「ウタ、ちょっといいか」
「?はい、なんですか。ガープさん」
海兵としての生活にも漸く慣れてきた頃、ガープさんは藪から棒に話を切り出した。
「一度、フーシャ村に戻るぞ」
「わかりました。じゃあすぐに支度...えっ」
「えぇ〜〜〜〜〜〜!!?」
...本当に、藪から棒に。
「ふざけるなァッ!!ガープ!!」
『ぶわっはっはっは!!』
執務室にて、海軍本部元帥・センゴクは電々虫を通じた向こう側にいるガープに怒鳴り散らしていた。センゴクとしても、ここ数年同じくらいのものを出したかどうかわからないレベルの声量である。
「貴様状況がわかっとるのか!!?お前だけでも本部を離れれば“上”は黙っとらんぞ!!それを...!!ウタを連れ出したァ!!?何やっとんじゃ貴様はァ!!」
『いやー、すまんのう。ちと休暇を貰うぞ!すぐに戻るわい。ウタの無事を報告するだけじゃ』
「その“だけ”で軍がどれほどの大騒ぎになるのかわかっとんのかァ!!!貴様、私を忙殺する気か!!?」
『そうは言ってものぅ...。もう海には出てしまったぞ!今更戻るわけにもいかんじゃろう?』
「いいや、今からでも遅くはない!!いいか!!二度は言わんぞ!!!今すぐ帰『ガチャ』って...!...。」
...。
「...あ、あの...元帥殿...?」
部屋の前には、緊急事態に対し呼びつけていた海兵が呆然とした様子で立っていた。
センゴクはその海兵の表情を見ると...般若のような“怒り顔”を一転させ、その異名の通り“仏”のように穏やかな顔になった。
その海兵は、上司の突然の変わり様に恐怖心すら抱いた。
「おい」
「は、はいィ!?」
“仏のセンゴク”は、とても晴れやかな表情でこう告げた。
「私は今から辞表を提出するぞ」
...数分後。マリンフォードは“ガープとウタの脱走”、“センゴク元帥の引退発言“というこの世の終わりのようなニュースで大混乱に陥った。
「ふぃ〜。いつにも増してキレとったなァ。こりゃ帰ったら殺されるな」
「あ、あの...やっぱりまずかったんじゃ...?」
「あん?まずいに決まっとるじゃろう?」
「なんで連れて来たんですかぁ!?」
私は、軍艦の上で膝をついて絶望していた。
「フーシャ村に帰れる」と聞いた時は、嬉しかったけど...まさかこんな強引な強行軍だとは思わなかった...!いや、でもガープさんってわりと前からこんな感じだったな...。
「あの、ガープさん。フーシャ村にはしばらく戻れないって話だったんじゃ...」
「おう。本来はな。だが今わしが話をつけたわい」
「一方的だった気がするんですけど」
少なくとも、今マリンフォードでどんな騒ぎが起きてるのか...あんまり考えたくない。私、今日で死ぬのかな。
「わしも時期が来るまでは待つつもりじゃったがのう...なぁ、ウタ。一つ聞いてもええか?」
「...なんですか?」
「本当に、海兵になりたいのか?」
「!」
その言葉を言われた時、私の心臓が飛び跳ねた。顔にも出てしまったのだと思う。ガープさんは「やはりか」と言って前を向いた。
「わしからすれば願ったり叶ったりの話じゃ。お前さんが海兵になると聞けば、ルフィの奴も海賊になることを思い留まるかもしれんしのぅ...。だがな、ウタ。信念のない海兵は...いつか死ぬぞ」
「...“信念”」
...ガープさんには、お見通しだったらしい。私が海兵になった“理由”が。
「だから...ええか、お前さんが本当に海兵になりたいなら...明日の朝、もう一度フーシャ村に軍艦を停める。戻ってくるとええわ。だが、もし“別の道”を行きたいのなら...!わしは追わん。どこへなりとも行くがええわ」
「...ガープさん」
「あぁ、それとこりゃ独り言じゃが...!ルフィの奴も年頃じゃ。近頃長い家出の一つもするかもしれんのぅ...。そうなったらわしには、探す術はないわ」
「...ありがとうございます。ガープさん」
「何のことやら、じゃ」
私とガープさんは、波に任せて静かに向かう。
私たちの村へ。
「...!?お、おい!皆!軍艦だ!乗ってるのはガープさんと...!ウ、ウタだァ!!!」
「な、何ィ〜!?ウタじゃとぉ!?」
「嘘...!?ウタちゃん、帰って来たの!?」
「おい、ルフィの奴に知らせ...!ど、どこ行ったんだあいつはァ!?こんな時に!!」
