内政? ハーレム? 立身出世? そんなことよりレベル上げだ!(仮)   作:トシアキウス

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中冒試験開始

 中央試験一次試験の筆記は、中央冒険者ギルドクルエル支部にある研修室や会議室で行なわれる。異世界らしからぬコンクリート建ての広大な施設の内部構造は、慣れぬ者にとっては殺風景に過ぎ、どこを歩いても似たような景色に見えて方向感覚も狂いやすい。かといって日本の公共施設のようにいちいち矢印付きの案内が廊下にあるわけでもない。受験者が筆記試験会場にたどり着くには、受付に掲示してある案内板の簡粗な平面図を読み取る必要がある。

 迷った受験者がギルド職員に道案内を頼んでも受付の案内板まで案内されるだけであり、試験会場はいくつかに別れているので他の受験者の後ろについていくというのも堅実ではない。田舎出身でこの類いの大型施設に馴染みがない受験者や、己一人では空間認知に自信が持てない受験者は、案内板と睨めっこすることになる。試験開始時刻が迫るなかまごついても、ギルド職員は何もしてくれない。しかしそんな彼らに助け船を出す奇特な受験者たちもいる。

「私は303研修室だけれど、あなたたちは?」

 先日ケンと会話した靴下少女であった。

「ちなみにこの子は第四会議室よ。他の場所の人もいるから、一緒だったら一緒にどう?」

 靴下少女たちはいくつかのグループを組んだ上で集団行動していた。グループはそれぞれ冒険者パーティ単位で、その全体を靴下少女が統率する。同宿の受験者の過半数はいずれかのグループに属している。昨日やっていた合同訓練の参加者のほぼ全員であろう。冒険者を志す若者という我の強い人種を相手に、凄まじい行動力と指導力である。

「あらあなた、今朝は姿がなかったけれど、体調不良じゃなさそうね。会場はどこかしら?」

 と、離れてやりとりを観察していたケンにわざわざ水を向けてきた。友愛党との因縁に巻き込まぬよう避けられていたのが却って気にかかったらしい。ケンの試験会場は第四会議室で、靴下少女がこの子と呼んだ目隠れ少女と一緒である。

「ちょうどよかったみたいね。そこはこの子だけだったから。ほら、この子はこんな感じじゃない? 一人じゃ危なっかしいもの」

 答えた途端、どうしてか目隠れ少女と同道することになってしまった。

「よ、よろしくおねがいしましゅ……ます」

 噛んで言い直しながら頭を下げるその瞬間、上半身の豊満な揺れに男子たちの視線が集中する。靴下少女の目に軽蔑の色が混じる間も、ケンの視線は健全な位置にあって動じなかった。国軍スキル、完全八方目のおかげである。

 

 リノリウムの廊下をしばらく進むと他のグループと別れて二人きりになり、間を持たせるためにこちらから話しかける。

「初めまして。ケン・シースレス、十歳です。お姉さんは?」

「トゥ、トゥアナ……トゥアナ・ハメラルです。じゅ、十四歳です」

 冗談交じりで自己紹介に、幼児がするように年齢を付け足してみると真っ正直に返ってきた。子供の自虐のケンとは違い、どうにも危うい反応である。ここから続けざまに出身地やら恋愛経験やらスリーサイズやらを聞き出せば、如何わしい映像作品のインタビューの如くとなる。異世界知識のちょっとした活用はさておいて、少し探りを入れてみることにした。彼女は現役冒険者のリジン・デバンナスから見ても、最も評価の高かった人物である。

「ハメラルさんは――」

「あ、アナでいいです。その、カズノちゃんもそう呼んでくれるから」

「あのお姉さんですか? 昨日もアナさんとご一緒されていましたが、仲が良いんですね」

「カズノ・コテンジオさんです。カズノちゃんはすごいんです。物知りで、経験豊富で努力家で、独り立ちした強い女性で、冒険者に相応しい人で……とにかく、すごいんです」

 靴下少女の姓名を思いがけなく知ることになった。出身も年齢もバラバラな受験者集団のリーダー格に上り詰めるのはたしかにすごいといえるであろう。ケンには不可能である。けれども、彼女と初めて会ったときの様子も思い出された。人前での明け透けな態度とは裏腹に、一人で素振りする彼女の剣筋は、怖々と遠慮したものであった。

