内政? ハーレム? 立身出世? そんなことよりレベル上げだ!(仮) 作:トシアキウス
国道425号線のフィールド区間に入ったが、先行班が片付けたのか道中に魔物の気配はない。しばらく進むと、山側の赤看板の前に試験官のトゥルマン・ガバケッツが腕組みして立っていた。
木々の隙間から差し込む日の光がちょうど禿頭に反射して、遠目からでも目立っている。高位の冒険者ともなると虫さされが気にならないのか、上半身はやはり裸であった。トゥルマンがこちらに気付いて腕組みを解いた。むき出しの乳首が目に入って視線を避ける。
避けた先の赤看板には古代語で「転落死亡事故多発」と書いてあった。ジグラット語なので設置者の外連味でなければ国道王時代のものであろう。路面の崖側ではデリネーターが斜めに傾き、アスファルトのひび割れた皺が寄っている。足を滑らせるか大雨でいかにもずり落ちそうな感じがするが、目立つ補修跡がないのを見るに、この状態で千年以上保たれている。魔道具の自動回復効果である。始めからこのうらぶれた路面状態を考慮して設計したのか、あるいは国道王の妙なこだわりなのかもしれない。
「来たか。点呼だ。それと班ごとの持ち場の変更だな」
最後方にいたセヴァリアが、ヨシヨシヨシと班員を一人一人指差しながら進み出る。
「十三班、全員揃ってる。でも変更なんて聞いてないよ。事前の持ち場じゃ駄目なのかい」
「上からのお達しで抜き打ちというやつだ。他の支部で不正でもあったんだろう。地図は……十三班ならこいつだな」
地図の紙を渡しながらトゥルマンがざっと班員に目をやった。元地方冒険者のオラッサは大して疲れた様子もなく、腰や肩を回して柔軟している。早撃ち魔法使いのエヴィオは汗をかきながらも、疲労を悟られぬようそっと息を整えている。全身甲冑のシガはハルバードの石突きを立てて直立不動である。
長時間で、しかも完全装備でのマラソンをしてもこの程度で済むのはレベルアップの恩恵である。筋力のみならず体力全体が向上する。ケンはそこまでのレベルに至っていないが、アナーケの走りを見て走り方のコツをつかんでいたので呼吸を乱さずに済んだ。レベル無しのトゥアナはというと、彼女だけは武器を手放した手を膝につき、ぜえぜえと息を切らしていた。武装しての長距離走は軍隊で武装走という訓練があるくらいの過酷な運動である。事前に鍛え上げてもレベルを上げてもいないただの少女なら、音を上げていないだけでも大したものといえるであろう。
「一枚しかないからな。小休止のついでにここで情報共有してくといい」
「この辺りの魔物は?」
「緊急の避難場所ということで俺が掃討しておいた。ちょいと薄暗いが看板を目印だ。結界も一応、探知と浄化の両方を張ってある」
「元神官かい?」
「神学校中退だが、資格はとってある」
「へえ……さて君たち、一旦休憩にしよう。地図を読んだら次の人に回してくれ」
セヴァリアの指示で班員は思い思いに休憩しようと動き出す。ケンはトゥルマンに声をかけた。
「すみません。あそこには座っても?」
少し先のカーブから突き出した草むらに敷物が敷いてあった。
「ああ、俺が敷いた。負傷者用だがな。一休みするくらいならかまわんさ。湿気で尻が汚れるもんな」
「ありがとうございます」
礼を言うと、トゥアナに話しかける。
「アナさん。あっちで座りましょう」
「ふぇ? は、はい……ありがとう」
年頃の女性に対して断りなしに肩を貸すのも憚られるので、転ばぬよう見守りながら先導した。
敷物に二人で腰を下ろす。ちょうど木が開けていて眺望は悪くない。今まで走ってきた国道のつづら折りが顔を出し、別な班の走る姿を発見した。その光景を話題にするには間が悪い。疲労困憊のトゥアナは前髪に隠れた目をぼんやりとさせていた。