村に着くと、村の人たちが大騒ぎしているのが船の上からでもわかった。
「騒がしい出迎えじゃ」
「...みんな」
私は、軍艦を降りてフーシャ村の港に足を下ろした。
そんなに日が経っていないはずなのに...それだけのことで、涙が出てきて。
「おかえり、ウタちゃん...!」
「...よう、帰って来たもんじゃ。ウタ」
「...フン!海軍に殺されたと聞いたがね!」
「何か言ったか?」
「すいません」
「マキノさん...村長...ダダンさん...」
私は、その時...久しぶりに、心から笑った。
「...ただいまっ!」
「それにしてもガープよ。いきなりではないか。心臓が飛び出るかと思うたぞ!こういうことは早めに連絡せんか!」
「いやァ、わしらも急いで来たもんでのう!悪いんじゃが、わしは今すぐマリンフォードへ戻る!色々と片付けにゃいかんことがあるもんでのう」
「...ほっ」
「ウタ。さっき言ったことを忘れるな。お前さんの道は、お前さんが決めるんじゃ...!」
「...はい」
私は、ガープさんにしっかりと頷き返した。
そうして、ガープさんはあっという間に軍艦に乗って行ってしまった。
「...マキノさん、色々と話したいことがあるんだけど...その...」
「わかってるわ。ルフィに会いたいんでしょ?」
「...うん」
私は、俯いたままこくんと頷いた。
マキノさんにも、ルフィにも、合わせる顔がない。
「ごめんなさい。すぐに戻ってくるので...ルフィに会って来ます!!」
「えぇ、わかったわ。...って、場所はわかるの?」
「...多分」
私とルフィには、“秘密の場所”がある。どちらかが居なくなったとき、そこに行けば必ず会えた。
私たちの“秘密の場所”。
「うわァ〜〜〜〜!!!」
「...」
村の外れ。緩やかな丘の上に、今はもう使われてない古びた“塔風車”がある。
その中は埃っぽくて、汚れてて...こっそり遊ぶにはうってつけだった。
「くっそ〜〜〜!!また失敗したァ〜〜〜!!!」
私は、あの場所が好きだった。
「...何やってんの?ルフィ」
私にとっては、いつまでも変わらない思い出の場所だったから。
「あ!ウタ!聞いてくれ!!おれ、ウタに会うためにボート作んなきゃなんねェんだ!!なのに、さっきからなんでかボートが爆発して...!その度におれは吹き飛ばされてよ!!ウタ!お前もウタに会うために手つだ...え...」
「...なんでボートが爆発すんのよ」
「!?」
私を見たルフィの目が限界まで見開かれ、大口を開けて声の出ない悲鳴を挙げている。
「...ふふ、ひっどい顔」
「え〜〜〜〜〜〜!!!ウタ〜〜〜〜〜〜!!?」
...コイツは、ホントに変わらないなぁ。
「えっぐ...!!うぐ....!!」
「ちょっと泣かないでよ、汚いなぁ。はい、ハンカチ」
「な、泣いてねェ...!!おれが泣くかァ〜〜〜!!ち〜〜〜〜ん!!」
「出た。負け惜しみ〜!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったルフィを、私は唇を吊り上げていつもの様に馬鹿にする。我ながらなんと大人気ない。
何故か、私はルフィの前だと子供の様に振る舞いたくなってしまう。何十歳もお姉さんなのにこれはいけない。
もう、子供じゃいられないんだから。
「ほらほら、立って!私だってもう時間ないんだから!」
「...え?帰ってきたんじゃねェのか!?ウタ!!」
「なワケないでしょ。アンタには会えたから、村の皆に挨拶して...荷物とかもまとめて...色々やらなきゃいけないことがあんの。明日には私はもういなくなるんだから」
「え〜〜〜〜!!なんでだよ!!どこに行くんだァ!!?」
「決まってるでしょ。新聞読んでないの?」
「読んだよ!あんなのデタラメに決まってる!ウタが悪いことするワケねェ!!」
「...海賊になろうとしてる時点で、悪いことなんだけどね。でも、確かにそれで言うと私はなにも悪いことはしてないわね」
「?どういうことだ?」
キョトンとするルフィに...私は一呼吸置いて、静かに言った。
「ルフィ、私ね...“海兵”になったの」
「...え?」
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