「すいません!遅れました!」
「あ、たしぎちゃん」
私がすたっと地面に降り立つと、人混みを掻き分けてたしぎちゃんが現れた。
彼女は随分と急いで来たようで、ぜえぜえと息を切らしている。
「どうしたの?なにかトラブルでもあった?」
「い、いえ!研いでもらっていた刀を取りに戻っていたんですけど、その時にすごい剣士と会って…って!それよりウタさん!バギー海賊団はどこに!?」
「…今、船長が雷に打たれた所だよ」
「えぇ!?どういう状況ですか!?」
…そうだよね。そういう反応になるよね。
「まぁ、色々とあってね…。たしぎちゃん、まだ動ける?」
「だ、大丈夫です!行けます!」
「よし。それじゃあ私たちはスモーカーさんの援護に動こう。まだ避難が済んでない一般市民の“誘導”に“護衛”、お願いしてもいい?」
「はい!この命に代えても!!」
「…命は大事にね?」
たしぎちゃんは愛刀の“時雨”を抜き放ち、処刑台の倒壊と突発的な雷雨によって混沌とした戦場に飛び込んでいった。
「広場を包囲!!海賊どもを追い込め!!」
「きたっ!!逃げろォ!!!」
「あっ…!待って!ルフィ!!」
ちょっと目を離した隙にルフィは海軍の包囲網を抜けて、広場を離れていく。その傍らには二人の男性。恐らくルフィの仲間達だ。
ルフィ達は西の港へ向かっている。船がそこに停泊しているんだろう。
…結局、最後までルフィは私に気付く事なく行ってしまった。この豪雨だ。声も届かなかったんだろう。
…それでも、ルフィの元気な姿が見れた。私はそれだけで充分だ。
…。
嘘!本当は気付いて欲しかった!!いっぱい話したいことも言いたいこともあるのに!!!
っていうか、なんでルフィは私に気付かないの!!?絶対会えると思ってたからこの町で待ってたし、いっぱい活動してたのに!全部無意味だったってこと!?
…ルフィ、私のこと忘れちゃったのかな…?
10年も経ってるから、すっかり忘れてる可能性は…ルフィのことだから否定できない…!もう仲間もたくさんいるみたいだし…。
ルフィの成長は嬉しい。仲間が出来た
「…なんか、腹立ってきた…!」
うん。これはルフィが悪い。散々気を持たせて置きながら連絡の一つも寄越さないあいつが悪いんだ。
…決めた。
私は“海兵”だ。なら…“3000万ベリー”の賞金首を捕まえようとすることは至極自然な流れのはずだ。
私が捕まえてやる…!“麦わらのルフィ”を!!
私は決意新たに、海賊達に向けて“槍”を構えた。
「逃げ遅れた方!現在この広場は海賊が占拠しています!落ち着いて避難してください!」
「海軍か…!予想以上に動きが早いね!!“モージ”はしくじったか」
「コナクソーっ!!!あのハデゴム悪運野郎め!!!」
「バギー船長生きてたんすね!!?」
「生きらいでか!!!」
雷に打たれたはずの“道化のバギー”もまた、驚いたことにむくりと起き上がった。流石に大物海賊。思った以上にタフだ。
「“ホワイト・アウト”!!!」
「ぎゃあ!!!け…煙に捕まった!!!」
そしてこの場に集った海賊達を、海軍がみすみす見逃す道理はない。
一瞬にして、スモーカーさんの“煙の体”によってバギー海賊団の面々は拘束される。
「てめェらの相手してる場合じゃねェんだよ。まだ近くにいるだろ!?あの“麦わら”野郎…!この町から逃しはしねェ!!」
まさに一網打尽だ。広場にいるバギー海賊団の主要メンバーはあえなく無力された。
「は…“白猟のスモーカー”!!何故ここに!!?オイ!あの“用心棒”はどうした!!」
「あァ、ゴードンさんなら多分道に迷ってますね。この辺りの地理詳しくなさそうだったんで」
「はよ言えドアホォ!!!」
バギー海賊団は無力化され、住民の避難もあらかた終わった。
…今ならここを離れても大丈夫だよね。
「逃走した“麦わら”は私が追います!!」
私を広場を離脱し、ルフィ達が走って行った道へ向かう。
「ダメだ。許可できねェ」
「えっ…?」
そうして一歩踏み出した私の前に立ちはだかったのは、スモーカーさんだ。
すでにバギー海賊団は無力化され、海楼石製の網の中に捕まっているようだった。
…それにしても、今日は何かとスモーカーさんに止められる日だ。
「な、なんでですか…?」
「“麦わら”は俺とたしぎで追う。お前はここに残り、海賊共を監視してろ。周囲にまだ仲間が潜んでいないとも限らねェ」
「だ…だったら私がスモーカーさんと一緒に行きます!たしぎちゃんの代わりに!」
「ダメだ。お前がここに残って防衛するのが一番確実だ。実力的にもな」
私は頭の中で必死に理屈をこねた。私がルフィの所に行くための理屈を。
「そもそも…ウタ、お前のその意見は本当に“海兵”としてのものか?」
「ど、どういう意味ですか…」
「その判断に私情が絡んでいないと、胸を張って言えるのか?」
「!」
…バ、バレてる!!
