人は人を幸せにするために生まれる……か。
最初は綺麗事だと思った。
しかし、彼女なら本当にたくさんの人を幸せにするのだろう。
なんとなくそんな気がする。
一緒にやると言ってみたが、俺は彼女とは違う。俺なんかにたくさんの人を幸せに出来るはずがない。
自分一人、幸せに出来ていないのだから。
彼女はこれからたくさんの人を幸せにする。
なら俺は?
…そうだ。
一人、たった一人でいいから幸せにしてみせよう。
彼女のことを。
でも、何者でもない俺にそんなことが出来るのだろうか?
何者でもないなら、何者にでもなれる。
目的を達成するためには力が要る。
俺は何を持っている?
俺自身に力なんてない。所詮、俺はちっぽけな人間だ。
でも、俺には
なんだ………あるじゃないか。
俺は誰だ?
俺は自由のために闘う者。
俺は誰だ?
俺は…………。
俺は、
闇に生き光に奉仕する者………。
______
目が覚める。
いつの間にか寝てしまっていたようだ。
そんなときに呑気な声が横から聞こえてきた。
「あっ、起きた。」
「あ、あぁ。」
「どう?まだ、気分は悪い?」
「いや、久々によく眠れた。」
俺は額に手を当てながら答える。
流入現象でずっと寝不足であったが、久しぶりによく眠れた気がした。
「……どのくらい寝てたんだ?」
「ん~、一時間くらいかな?」
「そうか、お前は訓練とかは大丈夫なのか?」
「今日はお休みだから大丈夫だよ。」
そうかと答えてから彼女の顔を見る。
彼女はそれに気付いたのか俺には尋ねてきた。
「…なぁに?じっと見て。私の顔に何か付いてる?」
「……すまなかった。」
「え?」
「死ねることが羨ましいとか言って。」
「ううん。私も頬っぺた叩いちゃってごめんね。痛かったでしょ?」
俺は右手で自分の叩かれた左頬に触れる。
「いや、おかげで目が覚めたみたいだ。」
「そう?ならよかった。もうあんなこと言っちゃダメだよ。」
「わかった。………なぁ、」
俺は彼女にそう呼び掛けると彼女は頬を膨らませ膨れっ面になった。
「前々から思ってたけど、その呼び方止めない?」
「?」
「「おい。」とか「なぁ、」とか「お前、」とか。名前で読んで欲しいんだけど。」
彼女は声を少し低くし俺の真似をしながら言ってきた。
「もしかして、私の名前忘れちゃった?」
「錦木 千束。」
「覚えてるじゃん!」
「じゃあ、錦木。」
「千束でいいって言わなかったっけ?」
彼女は笑顔で俺に詰め寄ってきた。
何故だろう?笑顔なのに笑っていない気がする。
「じゃあ、わかった。これからは史八君のことをハチって呼ぶから。」
「ハチ?…なんで?」
「だって、史八の「八」って漢数字の8じゃん。だからハチ。」
「はい!けって~い!異論は認めませぇ~ん!」
彼女と知り合ってからまだ短いが彼女は意外と頑固なところがある。
何を言っても無駄か。
彼女は手を差し出してくる。
「それじゃ!改めましてぇ!私は錦木千束。千束でいいよ!」
「……はぁ、よろしくな。
そう言って俺は千束の手を握った。
「ふっふ~!よろしくね。ハチぃ。まぁでも、私はもうすぐ死んじゃうんだけどぉ。」
彼女は乾いた笑みを浮かべながら言うが、俺は思ったことを口にする。
「その事なんだけどさ。」
「ん?」
「多分…大丈夫だと思うぞ。」
「…なんで?」
「そんな気がするってだけさ。理由は分からないが俺の勘は当たるんだ。」
「ふ~ん、じゃ、期待せずに待ってようかな?」
「いや、そこは期待しろよ。」
その後は、千束の消灯時間まで色んな話しをした。
その日、流入現象が起こることはなかった。
_______
ある日、私は先生から呼び出された。
呼び出された理由は分からない。
怒られるようなことはしていない………してない…はず。…たぶん………………絶対。……………大丈夫だよね?
