千年樹に栄光を   作:アグナ

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人生を一つの物語と例えるとしよう。

子供として過ごす黄金の記憶。

少年として過ごす銀色の記憶。

青年として過ごす銅色の記憶。

これら幼く夢見られる年月を経て、

人は目指すべき完結を目指し歩く。

果てなき生涯(たびじ)を死で以て飾る。

一度きりだからこそ、物語(じんせい)は美しいのだ。


裏切りの黒剣

 ミレニア城塞──王の間にて。

 

 “黒”のキャスターの魔術を通じ、まるで映画のスクリーンのように炎によって投影される“赤”のセイバーの戦闘を“黒”のマスターと“黒”のサーヴァントたちは眺めていた。

 

 画面の向こうでは偵察程度とはいえ遣わした使い魔たちが一蹴される様子やマスター殺しの一環として実験的に遣わした強化ホムンクルスの不意を狙った一矢が簡単に防がれる様子、さらにはアルドルが持ち込んだ人形兵器までもが粉砕される様子がことの細部に至るまで余すことなく投影されている。

 

「ルーンを用いた土地の記憶を呼び起こす魔術か。流石の仕事だな、キャスター」

 

 一通りの戦闘が終わったのを見計らって口を開いたのはアルドルだった。

 自身もまたルーン魔術を使うからだろう。

 “黒”のキャスターの振るうルーン魔術を見て率直な感想を漏らしている。

 

「大した魔術じゃねえよ。百年二百年と遡るならともかく、現在進行中の記憶を呼び出す程度、今の魔術師でも出来るだろうよ。それこそ似たようなこと兄ちゃんでも出来るんじゃねえのか?」

 

「準備と手間を掛ければな。貴方のように一工程(シングルアクション)で出来るほど熟達していない。それに現代のルーン魔術は貴方の振るう原初のそれとは異なる。間違っても貴方と似たことが出来るとは言えないさ」

 

「あん? でも兄ちゃんその眼は……」

 

「これは友人の作品だ。モノ自体はオークションで競り落としたものだがね。そこに強化を施したのは……あの人形の作者だよ」

 

 そう言って青いフードを被りこんだ“黒”のキャスターに“赤”のセイバーに破壊された人形を指し示すアルドル。

 それに納得したように“黒”のキャスターは頷いた。

 

 映像の内容を傍目に魔術談議に花を咲かせる“黒”のキャスターとアルドル。

 だが、彼らとは異なり他のマスターやサーヴァントが注目するのはやはり映像の内容……敵の“赤”のセイバーとそのマスターだった。

 

「流石は最優のサーヴァント、セイバーといったところかな? どう見るダーニックよ」

 

 王の間に設けられた玉座に君臨する“黒”のランサー、ヴラド三世は臣下のように傍に侍る己がマスター、ダーニックに問うた。

 

「筋力B+、耐久A、敏捷B、魔力B……幸運を除いた基礎能力は流石はセイバーとだけあって並のサーヴァントのものを優に凌駕しています。特に筋力値に関しては瞬間的に倍加させることが可能なB+……正面から相手取るのであれば、苦戦は必須と言えましょう」

 

「ふうむ、なるほど」

 

 マスターは聖杯より能力値(ステータス)を閲覧する能力を与えられる。それを頼って齎された敵サーヴァントの情報を聞き、ヴラド三世は頷きつつ考え込むように顎に手をやった。

 ダーニックはさらに言葉を続ける。

 

「それからもう一つ注目する点として……一部の能力値が隠蔽されている節がある点でしょう。“黒”のバーサーカーほどではないですが、恐らくは何らかのスキルか宝具によるものかと」

 

 一瞬、玉座下に集う“黒”のマスターたちの一人、カウレスの方に目線を向けてから告げるダーニック。

 “黒”のバーサーカー……ランスロットの持つ隠蔽宝具は細かなステータスにまでその隠蔽が届く一方、“赤”のセイバーのそれはあくまで固有スキルや宝具を対象としたもの、そう言った意味で弊害は自陣営のバーサーカーよりはマシと言えるだろう。

 

「他の者はどう思う?」

 

 ダーニックから敵サーヴァントの情報を聞き終えたヴラド三世は眼下の臣下たち、アサシンを除く五騎のサーヴァントたちに目線を向けた。

 

 セイバーは無言で頷く。マスターからの命令を忠実に守っているのだろう。ことここに至っても彼は一言も発さない。

 ゴルドもそんなセイバーの様子に何かを言うことはなく、目を瞑り沈黙している……が、一瞬だけ壁際で腕を組んでいるアルドルに目を向けた。

 アルドルは視線に気づきつつも、敢えて気づかない様に装う。

 

「大賢者よ。君はどう思う?」

 

「確かに非常に優れた能力値ですが、固有の宝具さえ判明すれば問題ないでしょう」

 

 ヴラド三世に問われた“黒”のアーチャー、ケイローンは穏やかに微笑み、淡々と述べる。

 そう、確かに“赤”のセイバーは優れているものの、彼の見立てでは此方に属するセイバーほどではないと感じていた。

 それは無論、自身やヴラド三世ほどとも。彼とて自陣の全てを知るわけではないが、少なくとも伝え聞いた能力値だけなら自身も含めた“黒”の三騎士は決して“赤”のセイバーに劣りはしない。

 

