内政? ハーレム? 立身出世? そんなことよりレベル上げだ!(仮)   作:トシアキウス

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作者も忘れがちな人物メモその1
ネコ先生 鷲タトゥーのハゲ。仕切り屋。
ウサギ先生 顔面ピアスだらけ。一応頭脳派。
イヌ先生 傷づらのおっさん。かませ犬系。
チュパ先生 マッチョのオカマで青薔薇の眼帯つき。ママ。



友愛党

 遊んでいる最中に何度か泣き声を聞いた。喧嘩なんかは傷跡顔のイヌ先生が「オラッ、ごめんなさいしろ!」と喧嘩両成敗の拳骨で丸く収めるが、遊具や危険行為で怪我をする子供もいる。その際はチュパ先生の出番となる。魔法で傷を洗い、薬剤を沁み込ませたガーゼを当て、回復魔法を唱える。てきぱきとした手際で、擦り傷打撲や捻挫などは数分もすればすっかり治り、子供は遊びに復帰する。腕を骨折した子供には固定具を取り付け、大事を取って激しい動きをしない砂場などへ送り出す。子供たちも慣れた様子で、誰かが血をだらだらと流しても大騒ぎしない。どうせ回復魔法ですぐ治るのだからと、負傷を小休止のきっかけくらいにしか思っていない。

 異様な光景であった。日本では保護者の金切り声が飛び交うであろうし、この異世界の基準でも回復魔法のこのような濫用は普通ない。アナーケなんかはごく自然に使っていたが彼は二級冒険者である。またその効果もチュパ先生ほどではなく気休め程度にとどまっている。一般的には回復魔法の使い手は希少であり、日本でいうところの医師と同じような扱いをされている。加えて高度な回復魔法は脳内麻薬の操作や肉体改造、花嫁の初夜支度などに応用できるので、その能力の行使は国の法律や教会の規則などで制限されてもいる。

 例えば神父さんなどは回復魔法を惜しんで使う。ちょっとした怪我はごく普通の手当てで済ませ、大怪我して教会に運び込まれた村人を回復すると「なにもなかった。いいですね」と融通を利かせる。なんとなれば高度な魔法治療は高額な治療費を請求せざるを得ないのである。

 身内向けの脱法治療であるにしても、チュパ先生ほどの回復魔法の使い手なら表社会でも裏社会でも引く手数多であろうに、エプロンをかけて孤児の向こう見ずの尻ぬぐいをする。実力にも外見にも違和感がぬぐえない。性差を超越するほどにあからさまな母性はともかくとしてである。どうでも良いことであるがチュパ先生には地方冒険者や恋愛経験豊富そうな趣味の持ち主にしては珍しく、先生四人の中で唯一加護持ちの気配があった。すなわち、彼がネコ先生を折檻しながら繰り返した乙女心という決まり文句は正当であったということになる。

 

 遊び始めて二時間ほど経った。「冒険する人この指とーまれ」にとまったケンは、冒険者ごっこの配役ではチュパ先生役になった。お客様扱いによるそこそこの当たり役である。一番良いヘロス様役は今月が誕生月の年少の男の子に割り当てられた。

 冒険者ごっこは何人でも参加可能であるが、正義の味方側の役者は六人だけである。

 本当はSSSランクより強いけれどあえてSSランクでいるヘロス様役は、いわゆる絶対に強い主役であり、味方のピンチを助けたり最後の最後で敵のボスに止めを刺したりする。

 本当はSSランクであるけれど力を隠してSランクでいるインスエスお嬢さま役は女子が演じる紅一点で、ヘロス様ほどではないが見せ場も頻繁にある。

 本当はSランクでもAランクの肩書きのままでいるチュパ先生は、敵に負けて帰った先生たちを癒やしたり、胸がもがれて力が出ないインスエスお嬢さまを直したりする回復役である。

