千年樹に栄光を   作:アグナ

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「では、栄えある物語(ハール・サガ)を始めよう」


そして運命/物語は崩れゆく

 伝承再演(スキャン)──群霊黄金宮(データベース)再生。

 群霊(情報体)を基準に仮想自立思考(アーティフィシャル・インテリジェンス)定義。

 我思う故に我あり(パーソナルデータ)入力。

 定義した思考回路計二百を『邪竜と聖女(フローチャート:オメガ)』まで演算開始。

 

 魔術式(ソフト)智慧の泉(アウルゲルミル)”──起動。

 九つ廻る千年神樹(ナインヘイムユグドミレニア)

 第一世界観(パターン・アースガルド)にて開始します。

 

 

 

 『工房』から右目を通して伝わる情報の波。

 その情報を()ながら私は一人、ミレニア城塞の地下に設けられた培養室へと踏み入った。

 水槽の向こう、ガラス越しには人間離れした白肌白髪をした人形のような人型、ムジーク家の錬金術にて生成されたホムンクルスたちが浮かんでいる。

 

 一見して眠るようにして沈黙する彼ら。

 だが、私は識っている(・・・・・)

 サーヴァントという規格外を神秘を維持するために彼らは現在進行形で命を削られる苦しみを味わっていることを。

 水槽に満たされた溶液によって、常人における血液とも言い換えられる魔力を吸い出され、サーヴァントらが呼吸するための養分に変えられていることを。

 

 それに『■■■■(わたし)』は罪悪感と憐憫の感情を思うが、即座にアルドル(わたし)が否定する。それはただの偽善(感傷)だと。

 この程度の非情で止まるなら初めから『■■■■(わたし)』はアルドル(わたし)となることを望まなかっただろうと。

 受け入れ、決意し、歩き出した。

 であればもはや傍観者ではいられない。

 『■■■■(わたし)』はアルドル(わたし)だ。ユグドミレニアの魔術師としてするべきことはあまりにも明白だった。

 

「勝利を」

 

 即ちは千年樹に栄光(みらい)を。

 定められた運命を書き換え、導くと誓った。

 

「演算、停止」

 

 主観記憶(パーソナルデータ)を通じて、異なる(記憶)がありとあらゆる展開(パターン)を予想する。

 回答は概ね肯定。やはり抑止力(妨害)を警戒して幾つかの物語(アンサー)は想定外の事態を訴えるが、状況は既に作り上げている。

 

 サーヴァント(“黒”のバーサーカー)による早期の大量魔力消費。

 弱者に手を差し伸べる英雄(アストルフォ)の行動抑制。

 培養室に仕掛けた忘却のルーンによる結界。

 

 ……今この時この瞬間、この場に居合わせられるのは私一人だ。

 

「そして、私は神に愛されない(・・・・・・・・・)

 

 この世界の普遍無意識(アラヤ)に属さない私に対して、彼らは直接的なアクションを取ることができない。

 何せ彼らの()に私は見えない。

 私が物語の人物と言葉を交わし、話し合えないのと同じように。

 物語もまた自身らを俯瞰する読者の存在を悟り得ない。

 一方的な認知──世界に対する干渉を起こさない限り、彼らが私を捉えられないことは嘗て『正義の味方』と殺し合った時に経験済みだ。

 

 尤も、彼らも危うく『第一』を成立させかけた状況では私の存在に気づくようだが。

 とはいえ、幾ら連中に目を付けられたからと言って、いきなり自らのサーヴァントに裏切りの憂いに遭うとは思わなかったが。

 『彼』が躊躇いなく私と交わした契約よりも本職を優先し、仕事人として職務を全うしにかかる辺り流石というしかあるまい。

 

