今回は本作最初で最後の一人称視点となります。
ずいぶんと長い間、世界を旅してきた。
1000年以上も生きていれば記憶なんて朧げになるとばかり思っていたが、不思議といつでもどこでも、どんなことでも思い出せるのは、自分が良くも悪くも変わっているからか。
だがそれでも、最もはっきりと思い出すことができるのは、やはりアニス様たちとの生活だ。
あの後も、面白いことはいろいろとあった。
特に魔物の魔石を取り込むのではなく魔物そのものと同化するなどという前例のないことをしでかした少女との邂逅は、アニス様との出会いに引けをとらなかった。まぁ、会った時にはすでに理解あるヴァンパイアに保護されて平穏な生活を送っていたようだったから、私の出番はなかったが。
それはさておき、あの時過ごした日々は私の行動方針に大きな変化をもたらした。
誰かの物語を求める、というのは変わらない。
だが同時に、アニス様によって変わりつつあった世界を安定させるために動いた。
私のエゴではなく、誰かの未来を繋げるために。
・・・きっかけは、唐突に思い出した前世の記憶。
物語を求め続けた、自分ではない誰かの想い。
そんなものを自覚したことが良いことだったのか悪いことだったのか、答えは出ていない。というより、早い段階で答えを出すことを諦めた。
どちらにせよ、自分はこの記憶と感情を持ちながら上手く生きていくしかない、と。
そんな暮らしの中で、精霊契約者から契約の話を持ち掛けられた時は、またとない好機だった。
自分が求める物語をいつまでも探し続けることができる、最初で最後のチャンスだと。
必要な対価である『民を教え導く』という契約も、物語を見届けるには都合が良い契約だった。
だから、私は精霊契約者の提案に頷いた。
そして、私は通常とは異なる精霊契約者となり、民を導くための象徴であり道具となることを選んだ。
これを祝福と受け取るか呪いと受け取るか、人それぞれだろう。
私や精霊信仰者からすれば祝福だが、正体を明かした何人かの教え子からはそれは呪いだと言われた。
別に理解や同感を得たかったわけではないが、それが私から離れるきっかけとなることもあったのは少し寂しかった。
その点で言えば、あの2人は大丈夫なのだろう。
私と同じ転生者と、私と同じ精霊契約者。
まるで私が2人に分かれたかのような錯覚を覚えそうになるが、2人共私と違って人を思いやる心までは失わなかった。
私はずっと一人だったからこそ歪んでしまったのだろうし、誰かに止められることもなかった。
だが、あの2人ならどちらかが歪みそうになっても、もう片方が人の道を思い出させることができる。
結局あれ以来、新たな転生者とは会うことができなかった。
あるいはもうあと何百年か待てば会えるかもしれないが・・・さすがに限界が近づいていた。
そもそも、1000年以上も器が無事だったこと自体が奇跡に等しかったのだ。
それに、アニス様が生み出した奔流は瞬く間に広がっていった。
さすがに前世と同じほどとまではいかないが、それに近いレベルで世界中がつながるようになり、誰もが自分自身の足で立ち上がり思考する世の中へと変わっていった。
つまり、私は役目はもう終わったということだ。
もう私が手を伸ばさずとも、誰もが自分で手段を選び答えを見つけることができ、あるいは自分ではない誰かが手を差し伸べる。
役目を終えた精霊契約者の末路は、器を捨てた大精霊となり、やがて自我すら消えて世界に溶け込んでいく。
普通に死んだだけなら一度経験があるが、さすがにこのような終わり方の経験はしていない。
というより、転生者が死んだ後も記憶が残るのかどうかすら分からないし、自分と同化している大精霊がどうなるのかも見当がつかない。
いっそのこと、消えゆく意識の中でそれを考察するのも、それはそれで悪くないだろう。
どちらにせよ、こうして一人ひっそりと消えるのが性に合っている。
・・・そう、思っていた。
「・・・久しぶりだね、クルーガー」
ふと声を掛けられて、視線を上に上げてみる。
そこには、アニスフィアとユフィリアが寂しそうな表情を浮かべて立っていた。
* * *
私とユフィに最も影響を与えたのは誰かと聞かれたら、私たちは迷わずクルーガーの名前を挙げる。
もちろん、父上や母上、グランツ公にアル君だったりといろんな人との関わりはあるけど、今の私たちが
クルーガーが去った後、なんやかんやあって私は限りなくドラゴンに近い存在に変質して、ユフィと同じく悠久の時を生きることになった。
なんやかんやの部分は・・・うん、本当にいろんなことがあり過ぎた。ちょっと説明するのが億劫になるくらいには。
そんな私たちだから、パレッティア王国が共和制に移行してからは国から姿を消すことにした。元からいつかはそうする予定だったけど、タイミングとしてはちょうど良かったんじゃないかな。