 本当はAであるがBであるネコ先生は味方の盾になって戦闘不能になる場面が多く、演技力が試されるので年長向けである。

 本当はAでBのウサギ先生は常識人であると同時に頭脳派でもあるので、敵の策略を前に、とりあえずヘロス様に指示を仰ぐという最適解をとることができる。

 本当はBランクで実際にBランクのイヌ先生は喧嘩っ早い噛ませ犬であり、味方側のやられ役である。

 以上の六役以外の参加者はみな悪役を演じることになる。邪悪な魔物に敵対クランの地方冒険者、城狐社鼠の国軍将校に中央冒険者と、実在の人物も実名そのままで演じられていたが、ケンは世事に疎いので一人くらいしかわからなかった。子供を攫おうと企む言葉巧みな中冒変質者、アナーケ・カンナムである。

 ヘロス様がジャングルジムでの激戦の末、伝説のアイロニスト、ロウェンタ・ブリトンとのアイロニング勝負に勝利した。ヘロス様の神業的なアイロンさばきで奇跡が起きたことにより、これまでの戦いで敗れて死亡した悪役たちとイヌ先生は全員生き返った。彼らはヘロス様の慈悲深さに感激し、恩を返すためにヘロス様のクランである友愛党の仲間にして欲しいと申し出た。新たな仲間とともに手と手を繋いで輪となって、円陣の中心に立つヘロス様役の年少の子を褒め称えての大団円である。

 ケンはチュパ先生役をどうにか無事にこなすことができた。男らしさを秘めた母性という難しいテーマであったが子供たちの評判は上々で、女の子とは気安くなり、一部の男の子にはオカマ野郎とからかわれた。

 

 冒険者ごっこが終わり、さあ次は何しようと肩を組まれたそのときである。ケンの身体がこわばった。少し遅れて、ピアス面のウサギ先生が懐中時計を片手にホイッスルを鳴らした。子供たちは遊びを中断して、石畳の広場へと駆けて行く。年長の子を捕まえていったい何が始まるんですと聞けば、

「ヘロス様だよ。来られるんだから行儀良くだぜ。ケンは後ろで俺らの真似をすりゃあいい」

 と、ヘロス様の本物がお出ましであるという。ネコ先生の号令で子供たちが整列する。

「並べ! 前へならえ! いややっぱちょっと小さく前ならえ!」

 最後尾のケンが石畳からはみ出したので言い直した。

「服に着いた土をはたいて落とせ。後ろや隣のやつは背中に汚れがあったら教えて手伝ってやるんだ。お互いにな。見苦しくないよう、ヘロス様に会うんだぞ」

「身体から力を抜いて、身を任せなさい。さ、きれいにするわよ」

 ネコ先生の言う通りに子供たちがある程度汚れを落とすと、チュパ先生が武器を構えて詠唱した。魔力光を纏ったトンファーが高速回転して光の円盤のようになる。

「清浄魔法――ユーリン」

 魔法名を叫びながら光円の縁でもって、手近な子供の顔面を殴りつけた。特殊環境の福祉施設にありそうな虐待まがいの躾ではない。殴られた子供の後ろ姿はわずかによろめくばかりで、痛みを堪えたような気配も感じない。

「ふっユーリン! はっユーリン! せいっユーリン!」

 子供たちはユーリンという言葉とともに、順々に殴られて行き、ケンの番が来た。

「洗うだけの魔法よ。怖くないわヌンッ」

 棒で叩かれるというよりも、粘性のある空気の塊が通り過ぎたというような殴られ心地であった。顔や髪の汚れが皮脂ごと光に持って行かれたから、清浄魔法の分類としては魔力光を水代わりにした界面活性系というやつで、石鹸魔法と俗に呼ばれる。美容に良いとは言いがたいが魔力効率が良く、安全性にも優れている。頭だけを狙うのは服の生地を傷めるのを避けるためであろう。