 幸いにして、私自身の特性のお陰で話に聞くほどの理不尽さを振るうことはなかったものの、それでも流石に無茶が過ぎた。

 見せ札は勿論のこと、十分な準備もしないまま切り札まで切ったものだから危うく魂が蒸発しかけた時は、流石にこれまでかと思ったが……切り抜けたのは我ながら悪運が良かったとしか言えない。

 

 魂はおろか、身体をも激しく損傷したのは痛手であったが、そんな死線を潜り抜けた報酬として、代わりに予想外の戦利品が手に入ったのは幸運だった。

 あの戦利品のお陰で私は『枯れ枝』を用いた『工房』を完成させることができたのだ。生身(ほんたい)を動かすことなく、動き回ることができるようになったのは正に初めて天が味方してくれたと言えるだろう。

 

「今アルバに会ったら、あの台詞が言えそうだ」

 

 そういって自分の口ずさんだ冗談に笑ってしまう。

 ()から彼のことは知っているが、やること成すこと魔術師らしい典型的な外道さなのに、本人の性格と結末のせいでいつの間にか萌えキャラ扱いされていたのは是非もあるまい。

 初対面の時、咄嗟に愛称(・・)を口走りかけたのは今でも私の中だけで再生できる思い出だ。

 

「蒼崎、荒耶、アルバ、カルマグリフ……」

 

 彼らに学び、教わり、魔術師という生き方を()った。

 常識の枷を外し、初めて世界を肌で感じ取った。

 

「ジェスター、ベリル、プレラーティ、無銘の英雄……」

 

 恐らく最も死に近づけさせられた難敵たち。

 命を掛けた削り合いは私に死の恐怖と生の歓喜を教えた。

 

「──ユグドミレニア」

 

 ──私は己が名と、それに寄せられる期待と信頼を自覚した。

 そうだ、此処は空想じゃない、夢でもない、ましてや物語ですらない。

 

「私は今、生きている(・・・・・)

 

 両足で大地に立ち、呼吸し、人生を歩んでいる。

 ならばどうする? どう生きる?

 私は、アルドル・プレストーン・ユグドミレニアはどうしたい──。

 

「決まっている」

 

 ──設定は把握した。

 ──人格(キャラクター)は形成された。

 ──背景も決まった。

 ──成すべき目標もある。

 ──望まれる役も理解した。

 

「よって、私は私を定義する」

 

 魔術師(・・・)アルドル・プレストーン・ユグドミレニア。

 そう名乗り、そう呼ばれ、そう期待されるならば。

 私はそのように生きよう。

 それが私の決めた人生、私だけの物語(サーガ)

 

 そのためならば、『運命』を打倒しよう。

 筋書きを書き換え、結末を変更しよう。

 もしも(IF)を手にしてこその外訪者。

 

 その期待に応えずとして何のための私だという──。

 

「そういうわけだ。名無しの役者(ホムンクルス)、既に外典の筋書きは我が手に。故に用済みの役者には退場願いたい」

 

 そうして──私は一つの水槽の前に辿り着く。

 百数にも及ぶ培養されたホムンクルスたちの中に()はいた。

 

 目を瞑り、歯を食いしばり、苦行を強いられる少年としか言えない年頃のホムンクルスの姿は誰が見ても虐げられる弱者の姿そのものだ。

 仮に一族の誰もがこの場に居合わせても、この少年に脅威を思い描くことは無いだろう。反逆されたとしても各々が誇る自慢の魔術で一瞬のうちに一方的な死を与えることができるはずだ。

 

 だが……私は()っている。

 この名も無きホムンクルスが背負う運命を。

 少年が抱く切なる想いと、それが齎す結末を識っている。

 

「敢えて話そう。ホムンクルス、いや──名無しの役者(ジーク)

 

 ガラス越しに手を触れ、苦しむ少年に声を掛ける。

 展開を作ったのは他ならぬ私だ。

 状況を速めたのは他ならぬ私だ。

 だからこそ私は少年が自意識に目覚めかけていることも、今に魔力を放出するだけの魔術回路が運命の産声と共に起動することを知っている。

 