「あの、おじ様。“赤”のセイバーの……そのマスターの方はご存じなのですか?」

 

 そう言って口を開いたのはフィオレだ。

 同じマスターであり、魔術師として気になったのだろう。

 ダーニックの方を向いて問いを投げる。

 

 だがダーニックが口を開くより先に、アルドルの方が短く答えた。

 

「獅子劫界離。死霊魔術師(ネクロマンサー)であり、時計塔に限らず、どんな依頼をもこなすフリーランスの魔術使いだな。直接の面識はないが、以前戦場を歩いていた頃に聞いた覚えがある。腕利きだとな」

 

「……魔術で金を稼ぐ薄汚い商人か」

 

「探求を本分とする魔術師としては不愉快な存在なのは分かるがね。しかし油断はしてくれるなよ、ムジーク。修羅場を潜り抜けている魔術使いは、こと戦闘能力に限っては通常の魔術師のそれを凌駕する。くれぐれも胸に刻んでおいてくれ」

 

「む……ぐ、分かっておる!」

 

 吐き捨てるように自身の所感を述べたゴルドに忠告の言葉を口にするアルドル。亜種聖杯戦争の修羅場に限らず、聖遺物収集の旅路の中で幾度も魔術使いや執行者たちと矛を交わしてきた経験からであろう。

 彼の言葉に乗せられた重みにゴルドは渋々納得する。

 そして同じくアルドルの言葉を聞いていたダーニックもまたアルドルの一言に頷いた。

 

「確かにターゲットを狩ることに関しては、武闘派の魔術使いのそれは我ら魔術の探求を本分とする魔術師のそれとは一線を画す。他の諸君らも努々油断はしないように」

 

「……そうみたいねぇ」

 

 “赤”のセイバーがアルドルの持ち込んだ人形兵器と戦っている間に、二頭の狼の使い魔が銃によって一瞬のうちに獅子劫に狩られる様子を眺めながらセレニケが気怠そうに同調した。

 

「ところで義兄さん、あの人形兵器は何です。“赤”のセイバーの戦闘能力を見るのに丁度いいっていうのはよく分かりましたけど、アレは義兄さんの作ったものじゃないですよね? やたらと性能が高かったし」

 

 つい気になったのかカウレスがアルドルの方に目を向けながら問いかける。人形兵器に関しては実のところ他のマスターも気にしていた。

 何故ならサーヴァント相手にあれだけ善戦できる人形が現代の魔術師の作品だとするなら、相当の出来栄えだ。アルドルの魔術系統がルーン魔術と北欧の旧い呪術であることを知っている面々からすれば、アルドルが持ち寄った人形兵器が彼の作品では無いことは言われるまでもない。

 だとすれば尚のこと作者に関して気になるというものだろう。

 マスターたちの視線を受けながらも彼は短く告げる。

 

「まだ魔術協会に属してた頃の友人からもらった作品でね。少々、個人的な議論に白熱した結果揉めてしまったのだが、その折、後日詫びの品として頂いた。ただ飾っておくにしても性能が高かったので使ってみたが……流石といった処だな。あそこまで粉砕されたことには申し訳なさを覚えるが」

 

 そう言いつつ、アルドルは投影される映像の中で無残なガラクタと化してしまった狛犬の人形兵器を眺める。

 相変わらず表面上は鉄面皮のアルドルだったが。

 その視線は少し悲しそうだと、カウレスとフィオレは思った。

 

「……気に入ってたんですか?」

 

 思わずフィオレが問いかける。

 

「うん? ああ、知人からのもらい物ということもあったが、それなりに気に入ってはいたな。懐かしかったし、何より好きなんだ、犬」

 

「へえ、なんだ兄ちゃん。犬が好きなのか?」

 

「ああ、と言っても西洋で多く見かける大型の犬ではなく、日本の……そうだな、秋田犬のような中型の奴が……」

 

「秋田犬…………ほうほう、なるほど、そういう奴もいるのか。中々、良い趣味してんな兄ちゃん」

 

「なになに? アルドルは犬が好きなの? ……そうだ! せっかくだからボクのヒポグリフも見てく?」

 

 アルドルの言葉を受け“黒”のキャスターは聖杯から齎されている現代の基礎情報を精査したのだろう。満面の笑みでうんうんと頷いた。

 完全に話題の横道に逸れた会話にゴルドとセレニケはアルドルの方を凄い眼で見ていたが、魔術や一族絡みでなければ意外に人間的なことを知っているカウレスとフィオレは特に気にしてはいなかった。

 ただフィオレの方は彼らが知識を共有する秋田犬とやらに興味を持っていたようだが。二人の会話に食いついてきたライダーは指笛を鳴らそうとしたが、セレニケに全力で止められていた。

 

「アルドル」

 

「む、すまんなダーニック。私情に話が逸れた」

 

 咳ばらいをしつつ、ダーニックが短く言うとアルドルが目礼しながら謝罪の言葉を口にした。

 言うまでもなく、彼らマスターら、サーヴァントらはこうして敵サーヴァントを前に談義するために集ったわけではないのだ。

 彼らが集まったのは他ならぬアルドルによって齎された一つの提案がためなのだから。

 

「一通り、“赤”のセイバーの戦闘能力が分かったところで見せるとしよう。カウレス、準備は大丈夫か?」

 

