聖女の護衛役   作:名も無き二次創作家

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護り護られ

天恢夕日は美人が苦手だ。

“苦手”というのがミソで、嫌いとまではいかない。

故に、友情とか心配とか同情とかの興味関心が上回れば美人相手でも普通に接することは出来る。

というか、苦手ではあるがそれはそれとして男の子として美人にドキドキしてしまうので、なんにせよ色々な意味で美人に弱い。

 

「放課後に友達と遊ぶなんて、生まれて初めて……でした」

 

「お、おう」

 

デートの舞台は絃神島にあるとある大型デパート。

学生デートとしては無難だろう。

放課後に制服のまま来た二人の男女。

少女の方は芸術のように美しいはにかんだ笑顔を少年に向けるが、それが綺麗過ぎて困ったので、咄嗟に顔を逸らして朱の差した顔を隠す少年。

 

「……やっぱり私なんかと遊ぶのは嫌でしたか?」

 

大人からすれば思春期少年の微笑ましい挙動だったが、自分に自信が無い夏音にとってはそういうふうに思えたのだろう。

その声は困ったような、寂しそうな、そして悲しそうな顔をしていた。

夕日が彼女のその顔に涙すら幻視したほどに。

 

「まったくそのとおりだ。あーあ、こんな美人様とデートだなんて最悪。いつも言ってるけど、俺って美人が苦手なんだよね」

 

もはやヤケクソでそう返す夕日。

相変わらず夏音に見えないよう顔を明後日の方向に向けている。

まあ露骨すぎて普通は照れ隠しだとバレバレだろうし、彼自身それを狙っていたのだが、夏音は“普通”を通り越した天然だった。

つまり彼女には言葉通りの意味に受け取られてしまったわけで「ごめんなさい……」となるところだが、しかし今の彼女の関心は少しズレていた。

 

「……美人?」

 

「ん?」

 

お互いに認識の齟齬があるとき、そしてそれを両者がなんとなく察したとき、本人たちの動きは動画の一時停止のようになるものだ。

現在も二人はその例に漏れず、ピタリと止まってしまった。

 

互いに固まり、しばらくして夕日が先に復旧した。

 

「いつも言ってるだろ。“俺は美人が苦手だ”って」

 

「言われてました、ね……え?」

 

まさか?

そう呟いて、羞恥で顔が真っ赤になった。

 

“遠回しながら、同級生の男の子に日常的に美人だと言われていた”という事実。

自分の容姿が異端で浮いていると思っていた彼女にとって、それは青天の霹靂であった。

 

驚いた衝撃で身体が揺れ、髪が膨らみ、漫画なら『ぶわっ!』と効果音が入っていただろう有様。

あまりの動揺で崩壊したその清楚な表情筋など、一種のカルトファンを生みそうなほど可愛らしかった(女の子だった)

 

 

 

そんな彼女の反応を見て照れる夕日と、照れていることに照れてしまうどこまでも可愛い天使様が再起動するまでしばらくの時を要した。

 

 

 

◇◇

 

 

 

今回の“作戦”、取り敢えず滑り出しは順調だった。

何故ならこのショッピングモールには彩海学園の制服を着た学生たちが至る所に点在しているのだから。

中等部を中心に、高等部まで。

明らかに常軌を逸した学生密度だ。

これは夕日がわざと夏音とのデート場所を大きな声で言ったからであり、つまりは狙い通り。

このデート(笑)を観察する中で彼等の中に出来上がった『みんなのアイドル』『神聖な不可侵存在』という“近寄りがたい”叶瀬夏音像を塗り替え、親しみを持ってもらう。

それが夕日の作戦なのだから、目撃者は多いほうがいい。

 

「(ただの護衛対象に入れ込みすぎるなってご主人様には言われそうだけど、正直見てられなさ過ぎて辛いんだよなぁ。こんなに人気者で良い子がボッチで悲しんでるとか、世界のバグだろ。おまけに寄ってくるのは俺みたいな護衛という名のストーカーだけ。いやストーカーじゃないけど……!)」

 

内心での一人突っ込みもほどほどに、取り敢えず近くにあった洋服のブランド店で立ち止まる。

 

「洋服とか、興味あるのか?」

 

「……わからない、でした。考えたこともなかったので」

 

聞けば、彼女は休日に遊びに行く友達がおらず、捨て猫の世話などで忙しいため私服へ頓着する機会がなかったという。いつも父親が買ってきてくれた服を着て過ごしているそうだ。