 透明の断絶。

 世界を隔てて私は彼と会話をする。

 それが私なりの敬意であり、ケジメだ。

 

「告白しよう。君からすれば私は忌むべき存在なのだろうが、私は君のことを嫌ってはいない。いやむしろ好いているとさえ言っていいだろう。或いは立場さえ違っていれば君の味方として立つほどには」

 

 一つの『運命』を愛したものとして、それは偽りのない言葉だった。

 いや、彼だけではない。

 

 私は全てを愛している。

 

 私が舞台から追い立てた役者(サーヴァント)たち。

 私のアドリブによって消された敵役(マスター)

 彼らが紡いだだろう宿命(Fate)を、私は愛している。

 

 しかし──いや、だからこそ。

 

「だからこそ──同時にこうも思ってしまう。違う話を読んでみたい。違う結末が見てみたいと。この生と死の螺旋の果てに、私は未知の結末を見てみたい」

 

 それが『■■■■(わたし)』の願望だった。

 それが『アルドル(わたし)』の未来(のぞみ)だった。

 

「嘆いてくれても憎んでくれても恨んでくれても構わない。身勝手だと糾弾する権利が君にはある。それだけの理不尽をやろうとしている自覚もある」

 

 だが、その上でこう言おう。

 

「全て理解()った上で──お前を殺そう。『運命(仇敵)』よ。栄えあるユグドミレニアの物語にお前は不要だ」

 

 胸に抱く感傷の全てを切り捨てて、私は魔術回路を呼び起こす。

 ガラス越しに翳した手に、まるで木の根のように幾本もの魔術回路が迸る。

 その数、驚異の百八本。

 及ぶものなど記憶の限りにおいて《弓》の異名を背負った少女しかいないだろう三桁の魔術回路は虚弱なホムンクルスを殺すに足るだけの魔力を一瞬のうちに生成する。

 

 ──指先が動く。

 

「『I(イス)』」

 

 風と水、二重属性を操る私にとってそれは最も簡単な魔術だ。

 ガラス越し、水槽に満たされた溶液が凍り付き始める。

 

「では、せめて眠るように逝くが良い。これで、私が君に向ける最後の誠意とする」

 

 やがて氷はガラス越しに生きる少年の鼓動を止めるだろう。

 私の魔力量で行使されるルーン魔術は術の巧みさや精度こそ蒼崎に譲るものの、威力という一面においては圧倒している。

 言葉は(意味)を越え、衰退(概念)に届いている。

 仮に抵抗するならば最低でも低ランクの対魔力か私と同等の魔力量、或いは天才魔術師(ケイネス・アーチボルト)ほどの魔術師としての力量が必要となる

 即ち、名も無き彼に抵抗する術など無く──。

 

「あな、た……は……なに……?」

 

「──────」

 

 ならばそれは奇跡としか言えなかった。

 或いはこれこそ運命のいたずらという奴か。

 

 目が合う。

 死に瀕し、死に向かう少年の目が。

 か弱すぎる眼差しの光は消えかけだ。

 やがて泡沫と消えるだろう。

 

 文字通り最後の、遺言となる言葉。

 嘆きでも憎しみでも恨みでも……まして怒りでさえない。

 

 それは余りにも透き通った純粋な感情(問い)だった。

 だから応えようと思った。

 誰も、今まで関わってきた学友や難敵たち、一族のカウレスやフィオレ……ダーニックですら知らない私という存在の真実を。

 

「私は異邦人(きゃく)だよ。君と同じ、名も無き読者(だれか)さ」

 

「そ……う……」

 

 そうして、少年は息を引き取った。

 そうして、運命は此処に潰えた。

 

 『■■■■(わたし)』が愛し、誰かが愛した物語を、その手で摘み取った。

 よって──。

 

「これにて、全ての準備は整った」

 

