内政? ハーレム? 立身出世? そんなことよりレベル上げだ!(仮) 作:トシアキウス
出立の日が来る。
その少し前ごろから、気晴らしに棒切れで削り出した岩の大玉が村の子供たちの遊び場になっていたので、ケンは訓練を取りやめて家の手伝いや旅立ちの準備に専念した。準備といってもケンが一人でしたのは釘手裏剣の加工くらいなもので、あとはおんぶに抱っこであった。通行手形を兼ねた身分証を駐在さんに頼んで発行してもらう。都会までの足は村長が手配する。乗っ取りと邪推されぬよう家と田畑を母の名義にして、義兄には相続権を譲渡した。気前よさげに聞こえるが残していく家族の世話と責任を押し付けたようなものである。
新婚で気持ちが上向くであろう姉ならまだしも、愛する夫を殺された直後に三人がかりで乱暴された母は、今もまだ、ちょっとおかしいままでいる。ふとぼんやりしていたり、何かの弾みでひどく怯えたり、子供のようにきゃっきゃとはしゃぐこともある。しかし不仕合わせな未亡人の少女めいた仕草にはえも言われぬ色気というものがあるらしい。近所のやもめのおじさんがヤマメを釣っておすそ分けに来る。富農のご隠居がケンと出くわすとお菓子をくれる。教会通いに熱心なお婆さんがケンか義兄を捕まえて小一時間説教する。焼き餅焼きで有名な村長の後妻が村長を連れて文句を言いに家に来て、居合わせた義兄まで巻き込んで愁嘆場を演じたこともある。後々の義兄の気苦労を減ずるため、母の再婚や妾奉公について自分には事後承諾でかまわないと言ってみたが、それはだめだろうと叱られた。姉にはぼそりと「そういうとこよ」と咎められた。その態度にわずかながらも家族の気安さを垣間見た気がして嬉しかった。
良いことは他にもあった。冒険者稼業に必要な装備について、都会で買うつもりでそれまでの間に合わせに物干し竿からクォータースタッフでも作ろうと考えていたところ、思い掛けず真っ当な武器が手に入った。三男のショートソードである。父のジャンを殺害して三男の取り巻きを切り刻んだ凶器であるそれは、村長の息子の形見とするには不体裁かつ物々しく、しかし高額品なので廃棄するのもためらわれた。もてあますので折をみて見舞金の足しに売り払うと聞き、どうせならとケンが駄目元で所望してみると、渋々であるが、支度金の減額と引き替えに受け入れられた。村長は手渡しながら「鬼っ子めが」とぼやいていた。もらえた付属品は鞘だけで、剣帯やバックラーといった他の武装は三男の形見にするとのことである。
防具といえる一張羅も手に入れた。神父さんが夜なべをして旅人の服とでもいうような、丈夫な服を用意してくれた。元となった赤いカソックは神父さんが昔使っていたもので、冒険用に仕立て直したことでデザインが様変わりしたが、頑丈さは折り紙付きのままである。元々付与されていた魔法効果の大半は解除した。ただ呪詛を防ぐのと、身体の成長に合わせた寸法変化、回復魔法による修復の三つは残してある。いかにもファンタジーな性能で、手触りも意表をつかれるきめ細かさがあった。いやな予感がしてもし金銭換算すれば何ほどになるか聞いてみたが、再生品なのでお金はまったくかかっていませんと笑っていた。
冒険服の対価とまではいわないが、犯罪はなるべくしないこと、悪所には決して通わないこと、もし将来成功したとして、もう遅いと言ってこの村の人たちをいじめないこと、以上の三つを約束させられた。うち二つは問題ない。しかし悪所などは付き合いもあるので難しそうですがと言うと「適性が落ちて回復魔法が使えなくなりますし、レベルアップの効果も薄れますよ」と忠告された。ケンは約束をちゃんと守ろうと決意した。
出発の前日には義兄が家族だけのちょっとした送別会を開いてくれた。義兄の実家から貰った鶏のすき焼きに真っ白い銀シャリといったごちそうで、義兄秘蔵のウイスキーも、子供なのでちょっぴりであるが飲ませてくれた。二人きりで盃を交わしながら、
「重ね重ねすみませんが、二人を頼みます」
「ああ」
「手紙と一緒に仕送りします」
「変に気を遣わなくていい。弟なんだ」
そんなふうなやり取りをした。