なんで!?
「なんでバレたのか…とでも言いたげだな。まぁいい。命令には従ってもらうぞ。ウタ中佐、お前はここで待機だ。いいな」
「…わかり、ました」
私は、その命令に対して頷くことしかできなかった。
「随分しょぼくれてるわね?ウタ」
「わひゃあ!!プ、プリンちゃん!?」
落ち込む私の耳に、息ががかかるほど近い距離で後ろから声がかかった。
びくっ!と肩を跳ねさせた私を見て、海軍本部“少佐”、シャーロット・プリンはくすくすと嗤った。
「驚きすぎでしょ。そんなに聞かれたくない話だったの?」
「べ、別にそういうわけじゃ…」
「“麦わらのルフィ”」
「!!」
その名前に反応して、私の髪がピクンと“逆立つ”。
「わかりやす…。そんなにあの男の事が気になるの?」
「さっ、3000万ベリーの賞金首だからね…!?海兵の血が騒ぐっていうか…!!ふ、ふぃ〜♪ふゅ〜♪」
「…ふぅん」
私は目を逸らして口笛を吹き、プリンちゃんからの疑惑に対して秀逸な回答を返した。
っていうか、ちょっと顔が近い気が…!
「…そっ。ならいいわ」
「ほっ…」
良かった。プリンちゃんは私の完璧な演技に騙されてくれたみたい。上手く誤魔化せた。
大丈夫。私とルフィの関係は誰にも…スモーカーさん以外には、バレてない…はず。
「プリン、お前も持ち場に戻れ。海賊共が逃げ出さないように監視してろ。あと…」
「えぇ。ついでにウタ中佐が逃げ出さないかも見ておくわ。スモーカー中将」
「話が早ェな。優秀で助かる」
「うぅ…ついでって…!」
…いじめだ。ここで組織内いじめが公然と行われてるよ…!
…私が悪いのはそうなんだけど!!
「たしぎちゃ〜ん!二人がいじめるよ〜!!」
「えぇ!?あ、あのっ、そんなにくっつかれると動きづらいので…離れていただけると…!」
「なんでぇ〜…!」
私は周囲の警備に当たっていたたしぎちゃんに抱きつく。しかしそんな私に返ってきたのは冷たい言葉だった。
…皆が私に冷たいよぉ。
「“ビローアバイク”を出せ!!“麦わら”は西の港へ向かった…!先回りするぞ。たしぎ!お前は後ろから追え。挟み撃ちにする」
「はい!」
「ルフィ〜…」
専用の“ビークル”に跨り、あっという間に道の向こうへ消えていったスモーカーさんを、私は半べそをかいて見送ることしかできなかった。
【ローグタウン・近海】
「フッフッフッフ!!オイオイ、妬けるじゃねェか…!俺たちを置いてこんな弱小海賊団に良いように使われるなんてよ…!!」
“王下七武海”、“天夜叉”ドフラミンゴ。同じく七武海、サー・クロコダイル。
両名は、“東の海”に位置する“始まりと終わりの町”へと向かっていた。
彼らが秘密裏にボスと仰ぐ“ある男”を迎えに行くために。
「“道化のバギー”1500万…なるほど、隠れ蓑にはちょうど良い。平穏な暮らしを望むアイツらしい判断だ」
クロコダイルは手元の手配書を眺めながら、フンと鼻を鳴らした。
「それだけじゃねェ。この町には、例の“天使”とか呼ばれてる海兵がいるらしいじゃねェか…!!確かこいつは“エレジア”と関係が深かったはずだ…」
「なるほど、本当の狙いはこの女か。なら先回りしてこいつの身柄を抑えておこう。楽しくなってきたなァ…!!フッフッフッフ…!!」
風の吹く音と雨音に足音すらもかき消され、二人の海賊は街の闇へと消えていった。
「うーん、結局会えなかったな〜」
麦わらの一味“船長”、モンキー・D・ルフィは、一味のクルーである“海賊狩り”のゾロと“黒足”のサンジ両名と並走しながら来た道を振り返った。
「例の“最初の仲間”か」
「確かなのか?ローグタウンで会えるってのは」
