永い……永い夢を見ていた感じがする。
そうだ。アニムスから目覚めた時はいつもこんな感じだった。
気だるい感じがして頭がぼーっとする。あまり体を動かしたくない。このまま目を閉じて眠ってしまいたい。
というか俺、なんでこんなところにいるんだっけ?
あぁ、そうだ。タカの眼でシンさん…いや、吉松さんのいるビルを突き止めて、記憶を取り戻すためにアニムスを使ったんだっけ。
速く、ここから出ないと。
何をされるかわからない。
アニムスの影響で思った通りに動かない体に鞭を打ちながらビルから脱出する。
路地裏に入り体を休める。
俺は休みながら失っていた記憶を思い出していた。
「なんで……なんで…こんな大事なこと忘れてたんだ。」
目から涙が溢れでる。
「院長先生。みんな…。」
死んでしまった彼らに顔向けできない。
座りながら蹲り泣いた。
罪悪感に押し潰されそうだった。
殺したいほど憎い奴がいる。でも、その人は俺なんかに名前をくれてとても優しい人だということも知っている。その人には死んで欲しくない。
殺したい気持ちと殺したくない気持ちの板挟みで自分自身がもうよく分からない。
いくら考えても答えなんか出やしない。
「………それでも、俺のやることは変わらない。」
俺は涙を拭い立ち上がる。
「自由のために戦う。……それだけだ。」
俺は誓うようにその言葉を口にする。
そのときに、ポケットの中にあるスマホが振るえる。
メールが届いたようだ。確認しようとするとボスから何件もの不在着信があった。今届いたメールもボスからだった。
内容はたった一言。山岸先生の所に来て欲しいとのことだった。
誰か怪我をしたのだろうかと急いで山岸先生のいる医療施設に向かう。
_____
医療施設に到着し、廊下を進んでいくとボスが立っていたため、話しかける。
「ボス。」
俺が話しかけるとボスが俺の存在に気付く。
「史八。」
「何があったんですか?」
ボスが難しい表情を浮かべながら俺が居ない間に起こったことを説明してくれた。
真島が自宅に現れたこと。千束が定期検診中に何者かに襲われたこと。謎の看護師に薬で眠らされ人工心臓を電流で弄られたこと。
たきなが千束の助けに入ったが人工心臓は弄られた後で、犯人も逃してしまったようだ。千束の意識はまだ戻らないまま。
いつもなら完全に頭に来ててもおかしくないのだがこの話しを聞いても不思議と怒りが出てこなかった。
いや、違う。記憶が戻ったことで俺の精神が
俺はボスに尋ねる。
「…千束は今どこに?」
「奥の病室だ。たきなが一緒にいてくれてる。ミズキとクルミももうすぐここに到着するはずだ。」
「そうですか。」
俺は歩いて千束のいる部屋に向かおうとする。
ボスを通りすぎた所で話しかけられる。
「史八。」
「なんです?」
俺は足を止め振り返らずに答える。
「大丈夫か?」
「……………今は俺の事より千束の心配をしましょう。」
俺は再び歩きだして千束のいる部屋に向かう。
後ろでボスが俺の名前を小さく呼んだ気がした。
_____
夕暮れ時、わたしはベッドの近くで眠っている千束を見ている。
あの看護師を撃退してから1時間以上経っているが千束が目を覚ます様子はない。
「千束。」
わたしが彼女の名を呼んだときに、ドアがノックされた。わたしが返事をするとドアが開かれる。ドアの先にいたのはハチさんだった。
「ハチさん。」
ハチさんの顔を見ると申し訳ない思いが強くなる。
自分の実力不足で千束をこんな目に逢わせてしまった。
「よぉ、たきな。久しぶりだな。」
久しぶり?ハチさんが極秘任務に行ってからまだ1日しか経過していない。ハチさんの言葉に疑問を持ったが、別の疑問を彼にぶつけた。
「極秘任務は終わったんですか?」