待ち合わせ場所は村の出口の看板よりずっと離れた位置にある。都会まで便乗させてもらう行商さんとはそこで合流する。村での商いを終えた行商さんの馬車が来るまで、ひっそりと一人で待つ。ケンがいなくなることは村の者には知らせていない。今この時間、義兄と姉は畑仕事をしていて、母は教会で祈っている。人知れず逃げ出すように村を去る。その予定である。事後承諾で当事者がいないなら反村長派は事を荒立てられない。詮索はされるだろうが大騒ぎにはなるまい。
大騒ぎといえば、村長の三男のときは村ぐるみで壮行会を催した。村長、神父さん、駐在さん、ご隠居さんや他大勢、何人もの村の有力者が順番に挨拶とお話をして、各々激励の言葉を贈っていた。この日のために取り寄せた葡萄酒が参加者全員に振る舞われ、広場では豚の丸焼きが焼かれていた。もはやちょっとしたお祭りで楽しかった。皆が満腹になるまで飲み食いした翌日は、村の看板の前に勢揃いしてお見送りをした。大人たちは二日酔いなせいか、どこか精いっぱいなところがあった。子供たちは元気いっぱいで別れの言葉を、面白がったこともあり、兎にも角にも大声で叫んでいた。ケンも子供たちに同調して涙声の取り巻き二人に負けぬよう声を張り上げた。行商さんの馬車から身を乗り出した三男も、涙ぐんで手を振っていた。
行状はともあれ三男は村長に愛されていた。愛されていたから孝行息子であったに違いない。一方ケンは親不孝である。前世で先に死んだ転生者なので、二重の意味で親不孝である。
見納めしようにもこの場所からは木々に遮られて村の姿は全く見えない。行商さんが店開きするのを確認してすぐに旅支度を済ませて家を出たから、合流まではまだまだかかる。
暇つぶしに荷物から武器を取り出して装備することにした。このあたりでは魔物も盗賊も出現しない。平和にも平和な土地で、武器はまったく必要ない。村を発つなり目に入る村人なりの完全武装の出で立ちは、いかにも子供らしいはやり気と思われるが、いざというときもたつくならば微笑ましい恥かき程度は受け入れる。
三男はショートソードを剣帯で釣っていた。前世の時代劇なんかでは刀を腰に差していた。ケンは漫画みたいに背負うことにした。なんとなれば剣帯は無く、腰に差すのも鞘当てという語があるくらいだから、素人の自分では動作が制限される気がしたのである。走るのにもこちらのほうが楽でよい。柄の位置は両利きなので左右問わないが、左腰に釘手裏剣のポーチを付けた都合上左側にした。左手で投擲しつつ右手で抜剣するという格好になる。
鞘を身体に結ぶ紐は、結び方もそうだが紐自体が有り合わせなせいかどうにも頼りない。上質な服の生地との調和の無さで、ごっこ遊びに見られがちな貧乏くささも目立っている。
指に止めたハチのお腹にある黒とオレンジの縞模様を眺めつつ、ちゃんとした剣帯はいくらくらいするだろうかと考えていると馬車が来た。一頭立ての幌馬車で御者とは別にもう一人、馬車の前を片手剣とバックラーを腰に下げた四十過ぎの男性が歩いて来た。
「待たせたな坊主」
「ケン・シースレスです。今日からよろしくお願いします」
「おう。まあとりあえず乗ってくれ。後ろ開いてますか?」
「のけてあるから乗ってもらえ」
「子供でも狭いだろうが我慢しろよ。一応空箱ばかりだが商品もあるから気を付けてな」
「うんざりすんなら御者台に来てもええよ」
「大丈夫ですかねお義父さん」
「こっちゃ銭を貰ってんだ。お客様だからな」
「ありがとうございます。ひとまず後ろに乗らせてもらいます」
人目を憚るのでと馬車に乗ろうとすると、足音の気配がした。
「ケン」
母であった。息を切らせて小走りで駆けていた。
「これ、おべんと」
息継ぎもそこそこに押し付けるように包みを渡す。懐炉に似た温かさを手に感じた。
「さっき炊けたの。おにぎりだから、それだけだけれど」
母の手は真っ赤になり、よく見れば包みにも潰れた米粒が付いている。火傷しながら大急ぎで作ったのであろう。
「早くフタをとったから固いかも」
