“世界の歌姫”のやり直し   作:ぷに凝

32 / 32
再起

「…」

 

ここは海軍本部。マリンフォード。

 

私は自室の窓から、眼下に広がる海兵の皆の様子をぼーっと眺めていた。

 

最近の私は、こんな風に過ごしていることが多い。

 

目的を見失ってしまったというか。何をすればいいのかわからないというか。

 

「…〜♪」

 

そんな時でも、歌は私の心を癒してくれる。

 

別に私は何かを失ったわけじゃない。私は変わらず海兵で、友達も、仲間もいてくれる。私の歌を聞いてくれるファンの皆も、私が助けた人たちも、皆がいてくれる。私は決して1人じゃない。

 

だけど。

 

私が…全てを曝け出して、全てを預けた人だけは、この世に1人しかいない。

 

「…ルフィ…っ」

 

歌を歌うのは楽しい。だけど、歌っているとすぐに脳裏に浮かんできてしまうんだ。だって私は、ルフィの音楽家なんだから。

 

そして思い出す度に…途方もなく寂しくなって、泣き出してしまう。

 

私は弱い。

 

必ずルフィの元に戻るって…約束したのに。

 

私は、もう一度ルフィと会うのが…怖くなっていた。

 

 

 

【“世界経済新聞”本社】

 

「うっひょー!こりゃ“ビッグ・ニュース”だなァ!!“海の天使”関連のニュースはウケがいい!よし、一面に飾れ!!」

 

“世界経済新聞社・社長”モルガンズは、社員から送られてきた写真を見比べて目を爛々と輝かせていた。

 

そこに映っているのは、つい昨日“偉大なる航路(グランドライン)”入りを果たした新進気鋭の海賊“麦わらのルフィ”である。

 

「ですが社長、これは海軍の失態を報じる内容で…“世界政府”からの圧力がかかる可能性が…!」

「知るかよそんなモン!人の口に戸は立てられねェ!!ウチが新聞の“覇権”握ってるのは何故だ!?こういうフレッシュなニュースを逃さねェからだろ!!」

 

モルガンズは拳を振り上げ熱弁を振るう。その瞳は、“事実”を報道するという責任感に駆られてか…あるいは単に人を沸かせる悦びに魅入られたのか、どこか狂気的な色を持っている。

 

「運べ!!売り尽くせ!!世界中にこの“事実”をバラ撒け〜〜〜!!」

 

 

 

【“偉大なる航路(グランドライン)”・マリンフォード】

 

「…なるほど。それで“ウタ少将”はあのような状態に…」

「わしも話に聞いただけじゃが…断言できる。ルフィがウタを忘れることなど万に一つもあり得んとな…!!まァ、十中八九プリンが絡んでおるんじゃろう。証拠がない以上、追及のしようもないが」

「“メモメモの実”か…」

 

海軍本部“元帥”センゴクは、執務室にて相変わらず我が物顔で居座るガープと顔を突き合わせて話していた。

 

ボリボリとおかきを貪り食らう姿はいつもの通りだが、その顔は常に顰めつらだ。

 

「“海の天使”といえば、その名声はもはや世界に轟いている。戦いの意味すら失い、泥沼化した戦争を歌声だけで鎮めたという伝説に始まり…献身的な市民への尽力。前線に立ち戦いへ身を投じる勇姿。電々虫を通じて世界を巡る歌声は…今や“海軍に歌姫あり”と言わしめる影響力だ」

「他人事のように言うでないわ。この10年間を見ていればわかる。その名声に偽りなどカケラもないことはな…!!ウタは本当によく頑張った。海軍内でも皆口を揃えて言うわ。「ウタは海兵の鑑だ」とな」

「…その結果がこれか」

 

センゴクは新聞を広げ、その見出しの記事の内容を見た。

 

『“海の天使”、“七武海”を撃退も不落の要塞ローグタウンから初の脱走を許す』

 

「ガープ、ウタは立ち直れそうなのか。しばらくは休暇を取らせているが…良くない噂も立っている。今や海軍の顔となった彼女が“海賊”に肩入れしているのではないかとな」

「…まァ、本当のことを言えというなら、肩入れなんてもんじゃないわなァ。ウタにとってルフィは…生きる目的だったはずじゃ。10年間、ウタがどれほどルフィを想っていたかはよう知っとる…ショックなどという言葉では表しきれん喪失感じゃろう」

「…厳しいことを言うようだが、元帥という立場である私からしても…今の彼女を“海賊”の身に堕とすことは、看過できないぞ」

「わかっとるわ。わしもウタを慰めるために色々と手を回した…誰か1人だけに責任があるということはない。10年間ずっと目を逸らしていた問題が、ここにきて表出したというだけの話じゃ」

 

