内政? ハーレム? 立身出世? そんなことよりレベル上げだ!(仮) 作:トシアキウス
二人の影が交差しようという寸前である。
「そこまでだ」
と、ヘロス・トラートが割り入っていた。武器を持つ二人の腕をそれぞれ押さえ、お互いがお互いを傷付けられぬよう制止していた。いつか止めに入るだろうとは思っていたが、瞬間移動したかのごとく、ほとんど察知できなかった。つかまれた腕もびくともしない。ヘロスほどの存在にしてみれば、自分とインスエスの戦いなど虫けら同士のじゃれ合いに過ぎないのであろう。
にやにや笑いでヘロスが告げた。
「お前の負けだ。インスエス」
トンファーの尖端は虚空を貫き、鉄パイプの断面は目玉の前に位置していた。
「……ボクはまだ本気じゃありません」
「丸腰の少年を相手にか? さすがは淫売の息子だな」
インスエスは押し黙り、ヘロスが手を離してもケンを睨むばかりでもはや暴れだそうとはしなかった。
「さて少年」
ヘロスが向き直り、ケンは身構えようとするのを我慢した。
「良いものを見せてもらったがインスエスが失礼をした。そのレベルではさぞ肝が冷えたろう。詫びさせてもらう」
ヘロスに頭を下げられた。インスエスに命を狙われる以上にひやりとする光景である。
「いえ、あなたがいる以上、命のやり取りにならないのはわかっていました。良い訓練になったと、そう思うことにします」
焦りからか少し言い過ぎたと言ってから気が付いたが、顔を上げたヘロスの機嫌は良さげであった。
「たしかケン・シースレスといったか。ケン少年、いや、ケン君。俺様は君が気に入ったぞ。我が友愛党に入って俺様の後継者にならんか?」
「いったい何を」
「子供たちとは違う、俺様と真の親子にならんかと問うている」
「ヘロス様?」「お父様……!」
出し抜けの提案にチュパ先生らが呆然とし、インスエスから歯ぎしりが聞こえた。
「僕とあなたとは初対面ですよ」
「久しく胸がときめいたのだよ。これからお互いを知り合えばいい」
ちらと見渡す。
「何もかも君の自由にやらせてやろう。俺様の後継者とはそういうことである。どうせこちらの人材は君の才能の足しにはなれん。しかし金と立場だけはある。加護が要るから女はやれんが、それ以外は思いのまま、ケン・トラートとしてクルエル市の王様にしてやろう。俺様の本当の息子になるのだから誰にも口出しはさせん。で、どうだ?」
いかにもな大言壮語であるが、町の王というのもまるきり出任せとは思われない。例えるなら彼は核爆弾入りの黒鞄を持ち歩いていて、しかも当人は爆心地でもけろりとしていられる人間である。大きいことを言える大きい人間の勧誘を躱すには、小さいことを引き合いに出すより他はない。ケンはインスエスを出しにした。わざとらしく彼に向けた視線を上下させてから言った。
「せっかくの提案ですがお断りさせてもらいます」
「誤解である。俺様の趣味ではない。嗜みはあるが君との関係にそれを持ち込むつもりはない。不純であるからな。どうか信じてくれないか、いや、口実であるか。まあ良い」
見抜かれたが気勢をそぐのは成功した。
「富も権力にも興味がないと、そういう気質であるのだな。ますます好きになったぞ」
買いかぶりであった。通行人に札束を渡されて突き返すのと似た心境に過ぎない。子供らしく知らないおじさんからものをもらってはいけないと考えているだけである。
「だが身内の不始末の詫びはせねばならん。さて……」
ヘロスは少し考えて、指輪を二つ取り外した。気配が一瞬開放されて元に戻り、ケンの身体がびくりとした。ヘロスが微笑む。
「その敏感さは、なるほど、俺様が恐ろしいというのも納得である。受け取れ。賠償と褒美である。換金するなり好きにするといい」
勧誘を辞退した手前、受け取り拒否は難しい。ケンは手を差し出した。
「また技をかけてくれるなよ」
ヘロスからしてみれば茶目っ気であったろうが、周囲の者らは鋭い目つきで反応した。
ケンが指輪を受け取ると、
「気が変わったら友愛党のギルドへな、俺様の真の息子へなりに来い。いつだって歓迎するとも。俺様はな」