呼ばれた部屋に向かうと既に先生がいた。
「なぁに?先生。急に呼び出して。」
「来たか、千束。」
先生の側の机な上には見慣れないアタッシュケースがあった。
「大事な話しだ。こっちに来なさい。」
先生の指示通り、先生に近づくと先生はアタッシュケースを開ける。
そこにはよく分からないが小さな心臓のような形の機械が入っていた。
私は先生に尋ねる。
「先生、これは?」
「…お前の新しい心臓だ。」
「え?」
「今ある君の心臓を手術で取り出し、この心臓を代わりに入れる。そうすれば、激しく運動しても大丈夫だし、まだまだ生きることが出来る。」
私は驚愕した。
「…すごい。ハチの言った通りになった。」
「ハチ?誰のことだ?」
「あぁ、そっか。先生は知らなかったよね。史八君のこと。」
「…彼が何か言っていたのか?」
「うん。この前話したときにね、私の心臓のことを話したんだ。そしたらたぶん大丈夫だって。俺の勘は当たるんだって言ってた。」
「そ、そうか…。」
_______
彼はこの人工心臓のことは知らないはず。ただの偶然か?
それとも……。
彼は以前に嘘を見抜けるとも言っていた。
直感力に長けているのだろうか?
本人に聞いてみるのが早いと判断して食事を持っていく際に聞いてみた。
「直感力?」
「あぁ、以前には嘘を見抜けると言っていたし、今回の千束の心臓の件でも何故、千束の代わりの心臓があると分かったんだ?」
「代わりの心臓があることなんて分からなかったですよ。ただ、千束は大丈夫だろうなと思っただけです。ただの勘ですよ。」
「そうか。………なんと言うか…凄いな。」
「凄くなんてないですよ。例えば、足が悪くもないのに杖を使って歩いてる理由なんて分かりませんしね。」
「っ!!……………何故分かった?」
「杖を使っている割には重心の位置に違和感を覚えたので。あ!安心してください。理由は分かりませんが誰かに言ったりしませんから。」
「ふっ、君に隠し事は出来ないな。」
私はあることが気になっていた。それについて彼に尋ねる。
「そんなことよりも、史八君。」
「なんです?」
「少し………変わったか?」
「そうですか?」
「あぁ、前よりも顔色が良いし表情が柔らかくなった感じがする。食事量も増えているしな。」
前までは半分も食べられなかった。一口も手をつけていない時もあったが、最近は完食出来るようになってきている。
「自分では分からないですけど、まぁ最近、流入現象が少なくなっているからですかね。」
「なら、安心したよ。千束はまだ来ているのか?」
「えぇ、飽きもせず毎日来てますよ。俺と話して何が楽しいんだか…。」
「はははっ、懐かれたな。」
「歳の近い男が物珍しいだけでしょう。犬みたいなやつに犬みたいなあだ名もつけられてしまいましたし。」
「あぁ、たしか、「ハチ」だったか?」
「どんな教育を受ければあんなネーミングセンスになるんですか?それともリコリスはみんなネーミングセンスが悪いんですか?」
「さぁね。」
そんな風に話していると勢いよく部屋のドアが開かれる。
「こんちは~!千束がきましたぁ~!!!」
彼は目を細めて私を見てくる。
「ついでに他人の部屋のドアを開けるときにノックをすることも教えないんですか?それともリコリスはみんなドアをノックしないんですか?」
頭が痛くなってきた。
そして、彼の視線が痛かった。
「あれ?先生もいるじゃん!二人でなんの話しをしてたの~?」
「千束、ここは史八君の部屋だ。ノックぐらいしなさい。」
「えぇ~、私とハチの仲じゃん。ノックぐらいいいでしょ~。ねぇ、ハチ!」
「いや、出来ればノックはして欲しいと前から言ってなかったか?」
「あ、あれぇ?」
千束はこの場に自分の味方がいないと悟り、冷や汗を流す。
私はまだ、仕事が残っているため退出しようとする。
「はぁ、次からは気を付けるんだぞ。では、史八君。これで失礼させて貰うよ。」
「はい。ありがとうございました。ミカさん。」
「んん?」
私と史八君のやり取りに千束が声を出す。
「ねぇ、ふたりってまだ君付けとさん付けで呼びあってるの?」
「え?別に良くないか?ミカさんは年上なんだから。」
「いやいや、それでもだよ。ワトソン君。もう、知らない仲じゃないんだし、呼び方を変えてみても良いのではないかね?」
「誰がワトソンだ。」
千束が自分の顎に手を当ててふざけながら言った台詞に史八君がツッコミを入れる。
前までの彼なら出来なかった行動だ。
千束と接することで余裕が出来たのだろう。
私からも提案する。
「いいじゃないか?では、これからは史八と呼ぼう。」
「えぇ~、先生は普通に名前呼びぃ?先生も普通に「ハチ」って呼べばいいじゃ~ん。」
