内政? ハーレム? 立身出世? そんなことよりレベル上げだ!(仮)   作:トシアキウス

5 / 12
初戦闘。


魔物について

 この世界には馬がいる。猫もいるし犬もいる。村には牛や豚や鶏が飼われていて、ネズミとモグラも害獣扱いであるが暮らしている。山に行けば悪さをする猿がいて、たまに人里にやって来る熊や猪は猟師の火縄銃に撃ち取られる。イタチなんかも相変わらず邪知暴虐の獣であり、鶏小屋の鶏を一羽残らず噛み殺しては濡れ衣をキツネあたりに着せている。神父さんは養蜂の名人で、その蜂蜜は村に供給されるのみならず、遠い国から偉い人たちが変装して直接買い付けに来るほどである。そもそも虫が好きなのか、毎年秋になるとカブト虫の幼虫を堆肥ごと掘ってきて子供たちに育てさせる。魔法の手助けがあるから子供のそそっかしい世話でも大半が羽化するが、ケンの幼虫は毎年黒くなって死んでしまい、夏には神父さんのさなぎを分けてもらっていた。

 動物図鑑を見ればゴリラがいる。インドゾウもいるしキリンもいるしライオンだって大写しで書いてあり、ウサギとカメ、イルカとクジラに羊とチワワ、チンパンジーにミヤイリガイ、つちのこにチュパカブラと、ページをめくればほぼ必ず、地球と同じ生き物の地球と同じ生態が載っている。

 ゴブリンやグリフォンにドラゴンといった項目は動物図鑑にはない。子供向けの生き物図鑑も同様である。それらはみな魔物図鑑に書いてある。

 魔物は動物とは全く別な存在として扱われているらしい。そもそも生き物ではないとされている。では何かと問うならば、魔物は魔物であり、魔物という呼び名の生き物っぽい何かである。

 魔物の定義について義兄に質問しても魔物は魔物だろうと同語反復なので、神父さんに聞いてみた。

「魔物とは何か、ですか。その説明をする前に今の大陸の状況を理解する必要があります。少し長くなりますよ」

 中央冒険者ギルドの筆記試験に出るというから短くしてはもらえなかった。大陸の歴史や女神の御業は後々の課題としてノートに書いておくとして、現状では魔物のことだけ記憶に留めた。

 

 魔物はフィールドと呼ばれる土地で発生する。なにか元となる生き物があってそれが変化するというのではなく、ただ虚空から誕生する。

 

 魔物はフィールドの外では生きられない。フィールドには魔素と呼ばれるものが満ちている。魔物にとって魔素は人間にとっての空気のようなものである。魔物はフィールドの外に出ると、窒息したように苦しみもがいて息絶える。

 

 魔物は生き物を真似たみたいに、食べて出して成長して生殖して死んで文字通りの塵になるが、その過程における質量の増加と減少は明らかに釣り合わない。食い荒らした自然ごと無に帰る魔物があれば、飲み食いせず増える魔物もある。魔素の存在が保存則の辻褄を合わせているという仮説がある。

 

 魔物は現世で長期間新陳代謝を続けた末に、受肉することがある。フィールド外で活動可能になり、殺せば塵とならずに完全な死体を残すようになる。受肉した魔物は半魔と呼ばれ、一部の罰当たりな国家では家畜として扱われている。

 

 魔物は邪悪である。魔物は大抵人間を、食らうか、苦しめるか、犯すかする。とにかく邪悪な行為を好む。

 

 魔物は擬態する。ふわふわで丸っこい魔物や人型の魔物がいじらしい仕草を見せても、騙されてはいけない。

 

 魔物は邪悪なので、半魔を発見したら駆除しなければならない。殊にサキュバスやインキュバスといった半魔は根絶やしにすべきである。ひとくくりに淫魔と呼ばれるそいつらは人間の純潔を好んで食らう。純潔は万人が生まれながらに持つ女神の加護であり、魔法の資質や人間の半神性に関わってくる。その力を奪い取り我が物とすることで、淫魔どもはより強大になろうというのである。淫魔娼館などという罰当たりな施設を見かけたら、たとえ国家の法に背いても即刻火をかけるべきである。その国家は人類に背いている。もしためらうのなら淫魔の正体を思い出せば良い。受肉する前の淫魔は醜い怪物の姿をしていて、受肉した後の可憐な容姿は、受肉するためむさぼり食った人間の、その脳味噌を啜って読みとった理想像の具現化に過ぎない。

