内政? ハーレム? 立身出世? そんなことよりレベル上げだ!(仮) 作:トシアキウス
翌朝、朝食の前に庭に出ると混んでいた。中央試験の受験者であろう十代の少年少女が早朝鍛錬に励んでいる。各々自由に素振りをしたり、組になって打ち合いをしたり、追い込みをかけるのか汗だくで真剣を振り回して迷惑がられているのもいた。乱取りに熱中したのか鼻血や土で手ぬぐいを汚した二人組などは、受験前日であるから取っ組み合いにならぬよう堪えざるを得ず、泣き笑いで口喧嘩していた。
地方で下積みしていそうな受験者はいない。リジンの話によれば、地冒経験者はたいてい、ろくにレベルアップしないうちに先輩の悪所通いか硬派的な行為に付き合わされて女神の加護を失うので、なんとなくわかるという。加護を失うと魔法適性のみならずレベルアップ時の恩恵も減少する。思い返せばアナーケに退けられた若者たちも、存在感はあるにはあるが、どことなく厚みというものに欠けていた。ちなみにこれは男性の場合である。女性はそのまま転職することが多いので元地方の中央受験者はめったにいない。
地元民は家から通う。元地方所属者は今までの拠点がある。この宿に泊まる受験者はケンと同じく、よそから来た冒険者志望であろう。お互い探り合いをしながらも、旅先での気安さがわずかに顔を出している。
魔法を使える少年が同輩に実力を示すため、頭上に炎の魔法を放つ。現役の冒険者らしき男性がやって来て、少年を叱りながら物陰へ連れ去った。公共の場所での攻撃魔法は御法度である。しばらくしてうつむいて出てきた少年に、他のみなはけちをつけるでも馬鹿にするでもなく、慰めの言葉をかけていた。受験者たちには今はまだ、思いやりを示す余裕があった。
ざっと見たところ受験者たちのレベルは地元で上げてきたのか、ほとんどがケンと同等かそれ以上である。常人より強化されているが元々の腕力や体重が大人とさほど変わらないので子供のケンほどに劇的な実感はなく、本来の体格から一段階鍛え直したくらいであろう。厳密に計算するならケンの強化の度合いは個人差なのか少し大きいかもわからない。
レベルアップ経験のない受験者は男女一人ずついた。長い銀髪の少年のほうは剣術の嗜みがあるのか、レベルで格上の相手を次々と負かしている。黒い前髪で目を隠した少女のほうは、棒術の棒を他の人の邪魔にならぬよう気を遣いながら、ただもう振り回すだけというふうに振っている。見るからにおどおどしていたが胸が大きいので少年たちは親身に接した。そんな男子から守ろうと動く女子もいる。昨夜にケンと会話した二重靴下の少女であった。少年たちを追い払った彼女は目隠れ少女にあれこれ口出ししている。目隠れ少女はこくこくと頷くと助言どおりに棒を振って見せてから、か細い声で靴下少女にお礼を言った。
「おはよう。慣例の早朝鍛錬は見学に……せざるを得ないね、この感じなら」
庭の隅っこで受験者たちを見ていると、リジンに声をかけられた。
「年長の方ばかりで気後れします」
「そういうことにしておくよ」
「あら、あなた昨日の子よね」
靴下少女がこちらに気付いて駆け寄ってきた。
「明日にそなえてみんなで合同訓練をこれからするのだけれど、よかったら一緒にどう? そういえば、名前聞いてなかったわね」
「待て。悪いが彼とは朝食の約束がある」
「あ、ごめんなさい。気付きませんでした。冒険者の方ですよね。中央の。あの、その子とはいったいどういったご関係で?」
「ちょっとした友人さ。仕事関係のね」
リジンに連れられて食堂に向かう。
「すまないね。多少強引に思われたろうし、お節介だったかな」
「いえ、ありがとうございます」
靴下少女と名乗り合えないのはご縁がなかったものと割り切った。
