内政? ハーレム? 立身出世? そんなことよりレベル上げだ!(仮)   作:トシアキウス

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事件の後

 厄介者の三人組がシースレス家に押し入り、旦那を殺して女房をひどい目に遭わせたが、二人の息子の手によって皆殺しにされた。大事件である。この村で起きる流血沙汰といえば水争いの小突き合いで事故があったときくらいなもので、人死にが出る事件も男女関係が拗れて猫いらずを飲むといった具合であり、今回の事件のような凄惨さはあまりない。

 村長の三男がとうとうやらかしたかと思えば子供の反撃で仲間ごと殺された。被害の痛ましさや仇討ちの痛快さもあるが、若者三人を殺してのけた十歳の子供の不気味さが際だって印象される。事情聴取を盗み聞きした物見高い野次馬によれば、最後の一人が命乞いをした際に、姉の制止を振り切って止めを刺したという。

 元々ケン・シースレスは変わった子供として知られていた。回りの子供に馴染まないでいつも独りぼっちでいる。受け答えはぼんやりしてしばしば素っ頓狂な言葉を返す。発音の仕方も少し独特である。そのくせ勉強はよくできて、殊に計算なんかは大人顔負けである。いわゆる知恵遅れの天才の一種ではあるまいかと思われていた。

 そうした可愛げは事件を経て一変した。柔らかい表現をするなら、悪い意味で何考えているか分からない子供になった。荒くれや気難し屋とは一線を画すような、生まれながらの精神的片輪の片鱗が言動の節々に表れていたような気がしていた。

 

 村の大人たちと違って子供たちは割合のんきであった。ケンの家やケン本人に向けて「人殺し」だとか「殺し屋ケンちゃん」だとか度胸試しにからかい、それで何かしら反応があると「殺される」「助けて」と笑いながら蜘蛛の子を散らすように逃げ出して、そのまま鬼ごっこの亜種へ移行する。

 一人がケン役の鬼をしてそれ以外の全員が三男役の逃亡者である。ケン役は手ぶらで、三男役は皆棒切れを装備している。ケン役が三男役を捕まえると、三男役は棒切れを奪われて斬り殺されてしまう。その際に思い思いの死に様を演じるのが三男役の腕の見せ所である。なかには開始前の時点で威張り散らして往来を闊歩してみせる演技派もいる。事情通なのかわざわざ服を脱いでから逃げ回ることもある。

 ケンごっこと名付けられたこの新しい遊びは村の子供たちの間で大流行したが、不謹慎に過ぎるとして村長直々に禁止令が出された。今の村長は事件の責任をとって隠居することになったので、この禁止令は彼の村長としての最後の仕事であった。出来の悪い子ほど可愛いということで、子供たちの間でやられ役に貶められた三男の名誉を少しでも守ろうとしたのかはわからない。後にこの遊びは隣村に伝わって変則的な鬼ごっことして定着し、ケンと三男の名とともに代々受け継がれていくことになる。

 

 ケンが咄嗟の仇討ちとはいえ若者三人を殺めたこと自体については、村長と神父と駐在と意見するために集まった年寄り連中とが夜っぴて談合し、過剰防衛といえなくもないが正当防衛の範疇ということで落ち着いた。判断能力の無い十歳の子供であることを考慮した上での無罪放免である。

 この結論にしてもあっさり折り合いがついたわけではない。村長が喧嘩両成敗で済ませたがったのに対し、反村長派の年寄り連中が義憤を燃やして勢い付き、村長派と反村長派であわや乱闘となりかけた。長年の確執はその意固地さでもっていかなる悲劇であろうと喧嘩の種にするので、中立である神父と駐在は両者を仲裁する羽目になった。反村長派をなだめながら、ここはぐっとこらえて年寄り連中に花を持たせてやるべきだろうと村長を説得した。

 

