「ウタ、少しいいか?」
「? どうしたの?シャンクス」
私が、船室でいつものようにロードマップを作っているとシャンクスがどこか穏やかな表情で部屋に入ってくる。
...なんか最近、シャンクスの私を見る目が妙に穏やかというか、好奇に満ちた目というか...特にルフィと一緒にいる時、ニヤニヤしながらこっちを見てくるのがとても気になる。
大方そこらへんの話だろう。シャンクスって子供っぽいところがあるから。
「近々、俺たちはこの村を離れて、ずっと北へ向かおうと思ってる。ここには1年くらい滞在したが、ついにお別れだな」
「え?」
けど、シャンクスの話は私の予想外のものだった。
私の記憶している限りでは、こんな話を切り出されたことはない。いつかシャンクス達はフーシャ村を離れるだろうとは思っていたけど...それはまだ先のことだと思っていた。
なんで、エレジアの話が出ないんだろう。
「...そう、わかった。私も村のみんなにお別れの挨拶しなきゃね」
でも、私にとってそれは嬉しいことだった。
何の心変わりかはわからないけど...シャンクス達がエレジアに興味を持たなくなったなら、それは良いことだと思う。私はその言葉を聞いて、むしろ安心していた。
これでシャンクス達とお別れせずに済むと。
「そのことなんだが。お前さ...この村で暮らすか?」
「...え?」
そんな風に思ってたから、その一言は私の頭を真っ白にしてしまった。
「前から思ってたんだ。お前は海賊以外の道を進むべきだってな。ウタ、お前は優しい。これからの俺たちの船旅に連れて行くには...」
「ふざけないで!!」
私は、頭にカッと血が昇って、椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。
「私は赤髪海賊団の音楽家だよ!私一人だけ置いていくつもり!?そんなの絶対許さない!優しいから連れていけないの!?私だって...私だって...!」
いつの間にか、涙が溢れていた。
「人くらい殺せるよ!」
なんでこんなに苦しいんだろう。
「...ウタ、お前、もう歌いたくないんじゃないか」
「っ!」
けど、シャンクスの目は相変わらず穏やかなままだった。
「何があったのかは聞かない。話したくないことまで話す必要はない。だけど...お前、ルフィの前でなら、前みたいに歌えるんじゃないか?」
「...な、なんで」
「わかるさ。娘のことだ」
シャンクスは、そうすることが当たり前のように私の頭にポンと手を置いた。
「ゆっくり考えろ。俺たちは海賊だ。危険な旅もする。また会おうと約束した相手に...もう一度会えるとは限らないんだ。だから...自分にとって大事なものは何か、よく考えるんだ」
「...なんでそんなこと言うの」
「お前を愛してるからだ」
私はその日...“戻って”から初めて泣いた。シャンクスは、泣きじゃくる私のことを、ただ抱き締めてくれた。
「...どうしよう」
翌日。私は“いつもの場所”で膝を抱えて座っていた。
“一度目”の時は、この村に残るか聞かれたことなんて一度もなかった。過去が変わったのは明らかだ。私が歌わなくなったからか、前以上にルフィと仲良くなったからかはわからない。
だけど、私は未来が変わることを望んでいた。この結果は、私にとって喜ばしいもののはずだった。
「だけど、こんなの聞いてないよ」
赤髪海賊団からの脱退。そんなの考えたこともなかった。
...思えば私は、“あの未来”を回避した後のことなんて一切考えてなかった。自分が何をしたいのかも、よく分からない。
今まで通り、赤髪海賊団の音楽家でいるのはダメなのだろうか。
「...でも、私は歌えない」
歌えなくなった音楽家なんて、なんの意味があるんだろう。シャンクス達は優しいから、私が歌えなくなったとしても船には置いてくれる...と思う。
だけど、そんなの私が許せない。シャンクス達の役にも立てず、ただ寄りかかるだけにはなりたくない。
私は、どうすれば...
「あ!やっぱここにいた!おーい、ウタ!」
「...ルフィ」
窓から身を乗り出して見下ろすと、憎たらしいくらいいつも通りの少年がこちらに走ってきている。
「勝負しよう!勝負!」
「...今そんな気分じゃない」
「なんだよ!逃げんのか!?」
「ただの優しさよ。これ以上勝ち続けるのは、お姉さんとして大人気ないでしょ?」
「なんだとー!」
...思えば私は、なんでまだルフィと勝負し続けてたんだろう。昔は生意気だったから、わからせてやろうと思っただけ。でも今はそんなこと思ってない。
なのに....ルフィには負けたくないっていう強い気持ちは、まだ残ってる。
「お前〜!さてはおれがまだ海賊じゃないからってナメてんだろ!?今に見てろ!おれはすぐに海賊になって、シャンクス達よりもすげー仲間も財宝も集めるんだ!」
「...ルフィ、海賊になりたいの?」
「おう!海に出て自由に冒険するんだ!」
海に出て冒険...か。私は知ってる。ルフィはその夢を叶えたことを。
ルフィの仲間達は、皆ルフィのことを信頼してた。それこそ、赤髪海賊団にも引けを取らないくらいに。つくづく羨ましい奴だ。
「よし!決めた!今日は海賊勝負だ!」
「...海賊勝負?」
「そう!どっちが海賊っぽいことを出来るかの勝負だ!」
また変な勝負が始まった。私は受けるとも言ってないのに。
「ふ〜ん。ま、本物の海賊が負けるわけないわね」
....変なのは私も大概だけど。
「わぶぶぶぶっ!わばばぶっ!?」
「...そういえばアンタ、泳げないんだっけ」
「よっしゃー!宝ゲットだー!」
「コラァー!ルフィ!人様のもんを勝手に持ってくとは何事じゃあ!」
「うわぁ〜っ!?じ、じいちゃん〜!!」
「...」
「み、見てろ〜...おれはナイフなんて、怖くねぇんだぞ〜...!」
「...手ブルブルでナイフ持ててないけど」
「くそ〜!卑怯だぞ、ウタ!」
「私、今回は何もしてないけど」
勝負の結果はルフィの自爆。わかったことはルフィは壊滅的に海賊に向かないということだけだ。っていうか、ルフィのお祖父ちゃんは海軍の偉い人だったらしい...。尚更海賊に向かない。
「まだだ!海賊は歌を歌うんだぞ!」
「この前、その勝負でボロ負けしたでしょ」
「じゃ、じゃあ夢だ!夢で勝負だ!」
「夢で勝負?」
「そうだ!ししし、おれはなァ〜!」
...
......。
「...なにそれ、それがアンタの夢なの?」
「おう!すげぇだろ!」
「ガキね」
「なんだとー!」
まぁ、ルフィらしいと言えばらしい夢ではあるけど。
「お前はどうなんだ!お前の夢は!?」
「私の夢?」
「おう!おれの夢よりすげェのか!?」
「...夢か」
目を閉じて、よく考えてみる。
「...私の夢は、歌で皆を幸せにすること」
でも、やっぱり出てきたのはそんな夢だった。あんな事になったのに、私はまだ...心のどこかで、私の歌で皆を幸せにしたいって思ってしまっている。
「ふ〜ん...じゃあさ!ウタ、お前...」
とっくに諦めたはずなのに。
「おれの仲間になれよ!」
なんで私は、まだ夢を見てるんだろう。