「あぁ!ここにいるって聞いたんだ!!高い所から探したけど見つからねェし…!もう、逃げなきゃいけねェ!」
“麦わらのルフィ”は、西の港へ向けて走りながらも、その足取りは後ろ髪を引かれるように重いものだった。
「あの“赤白の髪”、目立つからすぐ見つかると思ったんだけどな〜」
「どんなヤツだよ…そいつも海賊なのか?」
「ししし!秘密だ!何も知らねェで会った方が面白ェだろ!?」
「それですれ違いになったら世話ねェな…む、待て」
三人のうち、戦闘を走っていたロロノア・ゾロは、前方から近づく人間の気配に気づいた。この豪雨の中、平気で外を歩いているような奴は只者じゃない。
そうでなくても…“本能”と呼べるようなもので、ゾロはその男が相当の手練れであることを感じ取った。
「誰だお前」
「…ゴドドド…君は確か“麦わらの一味”の“海賊狩り”だったね…」
その男…ゴードンは、背丈にして4mを優に超える高みからゾロを見下ろした。
凄まじい威圧感に、ゾロは気を張り巡らせる。
「なんだ?変なおっさんだな。なんか用か?」
「私はゴードンという者だ、お初にお目にかかる。“麦わらのルフィ”君」
「ん?おっさん、おれのこと知ってんのか?」
「あぁ…手配書を見たからね。なんでも“五番目の皇帝”と呼ばれているとか…」
「???何言ってんだおっさん?」
「え」
ルフィとその男、ゴードンとの間で…気まずい沈黙が流れた。
「…あぁ、そうか。“まだ”そうではないのか」
「…おい。随分怪しいなコイツ…カタギにゃ見えねェぞ…!」
「俺たちもな」
その様子を見かねたサンジが一歩前へと出て、ゴードンに向かって警戒を露わにする。しかし自身も海賊という立場であることを忘れていないゾロは苦言を呈した。
「あぁいや、私は決して怪しい者じゃない。ゴドドド…!!」
「「…」」
ゾロとサンジは、その“笑い声”も含め明らかに挙動不審であるその男に警戒心を高めていく。
「ふ〜ん。怪しくねェんなら、別にいいぞ」
「「…」」
一方で船長たるルフィは、警戒心の欠片も彼に向けることはなかった。両脇の二人は何かを言いたげにしている。
「君は、やはり素直でいいな…。なるほど、“あの子”の幼馴染というのも頷ける」
「…えっ!!」
そして今度は、ゴードンが発した“幼馴染”という単語にルフィが反応した。
「…幼馴染?」
「おっさん!もしかして“アイツ”のこと、なんか知ってんのか!?」
「む、まだ会っていなかったか…」
ゴードンは振り返ると、ルフィ達が走ってきた方向の道を指差した。
「“広場”にいるはずだ。まだ会っていないのなら…行ってあげなさい。彼女もそれを望んでいるだろう」
「…広場」
つい今しがた、自分達が逃げてきた方角に…ルフィは目を向けた。
その目には、どこか覚悟を決めたような色が浮かんでいる。
「…わりぃ!ゾロ!サンジ!!先行っててくれ!!用が出来た!!」
「な、何!?オイ、ルフィ!状況わかってんのか!?」
いきなり方向転換して走り出したルフィを、サンジが引き留める。
「…」
ゾロは、こちらに向き直ったルフィの目を真正面から捉える。ルフィもまたゾロの目に真っ直ぐと向き合った。
「…絶対に外せない用事なんだな?」
「あぁ!今じゃなきゃダメだ!!」
「…そうか」
ゾロは頷くと、くるりとルフィに背を向けた。
「行くぞ、アホ眉。おれたちはルフィが戻ってくるまでメリー号を死守だ」
「あァ!?なんでお前に命令されなきゃなんねェんだ...!!」
「“船長命令”だ。黙って従え」
「すぐ戻る!!船で待っててくれ!!」
「あ、おいルフィ!?」
ルフィが来た道を戻り、ゾロとサンジはその場に留まった。
