千年樹に栄光を   作:アグナ

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死を恐れたことはない。

別に死にたい、或いは死が怖くないというわけではなく、

いずれ必ず訪れるのだから直視しても仕方ないと思っただけ。

それは死が直前に迫った時でも同じこと。

其は運命。深く考えるのは無駄だと思っただけだ。


ある男の独白/九度の夜を超える

 単純な結論として、時計塔に喧嘩を売った時点で結末は決まっていたのだ。

 

 時計塔。我々、魔術師にとってそこは誉れであり、恐怖である。

 地球上に溢れる現代魔術の大半を飲み込む坩堝であり、現代魔術師にとって忌々しき統治機構。

 アレが魔術研究において必要な霊脈を、遺産を、呪物を──何より魔術を抑えている以上、如何なる神秘繰る魔術師であっても個人である以上対抗のしようがない。

 

 例えそれは今なおその鎖から逃れて在野を彷徨う魔術師であれ同じこと。

 『封印指定』魔術師とて、自治を貫く古の大家とて、ひとたび時計塔が本気でそのうちに抱える力を発揮すれば一瞬のうちに飲み込まれていくだろう。

 だからこそ、大前提として我々が本気で現状の打破を望む場合、事は不意打ちでなければならなかった。

 

 独立、革命、変革、改革、事変、流行。

 

 世界の景色を一変させる出来事は常に不意打ちによって起こる。

 或いは事故と言い換えてもいい。

 予期せぬ事態、予期せぬ出来事。

 世界中の誰もが予想にしなければしないほど衝撃は大きくなる。

 

 だからこそ、宣戦布告などという馬鹿げた真似をした時点でどう転んでも我々が終わっている。

 今の今まで血を繋いでくれた祖先。

 思惑はあれど賛同してくれた同志たち。

 そして愚かしくも思慮深い我らが、そして私の尊敬すべき当主殿。

 

 最後の最後、本気の勝負に際して唯一最悪の欠点である「時計塔への復讐心」を最悪のタイミングで露見させてしまった男、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。

 

 そうだ、貴方は間違えた。

 その復讐は凱旋と共に瓦礫と化した時計塔の上ですべきだった。

 勝利をした上での行為であった。

 大聖杯を起動する準備ができた時点で不意打ちに行動するべきだった。

 

 全てはその復讐心と、復讐心が生む傲慢が間違いだったのだ。

 

 しかし起こってしまった以上、起きた事象を覆すことは出来ない。

 過去が失くせないように、死が覆せないように。

 我々は不可逆の事象の中で生きているのだから。

 しかしだからこそ──賢者は歴史に学ぶのだ。

 

 一度起こったことが消せないと知った上で、ではどうすればいいのかを原因から結果までの記録に尋ねる。

 歴史を学ぶとはそういうこと。

 過ちは正せばよい。

 正しい道を違えたならば道を補強して正しい道を作ればよいのだ。

 

 何より私は──歴史(・・)を知っている。世界(・・)を知っている。

 ならば決してやれないことはないだろう。

 そもそもこれは何ら難しいゲームじゃない。

 

 手駒は七つ、相手も七つ。

 その上で私は相手の手札を知っていてかつ、手持ちの手札は幾つか弄れる。

 ならば何の問題もない。

 今はまだ、チェックを掛けられただけ。

 此処からこちらの勝利(チェックメイト)千日手(ステイルメイト)に持ち込むだけだ。

 

 『知恵の木(根源)』への道は未だ遠く、最果てへは半ば。

 輪廻の果てより当家に生まれ出でた以上、生まれの責任は果たさなくてはなるまい。

 私の何故を解き明かすためにも私は是が非でも根源に問わねばならぬのだ。

 

 千年樹(ユグドミレニア)に栄光を。未来を手にし、勝つのは私だ──。

 

 

 ──ある男の独白

 

 

☆  ☆  ☆

 

 

 

「思うにマスター、あんたは相当な馬鹿だと思うぜ」

 

「──心外だな。確かに私は自分を優れていると慢心できるほど良い出来をしていない凡庸さだが、だからこそ優れた人間にも劣らぬよう常に精進しているつもりだったのだがね。参考までに聞かせてもらえるかな? アサシン・ロビンフッド(・・・・・・)。権力者に逆らい続けてきた先駆者たる英雄よ。君の言葉はこれから為すべきことの参考になるかもしれん」

 

「ハッ、そういうところだよ。あんたの言う通り、俺らみたいな凡庸な奴は地道に鍛錬するか、陰湿に罠を張るかそういった事でしか上に迫れないがねェ、だからと言って、これはない、これはないだろ、あんた」

 

 

 二人の男が会話をしている。

 何処ともつかない樹海の奥底。

 おおよそ人界とは縁のなさそうな大自然の中。

 その中に不自然なまでにポッカリと出来たクレーターのど真ん中で呆れるぐらいボロボロな青年と、青年と同じぐらいにボロボロで今にも消えかかっている青年がまるでそこそこの付き合いを持つ悪友同士のような会話を行う。

 

 

「曰く、聖杯大戦とやらが控えていて? 時計塔やら何やらを相手にしないといけないことが決まっていて? だから万全を期して聖杯戦争を経験しておこうと亜種聖杯戦争を渡り歩く? 誰がどう聞いても気が狂ったか、阿呆としか思わんでしょ、これ」

 

「だが控えているモノの大きさを考えれば当然の行為だろう? 君はいわゆる貴族(わたし)の敵であった立場の人間なわけだが、それでも家を守る、家族を守るといった行為への切実さは分かってくれると思ったのだがね」

