「よーし、準備完了。たきな、行こ。」
赤いリコリスの制服に身を包んだ千束が井ノ上さんに話しかける。井ノ上さんは、待ってましたと言わんばかりに素早く立ち上がり千束ともに扉のほうに向かう。
千束が何かに気づいたような「あっ。」という声を出しながら俺の方に振り向く。
「そういえば、ハチって今日はどうするの?私達と一緒に行く?」
俺は特にボスから何も言われてないが、言われてないということはリコリコの業務の方だろう。
千束の問いには俺ではなく、ボスが答える。
「今日は、史八には別の仕事を頼むつもりだ。状況によってそっちに合流するかもしれん。」
「?」
「そっか、りょ~かい。先生。じゃ、いってきま~す。」
「気ぃつけろよ〜。」
俺は2人にそう声をかけるが今日の仕事は配達や日本語学校のヘルプだ。気をつけることもないだろと思い直す。
俺は、二人を見送り、先程耳にした別の仕事とやらの詳細をボスに尋ねる。
「で、別の仕事ってのは何なんですか。ボス?」
「さっき、楠木から報告があった。先日の銃取引の件だ。」
ボスは顔をしかめながら言葉にするが、俺は率直な疑問を口にする。
「いや、その銃取引は解決したのでは?確かに機銃掃射で武器商人は捕縛出来なかったですけど、肝心の銃自体は回収出来たんですよね?」
報告書なんかは見る習慣はないが、現場は取り押さえてたんだから解決したのでは?とも思ったが、ボスから信じられない言葉が発せられる。
「なかったそうだ。」
「は?」
「銃そのものが、現場から発見できなかったそうだ。あがっていた報告上では数は千丁。」
「は?」
「だから、銃自体がなk」
「いやいやいやいや!聞き損ねて「は?」って言ったわけじゃなく、聞こえた上での「は?」ですよ!!」
ボスの言った言葉を理解したくない。頭が拒絶している。あぁ〜、頭痛がしてきた。
「楠木からは誤情報の可能性もあると報告も受けているが。」
「その可能性は低いんじゃないですか?千丁なんて具体的な数字もありますし、現に当時、現場には武器商人がいたんですから。俺の意見としては2つ。まだ銃取引が行われていないか、それか」
「既に取引された後か、ということだな。」
「そう考えるのが妥当かと。出来れば、前者であってほしいところですが。」
「今、日本は仮初めの平和を維持しています。それはDAが良くも悪くもコントロールしてるからです。もし、取引された銃がそのへんの犯罪者や犯罪者予備軍にばら撒かれたら、DAも対応しきれない。抑圧されていたものが焼きたてポップコーンのように破裂しますよ。そうなれば、都心は一晩でゴッサムシティに早変わりだ。かの有名な蝙蝠男はここにはいない。お手上げ状態ですよ。」
「取り敢えず、君に頼みたいことは、」
「闇市場を覗いて銃が流れていないか確認するですよね。」
「既にミズキが確認してくれているが、全てではない。ミズキのサポートを頼みたい。」
「了解しました。」
俺は、早速行動に移り喫茶店の2階でノートパソコンとにらめっこしているミズキさんのもとに行く。
ミズキさんに進捗状況を確認方法するが
「ぜっんぜん、駄目。動きがまるでない。」
数時間、ミズキさんとともに闇市場で銃が流れていないか確認したが大きな動きはない。
もし、銃が流れてくれば銃の価格変動が絶対に起きるはずだがそれがない。一個人で銃を所有しているのか?いやいや、数が数だ。2〜3丁なら話しがわかるが取引されたものは千丁だ。そんな阿呆がいるわけがない。軍隊を所有してるわけでもなし。
「ほんとに、動きがないわねぇ。画面見すぎて目がショボショボしてきたわ。こんだけ動きがないならまだ取引されてないんじゃないの〜。」
ミズキさんが体を伸ばしながら言うが、そんなときに喫茶リコリコの固定電話が鳴り響く。
「すまない、誰か出てくれ。」
ボスは何か作業をしているようで手が離せないみたいだ。
「すいません、ミズキさん。ちょっと電話対応してきます。」
「ほいほ〜い。あたしはちょっと休憩してるから。」
忙しい時でも、電話してくるのは喫茶リコリコのの大切なお客様かもしれない。丁寧に対応しなくては。
「はい、お待たせいたしました。こちら、喫茶リコリコです。」
テンプレートな言葉のあとに、受話器から聞き慣れた声が聞こえてくる。