と、他の党員に釘を刺した。注意がわずかに逸れたのに乗じて、ケンは公園を後にした。
追っ手を警戒して町を歩きながら、都会は恐ろしいところだとケンは思った。地方ギルドの厳つい冒険者たちに囲まれる。キレる若者に襲われる。恐ろしく強いおじさんに目をつけられる。公園の遊具を見て、少しばかり童心にかえっただけでこれである。
先に手を出したことや公園設備の破損といったこちら側の過失は有耶無耶になった。それどころか高価な魔道具と思われる指輪を手に入れたのは、結果的に運が良かったといえるかもわからない。ヘロスから発せられた呪詛をため込んだそれは見るからに禍々しく、贈り主の心証を考慮すればすぐさま売り払うというわけにもいかないから持て余すことになる。お守り入れに入れなければ元の持ち主の強烈な気配を、染みついた体臭のように垂れ流すかもしれなかった。
ケン少年の去った後のことである。公園の後始末はウサギ先生とイヌ先生に任せて、子供たちを孤児院に送り届けた。インスエスは不貞腐れて直帰してしまい、ネコ先生はそのまま孤児院の宿直である。暮れなずむ街の魔石灯がぽつぽつとともり出す。チュパ先生は鼻歌交じりのヘロスに三歩下がってついていく。馬車や人力車を使わず、取り巻きも連れていない。成功者らしからぬ二人きりでの徒歩移動はヘロスによくある気紛れである。一般人は普通にすれ違うが、冒険者なんかはぎょっとして道を譲る。いきなり「ご苦労さまです!」と叫びながら地べたに頭突きせんばかりの勢いで頭を下げる若者にも遭遇した。友愛党傘下クランの新人であろう。真面目な気質に挨拶教育が行き届きすぎて、お忍びの機微というものがわかっていない。チュパ先生が「お黙り」と低い声で叱りつけると消え入りそうになっている。
「今日の俺様は機嫌が良い。一発で許してやれ」
白けさせた代償は平手打ちで済ませてやった。この場での暴力は、後日上役連れで菓子折を持ってくるなどされるより面倒がない。だいぶ手加減したので脳震盪にはならないであろう。この期に及んで「修正ありがとうございます!」と直立不動の姿勢をするのは調子外れであったが、意気込んだ新人にはよくあることでもある。
このやりとりをきっかけにチュパ先生が切り出した。
「公園でのことですが、よろしかったのでしょうか」
ケン少年の処遇についてではない。手出し無用と命じられた以上、肉体的な制裁も強引な勧誘も厳禁である。ヘロス様の命令は絶対である。蒸し返そうとは考えない。チュパ先生が問題にしたのは、インスエスの暴走についてである。あんなふうにいきなり暴れ出して止まらないのはどうも不可解に思われた。
彼の気性はたしかに激しい。激しいけれども、それをあからさまにするのは身内の前くらいなもので、日頃は猫を被っている。強くて可憐な少女冒険者というのが彼の外面である。本当の性別はばれていない。戸籍には女性で登録されていて、それはチュパ先生も同じなので問題ではない。
少年口調で少々気むずかしいのは天才にありがちな愛嬌と見られている。楚々とまではいかないがお嬢さまとしての品格も備えている。少女趣味にも少女趣味な格好とそれと釣り合う顔立ちから、男たちのあこがれの存在として扱われている。あのヘロス・トラートの娘であるから高嶺の花にせざるを得ず、年頃の少女にもかかわらず他の男のものに絶対ならないので偶像視するにも支障はない。見た目ばかりでなく実力も相当なもので、年下のお姉さまと慕う女性もいるくらいである。
そうしたよそ行きの顔をかなぐり捨てて、インスエスはケン少年に襲い掛かったのである。
「捨て置け。十四にもなって俺様の足下へも寄り付けんのは、あれは俺様の血が薄いということだ。躾とは見込みがあるからやるのだろう」
インスエスは戦闘能力だけならチュパ先生をも上回る。十四歳でSランク冒険者に至るのは天稟といって差し支えない。世間的にはそうでも、ヘロスにとっては違うらしい。
「とはいえ出来損ないには出来損ないなりの、半端な才はあったらしい。だから肌で感じた。ケン少年との差に。絶対に覆せぬ、どうしようもない才能差というやつである。凡才らしく鈍いから自覚があるかは知らんがな。嫉妬がヒステリーに発作したのは、お前の施術で精神もメス寄りだからなのだろう」