「あ、ええ……自信は、無いですけど……」

 

「そう緊張しなくても問題ないだろう。あくまで強く当たるだけだ。此処で“赤”のセイバーを倒す必要はないしな。今回は“黒”のバーサーカーについてこちらの認識を共有するためだ。気負うことは無い」

 

「それは、分かってるんですけどね……」

 

 アルドルは気遣うようにカウレスの方に言葉を掛けるが、そう言われて安心できるほどカウレスは自分に自信を持っていなかった。

 自身を三流魔術師と自覚しているがゆえに一番槍(・・・)という重圧は彼の肩には重すぎる。

 そんなカウレスの様子に気づいてか、フィオレは心配そうにカウレスを、次いでアルドルの方を見る。

 しかしアルドルは小さく首を振って頷くだけだ。

 せいぜい見守っててやれと、視線はそう告げていた。

 

「では、始めるとしよう。構わないな? ダーニック、ヴラド公」

 

「ああ、お前の手腕に期待させてもらおう」

 

「うむ。話だけでは見えぬものもあるだろうからな。余も“黒”のバーサーカーの実力とやらには興味がある」

 

 アルドルの言葉にユグドミレニアの全権を有する二人の支配者が頷いた。ダーニックは涼やかに微笑み、ヴラド三世は興味深いとばかりに投影される映像の方へと視線を向けた。

 

「だ、そうだ。カウレス、任せたぞ」

 

「……すぅ……フゥゥゥ──はい」

 

 支配者の最後の許可を受けてアルドルがカウレスに視線を向ける。

 カウレスは額に脂汗を浮かべながらも小さく一呼吸。

 次いでその右手に宿る令呪、それを翳し、己がマスターであることを喧伝するように拳を握りながら告げる。

 

「やれ────バーサーカー」

 

 告げる勅令……彼方で、騎士の妄念が起動する音がした。

 

 

 

 

「なんだ……?」

 

「ん? どうしたんだセイバー」

 

 粉々に破壊された人形兵器を見分している最中、ピクリと突然反応した自身のサーヴァント、“赤”のセイバーの様子に獅子劫は問いを投げる。

 一方の“赤”セイバーはその疑念に答えることなく、警戒するように視線を周囲へと素早く向ける。

 その尋常ならざる雰囲気に流石の獅子劫も察した。

 

「敵か?」

 

「分からん。が、戦場の空気が変わった。何か来るぞ、マスター」

 

「お前さんの直感か、このタイミングなら敵のサーヴァントかもしれんな。人形兵器のお陰で想定外の時間を喰ったからな。敵さんも本格的に動き出したということかもしれん。此処は一旦引いて──」

 

 態勢を立て直そう──そう続けるはずだった獅子劫の言葉はしかし、

 

「マスター!」

 

「なにッ!」

 

 “赤”のセイバーの檄と、驚愕によって途切れることとなった。

 

 二人から五十メートルほど離れた街灯に照らされた石畳、そこから黒い靄のようなものが立ち上がり、やがて靄は一つの人型を形取る。

 

 現れたのは中世の騎士然とした全身を甲冑で包み込んだ一人の騎士。全身に鎧を着こんでいるというのは“赤”のセイバーも同じことだが、あちらは鎧が漆黒である上、黒い靄のようなものを纏っており、不気味な様相だった。

 頭部を覆う兜の向こうから赤い視線が“赤”のセイバーを射止めている。

 

 その様を見て獅子劫は舌打ち交じりに叫ぶ。

 

「“黒”のサーヴァント……!」

 

 然り。即ちは敵の“黒”の陣営が英霊である。

 遂に垣間見えた敵方の英霊の姿に獅子劫は思考を高速で回す。

 

“いきなり仕掛けてきやがったな。取り合えず今のところは一騎駆けのようだが”

 

 しかし油断は一切できないだろう。

 此処は敵地なのだ。

 これ以上の援軍が無いなどとどうして言えよう。

 

 確かに視認できるサーヴァントは一体だけだが、もしかしたらアサシンを潜ませている可能性やアーチャーが構えている可能性もある。

 敵が複数いる以上、浮いた駒を集中的に狙うのはセオリーもセオリー。そしてこの場合、浮いた駒とは自分たちに他ならない。

 

“普通に考えりゃあどう考えても引くのが得策だ。好きに戦力を派遣できる連中と違ってこっちは“赤”の援軍に期待は出来ない。そうなると自力で切り抜けることが必然になるわけだが……”

 

 今は敵方のサーヴァントは一体のみだが、これ以上の援軍や戦力派兵があった場合、地理的に数的に戦力的に劣るこちらが圧倒的に不利なのは言うまでもない。確かにこちらのセイバーは早々に落とされるほど弱くはないが、だからといって単騎駆けで敵方の戦力を捌き切るのは厳しいだろう。

 であるならば脇目も振らずに撤退するのが最善の選択なわけだが……。

 

“が──敵のサーヴァントの力量を図る絶好の機会でもある、と”

 

 そう、その選択が獅子劫を迷わせた理由だ。

 敵は、ユグドミレニアは基本的にミレニア城塞にサーヴァントごと篭っている。出てくることがあるとすれば“赤”の陣営との全面交戦に伴うものだろうが、現在自陣営たる“赤”の陣営とのコンタクトは取れず、状況は不明瞭。

