内政? ハーレム? 立身出世? そんなことよりレベル上げだ!(仮) 作:トシアキウス
馬車に馬糞受けをつけてクルエル市の市街地に入る。路面は土木魔法による土系舗装がされていて、ぬかるみを気にしたのか石畳のところも多少ある。レンガか石か木造か、どのような建材をどのように用いているかは知らないが、都会の建物は村のくたびれた感じのそれと比べ、新築にしろ築古にしろ佇まいが垢抜けているようにも思われた。ときおり見かけるいやに真っ白い箱形の建物は魔法建築で、いわゆる安普請になるらしい。仮設住宅用の魔法を転用しているとも、基礎が怪しいともいわれているが、購入者が直接苦情を言うことはめったにない。これを主力商品としている建築業者は地方ギルド所属の大手クランと仲が良い。
巡回中の衛兵に出くわすと、アナーケが声をかけた。
「ご苦労さまです」
赤いラインの入った灰緑色の軍服で胸の膨らみに刀帯が斜めに食い込んでいる。二十代中頃の女性であった。
「アナーケさんは今お帰りですか」
「ええ。ほら坊主、世話になるかもしれないんだ。挨拶しとけ」
「ご苦労さまです。ケン・シースレスです」
「お若いのにしゃんとしてますね。ご友人のお子さんですか」
「まあそんなところです。冒険者になるってんでね、こっちに来させました。まだほんの子供ですが将来有望ですよ。ゴブリン程度なら、数がいても一瞬です」
「それはそれは」
衛兵の女性の視線は全く動いていないのに、全身を子細に観察されているのをケンは感じた。なんとなく、魔力とは別の妙な力の流れがあった。
「そうそう。こいつ手癖が悪いんで、スキルの動作なんかも盗みかねませんよ」
「……それはいけませんね」
衛兵の女性は目を元に戻すと、ケンの頭を優しく撫でた。アナーケもそうであったが、ケンの頭はどうも撫でやすい形状をしているらしい。
「アナーケさんは元二級冒険者で『絶壁』の二つ名持ちです。あなたの師匠は、それはそれはすごい方なんですよ」
「よしてください。それに弟子とかじゃあなくて、ただ連れてきただけです。ものになるかはこいつ次第です」
衛兵の女性と別れてしばらく歩くと、アナーケが小声で言った。
「覚えたか? グーチョキパーのどれだ?」
「最強のやつです」
視界の端で出された手を、視線を動かさずに判別する。少し目が疲れるが、きょろきょろせず都会人ぶれるので重宝しそうである。
「人形めいて気味が悪いからやめておけ。国軍のシステムスキルで完全八方目というスキル名も有名だしな。人力再現でも大っぴらには使うんじゃないぞ」
知らない専門用語もそうだがそれより気になったことがある。
「さっきの人が装備していた銃は、火縄銃とは違う感じでしたが」
衛兵の女性の格好がなぜかしっくりきて、どこかで見覚えのある気がしていた。
「Gew98か? ベンセレム国軍の標準装備だが。ああ、村じゃライフルなんて見ないもんな」
思い出した。前世で見た第一次世界大戦の写真である。
「大賢者アリサカコフの遺産の一つだ。各国の王家や政府が複製技術を持っているから、昔はともかく今の時代、国軍といえばボルトアクションライフルが主流だな。うちの国だとたしか、三八式歩兵銃だったか」
火縄銃からフリントロックやら何やらを飛び越してボルトアクションであった。転生者のケンにとって魔法や魔物より現実味があるせいか、この世界の危険度が跳ね上がったような気がした。
「アナーケさんはその、ライフルという武器を装備した敵とは」
「国軍とはもちろんないが、邪教徒のAK-47、連射式のやつなんだが、そいつとやり合ったことはある。面倒だったよ。盾が抜かれたんで剣で弾いてたんだが刃がまくれてな。結局研ぎ直す羽目になった」
自動小銃を持ち出す邪教徒もそうであるが、それを面倒だったで済ますアナーケの態度を見ると、冒険者を志したのは早まったろうかと思ってしまう。
「そもそもアリサカコフ由来の火器は国軍のシステム契約で管理されているから盗んだとしても使用不能だ。犯罪者や地方ギルドの連中に出回ることはまずない。邪教徒のAKとかにしても、さっき言った通り坊主だったらもうちょいレベルを上げれば剣で対処できる程度だろう。だが慢心するなよ」
「できません」
そもそも対処できるわけがないという意味を含めての本心である。
