「...海兵?」
「そうよ」
私の言葉を聞いたルフィは、呆然とその場に立ち尽くしていた。
当然の反応だ。私は...ルフィを裏切ったんだから。
罵倒されるかな。それとも絶交?殴られるかもしれない。
どうなったとしても、もう決めたことだ。
「へェ〜...!じゃあさ!」
「?」
「ウタは海兵が終わった後に海賊になるんだな!!」
「...はぁ?」
私は、ルフィのキラキラとした目を見てただひたすら困惑した。
...ホントにバカだなぁ。ルフィって。
「はぁ〜...違うわよ。もう海賊にはならないの」
「えェ〜〜〜〜!!?」
「普通そういう話になるでしょ...?」
「なんでだよ!!一緒に海に出るって言ったじゃねェか!!」
「言ったけど...やめたの。悪かったわね」
「シャンクスは“一緒に来い”って言ってたぞ!?」
「...っ」
それを言われると、弱い。
この選択は、ルフィだけじゃなく...シャンクスまでも裏切ってしまうことになるから。
私はいつも、シャンクスを裏切ってばかりだ。
「...それでも、もう決めたの!今更アンタに何を言われても意見は変えない!」
「なんでだ!“新時代を作る”って言ってたじゃねェか!!」
「っ!!そんなの...出来るわけないでしょ!!」
私は、思わず絶叫していた。”新時代“。それは私が今一番聞きたくない言葉だった。
過去の間違いだらけの私を象徴する言葉だ。
「なんで出来ないって決めつけんだ!!やってみなきゃわからねェ!!」
「やったよ!!だから言ってるの!!!」
「...え?」
お互いに、息を切らしながら叫ぶ。こんなに大声を出したのはいつぶりだろう。
私は、呆然としたルフィの顔を見ていたら、なんだかとても懐かしい気分になって、こんな提案をした。
「...ルフィ、勝負しようよ...!前みたいに...!私が勝ったらもう泣き言言わないこと。わかった?」
その提案に対し、ルフィは一瞬驚いた顔をして...すぐに好戦的な笑みを浮かべた。こういうことをすればルフィは乗ってくると、私はわかってた。
「...ししし!いいぞ。じゃあおれが勝ったら海賊になれ!!ウタ!!」
そうくると思った。
「望むところよ。言っておくけど、手加減はしないから」
「当たり前だ!!」
「じゃあ、かけっこ勝負ね。ここから丘の麓まで...!どっちが先に着くか勝負よ!」
「おう!負けね「はいスタート!」ェ...あー!?ずりーぞ!!」
私とルフィは、勢いよく走り出した。
「はああああぁぁぁっっ!!!」
「あああああァァァッッ!!!」
全力で体を動かして、絶対にこいつには負けたくないって、お互いに思いながら。
私たちは、ただただ走った。
「...ひ、引き分けね...!!」
「ゼェ〜...!ゼェ〜...!!」
私とルフィは同じ場所で同時に倒れ込んだ。
...実は勝つことも出来たんだけど、あえてちょっと手加減してルフィを待ったのは内緒だ。
「...ウタ、お前本当に海兵になんのか?」
「さっきから...そう言ってるでしょ...」
息を整え、一緒の空を見上げながら、私たちは語らう。
「...なんでだ?」
私は、頭の中でルフィを納得させる“理屈”を探した。
会議で決まったことだから。逃げられないから。将来の安定性。
私は、その中で一番ルフィを説得できる答えを出す。
「私、未来から来たの」
...あれ?
何言ってんだろ。
「...未来?」
ほら、ルフィが食いついた。早く言い直さないと。訂正しないと...