「行っちまった…!!大丈夫か?話からするにその“幼馴染”ってのが最初の仲間なんだろうが…会える保証なんてねェぞ。なにせ広場には今、海兵がうじゃうじゃいるんだからな。捕まるだけじゃねェのか?」
「アイツが決めたことだ。戻ると船長が言ったなら、戻って来るまで船を死守するのがクルーだ。とっとと行くぞ!」
「確かにな…って、そっち逆だァ!アホマリモ!!なんでルフィと同じ方向に走ってんだ!!」
ゾロがどういうわけか背を向けていたはずの道に向けて疾走していく。彼は重度の“方向音痴”だった。
サンジの文字通りの“軌道修正”により、危うく3人全員がバラバラになることは無かった。
「…ん?待て。“赤白の髪”…?いやいや、そんなまさかな…?」
ゾロとサンジが並走して走る中、サンジはついさっき聞いた時から抱いていたルフィの言葉の違和感。その正体に思い当たった。
だが、その予想はサンジをしても「あり得ない」と言わざるを得ないものだ。
もしそうだとしたら…その相手が、海賊になどなるはずがないのだから。
「おい、アホ」
「…ん?…あァ!?誰がアホだ!!」
「アレ見ろ」
「あん?」
考え込むサンジの耳に、実に憎たらしい皮肉が聞こえてきて直前まで考えていたことが上塗りされる。
不本意ながらもゾロが顎で指し示した方向を見て…サンジは顔を引き締めた。
「…強ェな。あいつ」
「あぁ…最後の砦ってところか…」
二人の前に、“難敵”が現れる。
「…オイオイ、せっかく先回りしたってのに、肝心の“麦わら”がいねェじゃねェか…!!」
無骨なマシンに背を預け、その手に巨大な“十手”を携えた男。
ここに海軍本部”中将“スモーカーと、“麦わらの一味”は対峙した。
「…ルフィ、ちゃんと逃げ出せたかなぁ」
ローグタウン中央広場。
そこで命令通り体育座りをして待機していた私は…おもむろに顔を上げて“空”を見た。
私の頭上から。あまり穏やかではない気配がしたためだ。
「…貴方達は、バギーの仲間なのかな?」
人影は二つ。私は“彼ら”に問いかけた。
「フッフッフッフ!!そんな低レベルの海賊と一緒にしてもらっちゃ困るなァ…!“新世界”の海賊としては…!!」
「ただの小娘にしか見えねェな。楽な仕事だ」
一方は…空の上に浮かぶ、長身のサングラスをかけた男。
もう一方は顔に真一文字の縫い傷があり、砂塵を伴って現れた男。
私でも名前を知っている相手だ。
“王下七武海”。ドフラミンゴとクロコダイル。
何故こんな場所に“偉大なる航路”の海賊がいるのか…。という疑問を抱く前に、私の注意はドフラミンゴが片手で吊るすように持っている“あるもの”に意識が向いた。
「…何のつもり?」
私の口調は、自然と厳しいものになる。
「が、はっ…!!」
額から血を流し、着替えたばかりの綺麗な洋服がズタボロにされ、だらんと腕を垂らしている見慣れた“女剣士”。
それは、たしぎちゃんだった。
「フッフッフッフ!!こいつも海兵だろ?“人質”にゃちょうど良いと思ってな…!!俺たちの狙いはお前だよ。“歌姫”…!!」
「…それが、その子を襲った理由?」
「理由?海賊が海兵を殺すことに、理由が必要か…?」
彼らは“王下七武海”。つまり政府側の人間のはずだ。
そんな彼らが…海兵を襲い、あまつさえ人質に取っている。異常な状況だ。
…私を捕まえるため。そんなどうでもいい理由のために、たしぎちゃんは襲われたらしい。
私はゆらりと立ち上がって…“スタンドマイク”の穂先を、鋭利な“刃物”に変えた。
暴力はダメ。だけど…理不尽な暴力を止められないのはもっとダメだ。
特に…私の大切な人に手を出したことは絶対に許さない。
「その子、私の友達なの。返してもらうよ」