闇に生き光に奉仕する男の話   作:ダレン シャン

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雨のち晴れな話

 

翌日

 

DA本部へ向かうため俺たちは電車に乗っている。

今日は朝から雨が降っている。

千束はメモ帳に何か書き込んでいる井ノ上さんに話しかける。

 

「楠木さんに、なんて言うの?」

 

「今考えています。」

 

おそらく、楠木に言う言葉を纏めているのだろう。

井ノ上さんの性格なら昨夜から考えていると予想が出来る。

そんな、井ノ上さんに千束は「飴いる?」と制服のポケットから飴を取り出しながら尋ねるが、即座に、断られてしまう。

千束は苦笑いしながら、取り出した飴の自分で食べようと包装紙を外す。

 

「これから、健康診断だろ。止めておけよ。」

 

「一個だけだしぃ。」

 

一個でもダメだろ。と思うが、井ノ上さんからの援護射撃が入る。

 

「糖分の摂取は血糖・中性脂肪・肝機能・他の数値に影響を与えます。」

 

そう言いながら、チラッと千束の方を向くと千束は取り出した飴玉をしまう。

 

「はぁい。」

 

 

目的地の駅に到着したため、電車から降りる。

 

駅には既に黒のワンボックスカーが停車しており、DAの職員であろう女性が傘を指しながら車の前で待っていた。

 

「お待ちしておりました。錦木様、井ノ上様、そして大神様。」

 

俺はリコリスじゃないから「様」なんて付けなくてもいいのにと思いながら車に乗る。

車は本部に向かって走るが、本部に近づくとゲートの前で車が停まる。

千束は外に設置されている監視カメラに舌を「べ〜。」っと出す。

 

 

ゲートが開いてから少し奥に進むとDA本部が見えてくる。

 

DA本部に入ると身体検査のゲートをくぐるために、リストブレードを外してからゲートをくぐる。

その後、顔認証端末に自身を認証させる

特に、問題なかったため、リストブレードを再び両手首に付けフードを被る。

 

千束と井ノ上さんも特に問題なく通過して、一緒に奥に進んでいく。

 

 

「なんで、フードを被るのですか?」

 

そうか、彼女は去年まで京都にいたから知らないのか。

 

「ハチってば、昔からここ(DA)に来るときはフード付けてたから素顔を晒してると「誰?あれ?」ってなっちゃうの。」

 

「こうしていれば、「また、はぐれ(・・・)が来てる。」ってなって後々、めんどくさくないんだよ。」

 

「はぐれ?」

 

ここ(DA)での、俺の蔑称。「はぐれ」とか「ローグ」とか耳にしたことない?」

 

「いえ。」

 

「まぁ、俺もここには頻繁に来ることもないし、去年からこっちにきた井ノ上さんが聞いたことなくても不思議じゃないか。」

 

「まったく、失礼しちゃうよね。「はぐれ」なんて。ハチはDAに協力してあげてるのにさ。」

 

「まぁ、協力者なんて聞こえは良いけどリコリスからすれば俺ははぐれ者だからな。気付いたらそう呼ばれてたけど結構、的を射てるから感心したゃったよ。」

 

「ハチが、そんなこと言ってるから他のリコリス達に色々言われちゃうじゃん。」

 

「言わせたい奴には言わせときゃーいいんだよ。」

 

そのような会話をしながら道なりに進んでいくと、受付が見えてくる。俺たちは受付スタッフに話しかける。

 

「錦木さんは、体力測定ですので隣の医療棟へ。大神さんは、楠木指令から呼び出しが掛かっていますが現在、指令は会議中ですので30分ほどお待ち下さい。指令が戻り次第、棟内放送でお知らせします。」

 

あの人、人を呼びつけておいて待たせるつもりかよ。

まぁ、いいけど。

 

受付スタッフの人は井ノ上さんに話しかけて、何の要件か聞く。

 

「楠木指令にお会いしたいのですが。」

 

「先ほど申しあげましたように指令は会議中ですので。」

 

「じゃ、俺の要件が終わり次第井ノ上さんに声をかけようか?」

 

その時、俺たちの後ろを歩くセカンドとサードのリコリス数人の声が聞こえてくる。

 