 そのため獅子劫に全面交戦のタイミングは読めず、必然的に敵方のサーヴァントと会敵する機会は早々無いこととなる。場合によってはぶっつけ本番で敵のサーヴァントと戦わねばならなくなるだろう。

 

 だとすれば、この機会。

 敵の方からこちらに仕掛けてきたというのは、リスクはそれ相応に伴うが、情報を得るという意味でもただ退却するというには惜しい。

 

“さて、どうしたもんか……”

 

 既に会敵している以上、迷っている時間はない。

 刹那にも満たない時間で獅子劫がリスクとリターンを洗い出していると、ブンと“赤”のセイバーが剣を構える。

 

「おい」

 

「やらせろよ。せっかく引きこもってた連中が向こうから仕掛けて来たんだ。丁度体も温まってきた処だし、ここらで“黒”のサーヴァントの実力とやらを拝んでおいてやろうじゃねえか」

 

 好戦的な“赤”のセイバーの言葉だが、奇しくもその内容は獅子劫が迷った選択肢と何ら変わらないモノだった。

 ……円卓の破片という、何れの円卓の騎士が現れるか分からない聖遺物によって現界した“赤”のセイバー。聖遺物による英霊の絞り込みが出来ない場合、呼び出される英霊はマスターと最も近しい存在だというのは獅子劫も知識として知っていたが、なるほど円卓の騎士の中において、“赤”のセイバーが何故自分の下に召喚されたのかがよく分かる。

 

 結局のところ、自分と一番かみ合うのは王に仕える上品な円卓の騎士なんかより“赤”のセイバーのようなリターンだけを見据えて勝ちを狙う野蛮で狡猾な者なのだろう。

 そこまで考え、獅子劫は全てのリスクを忘れた。

 

「……ま、此処はちょっくらやってみるか。ただしセイバー、いざとなったら即令呪を切ってでも離脱するぞ。文句は聞かん」

 

「オーケーオーケー。さっすが、オレのマスター。話が分かるぜ」

 

 そういって“赤”のセイバーは嬉々として剣を構え、そして視線の先、無言で立ち尽くす漆黒の騎士へと声を掛ける。

 

「そういうことだ、来いよ黒スケ! 望み通り相手してやる!」

 

 威勢よく吠えるセイバー。

 それが引き金(トリガー)だった。

 カタカタと黒い騎士が震えだす──そして。

 

「a……aa…Aaaaaaaaaaaaa!!」

 

「ッ!」

 

「こいつは……!?」

 

 雄叫びと同時に弾ける魔力。

 壮絶な咆哮によって放たれる強烈な殺意と狂気が魔力の波となって“赤”の主従を襲う。……もはや如何なクラスかなど考察する迄もないだろう。

 狂気に飲まれ、狂気のままに暴力を振るうそのサーヴァントの銘は……。

 

「“黒”のバーサーカーかッ!!」

 

「■■■■■■■──ッ!!!!」

 

 もはや言語化不能の叫びと共に“黒”のバーサーカーが躍りかかる。

 深く身構え警戒を深める“赤”のセイバー。

 さあ、どう来ると臨戦態勢の“赤”のセイバーに。

 

「何ッ!?」

 

 襲い掛かったのは人形兵器に次ぐ本日二度目の驚愕。

 中世の騎士然としたサーヴァント“黒”のバーサーカーが構えたのは剣でもなければ槍でも弓でもなかった。

 警戒を深めていた“赤”のセイバーをして驚くべき得物。

 それは──。

 

()だとッ!?」

 

 中世の騎士が持つはずがない、現代に作られた最新兵器だった。

 

「Fuuuuuuuuuuuu───!!!」

 

 構えられる二丁拳銃──ドイツ帝国で生産された自動拳銃ルガーP08とモーゼルC96をその両手に構え、斉射。

 年代物のにも関わらず、打ち出される銃弾は恐るべきことに現代に存在する最新の自動拳銃の弾速を遥かに上回っている上、装弾数も見た目に装填できる数から明らかに逸していた。

 

「おおおおおおおおおッ!!?」

 

 “赤”のセイバーは咄嗟に魔力放出まで用いて、その射線から逃れようと身を翻す。

 通常、近代兵器がサーヴァントの肉体に損害を与えるなどあり得ない。サーヴァント自身が武装として振るえば如何な武器もある程度の効果を発揮することもあるが、神秘とは逆位置にあるとさえ言っていい銃器による攻撃などサーヴァントに対して何ら効果を発揮するはずなどないのだ。

 

 しかし“赤”のセイバーは全力で回避行動を取る。

 それはスキルとして有する『直感』によるものか、“赤”のセイバー自身に備わった戦士としての経験がためか。

 果たして、その直感は確信へと変わる。

 

「つ、ぐっ……おぉ!」

 

 直撃は逃れたものの数弾、掠める。

 そして齎されたのは痛み(・・)

 

 間違いない、どういう手品かは分からぬものの、あのサーヴァントが振るう火器武装。アレは──サーヴァントを殺傷せしめる武器だ。

 

「セイバー!」

 

「下がってろ! マスター!」

 

 異常に獅子劫も気づいたのだろう。

 こちらを心配するように声を上げるが、先の人形兵器と違い、叫び返す“赤”のセイバーに余裕などない。何故なら……。

 

「Aaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 それを許すほど狂気なる騎士は甘い存在ではなかった。

 射線から逃れた“赤”のセイバーを追うように黒い騎士が駆け抜ける。

 姿勢を低く駆け抜ける様は四足獣に似通っていたが、その速度たるや先の狼などとは比べ物にならないほど速い、(はや)い!