「お二人は同郷で?」

「い、いえ。そういうわけじゃ……」

「こちらに来てから親しくなったと?」

「は、はい。カズノちゃんは独りぼっちだった私を、パーティに誘ってくれたんです」

 カズノ・コテンジオの世話焼きぶりはともあれ、目の前の少女の中央受験の動機は友達付き合いではなさそうであった。

 たった一人で離郷して冒険者を目指すというのは普通、ガキ大将や跳ねっ返り、武者修行といったいかにも腕に覚えのありげな人種のすることである。トゥアナのような引っ込み思案な少女が中央受験をし、しかも見るからに下積みなしの素人と変わらないというのは、どうも不自然に思われた。かといってこれ以上詮索するのはぶしつけであろう。ケン自身、人殺しをして村を出たという後ろ暗いことが冒険者志望のきっかけなのである。

 

 試験会場に着くまで、試験の内容や宿の食事といった当たり障りのない会話を続けた。トゥアナは宿で弁当に持たされた握り飯の梅干しが、ちょっと苦手であるそうだ。シャケが大好物とも言っていた。朝食のおかずは目刺しであった。

 

 第四会議室には黒板と教卓、三人がけの長机にパイプ椅子が並んでいる。前世を思い起こさせる設備であったが、そこに完全武装の冒険者の卵らが着席しているのは、違和感のぬぐえない光景といえた。いずれも冒険服やローブや全身甲冑といった格好で、剣や槍や長杖を席の脇に立てかけてある。もしここが地球であるなら彼らは物騒なコスプレ集団か、さもなくば役所で研修を受けるファンタジー世界の住人である。

 受付で渡された受験プレート番号334の席に向かい、剣は背もたれに当たるので剣帯ごと外して腰を下ろす。雑談をする者はいない。馴染みのない施設環境というのもあるが、教卓にいる試験官から発せられる威圧感が受験者たちの逸り気を押さえつけていた。腕組みで瞑目する筋肉モリモリマッチョマンである。禿頭かつ、上半身もむきだしで艶めいていた。

 

 柱時計が八回鳴った。他の部屋からも同じ音が聞こえてくるが、ゼンマイ式で誤差があるのか揃っていなくて落ち着かない。時報が鳴りきり静かになるまで、一分以上かかっている。

「時間だ。これより一次試験を開始する」

 試験官が立ち上がる。

「今回の試験を担当するトゥルマン・ガバケッツだ。覚える必要は無いし質問も受け付けん。本日行なわれる一次試験は一般常識と素質を確認するためのものであって、あくまで最低限の足切りだ。うだうだ質問するような理解力のないアホ、自分の名前すら書けんアホ、常識的な振る舞いのできんアホ、そういったアホどもを切り捨てるためのものだということだ。よって現在ただいまこの場で着席していない者は失格とする。指定した時間に指定した場所に座っている。そういった社会常識すら守れんなら、問答無用で失格ということだ」

 筋肉量に劣らずレベルも高い。三級冒険者のリジン以上で、この部屋にいる受験者の全員を上回っている。跳ねっ返りの未熟な受験者相手なら、取っ組み合いになっても容易に制圧できるであろう。

「ここ中央に、常識知らずのアホはいらん。たとえドラゴンを倒せる腕前があろうとな。これから始める筆記試験のボーダーはたったの六割だ。この程度の問題でこれ以下の点数しか取れんのなら、親切心として忠告するが、中央は諦めて地方へ行け。真っ当な社会生活すら困難な水準といえるからな……ではテスト用紙と筆記具を配布する。番号を呼ばれた者から取りに来い」

 一人一人、テスト用紙と鉛筆を受け取って席に戻る。ケンは受験番号と同じく最後であり、受け取り際にほのかにであるが、値踏みするような目を向けられた。

「全員受け取ったな。年に何人かは部屋を間違えて失格になるアホがいるものだが、ないならないでそれで結構。取り押さえる手間が省ける。さて、開始は俺の合図の後だが、念のため注意事項を言っておく。言うまでもないがカンニングは発覚次第失格だ。試験中の離席は認めん。催しても体調不良でもだ。漏らしても失格だから我慢しろ。オムツに出すのは事前準備のよろしさということで認めてやろう。それから鉛筆が折れたらだが、声を上げずに挙手をしろ。俺が削ってやる。一人二回まででそれ以上は失格だが、使い慣れん鉛筆でもその程度の力加減はしてみせろ。さて……こんなところか。では試験開始だ」

