内政? ハーレム? 立身出世? そんなことよりレベル上げだ!(仮) 作:トシアキウス
日が傾いたので峠越えはせずに野営した。その翌朝である。
野営のやりかたなどを教わったのと同じお客様扱いの一環で、剣の稽古をつけてもらうことになった。
稽古に使う木剣は、村の子供らの遊び相手をするためにいくつか常備してあった。お互い同じ片手剣サイズの木剣を、アナーケはバックラーと一緒に片手で、ケンは両手持ちで使用した。
「冒険者志望だというのなら、実戦想定で乱取りをしてやろう」
アナーケはバックラーを突き出す腕に刀身を乗せるように木剣を構えた。胸を貸すというからおそらく防御重視の構えであろうが、どうも気持ちよく打ち込ませてくれそうには思われない。馬鹿正直に打ち掛かれば確実に受け流される。試合開始時、いやな予感に従い使い慣れた八相をよして正眼に構えておいて正解であった。ケンが構え直そうとすればその隙を、アナーケは嬉々として突いてくる。実戦想定と言ったからには接待するつもりはないのであろう。しかし上位者として初手は譲ってくれている。ならば主導権はこちらにある。ハンデというなら充分過ぎる。
早朝の澄んだ空気が鼻孔を冷やす。草地を踏み込む摩擦力は朝露でわずかに低下している。対峙するケンたち二人を見物しながら、行商の主人が両切り煙草に魔熱式ライターで火を付ける。馬は自分の出したぼろを嗅いで、いやそうに頭を跳ね上げている。
広げた知覚で拾った余計な情報は排除する。アナーケ一人に集中する。
二十年間の冒険者生活で経たレベルアップの回数は相当なものだろう。技量と経験を抜きにしても、一目見て「あ、これは無理だ」と思わされる存在感がある。もしこれが実戦なら、その質量差でもって捻り潰されるに違いない。
「……来いよ坊主」
けれどもこれは模擬戦である。有効打が勝利である。畢竟間合いと機会である。これまで見た呼吸が三味線弾きでないのなら、勝機は確実に存在する。
相手は構え、こちらに注意を向けている。今このときこの瞬間こそ、学習の好機である。一を二に、二を三に、三を四にと、瞬間瞬間学習を積み重ねる。万に一は、いずれは万に万となる。
構えながらも構えを捨てる。呼吸の仕方を忘却する。筋肉、内臓、骨格、血流、脳にひしめく意識と無意識、肉体に染みついたあらゆる所作を消し去って、ゼロから再構築を試みる。己の全存在を次の一刀のため最適化する。口からよだれがたらりと落ちる。
「っと」
しかし失敗した。意識の間隙を逃がしていた。捉え損ねていた。見てからでは遅い。予測してからでもまだ遅い。
僥倖にも己はまだ無事でいる。見逃された。ならば再び次の刹那で、学習と構築をやり直す。
「やめだ」
ふいにアナーケはそう言って構えを解いた。ケンの感覚も元に戻る。
「木剣でも打ち合うのは危ないからな。乱取りはやめにする。その代わりは、そうだな、息抜きに使える素振りの仕方を教えてやろう」
ケンが武器を下ろしたのを見届けてから、アナーケは間合いを離して両手剣用の剣舞を実演した。体育の授業で教わったという基本の型で、全く実戦的とはいえないが、様々な事情が窺えて面白かった。
「国民保健体操の一つでもある。昔うちの国の政府が、ウォストアの剣聖を招いて作ってもらったそうだ」
あえて発展性を排除する。美しく完成された剣技であった。一見すると政治的な意図と虚飾にまみれているが、少し掘り下げればそれを蔑む心は作者にはなく、依頼とは真摯に向き合って作り上げたのが感じられる。実戦を度外視したある種の芸術品であった。様々な方面から怒られたりご指摘を受けたりするのを前提に形容するなら、純粋な美術品としての日本刀に似ているように思われた。
無表情だがどことなく楽しげに剣を振る少年の姿を観察しながら、アナーケ・カンナムは戦慄していた。息遣いや立ち振る舞いから察していたが、対峙してみて確信した。