「次は手よ。出しなさい」

 首から上と同様に光で手を打たれて行った。 顔の皮膚が突っ張り、手のひらも乾燥している。いざというときの感覚がずれるのでケンは手の皮脂の分泌速度を速めた。

 魔法洗浄の後、先生方が見て回り、男子の襟や女子の髪型を整えるなどして身支度が完了する。

「身綺麗になったな、ヨシ! 気をつけーェッ、笑え!」

 ネコ先生が号令すると、子供たちが一斉ににっこりした。

「笑顔が一番大事なの。心の底から笑いなさい」

「そうだ笑え! 口角を、唇の端っこをしっかり釣り上げるんだ!」

「えくぼを恥ずかしがっちゃ駄目よ」

 まるで接客業のようなことを言う。

「ケン君は照れがあるのね」

 顔面を指で押されて、笑顔に矯正してもらう。

「離すわね。いいわ、そのまま、その感じよ。ちゃんとニコちゃんしているわ」

 公園に近付く気配で表情が硬くなってしまっていたが、どうにかごまかせそうである。

「お嬢さまのおかげで時間どおりかどうか。よーしそのまま、公園の入り口、ヘロス様のお姿にタイミングを合わせるんだ」

 ネコ先生が入り口側を向いて気を付けをすると三人の先生も同じようにした。

「合唱! ヘーロス様っ、こーんにーちはー!」

「ヘーロスさまっ、こーんにーちはー」

 子供が合わせて言いやすいようゆっくりとリズムをとっているものの、都市生活者と田舎者とでは言葉のなまりが少し違う。あやうく調子外れになりかけたケンは途中から発声を止めて口を動かすだけにした。

 

 そして来た。友愛党首領ヘロス・トラートが歩いて来た。

「本日も幸せを見せてくれてありがとう。俺様は子供たちの笑顔が好きだ。たとえそれが無理矢理であろうともな」

 それは小男であった。顎はたるみ、大玉の宝石や太めの金鎖などの装飾品をいくつも身につけ、十本の指には十本とも指輪がはまっていた。やや長めの髪はやや広めの額の上できれいに撫で付けられている。髭はなく、色白の肌には染み一つなかった。肌つやと装飾品だけを見るなら、成金商人の坊ちゃんが中年に成長して親の格好を踏襲したというような感じであろう。しかしそこに動物柄のオーバーオールという幼児的な服装と俺様という一人称が加われば、名状しがたい人物像となる。

 ヘロス・トラートは先頭の子供をぐりぐりとなで回して笑みの形に口を歪める。目つきはまったく変わらなかった。

「可愛いねぇ、いい笑顔である。しかしこれは奴隷の、奴隷の躾ではあるが、なあに、感情は肉体に隷属し、笑ってさえいれば現世は幸福であるともいえる。俺様が奴隷の暮らしで学んだことだ。先生たちの格好つけは許してやろう」

「あ、ありがとうございます、ヘロス様」

 他の三人の先生がありがとうございますを続けて言い終えると、ネコ先生は子供たちに号令する。

「よーしお前ら、甘えてヨシ!」

 歓声が上がった。子供たちは我先にとヘロスに群がった。俺俺僕僕私私と己の話を聞かせたがり、腰に抱き付く、おんぶしてもらおうと背中にしがみつく、手のひらに頭を押し付け撫でられようと背伸びする子供もいる。

「ええい、これでは甘えられるばかりではないか。インスエス!」

「はい。お父様」

 そう答えて出てきたのは、一見して十四歳くらいの少女であった。冒険者ごっこにも登場したお嬢さまのインスエス・トラートである。レースやフリルやリボンに彩られたドレス姿はいかにも目立つが、ケンにとってはともに現れたヘロスの気配が衝撃的に過ぎて印象が薄れていた。