 お咎めなしとはなったものの、三男を殺された村長と取り巻きの悪童二人の家族にしてみれば面白くない。いつか歴史に名を残すと意気軒昂たる青年であった三男が、一晩で食器用ナイフを生やした全裸の死体に変わった。乱暴ではあるが下の子には優しい兄が全裸でずたずたに切り裂かれた。幼い頃は素直で今はちょっと荒れているだけの息子が息子をぶつ切りされた全裸のまま、脳天をかぼちゃのように切り割られた。あまりにもむごたらしい息子たちの末路に遺族は悲憤慷慨した。下手人のケンは父を殺され母を犯されているが、それはそれこれはこれである。そもそも手口からして残忍で狡猾なので後ろめたい同情心の湧く余地がない。第三者の気持ちのつもりで見れば、ここまでしなくてもいいだろうと思わざるを得ない殺しっぷりである。

 十歳の子供がこれをした。出来てしまった。そのような存在は村社会どころか人間社会全体からみても異物である。迫害するに支障はないが、そうはならなかった。田植え前である。事件の起きたこの時期は忙しくて暇がない。農村の住民はほとんどみんな、陰湿な気晴らしに励むより自分の田んぼを優先する。

 

 ケンの殺人行為への風当たりは農繁期に流されたこともあり立ち消えになったが、シースレス家の家庭内は落ち着いたとはいえなかった。

 白痴のようになっていた母のランは事件の翌々日にはひとまず立ち直って見せた。居間に飛び散った血や体液は掃除したし、葬式も大急ぎで済ませた。夫との別れの場面では毅然として女傑ぶりを感心され、葬式の後は近隣にお礼とお詫びをして回った。そうして事件の後始末が済み、次は田植えというところで限界が来て、泣いて暮らすようになった。

 母のランは布団にくるまり涙を流すばかりなので姉のリンが家事を一手に担った。田んぼの方は姉の婚約者が手伝いに来てくれた。父の死で失った男手を補い、ケンの身体能力も増している。労働力自体は足りていたが、実作業は思うように行かず苦労をした。指示出しをする家長とその補佐が不在なのである。ケンもリンもこれまで両親に命じられた通りの作業しかしてこなかった。大まかな流れはわかるが細ごましたことは十全には教わっていない。姉の婚約者にしてもよその田んぼでは勝手が違う。うろ覚えの知識をすりあわせて段取りを組み、姉の婚約者を仮の家長として、ときには母の実家の人に助けてもらい、どうにか田植えを終わらせることが出来た。

 

 ここで一番辛い思いをしたのは姉であったろう。農作業の後、家事に加えて泣き暮らす母親の世話もある。気が休まらずしだいに精神の均衡を崩して行った。事件前とまるで変わらぬ様子で澄ましている弟に当たるのは必然であった。

 日中は婚約者への乙女心で普通でいるが、夜に居間でケンと二人きりでいるとヒステリーめいた言動をする。冷血漢だとか人でなしだとか非難を浴びせ、我に返ると謝罪して押し黙る。それが何日も続いた。ケンは言い返さなかったが、その態度がかえって姉を追い詰めた。そうして口さがない主婦たちが姉のほうもおいたをされたと噂した夜、とうとう決定的な言葉が口をついて出た。

「私を囮にしたくせに!」

 事実である。あのときは無防備になる瞬間を狙うため、姉が三男に股を開かされるのをあえて見逃した。宙ぶらりんの急所を攻撃するにはそれが最適であった。しかしケンにとってはそうでもリンにとってはそうではない。ことの直前に至った精神的苦痛は察するにあまりある。

 有り体に言えば、ケン・シースレスは外敵の円滑な殺害のためなら平然と家族を囮にすることができてしまう。そういう性根の人間であった。魂の殺人という一点においては三男の共犯のようなものである。この事実に気付いてしまえば、もはや弟とは思えない。もう家族じゃない。

 

 心理的な絶縁をした姉とは逆に、姉の婚約者はケンと仲良くなろうと気安く話しかけるようになった。村長の次男である彼は姉とは恋愛結婚である。将来の義弟が、反目していたとはいえ弟と弟の舎弟を殺したことに思うところはある。けれども恋人の貞操を守り通してくれたことへの感謝の気持ちもあって、実地に確かめたことで好感が上回った。

