裏のある天使と前向きな少女 作:はちみつレモン
有原孝介。
一言でいうなら不思議な人だ。掴みづらいけどどこか関わってみたら憎めない人。
私の裏の顔を見ても決して悪意などは向けてこずに反対に以前よりも柔らかくなった。
初めてだった。私の本当の姿を見て好意的な視線を向けてくる人は。好意的どころか私のことを凄いという人は私は唯一クラスで情報を集めるのに苦戦していたクラスメイトだった。
見た目はあまりカッコイイとは言えないし人気は殆どない。
他のクラスの野球部に所属している友達曰く野球部で突出した実力を持っており、野球はそこまで詳しくはないが打撃では三年生と変わらないくらいでありながら守備に関してはチーム1うまいということでスタメンをすでに勝ち取ったらしい。実際水泳でも須藤くんにほとんど差のない3位になっている。勉強でも前回の小テストではクラスの中でも上位であるので勉強もそこそこはできると考えていいだろう。でも近寄り難かったのはクラスで唯一の常識人だったからだ。
授業態度が悪かったら注意をし、須藤くんがつっかかっても全然臆したりせずに自分の意見を伝えている。それでありながら他のクラスに友達が多いのか休み時間には他のクラスや先輩と食事をしていたりした。交友関係を築くのは私と同じ上手い方だと思う。できないことがあれば先輩同級生問わずに教え合うことは野球部内では多いらしい。先輩から食堂で奢られていることも多いし悪い噂は私たちのクラス以外では聞かない。多分私たちのクラスで一番常識がある生徒だったから浮いてしまったのだろう。
私は油断もしたつもりもなかった。あの時普段からあまり人のいない場所でいつものストレス発散をしていた。でもあの時私の隣にいつの間にか寄り添っていたのだ。焦る暇も防衛する暇すらなく愚痴を零し私の側でひたすらクラスメイトというよりも茶柱の愚痴を吐いていた。それでも私にとっては初めてのことだった。
素の私を見ても恐れずに好意的に見てくれた人は。
『人気者であり誰にでも好かれるってどんだけしんどいことなのかは見たらすぐに分かるしな。……俺にはできないことだから素直にすごいと思うけど。』
その一言が有原くんにとっては何気ない言葉かもしれないけど……私にかとっては何よりも本当は欲しかった言葉だ。
私の誰にも言えない秘密の一つだったはずなのに。わがままをそのまま受け入れてくれる人はいなかった。毎日のように偽りの笑顔、偽りの優しさを振りまいていた私を受け入れてくれて、それにすごいと言ってくれる。さらにストレス発散のために時間を割いてくれて私の心配までしてくれる。
本当に言葉にならなかった。そして信じるしかなかった。私にとってそんな人と出会えるなんてとても貴重なのだから。
そしてかすかに期待してしまった。
もしかしたら私の承認要求を受け止めてくれる運命の人なのかもしれないと。
「おはよう有原くん。」
「…なんで朝から居るわけ?鍵閉めたはずだけど。」
俺が朝の自主練から戻ると部屋の中からいい匂いがしたので、なんだと思い寮に入ると既に櫛田が自分の居室に居座り料理をしていた。
「えへへ。合鍵作っちゃった。」
「……せめて本人の許可を得てくれよ。」
「料理するって言ってたでしょ?それに昨日見たら晩御飯の分は冷蔵庫にあったけど朝ごはんはなかったから。」
「ん?あぁ。山菜定食食べようかなって思ってたからな。」
「山菜定食?あれ?」
学食で食べれる無料の食事だが、あまり美味しくはない。まぁそれでも最低限度の栄養素は取れるっていったところなのである程度は食べないとしょうがないだろう。
「できるところは節約していかないと。俺は部活動である程度稼げるし既に大会も出てるからある程度は楽だけどGWもあるわけだし。」
「そういえばここの野球部って強いの?あまり聞かないけど。」
「結構強いかな。でも機材が充実してるけど食事制限とかがないからな。毎年秋大会で都大会ベスト4が最高成績かな?それでも西東京でベスト8常連校だし何人かはプロを輩出してるな。」