 トゥルマンは告げた後「やっぱさみぃな」と小声で呟いて上着を羽織った。寒いのかよという指摘は、私語とみなされて失格になりかねないので誰もしなかった。

 

 名前を書けというのが問1で、姓を書けが問2、問3には姓名を書けとある。全10問で、九九の二問にギルドの住所の穴埋め記入を足せば、六割正解の合格点となる。そういった試験であった。最後の問題だけややこしい魔法術式の問題であったが、一芸採用の見極めか何かであろうから正答できずとも問題ない。

 見直しに飽きて顔を上げれば、試験時間は半分以上残っている。他の受験者もケンと同じらしく、頬杖をついたり腕組みをしたりで筆記音はない。聞こえるのは受験者の息遣いと、トゥルマンが鉛筆を削る音くらいであった。

「お前は二回目だ。次に折れたら以降は空欄提出だ」

 しばらくして芯の折れる音が響いた。

 筆記具といえばつけペンが主流であるが、子供のケンにとって馴染み深いのは石盤と石筆である。村においては子供が教会の授業に通う年頃になると、祖父母が新品の石盤を買い与えるという慣習がある。いわば入学祝いのランドセルなのでしっかりした造りと値段の物となり、清貧な家の清貧な服装の子供が、木枠に豪奢な彫刻の入った石盤で書き取りするというのも珍しくない。落としたり喧嘩に使ったりで割れてしまい、泣き出したり親に折檻されたり、乱暴な子供なんかは破片に小さく書き込んでいたり、平べったい漬け物石で代用したりする光景もしばしばある。物持ちが良い姉のリンの石盤は勉強道具としての役目を無事に終え、メモ書き用に家の壁にかけられている。

 ケンの物は現役ではあったが旅立つ際に置いて来た。重くて割れやすい石盤は冒険には適さない。神父さんに貰って使い続けている立派なつけペンやらノートやらの筆記具は荷物にあるが、腰を据えて書くならともかく歩きながらでは使いにくい。よって冒険中に使う冒険手帳と鉛筆をアナーケに注文することになった。

 万年筆ほどの高級品ではないが、鉛筆は輸入品なのもあるのか中々に値が張った。仕事用ならともかくも、子供が書き取りや落書きで使い潰すには気が引ける額である。庶民がものを書くにはペンで事足りることもあって、それなりに裕福な家庭でなければ日常的に使うことはなさそうであった。

 試験用に貸し出された鉛筆は試験のたびに使い回しているのか長さは半分以下で、焦げ茶色の塗装が所々剥がれている。三つの菱形が刻印されたこれは、ケンの購入したのと同じメーカーの物であった。

 

 試験終了の時刻となった。鉛筆とテスト用紙がトゥルマンの手で回収される。

「次は実技試験だ。時間までに装備を調えてグラウンドに集合しろ。実技の班分けもそこで行う。休憩時間中に用足しと、それから行動食と水分は自前で用意すること。そのための休憩時間でもある。万一のためこちらが提供する用意はあるが、その場合は減点対象になるぞ。食料と水筒は売店に、水は無料の水道がある」

 トゥルマンが退室して受験者たちは行動を始める。試験の手応えについてお喋りに興じる者はあまりいない。準備不足で手洗いと売店と水飲み場に寄るとするなら、急いで開始時間ぎりぎりになるくらいの日程である。行列ができるのを考慮するなら、用足しだけでも時間を食う。

 念のため手洗いに行く道すがら、ほぼ同時に退室したトゥアナとなんとなく歩速を合わせることになった。顔見知りの気安さもあるが男女で連れ立つ気まずさもある。学友でもないのに筆記の簡単さを云々するのは無作法な気がするので、次の実技試験を話題にあげた。

「班分けと聞きましたが、実技はパーティを組んでの試験ですかね」

「カズノちゃんなら私をパーティの仲間になろうって、そう誘ってくれたんですけれど、あ、あの、ケンくんも良かったらですけれど、一緒しませんか。わ、私がカズノちゃんにお願いしてみますから」