セヴァリアはトゥルマンと何やら話し合い、シガは武器を手にしたまま手頃な岩に腰掛け、オラッサとエヴィオは一緒に地図を見ながらもたびたびこちらに視線を向ける。声をかけ損なったこともあってトゥアナが心配なのであろう。
トゥアナの背中は汗でびっしょりになっている。ケンは水筒を取り出した。
「こうも走らされると、やはり喉が渇きますね」
栓を抜いて一口飲んでみせる。
「あ……お水」
ケンにつられて、トゥアナも水筒を出して口をつけた。ケンの物と同じ、竹筒と呼ばれる竹製の水筒である。金属製や袋のものに比べ多少不便ではあるが、安くて使い捨てても惜しくないので愛用する冒険者も多い。
こくりこくりと微かに喉を鳴らして飲む音はすぐ止んだ。竹筒の容量の心許なさに、飲み過ぎると思ったのであろう。残念そうに口を離して栓をする。ケンはもう一本の竹筒を取り出した。
「どうぞ。予備で持ってきたんですがね。子供の胃袋ですから。飲みきれなさそうで、荷物になりそうなんです」
「そんな、悪いです。いけないですよ。こんな私なんかに……」
施しは受けないというよりも自虐が勝って感じられた。押し問答となる間際、トゥルマンが通りがかって口にした。
「こいつは独り言だが、十三班の担当範囲には渓流がある。そこの水は水質検査で飲用可能とされてるらしいな」
助け船であった。
「だそうです」
「……ありがとう。ケンくん、トゥルマンお兄さん」
「独り言だ」
トゥルマンが赤看板のところへ戻って行く。独り言を言いにわざわざこちらへ来たらしい。素っ気ない素振りには、お兄さん呼びで若く見られた照れ隠しもあるかもしれない。
予備の竹筒を飲み終えたトゥアナが提案した。
「あっあの、荷物になるなら、これ、私が預かってます」
遠慮したが「大丈夫です」と押し切られた。親切のつもりが竹筒という荷物の分、却って負担を増やしている。結果的にケンの行為は御節介であった。
その気配に気付いたのは幅員が広がり、山側も谷側も急勾配がやや緩やかになって安心感が出てきた頃合いである。影が動いて藪を揺らした。走り抜ける葉擦れの音に反応し、受験者四人が山側に顔を向ける。
「いい感じの歓迎だ。各時自由戦闘。助言はしないがフォローはする」
セヴァリアが引き下がり、オラッサが大声を張り上げた。
「上から複数、奇襲ッス! だがこのパターンなら――」
「谷側の警戒は僕がします。挟み打ちの形ですね、上と下で」
ケンは即座に志願した。息を潜めた様子であるが、気配ははっきり感じられた。
エヴィオが短杖を引き抜きながら、颯爽と前に出る。
「先手必勝ってのをやってやるさ! ブレイズショット!」
炎弾が続けざまに三発放たれて炸裂した。おそらく基本魔法のファイアボールの改良型であろう。持続時間を減らして弾速を上げている。魔法の火は燃え広がらずに即座に消えた。
「やったか?」
と口走った不意を突き、エヴィオの頭上の藪中から飛びかかった魔物の影を、
「――ってない」
と横合いからシガのハルバードが撃ち落とす。
「このオレが庇われ――すまん!」
「軽い。外した」
身をひねって着地したのは狼の魔物であった。唸りながら間合いをはかり、ぐるんと頭を回転させる。首関節がないかのごとく、三百六十度以上の回転である。真正面から見て右回りに一回転すると、その過剰回転分にバネでも仕込んであるような勢いで逆の左回りに回転する。
この不可解な首回しはこの魔物特有の本能行動で、息継ぎのごとく頻繁に行なわれる。脆弱に調整された心臓機能を補うため、馬が蹄を第二の心臓としているように、首回しによって血液を循環させるといわれている。
「バターウルフか!」