 

「へえ、叶瀬さんのお父さんってセンス良いんだ。凄いな」

 

「はい。父にはいつも感謝をしていました」

 

年頃の女の子に認められるセンスがあるというのは、中年男性には珍しい。

当然そんなものに傾倒できる機会のなかった夕日は、私服のセンスなどカス同然である。服に頓着がない二人が服屋で楽しくデートっぽい振る舞いが出来るとは思えない。

よって、このお店は見送ることになった。

 

「そろそろ休憩しようか。フードコートで軽く食事でもどう?」

 

次に目を付けたのはフードコート。

ちょうど某世界最大のコーヒーチェーン店もあることだしと、そこでテキトーなコーヒーを買い、テキトーな席に座って会話に興じることに。

これも立派なデートだろう。

 

「思えば俺たち、互いのことをなんにも知らないんだよなあ」

 

「それはそうでした」

 

アイスコーヒーに口を付けながら口を開く両者。

元々夏音は自分語りするより他人の語りを聞いて相槌を打つタイプだし、夕日はそもそもあまり雑談をしないタイプだ。

具体的には、「すまん、そこ通してくれ」とかは見ず知らずの相手にでも普通に言えるが、「昨日のテレビ見た?」とかの“雑談”は、例え十年来の大親友が居たとしても絶対にしないタイプである。

まあ、だからこそそんな相手はこれまでもこれからも存在しないのだが。

 

兎も角これは良い機会。

折角なので互いに身の上話でもし合おうじゃないかとなるのも自然な流れ。

まずは夕日から語っていく。

生まれは本土だったこと。

人間として普通に暮らしていたこと。

数年前にとある吸血鬼の王女様(美人)に無理矢理血の従者にさせられたこと。

美人が苦手なのはそのときのトラウマであること。

パスポートも何も無く、魔族に成り果てた彼には本土に居場所がなかったこと。

絃神島に来てみたはいいが身分証がないので魔族登録証が発行できず、未登録魔族(密入国者)として国家攻魔官に掴まりかけたこと。

それが南宮那月だったこと。

そのときの騒動で使った眷獣の能力に目を付けられて国家攻魔官助手見習いをさせられていること。

もし南宮那月に見限られれば自分は豚箱行かも知れないこと。

そんな、格好良さの欠片も無い、ともすれば拒絶されかねない遍歴を赤裸々に語った。

神への懺悔にも似たような、語らせるだけの神聖さが彼女にはあった。

 

その次は夏音の番。

産みの親を全く知らないこと。

学校裏の礼拝堂が、実は昔は修道院であったこと。

そこで暮らしていたが、火事で燃えてしまったこと。

修道院が焼ける少し前に、現在の義父に養子として引き取ってもらったこと。

今は何不自由なく幸せに暮らしていること。

最初は少し表情が硬かったが、最後には笑顔で話し切った。

 

今の父親との関係が良好であることは明白。

 

 

お互いに過去を打ち明け合った。

それによって相手への理解が進んだ二人は、お互いの解像度が上がり、相手の存在をより確実に知覚できるようになったことを感じた。

もっと言うと『他人感』というか、『自分とその他』の“その他感”というかが限りなく薄くなったのだ。

両者ともに、過去には赤の他人などに触れられたくない、言うなれば“秘め事”があった。

秘め事の共有者。

 

それは本来出会ったばかりの関係で行うことではないのだろうが、この2人にはまともな人間関係を構築できた経験が無いに等しく、普通では無い距離の詰め方がたまたま性に合っていた。

 

偶然にも、護衛と被護衛という他人行儀な関係から一歩進んだのだ。

 

「全部……話してしまいましたね」

 

初めての護衛。

初めての男友達。

初めての放課後デート。

そして初めての過去の告白。

 

初めての連続。

急激に縮まった距離。

そのせいか若干赤みが差した頬に僅かに伏せた顔。しかし話し相手から目をそらさない誠実性で若干の上目遣いとなった夏音は、元々の美しさも合わせてかなりの破壊力だ。

いくら美人が苦手といえど、思春期の男の心臓に早鐘を打たせる程度の威力は持って余りある。

 

「……」

 

「……」

 

今の状況を端的に言うと、あまりの可愛さに好きになっちゃいそうになった(まだ好きじゃない。たぶん)彼女いない歴=年齢思春期拗らせ童貞男子中学生な夕日くんが照れて黙りこくっちゃったので自分もなんか恥ずかしくなっちゃってぷるぷる震えて黙りこくっちゃったうつむき美少女────というかうつむきカップルの図。