(こいつは、やばい)
反社会性を指してではない。人品は可もなく不可もなしという感じで、村の神父から神童と聞いて大人をやり込めるようなのを想像したが、素直で拍子抜けしたくらいである。ついごろつきを殺してしまう。親を泣かせる。そういった失敗も、冒険者の間では別段珍しい過去ではない。
(冒険者は、中央は才能の世界だ)
中央ギルドの訓練場で、親切心で新人に稽古をつけて回るベテランが、構えも覚束ない少女に叩きのめされた光景を見たことがある。燃えさかる街の中、自分より強い五歳くらいの子供と臨時パーティを組んで魔族に挑んだこともある。
(この坊主は連中と一緒で、ずば抜けた側にいる)
魔法も異能もレベルもない。聞けば、剣を手にしたのもつい最近であるという。
(はじめから強かった。ただ強いから強い。そういう類いの天才じゃあるまい。
お仕着せの型を自身の体躯に合わせた足運びや握りに、どこか急拵えな青臭さが残っている。我流故の洗練の欠如は、習慣による固着がなく、発展性を絶やさずにいるとも換言できる。
(荒事に無縁の暮らしで眠らせていた才能が、例の事件をきっかけに表に出たというわけか。口には出せんが村長のドラ息子はお手柄だな)
道場を持たず、武器もめったに振るわない、そんな武術の流派がある。師匠も弟子も、普通に働き普通に暮らす。日常そのものを修行の場とし、呼吸や所作の一つ一つに気を配ることこそが肝要であると、流派の弟子が言っていた。その弟子とは手合わせしたがひらりひらりと躱されて、三回やって一回負けた。
(あれと同じ事を、頭で考えてじゃなくて、たぶん感覚だろう、事件で才が目覚めてから、常に成長し続けている)
休憩で馬車から姿を見せるたび、武器との一体感とでもいうのか、背中の剣の収まりが良くなって行った。
(それでいざ意識すればああもなる。たまらんな)
太刀筋を見極めるべく、一番得意な構えをして向かい合った。攻防一体という点において片手剣とバックラーの組み合わせに勝るものはないとアナーケは考えている。使い手の技量以前に、武器術そのものが洗練されているのである。国道王以前の時代から決闘や喧嘩で用いられ、改良を重ねられて来たという歴史には、それだけの重みがある。ごく一部の頭のおかしいオカルト剣技なんかは別として、その堅牢かつ柔軟な待ちの姿勢を正攻法で崩すのは至難の業といえるであろう。少年も例外ではなかった。
少年の佇まいは様になっていた。見た感じ手強くはある。町道場の高弟あたりと比べても遜色ないが、アナーケにはどうにでもなる程度であった。ひとまず指導のため、隙を指摘してやろうと誘いをかけた。少年もそれを感じたのであろう。すぐに雰囲気を変えた。
(無駄を省け、一太刀一太刀惜しめとは言うが、まさか一切動かなくなるとは)
アナーケは観られていた。武器や顔や足下を注視されるのではなく、ただ観られていた。気が付けば、少年の気配が変わっていた。アナーケは視線を動かさず、瞬きもしていない。なのに変化の瞬間を見逃した。しかしアナーケもカカシではない。一度強敵とみなせば次は認識できた。じわりと滲むように少年は己を高め続けていた。機を探り合うという対峙の中で、少年の側だけが学習を重ねていた。もはや木剣を構える前とは段違いである。
虚ろな目でよだれを垂らしたときは危なかった。経験による直感が無ければやられていた。
殺されたとは思わない。殺し殺されの段階へ行くには、レベル差による肉体性能の差が大きすぎる。しかし昏倒くらいはさせられたろう。木剣が粉砕されるので威力に限度があるといっても、打ち所の悪い打ち方など、少年は本能的に心得ている。
(あのベテランのようにこじらせる羽目にならなくてよかった)