「もしもしもしもし〜。」
「なんだ、千束か。」
丁寧な対応して損した。
「なんだとはなんだよ〜。可愛い可愛い千束さんですよ〜。」
「はいはい、おもしろいおもしろい。」
「ひどいっ!ヨヨヨ。」
受話器の向こう側で泣き真似してるであろう姿が想像できる。
「で、なんか報告があって連絡してきたんじゃないのか?」
「そう!そうなんだよ!さっきまで、阿部さんのところに行っててね。」
阿部さんとは喫茶リコリコの常連客である刑事さんだ。休憩時間外にお店に来ることをあるが気の良い人だ。
「今、警察にストーカーの被害届を出している女の人、篠原沙保里さんっていうんだけど痴情のもつれとかで警察はまともに取り合ってくれないみたい。阿部さんも担当じゃないから手が出しづらいみたいだったからカフェで待ち合わせて話しを聞いてるんだけどね。どうやらSNSにあげた写真が原因みたいで。」
「ほーん、なんでそれが原因だと?」
「私はたきなから聞いたんだけど前の銃取引で銃が消えたってのは先生から聞いた?」
「聞いた。」
「驚かないで聞いてほしいんだけど、沙保里さんがSNSにあげた写真の背景に銃取引の現場が写ってたんだよ。」
「・・・はぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」
自分でもビックリするぐらい大きな声を出してしまった。何事だとボスとミズキさんが様子を伺ってくる。
「驚かないでって言ったじゃん!びっくりした〜。」
「い、いや、すまん。え、でもそんなことってあり得るの?」
「あり得るもなにも実際に映ってるんだからしょうがないじゃん。私もたきなと見たときにびっくりしたよ。」
「と、取り敢えず、ボスに伝える。俺が向かうかもしれないから今いる場所を送ってくれ。」
「りょ〜かい。待ってるねぇ。」
「どうした?」
受話器をおいた俺にボスが話しかけてくる。
俺は今、千束から伝えられた経緯を報告する。
「疑っている訳ではないが、もしそれが本当なら銃取引は既に行われていたということになるな。」
「ですね。しかも、この沙保里さんをストーキングしている奴は取引に関与している可能性が高い。保護しないと危険ですよ。」
「そうだな。史八、今すぐ千束たちと合流し、対象の護衛を頼む。後、許可が取れたらでいい、SNSにあげたという写真をこちらに送って欲しい。」
「了解。」
スマホを見ると千束から今いるであろうカフェの場所が表示されている。
ここならバイクで移動するより走ったほうが速そうだ。
更衣室から両手首に愛用している武具であるリストブレードと非殺傷弾用に改造してあるハンドガン、デトニクスコンバットマスターを装備する。
後は、防刃・防弾仕様の紺色ロングコートを上に羽織れば終了だ。フードはまだ被らなくてもいいだろう。
準備が終わり急ぎリコリコを後にする。
「行ってきます。」
「気をつけろよ。」
「気をつけなさいよぉ。」
2人の言葉に返事をし、千束たちが待っているであろうカフェへと向かう。
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目的地であるカフェに入るとこちらに向かって大きく手を振っている赤い制服が目に入る。
席に近づくとメガネをかけたら女性が軽くお辞儀をする。
俺もお辞儀をしかえし、席について自己紹介をする。
「初めまして、大神史八といいます。自分は、コチラにいる千束たちの先輩みたいな者です。ストーカー被害の件は千束から聞いていますが、お手数ですが、もう一度詳しく教えて頂けますか?」
篠原さんは嫌な顔一つせず答えてくれた。概ね千束からの情報どおりだ。
「では、最後に3日前にSNSにあげたという写真が残っていれば見せて頂けますか?」
「あ、それならさっき千束ちゃんに渡したけど。」
「ハチ、これだよ、これ。」
千束は自分のスマホを俺に見せてくる。
俺は沙保里さんに「拝見します。」と許可を取り写真を見る。
そこには沙織さんとその彼氏である男性とのツーショット写真があった。これだけ見ればどこにでもいる仲のいいカップルの画像であるが、問題はその背景だ。
画質は粗いが確かに作業服姿の男たちが数人映っていた。ん?一人は私服か?