「ケン君。あの少年には、それほど才能が」
どうも腑に落ちない。子供たちと遊んでいるときは少し賢いだけのただの少年にしか思われず、インスエスに襲われた後も気配が豹変したようには見えなかった。
「偽装が上手いし目も良いか。チュパよ、気付いていたか? 彼は見抜いていたぞ。お前たちと俺様のレベルを、正確にな」
「そんなばかな」
人間のレベルというものは魔眼や
チュパ先生を始めとする高レベル冒険者は日常生活では力を抑えて動いている。ヘロスにおいては言わずもがなで、更に魔力などの力の気配そのものを魔道具で何重にも封じてある。ただ見たり感じたりするだけで正確なレベルがわかるはずがない。
「それが才能というものだ」
と、ヘロスはその疑念を才能のひと言で片付けた。
「なんとなくで相手の力量を見抜けてしまう。ガキの頃の俺様と一緒である。ああ、俺様にそっくりだ。ケン君の才は俺様並み――いや、俺様以上かもしれん」
とんでもない冗談であった。チュパ先生は思わず否定の声を上げようとして、固まった。
「ヘロス様、笑っていらっしゃる?」
「何だ? 俺様はいつも笑顔でいるだろう」
「そう、ですわね」
辻馬車が来たので二人して脇に退くと、御者が礼をして通り過ぎる。
「妄言は許す。今の俺様は気分が良い。たいへん良い。今日は子供たちの笑顔を見た。ケン君とも知り合えた。お夕飯にはカレーライスが待っている。しかもハンバーグ付きである。こんな俺様は幸福だ。幸福だから――」
と、股間を押さえて整えた。
「こうもやる気になるのだろう。チュパよ。水揚げ間際は何人いる?」
「申し訳ありません。先月にチャリティーオークションパーティがあったばかりですので、二人しか」
「いやだ。五人は欲しい」
「しかしまだ教育が。粗相をさせるわけにも」
「いつものパジャマパーティは省略する。今晩は俺様だけが、気持ちよくなるだけである。ああそれから、ケン君は十歳くらいだったからな。彼とは純粋な気持ちで接したい。残り三人は一桁がいい。全員女の子でな」
「了解しました。選定しておきます」
下半身の突っ張りでときおり窮屈そうにしながらも、ヘロスの足取りは軽かった。
「ああ、幸福だ。俺様はなんて幸福なんだ。お家に帰ればご飯にお風呂にお布団に、好きなものだけが待っている。俺様は子供が好きだ。子供とセックスするのも大好きだ。特別な俺様だから味わえる、特別な幸福だ」
友愛党の経営する孤児院は二つある。ヘロスが父親としての幸福を満たすための孤児院と、ヘロスが男性としての幸福を味わうための孤児院である。後者には職場兼職業訓練所としての側面がある。
女神の加護というものが実在する以上、純潔というものは様々な意味合いで尊重されている。商売としてみるならヘロスの行為は商品価値を損なうことに他ならないが、そもそも孤児院経営自体、ヘロスの楽しみのためのものなので、彼を優先するのは当然のことである。顧客に振る舞うのはおこぼれに過ぎない。とはいえもったいないのはもったいない。新品とそうでないのとで、殊に買い切りの売価ではかなりの差額が出る。そこでチュパ先生の回復魔法の出番となる。
加護を失っても肉体は取り繕える。感じられる気配にしても、レベルの無いのが前提の無力な女子供なら、加護の有無による違いはない。
チュパ先生の育ての親は、色町や青線地帯などで違法な医療行為を生業とし、魔女とも因業婆さんとも呼ばれる魔法使いの一人であった。花嫁が花婿に誠実を証明するために必要な美容外科の秘伝というものを、彼も受け継いでいた。
寝室に少女たちを届けると、チュパ先生は自室に籠もってヘロスの行為の後始末の支度をした。今日の様子では少女たちは荒っぽく使われるであろう。できる限り手を尽くすつもりであるが、手足が修復不能なら改めて切除して、欠損趣味のお客様向けの商品作りをせねばならない。あえて健康な目玉をくり抜くなどの大手術である。それに肉体をどうにか整えても、精神に変調をきたす可能性もある。心の加工に必要な麻薬の在庫を確認する。インスエスの母親のときのように、ヘロスの気紛れで大量に消費するかもわからない。
