シンさんに無理やりアニムスに接続され続け、数ヵ月が経ちまともに食事が取れなくなってきた。精神的に厳しく食事が喉を通らないこともあるが、また、以前のように食事の中に睡眠薬を混ぜ込まれるのが怖かったからだ。
僕が食事を取らなくなると、栄養補給のため腕に点滴をつなげられた。点滴の中にも睡眠剤を混ぜられたこともある。
最近になると幻覚を観ることが多くなってきた。
半透明の
布団をかぶり耳を両手で塞ぐがその声が聞こえなくなることはなかった。
悪いときはアニムスから目覚めると自分が何者か分からなくなるときがある。たぶん、
「僕は・・・誰?名前は・・・。」
「そうだ、そんなことより速くあいつを殺さないと。・・・自由のために。」
「あれ?あいつって?一体誰を殺せばいいんだ?」
「そもそも、
「・・・・いや違う!!!僕は
「・・・・シンさんからこんな良い名前を貰ったじゃないか・・・。」
気持ち悪かった。自分が自分でなくなるような感覚が。一人で抱え込む苦しさが。
誰にも打ち明けられない恐怖がいつも自分の中にあった。
孤独だ。
「もう・・・・もう嫌だよ。誰か・・、誰か助けて。」
「・・・院長先生・・・、皆・・・。」
「・・・シンさん。」
僕は泣きながらおひさま園の皆と優しかったシンさんに助けを求めるが、僕の声が届くことはなかった。
_______
私は本日も史八の部屋を訪れる。数ヵ月前は彼も協力的でこんな苦労をすることもなかったが、今ではアニムスの研究所まで移動するのにも一苦労する。
私は彼の部屋の扉を数回ノックするが返事はない。以前は私が扉をノックすると1秒以内に待ってましたといわんばかりの大きな声で私を歓迎してくれていた。
だが現在は返事もなく扉が開かれることはない。私は当時を少し懐かしみながらマスターキーで彼の部屋の扉を開ける。
部屋に入ると史八はベッド上で布団を被り蹲っていた。そんな彼に出来るだけ刺激しないように声をかける。
「史八、時間だよ。そろそろ起きなさい。」
動きはなかったため言葉を続けた。
「お願いだから言うことを聞いてくれ。速くアニムスに、」
「アニムスは嫌だ!!!」
目が真っ赤だ。先程まで泣いていたのか?
彼は被っていた布団から突然飛び出し、そう私に訴えてくる。
もう少しで私の目標が達成できるというのに、彼はそれを拒否する。いや、彼自身そのつもりはないのだろうが、彼の態度に私は憤りを覚えた。
「っ!何度言えば分かる!!もう少しで君は完成するんだ。」
「完成ってなに?!僕は人体実験のモルモットなんかじゃない!」
「そうだ!電波塔に行こうよ!前に約束したじゃない!」
「そんなことをしている暇はない!いいから来なさい!!!」
私は以前と同じように彼の腕をつかみ無理やりアニムスへと連行する。彼も抵抗するが、所詮は子供の力だ。アニムスへと連れていくことは造作もない。
彼を数人の研究スタッフと協力し、アニムスに接続する。
「止めてよ!シンさん!!止めて!!あの頃の優しかったシンさんに戻ってよ!!!」
「何を言っている?!私は変わってなどいない!私はもとからこういう人間だ!!」
「速く、アニムスを作動させろ!」
「止めて!!アニムス・・だけ・は、ほん・と・に、」
私の合図で研究スタッフがアニムスを作動させ、史八は眠りについた。
これで彼は更に
私の胸は高鳴っていた。
_______
「う、・・・あ。」
目が覚めた。気分が悪い。体が動かない。ここはどこだ?ストレッチャーで運ばれているのか?
いつもなら部屋で目が覚めるが今日は珍しく速く目が覚めたようだ。
白衣を着た研究員2名が僕をストレッチャーで部屋まで運んでいる。
研究員たちは僕の意識があることに気付いておらず会話をしていた。目が覚めたばかりで意識が朦朧としていたが彼らは信じられない言葉を口にした。
「そういえば、聞いたか?あの話し。」
「あの話しって?」
「この子の前の被験者7人の話しだよ。」
「前の被験者がどうしたんだ?」
「つい最近、最後の7人目の被験者が死んだんだってさ。」
「へぇ~、まぁ、この子以外全員気が狂って自殺したり、実験に耐えられずショック死したりしてたからなぁ~。これで、7人の全員死んだか。」
最悪の想像をしてしまった。
おひさま園では一緒に暮らしていた子ども達みんなの顔が浮かんだ。
僕より前の被験者7人が死んだ?