 事ここに至ればもはや聖女も止められない。

 筋書きは崩した、役者は消えた、運命は潰えた。

 ならば始まるは真実の聖杯大戦。

 異なる陣営の英霊同士が本当(・・)に殺し合う戦争、“黒”と“赤”の戦いだ。

 

「実力勝負で潰されるならばそれもまた、一つの結末。バッドエンドとて受け入れようとも。だがその上で何度でも私はこう言おう。勝つのは我々、ユグドミレニアであると。千年樹に栄光を。それが私の──主演(わたし)の意志と知れ」

 

 白い外套を翻し、培養室を後にする。

 残ったのはサーヴァントの魔力供給に耐え切れず、衰弱死した一体の名も無きホムンクルスのみ。

 他には何もない。

 

 ……一度だけアルドルは、静寂に振り返った。

 そして──二度と後ろを振り向くことなく、前を見据えて強い足取りで立ち去った。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 運命の車輪が廻る──外典を外れた筋書き。

 それは主演すら知らぬ場所で動き出す。

 

「此処ならば城塞を狙うのに丁度良いか」

 

 そう呟くのは一人の女……いや少女だった。

 一見してセーラー服にも似た白いシャツにスカート、帽子(キャスケット)と上着に緑のパーカーを羽織っているその姿は現代を生きる学生の様だった。

 稲穂のような金色の髪と緑化している前髪、野性味がありつつも年頃の少女らしい端正な顔立ちは美少女と言って差し支えない程には容姿に優れている。

 

 違和感があるとすれば、彼女の帽子が何故か時折ピクリと帽子の内に何かあるように動くことと、彼女がいる場所が夜明け前のトゥリファス市庁舎の屋上であったこと──そして常人の身体能力を凌駕するだろう警備ホムンクルスとゴーレムが地面に倒れ伏していることだった。

 

 ユグドミレニアの領域でユグドミレニアが配置した兵士を昏倒させし者──該当する存在などそうはいないだろう。“赤”の陣営のサーヴァント、それが少女の正体であった。

 

「ほーん、アレが噂の敵の城か。なんだ、思ってたより脆そうだが」

 

 そして居合わせたのは少女一人だけではない。

 その傍にもう一人、青年が立っている。

 白いシャツに藍色のデニムパンツ、黒いパーカーと少女と似通った服装だが、こちらは高身長なことと本人の性格か隠し切れないラフさがにじみ出てるせいで何処か軽薄な二枚目といった雰囲気だ。

 しかし白いシャツの上からでも見え隠れする鍛え上げられた肉体とがっしりとした手足はそこらのアスリートよりも完成されていた。

 或いは休日のアスリート選手と言われても納得してしまうほどに。

 少女と同じくこちらも容姿に優れており、仮にこの場に異性が居合わせたならばさぞ注目されたことであろう──その手に槍を手にしている、という異端性を含めて、だが。

 

「しかしアレだな。肩慣らしがてら来たはいいものの、さっきのアレを見た後だと警備の雑魚を蹴散らす程度じゃどうも拍子抜けだ。いっそ、“黒”のバーサーカーがこっちに気づいてきたらもう少し面白くなっていたんだろうが……」

 

「……はぁ、ならば何故着いてきたのだ。再三私は言ったはずだ、今回はただの偵察であるとな」

 

 青年の軽口に少女は呆れたようにため息交じりで口にする。

 少女のいう通り、此度はあくまで偵察の……それも後方役になる少女自身が立ち回りやすい場所を探すためのものだった。間違っても少女とは違い、前線に赴くだろう青年には関係なく、また敵に悟られないよう隠密行動を心がけるという観点から態々、二人で行動する理由は無い。

 いや寧ろ複数行動になる分、リスクは上がってしまうことだろう。

 

「何そういうなよ。第一、女を一人戦場に向かわせるのは主義に反するのでね。ましてそれが見目麗しい少女であるなら尚の事、戦士としてエスコートするのが当然だろう?」

 