 

「チィ!!」

 

 “赤”のセイバーは赤雷を伴った魔力放出で石畳の地面を切りつける。

 圧倒的な暴力により石畳は無残に砕け散り、赤雷が帯電しながら砂煙を上げて、突撃してくる漆黒の騎士と赤雷の騎士の姿を覆い隠す。

 

「Aa──」

 

 黒騎士の動きが僅かに止まる。

 目標を見失った“黒”のバーサーカーは次瞬の行動を迷い。

 

「オラァアア!!」

 

 その隙を“赤”のセイバーは見逃さなかった。

 砂煙を上げると同時に頭上へと跳んでいた“赤”のセイバーは砂煙に突っ込んだ“黒”のバーサーカーの位置を正確に把握していたのだ。

 重力と魔力放出を乗せた流星のような落下で目測を過たず砂煙に隠された黒騎士の身体を蹴り飛ばす。

 

「A──G──ッ!?」

 

 石畳を勢いよく転がっていく“黒”のバーサーカー。

 そのまま“赤”のセイバーは追撃せんと剣を構えて転がる“黒”のバーサーカーを追おうと赤雷を帯電する。だが、敵は狂気に飲まれながらも巧みだった。

 

「A──raaaaaaaaッ!」

 

 石畳に転がされながらも“黒”のバーサーカーは右手で地面を叩きつけ、体勢を水平に立て直し、左手で“赤”のセイバーに標準を定め、斉射。

 地面に転がりながらの曲芸ショットは追撃せんと身構えた“赤”のセイバーに強制的に守りを強いる。

 

「ぐぅ、狂戦士の分際で!!」

 

 剣で以て銃弾を捌きながら毒吐く。

 所詮は暴れるだけしか能のないバーサーカー……そう思っていたが、中々に小技が効く。如何な英霊かは知らないが、この王道から外れた余技。

 直感だが、相当に性格の悪い奴だと“赤”のセイバーは吐き捨てた。

 

「Fuuuuuu──Aaaaaaaa──ッ!!!」

 

 体勢を立て直した狂戦士が立ち上がり、再び吠えて両手に自動拳銃を構える。

 今度は左手に宿した拳銃で横にスライドしながら掃射しつつ、右手の自動拳銃で“赤”のセイバーを照準する。

 どうやら逃げ道を消した上で銃弾を浴びせるつもりらしいが。

 

「ハッ、小細工だな! 通じるかッ!!」

 

 “赤”セイバーの剣が赤雷を帯びる。

 柄を握りしめ“赤”のセイバーは大上段からまるで剣を振り下ろすようにして、

 

「シャァオラァ!!」

 

「────ッ!?」

 

 剣を──ぶん投げた(・・・・・)

 然しもの“黒”のバーサーカーもその攻撃は想定していなかったのか驚愕と共に身を低くしながら飛んでくる剣を咄嗟に真上へと蹴り飛ばす。

 ……刹那の判断で予想だにしない不意打ちを捌いてみせたのは凄まじい反応速度だった。狂気に飲まれ、名を語れずとも、生前はさぞ高名な騎士として名を馳せたのだろう。

 

関係ねえ(・・・・)。敵は死ね」

 

「Ga、Aaaaa──ッ!!!?」

 

 飛んでくる剣に対応した直後、時間差を置いて飛んできたもう一つの影が黒騎士に躍りかかり、地面へと叩きつけた。

 その影は魔力放出によって剣と同じように飛んできた“赤”のセイバーだ。

 “黒”のバーサーカーの胸倉を掴んで地面に叩き伏せた“赤”のセイバーは片手で黒騎士を抑えつつ、片手で真上から落ちてくる自身の得物を手にする。

 

「マウントポジション。死ね黒スケ」

 

 言って、“赤”のセイバーは回避が出来なくなった獲物の首目掛けて、剣を突き立てる。帯電し、片腕とはいえ魔力放出を伴った突きは音速で“黒”のバーサーカーの首元に落ちる。

 その速度、決して常人が反応できるものではなく──。

 

「何ッ!?」

 

 なればこそ、その常識を英雄は簡単に凌駕する。

 武器を手放し、捨てた黒騎士は身動き取れないまま唯一自由の利く両手で以て襲い来る音速の突きを紙一重で受け止めた。

 

 東洋の真剣白刃取り──難度は侍の振るう刀よりも遥かに高かったはずにも拘わらず、黒騎士は驚異的な見切りと反射で“赤”のセイバーの一撃を凌いだ。

 

「てめぇ……ガッ!!?」

 

 思わぬ敵の守勢に“赤”のセイバーが歯噛みした直後、“赤”のセイバーが吹き飛ばされるように仰け反る。

 動揺した“赤”のセイバーの隙を突いて、“黒”のバーサーカーは上半身を跳ね起こし、そのまま勢い良く“赤”のセイバーに頭突きを喰らわせたのだ。

 予想だにしない不意打ちを受けた“赤”のセイバーを追撃するように、“黒”のバーサーカーはそのまま“赤”のセイバーに掴みかかり、自身の拘束を解かせるように投げ捨てた。