「いや、それは」

 女所帯に挟まるのは気後れする。

「折角ですが遠慮します。僕は子供ですからね。足手まといになるかもしれません」

「ふぇ? で、でもケンくんは強いよね? 私たちのなかじゃ一番なくらい」

 出し抜けの問いでケンはトゥアナに振り向いた。目元は隠れてよく見えないが、小首をかしげ人差し指を立てている。

「カズノちゃんだって、だからケンくんとも仲良しなんですよね」

 彼女がケンに話しかけるのは、幼い少年への親切心からであろう。

「そんなわけありませんよ。レベルが低いし経験も薄いんですから。コテンジオさんは僕が子供だから心配なんですよ。強いだなんてのも気のせいです。アナさんは買いかぶってお世辞を言ってくれているんでしょう?」

「……そうなんですか。残念です。ケンくんなら、私なんかよりずっとカズノちゃんの助けになれるのに」

 己一人でも精いっぱいな身の上で、知り合ったばかりの他人の助けになるのは難しい。ケンは苦笑でごまかした。

 

 少し急いだつもりであるが、ケンがグラウンドに着いたときには既に、結構な人数の受験者が待機していた。学校で教練を受けた日本人と違い、この世界の住人に整列の習性はない。とはいえ広々としたグラウンドでめいめい散らばっているのは体裁が良くなさそうで、号令台を目印として、その周囲に受験者たちが集まるような形となった。

 空は青く、日差しも強くなりつつある。体力温存のため腰を下ろす者がいる。車座で談笑するグループもある。元気を持て余して柔軟体操を続ける者や、兜も脱がず直立不動の全身甲冑もいた。独りぼっちとそうでないのとで半々といったところであるから、「はい、二人組つくってー」の言葉で途方に暮れて戦慄する。そんな恐れはなさそうであった。

 屋外時計の示す集合時間が近づくにつれ受験者の人数も増えてゆき、駆け込みの受験者がたどり着いた頃には百人近く集まっていた。試験官らが現れたのは、それから五分あまり後である。試験官は二十人以上いた。いずれも現役の中央冒険者と思われる高レベル者であり、足切りに過ぎぬ一次試験とはいえ、片手間でないのがうかがわれた。

 拡声器らしき魔道具を手に号令台に上がるのはトゥルマンである。試験官の代表役はケンの筆記を担当した彼が務めるらしい。

「あー、テステス。ではこれより実技試験を開始する。試験内容は単純だ。ただ今ここから指定のフィールドへ移動し、そこで魔物を討伐し、それからここへと帰還する。つまりは最低難度の討伐依頼をやってもらい、実際にそれを果たせるのか試すだけだということだ。ただし試験中はこちらが指定したパーティを組んでもらう。受験者五人と試験官の六人パーティだ。メンバーの振り分けは公正となるようくじ引きで決めた。ついさっきな。言っておくが試験官は皆、現役の冒険者だ。たとえ途中で脱落者が出て、パーティ人数が減ったとしても不利にはならん。その分は試験官がフォローする。さてこれからパーティの班ごとに受験番号を呼ぶ。呼ばれて来なければ欠席とみなして失格だから注意しろ。第一班、受験番号――」

 間隔は割合短く、呼ばれた受験者たちが担当の試験官の下に集合するべく慌ただしく駆けて行く。

「第十三班、受験番号334、受験番号――」

 ケンの番号が呼ばれた。試験官は三角帽子の目立つ女性である。長杖の槍に似た先端を振って合図している。行くと、小走りで身体を揺らすトゥアナが来て目が合った。どうやら同じ班になったらしい。

「五人揃ったね。打ち合わせは日陰にでも行くとしようか。運動会の練習じゃないんだ。直射日光下でグラウンドの真ん中なんてのは間抜けだものね」

 試験官は返事を待たずに歩き出す。

 服装は短めのスカートにローブといういかにもファンタジー漫画風な魔女衣装であったが、露出はそう多くない。首から上を除くなら指抜きグローブの指先と、スカートとニーソックスの隙間くらいで、そこに肌の白さが覗いて見える。

 ローブ自体は身体の線を隠している。けれども上質な生地がどうにも滑らかすぎるせいか、微風など、何かの拍子に時折貼り付き、視線誘導してしまう。しなやかな所作からして当人にそんなつもりはないだろうが、それだけに後ろを歩くと垣間見える腰のラインに決まり悪さを覚えてしまう。一瞥すると鼻の下が二つ伸びていた。班の受験者のうち後二人は、女性のトゥアナと顔を隠した全身甲冑である。