一緒に旅に出ているのは、レイニとイリアだ。
あれからレイニとイリアも結ばれて、イリアも私たちを置いていくくらいならとレイニにヴァンパイアにしてもらって長い時間を生きられるようになった。
・・・そのことを、クルーガーにも報告したかったんだけどね。
結局、あれから私たちは一度もクルーガーに会うことができなかった。
それっぽい人物の目撃情報を聞くことはあったけど、今この瞬間まで姿を見ることすらできなかった。
あんな別れ方をしたものだから、世界を広く見て回るという旅に出る前からの目的にクルーガーの捜索が加わることになったけど、その道中でいろんな話を聞くことができた。
いろんな人を教え導いていたっていうのは、私のときと変わらない。
でも、その中に変わりゆく世界を安定させるために尽力していたという話がいくつもあった。
魔学が世界中に広まっていった結果、文化や文明、価値観に様々な変化が生まれた。
その中でも、精霊信仰は“精霊教会”という名前になって世界各地に広まった。
以前のパレッティア王国の貴族みたいな極端な人も当然いたけど、昔と比べれば差別的な思想はかなり減って老若男女に親しまれるようになった。
とはいえ、その変化の最中はもちろん激動の時代であったことに変わりはなくて、暴走しそうになる人や国もいくつかあったらしい。
そんな激動の時代の裏で、クルーガーが様々な場所で時代の先頭に立つ人たちを支え続けた。
自分が欲している物語を求めるだけじゃなく、変わりゆく時代と世界がより良いものになるように知恵を与え続けた。
もちろん自分の願望を満たすのに都合が良かったから、っていう側面もあるんだろうけど、私が目指したものを現実にしようとしていたのも事実だろうし、実際クルーガーと会ったらしき人たちは心からクルーガーに感謝していた。
だから、せめて一度だけでもいいからクルーガーに会って感謝の言葉を送ろうと、旅の中でクルーガーを追い続けた。
そして、ユフィがクルーガーの気配を感じとったことで、ようやく会うことが出来たんだけど・・・
「・・・あぁ、アニス様に、ユフィリア嬢ですか・・・本当に、お久しぶりですね・・・」
クルーガーを見つけたのは、とある山奥にひっそりと点在していた遺跡群の中でも一際立派な建物の中だった。
まるで神殿のようにも見える空間で数百年ぶりに会ったクルーガーは、見るからに身体、いや器が弱っていた。
それこそ、石で出来た寝台にも見える祭壇に背中を預けて座り込む姿は、まるで死期が近づいた老人のようだった。
「このような格好で、申し訳ありません。どうにも体に力が入らないものでして・・・そういえば、ここにはお二人だけで?」
「レイニとイリアもいるけど、今は外で待ってもらってる。その方が、気兼ねなく話せると思って」
「そう、ですか・・・たしかに、そうかもしれませんね」
イリアとレイニには、まだ転生のことは話していない。絶対に隠したいとかバレるのが嫌だってわけじゃないけど、やっぱりこのことはユフィとクルーガーだけが知っている特別な秘密のままにしておきたいからね。
だから、2人にはあれこれ理由をつけて離れてもらった。
「それで・・・もしかして、ここがクルーガーの故郷?」
「えぇ、そうです。アニス様たちも、ここに来るまで苦労したでしょう」
「アハハ・・・まぁ、ね」
すでに滅んでいるフロンティアの跡地は、現在周囲が強力な魔物の巣窟に囲まれている。若いとはいえドラゴンまで当たり前のように生息していたのはさすがに驚いたけど、私自身がドラゴンのようなものだったからか、ちょっかいをかけられることは少なかった。
長い間放置されてきたから仕方ないことだけど、それでもこの辺に魔物が入り込んだ形跡がないのは、それだけここが特別な場所だってことなんだろう。
世界の礎を作った、原初の精霊契約者が住んでいた場所。彼らによって徹底的に駆逐された過去は、今となっても本能に刻まれているらしい。
「私も、ここに来るのは出た時以来になります。意外と、残っているものでしたね。まぁ、前世の世界にも、同じような遺跡はありましたが」
「そうだね。たしか、2000年とか3000年も経っているものもあったんだっけ?」
「そんなにも昔からの建物が残るものなのですか・・・」
「環境や建築様式にもよりますが、やはり石製の建物は残りやすいですね」
こうして話していると、昔のことを思い出す。
さすがに前世の記憶絡みのことはなかったけど、あの時も私とクルーガーの話を聞いてユフィが驚いたり感心したりしたっけ。
だけど・・・こうして雑談ばかりしているわけにもいかない、かな。
「・・・その、クルーガーは、もう・・・」
「えぇ・・・私はもう、終わりです。特別、死に場所を決めていたわけでは、なかったのですが・・・私にも、郷愁の念は残っていたと、いうことでしょう」