 

 そうして立ち上がることに成功した“黒”のバーサーカーは小器用に踵でもって手放し地面に転がった自動拳銃を手元まで跳ね上げて掴み取り、倒れ掛かった“赤”のセイバー目掛けて、その引き金を引いた。

 

「ぐ、おおお、おおおおおおおおッ!!!」

 

 回避困難なその射撃に“赤”のセイバーはなりふり構わぬ魔力放出でもって対処する。剣を地面に突き立てて、それを杖代わりに立ち上がりつつ、足元で全力の魔力放出。弾丸のように銃の攻撃圏から逃れてみせる。

 

 されど……。

 

「いッつ……くっそ、掠めたか……!」

 

 欠けた具足。足を守っていた装甲の一部が破壊され、そこから赤い血が流れだしている。どうやら逃れる“赤”のセイバーを仕留めることは出来ないと悟った“黒”のバーサーカーが先に敵手の機動力から削いでいこうと判断したのだろう。足にのみ狙いを定めた一撃は過たず、“赤”のセイバーを射抜いていた。

 

「け、陰険な奴め……」

 

「大丈夫か、セイバー」

 

 不意に足の痛みが和らぐ、視線をやればいつの間にか駆け寄ってきた獅子劫が治癒魔術を使用していた。

 

「助かる。が、離れてな。あのバーサーカー、バーサーカーの癖して存外にねちっこいぞ。何処かの根暗を思い出す」

 

「みたいだな。バーサーカーという割には妙に戦術的というか……ステータスが閲覧できないことと言い、何か特別なスキルを持ってるのかもな」

 

「あぁ……? ステータスが見えないだと?」

 

 獅子劫の言葉に“赤”のセイバーが反応する。

 聖杯に選ばれたマスターがサーヴァントを閲覧する能力を持っているのは“赤”のセイバーとて知っている基礎知識だ。

 それが閲覧できないとなると何らかの情報の隠蔽宝具なり、スキルなりを持っているということである。

 それ即ち。

 

「あの黒スケ根暗野郎……! うぜぇ上にオレをパクりやがってんのか!」

 

「……いや、セイバー。別にお前をパクったわけじゃないと思うぞ」

 

 ……星の数ほどいるだろうサーヴァントである。

 別に能力値を隠蔽するサーヴァントなど“赤”のセイバーや“黒”のバーサーカーの他にもきっといるだろうに。

 しかし、そんなのは関係ないとばかりに“赤”のセイバーは立ち上がる。

 

「決めたぞ。アレはオレが叩っ切る! 文句はないなマスター!」

 

「大ありだ馬鹿! 目的を忘れてんなセイバー!!」

 

 吠える“赤”のセイバーに吠え返す獅子劫。

 敵サーヴァントの力量を見る、という当初の目標を考えれば既に戦果は十二分と言えるだろう。

 明らかに時代に見合わぬ近代武装、狂戦士には見合わぬ冷静な判断能力に技の数々。初見の辺りで得られる情報としては十分だ。

 

「引くぞセイバー──これ以上は深追いが過ぎる。ただでさえ長居してんだ。そろそろあちらさんも釣れた獲物を本気で狩るか迷いだしてくる頃だろう。此処が引き際だ……お前だろうと文句は聞かん」

 

「…………ちっ、わぁったよ!!」

 

 獅子劫の有無を言わせない言葉に“赤”のセイバーは歯噛みしつつも渋々と納得する。その上で“赤”のセイバーは“黒”のバーサーカーに剣を向けて、睨みつけて吠えた。

 

「テメェとの決着はまた今度だパクり黒スケ! 次はオレ手ずから殺してやるからせいぜい覚悟してやがれ!!」

 

「U……Aaaa……!!」

 

 その宣戦布告を受けて“黒”のバーサーカーはうめき声を漏らしながら再び銃を構え、戦闘を再開しようとするが──それよりも早く“赤”のセイバーが動く。

 

「一気に離脱するぞ、振り落とされんなよマスター!!」

 

「おい、ちょ、待て、セイ……う、うおおおおおおおおおッ!?」

 

 獅子劫の首根っこを掴んだ“赤”のセイバーは三角跳びの要領で適当な家屋の壁面を蹴り飛ばし、空中に身を躍らせる。

 そして彼方に見える街を囲う石の城壁を見据え、そのまま魔力放出を用いて全力で跳んだ。

 

 獅子劫の尾を引く悲鳴を傍らに“赤”の主従は全速力で敵の領地を離脱するのであった。

 

 

 

 

「──見事な引き際だな」

 

「うむ、冷静に戦況を見ておる」

 

 投影されている映像にて敵方のサーヴァント“赤”のセイバーが離脱していくのを見送り、ダーニックは短く所感を口にし、ヴラド三世が頷く。

 

 獅子劫が察した通り“赤”の主従がこれ以上、食いついてくるようであればダーニックとヴラド三世は共にアーチャーを増援として派遣しようと考えていたのだ。これを機に最優のサーヴァントを仕留めんと。

 しかし敵方はその様子を実際に目にするまでもなく、察し、見事なタイミングで手を引いてみせた。戦況を見るいい()を持っている証である。

 

「強いな。アレが余の敵、“赤”の陣営か」

 

