蛇足編の後の話です。
俺たちはフィットア領に向かって荷馬車を走らせていた。
フィットア領は小麦の名産地で、今が刈り入れ時。
刈り入れ直後に買いまくって、地元で売りまくろうという寸法だ。
同行してるのは友人二人。親父たちも友達で、子供の頃から一緒に育った仲だ。
親父たちは、魔物が少なくなったとはいえ、出ないわけではないんだから同行する護衛を雇え、と言ってくるが、この気の置けない仲間だけと旅をするのは気楽だし、何といっても護衛料がもったいない。
浮かせた護衛料で酒を飲みまくろうぜ!フィットア名産の小麦から作ったエール酒が待ってるぜ!というワクワクする仕事…のはずだった。
…岩陰からこっちを見ている、そいつに気づくまでは。
「おい…なんだアレ?」
俺の声に、一緒に荷台にいた友人が気づき、訝し気に同じ方を見た。
御者台で馬を走らせる友人は気づいていない。
陰で光る赤い目…その赤い目の魔物は、岩陰からゆっくりと姿を現した。
俺たちが乗る馬二頭で引いている馬車よりも大きな体。
あくびをするように口を開き…その真っ赤な口内の周りに光る、何本もの牙…
友人がつばを飲み込む音が聞こえた。
とはいっても、馬車は進んでいるし、どんどん距離は開いている。
このままそっと進んでいけば…
と楽観的に思ったとき、その考えを否定するように、その魔物はすごい勢いで俺たちを追ってきた。
「のわあああああ」声にならない悲鳴を上げ、俺たちは御者台へ飛び込んだ。
「おい、後ろ!」「飛ばせ飛ばせ」「やばいってあれ」
口々に言って馬車を急がせようとするも…
一瞬、空が暗くなった。
魔物は俺たちに簡単に追いつき、俺たちの上を飛び越えて、前に回った。
馬が驚いて悲鳴を上げて後ろ足で立ち上がり、馬車は倒れて俺たちも振り落とされた。
あれ、これ俺たち死ぬんじゃね?
昔、親父たちが魔物に襲われたというのも、このあたりだったはずだ。
そういうものなのか?そういう因果のなんたらなのか?
低いうなり声と、肉の腐ったような臭いがした。魔物が近づいてくる…が、足が震えて立てない。
思わず目を固く閉じたとき…
「ぴぎゃああああああ」
ものすごい悲鳴が響いた。
恐る恐る目を開けると、そこにあったのは思った光景とは違った。
魔物は倒れ、その背中には白い棒が突き刺さっていた。
その棒のもとへ、人影が落ちてきた。
いや、すごい跳躍力で、俺の視界の外から跳んできたのだ。
片手で軽々とその棒を魔物から引き抜く…と、その先は三つに分かれていた。
白い槍を持った、強い種族。
抜いた槍で、倒れた魔物の首を狙い、慣れた手つきでとどめを刺す。
俺たちは、3人固まって、ただその様子を見ていた。
「大丈夫です?」
そう声をかけてきたのは、綺麗な緑色の髪を一つに結んだ、可愛らしいスペルド族の女の子だった。
彼女は馬車を起こすのを助けてくれ、逃げた馬を捕まえ、魔物の皮をさっと剥いだ。すごい力だった。
フィットア領の人里あたりまで、俺たちに同行してくれることになった。俺たちがあまりにびびっていたからだ…。
「あんたが来てくれなかったら、俺たちは魔物の糞になっちまうとこだたよ!」
荷台の友人から、糞みたいな言葉が響いてくる。
今回は俺が御者を引き受け、彼女は御者台に一緒に座っている。
苦笑するルイシェリアさん。彼女はルイシェリアと名乗った。彼女に似合った、美しい名前だ。
「あなたたちは、スペルド族が怖くないんだな」
スペルド族は人族を滅ぼそうと戦った、恐ろしい種族…という言い伝えがある。一部では。
「命を救ってくれた相手を、怖がる奴はいないだろ!!」
「俺たちの親父たちも、昔スペルド族に助けられたんだ!神様みたいなもんだよ!」
荷台からヤジみたいな声が上がった。
ははっ、と彼女が小さく笑った。
艶めく緑色の長い髪の毛が風になびき、額にある赤い宝石が輝いている。
俺たちは親父たちから、スペルド族について話を聞いていたが…こんな美しい種族だとは知らなかったぞ!!!
親切で真面目で無口だとかしか聞いてなかった!!
ふと、彼女の腰にある、使い込まれた剣に目が留まった。
「スペルド族は槍を使うと聞いたんだが、剣も使うんですね」
彼女は眼を落し、剣の柄を撫でた。
「これは私の祖父の形見で、里を出るときに母に貰ったんだ。母は人族なのでね…」
お母さまが人族!つまりスペルド族とお母さまが結婚したということ…!
異種族結婚に、ルイシェリアさんも好意的ですか…?
「シャリーアに私の親戚がいるから、会いに行くところだったんだ。助けられて良かったよ」
俺もご親戚に挨拶に行ってよいですか…?
俺達の色々な思いをおいて、彼女はフィットア領手前で、エール酒をおごるという言葉も聞き流し、さらっと馬車を降りて行った。
「良かったら、スペルド族は怖くないと、みんなに伝えてくれないか?私の父の願いなんだ」
彼女の最後のセリフに、俺たちは振り子のように頷き、別れの悲しみの涙を流した。
俺たちは彼女と所帯を持って、可愛い子供が生まれるところまで妄想していたんだ…
彼女、ルイシェリア・スペルディアが、オルステッド率いる戦いにおいて、三叉の槍と形見の魔剣で大きく貢献し、一族の汚名を晴らすのは、まだ何十年も未来のことである。
パウロの剣はどこに行ったの!?
というとことから生まれたルイシェリアたん冒険譚です。
ノルンが魔剣を持って行ったということは!意味があるんですよ!きっと!