ガープは座っている椅子の背もたれに身を預け、深く息を吐いた。

 

「…結論を出さねばならん。ウタは“海兵”なのか、“海賊”なのか…!」

 

 

 

「…」

 

私は、あてもなくマリンフォードを彷徨い歩いていた。

 

すれ違う海兵の皆は、私のことを心配して声をかけてくれる。それに私は明るい声で返事をして、なんとか心配させないように努める。

 

…どこか、人目に付かないとことに行きたい。

 

そんな思いで、私はやがてある場所に辿り着いた。ここは”稽古場“だ。それも古い建物の中にあって、今は殆ど使われていない場所。

 

私は建物の中に入っていき、しばらくはここにいようと思ってから…気づいた。

 

音がする。人の声と…あとは、竹刀を振るう風切り音。

 

「…誰かいるのかな」

 

私は、どこか必死さを感じさせるその音に釣られて、稽古場へと入っていく。

 

「たぁーっ!!!」

 

そこにいたのは1人の少年だった。そしてその少年を見た瞬間、私は直感する。

 

この人は、ルフィに会ったことがある。

 

「…」

 

私は見つからないように部屋の隅に座って、その少年を観察することにした。覗き見はちょっと趣味が悪いと思うけど…興味が湧いたのだ。

 

強くなろうとひたむきなその姿が…かつての私に重なった気がして。

 

「はぁ…はぁ…!ダメだ、こんなんじゃ…!!」

 

少年は汗だくになりながらも、休むことなく竹刀を振り続けている。

 

その姿を見ていたら…なんだか私は彼が羨ましくなってしまった。一体彼は、何のためにそこまで頑張れるんだろう。

 

何が、彼の原動力なんだろう。

 

「こんなんじゃ…ルフィさんに笑われる!!」

「…え?」

「え?…あっ!!」

 

その”名前“を突然彼が呼んだものだから、私は思わず声を出してしまい、それに気づいた彼が私に気づいてよそ見をして…。

 

「あだっ!!!」

 

つま先をトレーニング用品に引っ掛けて、盛大に転んでしまった。

 

「…だ、大丈夫?」

「いたた…!って、うわァ!!だ、大丈夫です!!」

 

私は立ち上がり、彼に近寄る。

 

「見せてみて。軽い怪我でも後遺症で大変なことになっちゃったりするんだから」

 

もし捻挫とかをしていたら大変だ。その状態で訓練を続けるのは危ない。私は彼の足に顔を近づけた。

 

「いえいえいえ!!き、汚いですから!!離れてください!!」

「うん?あぁ、確かに私、まだ今日はお風呂入ってないけど…」

「いやいや!!僕がですよぉ!!」

 

しかし私が顔を近づけると、彼はずざざーっ!という感じで思い切り後ずさってしまった。

 

「…顔、赤いよ?熱とかあるんじゃ…?」

「い、いいいいえいえいえ!!大丈夫ですから!!」

 

離れた距離を私が詰め、彼の顔を覗き込む。

 

「おでこ見せて。熱測るから」

「そ、そんな…!!お、恐れ多いですよっ。あのウタさんにそんなことをしてもらうなんて…!!」

「…え?私のこと知ってるの?」

「し、知らない方がおかしいですよ…!!」

 

話を聞くに、どうやら彼は私のことを知っているらしかった。

 

会ったことは…なかったと思うけど。

 

「“ウタ中佐”…いえ、もう“ウタ少将”でありましたか!僕にとっては、あなたは憧れでしたから…!ま、まさかこんな所で出会えるとは…!!」

「…そんな大した人間じゃないよ、私は」

「いえいえ!!そんな!!世間的にもすごい人気ですし…!!それに僕の、その…“友達”も!あなたのことを僕に話してくれましたから!」

「…友達」

 

…さっきも名前が出てたけど、やっぱりこの人…。

 

「あっ、も、申し遅れました!!自分、雑用係の“コビー”と申します!!ウタ少将のご活躍はかねがね…この度の昇進、誠におめでとうございますと言いますか…っ!!」

「コビー君ね。うん、覚えたよ。よろしくね」

「〜〜〜!!!」

 

私は右手を差し出し、コビー君の右手をこちらから掴んで握手をした。

 

これで友達だ。

 

「…ウ、ウタさんの手を握ってしまった…!!もう洗えない…!!」

「ねぇ、コビー君…今、私のことを知ってる友達がいるって言ったよね?それって…」

 

私は、覚悟を決めてコビー君に聞いた。

 

「あ、はい!ルフィさんのことですよね。やはり、本当にお知り合いだったんですね!」

「…っ、やっぱり」

 

コビー君の口からその名前が出てきて…私の胸は締め付けられたように苦しくなった。

 