 

 木陰に来たが地べたに落ちた毛虫を見て、腰を下ろさず切り出した。

「僕の名前はセヴァリア・マナイン。君ら十三班を担当するご覧の通り魔法使いさ。さて受験者諸君はまずそれぞれ自己紹介といこうか。大ざっぱでいいから戦い方の申告も忘れずにだ。仮とはいえパーティを組むのだからね。ではそこの君から」

 セヴァリアが杖で指したのは男子二人の片割れであった。担当が見目麗しい妙齢の女冒険者で顔が緩みかけていたところを立て板に水の勢いで促され、多少きまり悪そうに咳払いをした。

「あー、自分はオラッサ・イーミン、元地冒ってやつッス。だからまあ、経験はそれなりにあるんで、よろしくオナシャッス。得物はこいつッス」

 オラッサが腰のホルダーから武器を取り外した。環状の刃で、円弧の一部分が握り手になっている。

「珍しいね。チャクラムというやつかい」

 投擲よりも格闘寄りで、厳密には中国の風火輪のような武器であろう。

「一応、遠近両方イケるッス」

 オラッサがチャクラム(仮)をわざと手放し落として見せると、地面に触れる寸前でヨーヨーのように手元へと舞い戻った。手袋から魔力糸が繋がっているのを見るに、それ用の魔法が仕込まれているらしい。

「中々個性的じゃないか。じゃ、次は君ね」

 今度はもう一人の男子であった。オラッサのときとは違い心の用意が出来ていて、ポンチョをさっと翻して名乗りを上げる。

「オレの名はエヴィオ。エヴィオ・スジョーだ。こう見えて魔法使いさ。こう見えてな」

 エヴィオの手がぶれる。その一瞬後には、人差し指と中指で挟むようにして指揮棒形の魔法の杖を構えている。

「短杖早撃ち、無詠唱回路を使った決闘向けのやつだね。近頃流行りの」

 西部劇で拳銃の代わりに短杖を使うといえばわかりやすい。他にもホルスターに何本か短杖が差してあるのは使い分けのためであろう。

「フッ……さすがは中央。よくご存じだ」

 わざわざはっきり声でフッと笑うと、エヴィオはロッドスピンの披露で自己紹介を締めた。ロッドスピンといっても指揮棒形の杖であるから、ガンスピンの派生というよりペン回しの派生である。とはいうもののペン回しでいうところのAFI(アルティメットファイナルインパクト)を一発成功させた勢いのまま短杖をホルスターに収める一連の流れは中々に見応えがした。

「おー上手上手。はい次」

 雑に褒められて些かしょんぼりするエヴィオをよそにセヴァリアが次に指定したのは、全身甲冑の受験者である。

「……シガ・ケイン。武器はこれ」

 くぐもった声でハルバードを軽く上げて、それきりであった。

「へぇ、もしかしてケイン一族かい?」

 シガは無言であった。

「まあいい。詮索はしないさ。次、君ね」

 個性派三人の次である。狼狽えたトゥアナの声が上ずった。

「ひゃ、ひゃい! トゥアナ・ハメラルでしゅ……です。え、えっと、私の武器は、その……」

 飾り気のないクォータースタッフと、簡粗な駆け出し向けの防具である。個性的で整った三人の装備と比較して見窄らしく思ってしまうのも無理はない。

「あー君、魔法は?」

 ふるふると首を振る。

「それなら棒術使いで、前衛ということだね」

 こくこくと首を振った。

 顔の見えないシガはともかく、男子二人に悪印象はなさそうであった。オラッサはセヴァリアとトゥアナのやり取りに眼福そうな顔をして、エヴィオはトゥアナがあたふた身体を揺らすたび、ちらちら視線を揺らしている。