「首の可動域に注意ッス!」
バターウルフが吠え立てる。すると上から援軍二匹が飛び出して、オラッサとトゥアナに襲い掛かった。
シガがハルバードを向けてけん制している。オラッサは跳び退いて奇襲を躱して対峙した。トゥアナはというと、クォータースタッフを兎にも角にも振り回して魔物を近づけまいとしている。エヴィオは集団戦に慣れていないのか、杖を向ける先に迷いがあった。
数のうえでは四対三であるが、実際の状況は一対一が三つであった。とはいえ、それぞれが中央を志す冒険者である。戦況はまもなくこちらの優位に推移した。
シガは振りかぶると一瞬見せかけての素早い刺突で、バターウルフの胴体を貫いた。麻袋を破るように毛皮を裂いてハルバードの斧刃が飛び出した。
オラッサは左右のチャクラムの連続投擲である。あえて浅い攻撃をヨーヨーのように繰り返し、負傷で動きが鈍ったところにとどめを刺した。握り締めたチャクラムでの脳天割りである。
トゥアナは落ち着き、バターウルフの動きに慣れたのか、動作の出しなに打撃を差し込むことでその勢いを殺していた。バターウルフがしびれを切らし、助走を付けて跳躍する。そこに少し踏み込んで、宙に浮いた後ろ足を刈ってやれば、犬のように鳴いてひっくり返った。すかさず大振りの一撃を振るう。首に当たって押し込むと、頭部が素早くぐるんと回り、武器を咥えようと噛みついた。鰻みたいな狼である。犬猫相手のように首根っこをつかんでやろうとすれば囓られるであろう。トゥアナは先端を引っ込めると、あらためて打ち下ろした。遠心力を効かせた威力は凄まじく、頭蓋が砕けて頭の形が歪んでいる。その後は加減がわからぬのか、内臓の詰まったお腹の膨らみを滅多突きである。クォータースタッフの鋭く尖った先端は、突きに用いれば槍とほとんど変わりない。
ケンは観戦もそこそこに小石を拾って投げつけた。藪に隠れた二つの気配に命中すると、ガードレールの向こうからバターウルフが二匹同時に襲い掛かって来る。
一方はガードレールを跳び越えた上段で爪を振りかざす。もう一方はガードレールの下を潜った下段からの噛みつきで、よだれを散らして開いた口は、ぶら下がったものを咥えやすいよう横向きであった。睾丸狙いの噛みちぎりである。一方が怯ませ役で、もう一方の攻撃役が首回転を活かしてねじり取るといった作戦であろう。自然界の動物とは異なり対人に特化した魔物らしい邪悪な戦術であった。
上段の爪にせよ下段の口にせよ、一方をその場で防げばもう一方を食らうことになる。選ぶべきは回避であるが、飛びかかりの爪はともかく、突進の噛みつきは大げさに跳び退かなければならぬであろう。首の可動域の誘導性で、紙一重で避けたつもりが食いつかれる可能性がある。かといって体勢を崩すほどの回避動作は面白くない。せっかくの相手の攻撃の隙を突けず、二対一のままで仕切りなおす形となる。
「ケンくん!」
トゥアナの悲鳴とほぼ同時に、ケンは身をひねって跳躍した。
同時攻撃は上段と下段である。ならば中段が空いている。空中で水平方向の姿勢ならちょうど攻撃は届かない。安定性と威力を得るべくきりもみ回転しつつ剣線を走らせた。いわゆるコークスクリュージャンプに斬撃を乗せた形である。
攻撃をすりぬけられたバターウルフ二匹が方向転換を試みる。爪を躱された方は慣性で軽く走って弧を描く。食いつき損ねた方は立ち止まって振り返り、踏みだそうとしたところで、匍匐前進しかできないのに気が付いた。後ろ足が動かない。それどころか感覚からしてまったくない。麻痺ではなかった。斬られていた。背中から腹にかけ、まっすぐに断ち切られた断面から内臓がこぼれ出た。身体を前後に分断されたバターウルフは弱々しくひと鳴きすると、アスファルトに引きずったはらわたの跡ごと、まもなく灰となった。