僕より前におひさま園を出ていった子ども達も7人。
いや、違う!絶対に違う!皆、それぞれ新しい家族に引き取られたんだ!皆きっとまだ生きてる!
それに皆と別れるときに約束したじゃないか!また、会おうって。
大丈夫。・・・・大丈夫。
そうして、アニムスの疲労から部屋に着くまでに意識を失ってしまった。
_______
部屋で目覚めたときは既に日付が変わろうとしているような時間帯であった。
あの研究員たちの会話の内容が気になり、それを確かめるために僕は初めてここから脱走することを決めた。
僕は、
シンさんとの外出以外まともに外出したことがなかったため裸足で走った。夜中に小さい子どもが裸足で走っていると通報される恐れがあったため、出来るだけ人目は避けて目的地へと向かう。目的地はおひさま園。あそこには院長先生がいるから院長先生に聞けば皆が元気に暮らしているかどうかが分かる。
院長先生はなんでこんな時間に一人で来たのかと最初は怒るだろうがきっと最後は許してくれる。あの暖かい体で優しく抱き締めてくれる。
そんな希望を持ちながら、道を思い出しながらおひさま園に向かった。
「はぁ、はぁ。」
息を切らしながら山道を上っていく。
ようやく、開けた場所に着いた。おひさま園だ。だが、おかしい。明かりが点いていない。
「そりゃそうか。こんな時間だから院長先生も寝てるか。」
もうすぐ院長先生に会えると思うと胸が高鳴った。
僕はおひさま園の入り口に向かって歩きだすと足元に違和感を覚えた。さっきまでは暗くて分からなかったが、庭に雑草が生い茂っていた。
「雑草?なんでこんなに。はは~ん、院長先生さては最近サボってたんだな。まぁ、しょうがないか。院長先生もいい歳だし。明日朝イチできれいにしてあげよう。」
そういいながら、玄関を開けるとなんだか嫌な臭いがした。嗅いだことのある臭いだがどこで嗅いだ分からない。
僕は臭いをあまり気にせずに玄関の電気を点けようとボタンを押すが電気が点かなかった。
おかしい。電球が切れてしまっているのか?
「院長先生~!」
呼び掛けるが返事はない。
「院長先生~!僕だよ~!帰ってきたよ~!」
続けて呼び掛けるが返事が帰ってくることはなかったので、ここまで歩いて汚くなってしまった足で罪悪感を覚えながら廊下を歩く。
「院長先生~!どこ~!」
おかしい。こんなに呼んでいるのな返事がない。どこかへ出掛けているのか?それになんだか部屋全体が埃っぽい。僕がここから出ていくまであんなに綺麗だったのに。まるで、僕が出ていってから一回も掃除したことがないような感じだ。
嫌な感じがする。
僕は不安を振り払うように頭をブンブンと横に振る。
「大丈夫、きっと大丈夫だから。僕の勘違いだよ。絶対そうだ。」
ある部屋のドアを開ける。
ここは院長先生が僕たちに勉強を教えてくれていた部屋だ。
8人分の机と椅子があり、院長先生用の一回り大きな机がある。
僕の机の上に見慣れない封筒があった。
宛名は僕だった。
僕はゆっくりと封筒を開けると一枚の手紙が入っていた。
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この手紙を読んでいるのがおひさま園から最後に出ていったあの子であることを願って私はこの手紙を残します。
あなたを含め、この孤児院にいた子どもたちはとても良い子で私のことをとても慕っていてくれました。ですが、私はあなたたちから慕われるような人間では決してありません。
私は若い頃に交通事故にあい子どもが作れない体となってしまいました。そのせいで当時、婚約していた相手からも捨てられ、ずっと一人で生きていました。ある日突然、あなたの引き取り手である吉松氏に孤児院で子どもの世話をしてほしい、という依頼がありました。給料も破格であり、怪しいと思っていましたが当時、金銭的な問題を抱えていた私は二つ返事で了承してしまいました。しかし、子どもを作れない体となった私にとって子どもという存在にに未練があったのも事実です。
貴方たちはとても元気で素直な私の自慢の子どもたちです。時には些細なことで喧嘩したりもしていましたが、すぐに仲良くなっていたことをよく覚えています。