「例えば国軍の使うライフルなんかは毎日磨くことで概念強化されていて、そこにシステムスキルの上乗せがあるから威力は段違いだ。特例で所持を認められた一級もいたな。ごちゃごちゃした銃でM16といったか、高位魔族の多重障壁を金魚すくいのアレみたいに貫通していた」
剣と魔法のファンタジーな異世界で近代兵器のファンタジーな運用を語られる。頭痛が痛くなりそうなので別な質問をした。
「銃についてはわかりました。それで今の話にもあったシステムとか、スキルとかいうのは何でしょうか」
レベルアップ以外にもRPGゲームめいた設定があるのかもしれない。
「大規模契約魔法の一種で、その通称だ。契約すればレベルアップと同様に強化されるのと、それからそのシステムに登録された剣技や魔法なんかを使えるようになる。契約者は誰でも、その素質に関係なくな」
「便利ですね」
「便利だが対価もある。力を行使するのが国内に限られたり本来のレベルアップができなくなったりな。契約が切れれば力を全て失うし、対策はされてるだろうが魔法契約である以上、契約経由で呪詛を流し込まれる危険性もある。それでもそれ以上に有用だから国の兵隊やダンジョン都市の探索者で使われているが、国外を冒険する中央ギルドの冒険者は使っていないし使えない。便利過ぎて法規制もあるしな。まあライフルとかと一緒で、兵隊専用とでも考えればいい。坊主が冒険者をする以上、システム契約をする機会はないだろうさ」
この人なんでも知ってるなとケンは思った。少し質問すればすらすらとこの異世界の事情を詳しく解説してくれる。自分が世間知らずだという自覚はあるけれども、それにしたって物知りすぎやしないだろうかと思ってしまう。村人から同世代の義父にぺこぺこする中年婿養子と侮られた行商見習いの顔とでは食い違いがある。神父さんと同じで、明け透けに見せかけた底知れなさが感じられた。
「そういや、直接聞き損ねて今更だが、坊主はどっちに所属するつもりなんだ。中央か、地方か」
この世界で冒険者ギルドと呼ばれる組織は二種類ある。中央ギルドと地方ギルドである。
本社と支社といった関係や、行政でいうところの中央地方関係ではない。紛らわしいが、それぞれ独立した別な組織である。業務内容はだいたい同じで、腕っ節に自信のある者が所属するという点も同じである。わかりやすい相違といえば中央ギルドがよくありがちな国際機関であるのに対し、地方ギルドはその国家やその土地で完結していて、換言すれば地元に密着しているのである。
中央ギルドと地方ギルドとは組織同士も人間同士も仲が悪い。商売敵なせいだろう。一方に所属しながらもう一方に所属することは無論禁止されている。
中央所属の冒険者は地方冒険者をならず者呼ばわりで見下しているし、地方所属の冒険者は中央のやつらをお高くとまっていけ好かない連中だと毛嫌いしている。関わりのない人々からするとどちらも同じ冒険者であるが、所属する当人らにしてみれば様々な違いがある。
例はいくつも挙げられる。
中央ギルドの職員はお役所仕事でそっけないが、地方ギルドはアットホームでやりがいがあり、受付嬢が美人である。
中央ギルドの冒険者の階級は三級二級一級の三つしかないが、地方ギルドにはFランクからSSSランクまであり、実力がわかりやすくて肩書きも格好良い。
中央ギルドは長くて面倒な試験を合格しなければ所属できないが、地方ギルドは名前を書くか代筆してもらうかすれば、即日冒険者として活躍できる。
中央ギルドの仕事はたいてい、危険すぎる討伐依頼か危険すぎる採取依頼かの二択である。地方ギルドはその二つ以外にも、溝浚いから土木工事、物資輸送や倉庫内の軽作業、お店の用心棒や貸金業者の手助けなどバリエーション豊かな依頼があり、手軽に始められ手軽に儲けられる。
中央ギルドの冒険者は個人主義である。一方地方ギルドの冒険者たちの間には助け合いの精神が生きている。先輩が後輩を指導して、後輩は先輩から受けた親切を絶対に忘れないので、そのまた後輩にも同じように指導する。薫陶を受けた者が薫陶を与えるというサイクルがしっかり機能している。クラン活動も盛んで、一部の大規模クランなんかは初心者救済を掲げて、新人教育を専門にしているくらいである。