「へぇ〜。それであなたはどうなのよ?」
「ん?プロは分からん。今後の活躍と運も必要だろうな。まぁ成れたらいいとは思うけどそれよりも試合を楽しみたいからな。」
俺が告げると櫛田は呆れたようにしている。普通ならプライベートポイントをメインにするべきなのは俺でも思うがこればかりは絶対に譲れない。
好きなことは好きでいいのだ。好きなことを仕事にできるのはたった数%だけもしプロになれたら嬉しいだろうけど、そんな将来を見ていたら足元を掬われるだろう。
味噌汁の匂いが部屋に充満してくる。どうやら今日の朝は和食らしい。どこかキッチンに立っている櫛田はどこか楽しげに調理をしている。
……てか朝飯を作るって言ってたか?こいつ。
そんなことを考えながら料理姿を見ている。それに思った以上に美味しくどこか懐かしい味がするのは夕飯時に分かっている。
いい嫁さんになるんだろうなぁ。と思いつつ俺は朝食ができるのを待つことにした。
「おっはよ〜。」
「あっおはよう〜桔梗ちゃん。」
クラスに入るとすぐに馴染み始める櫛田に相変わらずに称賛の声を心の中で漏らす。
あれだけの暴言や罵倒の嵐だったのがいつのまにかクラスに馴染んでいる。…自分の価値を櫛田は上手く理解してない。
偽善だとしても他の人にとっては善なのだってことを理解しているひとは少ない。例えその裏がどうであれ周囲から見たら櫛田は誰とでも仲の良い善人である。人の印象は基本的に見たままで決まるとされる中で櫛田はその自分の才能を上手く使っている。
大体であるが櫛田がなんでDクラスには配属されてたのもみえて見えて来た。恐らく情報の流出か、裏がバレたのであろう。裏がバレたくらいでここまでDクラスに配属されたってことはないだろうから、情報の流出が第一候補だ。親しい人の人間関係を壊したのだろう。真実というのは武器になる。俺も痛いほど経験しているからよく分かる。
俺は席に着くとするととある人が近づいてくる。俺は軽く舌打ちをした後、机に伏せようとする。
「ちょっといいかしら?」
どうせ隣の席の堀北だろう。元々プライドが高くあまり話さないようにしていたから正直周囲の会話から馬が合わない奴だとは感じていた。
俺はその言葉に答えない。いい加減にして欲しいがどうせ嫌でも話すことにはなるだろう。だが、時間をかなり遅くして登校したのでもうそろそろ開始のチャイムがなるだろう。
「…聞こえてるのでしょ?あなたね。」
「堀北。お前あんなことを言われておいて未だに有原のことを引き入れようとしているのか?」
するとどこか魂のないような、興味なさげな声が聞こえる。
俺は小さくため息を吐き、顔を上げる。
「そういう綾小路はこいつの味方するのかよ。」
「生憎俺も巻き込まれたんだよ。有原とは違って。」
「あらら。面倒な奴に捕まったなぁ。まぁ俺は今のままじゃ絶対に協力はしないけどな。生憎俺は第一に野球なもんで元々Aクラスの報酬にも興味がなかった。テストも生憎半分は越すから赤点の必要もない。それに人と合わせるのは苦手だしな。悪いけど今のままではAクラスどころかクラスポイントを獲得することすらできないと思うけど?」
俺がきっぱり告げるとちょうど学校のチャイムがなる。
どうせ絡まれるだろうし一番こいつにとって怒らせる言葉を告げる。
「言っとくけど俺から見たら須藤や軽井沢より劣等生なのは堀北だと思うけどな。」
「なんですって?」
「まぁ、俺もこのクラスでは劣等生だけどな。でもまだクラスに注意をしてただけマシだろ。」
集団という中では人と合わせるっていうことが大事である。別に意見をいうことには問題はない。でも、例え自分だけが良ければいいとなんて思ってはいけない。それは人として明らかにおかしいのだから。
俺もこのクラスでは劣等生に入るだろう。例え他の場所だったら普通でもこのクラスでは馴染めない。
すると教師が入ってくる。クラスで悪い雰囲気が流れていたがそれでも俺は気にしない。
自分のペースで頑張って成果を出すのが俺にできる唯一のものだから。