貴方たちとの生活はとても楽しく、私にとっての光であり宝物です。でも私はそんな貴方たちを救うことが出来なかった。
吉松氏は貴方たちを使ってある実験をしています。どんな実験かは私には分かりませんが貴方たちにとって良くないことであるのは明らかです。
私がこの事実に気付いたのは4人目の子が引き取られた後でした。私はこの事実を知ってからどうにかして貴方たちを守ろうとしましたが、結局私には、覚悟も力もありませんでした。私に力がなかったために救えなかった命があると思うだけで心が張り裂ける思いがします。私は心も弱かったようです。
貴方はとても心の優しい人です。貴方は他人を幸せに出来ることがきっと出来ます。私もそんな貴方に救われました。ですが、気を付けてください。貴方は他人の幸せを優先するあまり自分のことを二の次にしてしまうきらいがあります。自分のことも大切にしてください。そして、貴方も私と同じように貴方自身の光を見つけ、大事にしてください。
貴方は私との別れの際、言ってくれましたね。「また遊びに来るから、さよならは言わない。またね。」って。ここまで折角来て貰ったのに本当にごめんなさい。
貴方のこれからの人生に幸せがたくさん訪れることを心から願っています。
さようなら。
_____
手紙を読み終わったとき、部屋の窓から月明かりが差し、部屋の中を明るくする。
あることに気付いた。
人影が2つある。1つは僕の影だ。
もう1つは・・・・。
僕は床にある影から目線を外し、天井を見上げる。
僕が見た光景はアニムスの影響で疲弊しきっていた僕の心を壊すのには充分すぎるものだった。
「あ・・・、あぁ・、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
そこには床から足が離れ、紐で首を吊っていた院長先生がいた。
院長先生の変わり果てた姿を見たときに思い出した。
そうだ、この臭いは記憶のなかで何回も嗅いだことのある臭いだ。
死臭。
・・・・人の・・・死んだ臭いだ。
僕は急いで先生の机の上に置いてあったハサミで紐を切り、院長先生が床にドサリと落ちた。
「先生!!!院長先生!!!!」
先生を揺するが当然反応はなかった。とっくに院長先生の体は固くなり、あの暖かい体温も感じられなかった。
もう一度あの暖かい腕で抱き締められたかった。もう一度あの優しい声を聞きたかった。
それだけなのに、なんで。なんで!?
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!!!」
どうすることも出来なかった。
僕は上を向きながら今までに出したこともないような大声で叫んだ。
これ以上は・・・・・・・耐えられない。
院長先生も皆も・・・もうどこにもいない。死んでしまった。
優しかったシンさんも変わってしまった。
こんなに苦しいなら、こんなに悲しいならもう思い出したくない。・・・・・・・忘れてしまおう。
・・・・この記憶に蓋をしよう。
もうこれ以上、傷付かないように。
そうして、僕の意識はなくなった。
_________
私は再び史八の部屋を訪れようとしていた。
最近の私の行動を省みても、もうすぐ才能を創り出せると、少々焦っていたのかもしれない。
時間はまだたっぷりとあるんだ。焦る必要はない。
明日のアニムスは中止にして気分転換がてら、彼の要望通り電波塔にでも彼と一緒に行こう。
私はそう思い彼の部屋の扉をノックするが返事はない。
「史八、入るよ。」
そういいながら、彼の部屋に入るが電気が点いていなかった。
電気を点けるがいつもベッド上にいる彼の姿がなかった。
トイレか?
そう思い、トイレのドアをノックしたが反応がなかったためにドアを開くが彼の存在は確認できなかった。
部屋の中にいるはずの史八がいない。
嫌な予感がした。
私はすぐにビル内の警備員に命令し、監視カメラの映像を確認させた。
「3時間前からの映像を確認しましたがビルの中から子どもが出ていくのは確認できませんでした。」
「そんな筈はない!!もっとよく探せs、」
そう言いかけて私は気づいた。
馬鹿か、私は!。
彼は
くそっ!!