「では、最後は君だ」

 セヴァリアがこちらを向いた。ケンをそのタンザナイトを思わせる眼で見据えている。

「ケン・シースレス。剣士です。皆さんよろしくお願いします」

「剣士ね。ところで君、いくつだい?」

「十歳になります」

「随分若い。君くらいの年頃で冒険者なら、魔法が得意そうだけれど」

「いえ。魔法は覚えていません」

「そうかい。素質はあるのに珍しいね。ところで魔力を増やす鍛錬なんかはしていたかい?」

「していません」

「ならいいさ。幼いうちの魔力鍛錬は健康に良くないからね」

 ケンが子供なせいだろう。ひと言二言では終わらずにセヴァリアの側からあれこれと質問される。魔法使いとして話の内容に疑問点があったのかエヴィオが口を挟む。

「ちょっといいか。魔力鍛錬が健康にとはどういうことだ?」

「自分で調べたまえ。これで全員、自己紹介は済んだね。では次はパーティの役割分担となるわけだけれど――」

 セヴァリアはエヴィオの質問を流すと受験者五人を見渡しながら役割を振っていく。棒術使いのトゥアナと全身甲冑のシガが前衛で、飛び道具使いのオラッサと魔法使いのエヴィオが中衛、ケンは後方警戒を兼ねた後衛となった。前衛2、中衛2、後衛1という形である。

「まあこれは暫定だ。今回はあくまで試験だからね。場合によっては入れ替えもするし、実力を見るため実戦時にはソロで戦ってもらうこともある。警戒役も持ち回りにして、抽出した分は僕が穴埋めしよう」

 役割分担を済ませると折りたたんだ紙を配られる。藁半紙に印刷された地図で、目印に赤線が引いてあった。

「これから向かうフィールドは国道425号線。ベンセレム三大国道の一つだ」

 長大な路線が丸ごとフィールド化したベンセレムでも最大規模のフィールドの一つである。元の国道自体が秘境ともいえる山地の山越えをする酷い道であり、そこにフィールド化の影響で天候不順や時空の歪み、魔物の奇怪な生態系が重なることで、より過酷な環境を形作っている。三大国道として有名なこともあり、国道425号線全線踏破は一流の冒険者の証とされ、金にならないにもかかわらず毎年挑戦者が現れてはその大半が挫折している。とはいえ踏破を目指さずに冒険者の仕事場としてみるなら手頃である。

 フィールドの形状が国道に沿う形で細長く、難所続きの地形に加えて交差する道が少ないため、侵入するにしても脱出するにしてもアクセス面などでいえば良くはない。けれどもフィールド深度すなわち魔素濃度のむら(・・)や魔素溜まりが目立つことから、初級者が下位の魔物を相手するのと、上級者が上位の魔物を狙うのとで、目標深度への所要時間の差が少なくて済む。浅層から深層へ順々に向かう通常の大規模フィールドとは違い、上手く道を外れれば一足飛びに深層へと到達可能なので、日帰りでの大物狩りなんかも不可能ではない。

 国道425号線はその路面状態はともあれ三大国道の名にふさわしい主要フィールドであり、中央地方を問わずクルエル市の大半の冒険者の仕事場であった。浅層と深層とで所要時間がそう変わらないというのは、上位の冒険者になるほどありがたいものである。なんとなれば冒険者の仕事時間のうち、かなりの割合が移動時間なのである。

 

 端のあちこちが欠損した路面を水溜まりを避けながらジョギングほどの速度で走り続ける。苔むした法面は国道王の仕事ではなく、おそらく近代になってからの補修工事によるものであろう。おにぎりと呼ばれる国道標識は古代文明の魔道具の一種であり、万全ではないとはいえ、数千年の時を経た今現在も自動回復の効果を発揮し続けている。そのため、補修跡のほうが古びて見える。

 デリネーターやカーブミラーにもおにぎりと同様の効果があるらしいが、壊されたり盗まれたりでその数は心許ない。それぞれ魔道具としての構造そのものはマーカーの類いであるから流用しても使い道がないものの、素材の希少性や好事家受け故に、今も昔も窃盗犯が絶えぬという。極刑が人道的な絞首刑や銃殺刑となった現代においても、唯一残った鉤針付きの鞭打ち刑がその刑罰となっていることから、ベンセレム国民の国道への思い入れには並々ならぬものが察せられる。所々張られた落石防止ネットの製造はライフル銃などと同じく王家の秘匿技術である。

 日当たりが悪く葉が茂っているので崖の先は見えづらいが、切り立った急カーブの下の高低差はおそらく数十メートル以上ある。もしレベルアップ無しで今のペースで走り続けていたのなら、いずれ疲労で目が回り、何かの拍子で崖から転落してもおかしくなかったろう。