「悪いが普通に名前で呼ばせて貰うよ。それで?史八は私のことをなんと呼んでくれるんだ?」
「ミカさんじゃダメ?」
史八は千束に向けて言うが千束は両腕を使って×印を作る。
「ん~、千束と同じように「先生」?いや、ミカさんは先生じゃないしなぁ。じゃあ、似たような呼び方?「旦那」?「親方」?いやいや、そんなんじゃ………………………………、」
彼は色々と考えているようだった。
数秒後、何かに閃き両手をポンっと合わせた。
「じゃあ、ボスで。」
「……ボス?」
予想外の呼び方だった。
千束は大爆笑する。
「あははは!!!ボス!イイねそれ!!先生、なんか悪の親玉みたい!!!」
「いやまぁ、君がそれでいいなら構わないのだが……史八。」
「なんです?」
「君のネーミングセンスも大概だぞ。」
「そうですか?」
彼はニヤリと笑う。
どうやら千束に犬みたいな呼び名をつけられた鬱憤をここで晴らしたようだった。
確信犯か。強かになったな。
____
「訓練?」
ある時、ボスが訓練をしないかと言ってきた。
「そうだ。毎日こんなところでは気が滅入るし、体も鈍ってしまうだろう?流入現象も今は成りを潜めているようだし、体を動かしてみないか?」
「…ボス。」
「なんだ?」
「正直に言ってください。俺がどの程度やれるのか確かめたいのでしょう?」
「……はぁ、やはり君には嘘はつけないか。」
「バレバレでしたよ。」
「しかし、良いんですか?俺がここから出て。俺のことは
「大丈夫だ。訓練用の部屋を用意した。」
「いや、そこまでいくのにも一苦労じゃ、」
「用意したと言ってもここ旧リコリス棟内にあるもう使われていないものだ。誰も来ることはないさ。」
「では、行きましょうか。」
そう言ってから椅子から立ち上がったときにドアの外から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「ふっふっふ~、話しは聞かせて貰ったよ。」
次の瞬間、ドアが勢いよく開かれ千束がよく分からないポーズを決めながら入ってきた。
「神や仏が見逃そうとも、私は絶対見逃さない。」
「その面白い話し、私もいれて貰おう!」
テレビで戦隊ものの特番でも見たのだろうか?
「ボス、誰も来ないんじゃなかったんですか?」
俺の言葉にボスは頭を抱えてしまった。
____
千束とボスと3人で旧リコリス棟の訓練室に移動する。
真っ暗でなにも見えなかったがボスが電気を点けるとかなり広いことが分かる。
室内を想定したであろうキルハウスがあり、隅には小さいが射撃場なども確認できた。
「凄いですね、ここ。」
「私もこんなところがあるなんて初めて知ったよ。」
俺と千束はそれぞれの感想を言う。
「今のリコリス棟が出来てから使われなくなってしまったからな。設備は古いが自由に使うといい。」
俺はボスに尋ねる。
「それで?俺はここで何をすれば良いんですか?」
「先ずは、これだ。」
そう言ってボスは、持っていたケースから銃を取り出す。
「ハンドガン…ですか。」
「君の射撃の腕を見たい。銃の扱いは?」
「使ったことはあります。……けどこんなに便利なものは使ったことはありません。」
「どういうこと?」
千束が頭の上に?マークを浮かべながら聞いてくる。
「俺が扱ったことがあるのは装弾数が2発とかの銃だからな。6~8発も連射出来るものは使ったことがないんだ。」
「装弾数2発って、ショットガンじゃないんだから、そんなハンドガン使えるの?」
「あぁ、だから一度に4丁も持ち歩いてたときもある。」
「ヤバ。」
「正直、もう二度と持ち歩きたくない。重いのなんのって。という訳でこんな便利なハンドガンは使ったことがない。ボス、使い方を教えて下さい。」
「そうだな。まず、」
ボスにハンドガンの教えを乞おうとしたときに横やりが入る。
「はいは~い。私が教えてあげるよぉ~。先ずはねぇ、」
「千束。」
「大丈夫だよ、先生!私だってほぼ毎日使ってるんだから。」
「いやしかし、」
俺はボスに小声で話しかける。
「ボス。」
「こうなった千束は梃子でも動きませんから、一通り千束から教わります。また後で分からないことがあったら聞きに行きますので…。」
「…すまないな。」
「いえ…、もう慣れました。」
小声で話す俺たちに膨れっ面になった千束が話しかけてくる。
「なぁに?ふたりでヒソヒソと話して~。感じ悪いなぁ。そんなに私、信用ない?」
「いやいや、それじゃ、千束先生、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしますね。」
「っ!はいは~い!千束先生にお任せあれぇ~!」
千束先生という響きが気に入ったのか一気に千束の機嫌がよくなった。
……ちょろくない?