「あの、申し訳ありませんがこの画像、いただいて僕たちの上司に見せても構いませんか?」
「えぇ、勿論いいわよ。」
「ありがとうございます。」
画像をボスに送る。
外を見れば、陽が傾きかけている。もうそんな時間か。
カフェを出た直後千束が沙保里さんに護衛をかねて今夜一緒にいないか提案する。
「いいよね!ハチ。」
「良いもなにも、これから提案するところだった。」
「やったぁ〜。沙保里さんもいいですか?」
「いいよ。じゃあ、うちに来てよ。」
「ほんとぉ!じゃあ、親睦も兼ねてパジャマパーティーなんてどうです?」
「良いわね。」
「やったぁ!」
沙織さんから了承を得られ両手をあげて千束が喜ぶ。
「では、僕は沙保里さんの自宅周辺のパトロールを行いますのでこれで失礼します。」
「私もパジャマパーティーの準備しなきゃだから1回、お店に戻らなきゃ。」
「しばらく任せるね。無茶はしないように、命大事にだからね。」
千束はたきなの肩に手をおきリコリコへと向かう。
「今夜は大いに盛り上がりましょう〜〜。」
護衛であることを忘れてなければいいが、そう思いながら井ノ上さんたちと別れる。
沙保里さんには周辺をパトロールするといったが、パトロールはしない。というか意味がない。独りでパトロール出来る範囲はたかがしれているし範囲が広ければ広いほど合理的ではない。パトロール出来る頭数が揃っていれば話しは別だが。
嘘をつくのは心苦しいが、護衛対象に「今夜一晩監視します。」と言ってしまえばストーカー被害で疲弊している精神をさらに悪化させてしまうかもしれない。
俺の記憶の中にいるあの人たちもこんな気持ちだったのかなぁ・・・。いや、無いな。あの人たちが尾行するのは八割がた暗殺対象だ。残りのニ割は殺さずに情報を引き出すだけだ。
陽も落ち、暗くなりかけている住宅地を歩く2人を少し離れた家の屋根の上から監視している。
その時2人の後ろからヘッドライトも点けずにノロノロと接近するワンボックスカーを発見する。
左耳に付けた通信機で千束に連絡する。
「千束、聞こえるか?」
「はいはーい、聞こえてますよ。どったの?」
「今、井ノ上さんたちにゆっくり近づいてるワンボックs・・マジかよ。」
「え、なに?」
ワンボックスカーがいる。という報告をしようとした瞬間、井ノ上さんが突然走り出した。
「ちょっ!嘘だろ!まさか護衛対象囮にする気か?!」
「えぇ!!私、準備してる最中なんだけど!」
「途中でもいいから、速く来い!俺も今、向かってっけど、ああ!沙保里さん、車に詰め込められた!!」
「私まだそっちに行くのに時間がかかるよ。ハチ!なんとかして〜。」
「なんとかしてって。」
屋根伝いに急いで移動する。その途中で空中にキラッと光る物体を発見する。
あれは、ドローン?奴らのものか?光ったのはカメラのレンズ部分だろう。まだ俺には気づいてないようだしあれは泳がせておくか。
それより今は沙保里さんだ。
ワンボックスカーの前に立ち発砲している井ノ上さんの元に辿り着く。
銃を抑え発泡を止めさせてから井上さんを連れて曲がり角に隠れる。
「井ノ上さん、何してんの?!護衛対象を囮にするなんて!」
できるだけ声を潜めながらそう聞くと、俺が急に現れてびっくりしたのか驚愕の表情を見せる。
「その声、大神さんですか?え、何処から来たんですか?」
あぁ、フードで顔が見えなかったから誰か分からなかったのか。
「そんなこと今はどうでもいい。なんで護衛対象のいる車に向かって発砲してるの?当たったらどうする気?千束が命大事にって言ってただろ。」
「沙保里さんには当てませんし、貴方が来なかったら既に終わってるはずでした。」
俺は盛大にため息をつく。
「千束、着くまであとどれくらいだ?」
「もう見えてる。あと、もうちょい〜。」
後ろを振り向くと小さな赤い点が見える。
「千束の到着を待っていたら沙保里さんが危険だな。」
あまりしたくはないのだが、背に腹は代えられない。
「しょうがない、俺がやる。」
そんな俺の発言に対して井上さんが声をあげる。
「俺がやるって、大神さん一人で相手するつもりですか?!そんなの無理です。わたしがやr」
「井ノ上さん。」
「だから、わたしg」
「少し、黙れ。」
そう強めに言うと口をつぐんでしまった。申し訳ないことをしたが今は、時間がない。
「奴さんたちは、俺に任せて。ただ、射撃に自信があるなら7時の方向にいるドローンを撃ち落としれくれない?あっ、サプレッサーは外して。」
「何時気づいたんですか?」
と、少々小さな声で尋ねてくる。そんなにさっきのは恐かったのかな?