「あれ、ほら味方殺しの。」

「DAから追い出されたんでしょう?」

「組んだ子みんな病院送りにするんだって。」

「おっそろし。」

「命令無視したんだってぇ。」

「えっ、なんでそんなことするの?」

 

などと、ありもしない話しを口にしている。

千束にも聞こえたのか、「なんだ、あいつらぁ。」と井ノ上さんの陰口を言っているリコリス達のもとへ向かおうとするが、無言で俺はそれを止める。

 

「なんで?!、止めないでよ。ハチ!!」

 

「お前が今、奴らに何を言ったところで焼け石に水だ。根本的な解決にゃ~ならん。」

 

「でも~。」

 

千束も分かったのかそれ以上は何も言わない。

 

「大神さん、わたし訓練所に居ますから終わったら呼んでください。」

そう言い、走って行ってしまう。

 

「どうやら、さっきのみたいな噂がDA内で流れてるな。」

 

「どうして、そんなありもしない噂が?」

 

「噂ってのは一人歩きするものだ。人の口に戸は立てられぬ、と言うことだな。」

 

「なんとか出来ない?」

 

「う~ん。努力はしてみるよ。」といい、千束と別れる。

 

___________

 

 

DA内を散歩していると、やっぱりさっきの井ノ上さんのありもしない噂が聞こえる。これ以上は噂が一人歩きすればさらにありもしない噂が産まれてしまう。そうなれば井ノ上さんがここに復帰しても肩身が狭くなってしまうだろう。

そんな時に、棟内放送が流れたため指令室へ向かう。

 

部屋の扉の前に立ちノックをする。

 

「入れ。」と了承が得られたため、扉を開き大嫌いなこの人に軽く挨拶をする。

 

「ど~も。お久しぶりです、楠木さん。呼び出されてしまったので来ましたよ。ライセンスの件でって何ですか?」

 

「ご苦労だったな、大神。早速だが、先日貴様が提出したライセンス更新の書類に不備があってな。それを修正してもらう。」

 

俺はリコリスではないので今回の千束のように健康診断や体力測定、その他諸々の検査などは受ける必要はないが、DAでライセンスは取らせて貰っているため定期的に書類上でのライセンスの更新の手続きが必要なのだ。

 

「それだったら、郵送なりで、支部のほうに送って貰えれば良かったじゃないですか?」

 

「そうか、それは思い付かなかった。次回からはそうしよう。」

 

この人、絶対にわざとだ。確信犯だ。

これは、単純に俺への嫌がらせだ。

まぁ、いい。今日は俺からこの人に用があってここに来たのだ。

 

俺は、手早く書類を修正してから提出する。

楠木はそれに目を通してからその書類を机の端のほうへ放る。

「では、これでこちらの要件は終了だ。もう帰って良いぞ。」

 

そういいながら、楠木はペンをもち何らかの作業を始める。

いつもだったら、喜んで帰っていただろうが今日はそうゆうわけにもいかない。

 

「ちょっと待ってくださいよ。少しお願いを聞いて貰ってもいいですか?」

 

「お願いだと?」

 

楠木はこちらを見ずに作業を続けるが俺は、構わずにその場から一歩後ろへ下がり両膝と両手を床につけ、頭を下げる。

所謂、土下座だ。

 

楠木は俺が自分に頭を下げている事実に多少なりとも驚いているようだ。ペンが止まっている。

 

「何をしている?」

 

「貴方にお願いをしています。」

 

「どうゆうことだ。」

 

「今現在、DA内部に流れている井ノ上さんの噂を貴方に否定してほしい。貴方が否定してくれれば、リコリス達もそれ以上何も言わなくなる。」

 

「必要性を感じないな。」

 

楠木は再びペンを走らせる。

 

やはり、この人は井ノ上さんをDAに戻す気がない。今の発言で確定した。ならば、こちらも手札を切ろう。

俺は頭を下げたまま言葉を続ける。

 

「ウォールナット。」

 

再びペンが止まる。

 

「知っていますか?ネット黎明期からいる凄腕ハッカー。」

 

今、そいつはウチでゴロゴロしているが、楠木には想像も付かないであろう。

 

「それがどうした?」

 