その後、千束にハンドガンの扱いを教えて貰った。
____
しばらくの間、史八の射撃を見ていた。
特別良くもないし、悪くもない。千束と射撃の腕はどっこいどっこいと言ったところだろう。
「よし、もういい。OKだ。少し休憩しよう。」
「次は何をするんですか?」
隅にあったベンチに腰を下ろし史八は尋ねてくる。
正直にいうと彼は射撃に関して光るものがなかった。
しかし、以前シンジに見せて貰った動画で暗殺に特化した動きを見た。
彼の真骨頂は体術であろう。
今は千束がいるし、丁度良い。
「そうだな、次は千束と模擬戦をしてみてくれ。」
「「え!」」
千束と史八の声がハモるが、ふたりの感情は真逆のものであった。
千束は目をキラキラさせて端から見ても楽しみという表情だが、対する史八は難しそうな顔をしていた。
「ボス、良いんですか?千束は心臓が。」
「大丈夫だよ、ハチ!少しくらいなら。ね!先生!」
「危ないと判断したら私が止めるから安心しろ。」
「……そうですか。」
彼は渋々と言った感じで了承した。
_____
今、私はハチと初めて模擬戦をしている。
お互いハンドガンを所持し、先にペイント弾を相手に当てた方が勝ちとルールだが…………おかしい。
私の弾が一発も当たらない。
ハチは視認できる位置にいるのに弾が当たらない。左右に激しく動いている訳ではない。真っ直ぐ私のもとに一直線で歩いてくる。
そんな彼に向かって発砲するが彼は首を傾けたり、腕を少し動かしたりなどの最小限の動きで避ける。
弾が見えているのか?
そんなことが人間に出来るものなのか?
先生は初めから知っていたのかとハチに発砲しながら先生の顔を確認すると驚いた表情をしていた。おそらく知らなかったのだろう。
私がマガジンを変えるタイミングでハチが私のもとに走ってくる。
急いで銃を構えるが彼の左手で銃を上から抑えられてしまい、銃口を額に当てられてしまった。
明らかな力の差であった。私の敗けだ。
「俺の勝ち………これで良いですよね、ボス。」
先生が私たちに近づきながら口を開く。
「凄まじいな。一体どんな魔法だ?」
「魔法?」
「銃弾を避けるなんて普通は出来ないぞ。」
「そうだよ!どうやってるの?」
先生と共に一体どんな魔法か尋ねるとハチは笑ってしまう。
「あはは、
「銃弾が見えてるの!?」
「いや?ハンドガンは秒速250~300m速度だって、さっき千束が言っただろ?そんな高速で動くものが肉眼で追えるわけがない。」
「え?じゃぁ、」
「俺が見てたのは銃弾なんかじゃない。お前だよ…千束。」
「「?」」
先生と一緒にハチに説明を求める。
「銃口の角度や相手の視線でどこを撃とうとしてるのかを判断して、指の掛かり具合や腕の筋肉の動きを見ていつ発砲してくるかを判断する。それだけ分かれば銃弾を避けることは可能だろ?」
「すっご~い!ねぇ、それ私にも出来るかな!?」
「出来るんじゃないか?俺でも出来るんだし。」
「分かった!じゃあ、これからは銃の扱い方を私が教えるからハチは私に
「それいいな。」
「やったぁぁぁ!」
こうして私たちは互いに教え合うことになった。
ハチは飲み込みが早くライフル系統やショットガンなどの銃の扱いをすぐに覚えて、私は2週間程かけて弾避けが出来るようになったが、ハチと模擬戦をしても私の撃った弾は避けられ、ハチの撃った弾は私にバシバシと当たる。
なんと、私が避ける方向を逆算して撃っているようだ。
………………解せぬ。
ハチが私に当ててくる場所は指先や足といった心臓から離れた位置だった。
やはり、彼は訓練中でも私のことを気に掛けてくれる優しい人だった。
本人にその事を伝えると、「そんなことはない。」と否定されるが、私は知っている。ハチはとても優しい人だと……。
ある日、また先生に呼び出された。
………どうやら私の心臓の手術の日が決まったみたいだ。
先生から詳しい日程を聞いて私のなかに小さな恐怖心が芽生え、それが日を重ねるごとに大きくなるのを実感していた。
_______
俺は部屋で休んでいる。
最近は流入現象が嘘のように落ち着いていた。毎日のように起こっていたが、最近は数えるほどしか起きていない。