「それで、君の目から見てどうかな。他の受験者たちは」
ケンは少し言葉を考えてから言った。
「レベル無しの二人が気になりました。長い銀髪の男の人は剣を使うようですし、長い前髪の女の人は、その、目立つ感じです」
「現状ではたしかにその二人だけだろうね。あのなかで中央で通用するのはさ」
他の受験者への態度のように、はっきりとした物言いであった。
「銀髪少年の技量は頭一つ抜けてるね。努力と才能の比率はわからないけど総合的に見れば一定水準はある。レベル上げもある程度までは順調に進むと思う。とはいえあくまで一定水準だから、本試験突破にはもう何段階か壁を越える必要があるかな」
太刀筋と足運びの整わせ方から察するに、幼い頃から剣を振り続けて来たのであろう。
「でもあの目隠れおっぱ……目隠れ少女に比べれば見劣りするね。いや、えっちい意味じゃないよ?」
「あ、はい。大丈夫です」
「あの少女はレベルアップで化けるタイプだよ。今は素人同然だけど武器選びのセンスがあるから、技量もすぐに上がるだろうね。何より目がいい。反応速度もだ。力や魔力と違って神経関係はレベルアップでもめったに強化されないんだ。単純な速度は上げられてもすばしこさには限界があるのさ。システム風にいうなら、素早さは固定値というやつだね。始めから高いというのはそれでもう才能だよ」
指先大の赤い魔石が横顔に飛んできたので摘んで防ぐ。
「っと、君のようにさ」
不意打ちで指弾されたそれはルビーに似た赤い魔石で、微細な魔導回路が内部に刻んであった。
「試して悪かったね。それはお詫びと、先行投資を兼ねて進呈するよ。一定以上の魔力を込めれば五秒後に爆発する。威力はそれほどでもないけど、いざというときや大型の魔物の体内にねじ込むといい。所持許可申請もこっちで出しておくからさ」
おっかない小石である。魔力遮断のされてある神父さん特製のお守り入れに仕舞った。
朝食の後に向かった中央冒険者ギルドクルエル支部は、前世の物語にあったような酒場に併設した形式のものではなかった。建物はコンクリート建築で体育館やグラウンドなどもあり、その敷地のぐるりを高さ二メートルほどの塀で囲ってある。前世ふうに例えるなら公民館付きの役場や学校である。市街地にもかかわらず土地を広く使っていて、いざというときには避難所として機能するらしい。
ちなみにクルエル市にある中央ギルドの施設はここ一つきりであるが、地方ギルドのほうは酒場形式で大小何十軒もあり、それらを統轄する本部施設が市街地の中心から見て中央ギルドとは逆側に建っている。機能や裁量が各支部に分散されているので敷地面積では負けているものの、建物の高さでは勝っている。中央が殺風景な三階建てなのに対し、クルエル市地方ギルド本部は五階建てで天守閣も増築してあり、玄関ホールには歴代SSSランク冒険者の大理石像が沢山並んでいる。Bランク以上の冒険者か職員以外は門前払いされるので施設自体も清潔に保たれている。
話に聞く地方の豪邸本部とは違い、中央ギルドの守衛のお爺さんはケンのような子供でもつまみ出したり見物料を要求したりはしなかった。始めは見学の子供と勘違いされたが、事情を説明すれば受付まで案内してくれて、受付の人に紹介状の偽造を疑われたときにもケンの弁護をしてくれた。アナーケほどではないがリジンより上くらいの存在感があったので元冒険者かもしれない。
別室に案内されてちょっとした面接を受けるなどしたが申し込み自体は無事に終わり、明日の試験を受けられるようになった。
ギルドには沢山の冒険者がいるから、受付に居座ったり施設を見学するなどして彼らを観察すれば、良い見取り稽古になるだろう。しかし明日の試験の準備がある。ケンは手続きを済ますとすぐにギルドを出た。