 

 魔物は邪悪だが人間はもっと邪悪だろうなどとほざく不心得者に耳を貸すな。その者自身が魔物のように邪悪であるから、そんな言葉を吐けるのだ。

 

 魔物は邪悪である。邪悪であると定められている。邪悪であれと願われて、彼らは邪悪に生まれてきた。

 

 だいたい以上のような話であった。魔物はフィールドで生息地が隔離されていて、とにかく邪悪であるとケンはひとまず理解した。

 気になることといえば、根絶やしにすべき邪悪と名指しで念押しされたサキュバスについてである。見た目は脳から啜った理想像を、性格はその邪悪な性質を反映するとなると、サキュバスは悪の女幹部みたいなお姉さんか、ざーこざーこと罵る生意気な女の子かのいずれかに変態するのではあるまいか。そうあくまで子供らしい素直な発想を述べると、神父さんは呆れながらも少し安心したように苦笑した。

 神父さんの補足によると快楽のためのやり取りが悪とされたある時代には、頭陀袋を被ったふくよかなサキュバスが人心を惑わしたという。時代に合わせて姿を変える。その時代に生きる人の横しまな心を反映する。まさに魔物の邪悪さの象徴のような存在に違いない。たしかに現代ではケンの想像したようなタイプのサキュバスはそれなりに蔓延っている。しかし大概の淫魔は猫かぶりなので、その上辺の性格をいうなら多種多様である。脳味噌から嗜好の情報もある程度取得して、その通りになりきりする。お母さんごっこみたいに振る舞う幼い少女や、姉か妹を名乗る浮き世離れした女性、色事に疎い恥ずかしがり屋の年増女なんかもある。どこか病的な擦れっ枯らしや、時代がかった女騎士を気取るような悪知恵の働くのもある。しっくりきすぎる性格の美人に言い寄られたらまずサキュバスを疑えと、冒険者の間ではいわれている。なるほど、聞けば聞くほど邪悪ないきものである。ぜひとも遭遇してみたくなくもない。

 

 冒険者生活が長かったであろうアナーケにも聞いて見た。

「サキュバスか? ませてやがるな。よくある質問だからこっちも慣れてるが、まあ教会の依頼でそれなりに斬ったことはある。どいつもこいつも胸と尻が無駄にでかくて奇形みたいな感じだったか。そういや一度、ブス専で有名な知り合いが受肉前のやつに脳味噌をかじられたことがあったな」

 パーティ戦で、淫魔が変態を済ますころにはその知り合いは回復のため戦線離脱していた。しなを作られたが居たたまれなかった。

「それはそうともう少しでフィールドだから気を引き締めろ。坊主は念のため抜いておけ。いざ戦うとなって抜剣にもたつくのはよくあることだ。新人なら特にな」

 ケンは現在、馬車に乗らず小走りでアナーケと並走していた。町へ向かう国道にフィールド圏内を通り過ぎる区間があって、良い機会だからと実戦訓練を勧められたのである。

 

 ぼうぼうに生えた草が緑のセンターラインを描いている。見るからに放置された舗装道路という感じであるが、これでも路面状態はそう悪くないうちに入るらしい。百年くらい前にフィールド化するまでは幹線道路として使われていて、路面状態も今とそう変わりなかった。

 当時とある貴人が都落ちして晴耕雨読を志したが土地の者にいじめられて憤死して、このあたりの集落を含めた一帯がフィールドと化した。外法の嗜みがあったともひたすら恨んで願掛けしたともいわれるが、人一人の怨念によるフィールド化の規模なんか通常はたかが知れている。魔物が発生するほどの魔素もなく、ひと月くらいで元に戻る程度である。けれども場所が悪かった。たまたま中規模のフィールドが近くにあり、こぼれた水の横に別な水滴を落とすと表面張力で繋がるような形でそこと一体化してしまった。憤死した貴人が狙ってそうしたのかもわからない。フィールド化をどうにかしようと何度か建てた慰霊の祠もゴブリンが遊んで壊されるので、結局土地の者は集落を捨てて、この区間も幹線道路として不適とされた。