 インスエスが一抱えもあるがま口鞄を、子供を押し退けてヘロスに渡す。

「お菓子だ。お菓子を持ってきてやった。しかもおまけ付きである。だったな? ウサギ」

「来月うちが友愛せんべいを設立する、その試作品です。お煎餅を三角形に畳んだ中に鉛製の人形やベーゴマを入れてあって、それと黒糖味です」

「チョコは? チョコはないのか?」

「チョコ味はコストがかかるので断念しました。無難な黒糖味でない水飴味というのも一応ありますが、味がちょっと冒険的というか、どうも歯茎に貼り付くような甘じょっぱさなのでおまけ目当てで遺棄されかねません。そのおまけにつきましてもプレイバリューとコレクション性のどちらを優先するか未だに」

「わかった、かまわん、一任するからいちいち言わんでよろしい。しかし鉛製というからには子供たちよ、おまけを食べたり口に入れるんじゃないぞ。俺様との約束だ。チュパも良いな?」

「鉛毒は古来よりお酒やお化粧とともにありましたので、その治療法は古い術式ですが心得ておりますわ」

「お菓子をとるのは年長から先で年少は後だ。日ごろは兄さん姉さんをしているのだろう? ずるくはあるが先に選ばせてねぎらってやれ」

「お前たちはさっさとお父様を離して並びなよ。お父様はボクのお父様なんだぞ」

「やきもちはめーよ、お嬢さま。今はこの子たちに譲ってあげなさい」

「ボクは道理を説いているだけさ」

 ヘロスが子供に語りかけ、インスエスが口を挟み、チュパ先生がたしなめる。そんな彼らを笑顔の子供たちが囲んでいる。部外者はぽつねんとするしかない内輪の団欒である。しかしケンが動けないのは気恥ずかしさによるコミュニケーション不全ではない。彼は彼の肉体が恐怖して震えるのを、ひたすら堪えていたのである。

 

 なんだあれはとケンは思った。あんなものが存在するのがこの世界なのかと、あんなものが存在して、なぜこの世界は世界としての形を保っていられるのかとケンは思った。ヘロス・トラートにはその体付きとは裏腹な、万象を圧し潰しかねぬ存在質量とでもいうようなそれがある。何レベルであるとかアナーケ何人分であるとか、そういった次元ではない。アナーケの秘めた気配を高層ビルに例えるなら、ヘロスは大地震といった自然災害そのものを人間の形状に押し固めたような存在であった。冒険者ごっこにおけるヘロス様の設定どおり、絶対に強いのである。

 こうも感じ取れてしまうのは、先だって武器屋で呪物の気配の感じ方を覚えたせいでもある。武具がレベルアップするという例えのように、人の身が呪詛を帯びるということもできる。いうなればヘロス・トラートの肉体は、万人の流血によって研ぎ澄まされた刃金であった。成金趣味に見える無数の装飾品は、死者の怨嗟を打ち消すための魔道具であるかもしれない。当人の強大さゆえに自家中毒にはなるまいが、垂れ流しにすれば周囲の者が衰弱しかねぬ呪詛であった。

 

 チュパ先生がこちらを見た。ケンが心細そうにしているのに気付いたのか、ちょいちょいと手招きした。実際ケンは心細かったが、どうせなら放っておいて欲しいというそれである。

「ヘロス様ヘロス様、今日はゲストが来ていますよ。サプライズですわ」

 サプライズではあるけれども、心停止しかけるのはゲスト側である。

「お引っ越しして来たよその子ではありますが、気後れしなくて、かしこいよい子なんです。ケン・シースレスくーん! こっちにいらっしゃい。ヘロス様がお菓子をわけてくれるわよ」

「なるほどケン・シースレスか。先生たちや俺様に気後れせんとは珍しい」

 覚えられてしまった名前を呼ばれ、返事も接近もできないくらいには気後れしている。蛇に見込まれた蛙とは身体反応によるものであるとケンは知った。思考は働いても身体は言うことを聞かない。脱兎の如く駆け出したいという肉体の衝動と動きを見せればその瞬間に丸呑みされるという肉体の反応がせめぎ合い、身動ぎひとつできなくなる。