母はきまり悪そうに顔を背けている。生まれてから今日まで十年来の付き合いである。危うい場面はいくつもあった。ケン自身、迂闊に過ごした自覚がある。たとえ事件がなくたって、こんな日がいつか必ず来たはずだ。
今回の事件はただのきっかけに過ぎない。ごく普通の家族としての日々が破綻して、これまで無意識に目を逸らしていた事実を直視せざるを得なくなった。父ジャンとともに、息子のケンもいなくなった。否、そんなものははじめからいなかった。ケンは彼女が察しているのを察していた。
「ごめんね、わたしお母さんなのに」
言うか言うまいか迷って言った。
「ラン・シースレスさん」
「やめて」
「ごめんなさい。私はあなたがたの子供にはなれませんでした」
母親でいてくれた人が泣き崩れた。
「さよなら。終わりました! 出発して下さい!」
母子の別れに気を利かせて離れていた二人が怪訝顔で戻って来る。馬車に繋がれた馬は道草を食っていた。
馬車に揺られながら、巣立ちするカッコウの雛の気持ちとはどんなものだろうと思いを巡らせた。前世で読んだ本によるとカッコウの雛は餌乞い声の声真似で本当の子供の四羽分もの声を出すという。つまり、四倍の餌をよこせというのである。そして成長すると八羽分の声を出す。それくらいに厚かましい。巣立ち後もしばらくは仮親に甘えるらしいので、もしかしたら雛自身は心底から負い目なく、仮親を本当の親であると信じ切っているのかもわからない。そう仮定するなら他の卵を落とすのは、口減らしで親の苦労を減らしてやろうというお節介に違いない。むしろ自身を負担と思い、自ら巣から落ちて死ぬ。そんな巣立ちもあるだろう。
さて道中である。前々から思っていたが、このあたりの植生は異世界らしさがあまりない。ほんの細部に相違はあるが、日本の山林とほとんど一緒に見えている。村のほうも大正だか明治だかの山村の田園風景が下地にあって、その上に石やレンガ造りの建物を乗っけてある。いうなれば洋風かぶれにかぶれた日本の田舎の村である。そこに異世界らしいカラフルな髪色の住民が暮らしていて、本来不調和なものを生活感による力業で調和させている。
文化の形成にどうも意図的なものが感じられるが、道路においてはそれどころではない。
ほぼそのままであった。
「国道に入るから少し飛ばすから、落ちんようにな」
御者をする行商の主人が知らせてくる。馬車の揺れが少なくなる。というより、滑らかになる。馬車はアスファルト舗装の路面を走っていた。
かすれていたり堆積物に隠れたりでとぎれとぎれの白線が路肩に引かれている。崖のカーブに差し掛かると、薄汚れたガードレールがにゅっと出る。過ぎ去って行く白いポールの上には、柔らかい逆三角形をした青の標識があり、番号が書いてある。
前世における子供の頃自動車の後部座席から見たのと同じ光景を、異世界でたった今馬車の荷台から眺めていた。(※当時、後部座席のシートベルトの着用は義務化されていなかった)
「この辺だとな、おにぎりが沢山残ってて道がいいんだ」
標識の俗称も日本のものと一緒である。
「だからもそっと上げようか」
馬車の前を先導するように駆けている男性に向けて主人が言う。
「もう少ししたら狭隘区間に入るんで気を付けてくださいよ」
「峠で一等賞取ったこともある。馬もそんときみたいな調子だし、こっちとそっちとで勝負すっか」
「お客さんを乗せてるって言ってたでしょうに、お義父さんこそが」
馬車の音に負けぬよういずれも大声なので怒鳴り合いみたいに聞こえていた。
今から約千年前か二千年前、あるいは一万年前に、この大陸の大半を国道王コーダン一世が統一した。彼は土木魔法の使い手で、現在用いられている土木魔法とは体系づけられない、いわば神がかった天才であった。彼は大陸中にアスファルト舗装の道路を建設して、国道と名付けて番号を振った。その方法は大量の奴隷を酷使したとか、画期的な工法を考案したとかではない。彼自ら、彼個人で行ったのである。言い伝えによれば、彼の歩いたその後ろには舗装道路が出来たらしい。地に手を触れれば一瞬で砦が建ち、腕を振れば大河が流れを変えたという。日に千里を駆ける馬に乗り、日に千里の道を作った。彼が山に「どけ」と言うと、山は「はい」と答えて脇にどいた。そんな怪しげな伝説もある。彼は道以外にも、トンネル、港、ダム、水道橋、長城、ピラミッド、天に伸びる塔、空中都市に地下都市、水上都市に水中都市、ゲンパツという名の謎の施設、大迷宮や穀倉地帯といった様々なものを作り上げた。