ベテラン冒険者は次の日にはけろりとして、自分を倒した少女にあれこれと世話を焼いては恐縮されていたが、アナーケにとって才能の差を思い知らされるのは面白いことではない。身に染みる痛みとともにわからされる、それがイイんだと語ったベテランは、以前よりいっそう熱心に新人の模擬戦相手を買って出ていた。彼のように高踏的な嗜みをするにはアナーケは真っ当に過ぎる。
剣術に関してアナーケがケンに教えられることはそう多くない。放っておいても勝手に強くなるであろうから、逃げるが勝ちしたごまかしついでに、玩具代わりとして剣聖が作ったと名高い国民保健体操を教えてやった。案の定、少年はそれをひとめ見ただけで完全に模倣した。しかも型に秘められた目的だとか理念だとかの内容を読みとって咀嚼したのか、一回目から既にその完成度はアナーケを上回っている。二回目はさらに理解を深めたらしく、国民体育大会の剣術部門で入賞できそうな出来映えであった。技術点はほぼ満点、演義構成点は審査員にもよるが、平均くらいは行けるだろう。
「俺の祖国の剣はどうだ。冒険には役立ちそうか?」
言いづらそうなので意地悪せずに言い添えた。
「正直に言っていい」
「……多分ですがこの剣は、鍛えれば鍛えるほど弱くなる、そういう剣だと思います」
「正解だ」
この剣を極めても実戦には役立たない。むしろ逆効果である。あらゆる動作で一拍遅れる。攻撃は急所を逸れ、ちょうど切っ先三寸で力が抜ける。防御は崩されやすく、どう受けても死に体へと構え自身が誘導する。所作は流麗で見栄え良く、激しい動きで要らない筋肉を酷使するので、鍛えたつもりにだけはなる。
それだけならただの剣舞に過ぎない。実戦で使えないと見切りをつけて、別の真っ当な剣術を学べば良い。たちが悪いのは、この型から、この型で染みついた動きから逃れようとすればするほど、後から覚えたまともな剣まで歪なものになるのである。その影響は剣術に限らない。鍛錬で鍛えられた要らない箇所の筋肉が悪さをするのか、身体のバランスが妙になり、武芸全般に限ってぎこちなさが残ってしまう。それでいて健全とされる徒競走や球技になどには影響がなく、むしろ怪我を防止する柔軟体操として有用ですらある。
「国民の牙を抜く。そのための剣で、サーカスも兼ねている。さすがは剣聖というべきか、俺もこれでついた癖を無くすのには苦労したよ」
駆け出しの頃はまだ毒が残っていた。それでもそれなりに活躍し、かつ生き残れたのは、恵まれた肉体と無謀さによるゴリ押しである。
「毒抜きのコツというか罠があるんだが、坊主ならわかるだろう?」
「捨てすぎないことですね」
「そうとも。取捨選択ってやつだな。お偉い先生方が課題としてこっそり出して下さった、クソみたいな自主性さ」
アナーケの祖国は賢明な国家であった。国民もまた賢明であった。教育制度により、誰もが知識を持っていて、誰もが無知を弁えていた。人は愚かであってはならないが、しかし幸福は人それぞれである。そう言い聞かされて育ったアナーケは、愚かな暴力を事とする冒険者になって国を出た。
それが今では二児の父で、賢明な父親という役割を演じて、似たような文句を子供の躾けに使っている。冒険者になるのを反対した父親のしたり顔が目に浮かんだ。
「……素人なりの感想を言うならですが、この剣にはほんの少しだけ不純物として作者の想いが表れていて、なんというか、独占欲に似たものを感じます」
「独占欲?」
「後方彼氏面、は通じないし意味が少し違うか。高嶺の花の女性に恋をして、自分が恋人になれる見込みは薄いけど、他の男が女性に近付くのもいやだ。彼女の良いところを知っているのは自分だけでいい。自分だけがいい。もちろん現実ではそんな望みは叶わないから、せめて彼女に近付くのは自分と同じか、自分以上に、わかっている男がいい。例えるならそんな感じですが、わかりますかね」
「うむ。わかりづらい」