「いえ、そんな凄腕ハッカーならDA最強のAIであるラジアータもハッキング出来るんじゃないかと思いましてね。」

 

楠木は何も言わない。

 

「以前、うちのボスから例の銃取引の報告書を見せて貰いました。そこにはセカンドのリコリスが人質になったにも関わらず、人質になってから井ノ上さんが機銃掃射をするまでの記録がありませんでした。何があったんですか?」

「もし、この「何か」がラジアータをハッキングされ、通信障害を起こしていたら、」

 

俺は言葉を続けようとするが楠木に阻まれてしまう。

 

「たきなの左遷は理不尽だと、そう言いたいのか?」

 

俺が黙っていると「話しにならんな。」と言ってから再びペンを取る。

 

「今のは、全て貴様の妄想だ。証拠も何もない。」

 

「確かに今、俺が言ったことは俺の妄想です。証拠も証言も証人もいない。でも、綺麗に話しが繋がっていると思いませんか。」

「ラジアータがハッキングされ通信障害が起きる。それを、あなたは上層部に隠すために現場で起きた井ノ上さんのスタンドプレーに全ての責任を負わせ本部で何かしらの行動を起こす前に支部へ左遷させる。」

 

「ふっ、確かに綺麗に繋がっているな。探偵にでも転職したらどうだ?」

 

「勘違いしないでください。俺は井ノ上さんの左遷についてとやかく言うつもりはありません。貴方の立場は分かっているつもりですし、こちらに労働力を渡してくれて感謝してるぐらいです。」

 

「だったら、別に構わないだろう。」

 

「だから、最初にお願いをしているんです。身内がここに復帰したがっている。でも、ここにはありもしない噂が流れてしまっている。貴方は井ノ上さんをここに戻すつもりがないのでしょう。だったらせめてありもしない噂ぐらい消してやりたい。」

「それがダメなら、せめて今日これから井ノ上さんに会ってやっては貰えませんか?お願いします。」

 

これでもダメなら了承が得られるまでここに居座ってやる。

 

「私はそれほど暇ではない。」

 

やはりダメか。

 

「だが、このまま貴様にここに居座られても目障りだ。たきなに会いに行くとしよう。だが、会うと言っても私が意見を変えることはない。」

 

「はい、有難うございます。それで構いません。後は、彼女の問題ですので。今、井ノ上さんは訓練所に居るみたいですから行きましょう。」

 

俺はそう言って立ち上がり、楠木とともに訓練所に向かう。

 

 

___________

 

 

訓練所に近づくと、千束の声が聞こえてくる。

中に入ると千束と井ノ上さんの他にファーストとセカンドのリコリスが一人ずついて千束と何か言い争っていた。

 

「井ノ上さん、司令官殿を連れてきたよ。」と声をかけると、全員の視線がこちらに集まる。

 

セカンドのリコリスが俺に対して「誰?」と言ったが隣にいたファーストのリコリスは俺のことを知っていたのか「こいつは、はぐれだ。」と説明してくれる。

 

「へぇ、コレが。私達の協力者ですか?」

 

俺は「よろしく。」と握手をしようと手を差し出すが、パンっと手を弾かれてしまった。

ちょっと痛い。

 

「はっ!よろしくするわけねぇだろ!!雑魚が!」

 

セカンドのリコリスがそう言うと千束の雰囲気がガラリと変わる。まずい、マジギレ5秒前だ。

 

「おい、小僧。」

 

「千束、止めろ。」

 

「なんで?!あんなこと言われて悔しくないの?」

 

「別に。彼女の言っていることは本当のことだからね。俺、弱いもん。」

 

「いや、ハチは!!」

 

千束は何か言いかけるが、おれは千束の頭に手を置く。

 

「ありがとな。お前が、俺のために怒ってくれるだけで救われてるから。」

 

俺がそう伝えると千束はそれ以上は何も言わない。

 

井ノ上さんは俺たちの横を通り抜けて楠木の前に立つ。

 

「司令!わたしは銃取引の新情報となる写真を獲得し提出しました。この成果ではまだ、DAに復帰出来ませんか?」

 

「復帰?」

 

「成果を挙げればわたしはDAにもどr」

 

「そんなことを言った覚えはない。」

 

「そんな・・・。」

 

そんな時、空気が読めないのかセカンドのリコリスが煽ってくる。

 

「諦めろって言われてるの。まだ、わかんないんスかぁ。」

 

千束が、食いつくが「流石、電波棟のヒーロー様。噂通り、迫力がありますねぇ。」と、千束に対しても煽りをいれる。

ちょっとイラついてきた。

 

ファーストのリコリスはこれから訓練なのかセカンドのリコリスに話しかける。

 

井ノ上さんがファーストのリコリスの腕をつかむが、振り払われる。彼女が井ノ上さんの元相棒なのだろうか?どこかで見たことあるような気がするが?