「ここに来る前。泳がせてたんだけど、特に何かするわけでもないしもういいかなって。」
「10秒後に撃って。発砲音に合わせて奴さんらに奇襲をかけるから。」
井ノ上さんにそう伝え、背にしていた塀を乗り越え屋根の上に移動する。
7・・6・・5・・4・・3・・
そろそろだな。助手席から身を乗り出している敵に狙いをつける。
相手はこちらに気づいていない。
発砲音が聞こえたため、今まで井ノ上さんに射撃されていた前方に注意を向ける。
その瞬間、屋根から飛び降り助手席に座っていた敵を馬乗りになるように地面に押し倒しエアアサシン・・・いや、リストブレードは使っていないためテイクダウンさせる。残りは、車の後ろに隠れている2人。運転手は井ノ上さんに既に撃たれているため警戒はしておくがカウントはしない。
俺は音もなく、車の前を通り車道側へ移動する。奴さんらはまだ助手席側を警戒しているため背後がお留守。そんな二人に背後から近寄りダブルアサシン・・・ではなく、ダブルテイクダウンをプレゼントする。まだ、意識があったため懐からハンドガンを取り出し、ボス印の非殺傷弾をオマケする。
さて、あとは運転手か。その前に、沙保里さんを井ノ上さんに任せよう。
「井ノ上さん、沙保里さんをお願い。」
運転手側の扉を開けて相手の傷の状態を見る。
右肩を撃たれてるが弾は貫通してるな。取り敢えず止血だな。
コートの裏に手を伸ばすと殺されると思ったのが「殺さないでくれ。」と懇願される。
「大丈夫。殺さない。肩の出血を止めるだけだ。ただ、この止血剤めっちゃしみるぞ。」
案の定声にならない声を上げてめちゃくちゃ痛がってた。後は、テキトーな布で固定しておけば大丈夫だろ。本来なら清潔な布であるべきだがこいつらにはこれで十分だろう。念の為四肢はワイヤーで拘束させてもらった。
沙保里さんの様子を見ると泣きながら井ノ上さんに抱きついていた。相当、怖かったのだろう。
そんなとき、ようやく我らのファーストリコリスが現着した。
「やっと、着いた〜。間に合った?ってあれ?」
「間に合ってるように見えるか?丁度、終わったところだ。」
「千束、クリーナー呼んでくれ。俺の口座から引いていいから。」
「了解!任せて!」
千束は自身のスマホから電話を掛ける。
俺は周囲にまだ敵が潜んでいないか警戒しているが、井ノ上さんから声がかかる。
「命大事にって敵もですか?」
「そうだけど?」
俺はそれがさも当然であるように答える。
怪訝な表情を見せるが今の彼女に何を言っても無駄だろう。
今度は千束から声がかかる。
「クリーナー、もうすぐ来るって。」
「そうか。じゃあ、後はクリーナーの方に任せよう。」
はぁ、疲れた。それにしても、あのドローンは何だったんだろう?
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同時刻
高級車に乗っているスーツを着た男性が破壊されたドローンが残した映像を見ている。
「この距離のドローンに気がつくとは」
声の主は車内にはいない。声もボイスチェンジャーで変えている。通話相手は世界一のハッカーと言われているウォールナット。
映像に映る黄色みがかった白髪の少女を見て懐かしさのあまり名前を呟いてしまう。それに、このフードの彼はまさか・・・。
名前を出したのがいけなかったのだろう。リコリスと知り合いか?と食い付いてきた。
「国家に仇為す者を消してまわる噂の処刑人がまさかこんな少女だったとはな。」
「流石、ウォールナット。博識だね。」
「無知であることが嫌いなんだ。だからもっと知りたいことがある。」
「報酬だね、依頼したDAのハッキングには満足した。十分報いる額を用意しよう。」
「そうじゃない。どうして銃取引なんぞに関わる?施しの女神はタブー無しなのか?それに、このフードは何者だ?」
「アラン機関。」
世界一のハッカーの名は伊達ではないということか。こちらの情報を渡した覚えはないのだが。
運転席に座る姫蒲に合図を送ると彼女は端末を操作し、IGNITIONの表示を押すと遠くに建っている高層ビルの一室が爆発する。
「無知であるほうが人は幸福なんだよ。ハッカー。」