中央の冒険者は国家間を渡り歩く根無し草なので地元愛というものがない。地方の冒険者は地域に根差して活動するので、地元業者とは懇意であり、持ちつ持たれつの根深い関係を築いている。
中央は儲からない。冒険のための冒険というお題目を掲げて、経済活動に寄与しないのである。地方は違う。大手クランにはスポンサーが付き、逆にクランのほうが経営をする側に回ることもある。単純な金銭面ばかりでなくクランという組織力もあり、力ある者ならば、世に言うところの立身出世が可能である。大手クランのリーダーには、一夫多妻に多夫一妻といった事実婚も多く見受けられる。タフな男たちが仲良しのあまり多夫多夫の婚姻生活を営む例もある。
中央に所属してしまった冒険者は、たまに訪れる世界の危機に身命を賭さねばならない。地方にはそんな人権を無視した規則はない。己の命の賭けどころは、己で選ぶ自由がある。
事前に調べた中央と地方の比較内容を思い浮かべて、ケンは答えた。
「中央を受験します。この世界を見て回りたいんです」
年少の子供の憧れといえば中央所属の冒険者である。地方ギルドにはいわばアウトローな印象が付きまとい、主に思春期を迎えた子供が転向して憧れる。
十歳というケンの年齢もあるが、異世界転生者としての好奇心もある。
「中央は旅券いらずだものな。たしか一次試験は月初めだから明後日か。すぐだな」
一応、無為徒食で宿代を浪費せぬよう日程を調整したつもりである。
「ちょっと待て? 願書は七日前までのはずだぞ」
「本当ですか」
「ああ、今年からな。去年までは前日でもよかったが、規則が変わったんだ」
新しい副支部長がやり手なうえ、事務方に優しいらしい。
「そういうことなら試験は来月になりますね」
うっかりである。途方に暮れたいがそんなお金の余裕はない。
「木賃宿の相場はいくらでしょうか。それから討伐系でなくてもかまわないので、地方ギルドには子供でも受けられる依頼はありますかね」
気持ちを切り替えて試験までの一ヶ月を下積み期間とみなして考える。地方ギルドで経験を積み、レベルを上げてから受験する。そのような中央冒険者志望も珍しくないと聞く。
「……それは駄目だ。やめとけ。あとで紹介状を書いてやる。明日それと一緒に申し込めば、明後日の試験は受けられるはずだ。それから寝床も下手に節約しようと考えるな。あえて誇張して言うが地冒向けの安宿なんてのは雑魚寝かロープか発展場だ。子供がのこのこ泊まったら装備も加護も盗まれる。まともな宿を紹介するからそこにしろ。中央と提携しているところだから、そのまま試験期間中もそこで暮らすことになる」
至れり尽くせりであった。
「わざわざありがとうございます。アナーケさん」
「なに、運賃のうちだ。宿に荷物を置いてからになるが、紹介状のついでにうちで飯を食ってくといい」
アナーケの厚意に甘えることにした。
アナーケの家では具だくさんのすいとんをごちそうになった。アナーケの故郷ではごちそう扱いの彼の好物で、泊まりがけの行商の後にはいつも奥さんが食べさせてくれるという。ベンセレムでは醤油などの調味料が一般的なので行商の主人は貧乏くさいと恥ずかしがっていたが、若妻が食べさせ飽きた父親より夫の好みを優先させるのはよくあることであろう。姉のリンも義兄好みの淡い味付けに変えていた。
アナーケの奥さんの実年齢は十八才以上であるが、姉のリンより若そうで、いっそケンの少し上くらいともいえる見た目であった。所帯窶れもしていない。衛兵の女性の言った絶壁という二つ名が頭をよぎる。出くわしたサキュバスを胸と尻が無駄にでかい奇形とアナーケが評したのは果たして一般論であったのか、どうも頼りなく思われた。また同時に「すごい。性癖を全うしたんだ」という畏敬の念もわき上がった。奥さんの母親も同じくらいに背が小さく、若々しく見える女性なので、おそらく血筋であろう。アナーケは行商の主人に対してやらかしの入り婿らしく下手に出るが、行商の主人もアナーケに対して居丈高になりすぎぬようどこか気を遣っている。