色恋を絡めた十歳の少年らしからぬ例えに、実はこいつませガキではあるまいかと思ったが、それはそれとして思い当たることはなくもない。いつも妻子と一緒に行く教会で、巨乳のシスターが聖歌を歌っているとき、後方や壁際のあたりに、腕組みをしてうんうん頷きながら独り言を呟いている連中を見かけることがある。連中はお互いの存在に気付くと、目配せで合図し合い、それ以降は妙な一体感を醸し出してシスターの歌声に聴き惚れている。エスプレッソ魔道具のあるカフェに故郷の味を求めて行くと、連中がしんみり何やら語り合っているのに出くわしたこともある。この手の怪しい会合に過敏反応するのは職業病である。すわ邪教かと中央ギルドに問い合わせると、あれはただの聖女オタクというやつですよと笑われた。異国文化がわからぬアナーケに職員はあれこれ解説し、要するに、彼らはただ恋してる、それだけらしい。
「それでその、高嶺の花とやらは何を指して言ってるんだ? ウォストアの女王様か?」
「剣です。剣術を含めた意味での剣そのもの。剣という存在に、作者は独占欲を抱いています」
意味を理解して、アナーケの声が荒くなる。
「つまり何か、才能の無いやつは目障りだから、剣を持つなと剣聖様はおっしゃるわけか。そのうえでご丁寧にお遊戯の踊りを授けて、凡人の剣への望みを、どうせ大したことのない剣才ごと、根絶やしにしといてやろうというわけか」
「おおむねその通りでしょう」
「ふざけるな」
そんな勝手なこだわりで自分は何年無駄にした。剣聖様が意図して仕立てたなまくらで、命を何人取りこぼした。
「そうです。ふざけてる。単に政治的意図を果たすだけならここまでする必要はない。入念にも入念過ぎる。しかしその割には……」
少年が例の聖女オタクのように独り言を呟きながら剣を振った。元の型とは、その見かけを言語化するならほぼ同じ動作である。しかし重心や筋肉の使い方、流れる力の操作法などが改善され、格段に実戦向きになっている。
「私ならこうして使い手が潰れるその瞬間までわからぬように煽ててやる。死に体だって命は一つなのだから決定的な一つでいい。元のは手ぬるく悪意が足りない。使い手に罠と非才をわからせすぎる。やはり妥協か」
今まで猫を被っていたのか、少年は薬物でも打って変わってしまったようになって、剣を振りながら早口で怪しげなことをまくし立てては一人で納得していた。アナーケに聞き取れたのは最後のひと言だけである。少年の眼球がこちらにぐるんと振り向いた。
「妥協です。わかっている男ならばというやつです。さっきの例えの後半ですよ。才を潰すことについて、考え方を逆にする。すなわち剣才を篩にかけるんです」
「すまんが抽象的にでなく、具体的に言ってくれ」
「才能のある者だけがこの剣を振り払い、己の剣を手にできる。排他的かつ嫉妬深い剣聖から見ても、剣士を名乗るに相応しい使い手になれる。この剣に触れてしまった生半な剣才や凡人は、決して剣士になれません。才無き者を絶対に切り捨てる。そうなるよう入念に作られています」
「いつまでもくっちゃべってないで出発すんぞ!」
待ちくたびれた義父がとうとう怒声を浴びせてきた。馬車に繋がれた馬が今にも寝入りそうになっている。
「すいません! ほら坊主、急ぐぞ。忘れ物はないだろうな」
急いで身支度を調える。ちょっとしたお遊びが長引いて朝食を食べ損ねて、行動食で済ませる羽目になってしまった。妻が子供たちと作ったショートブレッドは好物なのに、走りながら食べるのでは味もへったくれもない。
子供の与太話に付き合ったからこうなった。話の流れで不愉快な思いもした。一度も直接剣を打ち合っていないくせ、天才肌でも気取るのか抽象的な物言いが多く、昔の自分を思い出すようで気恥ずかしい。逆説教は食らわずに済んだが、神童呼ばわりされるだけあって、やはりどこかこまっしゃくれている。お客様相手とはいえ、散々であった。
(そうか。俺には才能があったのか)
足取りはなんとなく軽かった。