 

「あのときぶん殴られたので理解されなかったのか。だったら言葉にしてやる。」

「お前は、もうDAには必要ないんだよ。」

 

「やめろ!フキ!!」

 

「まだ理解できないかぁ、なら、今から模擬戦でぶちのめして分からせてやるよ。」

 

「おぉおぉおぁ、いぃじゃ~ん!たきなぁ!やろう!やろう!!」

 

セカンドのリコリスは「あれぇ、ビビってんスかぁ?」と井ノ上さんを煽るが、彼女は走って何処かに行ってしまう。

 

「千束、井ノ上さんを。」

 

「うん。」

 

千束は井ノ上さんを追いかける。

千束が去るのを見て楠木が話しかけてくる。

 

「これで良いだろう?」

 

「どうも。欲を言えばもっと言葉を選んでほしかったですけど。」

 

俺は2人の後を追うために扉のほうに進むと背中からセカンドのリコリスの声が上がる。

 

「味方を殺したときの気持ち、あんたから聞いておいて貰えないっスか~?あはははは!!」

 

その瞬間、俺の中の何かがぶちギレる音がした。

 

「俺は、俺のことをどう馬鹿にされようが雑魚と罵られようがそれは事実だから特に何も感じないが、」

 

俺は振り返り、ふざけたことを言うセカンドのリコリスの前に立つ。

 

「身内のことを馬鹿にされてヘラヘラしてるほど人間出来てない訳じゃないんだよ。」

 

「へぇ、ヤる気っスか?」

 

「やらねぇよ。」

 

「?」

 

「俺がやっちまったら井ノ上さんがやれなくなっちまうだろうが。」

 

俺は再び振り返り、扉のあるほうに向かって歩き出す。

 

「あはは!結局、あんたも逃げるんじゃないッスか!!カッコ悪ぅ!」

 

「首洗って待っとけ。」

 

 

_____________

 

俺は2人を探すため歩いていると噴水広場の方が騒がしいことに気付く。リコリス達が何やら見ているようだ。

気になってみてみると千束が井ノ上さんを抱えて「嬉しい、嬉しい!」と言いながらくるくる回っていた。

俺は、それを見守る。

 

「私はいつも、やりたいこと最・優・先~!まぁ、それで失敗してハチに叱られることも多いんだけどぉ。今は!たきなにひどいこと言ったあいつらをぶぅちのめしたいのでぇ、ちょっと行ってきますよ。」

 

千束は模擬戦に向かう途中俺に気付く。

俺は千束に時間をかけるように指示を出し千束もそれにうなずく。

 

井ノ上さんが動き出す気配はなくベンチに座ったまま。

 

「井ノ上さん。」と声をかけると井ノ上さんは、顔を挙げる。

 

井ノ上さんは俺に気付くと再び顔を伏せてしまう。

 

「すいません。指令を連れてきていただいたのにお礼も言えてなくて。」

 

「いや、別に良いよ。そんな大したことでもないし。それより、大丈夫?」

 

「大丈夫です。」

 

「大丈夫そうに見えないから聞いてるんだけど?」

 

彼女は少し間を空けて「大神さん。」と言った。

 

「わたしは何がしたかったんでしょうか?」

 

「何がとは?」

 

「数ヵ月前の銃取引の件も、ストーカー被害の件もわたしは合理的に行動しました。それが一番正しいと信じて、自分の意思で行動しました。その結果が、コレです。わたしは、どこで間違えてしまったんでしょうか?」

 

俺は思っていることを口にする。

 

「君は、・・・本当に合理的に行動したのかな?」

 

「どういう・・・ことですか?」

 