 やや格好つけて気障に言い切る青年。

 なるほど青年の整った容姿で告げられる言葉はそこらの俳優より様になっていたがしかし。

 

「ふん、であれば知らず戦いに巻き込まれたであろう町娘たちにでも構っていると良い。汝の言うエスコートとやらは私には不要だ」

 

 その魅力に堪えることなく、青年の台詞は素気無く切り捨てられた。

 本当に興味ないのだろう。

 少女の視線は一瞬でミレニア城塞の方に向き直る。

 

「つれないねえ。せっかく当代の衣装とやらも身に着けてるんだ。もう少し肩の力を抜いて現世を楽しまないのかい姐さん。そう仕事ばかりだと肩が張るだろうさ」

 

 姐さん、とは少女の事だろう。

 些か見た目から見受けられる年齢差を考えると違和感のある呼称であるが、呼んだ青年の方も呼ばれた少女の方も特に気にした様子はない。

 そのまま取り留めもない会話を続ける。

 

「そういう汝は肩の力が抜けすぎているな。仮にも敵地、気張るのは当然であろう。“赤”のキャスターの護符があるとはいえ、あの男は生粋の魔術師というわけではない。“黒”の陣営のキャスターの力量差によっては感知されてもおかしくはないのだぞ?」

 

 言ってチャラッと首元から護符とやらを取り出す少女。

 護符というよりもどちらかと言えば小さなメモ帳かそれを模したキーホルダーのような品だった。

 確かに魔力を放っているようで、護符の効果があるには違いない。

 

「なに、その時は戦士として戦うだけだ。相手が手練れっていうなら、それこそ望むところだろうよ。或いは我が肉体を傷つけうる戦士であるならば、俺から望むところだ」

 

「そうか、ではその時は汝に任せて私は引くとしよう」

 

「おいおい、そりゃないぜ姐さん。そこは私も援護するって言ってくれる所じゃないのか?」

 

「無策で敵に突撃するほど私は考えなしには付き合えん」

 

 プイッと懐かない猫のように青年の威勢の良い言い分をはね退ける少女。

 それに青年はガックリと項垂れた。

 

「やれやれ、話の分かる奴が少なくて悲しいねえ」

 

「そんなに退屈ならあの神父とでも話しているが良いし、戦いを望むのであれば“赤”のランサーとでも仕合っているが良いだろう。汝の肉体を傷つけられる、というならばあの男もそうだろう」

 

「……ありゃあダメだろ。敵として本気でやるならともかく、味方として在るなら仕合えん。槍を交わしちまうとじゃれ合う程度で済むような奴じゃあない。俺とあいつがやり合えば、必然的に本気になっちまうだろうさ。俺も、そしてあいつも。戦士だからな」

 

「ふん、そういうものか」

 

「そして神父の方だが……事の話には納得したがあいつは好かん。単純にな」

 

 神父とは、“赤”の陣営に属するシロウ・コトミネその人の事だろう。

 何やら思うところがあるのか快活な青年の口調に歯切れの悪いものが混ざる。

 

「なあ、姐さん。アンタはあの神父に何も感じないのかい?」

 

「何も感じないというわけではないが、聖杯大戦に支障を来すほどの話でもない。それにその話については汝も含め、散々神父を問い詰めたし、気に食わなかったならばあの時に射殺していた。それに、そう悪い話でもない。全人類に救済を与える──私としては全ての人類に興味はないが、救済に関しては私も賛成する所だからな」

 

「ああ、姐さんの願いは……」

 

「この世の子供たちが愛される世界……全ての人類を救うというのであればその願いは私の願いにも則している。否は無い」

 

 青年とは違い、シロウ神父への懸念を割り切ってるのだろう。

 少女は迷いのない口調で言い切る。

 しかし青年の方はそこまですっぱりと割り切れないのか、言葉を続ける。

 