「ルフィとは、どこで…?」

「えっと、ある海賊船でルフィさんとは一緒になって…!僕、その時にルフィさんに返しきれない恩ができてしまったんです。それで、僕は海兵になるのが夢だったので、海軍に入りたいと言ったら…」

 

「“おれの大切な仲間が海軍にいるから、よろしく”と…!」

「…え」

 

それを聞いた私は、信じられない気持ちになった。

 

「…それ、いつのこと?」

「えっと…数ヶ月前ですね。ついこの間“偉大なる航路(グランドライン)”に入ったというニュースを聞いたばかりで…!」

「…何かの勘違いじゃないかな?」

「…え?」

 

私は、いつの間にか自虐的な笑みを浮かべていた。

 

「だってさ…私、ルフィとは10年会ってないんだよ?そんなに経ったら…忘れちゃうでしょ?普通。だから、勘違いだと思うんだけど」

「い、いえっ、そんなことは…!ルフィさんは、本当に楽しそうにあなたの話をしてくれて…!!」

 

知らず知らず、私は拳を握りしめていた。

 

「そんなワケない!!ルフィが私のこと覚えてるはずがない!!」

「えっ…?」

 

私が抑えていた感情が、“怒り”となって発露する。

 

「そもそも、ルフィは海賊だよ!?“海軍の敵”!最低な…皆苦しめる悪人なんだよ!!」

「なっ…!」

「コビー君も、ルフィのことは早く忘れた方がいいよ…?海賊なんかと仲良くなっても、あとで辛くなるだけなんだから…!!」

 

私の口から、思ってもいない言葉が矢継ぎ早に出てくる。

 

嗜虐的な笑みを浮かべて、コビー君とルフィとの関係を否定するような、最低なことを言っている。そのはずなのに。

 

何故か、捲し立てている私の目から涙が溢れてくる。

 

「…確かに、ルフィさんは敵です。僕も、海兵になるんなら、いつかはルフィさんと戦う覚悟は決めなきゃいけません。だけど…!」

 

コビー君は立ち上がって、私の目をキッと睨みつけた。強い意志が込められたその目に、私は気圧された。

 

「いくらウタさんでも…僕の友達を侮辱するのは、許しませんよっ!!!」

「っ…!!」

 

私に詰め寄り、コビー君は叫んだ。

 

「あ…!う、うわァ !!す、すいません!!僕、とんでもない生意気なことを…!!」

 

そして、コビー君は一転して慌てた様子で釈明をし始め、手をブンブンと振りながら私から距離を取る。

 

「…ホントに、ルフィは…私のこと、覚えてたの…?」

 

私は、半信半疑のまま…それでも、どこか縋るような気持ちでコビー君に聞いた。もう、感情がぐちゃぐちゃで自分でも何がしたいのかわからない。

 

「も、勿論です…!僕だって信じられない気持ちでしたけど…誰よりも大事な仲間だって言っていました…!!」

「…〜っ」

 

私はそれを聞いて…。

 

「あ、うぅぁ…!!」

 

膝をついて泣き出してしまった。

 

「す、すいませんすいませんっ!!本当に、失礼なことを…!!」

「…ごめんっ…大丈夫、だから…!」

 

私はここ最近、ずっと、毎日泣いてばかりだった。

 

だから、もうこれで終わりにする。

 

明日からは…また、笑って前を向かないといけない。

 

だから今だけは。

 

「…だ、大丈夫ですから…」

 

コビー君は、ひたすら泣きじゃくる私を…ただ慰めてくれた。

 

「…ありがとう。コビー君」

 

私は、笑顔を浮かべてコビー君にお礼を言った。私に…“生きる理由”をくれた彼に。

 

誰もいない広い部屋で、私の啜り泣く声だけが…そのまましばらく響いていた。

 

 

 

「…」

 

コビーは、稽古室で一人ボーッと立ち竦んでいた。

 

ついさっきまでの出来事が、まるで嘘だったかのようだ。

 

ウタ少将はしばらくしてから涙を止め、泣き腫らした顔のまま稽古室を後にした。

 

“また今度ね”とだけ、コビーに言い残して。

 

コビーは、ウタとルフィの間に何があったのを知らない。そもそもウタ本人から言質を取るまでコビー自身も半信半疑に思っていたのだから。

 

しかし、ルフィの名前を出した途端に豹変した彼女の態度と、直後の涙。そして…

 

彼女の…恐らく誰も見てはいけないはずの“笑顔”。

 

「だ、ダメだ!忘れろ忘れろ〜!!」

 

コビーは頭をブンブンと振り、記憶の中からウタの笑顔をかき消した。

 

「あだっ!!」

 

その勢いで転んだコビーは、熱くなった顔が冷めるまで寝転んだ姿勢まま天井を見つめていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。