奥さんによればアナーケとは世界暦の生年月日が一緒らしい。異なる時の流れに生きた二人は、同じ日に生まれていた。地方冒険者に絡まれているのを助けてもらったという馴れ初めもあって、いかにも運命的に思われた。それからは手作りのお菓子でお礼をしたりお弁当を差し入れしたり買い物に付き合ってもらったりして、中央ギルドの職員にも顔を覚えられたという。結ばれるまでの詳しい過程は気になるが、子供たちが遊んでとせがむので奥さんとの話は中断した。アナーケが紹介状を用意する間にした冒険者ゲームという双六遊びは、一位が奥さんで、二位が奥さんの母親という大人げない結果に終わり、子供たちが拗ねていた。幼い子供たちに得意顔を向ける姉妹のような祖母と母と同じく、ケンも本気で挑んだが最下位であった。運のからむ遊びは前世の頃からなぜか苦手であり、それは転生しても変わらなかった。
子供たちにさよならをして宿屋までアナーケに送ってもらう。街の夜道には村と違って魔石灯の明かりがある。酔っ払いや物乞いや、夜遊びの冒険者らしき人々とすれ違う。橋の真ん中で聖典のようなものを手に大声で朗読する僧衣姿の人がいるが、役者でないとするなら異端の宗派の人であろう。神父さんに教わった内容に引っかかる。この国は宗教にも異端にも寛容なので大っぴらに「イタダキマス」でもしなければしょっ引かれることはない。
武器一式は宿屋に預けてある。ケンもアナーケも、目に見える武装はしていない。仕事帰りでもないかぎり夜の盛り場で武器をちゃらつかせるのは、絡んでやるし絡まれてやるという符丁になるらしい。ツンツン、モヒカン、ハンバーグといった気合いの入った髪型の若者たちは、抜き身の剣を剣帯にそのままか、金属の輪っかにただ通しただけという格好で携帯している。何かの拍子で怪我をしそうに思われたが、視線をやらずに観察すれば、刃をわずかに潰してあった。喧嘩の作法というやつだろう。
「地冒だな。中央は鞘無しだと罰金になる」
「なんだあ、てめえ」
アナーケの解説が聞こえたのか、若者たちが揃ってこちらを睨め付けた。中央所属も地方所属もお互いに、本当の意味での冒険者は、自分たちこそがそうであると自負している。なので中冒地冒という略称が気になって蔑称と思ってしまう者もいる。
「待て、こいつ知ってる。中冒だ。元二級のアナーケ。絶壁のアナーケだ」
「絶壁? ガチのやつか」
「ああ、ガチすぎて引退した、あの絶壁だ」
「やべーな」
若者たちが恐れをなして道を譲る。アナーケの涼しい顔にケンは釈然としないものを感じた。
宿屋に着き、お礼を言ってアナーケと別れると、受付で荷物と鍵を受け取って部屋に向かう。宿屋は大きく、食堂などサービスを提供する施設のそばに、三階建てのアパートをそのまま増築したような建物であった。食事は朝夕食堂でとり、昼食は事前に伝えておけば弁当を用意してもらえる。酒は出ない。お一人様専用かつ連れ込み禁止とも注意書きされているが、若い女中や女性客もいるので風紀については何ともいえない。
それなりに運動できる広さの庭もあった。夜なのに木剣を素振りする十代後半くらいの少女がいた。熱心に汗をかいているが、掛け声や息遣いでうるさくして迷惑をかけぬよう気を遣っているのか、怖々とした剣筋であった。目が合ってしまったので声をかける。
「こんばんは」
「え? あ、お晩です」
「中央を受けるんですか」
「どうして。ああはい。ええ」
「僕もなんです」
「いや、あなた子供でしょう? 記念受験だとしても無理があるわ」
「そうなんですか」
「筆記だけじゃないのよ。ゴブリンくらいはやっつけられなくてはね」
「一応、倒したことはあります」
「そのときにレベルアップはしたかしら」
「いえ」
「なら難しいわね。子供のままの体力では戦うことすらままならないもの」
少女が指を二本立てた。
「二時間よ。実技試験では二時間走り続けてから、その後に戦わなければいけないの」
「そんなに長時間走り続けたことはありませんね」
朝から晩までの形稽古はともかく、マラソン訓練はしていない。
「兵隊と一緒で冒険者の仕事は走ることよ。走ることは武器の使い方よりずっと大事。大前提といってもいいわ。ほら、見なさい」
ズボンの裾をめくって見せる。
「私は靴下を二重にしてる。野暮ったいけど、これが冒険者だもの」
「なるほど。ためになります」
「まあ、あなたくらいの年齢なら、不合格での二年待ちも問題ないでしょう。今回は怪我をせず無事に済ませることに集中すべきね」
「ご忠告感謝します」