「極秘任務?………あぁ、確かそんな感じにしてたんだっけ。」
「?」
「いや、気にするな。こっちの話しだ。そんなことより、さっきボスから聞いたよ。…すまなかったな、大変な時に居てやれなくて。」
彼はそう言ってパイプ椅子をわたしとは反対側に置きそれに腰かける。
「いえ、わたしの到着がもっと早ければ千束は、」
「そんな風に自分を責めるな。千束もきっと同じようなことを言うはずだ。それにしてもよく気付いたな。千束が襲われてるって。」
「…千束と決めていたんです。わたしからの電話は3コール以内に出るようにと。出ない場合は危険と判断して次のワン切りで千束のもとに向かう通知にするって。」
「なるほどな。そして、ここに来てみたら看護師に襲われていた…と。」
「ごめんなさい。捕らえることが出来ていれば。」
自分を責めるなと言われたばかりなのにまた、わたしは申し訳ない気持ちになってしまう。
「たきな。」
「すみません。」
「謝るな。今は、千束が目覚めるのを一緒に祈ろう。」
「…はい。」
ハチさんはそう言って千束の右手を優しく握る。
その時わたしは勘違いをしていることに気付く。
この場でこの場1番辛いのはわたしではなく、ハチさんだということ。
彼は任務で何も出来なかった。悔しいのだろう。やるせないのだろう。
彼が千束になにかはわからないが特別な感情を抱いているのは一緒の時間を過ごしてきたので分かっている。千束もそうだ。
彼らは互いに何か特別な感情をもっていた。
山岸先生が以前言っていたことを思い出した。ハチさんは自分事には鈍感だが、千束の事になると敏感になる。
千束が真島に殴られているところを発見したときには今まで感じたこともない殺気を感じた。
だか今はそれがない。
気になってしまったため本人に尋ねることにした。
「あの、ハチさん?」
「ん?」
「何か…ありました?」
「なんで?」
「いえ、言葉では説明が難しいのでなんと言ったらいいか分かりませんが、いつもとなにか違う気がするので。」
「いつもと違う…か。」
ハチさんは私の言葉に苦笑いをしながら答えた。
「たきながそう感じたのなら…そうなのかもな。」
彼から返ってきた答えはよくわからないものだった。
_____
(大丈夫だ。絶対に大丈夫。)
ハチの声が聞こえる。これはずっと昔に言われたセリフ。
手術が怖くてハチの前で初めて泣いたときに勇気づけられた。
あの時確かわたしの不安を追い出してくれるようにハチが抱き締めてくれたっけ。
暖かかったなぁ。
そう、とても暖かかった。
_____
目が覚める。
私の目の前にはたきなが心配そうな表情で私を見ていた奥には先生とミズキとクルミもいる。
「おぉ…、お揃いだな。」
「やっと起きたか。」
私がそう言うと、反対側からハチの声が聞こえた。よく見るとハチは私の手を握ってくれていた。
「あ~、ハチぃ。楠木さんからの極秘任務は終わったの?」
「………あぁ。」
「そっかぁ。おかえり~。」
「ただいま、千束。」
ハチが無事に帰ってきてくれたことが嬉しい。
そして大体想像できるが、心臓の部分に手を当て自分の身に何が起こったのかを聞く。
「私、何されたの?」
「心臓を電気で弄られたそうだ。お前の心臓の今の状態を山岸先生が調べてくれてる。…そうですよね。山岸先生。」
ハチがドアのほうに向かって声をかけると山岸先生がドアを開いて部屋に入ってくる。
「まったく、どれだけ気配に敏感なのよ。あんたは。」
「まぁいい、千束が起きたのならちょうどいいわ。椅子に座りなさい。」
私は山岸先生の指示通りに椅子に座ると目にペンライトで光を当てられる。瞳孔の確認をしているようであった。
「眠剤の影響で暫く怠いかもだけど。」