 思い詰めた姉のためにケンが物置で寝起きし始めると、姉の婚約者が女子供だけでは不安だろうからという名目でシースレス家に泊まりに来るようになった。婚約者との一足先の同棲生活は部屋住みより余程居心地が良いらしい。週五くらいは寝泊まりした。

 おかげで姉は持ち直して、ケンと家族のように振る舞えている。人前では他人行儀にならないし、義兄が兄貴風を吹かせようと張り切っているのから察するに、ケンが三男の乱暴するのを放置したことは内密にしてくれている。

 母のランも家事を手伝ったり教会に通ったりできるくらいには回復した。姉と二人で台所に立ち、花嫁修業の楽しげな声を響かせる。しかしそこにケンが顔を出すと尻窄まりに静かになる。ケンは母親から怯えた目で見られていた。

 

 ようやく前を向き始めた家族である。その妨げにはなりたくない。ケンはなるべく外へ遊びに行くようになった。

 村を歩けば大人たちからは遠巻きに警戒され、子供たちの間ではケンごっこなる遊びが流行っている。煩わしさはなくもないが、こそこそすればかえって後ろ暗いことがあると思われる。直接的な被害は子供に石を投げられる程度なので、ケンは堂々と村を歩いた。向かうのは河原か山のひとけのない場所である。入会地なので荒らさなければ後ろ指は指されない。

 ケンはそこで一人遊びに耽った。

 棒切れを振ったり、岩の上を駆け回ったり、石投げをしたりである。寂しい子供のやることであるが、ケンにとっては訓練であった。

 

 事件の直後のことである。事情聴取を兼ねて神父さんと話をした。

 前々から神父さんは勉強ができるケンに目を掛けていた。教会の蔵書を自由に読ませたり神学の個人授業をしたり、神学校に推薦してやろうとお世辞を言うほどであった。ただ可愛がっていたばかりではない。四人分の死体の前で村人の同情を引くためにケンは泣き真似をした。それを二人きりの話し合いのなかで咎めたことから、ある程度はケンの性根を見抜いていたと思われる。

「女神の救いは、あなたのような者にこそ、必要なのでしょうが」

 ひどく無念そうであった。まあ人殺しを聖職者にするわけにはいくまい。

 道徳的な話がひと段落するとケンは己の身に起きた身体能力の上昇について尋ねた。神父さんによれば、それはレベルアップと呼ばれる現象だという。世界の理の一つであり、慈悲深い女神の苛烈な側面でもある。宗教的な解釈は子供には難しいので割愛してもらい、具体的な内容を教わった。

 レベルアップは人間が生き物や魔物を殺すと起こる現象である。レベルアップした人間は身体能力や魔力が上昇する。

 何かを殺すたびに起こるわけではない。大抵の人間は普段の暮らしの中で虫や小動物を殺している。そんなでは世の中超人ばかりになる。

 殺した相手から流れ込むとある力があって、便宜上――誰が言い出したかは知らない。嘆かわしいことだが――経験値と呼ばれているそれが一定値まで溜まったときになってようやくレベルアップが起きる。

 体の中にゴム風船を想像するとわかりやすい。風船に経験値という空気が送り込まれる。空気の量が少しなら膨らむばかりで何ともない。しかし何回も空気を入れたり、一気に大量の空気を入れたりすれば、ついには風船は破裂する。それがレベルアップである。

 風船そのものの大きさは人によって異なる。大きかったり小さかったりして、膨らんでも時間が経つと空気が抜けて縮んだりもする。なので百姓をする人間はまずレベルアップしない。殺生といえば鶏の締めや害獣駆除くらいなもので、その程度の経験値では自然と抜けてしまう。