 新たに整備された迂回路はアスファルト舗装の国道と違って路面状態が安定せず、しかも遠回りで倍以上の時間がかかる。なので結構な割合の通行者が危険を承知で近道する。心得た地元民なんかは町に野菜を売りに行く際、リヤカーに竹槍を積んでいる。ゴブリンを薙ぎ払う武器としては草刈り用の大鎌が適切であり、冒険者がゴブリンの集団を狩るのに頻用されるくらいであるが、農家からしてみれば大事な農具を武器にするのは罰当たりである。農村の若者が勝手に持ち出すと大目玉を食らう。

 

 フィールドに入るときは、それとわかる違和感があった。三密の空間に足を踏み入れるのに似た感覚で、しかし息苦しさはない。例えるなら無人の狭い更衣室にあるような、人の気配の名残の気配が空気全体に満ちている。

 視界を凝らす。五感以外の感覚を総合する。

「これが魔素か」

 字面が似ている魔力とはだいぶ感じが異なる。魔力が無色透明なのに対し、魔素は雑然と濁っている。よくいえば生命力、それらしく表現するなら生への意志、悪し様にいえば邪悪さに満ちている。

「薄いってのに鋭いな。その感じは魔素の濃い深層だと蜂蜜みたいに固くなる」

「あそこあたりとあのあたり、不自然な偏りがあるのはガスのような重みなんでしょうか」

「……さてな。そういうのは図書館で調べてくれ」

 警戒しながら道を進む。木々の隙間から廃集落の名残らしき石壁がちらほら見える。ゴブリンの巣になっていて地元の者は近付かないが、地方ギルド所属のクランなんかが新人のレベル上げに使っている。増えるたびに間引きされるので大がかりな群れにはまずならない。

 以前ここの集落跡はとある大手クランが縄張りとして独占していたらしい。町から近い場所で通行人は急いで通り抜けるから、よからぬことをするにはもってこいといえる。ちょっとした違法取引なんかは地方ギルドの慣習扱いで目溢しされていたが、攫って遊んだ村娘を投棄してゴブリンの養殖に再利用したという事件が新聞に載った。それからは縄張りにすること自体が国の命令で禁止され、中央の冒険者の巡回が入るようになった。

 

 アナーケが主人に合図して馬車を止めたので、ケンはこの先の気配が魔物のそれだと確信した。

「お義父さんは罠じゃないと思いますが気を付けて。おそらくゴブリンが複数だ。行けるか、坊主」

 頷くと、背中を強めに叩かれた。

「声もそうだが足音なんかも普通に歩け。下手に隠密を気にすると却って体が固くなる。向こうが気付けばこっちも気付く。そんなもんで充分だ」

 アナーケがごく普通に駆け足するのを追いかけた。

 

 アナーケの言った通り、道の先ではゴブリンが四人、道路の上で遊んでいた。予習した通りに毛無し猿から鼻を削いで耳を尖らした見た目をしている。ただ図鑑と違って腰布がない。丸出しであった。そのくせ棍棒はきちんと所有しているらしく、遊びの邪魔にならぬようガードレールに四本とも立てかけてあった。

 鳴き声は人間の子供のそれがそのまま濁ったギャッギャといった感じであり、甲高い奇声を上げればほとんど同じに聞こえるだろう。往来の真ん中でおもちゃを囲んではしゃいでいる。そのあたりも同じといえる。

 遊び相手は狸であった。不幸にも迷い込んだらしく、弄ばれてぐったりしていた。血はそんなに流れていないが、穴という穴に指を突っ込みほじったのか目玉はない。今はメンコか癇癪玉みたいに、アスファルトの固い路面に打ち付ける遊びに使われていた。