ハチが私の隣に立ち山岸先生に尋ねる。
「先生、千束の心臓は?」
ハチの質問に山岸先生は目をそらして答える。
「あの女。急激な高電圧による過充電でハードとのアクセスが不可能になった。もう充電もできないよ。単純だけどよ、効果的な最高の破壊方法よ。」
「マジかぁ。後、どれくらい持つ?」
私は山岸先生に残りの寿命を聞く。
「幸い、充電直後だったから………もって2ヶ月。」
その言葉を聞いてたきなが口を開く。
「2ヶ月って?」
「動き回らなければもうちょっと持つわ。」
「なにが2ヶ月?!」
たきなは自分の質問に答えなかった山岸先生に再び問いかけるが先生が代わりに答えてくれた。
「余命だ。」
「えっ?」
「千束の余命。」
「………そ、…そんな、壊れたところを交換でもして!」
「出来ないのよ。…悔しいけどよ、あたし達の知識と技術じゃどうにも出来ないのよ。」
「千束の人工心臓に代わりはないんだ。」
先生が諭すようにたきなに説明するがたきなは走って部屋を出ていこうとしたためそれを止める。
「どこ行くのぉ!?」
「あの看護師を始末します!」
「いいからぁ。」
「いいわけないでしょ!」
たきなは切羽詰まった顔でこちらに振り向いてそう言った。
私は彼女を落ち着かせるように出来るだけ穏やかに答える。
「いいのよ。もともと、そんなに長くなかったんだから。」
「もともと?」
説明しようとしたときにハチが代わりに説明してくれた。
「千束は生まれつき心臓が弱かった。だから人工心臓を移植したんだ。」
「…ハチさんは知ってたんですか?心臓のこと。」
「…………あぁ、もちろんだ。」
「だったら!!!」
たきなが反論しようとするがハチがそれを遮るように口を開く。
「たきな、ここで千束を襲った奴を殺したところで千束の心臓は元に戻るのか?それはただのお前の八つ当たりだ。」
「それは、」
「けどもし、その看護師を殺して千束の心臓が元に戻るんだったら…………。」
「俺が殺す。」
ハチから殺気が漏れでる。
この場にいる全員が萎縮してしまっていた。
目が覚めてから薄々感じていたが、ハチの様子が何か変だ。
いつもなら殺すなんて単語は彼からは出てこない。
何かあったのだろうか?
「ハチも落ち着いてよ。そんなんじゃ、たきなのこと言えないよ。」
「…すまん。少しイライラしてた。」
空気が悪くなってしまったが山岸先生が悪くなってしまった空気を変えるように言う。
「と、とにかく、千束は眠剤の効果が抜けるまで安静に。今日はここで一泊してもらうよ。何かあったときのために一人残ってもらえるとありがたいんだけど。」
「なら俺が。良いですよね?ボス。」
「あぁでは、任せよう。」
そう言って私とハチ以外の人は全員退室した。
私はベッドに戻り、ハチはベッドの近くに置いてあったパイプ椅子に座る。
数分間、無言の時間が続いたがハチが私に尋ねてきた。
「………聞かないのか?」
「なにをぉ?」
「何か俺の変化に勘づいてるんだろ?お前が起きる前にたきなにも勘づかれたし。」
「そうだねぇ。何年も一緒にいるからねぇ。なんか変だなとは思ってたよ。いつもなら使わない殺すなんて単語も出てくるしぃ~。」
「…………。」
「話したくないことなら話さなくても良いよ。」
私が小さいとき手術が怖くてどうしようもない時、ハチが私に掛けてくれた言葉をそのまま彼に伝える。
「でも、ハチが
ハチは驚いた顔をしていた。
気付いたのだろう。
「おまえ、それ。」
「うん、パクった!」
私の言葉にハチは微笑を浮かべた後、一回だけ深呼吸をし意を決するように口を開く。
「…実は極秘任務ってのは嘘だったんだ。」
「じゃあ、何をしてたの?」