「あの・・・、どうしましょうか?」
警備スタッフが私に指示を仰いでくる。
「もういい。」
そう言って、私は部屋から出て部下に連絡し車を出させた。
彼はまともに外出したことはない。地理は疎いはず。そんな遠くへは行けないだろう。金銭も持たせていないからバスや電車といった移動手段もないはず。
私は彼の行きそうな水族館や電波塔に車を向かわせたが、彼を見つけることは出来なかった。
「どこに行ったんだ、史八。」
「次はどこに向かいましょう?」
車を運転する部下が私にそう尋ねてくるが、史八の行きそうな場所はもうない。
・・・・・・いや、1つだけあった。
きっと、彼はあそこにいる。
私は車を以前に運営していた孤児院へと向かわせる。
_______
孤児院に着くと、月明かりで孤児院全体が照らされていた。
小綺麗だった孤児院は見るも無惨な姿へと変わっていた。
庭は多くの雑草が生えていて、孤児院も全く手入れがされていないことが一目でわかった。
玄関のドアは既に開いていて、中に入ると酷い臭いがした。
私はハンカチを口元にあてて史八を探すため、靴のまま孤児院に入る。
「史八!どこにいる?!いるなら返事をしなさい!」
私がそう呼び掛けるが返事はない。
私が靴のまま廊下を歩くとほとんどの部屋の扉は閉まっていたが1つだけ開いている部屋を見つけた。
私がその開いている部屋を覗き込むと彼が横になっているのを見つける。
「史八!!!」
私が慌てて彼の元に走り寄ったとき彼は穏やかな寝息をたてていた。外傷も見られない。呼吸も安定している。
安堵した私が次に発見したのは彼の側にある死体だった。
臭いのもとはこいつか。
誰だ、ここを任せた院長か?
おそらく、自責の念で自ら命を絶ったのだろう。情に脆い女だ。
まぁいい、史八を育ててくれたことには感謝している。後に、丁重に弔ってやるか。
私は史八を抱えて車に戻る。
戻る途中に、院内が暗くて確認できなかったが彼の黒髪が月明かりに照らされて美しい銀髪に変わっていることに気づいた。
______
車内で何度も史八を呼び掛けたが彼が目を覚ますことはなかった。
私は早急に戻り、史八に精密検査を行った。
検査自体に特に問題は見られなかった。何故、髪色が急に変わったのかも不明だが、医療スタッフが言うには直に目を覚ますと言うことだったため、彼が起きてから話しを聞けばいい。
彼の目が覚めたらあまり今回の件は強く言わないであげよう。
そして明日、彼と一緒に電波塔へ行こう。
そう思い、私は疲れた体を休めるために目を閉じた。
_______
翌日、史八の目が覚めていることを願い彼の部屋の扉をノックする。
「はい。」
珍しく返事が帰ってきた。いつぶりだろうか?
しかし、扉が開けられなかったため、私はゆっくりと扉を開けた。
扉を開けると、ベッドの端に座っている彼が確認できる。
目を覚ましていることに嬉しくなったが出来るだけ、彼を刺激しないように優しく声をかける。
「おはよう、史八。目が覚めてくれてとても嬉しいよ。それにしても、なんで黙ってここから出ていってしまったんだい?急に居なくなるからびっくりしたよ。」
「あの、」
「ん?どうしたんだい?もしかして体調が優れないのかな?」
史八は戸惑っている表情で私に尋ねてきた。
「貴方は・・・、誰ですか?」
「は?」
「なんで・・・、
史八が何を言っているのか私には理解できなかった。
ただ、これだけはわかった。
彼の表情や声色から冗談で言っている様ではないことに・・・。
追記
オリ主君達がいた孤児院は吉松氏が建設し運営をしていました。
もし、オリ主君が他の7人と同様にダメだった場合、孤児院へ追加の孤児を入れるつもりでしたが、オリ主君が吉松氏の期待に応えてしまったため、吉松氏にこれ以上孤児院を運営する必要はないなくなり、孤児院はまるごと捨てられました。
孤児院も山の中にあるため人目につくこともありません。