 国道425号線における冒険者の死亡原因の多くは戦闘中の転落事故である。冒険者は頑丈なので転落死そのものは少ないが、転落で負傷したり行動不能になったりしたところを、崖下を縄張りとする魔物の群れに嬲られるのである。高所恐怖症というより崖恐怖症を生還者が患うのも無理はない。

「離合だね。少し待とう」

 セヴァリアが声をかける。前方で大型のリヤカー同士がすれ違いに苦戦していた。この辺りの道幅は1.5車線ほどしかなく、小型リヤカーならともかく馬車や大型リヤカーは待機所を使わなくてはすれ違いが難しい。ちょうど道幅自体が狭いうえ、見える範囲に待機所はなかった。

 

 現在、第十三班は試験場所となる国道425線へ移動していた。目的地までのマラソンである。前方のリヤカーのような交通サービスは、試験なので利用できなかった。

 国道425号線の付近では、リヤカーに何人もの冒険者を乗せてフィールド区間まで運ぶという仕事が盛んである。いわば乗り合いの人力車で、元冒険者か現役の冒険者が副業でやっている。レベルアップした人間は馬並みかそれ以上の馬力を発揮する。路面は国道のアスファルト舗装なので走りやすい。何より市内や街道と違って馬車や人力車のギルドの支配力が及ばず、新規参入し易いのである。

 

 コイントスの後、一方のリヤカーから乗客が全員降りる。空になったリヤカーを山側に立てかけると、それで開いた空間を、乗客の乗ったリヤカーが通り過ぎる。コイントスはどちらが譲るかとなったときの決まり事なのであろう。

 すれ違いを待つ時間、セヴァリアが雑談をした。

「この辺りなら落ちても怪我で済むだろう。けれどこれから赴く425号線の崖下は、ここ数年でボブゴブリンの出現地帯になりつつある」

 ボブゴブリンとは借り腹で単為生殖をするゴブリンの調整種である。鶏姦で腸内に卵を植え付けて繁殖することから、ホモゴブリンとも呼ばれている。母胎として人間の雄は無論のこと、ノーマルのゴブリンをも駆逐するゴブリンで、二十年ほど前に天才魔導師ボブ・ヘッチマーが魔族の手を借りて作り出した。権力者のやんちゃな息子の戯れで幼なじみの恋人をゴブリンの苗床にされたことが彼の執念の根源であるのは有名な話である。

 フィールドで外来種の魔物を放して繁殖させるとフィールドが情報を記録し、以後、その外来種が発生するようになるという法則がある。ボブゴブリンはノーマルのゴブリンより強靭であるが、ノーマルよりやや大きい魔石がとれる。そのことから一時期、ゴブリン狩り専門の冒険者たちが飲み代を増やすため、ボブゴブリンをよそから捕らえて来てフィールドに放すという違法行為が流行した。日本でいえばブラックバスのようなものだろう。流行の結果、飲み代が増えたのはごく一部ばかりで、ゴブリン狩り冒険者のほとんどは発端となった権力者の息子と同じ末路をたどった。変異した肉体に通常の回復魔法は効きづらく、適切な治療法の広まった現在でも妊産夫死亡率でいうなら八割を切らない。たとえ巣から生きて逃れても経産の排泄器官は性器と違い、元には戻らないのである。

「人間の業だなんだと嘆くにはあんまりにも汚らしい話さ。アレな類いの魔物なんてね。女の子がいるのにしたいものでもないが冒険者ならこの新種の魔物の危険性は知っておくべきだ。強さの数値でいうならボブゴブリンは単体では通常の1.3倍くらいだろうが、それが集団になれば脅威度は三倍以上になる。群れの力とはそういうものさ」

 すれ違いのリヤカーが通り過ぎていく。乗客はフィールド帰りであろう。崖から転げ落ちでもしたのか傷だらけで、あちこち汚れて疲労の色も濃く、ケンたちには見向きもせずに俯くか惚けて空を見上げている。膝を抱えた手の下では紐を通した金属板が揺れていた。指先に引っかけるように持たれた二組のそれは、地方ギルドの認識票である。




今回の投稿はここまでです。
次話以降の予定は未定。遅筆なので。

徹夜明けテンションでの投稿&色々と雑なので、もしかしたら消すかもしれません。
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