 

他の席の、主に女性陣達から「あらあらまあまあ。うふふふふ」と微笑まし気に見守られながらも、その外周は彩海学園中等部生徒一同による殺意敵意興奮諦め応援その他諸々の混沌極まる感情に埋め尽くされていた。

まあ、二人の世界に入ってしまっている彼等にはわからないことであったが。

 

 

と、そんな時にとある二人組がやってきた。

 

「あれ、叶瀬さん?」

 

「おお、ほんとだ。奇遇だな」

 

一人は彩海学園中等部に夕日より少し前に転校してきた姫柊雪菜。

聖女や天使と称えられる叶瀬夏音に負けず劣らずの美少女として、校内ではかなりの有名人だ。

もう一人は彩海学園高等部一年生の男子生徒。

話題の転校生年下美少女を侍らす男の敵として悪い意味で有名なだ。

だが、夕日は那月経由でこの二人のもう一つの顔を知っている。

 

暁古城

その正体は、世界に三人しか居ない吸血鬼の真祖、その四番目。

十二体もの眷獣を従え、災厄をまき散らす。

一切の血族同胞を持たずして、唯一孤高。

歴史の転換点に必ず現れ、世界の虐殺と大破壊をもたらしてきたという、伝説の中にしか存在しないはずの世界最強の吸血鬼。

 

“第四真祖”

 

そしてその監視役として政府・獅子王機関から派遣された“剣巫”と呼ばれる攻魔師、姫柊雪菜。

 

獅子王機関というのは、ざっくり言うと国家攻魔官と縄張り争い状態で仲が悪い。

流石に本業として教師をやっており経験豊富且つ実績もある南宮那月と、素直な生徒で自分を未熟だと理解できている姫柊雪菜の仲が険悪なわけではない。

むしろ雪菜は那月に敬意を持っているが、当人間の間柄と組織間での問題は別なのが悲しいところか。

さきほども言ったが雪菜は素直なので、組織間のしがらみを意識して気まずくなることがある。

まあそれは置いておいて、つまり国家攻魔官助手見習いである夕日とも当然仕事上は対立関係になるのだが、それを差し置いてもなお夕日は雪菜が苦手だった。

なぜなら夏音に匹敵する美少女なのだから。

当然である。

 

「うわっ」

 

と、突然の遭遇でこんな声を漏らしてしまうほどに。

 

「おい姫柊、こいつめっちゃお前のこと嫌がってるけど。何したんだよ」

 

「何もしてませんよ、失礼な吸血鬼(ヒト)ですね。私と彼は初対面のはずです……て、すみませんいきなり。つい声をかけちゃいましたけど、お邪魔でしたね」

 

「あ、ああ……いや、問題ない。すまん、急だったから驚いただけで、別に姫柊さんが悪いわけじゃないから。良ければご一緒にどうぞ。叶瀬さんも、いいよね」

 

「はい、大丈夫でした」

 

夕日は思う。

この姫柊という美人の卵は、個人的に苦手だ。だが、最近この少女と叶瀬さんが友達一歩手前まで来ていることは知っている(夏音が例の猫たちの世話をしているときの出会いなので遠くから護衛しか護衛出来ていなかったが、それくらいは把握できている)。今日の作戦内容的に、こいつを使わない手はない。嫌だけど。

と。

夕日は気がついていないが、美人が苦手の彼がそんなことをすれば本来はとんでもないストレスがあったはずだ。しかし「夏音のため」という理由がもたらすストレス軽減効果が、以前と比べて格段に上がっていた。

つまり、夏音のためになることが嬉しいのだ。

 

「というか、もしやお邪魔だったのはこちらだったかな? 姫柊さん、()()()

 

「なッ!?」

 

「はあ? 俺たち別にそういうんじゃないんだが」

 

瞬間で赤面沸騰した雪菜とやれやれといった感じで気怠げに説明する古城の姿は対照的だった。

 

ここで断るとまるで二人きりのデートに繰り出そうとしているように見られかねないし、そもそも断る理由がない二人がコーヒーを買ってきて席に着いた。

夏音の隣に雪菜。

夕日の隣に古城という配置だ。

 

