俺は千束が乗っている車椅子を押しながら山の上にある俺が昔いた孤児院のあるところに向かって歩いていた。
「ハチ、大丈夫?疲れない?」
「ん、大丈夫だよ。それに手術したばかりの千束の心臓に負担をかけるわけにはいかないからな。」
「もぉ~、心配性だなぁ。私なら大丈夫だってぇ!」
「ダメ。」
千束はこう言っているが本来は数日間安静にしなければならないのだ。本人がその事を理解しているのか心配になる。
「これからお墓参りに行くんだよね?」
「……あぁ。」
「なんで、今まで行かなかったの?」
「墓があること事態、ついさっき知ったんだ。……でも、前々から知っていても……、行くことは出来なかった。」
「…なんで?」
「みんなにどんな顔して会えばいいのか分からないし…、それにきっと俺はみんなに恨まれてる。」
そんな会話をしていると千束が話題を変えるように俺たちの右側を指差す。
「あっ、ハチ!みてみて。私たちがある!」
「私たち?……あぁ、なるほど。」
千束の指さした方向に顔を向けるとそこにはたくさんの彼岸花が咲いていた。
彼岸花。
学名、
曼珠沙華とも呼ばれ、お彼岸の頃つまり9月中旬から下旬にかけて咲く花だが、今はもう11月。遅咲きなのだろうか?
俺はそんな彼岸花を見てあることに気付く。
「あっ、しまった。」
「どったの?」
「お供え用の花、買ってくるの忘れた。」
どうして俺はこういうときに抜けてしまうのだ。
自分が嫌になる。
「あれじゃダメなの?」
千束はそう言って赤い彼岸花を指差す。
「ん~、千束も知ってると思うけど彼岸花って毒があるし、花言葉もあまり良くない言葉だから彼岸花をお供え用にするってのはタブーって訳じゃないけど…、あんまりぃ~…、なぁ。」
だが、このままだと何も持たずに墓参りすることにもなるし……、背に腹は代えられない。院長先生たちに、千束を紹介するって体で許してもらおう。
そう思い、俺は彼岸花を8輪摘む。みんなの分と院長先生の分だ。
「千束、悪いがこれ持っててくれ。」
「おっけぇ~!」
千束に彼岸花を持って貰い再び、坂を登り始める。
しばらくしたところで千束が話しかけてきた。
「ねぇ~、ハチ。」
「うん?」
「昔のこと教えてよ。」
「前に山岸先生のところで教えなかったっけ?」
「その時は、簡単に教えて貰っただけだったじゃん!もっと詳しく知りたいの。」
なぜそんなに知りたいのか疑問に感じたが、別に隠すほどのことでもないか。
「例えば、どんなことが知りたいんだ?」
「そうだなぁ~。……あっ!ハチが言ってた院長先生のこと教えてよ!」
「……院長先生か。」
千束の言葉で院長先生のことを思い出す。
「…そうだな。優しい………、とても優しい人だったよ。院長先生が作ってくれる料理がめちゃくちゃ美味くてさ、みんなに好評だったんだ。簡単なことだけだったけど、よく院長先生の料理の手伝いとかしてたんだ。」
「へぇ!じゃあ、ハチの料理が上手いのってそこから?」
「…かもしれないな。でも、怒ると滅茶苦茶怖くてさ、俺はあまり怒られないほうだったんだけど、1度だけ院長先生に黙って夜更かししたことがあったんだ。それがバレた時には鬼の形相で怒られて、そのとき思ったもん。この人には勝てないなって。」
「アハハハ!ハチが勝てないって相当だね!……いいなぁ、私もその院長先生に会ってみたい。」
「院長先生は、きっと千束と気が合うと思うよ。」
「ホントに!?」
「…あぁ。とにかく優しい人だった。いつも自分のことよりも俺たちのことを第一に考えてくれていた。」
ふと、院長先生の最期を思い出す。
でも、優しすぎるせいで自責の念に耐えられず院長先生は
「一緒に暮らしていたときは分からなかったけど、今なら分かるよ。…院長先生は俺たち8人のことを分け隔てなく、みんなを平等に愛してくれていた。………でも、俺はそんな院長先生のことを……、みんなのことを忘れてしまっていた。」
「…ハチ。」
「…悪い、暗くなっちゃったな。そうだな、俺の他に7人子供たちがいたんだけど、色んな奴らがいたなぁ。やんちゃしていつも怪我してるやつだったり、本が好きなやつだったり、ボール遊びが好きなやつだったり……、本当に…、楽しかったなぁ。」
「ハチはさ、孤児院のみんなのことが好きなんだね。」
「…あぁ、そうだな。」
そんなことを話しているうちに開けた場所に出た。
俺の育った孤児院があった場所だ。
しかし、そこには昔の面影は全くなかった。
