「あ、わ、私ウタって言います!!ルフィとは小さい頃からの付き合いで…!いや、もう10年会ってないんだけど!!け、けどルフィにはいつもお世話になってて…!!あっ、ご、ごめんなさい!菓子折り忘れました!!」
「そう改まる必要はない」
私がわたわたと混乱していると、ドラゴンさんはフードの奥で笑みを浮かべた気がした。
ドラゴン。その名前は知っている。“世界最悪の犯罪者”と呼ばれる反政府体制“革命軍”のボスだ。だけど…まさかその人がルフィのお父さんだなんて。
お父さんが革命軍のボスで、お祖父ちゃんが海軍の英雄って…ルフィって実はとんでもない家系なのかもしれない。
「10年前、君のニュースを見た時から考えていたが…今日の活躍を見て確信した。ウタ、君を勧誘したい」
「…え?」
ドラゴンさんは、私に向かって右手を差し出した。
「“革命軍”に来ないか」
「!」
「今の立場よりは…君を“自由”にしてやれる」
…そっか。そういうことだったんだ。
“革命軍”。世界政府、そしてそれを支配する“天竜人”を打破するために結成された民衆の意志。世界の人々を救うために戦う人達だ。
個人的に、私は“革命軍”に共感していた。海兵として活動すればする程に…この世界がどれだけ理不尽に溢れているかを思い知ってきたから。
だから私は革命軍が嫌いじゃないし…多分好き寄りだと思う。海兵としては、ダメなんだけど。
…それでも。
「ごめんなさい」
私は、ドラゴンさんに頭を下げた。
海軍を抜けるという選択肢は…私にはどうしても選べなかった。
だってそれを選ぶなら、10年前にすでにそうしていたんだから。
「お誘いは本当に嬉しいです。だけど、まだ私にはやり残したことがあるんです。海軍にも大切な人がたくさん出来たし…」
私は、ドラゴンさんに笑顔で語った。今の私を支えてくれるものを。
「それに…今、私は楽しいんです。いずれは海賊になるつもりだけど…それまでは海兵でいたいんです。我儘かもしれませんけど」
…ずっと思っていたことがある。今は海軍として活動して、やがて海賊になるつもりだという私のスタンスは…きっとすごく傲慢な考えなんだ。
海軍の皆にも、ルフィにも失礼で…私は世間じゃ“天使”なんて呼ばれてるみたいだけど、実際は全然そんなことない。私は最低な裏切り者だ。
だけど、だからこそ…裏切り者以下にはなりたくない。ただの優柔不断にはなりたくない。海賊になるまでは、私は海兵としての仕事を全うするつもりだ。
例え、その影響で海賊として活動しづらくなっても…私は海兵を全力でやり遂げる。
そうして初めて、胸を張ってシャンクスにも、ルフィにも会いに行けるんだ。
「だから、ごめんなさい」
「…そうか。残念だ。だが君の意志を尊重しよう」
ドラゴンさんは、そんな私の傲慢な考え方を受け入れてくれたみたいだ。
差し出した手をひき、ドラゴンさんは私に背を向けた。
「気が変わったらいつでも来るといい。我々は来るものを拒まない」
「はい。ありがとうございます」
離れていくドラゴンさんの背中を私は笑顔で見送った。
少なくともこの選択に、後悔はないはずだ。
「…そういえば、君はもうルフィには会ったのか」
「ゔっ…!!」
しかし、去り際のドラゴンさんの言葉が致命傷を与え、私は血反吐を吐いて膝をついた。
痛い所を突かれたとはこのことだ。
「…それが、会えてないんですよぉ…!うぅ…ルフィ〜…」
わかる。言い分はわかる。立場上私がルフィに会えないのは、すごくわかるんだけど…!
…目の前ににんじんをぶら下げられたまま、延々と走らされる馬の気持ちというか…!!
「もう、ルフィは行っちゃいましたよね…。はぁ…いつ会えるのかなぁ」
「そうだったか…だが、船ならまだ港に泊まっているぞ」
「え!?」
私はてっきり、ドフラミンゴ達との戦いで時間が過ぎている間にルフィ達は出航しているものと思っていた。
「まだいるんですか!?ルフィは!…あぁ、でも今から行っても間に合わないよね…!?スモーカーさんもいるだろうし…!!」
「…そういうことならば、俺が送ろう」
「…え?」
わたわたと慌てて右往左往する私の体が、突然“上昇”していく。
これは、風…?