 人間の場合だが、殺した相手のレベルが高ければ経験値も増えるとされている。それに加えて、レベル差があるほど獲得量が上乗せされるともいわれている。

 ケンが最初に殺した村長の三男は一応冒険者崩れではある。その成果は出戻りなので覚束無いが、最低でも二三回はレベルアップを経験したと思われる。そして人間である。人間の経験値はゴブリンなどの魔物と比較して何倍もある。これに二三レベル分とレベル差補正とが合わされば、子供一人の風船など、容易く破裂してしまう。

 ちなみに風船で例えたのは神父さんである。この世界にはなぜか近代的な避妊具が存在し、ゴム風船も子供の玩具として一般的である。子供たちが水筒にして面白がるのはどの世界でも変わらない。

 

 取り巻き二人を殺した後にレベルアップは起きなかった。経験値の大小か必要量の変化かといった考察は、生き物を殺して回るわけにもいかないのでする気はない。

 ケンが一人遊びで探るのは、今のレベルで何が出来るかである。

 腕力自体は成人男性にやや劣る。けれども体重は約半分なので、身軽さにおいては段違いといってもいい。宙返りや壁面走りといった軽業師めいた動きができる。

 

 剣の修行の真似事もした。前世におけるちょっとした事情や巡り合わせもあり、棒状のものを武器として振るった経験はなかった。そのためか一振りするたびごとに新たな発見があって面白い。

 横木打ちを試したがすぐ壊れてしまったので一度で懲りた。伝統的な稽古法を素人工作で再現するのは無理があったということだろう。

 岩割りなんかもやってみた。楽しかった。あまり景観を損ねては村の人に怒られるので、それも止した。ただ一カ所だけ、大岩を球体に削る遊びは大目に見てもらうことにした。前世で読んだ漫画の内容の再現は良い気晴らしになった。

 主にやる形稽古もどきでは、例の三人の幻影を相手にした。始めは全裸のそれらが躍りかかって来るのを打ち倒した。次は服を着せ、武器を持たせて戦った。それに慣れると三人のレベルを上げ、ついでに飛び道具として投石もさせた。危なげなく勝利するようになると、腕を増やしたり首無しでも動くように改変したり、色々と試してみた。数も増やした。十二人以上はそれほど変わらなかった。自分自身の幻影とも戦ったが、決着が長引くのであまりやらなかった。

 

 一人遊びの空想のなかとはいえ投石の厄介さを味わうと、こちらも飛び道具が欲しくなる。異世界での飛び道具といえば魔法である。

 神父さんによればケンの魔法使いとしての素質は、魔力量からいえば中の下くらいになるらしい。数でいえば五人に一人の才能で、専門に鍛えればものになる。換言すればなくはない。その程度である。

 何年か前に魔法を教えて欲しいと頼んだときは年齢を理由に断られた。曰く、幼すぎる人間が魔法を覚えるのは色々と不都合があるという。独学など以ての外で、座学ならともかく、魔力鍛錬なんて試したら将来早死にしてしまう。子供に武力を持たせる危険性ではなく、健康上の危険性である。爾来ケンはその言い付けを守って魔法を覚えも試しもしていない。

 よって現時点で飛び道具を求めるとなると、投擲が手頃な方法になる。

 ケンは河原で手頃な石を見繕い投石の的当てをした。右投げと左投げの両方とも馴染ませ、様々な体勢から静止目標を狙う。そして訓練の締めには空を飛ぶ鳥を動目標にした。事前に義兄経由で狩猟許可を貰い、一日一羽を狩って帰って夕飯のおかずにした。

 大きめの釘の頭を削った即席の棒手裏剣を試すこともあった。石と違ってかさばらないし投げやすい。鳥を狩るときの損傷も少なくなる。しかし姉にどうやって仕留めたか尋ねられ、釘手裏剣を見せるとぎょっとした目で見つめられた。

 

 家に居づらいとはいえ連日外出して奇行めいた訓練をするのには無論、ケンなりの理由がある。姉と義兄の結婚が本決まりになった少し後、義兄を交えた夕食の団欒で切り出した。