「どういたしまして。冒険者は助け合いだもの。今は同じ試験を受ける者同士、ライバルだから助言くらいしかできないけれどね」
ケンが別れを告げると少女は素振りを再開した。遠慮の気持ちが和らいだのか剣筋は思い切りが良くなり、わずかながら掛け声も聞こえてくる。名前は聞かなかった。
廊下で部屋番号を探していると話しかけられた。
「そこな君、幼いようだが受験者か? 受験者の部屋は一階だったろ」
気配を見るに現役の冒険者と思われる青年である。神経質そうな眼鏡をかけていて、手洗い帰りなのか塩素臭に似た清浄魔法の名残が微かに感じられた。能力配分は魔力が多めなので魔法使いかもしれない。ケンは部屋鍵を見せた。
「三階の鍵をもらいましたが、手違いでしょうか」
青年が開いた中指と親指で眼鏡を整える仕草をした。顔を覆いながら指の隙間から観察の目を走らせたのがわかった。
「なるほど、誰かの推薦かな? ああ、名前は言わなくていいさ」
「紹介状はありますがそれが推薦になるのなら」
「三階に部屋を用意したということは相応の新人だということさ」
名刺を差し出されたので片手で受取る。名刺交換の場面で恭しい所作をするのは魔族に強いられた偶像崇拝を連想させるので、ぞんざいなやり取りこそがマナーとされる。奴隷制のある国では名刺に土下座させるという躾もある。家畜に鰯の頭の絵を崇めさせたという魔族文化の名残である。
「リジン・デバンナス、我流の自称ではあるけど魔法使いさ。ここに住んでるのはしばらく現金を貯めたくてね。奇遇だけど隣の部屋だよ」
名刺には三級冒険者という肩書きと、中央の冒険者番号が書いてある。
「ケン・シースレスです。ご迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「今は無難な依頼を選んでるんだ。君のレベル上げが早いなら、仮免期間中でも一緒に仕事ができるかもしれないね」
「そうなれるよう頑張ります」
「無理はよくないよ。カンスト教の経験値チャートというのも手に入るけど、あれはあえてレベルダウンした二週目の命知らずのやり方さ。ともかく、焦らないことだね。受験者でここの三階に泊まれるっていうお墨付きなんだ。怠けなければ三次試験、本試験までは問題はないさ」
「やはり難しいんでしょうか」
「本試験はダンジョン都市での見世物だからさ。運もからむ。胴元は中央だけど賭け事ならば、地冒連中が八百長の受験者を送り込むしね。けどそれをはねのけてこそ、中央ギルドの冒険者さ」
そうした困難を乗り越えて今があるという自負がリジンから感じられた。元二級のアナーケは様々な意味で評価されていたが、一般的には三級も一角の冒険者として扱われる。そもそも中央に所属できているというその時点で、地方を含めた冒険者全体から見れば上澄みといえるのである。そうでもなければ世界規模の移動の自由という特権は与えられない。
「嫌みったらしく聞こえるだろうけど忠告だよ。下の階に泊まる受験者とはあまり仲良くしないほうがいい。かかわるとしても二階住みだね。今は関係ないけど、仮免をもらって二次試験期間が始まれば仕分けされる。半月もすれば一階の住人はどんどん出て行くし、ギルドの配慮で二階三階に移る受験者もいる。パーティを組めと集団で迫る奴らも出るだろう。いってしまえば実力主義だからね。中央を目指したくせに地冒めいてくるのは仕方がないことだとも思う。まあその、はじめから住む世界が違うと、そう考えておくほうが気が楽さ」
配慮もあるが割り切っている。リジンやアナーケはケンなら問題ないだろうという口振りで内輪の事情を話しているが、不合格者が多数出る狭き門と思えば安穏とはしていられない。
「ところで、冒険者は足回りが大切だと聞きましたが、靴下は二重履きしますか」
「予備は持ち歩くけど、そういう工夫は足下の感覚がずれるからやらないね。冒険者の仕事は兵隊の調練じゃないんだから、足や体力を消耗するような移動は普通はしない。体力作りとかならともかくね。そして実戦はノルマ付きの訓練じゃない。移動で疲弊して戦いに挑むのは、そもそもの実力が足りないということさ。靴擦れなんかもレベルが上がればまずならないよ」
「なるほど、ためになります。リジンさん」
ケンはお礼を言った。
設定語りが……設定語りが多い!!