「餞別だ。会える時に会わなければ、その後を一生後悔して過ごすことになるからな」
「えっ!?わ、ちょ、ちょっと待っ…!!」
そして私の体はふわりと浮き上がり、次の瞬間。
爆風に煽られたように吹き飛んだ。
「わああああぁぁぁ!!」
…
……。
「あァ!?オイ、ウタ!!なんで空に!!」
「…彼女なら、行くべき場所へ向かったぞ」
「…随分と勝手なマネしてくれるじゃねェか。ドラゴン…!!言っておくがアイツは俺の“部下”だ。引き抜きなら他所でやれ」
「あえなく断られたさ。だが、己の意志を曲げない強さ…むしろ俺は彼女を高く評価する」
「…逃すと思うのか?」
「捉えようとしても、出来るものではないだろう」
「それが“風”というものだ」
…。
「わああああぁぁぁ!!」
私は、空を飛んでいる。
いや、飛ばされたというか…!吹き飛ばされたというか…!!
ルフィのお父さんらしいというべきか、ドラゴンさんはすごく無茶苦茶なことをする人だった!
「“お…
私は空中でなんとか姿勢を制御する。
ぐるぐると視界が回って、どこに着地しようとしているのかわからない!!
「うわあァ!!落ちてくるぞ!!」
「任せろ!“ゴムゴムの”〜〜!!」
私の体が落下して、ついに地上の声が聞こえるくらいになってきた。
私は目を開け、今自分がどこにいるのかを把握した。
「え」
目の前に…10年ぶりに見る幼馴染の顔があった。
「“風船”!!んぶっ!」
「んんっ!?」
身体中が柔らかい何かに包まれて、落下の衝撃が吸収される。
「うおお!!ルフィが海兵にやられたァ!!」
「むしろその海兵の方が危なかった気がするんだけど…?」
「馬鹿ウソップお前!!今のは“女の子”じゃねェか!!そうと知ってれば俺が受け止めてたのにィ〜〜!!」
「…“赤白の髪”」
麦わらの一味のクルーは、突然落ちてきた少女ににわかに浮き足立った。
「うぅ…前にもこんなことあった気がする…!!」
「お、重ェ〜…!」
「そ、そんなに重くないよ!?ルフィ!!」
「…え」
「あ」
私がガバッと顔を上げて抗議すると、目の前にいた。
ずっと、ずっと。
会いたくて仕方がなかった人の顔が。
「ルフィ〜〜〜!!」
「うわァ!!」
私はガバッとルフィに抱き着いた。
ようやく…ようやく会えた。
「会いたかったよ〜〜!!なんで会いに来てくれないの〜〜〜!!?」
「ル…ルフィ〜〜〜!!テメっ、その子とどういう関係だァ〜〜〜!!!」
「おいおい、抑えろサンジ。結構ワケありだぞこれ…!!」
「か、海兵でしょ!?なんで…海賊のルフィに…!」
「…」
ルフィはぷはっ!と顔を出して私の顔を見た。
「えへへ〜」
私は、ルフィの呆気に取られた顔を見てだらしなく顔を緩めてしまう。
…ま、まずい。私はお姉さんなのに!これじゃ私がルフィに会いたくてしょうがなかったみたいじゃん!で、でもルフィもずっと私に会えなくて寂しかっただろうし、まぁ今くらいは…。
「だれだお前?」
「───」
ピシッ!という音を立てて、私の体が固まった。
…。
「…」
「…おいおい」
「…え」
「…うわぁ」
その場の空気が、一気に氷点下まで下がった気がした。
「…またまたぁ」
私は、笑った。あはは〜という感じで。
「いや、だから知らねェって!海軍か?おまえ」
「…」
あ、やばい。
死にたくなってきた。
「そ、そっか…!覚えてないんなら、しょうがないよね…!えっとね、私はウタ。ルフィとは10年前に…」
私は、凍りついた顔で、なんとか口を動かした。
ルフィに仲間達がビックリしてる。うん、私が誰かっていうのを、説明しないといけないんだ。ルフィが覚えてないんだから。
うん。
「…え?泣いてんのか?お前」
「…え」
私は、気づけば涙を流していた。
「え、あ、あれ…?なんだろう、ごめん、急に…!なんだろ、これ…ごめん…」
私は必死に、手で顔を隠して立ち上がる。
こんな顔、ルフィに見られたくない。
「…大丈夫。覚えてないなら…しょうがないから…!ルフィは悪く、ないから…!!」
自分に言い聞かせる。
