器が生まれる瞬間と器が死を迎える瞬間だけは2つの境界が曖昧になる。その瞬間に限り、器が生まれる時は魂があの世からこの世に引き込まれ、器が死を迎えると魂がこの世からあの世に放出される。ここで問題になるのは、この世とあの世の在り方の違いです」
そこでクルーガーは一度風景画を消し、新たに2つの球体を生み出した。
ユフィリアには何を表しているのか分からなかったが、アニスフィアは直感的にそれが前世の世界とも言える“地球”を模ったものであると理解した。
「前世では異世界の存在は証明されていませんが、その代わりに世界を“星”と定義しました。この世界は“宇宙”と呼ばれる漆黒の宙に存在する球体の一つで、そのほとんどは生物が存在できない環境ですが、ごく稀にこの世界や前世のような生物が生存できる星が存在すると。これがいわゆる物理的な世界、科学的な定義になります。ですが本当は、精神的・魂的な次元が壁となって、前世の世界とこの世界が鏡合わせで存在しているのではないでしょうか」
「では、リュミが言っていた“稀人”とは、精霊や魔法が存在しないと言われる世界から零れた魂を持つ者、ということでしょうか?」
「おそらくは。ですが、本来記憶とは器に刻まれるものであり、器を捨てた魂が持ち越せるものではありません。それは同じ世界を巡ろうと、異世界に零れ落ちようと同じはずです」
「なら転生者は、そのルールの例外ってこと?でも、いったいどうして?」
自らのルーツということもあって、アニスフィアはいつもより前のめり気味になりながらクルーガーに尋ねかける。
ユフィリアもその態度に思うところがないわけではなかったが、アニスフィアのことをさらに理解するためにとクルーガーの講釈に耳を傾け続ける。
「これはこちらの世界での理の話になりますが、本来魂と器は均衡を保った状態で存在します。ですが、ごくまれにその天秤がどちらか一方に大きく傾くことで魂と器を変質させる者が存在します。それを“至りし者”あるいは“到達者”と呼びます。これは人間における精霊契約者、そして魔物におけるドラゴンのことを指します」
「ッ!つまり、精霊契約者とドラゴンは、方向性が違うだけで同質の存在ということ?」
「精霊契約者は魂、ドラゴンは器と基盤は異なりますが、その認識で構いません。そしてこれが肝になるのですが、精霊契約者は器が魂に引っ張られる、要は変質させると言うのはリュミから聞いたと思います。であれば、その逆もまた起こり得るのではないでしょうか」
「器、肉体が、魂を・・・?」
「おそらくは死の間際、何らかの要因で器が魂を変質させた結果、世界の境界を越えてなお魂に刻まれたものが付随する記憶と共に新たな器へと宿ること。それこそが転生の仕組みなのだと思います」
「私の場合、それが魔法への憧れだった、ってことね・・・」
それがいったいどれほどの確率なのか。
稀人ですら数十年に一人生まれるかどうかということを考えれば、それこそこの世界の歴史の中でクルーガーとアニスフィアの2人しかいなくてもおかしくないだろう。
そこでふと、アニスフィアはあることに気が付いた。
「あれ?それなら、クルーガーにも何かそういうものがあるってこと?」
まさにそれこそが、クルーガーが2人を訪ねた本題だった。
アニスフィアの問い掛けにクルーガーは満足げに頷きながら、自らの内に抱えている憧憬を明かした。
「私は、幼いころから“物語”に焦がれていました」
「物語?・・・それって、御伽噺とか、そういうの?」
「いえ、そのようなこだわりがあるわけではありません。喜劇に悲劇、英雄譚に流離譚。主人公を中心とした登場人物によって生み出される“物語”を、私は欲していました。
私の前世の記憶にあるのは、失望。天才であったが故に人を理解できなかった者が、創作の物語を通じて人を理解しようとして、それでも最後まで理解できぬまま幕を閉じた人生。
だからこそ、私は1000年前からずっと、今でも誰かの物語を渇望しています」
なぜなら、真に人の全てを理解することはできないから。
長い年月をかけて一人の人間を理解したところで、その間に新たな人間が多く生まれ、同時に多様性もまた広がっていく。
クルーガーもそれを理解した上で、なぜ物語を求め続けることをやめないのか。
「精霊契約者が自らの願いに縛られるように、転生者もまた魂に刻まれた憧憬に囚われます。それが本物か偽物か、善か悪か、そんなことは関係ありません。それが自らの内にあるという事実に変わりはありませんから。
ですが、だからこそ転生者はこの世界の人々の理解からかけ離れた存在です。この世界にない知識を持ち、たった一つの憧憬を求め続ける異端者に理解を示すほど、この世界は優しくありません。
・・・そう言うつもりだったのですが、本当に余計な世話だったようですね」
「当然です。私は何があってもアニス様の傍にいると決めましたから」
「えぇ、でしたら、自分から言うことはもう何もありません。お2人なら大丈夫でしょう。これからを生きる悠久の時の中でも、あなたたちなら私のような人でなしのろくでなしになる心配もありません」
そう言うと、クルーガーはおもむろに立ち上がって窓を開け放った。
「それでは、私はこれで発つことにします」
「出立は明日ではないのですか?」
「前世では、日が昇らずとも日にちは変わるものでしたので。それに、私は大勢に見送られるよりは、ひっそりと姿を消す方が性にあっているのです」
そう言って、クルーガーは月明りを背にアニスフィアとユフィリアに向き合った。
「それでは、ごきげんよう。お2人のこれからに幸があらんことを祈っております」
クルーガーの言葉と共に、部屋の中に風が吹き荒れる。
その勢いにアニスフィアとユフィリアが一瞬怯んだ隙に、気づけばクルーガーの姿はどこかへと消えていた。
「・・・さようなら、クルーガー」
長い間世話になった師との別れを惜しむように呟いたアニスフィアの言葉は、ユフィリアへ届く前に風に流されて消えていった。
明けましておめでとうございます。
今年一発目です。
そして、次回で最終回になります。