「クルーガーは、それでいいの?」
「アニス様。物語とは、どのような形でも、いつかは終わりを迎えるものです。ですから、これは“私”という物語の終着点に過ぎません。それに、私の出番は、必要ないでしょう。この世界の住民は、もう私が導かずとも、自らの足と意志で歩んでいけます」
「クルーガー・・・」
「アニス様、ユフィリア嬢。これが、役目を終えた精霊契約者の末路です。ですが、安心してください・・・後悔や未練は、残っておりません。生涯をかけて、成すべきことを果たした。これで満足しないはずがないでしょう」
そんなことはない。世界はまだまだ先に進んでいる。だから、死ぬには早い。もっと人の物語を見よう。
そう、言いたかった。
だけど、クルーガーは私たちには想像できないほど長い時間を生きてきた。その重みを知らない私たちが、安らかに眠ろうとしているクルーガーを引き止めるのはいけないことのような気がした。
だから、私が掛けるべきなのは、説得ではなく手向けの言葉だ。
「・・・ありがとう、クルーガー。
クルーガーのおかげで、私たちは前に進めたし、世界の人々が笑いながら前を向いて進めるようになった。
あまり良くないこともあったかもしれないけど、クルーガーがいなければ、こうしてユフィと手を取り合うこともできなかったかもしれない。
だから、ゆっくり休んで」
「ありがとう・・・ございます・・・」
クルーガーの言葉から、徐々に力が失われていく。
だけど、ここで泣いたらダメだ。
きっとクルーガーは、笑いながら送ってくれることを望んでいるだろうから。
「そう、ですね・・・では、最期に、お2人には、私の本当の名前を、教えましょう・・・」
「クルーガーの・・・?」
「長い時を生きて、ずっと名前を変えながら、生きてきました。今まで、忘れていたものとばかり、思っていましたが・・・ようやく、思い出すことができました・・・」
「・・・うん、聞かせて。クルーガーの、本当の名前」
「えぇ・・・私の、本当の、名は・・・」
あまりにもか細い、そよ風にも遮られてしまいそうなほど弱々しい声で、それでもクルーガーは、最期の力で私たちに本当の名前を教えてくれた。
「あぁ・・・忘れて、いたと、思ってたが・・・そうか、私も、これで・・・ようやく・・・あぁ・・・そこ、に・・・みなさ・・・また、せ・・・」
クルーガーが声をかけているのは、かつての故郷の人たちなのか、それとも今まで教えてきた人たちなのか、私たちには分からなかった。
でも、徐々にクルーガーのの瞼が落ちると共に声も小さくなっていき・・・ついに、動かなくなってしまった。
そして、私の目には映っていないけど・・・直感的に、器を持たぬ大精霊となったクルーガー・・・いや、彼が祭壇の上にいるような気がした。
たぶん、それは正しいんだろう。ユフィも、静かに祭壇の上に視線を向けてから、私の方を見た。
「それでは、アニス。行きましょう」
「うん、そうだね」
そう言って、私たちは神殿を後にした。
きっとクルーガーは、今まで数えきれないほどの物語を見て来たんだろう。
だから、今度は私たちの番だ。
クルーガーの代わりにこの世界の行く末を見届けよう。
そして、今度は私たちが未来に残すんだ。
“賢者”と呼ばれた男が築いてきた歴史、彼自身の『物語』を。
「とある賢者の教導奇譚」、今回で完結となります。
好きだったラノベがアニメ化決定したのをきっかけに、布教するために細々と続けてきた本作ですが、思ったよりも赤帯を維持できたり、様々な読者に原作を知ってもらうことができたのは作者冥利に尽きます。
最後辺りはほとんどネタばらし回というか解説回みたいな感じで面白味に欠ける部分があったのはけっこう申し訳なく思っておりますが、本作はこれで一区切りとさせていただきます。
万が一アニメ2期の放送が決定したら特別回を書く可能性もなくはないですが、区切りをつけた物語に執着するのはいまいち格好がつかないので、たぶん書かないかなと。
それに、今回は主人公であるクルーガーの死亡(?)エンドとなったため、綺麗にしておくためにもこのままの方が良いでしょうしね。
生還ルートもあるにはあったのですが、『誰かの物語を求め続けたクルーガーが、自分自身の物語に終止符を打つ』という流れにしたかったため、このような形で締めさせていただくことになりました。
一時期、創作意欲が湧かなくなって投稿期間がしばらく空いたこともありましたが、今まで本作を読んでいただきありがとうございます。
ここまで読んでいただいた読者様には感謝を。
そして、最後に一言。
百合の間に男を挟むな(ガチ)。
追記 1/14
最後の最後で日間ランキング入りしました!
本当にありがとうございます・・・!