そのままダブルデート紛いのトークタイムが始まった。

古城の「あれ、俺名乗ったか? こいつ俺の名前を……あれ?」という疑問が流されたまま。

話題というのは、その場の人間の共通の事柄や知り合いが槍玉に上げられることが多い。

まず南宮那月の理不尽さで古城と夕日が盛り上がり、姫柊が話題を彼女の従者であるアスタルテにそらし、アスタルテを姉のように慕う夕日が彼女の尊敬しているところを嬉々として列挙し始めた。

 

「────てことがあって……て、叶瀬さん? ああ、ごめん。叶瀬さんは姉さんとあまり接点がなかったよね。ごめんね、3人で勝手に盛り上がっちゃって」

 

盛り上がってたのはお前一人だよ、と言いたげなジト目の古城とその監視役のことなど、まるで見えていない。

 

「え? いえ、私もアスタルテさんには保健室でお世話になったことがありますし、知らない人というわけでもないので問題ありませんよ?」

 

「そう?」

 

「はい」

 

「(一瞬、どこかつまらなさそうな顔をしていた気がするんだけど、気のせいだったか?)」

 

彼女も誤魔化している様子はなく、本気で首を傾げていることが伝わってくる。どうやら自分の勘違いで間違いなさそうだと判断し、彼は話を続けようとする。

だが────

 

「きゃーッ!?」

 

ガラスの割れる音と、人々の騒然とした声が響き渡った。

 

「またかよ」

 

「さすがは魔族特区。最近慣れてきてしまいました。不本意ながら」

 

落ち着いて立ち上がり、事態を確認しようとする第四真祖とその監視役。

叶瀬も物心つく頃からこの島で暮らしている。

この程度の騒ぎなど慣れっこなので、怪我人がいないことを願うことはあっても、取り乱すことはない。

 

そんな彼らとは対照的に、この島の治安に慣れていない人物が一人いた。

 

叶瀬夏音の護衛役である天恢夕日だ。

 

彼は突然の騒ぎに驚き、半溶の怪鳥(眷獣)を召喚。

自信と叶瀬をその身体と片翼で包むように配置する。

そして────

 

「夏音ッ!」

 

「あっ────」

 

彼自身も、叶瀬の身体を抱きしめるように引き寄せ、周囲を警戒していた。あの空隙の魔女が護衛をつけさせる以上、叶瀬夏音という少女が何者かに狙われている可能性があるとは思っていた。実際には勘違いなのだが、とにかくそんな事情で、彼は焦っていたわけだ。

 

「落ち着けって」

 

「え、ああ。すまん……」

 

「謝罪は暁先輩ではなく、まず叶瀬さんにするべきだと思いますけど」

 

そう指摘されて、ようやく彼は気づく。いつの間にか、叶瀬夏音を思いっきり抱きしめていたことに。

 

 

 

◇◇

 

 

 

「(気まずい。滅茶苦茶気まずい……)」

 

トイレで手を洗いながら、少年は物思いにふける。

さきほどの事件は特区警備隊(アイランドガード)が犯人を連行していった。

それはいいとして、夕日は叶瀬に対して気まずくてトレイに逃げてきていた。鏡に映るのは、いつにも増して冴えない自分の顔。いくら相手が中等部の聖女と言われるほど心根が綺麗でも、年頃の女の子だということを考えれば、こんな自分に突然抱きしめられてさぞ不快だったことだろう。そう思うと「悪いことをしたな」と、罪悪感が更に顔を冴えなくさせる。

 

「改めてちゃんと謝らないとだよなあ」

 

しかし、こうも思う。蒸し返すのも悪いかもしれない、と。謝るべきか、蒸し返さないように無かったことにするべきか。どちらがより彼女に嫌われないで済むのか。

そこまで考えて、頭を抱えた。

 

「(これじゃあまるで彼女に好かれたいみたいじゃあないか)」

 

いや、護衛対象に嫌われたら護衛が難しくなるんだから、仲良くするのも仕事のうちなのだ。そう自分に言い聞かせて、心を落ち着かせた。いい加減に彼女たちの元に戻らないといけないからだ。

 

心を落ち着かせて、みんなのところに戻る。そんな彼に気づいて振り向いた叶瀬に、片手を挙げて合流しようとしたその時、ガラスの割れる音が響いた。

 

「叶瀬さん、危ない!」

 