彼は二百年生きた。遺体は灰にして地に還すよう遺言したが、仏舎利のごとく分割、かさ増しされ、大いなる力をもたらす聖骸断片として、彼の後継者を名乗る者らの間で取り合いになった。彼の王国は彼の死後まもなく滅びた。百八人のコーダン二世が全滅したこと自体はそれにはあまり関係がない。魔界大陸からの魔族の侵入、魔物の発生するフィールドの出現、魔王による人類の家畜化、時空災害、その他無数の人災と立て続けに起きた様々な災害により、大陸は政治的、物理的、時間的に分割されて、現代までそれが続いている。
国道王コーダン一世の足跡は度重なる文明の衰退と崩壊に巻き込まれて大半が消えてしまったけれども、ケンの暮らすこの神聖ベンセレム王国は数少ない例外の一つである。この国には国道王の建造物が当時の原形を保った姿で多数残っている。しかも史跡扱いではなく、今現在もインフラとして用いられている。大陸全体から見ても、ベンセレムの国道といえばちょっとした観光資源として有名である。
国道という呼び名についてであるが、国道は遺跡道路やコーダン道路というふうには呼ばれず、ただ国道と呼ばれている。これは大陸全体で共通している。我が国はコーダン一世の後継であるから、コーダン一世の道路は我が国の道路であり、即ち国道である。大陸に林立した国家のそういった政治的主張が、いつしか慣習になった。なのでこの世界では国道とはコーダン一世、コーダン・ドゥーロの作った日本風のアスファルト舗装道路であって、それ以外は国の管理する道路でも国道とは決して呼ばれない。○○街道だとかの固有名詞である。
馬が疲れたので、国道区間の終わったあたりの草むらで休憩をとった。行商の主人は馬車の点検をし、婿養子と思われる男性は馬とケンの世話である。汗はないが手ぬぐいで顔を拭いて、それを首にかけると、彼は作業をしながらケンに色々と教えてくれた。
男性は元冒険者で、アナーケ・カンナムと名乗った。出身はここではない遠い国で、実家の商売を継ぐのがいやで冒険者になって色んな国を旅していた。そんな生活を十五才から二十年くらい続けたが、この国で主人の娘さんと出会い、あれよあれよという間に深い仲になってしまった。娘さんとの年の差は二十二歳で、アナーケと親御さんとはほんの数年しか違わない。女道楽はしたことがないし、中央ギルド所属の冒険者として品行方正に努めていたつもりである。自分でもなんでこうなったのかわからないが、しでかした以上責任はとらねばならぬ。年齢差があるから尚更である。そしてこの機会に思い切って冒険者の仕事を引退することにした。この先現役ではいられるが上を目指すのは難しい。もう若者ではなく、所帯を持って死ねなくなった。かつては自負した才能に見切りを付けたというのもある。中央冒険者免許を返納して国籍を取得して、今は護衛役を兼ねて義父から家業を学んでいる。そういった来歴を聞かせてもらった後、写真館で撮ったであろう子供たちの写真を見せつけられた。
五歳の娘と三歳の息子ののろけ話はともかく、アナーケのしている作業は興味深い。彼は輪っかになった長い紐を三つ取り出すと、なるべく平らな草むらの上で図形を作った。三角形にした紐に逆三角形にした紐を重ね、それぞれの頂点を通るよう一番長い紐を円にすると、大きな六芒星が完成する。
「出来たぞ、こっちに来い」
呼ばれた馬はこちらを向くがひとりでには歩かない。それどころか興味をなくしてそっぽを向いた。アナーケは諦めてなにやらつぶやき始めた。念仏ではない。魔法の詠唱である。魔力光と呼ばれる燐光が彼の腕から漏れ出て六芒星の紐に伝わった。馬はその光を見て耳をぴくぴくさせ、のっそりと六芒星の真ん中まで進むと、足を畳んでその場に座った。
「アホなのか賢いのか。気持ちいいから覚えただけか」