起きたとしても、頭痛や軽い吐き気などでずいぶんと楽になった。
幻覚や幻聴は全くと言っていいほどなくなった。
流入現象が軽くなったのはおそらく、千束のおかげだ。
彼女が俺を救ってくれた。だから今度は俺が………、
そんなことを思っていると部屋のドアがノックされた。
返事をすると、千束がゆっくりと入室してくる。
様子がおかしいことは一目で分かった。
いつもならノックをせずに無駄に高いテンションで勝手に部屋に入って来るが、今の彼女は彼女に似合わない暗い表情をし俯いていた。
きっと何かあったのだろう。
だが、俺はあえてなにも聞かなかった。
「お茶でも飲むか?」
「……うん。」
俺はそう提案し、ボスが持ってきてくれたペットボトルのお茶を紙コップにいれて彼女へと手渡す。
「ほい。」
「…ありがと。」
彼女がお茶を一口のみ、無言の時間が流れる。千束は下を向いたままだ。
「………。」
「………。」
そんな無言の時間を破ったのは千束だった。
「…聞かないの?」
「…そりゃ、気にはなるけど。話したくなったら話せばいい。無理には聞かないよ。」
「え?」
「誰だって、話しづらいことや話したくないことだってあるだろ。でも、」
俺は千束の顔を見てハッキリと言う。
「千束がちゃんと話してくれれば、俺はちゃんと聞くから。」
千束が俺の顔を見てくる。
彼女の目には少しだけ涙が浮かんでいた。
「…あのね。」
「うん。」
「手術する日が決まったの。」
「手術ってお前の心臓のやつ…だよな。」
「そう、それで……。」
千束は再び俯いてしまった。
なるほど、そういうことか。
「手術するのが怖くなった…と。」
俺の言葉に千束は俯いたまま黙って頷いた。
「手術が必要なんだってことは理解してる。私だってまだまだ生きたいし、やりたいこともいっぱいある。でも、もし……もし失敗しちゃったらって考えると……怖くって。」
千束の目から大粒の涙が溢れる。
俺は千束が以前に俺にしてくれたように彼女を優しく抱き締める。
「千束。……大丈夫、きっと大丈夫だから。気休めにもならないと思うけど、手術はきっと成功する。俺にはそんな気がする。」
「で、でももし……、」
「もしもの話しなんてするだけ無駄だよ。キリがないからな。そんなことよりも手術が成功した後の事を考えよう。」
「…後の事?」
「あぁ、手術は成功してお前はまだまだ生きられる。寿命がもうすぐだからって諦めてたことはないのか?」
「諦めてたこと?」
「何かないのか?」
千束は少しだけ考えてから口を開いた。
「……
「いいじゃん、いいじゃん。他には?」
「…パフェ食べたい。」
「ふっ、千束らしいな。」
「まだあるよ。」
「なら、一つずつ片付けていけばいい。俺も協力するから。」
「うん!」
千束は涙を自分の袖で拭う。
「あぁ~、そんな無理やり拭うと目ぇ赤くなるぞ。」
俺はタオルで千束の目を軽く押さえつけるように涙を拭う。
「後でちゃんと目の回り、冷やすんだぞ。」
「はぁ~い!」
千束は元気を取り戻したようだ。
「よっし!そろそろ部屋に戻らなきゃ!」
「消灯時間に遅れるなよ。」
「わ~かってるってぇ~!」
そう言って千束は部屋を後にしようとするが急に立ち止まった。
「…ハチ。」
「ん?」
「ありがとね。」
そう言って足早に部屋を後にする。
ドアの方を向いていたので千束の顔はよく見えなかったが、何故か彼女の顔が紅くなっていたように見えた。
____
はぁ~、リコリス・リコイルがついに終わりを向かえてしまいました。リコリコロスがひどいため時間があれば1話から見直しています。
リコリコはなかなか視聴者に妄想させる作品でしたね。
心臓は結局どこにあったのか?ミカさんは吉松さんを本当に撃ってしまったのか?残りの銃の行方は?真島さんのその後は?
色々と妄想できちゃいます。
この小説では今のところ2パターンのエンディングを考えていますが、まだどちらにするか迷っています。
大丈夫。どちらも千束ちゃんは生存します。
個人的に千束ちゃんがハワイで楠木さんの電話に出たときに「なぜならぁ~」と言った時の表情が堪らなく好きです。