 単純に力一杯叩きつける。しっぽを持って振り回し、その遠心力を効かせて打つ。踵で何度も踏み付ける。割れてぐにゃぐにゃの頭部を路面の凹凸ですり下ろす。代わる代わるやり方を試してはお互いを褒め合うように笑い声を上げていた。熱中してケンたちには気付いていない。

 アナーケが武器を抜かずに目配せした。一人でやってみろということらしい。ケンは前傾姿勢で駆け出した。

 

 手始めにポーチから出してあった釘手裏剣を投擲する。下手打ちでジャイロ回転をかけられたそれはやや直線的な軌道を描き、ゴブリンの目玉を貫通して脳まで至る。一匹がふらりと揺れて絶命したことで、もう三匹が敵襲に気付いてこちらを向く。ショートソードを両手持ちに構え直しつつ、歩幅と位置取りを調整する。ゴブリンたちが身構えて、威嚇するべく息を吸う。再加速して踏み込んだ。身長はケンより低く、並んだ二匹の首の位置は、だいたい同じ高さにある。間隔もちょうど良い。綱引きめいた大仰な体勢で、水平斬撃を繰り出した。

 剣を身体より遅れて出す。刃が首に吸い込まれる。肉と骨の抵抗を溜めとして、斬撃をもう一段加速させる。威力は出たが最初よりも刃筋は甘い。が、二本目の首を刎ねるには十二分に過ぎる。最後に残る一匹が威嚇の声を出しかけるのとほぼ同時に、回転斬りの勢いを繋げて飛び越えるように跳躍し、すれ違いざま両足で頭を挟んでひねり折る。

 アスファルトで靴底を削りながら着地する。ゴブリンたちに息がないかを見定める。最初の一匹は釘を生やして動かない。次の二匹は頭が無い。四匹目は首のすわりを頼りなくして事切れている。歯磨きをしないのかむき出しの歯が汚らしい。

 存在感が色あせている。そう感じると、現実の死骸も急激に色あせ始めた。飛び散った血液なんかは既に灰のようになって、血振るいがまだのショートソードには煤に似たものが付着している。

「魔物は死ぬとこうなる。レベルアップはしたか?」

「いえ」

 ガードレールを見ると黒く汚れていた。棍棒も体の一部であるらしい。

「よくやった。満点だ。満点だが……遊んだな?」

 投擲で一匹、回転斬りとその勢いで残り三匹を仕留める。けん制を除けば一呼吸で済むようにした。あっという間のことで戦いにもなっていない。アナーケには浮ついているのを見抜かれた。

「最短最速を心掛けたにしても凝りすぎだ。綱渡りだとか隙が云々とは言わん。だがこんな曲芸みたいな戦法はたかがゴブリン相手にするもんじゃないし、先達としての立場でいえばもっと堅実にやれと言わざるを得ん。今回は教材だから坊主もこうしたんだろうが、次は手抜きをして戦うといい」

 ケンの頭をくしゃりと撫でた。

「ともかく、よくやった。魔石を取ったら狸の供養をしてやろう」

 アナーケがゴブリンの死骸に足先を突っ込んで、足刀で撫でるように掻き分けた。死骸自体はもろりと欠けて崩れて行く。探り当てた硬い欠片を手にとって、息をふっと吹きかける。

「こいつが魔石、厳密には精製前の原料だが」

 手渡された魔石を光に透かす。表面に汚れはなかった。大きさは指先ほどで、透明度は低い。内部は真っ黒い粒子で燻したように濁りきっている。照らされた輪郭にエメラルドに似た色が微かに見える。魔石本来の色であろう。

「緑魔石自体は低級の屑石ってわけでもないがゴブリンだからな。ちゃちいのしか落ちん。買い取り額も重さあたりだ。地方じゃシノギの類いと聞くが、中央だと討伐だとかの依頼報酬がメインだな。ほれ、坊主もやってみろ。ゴブリンは心臓のちょい下あたりだからわかりやすい」