次に向かうのは武器屋である。
現在このクルエル市において冒険者向けの小売業のほとんどは元冒険者か現役の地方冒険者が経営している。地方冒険者のパーティが共同経営したり、冒険者でなくてもAランク冒険者が身内であったり、大手クランの直営店なんかもある。そうしていずれの店も困ったお客様をあしらう手段を備えている。そのためか商人ギルドや鍛冶ギルドの影響力が及びにくく、冒険者村と揶揄されるある種の閉鎖社会を形作っている。
昔ながらの工房直営店や純粋な武器商人は地方冒険者系店舗の営業努力で大半が廃業し、今のクルエル市にはほとんど残っていない。こうなったのには十数年前にとある人物がSSランク冒険者となり、市内の力関係が地方ギルドに傾いたことも影響している。
アナーケによればこの町で駆け出しが身の丈に合った買い物をするのは難しいという。殊に武器屋は古物商を兼ねたところが多いので目利きや信用が試される。一見さんお断りや馴染みの強制なんかは優しいほうで、客引きに捕まった若者が継ぎ接ぎの全身甲冑で店を出て、時間を置くとしょんぼりしたというのもざらにある。
アナーケに紹介された武器屋は中央ギルド近くの大通りを少し入ったところにあった。二代目の店主は副業の呪物取引を専業にしたいらしくあまり商売熱心ではないが、無難な価格で無難な品質の商品を売るので新人に評判がよく、それなりに繁盛している。ケンが入店したときにも仲の良さげな若い男女の先客が、均一価格の安売りナイフを選んでいた。
「すみません。可能なら今日中にこの剣に合う剣帯と、整備用品も欲しいのですが」
鞘に収まったショートソードを荷物から出して店主に声をかける。
「そのタイプの鞘ならたいていの規格は大丈夫だろう。サイズ調整に少し時間を食うが。しかしその剣は、ふむ。少々拝見しても?」
「どうぞ」
革のマスクをつけ、片眼ルーペのようなものを装着し、手に乗せた袱紗に似た布で刀身を支える。たかが冒険者の仕事道具を見るにしては大がかりな鑑賞作法であった。
「貰い物か?」
鑑賞を終えて剣を返すと店主が言った。
「そんなところですが、どうかしましたか」
「この剣は魔物以外も斬っている」
店主が指を三本立てたのは、安売りコーナーでいちゃつき始めた先客に物騒な話を聞かせぬためであろう。
「それについては、ええ、知っています」
むしろ当事者で、三つ中二つはケンの手によるものである。
「ならいいが」
「すごいですね。そういうこと、わかるんですか」
「この剣みたいなのは素直だからな。呪物商のはしくれなら誰しも、と言いたいところだが、細かく知るには、ほれ」
片眼ルーペを手渡される。
「魔眼鏡だ。起動魔力の込め方はわかるか?」
魔力操作の基本は村を出る前に神父さんから教わっていた。手に持ったそれを通してショートソードを見ると、靄のようなものがわき出ていて、刃文とは別な淡い模様を刀身に描いている。色取り取りで変化もあり、見続けていると引きつけられる感じがする。
「どうだきれいだろう。そこから由来を推測するのも、呪物鑑賞の楽しみなんだ」
「きれいですが実用品としては大丈夫でしょうか」
「ちょっとばかり気配が違うだけで、剣そのものの性能は問題ないぞ。帯びた魔力にしたって呪いとも付与ともいえん程度のものだ。ほんの気持ち、対人で切れ味が増すかもしれんがな。あえて名付けるならショートソード+1ってところか。無銘だろうが剣としての格も新人が使うにしちゃなかなかだな」
聞けば武器や防具にも、人間のレベルアップに似た現象が起きるらしい。魔物や人間を殺し続けた武器は攻撃力が増し、大事に使い続けた防具は守備力が増す。
「とはいえ普通はそうなる前に武具本体がお釈迦になるから」