獅子王機関の剣巫(けんなぎ)が、咄嗟に一般人である叶瀬を護ろうとする。だが、それだけでは足りない。この階は最上階ではないものの、天井が吹き抜けになっておりガラスでおおわれている。そのガラスが、がかなり広範囲にわたって砕け散ってこのモール内に降り注いでいる。おまけに夕日の作戦により、人口密度が非常に高い。このままでは被害は甚大だろう。

 

「マジかよ!? やるしかないのか……!」

 

それを受けて、第四真祖の暁古城がその膨大な力をぶっ放してガラスの破片を吹き飛ばすべきか、迷う。幸い空に向けて解き放つ形になり、被害は最小限になるだろう。

だが、真祖の眷獣は強力だ。

繊細な制御ができない今の彼では、余波だけで残っているガラスが全て砕け散って、被害が拡大する可能性がある。

 

だが、この事態をどうにかしようと思ったのは二人だけではない。寧ろ、この場に守るべき人がいるのは彼を置いて他になかった。

夕日は上を向き、無数のガラスの破片を睨みつける。

 

「な!?」

 

「これは……」

 

吸血鬼は、眷獣をコントロールすることで実体化させずともその能力の一部を引き出すことができる。視界に入れた全てを停止させる、天恢夕日の眷獣の能力が発動したのだ。

 

「よくやった、天恢! 全員今のうちに下の階に逃げろ!」

 

「しばらくの間は大丈夫ですので、落ち着いて移動してください!」

 

 

 

◇◇

 

 

 

「どうした。報告が済んだらとっとと自分の部屋に戻れ」

 

「俺のいる意味……」

 

「なにか言ったか?」

 

「いえ。美人の卵とはいえ、これ以上成長しないと思うと安心感があるなあと思いまして」

 

「喧嘩を売っているのか貴様」

 

「あ痛っ」

 

「将来はロリコン確定だな。今のうちにくたばったほうが世間のためだぞ」

 

黒い扇子で頭を叩かれて、続けざまに罵られる。

 

空隙の魔女、南宮那月。

彼女は天邪鬼なので、今の発言は「お疲れ様。ゆっくり休んでね」という意味だと夕日は勝手に解釈している。そう思わなければやっていられない。

 

職権乱用が服を着ているような彼女は、世界に名を轟かせる国家攻魔官だ。当然情報収集能力も一級で、夕日が報告した内容以上の情報を既に得ていた。若い吸血鬼と獣人が喧嘩をして、その余波でモールのガラスにダメージが入り、時間差で割れたのが今回の騒ぎの原因だという。

 

「そういえば」

 

「はい?」

 

言われた通り、部屋に戻ろうとした夕日。そこに今思いだしたというように話しかける南宮那月。

 

「お前、あの聖女とはどうだ」

 

「どう……とは」

 

彼女にしては珍しく抽象的な問いだった。故に、答えに窮す。

 

「……美人は苦手なのだろう。上手くやれているのか」

 

「え」

 

夕日は考える。

自分と彼女が上手くやれているのかどうか。

今日思ったこととしては、「自分でも意外なほどに彼女を護りたいと思っているらしい」ということだ。何故かは知らないが、彼女を見ていると懐かしい気分になってくる。それに、彼女を抱きしめてしまったとき、想像以上に細く簡単に折れそうだった。柄にもなく「護らなきゃ」と思ってしまった。そしてその矢先にガラスが降り注いだ。今回は偶然間に合ったからよかったものの、もしトイレにもう少し長くいれば結果はわからなかった。それを考えると、「もっと傍にいたい」「護りたい」と思っている自分がいることに気が付く。

つまり、自分にとっての彼女はそう悪い印象ではない。

彼女も自分がデートに誘えば乗ってくれる程度の関係性は構築できている。

仲は良好と言えるだろう。

だが、それは彼女の情報網があれば調べるまでもなく簡単にわかることだ。

それをわざわざ聞くということは、言葉以外の意味があるということではないだろうか。

『美人は苦手なのだろう』

確かに彼女はこう言った。

わざわざそこに言及するということは、つまり、まさか、いやそんなはずは────

 

「(まさか、本当に俺のことを心配してくれている?)」

 

と、考えに考えた末にその答えに行き着くと、彼は急にそうとしか思えなくなってきた。

 

「なんだその目は……。ふん、問題ないのならとっとと行け」

 

「はい、ご主人様」

 

彼は久々に、それこそ例の誘拐事件の前ぶりに、ぐっすりと眠れたのだった。

まるで保護者を得た子犬のように。

 

 

 

 

 

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