「そうはいうがね。なあ、姐さんはあいつの裏切り(・・・)については気にしていないのかい?」

 

「……ああ、その話か」

 

 青年の言う裏切り、というのはシロウ神父が彼らサーヴァントに強いていた行為の事だった。

 

 ──この青年に限らず当初、少女や未だ姿見せぬ“赤”のランサー、それに“赤”のバーサーカーはサーヴァントの召喚に際して尚、姿を見せないマスターたちのことを隠れているものだとシロウ神父から聞かされていた。

 青年らが召喚された儀式場で“赤”の陣営の監督役兼司令官を任されたという男の言い分に特に違和感というものは感じられなかったし、知識として得た現代の魔術師像の記録とも一致している。

 だから戦いの指揮をシロウ神父に任せて、自らのマスターたちは工房やらなにやらに引きこもっているのだろうと、そう疑わなかった。

 

 だが先日、シロウ神父──否、天草四郎時貞と名乗った“赤”のルーラーは言った。

 既に“赤”のセイバーのマスターのみを除き、全てのマスターが今は無き“赤”のルーラーのサーヴァントであった“赤”のアサシンの毒によって正気を奪われていたということ。

 本来であれば“黒”の陣営から聖杯を奪取したタイミングでマスター権を自らに委譲し、事情を“赤”のサーヴァントらに話す予定だったこと。

 そして──自らが第三次聖杯戦争にて呼ばれたサーヴァントであり、全人類を救うために聖杯を行使しようとしているといった野望まで、シロウ神父は事の概要を洗いざらいを話した。

 

 青年に槍を首元に付きつけられ、少女に矢で狙われながらも、しかし青年は聖人のような微笑みと、修行僧のような巌の如き決意に満ちた瞳で怯むことなく野望を口にした。

 ……それに青年と少女は槍と矢を下ろした、青年も少女も思うところはあったものの、自らの願いと照らし合わせて自身を納得させ、あの男に“赤”の指揮権を渡した。

 

「汝と違って私は元より戦いを始める前から裏をかかれるマスターを主として認めるつもりはない」

 

「そういう話かねえ。……ま、過ぎた話をいつまでも引きずっててもしゃあないか」

 

 パンと一つ両手で頬を叩き、気合の一声を上げる青年。

 それで切り替えは済んだのだろう、辛気臭い表情は一変し、いつもの快活さに満ちた口調に戻る。

 

「しかしアレだな。あの神父の言葉通りに進んでいれば俺らも裏の事情を知ることは無かったんだ。そういう意味じゃ“黒”の陣営ってのも中々に痛快だな! 主犯は“黒”のランサーのマスターの……ダーニックって言ったか。良いねえ、気合の入った奴は嫌いじゃあない」

 

「その話は神父の予想に過ぎんだろう。私としては誰が犯人にせよ神父を刺し、結果的に“赤”のアサシンを屠ることとなった“黒”のアサシンの方が気になる。敵陣に堂々と踏み入って目的を達する胆力は驚異的だ。神父を謀った魔術師よりもそちらを警戒すべきだと思う」

 

「そうか? 言って所詮は隠れて背中を刺すだけの暗殺者だろう? 気を張ってれば背後は取られんだろうし、戦ったとしてもオレの相手じゃないだろうさ」

 

「ふん、些か汝は油断が過ぎるな。たとえ弱くとも、踏み込むべき所で踏み込むだけの気概を持ち合わせてるものは時として己の実力以上のものを発揮する、決して侮ってよいものではない」

 

「あー……すまん、それ、俺にも覚えあったわ。それ、姐さんの経験談かい?」

 

「そうだ。性根は下らない男であったが人を見る能力だけは一流だったな」

 

 そう言って青年は脳裏に神々の力を貸された状態だったとはいえ、無敵無双を誇った己の足を射抜いてみせた弱き少年の姿を。少女は生前、自身も属したある船団を率いた船長の姿を思い浮かべる。