「やるね」
セヴァリアが口笛を吹いたが、褒められたやり方では決してない。アナーケにあきれられた曲芸戦法である。相棒を惨殺されたバターウルフが憎らしげに頭を回して唸りながら、跳び掛かる機会をうかがっている。そこへさっさと間合いを詰めると、今度こそ堅実にやろうと正眼に構えた。
バターウルフはあっけなく近寄られたことで反射的に、威嚇の声を中途で裏返らせて飛び出した。その踏み込みを引きつけるように一歩下がって躱しつつ、剣の先端で斬り付ける。目潰しである。両眼球に刃を入れられた盲目で狼狽えたところを、続けざまに両前足を断ち切った。支えを失った上半身が地べたに着いて強制的にお尻を突き出し、犬でいうところのプレイバウの体勢になる。しかしそれも一瞬で、首回転の勢いで手負いの獣というよりも魚のようにのたうち回った。
「エヴィオさん。とどめを」
花を持たせるのではなく、死に物狂いの反撃を警戒した安全策のつもりであった。
「お、おう。ファイアボール!」
ボール大の火球が着弾して火達磨になったバターウルフは、燃え尽きる前に灰になった。
ちょうど一人一体ずつ仕留めたことになり、受験者たちはそれぞれの灰の骸を漁り出した。ケンは経験がありそうなオラッサのやり方を真似た。灰に足を突っ込む前に、首回りに手を入れて探ってみると、粘土に似た感触を指先に感じ、崩さぬよう気を付けて取り出した。灰塗れのぶよぶよとした塊である。
「ウルフバター、こいつらは当たりッスね」
魔物の灰が消失して乳白色が顔を出す。黄色みがかなり弱いが、まさしくバターであった。あまりにあっけなく灰が消え去るので、普通は不潔な灰塗れが却って清潔感があるようにも錯覚された。
「名前そのまま、バターウルフのドロップ品ッス」
魔物は死ぬと、魔石以外に肉体の一部を現世に残すことがあり、それがドロップ品と呼ばれている。いわゆる魔物素材であり、様々な用途と魔物からしか採れないことから、乱獲で値崩れを起こさぬかぎり、結構な額で取引される。
「ちょっと失礼」と、セヴァリアがケンのウルフバターを手にとって重さを量った。
「バターウルフのドロップ率は時間式だから、これらの個体はそれなりに長生きしたんだろう。まあその分、悪知恵を付けたようだがね」
ドロップ品の出る確率は時間式と確率式の二方式があり、バターウルフの場合は生存時間によって出現率と出現量が増加する時間式である。ウルフバターは絶えず行なわれる首回転による遠心分離で、脂肪分が変化したものであるといわれている。バターなのに常温保存が可能であり、エヴィオの魔法で熱せられても融解せずに残っている。魔物素材にありがちな不可思議な特性である。塩を添加すると通常のバターと同じ性質になるらしい。ぬめっとした感触は手汗に反応したのであろう。
ちなみにゴブリンのドロップ品は棍棒であるが、ドロップ率が固定とされる確率式で非常に低く、最下級の魔物由来にもかかわらずレア素材として高額取引されている。ゴブリンの調整種であるボブゴブリンの方は睾丸で時間式であり、バターウルフのバターと同じく、長生きするほど出やすく、そして大きくなる。
「僕は使ったことがないけれどウルフバターはお高い化粧品の原料になるらしいね。美容に熱心なご婦人方は料理にも使うと聞く。オリーブオイルの上位品という感じにさ」
うげげー、と舌を出していやな顔をする。
「虎みたいにぐるぐる回ってバターになる。こんなお誂え向きの生態は、ボブゴブリンと同じで調整種だからともいわれているね。大昔からいて、原種も定かじゃないけれど」