そう言って見せられたゴブリン殺しという銘の大鎌は、ゴブリン狩りで使い潰した武器の鉄くずから作り上げたという。出来たゴブリン殺しをまたゴブリン狩りで使い潰し、その鉄くずから更に新たなゴブリン殺しを作る。あらかじめ複数作っておいて、最終的に一つの武器に統合する。そういった重ねの工程を何度も繰り返すことにより、実用的な呪物としての武器が完成する。完成品のゴブリン殺しの攻撃力はゴブリン限定だが凄まじく、ゴブリンが豆腐のように切れる切れ味と、ゴブリンを即死させる呪詛を傷口から流し込む追加効果がある。武器としてばかりでなく美術品としても心を打つ。魔眼鏡越しに鑑賞すると、ゴブリンをぶち殺したいという気持ちがわいてくる。
呪物のことで饒舌になった店主の蘊蓄を聞いていると、思い付くことがあった。
「これなんかはどうでしょうか」
ケンが取り出したのは二本の食器用ナイフである。三男用に使用済みのを実家で普段使いするわけにもいかず、始末に困って持ってきた。
「ふむ、珍品だな。実用の食器というより再殺用の飾りだろう。元は引き出物あたりか?」
普段の食事は箸でして、このナイフは食前儀礼のためにとりあえず食卓に置かれていた。食事そのものには使用されず、磨くのも大掃除のときくらいの安物なのでくすんでいる。
「使用箇所は?」
先客は少し前に店を去っていた。子供と話し込む店主に辟易したというより男女の雰囲気になったのであろう。ケンは答えた。
「目と首です。首のほうがとどめです」
「二本の間にパスが繋がっているな。面白い。使った相手、由来は尋ねて大丈夫か?」
「父の仇です」
「なるほど、たしかに仇討ち物の風格がある。しかしいいな、これ。計画的だったり格下相手だったりだと、この自然な感じは出せん。有り合わせで咄嗟の死にものぐるいだからこその、ほっとする味わいだ。ほれこのあたり、死者の呪詛を仇討ちの聖気が打ち消しているだろう? 物の作りは粗いが呪物としての形式はいかにも正統派だ。双子というのも珍しい。良い仕事をしたな、少年」
人殺しを咎められないどころか、そのやり方を褒められたのは初めてであった。冒険者村の住人の感性とはこういうものなのかもしれない。
「買い取りはしてもらえますか」
「いいのか? いいものだぞ、これ」
「門外漢が持っていても仕方ありません」
実用としてはお話にならないが、観賞用としてはなかなかのものだという。店主は結構な額を提示して、オークションにかければ倍以上の値が付くとも付け加えた。ケンの名前と詳しい由来を公表する許可をもらえれば、色をつけるとも提案された。物語付きの武器は好事家に喜ばれるそうである。
新品の剣帯と小物を買い、三角錐剣先の六角棒手裏剣を特注しても、食器を個人情報付きで売却したお金はまだ余っていた。
「毎度あり、ケン坊。また面白い殺し方をしたらその武器を見せてくれ。期待してるぞ」
思わぬ臨時収入でそれなりの装備を揃えて懐も暖まった。けれども店主の好事家としての態度を見ると、姉がケンを人でなし呼ばわりした気持ちがわかるような気がしてくる。あのナイフは父を殺した三男を討ち取った武器で、いわば思い出の品である。目先の金銭のため売り払うのは軽率であったかもしれない。
買い物はひとまず終えたが、このまま中央ギルドへ見学に戻るのも少しきまり悪いので、ケンは街を散策することにした。宿に装備を置いて平服に着替えると、見た目では町の子供と同じになる。貧民窟や地方ギルドにでも近寄らないかぎり面倒事に巻き込まれることもないだろう。
蕎麦屋で奮発して玉子閉じ蕎麦を昼食に食べた後、公園を見かけたので入ってみた。草木や噴水にベンチといった休憩や逢い引きの場所ではなく、むきだしの地面の上に無数の遊具が配置された純然たる子供の遊び場であった。