仕方ないことなんだって。ルフィだからしょうがないんだって。また0から始めればいいだけなんだって。また…やり直せばいいだけなんだって。
なのに。
「ごめんね…本当に、迷惑かけちゃって…本当に…ごめんね…?」
どうして、こんなに...胸が張り裂けそうになるんだろう。
「ごめんね。ほんとに、ごめん…」
私は、甲板を蹴って宙に浮いた。
「と、飛んだ…!」
ここにいるのは…どうしても、耐えられなかった。
どうにかなってしまいそうだった。
「…また、ちゃんと受け入れるようになったら戻ってくるから…」
「…おい!お前…!」
私は空の上からルフィを見下ろす。こぼれ落ちる涙が、海の中へ溶けていく。
「だから…今は…!」
私は…その時、どんな顔をしていただろう。
ちゃんと、笑ってられたのかな。
「さよなら、ルフィ」
「──おい!!」
私は振り返り…そのまま港へと戻った。
後ろから聞こえてくる声を、聞かないようにして。
「…」
「…ウ、ウタ中佐…?」
港に降り立つと、たくさんの海兵が私を迎えてくれた。
…彼らは私の仲間で、だけどルフィは彼らの敵だ。
私は、誰なんだろう。
ゆっくりと振り向くと…すでにルフィの船は、遠く遠く、追いついても届かない場所にあった。
私は最初、心のどこかで安心して…そのあとに、酷い虚無感に襲われた。
「…行かないで…」
届くわけもない懇願が、波の音にさらわれて海の底に消えていった。
…
……。
ゴーイングメリー号。船上。
「おい、ルフィ」
「…え?」
「お前、本当にアレが誰か知らねェのか」
「…」
ルフィは、神妙な顔をして離れいくローグタウンを見つめている。
脳裏にどうしても浮かぶのは…出航の間際、突如として現れた…海兵の少女。
「わかんねェ」
「“赤白の髪”、“幼馴染”…お前はそう言ってたはずだ」
「覚えてねェ」
ゾロは、ルフィを鋭く睨みつけた。
「覚悟を決めたって顔をしてる奴は…下らねェ嘘なんかつかねェぞ」
「…」
ルフィは、ゾロの視線を真っ直ぐに受け止めた。
「…まァ、確かに俺たちは何も知らねェけどな…レディの流す涙に、偽りなんか一欠片もねェってのは、確かな話だ…まさか本当にあの子とルフィが…」
「…お、お前ら、ちょっと落ち着けって…!」
「…いや、いいんだ。ウソップ」
ルフィは腕を組んで、必死に頭の中を探る。
今までの人生全てを。思い出せる記憶を。
だが。
「…わりぃ、ゾロ…やっぱ思い出せねェ」
「…そうか、なら仕方ねェよ。勘違いって可能性もあんだろ」
ゾロがルフィのその答えに納得したわけじゃないことは、一味の全員がわかっていた。
だが…本人が知らないと言っている以上、そこに確定的な疑いを持つことは誰にも出来なかった。
「…ホント、誰だったんだ…?」
ザアアアァァァ...
私は振りしきる雨の中、一人で港に立っていた。
「ウタ」
雨が、冷たい。
これから、どこに行けばいいんだろう。
「風邪引くぞ」
「…スモーカー、さん」
振り返ると、私の頭の上から大きなジャケットがかけられた。
「…これから、どうすればいいのかな」
私の心には…大きくポッカリと、穴が空いてしまったようだった。
その穴を埋めるには…きっと長い長い時間がかかる。そしてその穴を埋めることには…きっと、私とルフィを繋ぐか細い繋がりは、プッツリと断たれてしまっている気がする。
この10年間は…一体、何のためにあったんだろう。
“あの時”、私が素直にルフィと一緒に、何もかもから逃げてれば…こんなことには…。
「どうするもねェよ。帰るんだよ」
「…帰る」
「あァ、帰るぞ…マリンフォードに」
スモーカーさんのその言葉は、スッと私の胸に入ってきた。
そうだ。今の私は…海兵。
帰る場所も、仲間も、思い出も…そこにはたくさんあった。
「…はい」
…そうだ、帰らなきゃ。マリンフォードに。
私は“海兵”なんだから。
「スモーカーさん」
「あん?」
「…ありがとう」
「…あァ」
私は、ずっと動かなかった足を…その時ようやく動かして、ゆっくりと歩き出した。