人間か魔族かは知らないが、古代の創造者は狼型の魔物を経済動物とするために、英国の絵本に着想を得たのかもしれない。
「意味がわからん。なんで虎がバターになるんだ?」
「童話の話さ。通じないだろうがね」
エヴィオの疑問に苦笑を浮かべながらケンにバターを返却すると、セヴァリアは「ユーリン」と手のひらのバターのぬめりを石鹸魔法で散らしてから、メモ帳を取り出した。
「さて、今の戦闘で全員が魔物の撃破に成功した。実技における最低限の合格基準はこれで満たしたことになる。早くもね。とはいえフィールド探索はまだ続けるよ。以降は追加点と、二次試験のための功績稼ぎに移項する」
「三次に行くのに必要な中央のギルドポイントってやつッスね」
「そ。雀の涙だけれどね。まあ
セヴァリアに嫌味のつもりはなかったろうが、地冒経験者のオラッサが慌てたように首を振った。
「とりあえず初戦闘の評価といこうか。ざっとだがね。まずはオラッサ・イーミン。仲間への警告に戦闘自体も無難に済ませた。地冒経験者だからか指摘すべき点は別段なく、満点といえる」
「ッス」
オラッサが照れて頬をかいた。
「エヴィオ・スジョーはパーティ戦は初めてかな? しかし魔法の威力は申し分ないし、誤射もしなかった。せっかちであったのには自覚しているようだから次は改善できるだろう」
エヴィオが真剣そうに何回も頷いた。
「シガ・ケインは地力勝ちだね。コミュニケーションも案外問題なさそうだ」
「……ん」
シガがハルバードを担ぎ直した。
「トゥアナ・ハメラル。すぐに冷静さを取り戻したし、才能も感じる。レベル上げをすれば一気に成長できるだろう」
「が、頑張ります」
トゥアナがクォータースタッフを谷間に立てかけた胸の前で、両手をグーに「むん」と握った。オラッサとエヴィオ、それからなぜかセヴァリアの目が動いた。
「ケン・シースレスはなんというか」
少し言い淀む。オラッサとエヴィオが何ともいえない顔を浮かべ、シガの視線も感じた。
「鮮やか過ぎて逆にグロい」
他の四人に甘めの評価をつけるなかで、ケンにだけはあんまりな言い草であった。
その後は国道の舗装道路を進む間に何度かバターウルフと戦ったが、最初の五匹のような群れと遭遇することはなく、だいたいが一匹二匹といった感じであった。
「この道は他の班も通ったろうし、めぼしい群れは返り討ちに遭ったようだね」
バターウルフとの戦闘時にはケンとトゥアナとシガが前衛三人であえて足止めをしたところを、オラッサとエヴィオが遠距離攻撃で仕留めるという戦法をとった。
「パーティ戦の基本の練習といこう。前衛組には物足りないだろうけれど、わちゃわちゃとやり合うよりは安全だ」
セヴァリアの言う通り実際に楽ではある。適当に剣を振り回してけん制すれば、魔法かチャクラムが飛んできてダメージを与えてくれる。
「前衛で囲んで叩く。これも正解だ。バターウルフは逃げ出さないし、狂犬病にもかからないから訓練にはちょうどいい」
シガのハルバードに怯んだところにケンとトゥアナで回り込んで、袋叩きにもした。バターウルフは野生の狼と違って人間への暴力衝動に支配されているからか、一対多でも果敢に襲い掛かっては討ち取られてくれる。勝手に繁殖して自主的に屠殺されにやって来る家畜と考えれば、調整種であるという説も頷けた。ドロップ率が高く、慣れれば強さも手頃である。色々と危険なボブゴブリンと比べるなら、調整種の成功例といえるであろう。
脇道を少し上った小高い丘で、昼食休憩をとることになった。見晴らしが良く焚き火痕や石で組んだベンチがある。魔素濃度が低くて魔物が近寄りたがらないので、休憩所として頻用されているのであろう。ゴミとして端っこにひび割れ汚れた竹筒や紙くずが散らばって、虫の住処になっていた。