光を送りながら愚痴を言う。馬は草むらで背中をかくように寝返りしたり、前足で地面を叩いて立ち上がりかけたと思えばまた寝転んだり、寝たまま草を咀嚼したりと、六芒星の上で気ままにくつろいでいた。
「魔法陣にしっぽを引っかけるなよ」
固い路面はひづめや足に負担をかける。だから国道を走らせた後にはこうして回復魔法をかけるという。効果は気休め程度だが時間をかければ消耗分は取り戻せる。蹄鉄いらずで装蹄師には削蹄だけしてもらう。昔からある馬を長持ちさせる工夫で、近年では効果が疑問視されているが、蹄鉄代の節約と馬の御機嫌取りにはなるので続けている。
六芒星の魔法陣は単純だが汎用性が高く、それ単体でも魔法発動の補助になる。ここでは、長時間じっとしていられない動物や子供のための範囲指定する媒体として機能している。
三つの紐の輪は魔石の粉を練り込んだ手製の補助具である。簡粗でとても魔道具とは呼べない代物であるが、どこでも手早く簡単に大型の六芒星を構築できて、しかも繰り返し使えて安上がりなのでアナーケは冒険者時代も愛用していた。長さや本数の組み合わせで別な図形にもなる。
こういう仕方もありなのかとケンは感心した。これなら地面に線を描いて消す手間も、神父さんのするような空中投影の技術も必要ない。雑で魔力効率も悪いだろうが最低限には機能する。ありあわせの技術と物の組み合わせといういかにも冒険者らしい工夫に思われた。
「その仕方は、冒険者をしていて覚えたんですか」
「いや、尋常小学校で習った。たしか三年の理科の時間だったか。しかしこっちの義務教育、村の教会の授業でも魔道具の基礎くらいはやったろう?」
訳知り顔で質問したが、ただの教育格差であった。出身国で普通教育を受けたアナーケと比べて、学校のない田舎の百姓の子が無知なのは当たり前である。けれどもケンは少し恥ずかしかった。転生者としての知識で神童ぶっておきながら、こんな単純な応用すら思い付かなかった。
「寺子屋じゃ読み書き計算くらいだろうから、そっち方面は習わんよ。だいたいうちの国にゃ義務教育なんてもんはない。孫だって私学に通わせる予定だろうに」
ケンを擁護するように行商の主人が口を挟んだ。
アナーケは二児の父として何年もこの国で暮らしていながら、出身国との教育制度の違いに今更気付いたらしい。主人に聞こえぬよう小声で「道理でたまに文盲が」「地方ギルドだからではなかったのか」などと呟いていた。
アナーケのうっかりは他人事ではない。ケンも生まれて十年過ごしたにもかかわらず未だ常識に齟齬がある。
ケンが馴染むのに苦労した常識を一つ挙げると、この世界は土地によって時間の流れる速さが違うというのがある。ある国で一年過ごせば、別な国では二年の年月が流れていることがある。時の流れが十倍の地区もあれば十分の一の地点もある。そうして二倍のところでは一日の時間が二倍になる、というわけではない。地球式にいえば、ちゃんとそれぞれ一日が四十八時間ではなく二十四時間であり、三百六十五日で一年となり、季節もそれに応じている。時差で昼夜の隣り合う境界を歩くと太陽が目まぐるしく昇沈し、天動説や地動説の説明ではその辻褄合わせに一神教の女神の存在が使われる。
時の流れの違いは距離以上に技術格差や文化の相違を大きくして、そこに生きる人々の世界観をそれぞれ異なったものにした。
世界暦という共通認識は一応あるが世代が変われば考え方も食い違う。例えば十歳くらいの少年同士が十年後に再会すると、一方は十年もう一方は二十年の年を重ねて、二十代と三十代になっている。独身者と所帯持ちでは飲み代に使える金額が違う。さらに十年経てば三十代と五十代である。重荷に思うのと老後のあてにするのとで、家族への認識が違っている。これが少年ではなく少女同士ならどうだろう。大げさに再会を喜びながら内心で蔑み合うかもわからない。そういった食い違いの積み重ねが、この世界では国同士の規模で起きているのである。
したがって常識知らずという点でいえば、他国に来た冒険者も異世界に生まれ変わった転生者も、似たようなものだろう。