「君は銃取引の時、仲間を救いたかった。ストーカー被害の時は犯人を早く捕まえて、沙保里さんを安心させてあげたかったんじゃないかな?」

 

「そうでしょうか?そこまでは考えてなかったかもしれません。」

 

「仮にそうじゃなくても、君は君の意思で行動を起こした。それは、誇らしいことだと俺は思う。」

 

「命令違反しても、ですか?」

 

「もちろん。指示されて行動するなんて小学生でも出来る。重要なのは自分でどう考えてどう行動するかだと俺は思う。」

 

「それが、間違ってても?」

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・真実はなく、許されぬことなどない。」

 

「?」

 

「これ、俺の・・・知人?達の言葉なんだけどさ。」

 

俺は、ベンチに座っている井ノ上さんに目線を合わせるため井ノ上さんの目の前にしゃがみ込む。

 

「まぁ、その人たちが生きていた国も、時代も違うから似たような解釈がいっぱいあるんだ。弱者が強者から自由を取り戻すための教義とか色々ね。」

「でも、俺はこう思うんだよ。真実なんてないからなにものにも縛られずに考えて、行動してその結果が、自分にとってマイナスなことになっても、それを自分の糧に、時には戒めとして背負い、進んで行かなければならないって。」

 

井ノ上さんは今、色々と考えているんだろう。

 

「人生は、選択肢の連続だ。でも、数ある選択肢の中には正しい選択肢は存在しない。」

 

「全部、間違ってるんですか?」つらそうな顔で俺の顔を見ながら聞き返してくる。だが、俺はそれを否定する。

 

「違う。自分の意志で選んだあとに自身の力で正しいものに変えていくんだ。」

 

「それでも、間違えてしまったら?」

 

「安心して間違えればいい。」

 

「!」

 

「今の君はひとりじゃない。千束、ボス、ミズキさん、クルミ。頼りないかもしれないけど俺だっている。もし、君が道を間違えたり間違えそうになったりしたときは一緒に悩もう。一緒に考えよう。一緒に解決しよう。」

 

「仲間なんだから!」

 

彼女の目に光が戻ったような気がした。

彼女の中で何かが吹っ切れたみたいだ。

俺は立ち上がり、言葉を続ける。

 

「さて、もちろん今の井ノ上さんにも幾つか選択肢がある。」

「今、君の相棒が君のために君の悪口を言った相手と模擬戦をしているが、・・・君はどうする?何を選択する?」

 

井ノ上は立ち上がる。

 

「ありがとうございます。大神さん!わたし、ちょっと行ってきます!」

 

どこに行くのかと聞くのは野暮ってものだろう。

 

「あぁ、気をつけて行ってらっしゃい。」

 

俺はそんな彼女を見送り、模擬戦の結果を見届けるためキルハウスブースの様子を見に行く。

 

 

模擬戦は既に始まっていて、千束が相手のセカンドリコリスを死亡判定にしたところだった。

井ノ上さんはファーストリコリスの背後から走り寄り渾身の右ストレートをお見舞いする。

落ちていた銃を拾い、千束を挟み撃ちにするような状況になるが千束は相手を見ず、井ノ上さんの射撃に集中し、それを避ける。千束がブラインドになっていたため相手は避けられない。

井ノ上さんの放ったペイント弾は相手の頭部に当たり、その後も確実に急所を撃ち抜く。

 

「ナイスショット。」パチパチと拍手を送る。

 

 

_____________

 

「これが千束ですか?動きは初めて見ます。どういう魔術ですか?」

 

「卓越した洞察力で、相手の射撃と射撃タイミングを見抜く天才だ。」

 

モニターに映った先程の戦闘を見ながら説明する。

 

「この距離からでも、千束を撃つのは難しい。が、」

 

「それ以上の化け物も居るがな。」

 

モニターには、先程の戦闘を見て拍手をするフードを被って顔を隠した青年が映っていた。

 

 

______________

 

「お疲れ、千束。あれ?井ノ上さんは?」

 

「おつかれ〜!ねぇ、私の活躍見た?ねぇ!見た?」

 

「すまん、お前がセカンドを撃ち込んだところからしか見てない。」

 