「ええ、そして我々ユグドミレニアの敵でもある。あのセイバーを含めて、残るは六騎。何れも時計塔の手練れに率いられた難敵となることでしょう」

 

「しかし、負けるつもりはない。そうであろう? ダーニックよ。向こうが誇るべきサーヴァントを有しているように、今の余にも優れた将が存在しているのだから……そうだ、ダーニックの甥の……アルドルと言ったな。お前が“黒”のバーサーカーを遣わした差配、確かに納得したぞ」

 

 そう言って眼下のアルドルに視線を向けるヴラド三世。

 視線を受けたアルドルはさして緊張するわけでもなく、いつものように“黒”の陣営の支配者たるヴラド三世に対して口を開いた。

 

「……狂気に飲まれながらも確とした武芸を振るう者……知識として頭に入れるよりも、実際に目にさせた方がお歴々の納得に繋がると愚考したまで、満足していただけたようなら幸いだ、領王よ」

 

「うむ、良い献策であった。ダーニックよ、良い後継を得たな。余をして少し羨ましく思うぞ」

 

「ハッ、手腕に未だ未熟な所もありますが、私の誇るべき後継であります」

 

「うむ」

 

 ヴラド三世の言葉を受けて、ダーニックは謙遜の言葉を口にするものの、何処か誇らしげなのは否めない。

 身内びいきと言われようとも、自身の次期後継をあのヴラド三世に手放しで褒められて何も感じない程、冷徹ではなかった。

 

「そして──“黒”のバーサーカーのマスターよ。お主も良い仕事であった。狂戦士が単に暴れることしか脳のない存在であると、侮ったことを謝罪しよう」

 

「きょ、恐縮……です……!」

 

 次いでヴラド三世は“黒”のバーサーカーのマスターであるカウレスの方に目を向ける。

 視線を受けたカウレスは言葉を震わせながらも何とか応えてみせるが、息も絶え絶えといった様相の彼に余裕はなかった。

 

「大丈夫? カウレス?」

 

「あ、ああ、何とかね。……今更だけど、これが聖杯大戦でよかった。もし普通の聖杯戦争だったら流石に持ちそうにないな……」

 

 心配する姉の言葉に苦笑しつつ応えるカウレス。

 言うまでもなく消耗は“黒”のバーサーカーの戦闘による負荷だった。

 ゴルドの構築したシステムにより魔力供給は分割されているとはいえ、基準となるのはやはりマスターの魔力、よって自身のサーヴァントが戦闘を行えばそれなりのフィードバックが生じる。

 

 まして魔力量も回路も三流の魔術師が大飯喰らいのバーサーカーを操れば、この通りというわけだ。

 

 そんな消耗するカウレスをジッっと眺めて、アルドルは不意に口を開く。

 

「ムジーク。一つ聞きたい」

 

「う、む……な、何かね?」

 

 突然に矛先を向けられたゴルドは動揺してどもるが、アルドルは特に気にした様子もなく端的に要件を告げる。

 

「“黒”のバーサーカーの戦闘による消耗は相当だ。地下にある魔力分割供給を行うホムンクルス……そちらに影響はないだろうか?」

 

「……ふん、そのことか」

 

 それはゴルドが作り上げたユグドミレニアが反則級なシステムのことだ。

 先に述べたようにユグドミレニアのマスターたちは元来、サーヴァントに供給しなくてはならない魔力を代替手段で以て分散している。

 これはサーヴァント運用に際して消耗する魔力を抑えることができるという、聖杯大戦に挑む上では正に反則級のシステムであるが……。

 

 他ならぬその魔力を代替供給しているのは、地下にて培養されているムジーク家の技術で以て作り上げたホムンクルスたちであるのだ。

 カウレスの消耗のしようを見て、アルドルはそちらに対する影響を懸念したのだろう。しかしゴルドはそれに鼻を鳴らす。

 

 如何に次期当主、規格外の魔術師であろうともムジーク家の技術力を侮るなと。

 

「そんなことは想定済みだ。万が一ホムンクルスどもが衰弱死したところで、すぐに代用は効く。半日もあれば新たなホムンクルスを補充することは簡単にできる。気にする必要はない」

 

 その、ゴルドが告げた言葉にアルドルは──。

 

 

「──そうか(・・・)

 

 

 満足げな(・・・・)笑みを浮かべた(・・・・・・・)

 

「カウレス、予定通りバーサーカーを引かせてくれ。“赤”のセイバーらが離脱した以上、これ以上の戦闘は無いだろう。他の襲撃はホムンクルスやゴーレムたちに任せてお前は休むと良い」

 

「……了解。どっちみちこれ以上はちょっと辛いし」

 

 ふぅと額を拭いながらアルドルの言葉に軽く返すカウレス。

 流石の彼も見栄を張れるほど、もう無理は出来ないということだろう。

 

「うん。少し無理をさせたな、後で何か持っていこう。ダーニックにヴラド公。此度はこれにてお開きということで構わないかな?」

 

「ああ。引き続き“赤”の陣営を警戒しなくてはならないが、もうじき夜明けだ。今晩中に他の動きがある可能性は少ないだろうからな」

 

「余からも特に言うべきことは無い。重ねて言うが此度の献策は見事であった。その調子で今後も頼んだぞ。アルドルよ」

 