 アナーケを真似て足を入れる。ゴブリンは灰で成型した模像のようになっていて、肉の名残の感触はまるでない。似ている感覚といえば、土作りに使うくん炭を崩したときのそれである。一カ所崩れれば周囲も連鎖して崩壊する。表面の形状が薄皮となってかろうじて形を保っている。そういった状態である。

 魔物の塵はくん炭よりずっと軽くて細かくて、密度が異常なほど低く、一旦形を失えば灰の山にもならなかった。大半が空気中に溶けて消え、路面には灰色の跡しか残らない。

「風が吹くとも限らんから全部崩しとくのがマナーだぞ」

 灰色の像でも遠目ではぎょっとする。通行人ならまだしも馬が暴れ出せばお茶目では済まされない。

 

 ゴブリンを片付けると狸を埋葬した。

「ひでえことをしやがる。痛かったろうに」

 しんみりと言いながら穴の中に亡骸を横たえる。スコップなどは使わない文字通り手掘りの墓穴で、素手ですいすいと掘り返して埋め直した。ゴブリンに掘り返されぬよう墓標などの目印は立てず、ほぼ元通りの地面にした。身体能力の高さゆえの漫画じみた手早さに、ケンは文化の相違を感じてしまってどうにもしんみりしきれなかった。

「さて」

 アナーケが手の平を重ねて呪文を唱える。合掌ではない。日本で祈りの作法のそれは、この世界では禁忌にあたる。アナーケの手元からちょろちょろと水が湧き出した。

「坊主も洗うか?」

 灰は払ったがまだ少し粉っぽいので、アナーケの水をもらって手を洗う。

「生活魔法は冒険者の仕事に役立つぞ。荷物が少なくて済む。中央ならギルド魔法で習いやすいしな」

 手を清めるとアナーケは、狸を埋めたところへと向き直って剣を抜いた。

「化けて出るなよ」

 そう言って十字に斬り付ける仕草をした。食事のときにするのと同じ、霊魂を再び殺す儀礼である。

 この世界の人々は食前に祈りや感謝は行わない。食材となった者の感情を逆撫でするからと一般的にはいわれている。歴史的には、かつて人類を家畜化した魔族が料理に「イタダキマス」をしていたことも関連している。

 死者への儀礼も食事の儀礼と同様である。死霊というのはどうしたって生者に妬みを抱いてしまうものであるから、悪さをさせぬよう退治しておく。あるいは故人の名誉のため、悪霊になるのを予防する。そういった意味合いがあるらしい。

 成り立ちでいうなら食事と供養のどちらが先かはわからない。ともあれ料理や死体を前にしたら、ナイフや手刀を振って霊魂を斬り殺す。それが作法であり、現世を彷徨う霊魂への気遣いである。ちなみに葬式なんかで再殺儀式に使う武器は、大がかりであればあるほど良いとされる。例えば神父さんは繊細な装飾のかっこいい大鎌を儀式用に秘蔵していて、父ジャンの葬式で参列者に振らせていた。

 この儀礼は重んじられているので、ケンも若者三人を殺した直後には罰当たりを避けるため、血振るいした剣を四回素振りした。この回数は三男たちに、父親の分を含めている。その敬虔な行為をじっと見つめた姉のリンが「どうして」と呟いたのを覚えている。日常的な所作ではあるが、葬式があるというのに先にするのはマナー違反かもしれなかった。

 

 やり方は土地や宗派によって様々で、アナーケは十字に切ったが、ケンの生まれた村では縦にまっすぐが主流である。食前は食器用ナイフかチョップもどきばかりで殺人直後のそれもとりあえずという感じがあり、真っ当な剣の振り方で行うのは初めてといえた。

 構え、振りかぶり、振り下ろす。儀礼というのはすごいもので、ただそれだけなのに神妙な心地がする。

 魔物の被害者とはいえ、野生動物をわざわざ埋葬するなんて普通はしない。せっかくの近道で却って時間を食っている。これは蓋し、親切心からの情操教育であろう。

 そう考えれば同情心も湧いてくる。ゴブリンと戦うときには気にならなかったが、狸はさぞ苦しい思いをしたのだろう。まだ暖かかったのでおもちゃ遊びは死後ではなく、生きているまま始められて、その最中に苦しみ抜いて息絶えた。そうであったかもわからない。生きたまま目玉をほじられる恐怖と苦痛は、ケンも三男に試したから予想がつく。それくらいしか手段のなかったケンとは違い、ゴブリンは楽しむためにそれをした。