「………記憶を取り戻していた。」
「じゃあ、ヨシさんの所に行ったんだ。」
「あぁ、俺は昔の記憶を取り戻したけど………、ん~。」
「どうしたのさ?」
ハチは腕を組んで考え込んでしまう。
「いや、どっから説明したもんかと思って。……少し長くなるけどいいか?」
「いいよ。時間はたっぷりあるし、私もハチの小さかった頃の話し聞きたい。」
そう言って、ハチは話し始めた。
孤児院で生活していたこと。その後、ヨシさんに引き取られてアニムスでの実験をしていたがヨシさんとの生活が楽しかったこと。流入現象と厳しくなったヨシさんの間で苦しんでいたこと。
孤児院で一緒に生活していた子供たちはアニムスの実験で亡くなったと聞いたこと。それを確かめるために孤児院へ行った時、院長先生の遺体を発見したこと。
当時の心の支えであった孤児院全員の死と流入現象の増長、優しかったヨシさんが変わってしまったこと、その事で、自らの記憶に蓋をし記憶喪失になったことを説明してくれた。
「一番驚いたのは、シンさんと一緒に生活してたことかな。そうそう!俺の名前もシンさんが付けてくれたんだ!」
ハチは笑顔でそう言っているが、空元気というのはすぐに分かった。
その証拠に徐々に彼の顔は暗くなっていき私に涙を見せないよう顔を伏せながら目に手を当て涙を流す。
「……俺は自分が分からない!」
「千束には悪いが吉松は……あいつは!孤児院の皆を殺した!俺の家族を殺したんだ!院長先生を精神的に追い詰めた!………憎いんだ。殺したいほど憎い筈なのに……、シンさんは優しかった。水族館にも連れていってくれたし、勉強や色んなことを彼から教わった。俺なんかに名前も付けてくれたんだ。千束に心臓も提供してくれた。俺がお前と…千束と出会えたのはあの人の………シンさんのおかげなんだ。」
ハチの話しを聞いてから私は口を開く。
「…やっぱり、ハチは優しいね。」
「俺は優しくなんて、」
「ううん、優しいよ。とっても。だって殺したいほど憎んでる人を殺したくないって言ってるんだから。」
「違う!俺は、迷っているだけで、」
ハチは顔を上げ反論しようとするが私はそれを遮る。
「それでもだよ。まだ殺してない。」
ハチを優しく抱き締める。
「ごめん、ハチ。私はハチの望む答えは持ってない。だから、私は何も言えない。けどね………、ハチ自身がしっかり悩んで考えた後に取った行動なら私はそれを尊重するよ。」
「……いいのか?俺はお前の恩人を殺すかもしれないんだぞ?」
「大丈夫!多分、ハチはヨシさんを殺したりしないよ!」
「何でそう言いきれる?」
「
「ははっ、そうか。そうだな。」
私はハチの言葉を使いそう言いきるとハチは笑った。
「ありがとう、千束。おかげで決心がついたよ。」
「どういたしまして!…それで、ハチは今日どこで寝るの?」
「ん?パイプ椅子に座って寝るつもりだけど?」
「ダメだよ!体痛くなっちゃうよ!」
「つっても、他に寝る場所ないし。」
「なんなら私と添い寝する?昔みたいに。ついでに慰めてあげようか?」
「アホか!もうお互い子どもじゃねぇんだぞ。」
「え?なにハチぃ、まさか照れてんのぉ?まぁ、しょうがないか!こんなスタイルも抜群で可愛い千束さん相手じゃ、ドキドキしちゃうのもしょうがないよね!」
私はニヤニヤしながらふざけた口調でハチに言う。
「………………そうだよ。」
「えっ?」
「ドキドキしちゃ悪いか?」
「……え、あ、ううん、悪くない。」
ハチの予想外の返答に思考がフリーズする。
ハチはパイプ椅子に座りながら目を閉じた。
私もベッドに横になり毛布をかける。
まだ、残暑があるのだろうか?顔が熱い。
予想外のハチの言葉に、ないはずの心臓の鼓動が聞こえるような気がした。