 

 残念だ、と仏頂面で漏らす青年にそうじゃねえ、と青年は呆れたツッコミを加える。

 

「あんたの願いについちゃあ納得している。つかじゃなきゃオタクに俺が此処まで付き合うわけないでしょ。報酬未払いのただ働きが決まってる上でそれでも付き合ったのはあんたへの義理立てなわけですし? おかげで生前では体験できなかった騎士やら英雄らしい真似もさせてもらえましたしね、満足はしてますよ」

 

 その上でと続けて青年は言う。

 

「馬鹿なのは願いじゃなくて手段の方だ。死にたくないから滅びたくないから、そのために生死のかかった戦場を万全で乗り切るために生死のかかった戦場に幾度も身を投じるってのは矛盾極まりない馬鹿な行為だと俺は言ってんのさ。それも狂ったことに縛りプレイまで設けて、だ。あんた俺を呼び出した後、俺を呼んだ理由になんていったか覚えてるか?」

 

「無論だ。一言一句覚えているとも。『私は恐らく聖杯大戦ではアサシンを呼ぶことになる。ゆえにアサシンを運用する経験を積むために君を呼んだ』だ」

 

「……はぁ、呼ぶにしても三騎士とかもっとこう高名な英霊を呼ぶとかするでしょフツー。それをまあ俺みたいなのを狙って呼んで死にかけて、果てにあるものが生存したという経験? 何度でも言ってやりますともあんたは馬鹿だ」

 

「……ふむ、確かに。客観的に言われてみると否定しようがないな。だが仕方ないだろう? 他に思いつかなかったのだ。英霊交わる戦争である以上、私自身の腕をどれほど向上させたところで、キャスターのサーヴァントが指先一つ振るうだけで百年も生きていない魔術師の魔術など簡単に破られるし、武術を学んだところで三騎士に瞬殺されるのがオチだ。ならばこそ唯一の参加経験による判断こそを鍛えるべきだと判断したのだがね。逆にこれ以外の方法があるならば是非ともご教授頂きたいが……」

 

「ねえですよ。つか前提として英霊をまともに相手にしようなんて発想が……って、ああクソ。もう時間がないか。ともかく本番とやらで俺を呼ばないでくださいよ。あんたみたいな馬鹿主に付き合ってたら命がいくつあっても足りないんでね。呼ぶならあんたに似合いの馬鹿な英霊にでもしてくれ──けどま健闘ぐらいは祈っときますよ。仮にも俺が慣れない騎士の真似事をしながら守ったマスターなんでね。せめて本懐とやらを遂げてくれなきゃ割に合わないってもんですわ」

 

「覚えておこう、ロビンフッド。弱者に寄り添い続けた誇り高き義賊の英霊。君の言う通り、君は暗殺者の枠になど似合わない誇り高き英霊だった。次は弓兵としてまみえることを祈っておこう」

 

 いやそういうことじゃねえっすわ、ほとほと呆れたといわんばかりに消えかけの青年は肩を竦め、そのしぐさを最後に現世から完全にその姿を退去させた。

 サーヴァント、或いは境界記録帯(ゴーストライナー)と呼ばれた英雄の影は最後の最後まで生前を生きた英霊らしく、未練なく後悔なく消えていった。

 

 その様を見送った青年……マスターと呼ばれた男はポツリと誰もいなくなった戦場跡地で呟く。

 

「──あぁ、本当に。記憶の通り(・・・・・)、君は英雄だったよロビンフッド。まさに噂に違わぬというやつだ」

 

 九度の戦場(・・・・・)を経て尚、呼び出してきたアサシンの英霊の中でも間違いなく最も誇り高かった騎士の英雄。そう称しても全く過言ではなかった。

 

「さて聖杯大戦まであと一年。できればもう一度ぐらい経験をしておきたかったが、聖遺物の収集及び戦争準備までの期間を考えれば経験値を積む時間はもうないか。やれやれ人生とは案外短いものだな、或いは一度経験しているせい(・・・・・・・・・・)か? まあ、いい」

 

 煤汚れた白い外套を翻し、力強い足取りでクレーターの中心から地上へと歩きあがる。

 暗がりの樹海にはタイミングよく朝日が差し込み、さながら栄光への道を上るようだ。

 

 しかし青年は知っている。栄転は同時に没落と紙一重であるということを。

 だからこそ足取りは常に力強く、踏み過たないと覚悟するように。

 

「では聖杯大戦を始めよう。勝者は我々、ユグドミレニアだ」

 

 ──千年樹に栄光を。

 今回で九十九度目の開催となる亜種聖杯戦争を勝利したマスター、アルドル・プレストーン・ユグドミレニアはまるで運命を睨みつけるようにその誓いを口ずさんだ。

 

 

 




第一夜(中東) ハサン・サッバーハ(呪腕)

第二夜(アイルランド) ランスロット・デュ・ラック

第三夜(中東) マタ・ハリ

第四夜(中東) ハサン・サッバーハ(静謐)

第五夜(ドイツ) カーミラ

第六夜(中国) 李書文

第七夜(南米) 正義の味方

第八夜(エジプト) クレオパトラ

第九夜(アメリカ) ロビンフット


第一夜 〇
第二夜 〇
第三夜 〇
第四夜 〇
第五夜 〇
第六夜 〇
第七夜 ×(右目を負傷・失明)
第八夜 〇
第九夜 〇

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