 アルドルの言葉にダーニックとヴラド三世は問題ないと両者頷く。

 “赤”のセイバーを陽動として、他に“赤”の陣営の襲撃も可能性としては存在するが──ダーニックの言葉を受けるまでもなくまあ無いだろうとアルドルは確信していた。

 

「セレニケ」

 

「何かしら?」

 

「ライダーを、アストルフォを(・・・・・・・)見守っておいてくれ(・・・・・・・・・)。万が一、“赤”の陣営が襲撃してきた際には足の速いライダーが迎撃を担当することになるやもしれん。負担を掛けるが明け方まで警戒を任せたい」

 

「……道理ね。面倒くさいけど分かったわ。ライダー、そういうわけだから私と待機しておいてちょうだい。くれぐれも城を勝手に歩き回らないこと」

 

「え……朝までマスターと一緒? アルドルー? ちょっとアーチャーと役割を交代してくれないかなー?」

 

「……だそうだ、が? アーチャー?」

 

「ふむ……そうですね。それなら一緒に警戒するということでどうでしょう。私は夜目も利きますし、知っての通り弓兵(アーチャー)ですから。ライダーと一緒に警戒に回れば不意の襲撃にも十分に対応できるかと。マスター、よろしいですか?」

 

「ええ、構いません。貴方の言う通りお任せしますアーチャー」

 

「やた。それじゃあアーチャーも一緒にボクと待機しよう。一緒にね!」 

 

「ふふふ……了解しましたライダー。貴女も構いませんか、ライダーのマスター、セレニケ殿」

 

「……はぁ、良いわ。今日の所はそうしましょう」

 

 そういって何処かホッとしたようにクルクルと回りながらケイローンの下に歩み寄るアストルフォ。

 彼の切実な事情を知るアーチャーは苦笑しつつ、何処か苦々し気なライダーのマスターを伴いながら敵の警戒へと回る。

 

「アルドル、私は……」

 

「カウレスに付いてやっててくれ。……そうだな、用事(・・)が終わったら何か甘いものでも持っていこう。気晴らしには丁度良いだろう。尤も一番は眠ることが最適だが……」

 

「……疲れてるけど流石に気が立ってて眠れそうにないです」

 

「──とのことだからな」

 

「……ふふ、では姉として任されました。カウレス、取り合えず部屋に戻って休みましょう。座って落ち着くだけでも体力の回復にはなるわ」

 

「了解……」

 

 ゆっくりと緩慢な動作で歩き出すカウレスと付き添うように車椅子を回しながら寄り添うフィオレ。

 彼は仕事を十分にやってくれた、後は今後に備えてゆっくりと英気を養ってもらうのみだ。

 

「ムジーク、俺は念のため地下を見てくる。もしかしたら後で仕事(・・)を頼むかもしれん。良いか?」

 

「こちらの領分だからな、文句はない。ただ今日はもう自室で休ませてもらう。問題ないなアルドル」

 

「ああ。今すぐに対処する必要は無いだろうからな、問題ない」

 

「そうか。……いくぞ。セイバー」

 

「…………」

 

 ゴルドは相変わらずといった様で会話を済ますや否や、ツカツカと歩き去っていく。それに追従しながらもセイバーは目礼を一つアルドルの方に向け、彼もまた立ち去った。

 

「さて、んじゃあ俺たちも戻らせてもらいますかね。……オラ、ボウズ。映像そっちのけでいつまでゴーレム弄ってやがんだ」

 

「あ、ちょ……今、画期的な機構がって、勝手にとるな! 返せよ! ああ! そんなブンブン振り回すんじゃない! また壊したら今度こそ令呪使うぞ!」

 

「はっはっは。その場合は『ゴーレムを壊すな』っていうとんでもなく馬鹿な命令に令呪を使ったってダーニック辺りにドヤされるだろうぜ。おら! 言ってないでさっさと行くぞボウズ」

 

 キャスターの主従はとことん相性が悪いのかぎゃあぎゃあ騒ぎつつ、自分たちの工房へと戻っていった。

 ……いや、ある意味ではアレはアレで噛み合ってるのかもしれない。マイナスの相乗効果になるようなら頭を悩ませるところだが、アレで上手くいくようなら思わぬ収穫となるだろうとアルドルは頷いた。

 

 そうして……ダーニックとヴラド三世が去り、セレニケとアストルフォとケイローンが去り、カウレスとフィオレが去り、ゴルドとセイバーが去り、ロシェとキャスターも去った。

 

 マスターとサーヴァントはそれぞれ役目に、或いは休息に付き、今日の所の聖杯大戦は一応の幕を閉じることとなるだろう。

 故に──。

 

 

「さて──『運命』を殺しに行くとしよう」

 

 

 このタイミングで不穏分子を潰そうと。

 『先祖返り(ヴェラチュール)』が動き出す。

 全ては千年樹に栄光を齎す為に。

 

 勝利とは常に遠く、得難いモノ。

 それを手にするためには常に犠牲が付きものなのだから──。




「ふんふんふふーん! やあ蒼崎にプレストーン!
 相変わらず──ぐふ……ぶほ……(バタリ)」

「……遅れたな、蒼崎、プレストーン。
 む、何故アルバが……これはガンドにルーンか。
 学院で暴れるもの程々にしておけ」


──ある日の時計塔にて、犠牲者一名。

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