「家を出て冒険者になろうと思います」

 事件の後からそう考えていた。

 家族と気不味くなり、村での立場も怪しくなった。このままここで暮らしていては回りに迷惑をかけるばかりである。ならばいっそ、村を出てしまうのが手っ取り早い。流民として浮浪児を出すのは村にとって不名誉なので職を得ねばならないが、奉公に出るにしても人殺しをした子供を雇う物好きはいまい。なれそうなのは年齢・経歴不問の冒険者である。ケンは一応、法的には前科者でないので最低条件は満たしている。

 聞き覚えのある台詞を言い出したケンに、義兄は苦い顔をした。

「ケン君は突然どうしたんだ。家を出るといっても、成人した後のことだろう」

「いいえ。お二人の結婚式の前には村を発つ、その予定です」

「予定って、あんまりにも急じゃないか」

 あまり時期を遅らせると村の住民に暇ができる。気晴らしの余地が生じたとき、家に住むのが純粋な被害者だけなら手心を期待できる。

「支度は? 路銀は? まさか夜逃げするわけじゃあるまい」

「村長さんに相談しました」

「相談? 親父だと?」

 息子の仇がやってきて、己を追放してくれと申し出る。憎いと同時に気味が悪かったに違いない。村の平和を守る。事件の印象を薄れさせる。そのために危険人物かつ当事者はいなくなったほうがいい。少し違えば脅し文句となりかねぬような主張をケンは並べた。支度金やら手続きやらは、付き添いで交渉してくれた神父さんの手柄である。

「リンはどうなんだ。冒険者なんか切った張ったのやくざ仕事じゃないか。ケン君はたしか、まだ十歳だったろう」

「私はいいと思う」

 姉が流し目でケンを見た。

「よせよ。ケン君は大人だ。弟をからかうのは楽しいだろうが、今は真面目な話なんだ」

「私、真面目だよ。冒険者って、うん、冒険者って悪い人や魔物をやっつける仕事でしょ。ケンくんみたいな子には向いてると思うよ」

「だから十歳の子供が向いているとか向いていないとか、将来の話じゃないんだぞ」

「向いてるよ」

 ぴしゃりと打つような断言であった。根拠を求めれば容易ならぬ内容まで立ち入りかねぬ気配があった。

「ランさ、ああいや、ん。なあケン君。そんな急に村を出なくたっていいと俺は思うんだが」

 途方に暮れた義兄が母に助けを求めかけてごまかした。事件以来少し気がおかしくなった母は、この類いの話題では姉以上に危うさを孕んでいる。

「……お父さんの、お父さんの仇を殺したみたいに、人殺しをしに行くの?」

 母の言葉が響いた。義兄はいよいよきまり悪そうに口を噤んだ。

「違うよ。仕事だよ。冒険者がするのは魔物退治とかで、犯罪者の対処は行政の管轄のはず」

「でも人殺しはするのよね」

「たぶんしないと思うよ」

「でもいざとなったら殺すでしょう?」

「規則とか法律とかがあるから、なるべく殺さないんじゃないかな」

「あなたは殺すわ。殺せるわ」

「そうかな」

「そうよ」

「止さないか二人とも、物騒な話は」

 どこかかみ合わない母子の会話に耐えかねて義兄が割り込む。姉は微笑んでいた。

「物騒かしら」

「物騒ですよ。今日のところは仕舞いにしましょう。なあケン君。あすにでも二人で話をしよう。冒険者云々はひとまずいい。君が決めたことだからな。だが村を出るとなると、とりあえず跡継ぎのことを決めなきゃならん。君は長男でジャンさんの息子だ。この家の田んぼはみんな君のになってる。婿の僕が勝手にどうこうしちゃいけないし、したくない。だからちゃんと明日、二人で落ち着いて相談しよう」

 義兄はそう締めくくると、「今日は月がきれいだから行かないか」と姉を誘い、夜道の散歩に立って行った。父のジャンもそうであったが、家長というものは気苦労が多いようだとケンは思った。

「切れ味が鈍かったのを忘れてたわ」

 いつもはもう寝る時間なのに、母が道具を広げて包丁を研ぎ始めた。この日の夜中は、蛙の声が喧しかった。

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