孤児院自体はもちろん無いし、みんなで遊んだ遊具も、みんなで育てた花が咲いていた花壇も、みんなで駆け回った庭も何もなかった。
あるのは生い茂った雑草の中にある質素な墓だけであった。
記憶の中にある輝かしい風景が見るも無残なものになっていて、胸が締め付けられる。
想像はしていたが思った以上にキツいな。
「ハチ、大丈夫?」
俺が難しい顔をしていたのか千束が心配してくれる。
「悪い、少しここで待っててくれ。」
「え?…あぁ、うん。」
千束に断りを入れてから俺は
せめて、回りだけでも綺麗にしないと。
俺はしゃがんでせっせと墓の回りの雑草を抜いていると、千束が俺のとなりに同じようにしゃがみ雑草を抜く。
「おい、やらなくていいよ。手が汚れて、」
「いいの。やらせて。」
「……ありがとな。」
千束の手も借りて墓の回りだけ綺麗にしてから俺は墓の前にしゃがみ彼岸花を供えてからみんなに話しかける。
「ごめん、みんな。来るのが遅くなった上にお供え物も忘れちゃって……、途中で摘んできたやつだけど。」
「…………みんなは俺の顔なんて見たくないだろうけど、せめてこれぐらいはさせて欲しい。これで許して貰おうなんて思ってはないけど、これが俺がみんなに出来る唯一のことだから。」
言葉を口にすると涙が溢れそうになる。
「……ごめんなさい、みんなとまた会おうって約束も守れなくて……、俺だけが悠々と生き残って……、きっと恨んでるよな。憎いよな。……本当にごめん、ごめん……、なさい……。」
そう
千束は何故か険しい表情をしていた。
「…千束?」
「……なんで?」
「え?」
「なんで、さっきからそんな事ばかり言うの!?なんで、ハチが!恨まれるのさ?!」
「なんでって……、俺はみんなとの約束も果たせなかった上に、忘れてたんだぞ。みんなのことを、大事なことを、忘れてはいけないことを、忘れてたんだ。恨まれてるに決まってるだろ。」
「恨まれるわけない!!!」
千束の予想外の声に一瞬だけたじろぐ。
そんな俺に千束は言い聞かせるように目をはっきりと見て、優しく言う。
「いい、ハチ?ハチは勘違いしてる。ハチが記憶を失ったのは事故だし、ハチが悪い訳じゃない。……私は孤児院のみんなの事はハチが話してくれた以上の事は知らないけど、でもこれだけは分かるよ。…院長先生も子どもたちも、みんなハチのことを恨んでないって。」
「そんなこと………、」
「そんなことないって?もし、私が院長先生や子どもたちの立場だったらハチのことは絶対に恨まない。だって、ハチがさっき院長先生や子どもたちの話しを私にしてたときのハチの顔、とても嬉しそうだったよ。ハチがあんなに楽しそうに話しをする人たちがハチのことを恨んでるなんてありえない。」
「………。」
俺が何も言えないでいると千束は言葉を続ける。
「…きっとねハチは自分の事が許せないんだよ。……優しいから…優しすぎるから自分のしたことが…、記憶を失ってしまったことが許せない。」
「………。」
「だったら、自分が納得するまで自分のことを許さなくてもいいと思う。……でぇも、これだけは覚えておいて!」
千束は俺の両肩に置いていた自分の手を俺の両頬へ移動させ、はっきりと次の言葉を口にした。
「絶対にハチは恨まれてない!」
「そう……だな。そうだといいな。」
「きっとそうだよ!」
俺は
「…じゃあ、みんなまた定期的に来るから。」
そうみんなに伝えてから千束の方へ向かう。
「…もういいの?」
「あぁ、もう大丈夫だ。……行こう。」
千束を車椅子に座らせ山を下りようとしたときに後ろから声が聞こえた。
『いってらっしゃい!』
「!!」
その言葉が聞こえた瞬間、後ろを振り向いた。
そこには綺麗な孤児院があり、こちらに元気よく手を振ってくれている院長先生と子どもたちがいた。
俺は驚いてもう一度よく見てみるがもうそこにはみんなの姿はなかった。
しかし、俺ははっきりと見た。
たとえ一瞬でも俺は絶対に見た。みんなが……、院長先生たちが……、笑顔で俺を見送ってくれていた。
それだけで目頭が熱くなるのを感じる。
「ハチ?」
動かない俺に千束が声をかけてきた。
「いや……、なんでもない。」
(いってきます!)
俺は心のなかで院長先生たちにそう伝えてから千束の乗っている車椅子を押しながら来た道を戻る。
帰り道はここへ来たときと違い胸を張って千束と共に山を下りることが出来た。
喫茶リコリコの意味深なツイート……、W963Nでクルミに関するものだっていうのは考えられましたが…………ポケベルの番号なんてわっかんねぇよ!!