「再生手術に使う浮き袋が心許ないわね」
ひとしきり確認して呟いた。フィールド素材なので直接採取しに行かねばならない。チュパ先生はこの類いのことに仲間たちを巻き込むまいと決めていた。最も後ろ暗い行為に手を染めることで、最もヘロスに近い立場にいる。わざとらしい罪悪感に苛まれながらも、そういった想いがないともいいきれない。
「チュパ、居る? 居るなら入るよ」
ノックの返事を待たずにインスエスが入って来た。ふて寝して夕食に出てこなかったが、微かに匂いがするので部屋の扉の前に置いたカレーはちゃんと食べてくれたのであろう。
「お嬢さま、寝る前に歯磨きはしなきゃダメよ」
「もちろんするさ。チュパが注射をしてくれたらね。忙しいなら薬だけ出して。自分で打つよ。たしかそこの棚にあったよね」
「待ちなさい。一昨日したばかりでしょう?」
「効き目が薄いんだよ。チュパが薄めたりなんかするからさ」
「薄めたりなんて、出来ないわ」
「ならなぜなんでこいつが言うことを聞かないのさ。こいつが、こいつが!」
突如激昂して、儚げなネグリジェに不調和な突起を叩く。血液を媒介とした強化魔法でインスエスの血行が良くなったその夜に、何らかの拍子で昂ぶってしまったらしい。
「やめなさい! 潰れちゃうわ!」
生理現象を力尽くでどうにかしようとする手を押さえるが、力負けして止められない。
インスエスの情緒不安定ぶりは思春期というばかりでなく、女体化薬と呼ばれるホルモン注射の副作用である。ここ最近、彼は彼の男性自身を発作的に痛めつけようとしてはチュパ先生に制止されたり、回復魔法を使われたりしていた。
そんなにも厭わしいなら取り去ってしまえばいいと簡単に言うが、彼にとっては到底承伏できるものではない。何となれば偉大な父の血を残す手段は、その父に見限られかけている今、最後の拠り所となり得るのである。
なだめながらチュパ先生が忠告した。
「前にも言ったでしょう? レベルが上がればお薬の効き目も弱くなる。強くなればなるほど、身体を本来の状態に戻そうという再生力も高まるの。これについては投与量を増やしたってどうにもならないわ。むしろ反動が出て逆効果に、お髭が生えるかもしれないのよ」
「それはやだ。チュパみたいになりたくない」
この偽娘張り倒してやろうかと、思うだけでとどまった。母親代わりの大人としての矜持である。いざ殴り合いになれば腕力負けするというのもある。
「ミルクを温めてあげるから、今日はもう休みなさい」
「睡眠薬が欲しい」
「お昼寝なんてしたからでしょう?」
「眠れないよ。だって今もお父様はよろしくやっているんだろう」
息を飲む。インスエスは打って変わって平静な顔つきで、じっと見つめていた。
「ボクは、ボクだけはお父様の子供だからさ、わかっているんだ。お父様のことはね。するから御機嫌なんじゃあなく、御機嫌だからするんだよ」
肉親の秘め事である。父親が我が子より、幼い子供に腰を振ることの決まり悪さもあって返答に窮してしまう。
「回復魔法とは便利だね。うちの商売のことはよく知らないけれど、チュパの技術というのはちょっとした財源なんだろう? 今夜およばれしたやつらの何人かはあの女みたいになるのかな。親無したちの母親気取りの誰かの手でさ」
あの女とはインスエスの実の母親のことだろう。チュパ先生は思わず言い返した。
「そうやって私の良心を、ケン君に負けた腹癒せにつっつきに来たのかしら」
「あんな雑魚に負けてない! ボクは本気じゃなかった!」
「失言だったわごめんなさいね。けれどでもお嬢さま、ケン・シースレスにちょっかいをかけようったって、それは厳禁よ。お友達をけしかけるのもね」
「ボクは本物のSランクだぞ。ギルドの汚らしい下衆どものようなみみっちい真似をするとでも」
「信用はしたいけれど、そんな人たちだらけの環境で育ったのだから、警戒するのは一般論でしょう?」
「そうかい。一般論ね」
もの言いたげに間を置いてから、鼻を鳴らした。
「わかってるよ。お父様の命令だ。クズどもは使わないし、真っ向からの闇討ちだってやりはしない。ボクのほうが強いんだ。見逃してやってもいい」
