「それじゃあクルーガー、今日もよろしく!」
「えぇ、こちらこそよろしくお願いします」
ある日のおやつ時、離宮近くの庭でクルーガーとアニスフィアはテーブルを置いてお茶会のようなものを開いていた。
というのも、アニスフィアからの提案で定期的にクルーガーの旅の話を聞く機会を設けることにしたのだ。
普通に考えれば、アニスフィアの好奇心から始まったものだろうと考えるだろうが、実際は少し違った。
(今日こそ、クルーガーの正体を暴いてみせる・・・!)
マナ・ブレイドの一件から、アニスフィアは「もしかしてクルーガーも前世の記憶を持っているのでは?」と疑っていた。
そして、これまでで魔道具の呑み込みも他と比べて段違いに早いことから、その疑念は確信に変わりつつあった。
だが、決定的な証言はない。
だからこそ、アニスフィアは本人から言質を取るために、こうして談話の機会を設けることにしたのだ。
ちなみに、数か月経った現在でも言質はとれていない。なんなら、クルーガーの話に興奮して目的を忘れることの方が多かった。
明らかに見かけの年齢に対して話題が多すぎるようにも思えるが、「里は幼少の頃に両親と共に出ましたから。成人してからは親元を離れましたが」だの「さて、私は何歳に見えますか?恥ずかしながら、旅ばかり続けていると歳を数えることもなくて自分でも年齢はよくわからないのですよ」だのと誤魔化されては、それ以上深堀りすることもできない。
それでも、アニスフィアは「今日こそは」とめげずにクルーガーと話し続けた。
そして、今日もまた目的のためにクルーガーと向き合い・・・
「そうですね・・・では、今日は海について話をしましょうか」
「海!?」
目的と覚悟は一瞬で吹き飛んだ。
アニスフィアにとって、それほど海とは魅力的な話なのだ。
「でも、クルーガーでも海は危険なんじゃないの?」
この世界では、前世の記憶の世界ほど開発が進んでいない。
その大きな理由が、海にも魔物が多く生息していからだ。そして、海の魔物は水中での生活に適合しているが、人間では陸上と水中では勝手が大きく異なってくるため、舟で海に出ることすら自殺行為と呼ばれている。
「えぇ。一応、水と風の魔法で水中を速く移動することはできましたが、やはりできることは少ないので、浅瀬や岩礁地帯で短時間潜水して、ごく少量の海産物を獲るので精一杯でした。いつかは沖にも、とは思いましたが・・・やはり難しいですね」
「まさか・・・沖に出たの?船で?」
「危うく死にかけました。一歩間違えれば食べられていたかもしれませんね」
しっかり海の洗礼を受けたらしいクルーガーは、僅かに体を震わせていた。
「なんていうか、その・・・よく生きて帰ってこれたね?」
「風魔法を推進力に使えば、小舟程度なら馬と同じ程度のスピードは出せますから。ただ、それでも私の認識が甘かったですね」
「まさか、海には馬よりも速い魔物がいるの?」
「えぇ。それもありますが、海の魔物は図体が大きいにも関わらず事前に探知することが難しいのです。森の中であれば音や他の小動物の動きで察知することができますが、海の魔物は水中から襲ってくるため、ほとんど音もなく真下から襲ってきます。直接海中を覗き見るくらいでしか接近を察知できませんね。また、海の魔物は初速も速く、ほとんど初速が最高速に近い状態で泳ぐ魔物も多いです。そのため、相手に気付かれてから移動するのでは圧倒的に遅く、なすすべもなくやられてしまうでしょう」
「なるほどねぇ・・・でも、浅瀬は大丈夫なんだ?」
「浅瀬なら、魔物が全くいないわけではない、というより岩礁地帯では浅瀬でも多くの魔物がいますが、沖の魔物ほど大きくはありません。小さい分素早いですが、魔法を使えば対応できなくはない範囲です。それでも数分が限界ですが」
「そっか・・・やっぱり、海の開発は難しいんだ?」
「できるとすれば、最も現実的な方法は・・・そうですね。何もない陸地に海水を流し込み、海と繋がる場所に魔物を入れさせないための強固な柵を作る、くらいでしょうか。それでも、莫大な労力や資源を必要としますが」
「少なくとも、うちじゃ無理だね」
パレッティア王国は、国のリソースの大部分を国内の魔物対策にあてている。海の開拓をしていないわけではないが、一進一退を繰り返しているのが現状だ。
クルーガーが言った方法なら可能性はあるが、それだけの資源は今のパレッティア王国にはない。
「なので、アニス様が海を楽しめるのはまだ先になるでしょう」
「他の国で、海の開発が成功したって話はないの?」
「いえ・・・どこも似たようなものですね。浜辺近辺での塩の生産がかろうじて、といったところでしょうか。ただでさえ魔法使いがいる国は希少ですし、たとえ魔法使いが存在してもまともに相手できるかどうか、といったところですから」
「そっか・・・まぁ、今はそれよりもクルーガーの話だよ!」
話が脱線してきたのを感じて、アニスフィアは話題をクルーガーに切り替えた。
「それで、海に行ったことがあるってことは、海産物も食べたりしたの?」
「えぇ。やはり海が近いので、焼きももちろんですが、生でも食べることができましたね」
「生!」
「新鮮ですからね。そのままで食べるのも十分美味しいですが、魚醤をつけて食べるのも美味しかったです」
「魚醤・・・?」
「魚醤と言うのは、現地の調味料のことです。魚と塩を漬け込んで発酵させた際に出てきた液体を熟成させたもので、独特の塩味と旨味が特徴です。これが魚や海産物との相性が良いのですよ」
「なるほど、醤油みたいなものなのかな?」
「しょうゆ・・・?」
「あ、いや、なんでもないよ。こっちの話」
醤油という言葉に首をかしげるクルーガーを見て、アニスフィアは少し慌てながら取り繕った。
醤油は前世の記憶の中にある日本の調味料であり、パレッティア王国には存在しないし、周辺諸国にもそのようなものがあるという話も聞いていない。
つまり、醤油を知らないということは前世の記憶はないということだ。
(嘘をついてる・・・って感じでもないし、やっぱり違うのかな?)
結局、この日もクルーガーが前世の記憶を持っているという確証を得ることができないまま、いつものようにクルーガーの旅の話に花を咲かせることになった。
なんか最近、体調が良くない日が続いてる・・・なんか頭痛かったり、体が熱っぽかったり、昨夜なんか熱出て吐き気して碌に眠れなかったですし、体調管理をしっかりせねば・・・。