 どちらも方向性は異なるものの紛れもない、『英雄』だった。

 

「まあでも、そういうことならいっそ気合が入るってもんだな。難敵なのは上等、敵は強ければ強いだけ楽しめるってな。せっかく聖杯大戦に招かれたんだ。強い奴とは幾らだって戦いたい」

 

「汝の戦士としての本能とやらは理解できんが、目的は忘れてくれるなよ。神父の話の通りであるならばこれで我々は当初の“赤”のアサシンの宝具とやらで大聖杯を“黒”の陣営から奪取することは出来なくなった。つまり……」

 

「真正面から連中を食い破って大聖杯を奪わなきゃならないってわけだ。何、問題ないさ。攻城戦には覚えがあるし、いざとなれば俺の足で全部抜き去って器だけ持って帰ってくるさ」

 

「……我々に直接、聖杯は触れられないはずだが?」

 

 青年の威勢の良い言葉に冷静なツッコミを入れる少女。

 魔力で実体化しているとはいえ、霊体であるサーヴァントに聖杯は触れられない。

 そんな聖杯大戦の常識とも言えることを口にする。

 

「比喩って奴だ比喩、姐さんは分かってねえなぁ」

 

「汝の言葉は冗談か本気か分からん」

 

「ヒデェ言い草だな……」

 

 再びガクリと項垂れる青年。

 何だかんだ人好きする青年と些か人と距離を置いた雰囲気を纏う少女とではとことん嚙み合わなかった。そんなやり取りをしている内に、不意に光が二人の目に刺さる。

 

「おっ」

 

「むっ」

 

 気づけば真っ黒な空に青い色が灯り始めている。

 彼方には目を焼く逆光。

 沈黙の夜を破るように小鳥の鳴き声や風のざわめきが耳に入る。

 

「夜明けだな」

 

「ああ。んじゃ、戻りますかね」

 

 言うや否や、青年はコンと手に持った槍で以て地面を鳴らす。

 すると何処からともなく三頭の馬が引く戦車が現れた。

 

「さて、姐さんも乗ってくかい……って」

 

 馬たちの手綱を握りながら青年が隣にいる少女に話しかけようとした時、既に少女はトゥリファス市庁舎から身を空中に踊らせていた。

 驚異的な脚力で跳躍した少女はそのまま家屋の屋根を跳ねていき、まるで疾風のように街から離脱していく。その背を一瞬、青年は呆然と見送ると。

 

「やれやれ、ホントつれないねえ」

 

 ボヤきながら手綱を鳴らして戦車に飛び乗る。

 ──如何な原理か、馬たちは空を蹴り、地上を駆るはずのそれは魔法のように空を駆け、少女の健脚以上の速度域で以て、同じくトゥリファスの街並みから離れていった。

 

 ……もしもの話であるが、彼と彼女がこの場にいることを知ったのならば、筋書きを操る男が居合わせたのであれば目を疑ったことだろう。

 男は全てを()っているがゆえに。

 しかし同時に予見をしていた事態だと納得もしたことだろう。やはり全てを()るが故に。

 

 確かに『運命』を知り、それを壊せる者は男しかいなかったが、世界を知り、己を知り、筋書きを書き換えることは男でなくとも出来ること。

 まして男がいるという事実が、既に全ての前提を狂わせているのだから。

 

 もはや誰の手にも制御できるものではない。

 

 異なる展開、異なる事態、異なる人物、異なる行動……。

 誰も知らぬ未知なる結末を目指して、異なる『運命』が駆動する。




「ぬははは! 愛! 愛! 正に愛!
 おお反逆者よ! お前は世界にも反逆するか!
 ならば良し!
 世を覆う圧政を共に打ち砕こうではないかッ!(熱い握手)」

「え、ええ。賛同して下さってありがとうございます……(引き)」


──とある聖人と反逆者の会話
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