「頼むわよ」
話が終わったので作業を再開しようと思ったが、インスエスはいつまで経っても退室せずに、足を組んで頬杖をついている。
「ミルクをさ、温めてくれるんだろう? 蜂蜜も入れてよね」
チュパ先生は溜め息をついた。こういったふてぶてしさだけは、父親に似たのであろう。
インスエスはミルク三杯分居座ってから「おやすみ」をして去って行った。チュパ先生は扉を見つめながら「哀れな子」と独り言して溜飲を下げた。
後継者に相応しい強者になれば父親としてのヘロスに振り向いてもらえる。情欲をそそる美しい人形になれば男性としてのヘロスに振り向いてもらえる。親に愛されない子供というありがちな家庭事情が根底にあるにしては物々しく、倒錯している。どっちつかずでもある。レベルを上げるほど男性的な肉体に近づいて少女的な美しさが損なわれる。その身を捧げれば女神の加護を失ってレベルアップしても大して強くなれなくなる。一方が叶えばもう一方は叶わない。しかしどちらか一方に専念するほど思い切れてもいない。この所の伸び悩みもそれが一因であろう。現状維持の先にあるのは女にも男にもなりきれない半端者という結末である。
妬ましい女顔で、才能で上回り、性格もよろしくない。そんなインスエスをチュパ先生が内心でも見捨てきれないのは親代わりの愛着というばかりでなく、同族意識も多分にあった。
ヘロス・トラートについて夕食時、宿の食堂で同席したリジンにケンは尋ねてみた。
「地方ギルド最大手クラン友愛党の首領。地方冒険者のくくりで見るなら、いや、中央を含めても、最強と評される冒険者のうちの一人だね」
リジンが長芋のとろろに口をつけてから麦飯をかっ込んだ。ご飯にかけないで食べる別々派らしい。ちなみにケンの父のジャンは口内調味の苦手な真・別々派で、おかずはおかずで食べきるのでご飯には母手製のふりかけが不可欠であった。リジンの咀嚼を待つ間、こちらも麦とろに手をつけた。思ったよりも出汁が薄い。醤油を回しかける。かけすぎた。しょっぱいので多めに飯を頬張った。
「いわゆる上位陣は化け物揃いで、雲の上のことだから正確な順位づけはわからないとはいえ、その強さは本物だ。けれどまあ、彼は厳密には冒険者とはいえないな」
「冒険者ではない?」
「ヘロス・トラートに冒険者としての功績はない。彼は純粋に力だけでこの町の頂点に君臨した。圧倒的な、彼個人の力でね。その力にしたって冒険者をして得たわけでもない。力ある人間が冒険者の肩書きを持っているだけなんだ」
口中の塩辛さを番茶で和らげる。
「イザカヤンという国を知ってるかい? 禁術の奴隷紋の普及で国民皆奴隷を実現した国だ」
神父さんの蔵書に、その国についての著作があったのを覚えている。五十年前に刊行された本では契約魔法による国民統制の合理性が説かれていて、二十年前刊行のものでは際限なく付け上がる階級固定社会の人間性が罵られていた。いずれも同一の著者である。
「奴隷国家イザカヤンでその支配権を持つ上級国民を鏖殺し、彼らに成り代わろうと企てた無数の革命家をも始末した。それがヘロス・トラート。単身で国家に戦いを挑んで勝利した、奴隷解放の英雄だ」
ちなみにその後のその国は、無政府状態になったことで教会が介入したらしい。
「それほどの人物が、なぜ外国のこの町で地方冒険者を」
「さあ? 俗っぽく考えるなら、人心ごと荒廃した祖国に比べて住み良いからかね。地冒になるというのはまあ、在野の強者によくあることだ。玉座に都合の良い椅子が、地方ギルドだっただけだろう」
友愛党というクランは他の地方によく見られる犯罪者紛いの大手クランに比べれば、多少は真っ当なクランといえるであろう。一般市民に手は出さず、慈善事業にも熱心である。けれども児童売春疑惑に彼の威を借る地方冒険者の増長もあって、中央冒険者からの評判は芳しくない。
ヘロス・トラートはわざとらしい幼児性や御山の大将ぶりから、「堕ちた英雄」と、そう呼ばれている。非公式の二つ名ともいえる。
次話で今回の投稿は終了。
この主人公いつまでたってもレベル上げしねえな。