「...そう。私は、12年後の未来を知ってるの」
もう...戻れなくなるのに。
...私は、ぽつぽつとルフィに語った。
赤髪海賊団との別れ。エレジアでの“歌姫”活動。新時代を作るライブ。そこでの失敗。ルフィとシャンクスとの再会。私の死。
全部、全部。
私は...喋ってしまった。
「...」
「...」
全てを語り終えて、私たちはしばらく無言だった。
「...ん〜」
ルフィは、しばらくうーんと唸る。
必死に平気を装おうとするが、心臓がバクバクと鳴って、変な汗が出てくる。まるで、裁きの時を待つ罪人の気持ちだ。
「...よくわかんねェ!!」
...そう聞いて、私は思いっきり脱力してしまった。
「...そんなことだろうと思った」
詰まっていた息を大きく吐き出す。
「なんでそれで、お前が海賊にならないって話になんだ?別にシャンクス達のことは嫌いじゃねェんだろ?」
「うん。“海賊嫌い”は、ただの私の勘違い。海賊にならない理由は...私には、そんな資格もないからってだけ」
「はぁ〜?」
「今聞いたでしょ。私は危うく魔王を蘇らせて、世界中の人達を殺しちゃうところだったの。ルフィとシャンクスのお陰で、そうはならなかったけど...私のやったことは、許されないことなんだよ」
「別に殺そうと思ってやったわけじゃねェんだろ?」
「結果的にはそうなったでしょ。私の考え方じゃ、皆は幸せになれなかったの」
「ふ〜ん。おれはお前の作る世界って、嫌いじゃねェぞ!!楽しそうだしな!!ししし!!!」
「...そっか。初めて言われた」
...。
「ねぇルフィ...海賊になるのやめなよ」
「え?」
「私と海に出てさ、誰もいない島に住んで...一緒に暮らさない?きっと楽しいよ。お家を作って、果物を取ったりして、歌を歌っ...て...」
そこまで言って、私は正気に戻った。
「ごめん。やっぱり今のナシ」
私は、どこまで自己中心的なんだろう。
...死んじゃえばいいのに。
「...」
「...ルフィ。私と海に出ても、良いことなんて何もないよ。迷惑ばっかりかけるだろうし、海軍だってたくさん追ってくるだろうし。それに...ルフィを助けてあげられないよ」
私は、せいぜい歌を歌うことしかできない。それも、私の能力があればまだ役に立てただろうけど...もう今は使えないし。
私はルフィの役に立てない。
「んー、そうか?おれはウタに助けられたぞ?」
「...はぁ?いつの話それ?」
返ってきたルフィの言葉に、私は思わず気の抜けた返事をしてしまった。
私がいつルフィのことを助けたと言うんだろう。
「この前だ!マキノを助けに船に乗ったろ?おれそん時気絶しちまったんだけどよ!目ェ覚めたら、ウタがおれのこと守ってくれてたじゃねェか!」
「...なに、それ」
私は、そんなこと知らない。
...なにかの勘違いだ。
「覚えてねェのか?言ってたじゃねェか!“目が覚めたら、一緒に海に出よう”って!!ししし!!」
...。
「そっか...あなたが私に“やり直し”の機会をくれたんだね」
「お願い、力を貸して」
「大丈夫だよ、ルフィ。私が守ってあげるから」
「目が覚めたら...一緒に海に出ようね」
...。
その瞬間、私の脳裏に“記憶“が蘇った。断片的な...“あの日”の記憶。
「...嘘だよ」
「嘘じゃねェって!“未来”知ってんならわかるんじゃねェのか?」
「私は、何も知らないよ」
未来を知っているのに、何も変えることができない。それが私だったはずだ。
私が...ルフィを助けた?あり得ない。
それどころか私はあの日、ルフィを...
「ふーん?とにかく、おれはウタと海に出てェ!!海賊は唄うんだろ?船には“音楽家”が必要だ!お前はおれの船に...」
「...アンタは私のせいで死にかけたんだよ!?」
私は、我慢が出来なくなって思い切り立ち上がり、ルフィを見下ろした。
ルフィの呑気な笑顔を、私は凄い目で睨みつけていたと思う。
「覚えてない!?アンタは私のせいで死にかけたでしょ!?なのに、なんでまだ私に構おうとするの!?」
「...おれがお前に助けられたからだ」
「なんで...!私は、もうこれ以上...!!未来を変えたくないの!!」
「...なんでだよ。知らねェ未来が恐ェのか」
「恐いよ!!」
ルフィも立ち上がって、私とルフィは真正面から向き合った。
「私が未来を変えたら...本当なら、もっと未来まで生きられたはずのアンタが...!死ぬかもしれない!!」
「...!」
「そんなの...!!耐えられるわけないでしょ...!!?」
気づけば、私は涙を流していた。
滅んだ島で目覚めたあの日。ルフィが私のせいで死んだかもしれない...そう思った時、私は絶望のどん底に叩き落とされた。
“本当の未来”なら、ルフィは必ず...少なくとも12年後までは生きられる。なのにルフィが“その前”に死ぬとしたら、それは未来を知ってる私が原因でしかあり得ない。
私のせいでルフィが死んだら...その考えが頭に浮かんだ時点で、私の中から“ルフィと離れる”という以外の選択肢は消えてしまった。
私がいなければ、少なくともルフィがすぐに死ぬことはないのだから。
「私は...!ルフィが死ぬのが...!こわい...!!」
それが、私が海兵になった理由。
ルフィから離れる事を決めた理由だった。
「お前のせいで死ぬなら!!おれは別に良い!!」
...。
何を言われたのか、わからなかった。
「な...!!何言ってんの...!?良いワケないでしょ!!?」
一瞬の思考の空白。その後に、ようやく私はルフィの言った事を理解して、怒りと共に叫んだ。
「いや、良い!!おれはどうせ死ぬなら仲間に殺されてェ!ウタに殺されるんなら、おれは後悔しねェ!!」
「ふ、ふざけないで!!仲間に殺されることが...!良いワケないでしょ!?」
「良いっつってんだろ!!おれの気持ちの問題だ!!」
「この...ッ!」
私は、咄嗟にルフィに掴みかかって地面に押し倒した。
「ワガママ言うなッ!!“モンキー・D・ルフィ”!!」
コイツは何もわかってない。私がどれだけルフィのことを考えて悩んだのか、まるでわかってないんだ!