ジャングルジムにすべり台、砂場にブランコといった定番の他に、空中シーソーや箱ブランコ、遊動円木や回旋塔なども置いてある。回旋塔なんかはこの世界でも人気なのか、あるいは年長組が独占しないよう配慮したのか、小中大と三つも設置されていた。前世では結局触れる機会のなかった憧れの遊具である。それら以外にも一見どう遊ぶかわからない拷問器具に似た形状の遊具も色々あり、遊具ばかりで所狭しといったふうで、肝心の広場部分が申し訳程度の面積になっている。外周にめぐらしたモチノキも木登り用にちょうど良い。景観や安全性をまるで考慮せず、子供の理想を雑に詰め込んだような公園であった。
ケンの肉体は十歳の子供であるが、転生者なのでその精神は無論大人である。テーマパークに来たみたいにわくわくするのは、異世界らしからぬ光景を前にしたからに違いない。前世の遊具というものは個人の日曜大工などでないなら主に工業製品であったりスクラップの再利用であったりした。見たところこの公園の遊具はいずれも木製ではなく金属製で、おそらく鉄パイプであろう。魔導工学か純粋科学かはわからないが、異世界の製管技術を知るのにうってつけの資料といえる。ものを知るには実際に触れてみるのが一番である。
看板に市立公園と書いてあるので私有地でないにもかかわらず、どうしてか公園にひとけはなく、ケンひとりきりであった。もはや貸し切り状態である。
ケンは思案した。手始めに定番を一巡りするのは準備運動を兼ねているので確定している。前世でいうところの危険遊具を試す順番が問題である。本命の回旋塔を先にするか後にするかが悩ましい。本来複数人で遊ぶものなので、一人で使ったら物足りなくてがっかりするかもしれない。
ひとまずはとピラミッド型ジャングルジムに飛び乗った。手でよじ登るのではなく足だけで駆け上り、中心にあるポールの天辺に直立して、腕組みなんかをやってみる。前世の漫画で一番好きなキャラクターの真似である。肌を緑色に塗り、白いマントとターバンをつけたくなってくる。
歓声が聞こえた。咄嗟に危険行為と咎められぬよう飛び降りて登り直す。しがみついた格好で振り向くと、大勢の子供たちがはしゃぎ声を上げながら公園に入ってきた。年齢は五歳くらいから十二歳くらいまでで、三十人以上いる全員が名札付きのおそろいの服を着ていた。引率らしきエプロン姿の大人も四人いる。いずれも腰にトンファーをぶら下げた筋骨隆々たる男性で、エプロンのアップリケはそれぞれネコさんにイヌさんにウサギさんにチュパカブラさんと、四人とも違っていてわかりやすい。
先頭を駆ける子供と目が合った。
「だれだおめー? ここはうちの縄張りだぞ。ネコせんせー! よそ者がいまーす!」
子供に呼ばれてネコさんアップリケの男性が近付いてくる。禿頭に入れた鷲の入れ墨が目立っていて、レベルの感じはリジンと同等くらいであった。衛兵のスキルから模倣したやり方で視線を動かさずに観察すると、四人ともリジン並みかそれ以上である。威圧的な気配と髪型を見るに、偏見ではあるが地方ギルドの冒険者と思われる。ケンは脱力の仕方をレベルアップ以前のものに変えた。
「おう坊ちゃん、この時間にここにいるってんだから、ここいらのガキンチョじゃねえな。今からうちが使うからよ、さっさと退去してくれや」
「まあまてやネコ先生よ。あんまり脅かしてやるな」
「だがなウサギ先生」
禿頭のネコ先生をたしなめたウサギ先生は、リベット接合装甲のように顔中ピアスだらけであった。
「すまんな。ネコ先生はうちの子供たちがいじめられやしないかと心配してんだ」
「この町のガキンチョはクソ揃いだろうが。どいつこいつも親無しと馬鹿にしやがる」