「お父様に呼ばれていながら来ないじゃん。いい子だなんてチュパの見込み違いじゃないか」

「恥ずかしがってるのよ」

「なら気後れだよ。やっぱりチュパ流のお世辞で、相変わらず嘘つきだ」

「誓ったでしょう? お嬢さまに嘘はつかないわ。ほんと、どうしたのかしら」

「そう決まり悪がらせてやるな。チュパには好ましい子供なのだろう? 照れ屋さんならば俺様から歩み寄ってやろう」

 ヘロスはしがみついた子供たちを引きはがして身軽になると、ケンの方へと一歩一歩近付いて来て、数歩ほどの間合いで立ち止まった。

「ふむ」

 じっと見つめられる。なんとなしの視線ですら質量を伴って感じられた。ケンは意を決して自分から声をかけた。

「あの」

 間合いを詰められたのはケンの発声とほぼ同時である。一瞬のことであった。予備動作も見えなかった。気付けば眼前に色白の鎖骨があり、口元だけを笑みの形に歪めた男に見下ろされていた。

「撫でてやろう」

 吐息がかかる。脳が活性化して目の前の光景が遅くなる。指輪だらけの手がゆっくりと持ち上がり、ケンの頭上にかざされた。ケンに触れようとするそれは、ヘロス・トラートの肉体のうち、最も呪詛の濃密な部位であった。漏れ出る気配は指輪で辛うじて抑え込まれているものの、何千か何万か、並みの呪物とは比較にならぬようなおびただしい数の苦痛と怨嗟が押し固められていた。

 そんなもので撫でられてはたまらない。赤面するどころか頭がどうにかなりそうに思われた。こんな思いは無論、当人の日常生活が出来ている以上取り越し苦労に過ぎない。しかしこのときのケンは愚かであった。不意を打たれた狼狽もあったろう。本能的な警鐘に身を任せてしまった。ケンは咄嗟の反応で小手を取って崩しをかけた。

「ぬっ!」

 ヘロスの足下の石畳が音を立ててひび割れる。ケンは体を沈ませながら、引っかけるように相手の手に触れていた。石畳とヘロスにかかった衝撃は、崩されまいと強引に踏ん張ったヘロス自身の力によるものである。反動が膂力に比例する。受け手がヘロスであるからこそ、石畳を割るほどとなった。

「力の流れを操作したか、俺様の」

 まずい、と跳び退いたときにはもう遅い。ネコ、ウサギ、イヌ、チュパの四人の先生は据わった目で身構えていて、インスエスなどは既に両手にトンファーを装備して、今にも飛びかからんとしている。子供達は突然臨戦態勢となった大人たちにおろおろとするしかない。ケンの攻撃を受けたヘロス本人はというと、そんな中でただ一人、平静なままであった。手首を回して調子を確かめながら、世間話のように切り出した。

「俺様を崩しかけるとは子供らしからぬ技量である。しかし解せんな。中央の回し者にしては駆け出し程度のレベルと見た」

 ひどい誤解である。

「僕は田舎から出て来て中央受験をする、ただの冒険者志望です。そういった意味の後ろ暗いところなんて、ありません」

 人殺しではあるが、ギルド間の揉め事に首を突っ込むつもりなど全くない。

「あなた方とかかわることになったのも偶然です。おいたをしてしまったのは、その、あなたがただ恐ろしかった。それだけです。申し訳ありません」

「この俺様が恐いだと」

「あらためて謝罪します。技をかけてすみません」

 ぺこりと頭を下げる。今のケンは黒塗りの高級車に追突してしまったような状況にある。恐怖に駆られて先に手を出したのは失敗であったとつくづく思った。頭を下げたまま裁定を待つと、ヘロスの気配は読み切れないが、先生四人組の視線が困惑に変わったのが感じられた。ケンの思惑どおり、場の雰囲気がずれ始めた。