「最後のほうじゃ〜ん。」と残念がってるがどちらにしろさっきMVPは井ノ上さんだろう。

 

「そうだ、迎えが来たらしいから井ノ上さん呼んできてくれない?」

 

「おっけ〜!」

「たっきな〜!帰りの車来たって〜。置いてっちゃうぞ〜。ふふっ、置いてかないけど〜。」

 

井ノ上さんはキルハウスにいるのだろうか、下のキルハウスから「今、行きます。」と声が上がる。

何やらあのファーストと何か話していたようだった。

 

_____________

 

帰りの電車の中、もう空は紅くなっていた。

 

千束は井ノ上さんに飴玉を差し出しながら話しかける。

 

「たきなさぁ、私を狙って撃っただろ。」

 

井ノ上さんは飴玉を受け取り、答える。

 

「きっと避けると思いましたから。」

「非常識な人ですよ。千束(・・)は。」

 

千束は敢えて何も言わないのだろう。

 

「でも、スカッとしたなぁ。」

 

「えぇ。」

 

井ノ上さんは微笑みながら言う。そこには朝にあった暗くてどことなく辛そうな感情は一切なかった。

それを見ると俺も自然と笑みが溢れる。それを見逃す千束ではなかった。

 

「なぁに、ハチも笑ったりして〜。あっ!もしかして私が居ない間になにか言ったな?たきなに何したんだよぉ〜。私というものがありながらぁ〜。」

 

「いや、何も言ってねぇよ。なぁ、井ノ上さん。」

 

「いえ、してくれましたよ。」

 

「え?」

 

「ほらぁ〜、たきなもこう言ってるぅ。何て言ったんだよ〜。教えろよぉ〜。」

 

千束のダル絡みが始まったと思ったらスマホの通知音がなる。

内容は、店のボドゲ大会が延長しているようなので間に合いそうなら連絡が欲しいとのことだった。

ボスや、クルミ、常連さんの画像も付いている。

千束も同じように画像付きで返信する。

そこには「三人で行くぜ」という返信と二人の美少女たちとまたしても無理やり画角に入れられたであろう青年の顔が映っていた。

 

 

__________________

 

 

リコリコに返信したあと、千束は不意に思い出したように言う。

 

「そういえばさぁ、もうそろそろやめない?」

 

「「何を(ですか)?」」

 

俺と井ノ上さんは千束に対して尋ねる。

 

「呼び方だよ!よ!び!か!た!」

 

「なんの?」

 

「ハチとたきなのだよ。もう数ヶ月も経ってるのにまだお互いの名字にさん付けだし。この際、名前で呼んじゃえば?ほら、たきな。ぷりーずこーるひむ!ハチ!」

 

「ハチ」は名前じゃねぇ。お前が付けたあだ名だろ。

 

「俺は別にいいけど、井ノ上さんは嫌じゃないか?」

 

「え?何でですか?」

 

「だって、井ノ上さん、俺のこと嫌いだろ?」

 

「?」

 

あれっ?

 

「え?あっいや、だって店の業務でなんか迷ってる風で俺が近くに居ても、態々ボスの方に聞きに行ってみたり前の、ウォールナットの件でも俺が車を運転するって言ったら一瞬暗くなっちゃってたし、その、沙保里さんの一件で色々キツイこと言ったから嫌われてるのかなって勝手に思ってたけど?」

 

「いえ、確かに沙保里さんの一件で、わたしの悪かったところを指摘してもらいましたが、それで大神さんからの信用は失ったなと思って、確かに距離は空けてましたけど別に嫌ってはいませんよ。業務の件は指摘された翌日で話しかけづらかっただけですし、車の件は「あぁ、やっぱり信用されてないんだなぁ」って思ってただけです。」 

 

「イヤイヤイヤ!井ノ上さんのことは信用も信頼もしてるよ。」

「え?ということは?」

 

「完全に、ハチの早とちりだったわけだね。」

 

色々と気を遣ってた俺がバカみたいだ。

俺は電車の席に座りながら頭を垂れる。

 

「残念でしたね。」と冗談混じりに言う少し成長した彼女に彼女の名前を言いながら答える。

 

「強かになったね。たきな(・・・)。」

 

「お陰さまで、ハチさん(・・・・)。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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