知ったのは書籍3巻発売くらいからだけど、そっから書籍Web漫画全部読んだ作品がこうしてアニメ化して評価されるのはめっちゃ嬉しい。
それはそうと、ようやく本編の時間軸に入ります。
クルーガーがパレッティア王国に滞在してから、およそ7年が経過した。
振り返ってみればあっという間に過ぎたようにも思えるが、その間にも様々なことがあった。
アニスフィアのことに関しては、いちいち挙げるとキリがないほどだ。クルーガーが相談役として手綱を握るようになってからはマシになったが、それでもクルーガー自身がアニスフィアの企みに便乗することもあったため、結局騒動に困るようなことはなかった。
とはいえ、相談役としての役割は的確にこなしているため、最近ではオルファンスからもたまに話し相手を頼まれるようにもなった。
そうして、他の貴族からの評価は変わらず低いままであったが、アニスフィアとオルファンス、その2人に近しい人物には信用されるようになり、不自由ない生活を送ることができた。
「・・・この生活も慣れたものだな」
この日もまた、相談役としての役割を終え、クルーガーは城の中を歩いていた。
その道すがら、使用人や騎士から頭を下げられる。
他貴族からの評価は底辺をさまよっているアニスフィアとクルーガーだが、アニスフィアが開発する魔道具の一部は使用人や騎士の手に渡っており、そのような事情があってアニスフィアは主に騎士から一定の支持を得ている。そのため、アニスフィアの相談役として傍にいるクルーガーに対してもある程度敬意を向けられるようになった。
以前までの旅暮らしであればあり得なかった状況になれた自分を客観的に見つめたクルーガーは思わず苦笑いを浮かべる。
「何か考え事か?クルーガー殿」
そこに声をかけてきたのは、鮮やかな銀髪に赤茶色の眼をもった、およそ30代半ばの男だった。
名をグランツ・マゼンタといい、パレッティア王国の代表貴族であるマゼンタ公爵家の当主であり、同時に王国の宰相を務めている男である。ちなみに、国王であるオルファンスとは個人的な親友でもあり、付き合いは長い。
「これはグランツ様。これから陛下のところへ?」
「そうだ。とはいえ、外回りの用事があって一時離れていただけだ。クルーガー殿は離宮からの帰りか?」
「えぇ。本当は、アニス様が魔道具の試験運用を行うということで傍に居た方がいいと思ったのですが、時間が来てしまったものでして」
現在では気楽に話せる程度には打ち解けているが、最初の頃はオルファンスの傍に居る人物の中で最もクルーガーに対して警戒心を抱いていた。
もし僅かでも悪意を抱こうものなら徹底的にパレッティア王国から排除するつもりでいたが、主にアニスフィアとのやり取りを見てその可能性は限りなく低いと判断し、またアニスフィアを制御しうる希少な人材ということもあって、態度はかなり軟化した。
「そうか・・・たしかに、日も落ちた時に離宮に滞在するというのは、良いことではないな」
「それに、今回使う魔道具は例の
「ふむ。もう
「一応、完成形には限りなく近づいています。あとは細かい調整といったところでしょうか」
「そうか。あの魔道具は、今後のパレッティア王国に多大な影響をもたらすことになるだろう。それが完成に近づくというのは、喜ばしいことと言うべきか」
「まぁ、汎用性と安全性という面で言えば、現段階では欠陥品と言う他ありませんが。それに、与える影響が多すぎるというのも考え物です。なにせ、発案者がアニス様ですからね」
「それもそうか・・・」
グランツは王国内でも数少ない、アニスフィアに対して理解が深い貴族ではあるが、それでも国政と天秤にかけた場合、やはりアニスフィアは劇物であるという認識に変わりはないため、その扱いは慎重になっている。
とはいえ、他と比べれば好印象ではあるため、アニスフィアの味方を言っても差し支えはない。
「そういう意味では、ちょうどいい機会でした。陛下の心労を察するには余りありますが、何も言わないというわけにはいかないでしょう」
「少し急ぐか?」
「いえ、陛下の政務を邪魔するわけにはいきませんし、折を見て向かいます」
「なら、少し手伝ってもらってもいいだろう。少しでも陛下のご負担を減らしたいのであればな」
「・・・善処します」
ちなみに割とワーカーホリックな気質があり、クルーガーにも執務をいくらか頼むようにもなった。
しかも、クルーガーの能力ギリギリを的確に見極めて仕事を押し付けてくるため、その点に関してはグランツと打ち解けたのは失敗だったかと後悔していたりする。
そんなこんなで、2人は執務室にたどり着いた。
中では、オルファンスが机の上に大量に積まれた書類と格闘しているところだった。
「失礼いたします、陛下」
「グランツ、戻ったか。む、クルーガーも来たのか?」
「えぇ。少しばかりの手伝いと、念のため報告しておきたいことがあるので」
「そうか。もう少しで終わるから、手伝いは無用だ。そこで待っていてくれ」
「承知いたしました」
促されたクルーガーは、壁際に寄ってオルファンスの政務が終わるのを待った。