「私は海兵になるの!!もう“敵”なの!!仲間じゃない!アンタとは一生会わなくなるのよ!!」
だから私は、ルフィを突き放す言葉を叫んだ。
「そんなの...!!関係ねェ!!!」
だけど...わかってないのは、もしかしたら私だったのかもしれない。
コイツは...このバカは、人の気持ちなんて一切汲み取ってくれない大馬鹿野郎だって、わかっていたはずなのに。
「ウタ!!お前はァ!!おれの〜〜!!!」
「“仲間”だァ!!!」
「...ッ!?」
...
......。
「ふ〜ん...じゃあさ!ウタ、お前...」
「おれの仲間になれよ!」
これは、私がルフィに誘われた“あの日”の記憶。
「はぁ?」
私は、ルフィからの突然の勧誘に気の抜けた返事をした。
「お前の夢!おれは気に入ったぞ!海賊王のクルーになるんなら、それくらいじゃなきゃダメだ!」
「...“海賊王”って、アンタ...意味わかって言ってんの?シャンクスですらそう呼ばれてないのよ?」
「あぁ!おれはシャンクスを超えるからな!シャンクスよりすげー海賊になるんだ!」
「へぇ、アンタがねぇ...?言っておくけど私は安くないわよ?私は世界一偉大な船に乗ってるんだから。アンタが勧誘してるのは世界一偉大な音楽家なの」
「ししし!ならおれの船に乗れば“海賊王の音楽家”だ!!」
「...“海賊王の音楽家”ね〜」
私は、ふふ、っと笑ってルフィに言った。
「悪くないわね、それ」
...
......。
「お前はおれの船の“音楽家”だから!!おれがお前の全部を背負ってやる!!」
...気づけば、私はルフィに押し倒されていた。すぐ近くに、ルフィの見たこともない怒った顔がある。
「...何、言ってんの...!?」
「何が起きても!!おれは味方だ!!」
「...ぁ」
視界が滲んで...ルフィの顔が見えなくなる。
「いいか!おれはお前に命を預ける!!だから、お前もおれに命を預けろ!!」
「...うっ、ぁ...!」
私の気持ちなんか無視して、一方的に叩きつけられる言葉。それなのに...
「おれは絶対に!お前がいねェ所で死なねェ!!だからお前も...!!おれがいねェ所で死ぬな!!」
私は、どうしても...
「仲間はどこにいても繋がってるんだ!!だから、離れても...!海兵になっても!!」
「...ル゛フィ...っ!!」
ルフィを押し退けることが、出来なかった。
「おまえは仲間だァ!!!」
「...う゛っ、うぅ...!!」
私の中に、ずっと、泥のように溜まり続けていた。抑えつけていた感情が...
...壊れた。
「う゛あぁぁあぁぁぁぁ......!!!」
私はその日...ただただ泣いた。
不安が、絶望が...“二度の人生”分の負の感情が、すべて、溢れ出ていく。
「ルフィ...!ル゛フィ...っ!!!」
私の心に燻る“闇”も、“過去”も。
全部太陽のような温かさで、涙と共に流し去ってしまった一人の男の子。
ようやく思い出した。
私は...彼の船に乗る“音楽家”だった。
「あ゛ぁ゛あぁぁぁぁぁぁ......!!!」
...
......。
「あ!戻ってきましたよ、村長!ルフィ!ウタちゃ〜ん!!」
「...ふぅ。何かあったのかと思ったわい」
「ガキンチョどもめ...チッ、心配させやがって」
私はルフィと、二人で村に降りて来ていた。
もう...迷いはない。
「ねぇ、ルフィ」
「うん?」
「...ただいま!」
「...おう!おかえり!ししし!」
私は、未来の海賊王の“音楽家”なのだから。
【ドーン島・近海】
「あらら...なんだよ、もう男が居んじゃねェか。寂しいねェ」
海軍本部大将・“青雉”クザンは、ガープから仰せ使ったウタの護衛と、経過観察の任務のため村近くの海に居た。
...自転車に乗った状態で。
「追手もこなさそうだな。帰ろ」
クザンは海上に氷の道を作りながら、ゆっくりとペダルを漕いでいく。
「海は見ている〜...♪」
風は東。穏やかな気風が...静かな海をそっと撫でる。
次回、第一章完結です。