昼食は三三に別れて交代でとった。三人が周辺警戒をしている間に他の三人が休憩するという形である。ケンはトゥアナとセヴァリアと一緒に弁当を広げた。
ケンとトゥアナの弁当は宿で貰った握り飯である。三つ竹皮に包んであり、具は梅干しとおかかで、あとの一つは塩むすびである。白米なのが嬉しい。村で常食していたような雑穀米は、傷みやすいので弁当に向かないのであろう。このサイズの竹皮では一人前以上包めないので健啖な冒険者にしてみれば物足りなく、ほとんどの客は二つか三つ、まとめて包みを貰っていた。ケンとトゥアナは女子供なので一つで充分であった。
セヴァリアが取り出したのはシルバーに輝くアルマイトの弁当箱である。曲げわっぱや漆器より頑丈で、しかも火属性魔法による温めができる。さすがは現役の中央冒険者であった。弁当箱からして近代的である。
ぱかりと開けたその中身に、つい注目してしまう。俵形に詰めたご飯には生姜とごま塩が振ってあり、おかずはしいたけとふきとれんこんの煮物に、にんじん入りのきんぴらごぼう、それから山椒の佃煮であった。豪華といえば豪華といえるが、思ったよりも地味に見える。塩分も過剰なように思われたが、おかずの組み合わせになんとなく引っかかる点があった。
ケンの視線に気付いてセヴァリアが笑った。
「茶色いだろう? ちょっとした思い付きをね、再現してみたかったのさ。見たとおり地味だけど、さくらんぼは邪道だしね……ま、酔狂だよ」
漆塗りの箸でふきをつまむとぱくりと口に入れた。
「ん、おいし」
そういえば食前の再殺儀礼の斬る仕草は、ケンとトゥアナが縦一文字のおそろいで、セヴァリアはZ字であった。前者が手刀を寸止めするのに対し、後者はさっと指先を走らせる感じである。気風の違いが見て取れた。
「箸、お上手ですね。出身はこの国ですか」
「いいや。でも来たいと思っていたんだ。ずっと前からね」
ゆっくり噛んでご飯を食べる。
「ベンセレムのお米は美味しいね。国道王の国作りが残っているだけのことはある。ここだって今はフィールドになってしまったけれど、あそこやあのあたりなんかは、田んぼだった跡だろう?」
丘から見える景色の中、こんもり茂った森の合間に、棚のように点在する平地を指して言った。
「郷愁というのかな。外国出身の僕が感じるのも変だろうけどね……僕のおかず、食べるかい」
「頂きます」
ケンの返事にセヴァリアは、なぜかくすくすと笑い出した。
「ああごめん。頂きますは魔族の言葉に翻訳すると『イタダキマス』になってしまうんだ。それが何だかおかしくてね。さ、どうぞ」
竹皮に煮物ときんぴらを乗せてもらう。
「ほら、君もどうぞ」
「は、はい」
話に入れず黙食していたトゥアナにも、予備の箸でつまんだおかずを差し出した。
「人間がご飯を食べられる回数というのは、見方によっては案外限られているものだ。一日三回、満腹にだってすぐになる。人生のうちその限られた機会を何の感動もなく、ただ腹を満たすために過ごしては、いつかきっと後悔する。冒険者はいつ死ぬかもわからないんだ。食事はなるべく楽しむべきだよ。中央はそれなりに儲かるんだから変に節約なんて考えず、うんと美味しいものを食べるといい。まあ、仕事中は食べ過ぎには注意だけどね」
いうまでもないが魔物との戦いには命の危険が付きまとう。今のこれが最後の食事になるかもしれぬと考えれば、セヴァリアの助言は尤もである。見ればトゥアナは感銘を受けたのか、一口一口噛み締めるように握り飯を食べている。そうして途中、梅干しにあたってすっぱそうに顔を歪めた。
ケンも未だ、昔ながらの梅干しの強烈な塩分濃度には馴染めていない。油断せず慎重に齧り付いた。塩むすびであった。