そしてオルファンスが言った通り、ほどなくしてペンを置いて硬くなった肩をほぐした。
「ふぅ、やれやれだな」
「お疲れ様でございます、陛下」
「たしか、報告があるという話だったな?せっかくだ、茶でも淹れよう。グランツ、お前も飲んでけ」
「それではご一緒させていただきます、陛下」
「そう畏まらなくていい。ここからは国王ではなく友として接させてくれ」
「・・・承知した、オルファンス」
オルファンスに命令されて、グランツはわずかに力を抜いて敬語を外した。
一応、この場にはクルーガーもいるのだが、いちいち気にすることもなくオルファンスは魔導ポットで湯を沸かす。
ちなみに、オルファンスとグランツの容姿は二回り以上年が離れているようにも見えるが、実際はほとんど同い年である。これはグランツが若く見えるというよりは、オルファンスが老け込んでしまっているといった方が正しい。
その原因は、言わずもがなである。
「・・・子は親に似るものだがのぅ」
「どうした?また子供についてでも頭を悩ませているのか?」
「頭を悩ませなかったことなどないわい!」
グランツのからかい混じりの問い掛けに、オルファンスはカッ!と目を見開き語気を強めて返した。
どちらかと言えば共犯側とも言えるクルーガーは、少し微妙そうな表情を浮かべながら絶妙に会話を逸らした。
「ま、まぁ、アニス様はともかく、もう少しすればアルガルド様も次期国王として立つことになりますし、少しは気苦労も治まるのでは?」
「・・・そうすんなりと行ってくれるといいのだがな」
だが、クルーガーのフォローにオルファンスはさらに苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。
「・・・例の噂ですか」
「お主のところにも届いているのか?」
「あくまで噂として小耳にはさんだ程度です。アルガルド様に限って、とは思っていましたが、まさか事実なのですか?」
「あぁ。ユフィリアにも確認をとった」
ユフィリアとは、アルガルドの婚約者であり、グランツの娘でもある。
そして噂というのは、アルガルドが男爵家の令嬢を囲い込んでいるというものだ。
貴族や王族ともなれば、正妻の他に愛人を囲うことも珍しいわけではないが、あまりに度が過ぎているためユフィリアが何度も苦言を呈している、という話が噂好きの貴族の間で広まっていた。
「学園は閉鎖的で、外部に情報は漏れにくいはずなのですが・・・私でも小耳に挟むということは、相当表に出てしまっているようですね」
「・・・すまん、グランツ。王家が無理を言って叶えた婚約だったのだが・・・」
「婚約者の心を繋ぎとめるのもまたユフィリアの務めだ。これもいい薬となることを祈るしかない」
グランツは淡々と答えているが、それはあくまで忠実なだけであって、むしろ愛しているが故に厳しく時期王妃として教育を施していた。
それを聞いているクルーガーも、「少しばかり冷たいのでは?」などと無粋なことは口にしなかった。
代わりに、執務室に来た本題に入る。
「・・・それはそうと、私の方からも報告がありまして」
「む、そういえばそうだったな。まさか、あのうつけがまた何かやらかしたのか?」
「今はまだ、とは思いますが・・・実はあの魔道具が完成形に近づきまして、そのことを報告しようかと」
「まさか、昔からアニスが言っていた、魔女箒とかいう空を飛ぶ魔道具か?」
「えぇ。汎用性はともかく、実用に耐えうるものは出来上がっています」
10年以上前から夢を見続け、クルーガーがアニスフィアの相談役となるきっかけにもなった、空を飛ぶ魔道具。
それがついに完成したという報告を聞いて、オルファンスは期待半分恐れ半分のため息をついた。
「そうか、ついにあれが完成したのか・・・これで少しは落ち着いてくれるといいのだがな」
「だといいですがね。今頃は試運転を行っているはずですが・・・」
バァンッ!!
クルーガーがそう口にした次の瞬間、扉が勢いよく開け放たれた。
「ご機嫌麗しゅう、父上!」
扉を開けたのは、魔女箒の試運転を行っているはずのアニスフィアだった。
とはいえ、これだけだったら珍しいことでもない。今でもたまに起こっていることだ。
問題なのは・・・
「このアニスフィア、ユフィリア嬢を攫って参りました!あっ、グランツ公とクルーガーもこんばんは!」
その背中に、グランツに似た銀髪をなびかせながら目を回してグロッキーになっている少女、アルガルドの婚約者であるユフィリアを背負っていることだった。
しかも、よりにもよってアニスフィアは「攫ってきた」とのたまった。
唐突な事態に、3人は揃って目を丸くして硬直したが、クルーガーとグランツは諦めたように茶を口にして、オルファンスは憤りに身を震わせ、
「・・・何をやっとるんじゃ、このじゃじゃ馬娘がぁッ!!」
思い切り、アニスフィアの脳天に拳骨を振り下ろした。
その様子を見ながら、クルーガーは面白いことになったと内心で笑みをこぼし、それを正確に読み取ったグランツは小さくため息をこぼした。