「おうおうどうした? 学園生のカチコミか?」
額から頬にかけて斜め傷のあるイヌ先生までやってきた。
「いいや。珍しくよその子供がいたんでネコ先生がな」
「んだよ。うちの子供らに先生をしてやれる、いい機会だと思ったんだが」
「おいイヌ先生、こっち流のやり方は娑婆じゃ先生的とはいえんぜ。学園のボンボンどもは官憲にチクるからな」
「ネコ先生の言う通りだ。どうせ向こうは何も出来んにしても、ヘロス様のお手を煩わせるわけにはいかんだろ?」
「あらあらあらあなた達、肝心のこの子をうっちゃっておしゃべりするのは関心しないわ。ほら、厳ついおじさんたちに囲まれて、途方にくれてるじゃない」
雑談に入りかけた三人に口を挟んだのは、青薔薇の眼帯とチュパカブラのアップリケをつけた男性である。身長も肩幅もレベルも一番大きいその男性は、内股でしゃがんで目線の高さをケンに合わせた。
「ボク、お名前いえる?」
「ケン・シースレスです」
「この辺りの子じゃないみたいだけど、お引っ越しかしら? お家はどっちにあるの」
「あっち。越して来たのは昨日です」
宿の方角を指さして言った。
「そう。素直ね。これからうちの子供たちがここで遊ぶのだけれど、ねえ、あなたも一緒に遊ばないかしら?」
「おいおいチュパ先生、よそのガキンチョと一緒なんて、そりゃまずいだろ」
「大丈夫よネコ先生。ヘロス様は寛大だし、うちの子供たちにとっても良い機会よ。この子と遊ばせてよその子供との接し方を学ばせましょう。こんな世の中だもの、仲間を増やす経験は貴重だわ。ねえボク」
と、ケンの手を取って目を合わせた。
「うちの子供たちにはパパとママがいないの。そのあたりの配慮はできるかしら?」
「配慮だとかんなこと、こんなガキンチョに言ってもわからんだろ」
「いいえ、この子の目には理性があるわ。こういう子は年の割に賢いものよ。おっとごめんなさい、話が逸れちゃったわ。それで、どうかしら?」
「僕も父を亡くしているので、そういった気持ちはわかるかもしれません」
「辛いことを言わせてしまったわね。ごめんなさい。でも、やっぱりあなたは賢いのね。ちゃんと言葉に気を付けてるみたいだから、ママがいるのを自慢するなんてこともないでしょう。それじゃあ、遊びましょうか。みんなに紹介してあげるわ。先生たちもいいわね?」
「カチコミじゃないならどうだっていい」
「チュパ先生がそう判断したなら問題ないが、イヌ先生はともかくネコ先生はどうだ?」
「チュパ先生、あんたほどのおと……お姉さんがそういうなら、頷くしかねえじゃねえか」
「おい今なんて言いかけた」
少し揉めた後、禿頭の入れ墨に手形を赤く上書きされたネコ先生が年長の子供を数人見繕ってくる。猫撫で声に戻ったチュパ先生に促され、ケンはぺこりと頭を下げて自己紹介した。
「ケン・シースレスです。みなさんとお友達になりにきました」
いい年こいた転生者のとち狂った物言いであると思わなくもない。けれども地方ギルドの実力者で、おそらく大手クランの幹部級と思われるむくつけき男たちに囲まれている以上、ただの子供のふりをし続けるより他はない。ちょっとした散策のつもりが面倒事になりかねぬ局面に立ち至ってしまった。
子供たちはケンを歓迎した。ウェーイという盛り上げ声は地球も異世界も同じらしい。村で聞くことのなかったのは、都会の子供が世慣れているからか、先生役の神父さんが静謐を好むからか、あるいはケンが仲間はずれであっただけかもわからない。
「あれもそれも、みーんなヘロス様がきぞーしたんだぜ。だからここの公園はずっと友愛党の縄張りなんだぜ。新入りのオマエに使い方を教えてやんよ。どれがいい?」
「僕、あれやってみたい」
一個上くらいの少年に手を引かれ、ケンは回旋塔を指さした。