 

 村の子供たちのトンボ取りが思い出された。村では秋になると時たま、赤トンボが大量発生することがある。四方八方、どこを向いても無数のトンボが飛んで、ただ指を立てるだけで捕まえられる。そこに虫取り網を持ち出して振るえばそれこそ大漁みたいに捕獲される。二三匹まとめてとったり、虫取り網に入れたまま再度振るい、二匹、三匹、四匹と、どんどん網の中に溜めていく仕方もある。

 虫取り競争が終われば残るのはその成果である。子供というのはたいてい欲張りなので、虫かごに大量にひしめくトンボを逃がしてやるのはもったいないと思ってしまう。しかし数匹ならともかく、何十匹もいれば有り難みが薄くなる。ただ観察するのとは違う、別な活用法を見出だしてしまう。羽根をもぐ。頭を弾く。気を付けながら羽根を引っ張りその身を裂く。剥き出た肉のにおいを嗅ぐ。欠損状態でどう動き回るか実験する。虫かごごと水に沈めたりなんかもする。それを無邪気さといっていいかはわからない。ただ楽しいからやっているだけで、子供たちは殺生という罪を犯しているつもりはそんなになく、自分はよい子のままであるとも思っている。

 子供のそれをゴブリンのそれに結びつけるのは短絡的かもしれない。己の喜びのために弱い生命をおもちゃにする。行為の時点では同一だがその後は違う。子供は大人になって反省するが、ゴブリンはゴブリンのまま在り方を変えられない。トンボを虐殺してはしゃいでいた悪戯っ子は、激怒した神父さんに魔族ごっこがしたいならとその死骸を口にねじ込まれてからは、命を大切にする心優しい少年に変わった。ゴブリンはどうだろうと図鑑のページを思い返せば、よりずる賢くなると書いてあり、彼らは道徳的な感性を持たないと補足してある。ゴブリンは生まれながらに邪悪であり、成長してもひたすら邪悪であり続ける。

 すべての魔物はゴブリンに通ず。国道王の名言をもじった魔物学者のそんな言葉がある。ゴブリンの生態や気質は魔物という存在の在り方を最もよく表しているというような意味の言葉で、偉い学者がいうのだから本当のことなのだろう。

「魔物は邪悪だと、神父さんには教わりました。他の魔物もゴブリンみたいに邪悪なんでしょうか」

「そうだな。たとえば坊主が興味津々なサキュバスなんかは、ゴブリンよりか悪辣だ。連中はその手練手管で人間の男を伴侶にする。そこまではいいが、その後がひどい。伴侶とは別な男に抱か……別な男と仲良しをして、その有様を伴侶に見せつけるんだ」

 言い直したのは思春期前の少年への配慮であろうが、あまり意味を成していない。

「まあその、あれそれを色々比べたりしてだな、前とは逆な手練手管で、最終的に、伴侶のほうはみじめを通り越して絶望する。そんな具合に絶望した人間の脳味噌がサキュバスの大好物らしい。サキュバスの本性は脳味噌食いだ。魔物らしく人間を苦しめるのが大好きだから、寝取ら……手酷く裏切られた人間の苦しみや悲しみそのものも好んでいるが、それは料理の香りみたいなもんで、味わうのはその絶望した脳味噌だ。脳内物質がどうとかこうとかで、そうなるよう美味しく調理したわけだ。教会のお偉いさんがいうには、サキュバスは脳を破壊するだそうだ。業界用語なのかいまいち意味が食い違う気もするがな」

 世の男性の願望を打ち砕く、あまりにも邪悪な生態であった。やはり魔物は邪悪である。神父さんの言うことはいつだって正しかった。

 その後もフィールドを進んだが、再びゴブリンと遭遇することはなかった。

「どっかのクランが間引きでもしたんだろう」

 ケンは拍子抜けした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。