「……まあよい。子供というのはむずかるものだ。無理に撫でようとした俺様にも落ち度がある。頭を上げなさい」

 ヘロスの言葉に、どうにかこの場を切り抜けられそうだとケンは思った。しかし頭をあげかけた数瞬後にはそうではなくなった。ケンの脳天を狙ってトンファーの一撃が迫っていたのである。

「避けたのならァ、やはり密偵ということだ!」

 トンファーがケンの頭のあった位置を通り過ぎて地面を砕く。インスエス・トラートであった。

「お嬢さま!?」「おい!?」「お嬢!?」「ちょ!?」

 先生四人の反応からして独断であろう。怪しい気配を感じていたが、不意打ち気味の直接攻撃をしてくるとまでは思わなかった。

「そのレベルは! 偽装しているのだろう!」

 そんなはずはなく、身体能力の差は圧倒的である。両手のトンファーで繰り出される連続攻撃を、ケンは紙一重で躱し続けた。その一撃一撃には、かするだけで肉を抉りかねぬ威力がある。そんな攻撃をすれすれで掻い潜るのは、余裕があってのことではない。あまりの速度差に、最小限の動作でなくては回避行動が間に合わないのである。ケンが身じろぎする間に、インスエスは一撃放てるほどの差があった。その身体能力をレベル換算するならアナーケに匹敵する。

「ダメよお嬢さま! 子供の、一般人なのよ! 人殺しになるつもり!」

「ならなぜどうして当たらない! ふざけてェ!」

 相手の喋った隙を突き、こちらも声を出してみる。

「お嬢さまなら、大人の言うことを、聞いてくださいよ」

「オスガキがァ!」

 説得と挑発とで半々であったが、後者が当てはまったらしい。攻撃の威力が増したが粗くなる。以前に一度、アナーケに懇願して彼の本気の動きを見せてもらい、その攻撃速度に目を慣らしていたのは僥倖であった。おかげで今現在、ぎりぎりではあるが立ち回れている。インスエスはレベルだけでいうならアナーケと同等であっても彼ほどの技量はない。それに加えて若さからか、こちらを叩き潰さんとむきになっているので先読みもやりやすい。力まずにただ当てることだけに徹されれば、こうも躱し続けてはいられなかったろう。レベルを誤解されていることが有利に働いていた。とはいえそれも、インスエスが冷静になってしまえば無意味である。状況を動かす必要があった。

 相手の大振りに合わせて全力で踏み込んだ。攻撃ではない。前方への回避行動である。懐に這入り込むようにすれ違い、両腕は相手ではなく地面に向かい、獣のように四肢で加速すると、そのまま疾走した。

「逃げるか!」

 脚力差ゆえに徒競走をすれば即刻追い抜かれる。逃亡先は公園の出口ではなく、ジャングルジムであった。一足で追いつかれるが、意表をついたことと方向転換とで移動時間は稼げた。背骨をへし折ろうとトンファーを振りかぶったときにはジャングルジムの目の前である。ケンは減速せずに飛び込んで、向こう側に降り立った。

「魔力なしの透過能力? 権能(チート)持ちか!」

 すりぬけたように見えたろうが、鉄パイプの隙間を、勢いのまま身をひねりながら通り抜けただけである。身軽で小柄な子供の肉体であるからこそ可能な曲芸であった。

 

 呼吸を整えながら、ジャングルジムを盾にして向かい合う。見渡せば先生四人と子供たちはみな、呆気にとられた顔をしている。ヘロスはというとどうしてか、にやにや笑いを浮かべていた。この場の絶対者がそんな態度をとっているからには、窮地はまだまだ続きそうである。

「インスエス・トラートさん。先ほどからかったのは謝罪します。ですが、そろそろ冷静になってください」

 お互いに動きを止めた状態でジャングルジム越しに語りかけると、チュパ先生とウサギ先生が慌ててこちらへ駆けて来る。母親役と参謀役の二人が来たのは、加勢ではなく説得のためであろう。

「お嬢さま、もう止めて。相手はその、子供なのよ。暴力はいけないわ」

「ヘロス様が手打ちにすると仰ったんだぞ。お嬢といえど勝手は許さん」

「こいつはお父様に手を出して、ボクの攻撃を避けたんだぞ。明確な驚異ならば、排除しなきゃ駄目じゃないか」

「落ち着きなさい。ケンくんはあなたを傷付けようとしなかったわ」

「そうだ。このガキが何者であろうとはっきりと敵対したわけじゃない。気持ちはわからなくもないが、だがお嬢も友愛党の一員である以上、とにかく勝手な暴力行為は認めん。友愛せんべいのブランドにも傷が付くからな」

 しかし大人たちの言葉は逆効果であったらしい。

「うるさいなぁ……」とうつむいたと思えば、「こんなときだけ大人ぶって、良識面してさ。お父様に群がるウジ虫のくせに。うるさいよ、ほんと」と、小声で独り言を呟いた。難しい年頃でホルモンバランスが崩れてでもいるのであろうか、それは激昂の予兆であった。

「お父様に近付くこまっしゃくれたオスガキはァ、叩いて潰すべきだろォ!」

 インスエスがトンファーを握ったまま両腕のブレスレットを擦るように打ち合わせる。真紅の火花が散った。魔力光を帯びた血液である。

「魔装闘気――鉄血」

 魔法名とともに真紅の光のラインが入れ墨のように腕に走り、手にしたトンファーにも続いていく。気配からして強化魔法の類いであろう。

「やめ!」「よせ!」

「邪魔だァッ!」

 二人を遮るジャングルジムを、轟音とともに破壊した。

 凄まじい衝撃により鉄パイプは歪むか千切れ飛ぶかして、連結を保った大部分はまるごと地面から引っこ抜けて飛んでくる。しかしケンの姿はそこにない。ジャングルジムへの攻撃とほぼ同時に、通り抜ける隙間とインスエスの死角を兼ねた空間へと踏み込んでいたのである。いかに魔力強化された絶大な威力の一撃といえど、大振りは大振りである。反撃を試みる絶好の隙であるのに変わりなかった。

 インスエスが認識したときには胸の膨らみに掌底を押し当てられていて、次の瞬間、心臓の内部をかき回されるような強烈な不快感が走った。

 ケンの用いたのはとある流派で浸透勁と呼ばれている技である。話の種にとアナーケに教わったこれは、魔力放出を組み合わせた体術で、決まれば内臓を直接まさぐるような感覚とともに、相手をごく一時的に無力化できる。通常は身体能力に差がありすぎればいくら格闘で打撃を重ねても、それは撫でるのと変わりない。しかしこの技はレベルで格上の相手にも通用する数少ない体術の一つで、格上殺しとも呼ばれている。とはいえ知っていれば対処可能であるのに加え、相手が無防備に食らったとしても肉体に残るダメージはレベル相応に過ぎない。

 幸いにも技は成功した。成功したが、ケンは感触に違和感を覚えた。技をしかけるにあたって如何わしい気持ちは無論ない。ないのであるが、予期したとのは異なる弾力、いわば偽物のそれを手のひらに感じてしまったのである。

「おま、え……ボクの胸を……」

 全身の異物感を堪えながら声を振り絞るインスエスを、ケンは見た。骨格、重心、手に残る感触といった情報が統合される。ケンはうら若き乙女を相手に大立ち回りを演じているはずであった。しかしそうではなかった。

 ケンの気付きに彼も気付いた。インスエスの形相が凄まじいものとなる。

「犯したなァァァッ!」

 感情に応じて増大した真紅の魔力光を身に纏い、インスエスは憎悪のまま戒めを振り払うと、トンファーで突きかかった。ケンは衝撃的な事実に戸惑いつつも、鉄パイプの切れっ端を蹴り上げて引っつかみ、武器として確保していた。




人物メモその2
ヘロス・トラート 野生のラスボス(小太り)
インスエス・トラート Sランク冒険者(地方基準)のゴスロリ美少女。ヘロスの息子。
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