千年樹に栄光を   作:アグナ

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「では、聖杯大戦を始めましょう」


聖杯大戦 Ⅰ

 日付も変わった直前のトゥリファス。

 すっかり街の光も落ちた頃合いにレティシアの身体を借りる此度の聖杯大戦を裁定する者──サーヴァント、ルーラー・ジャンヌダルクは戦いの地に辿り着いた。

 

 時刻は午前零時。

 人々は当の昔に寝静まり、辺りには不気味な静寂が広がっている。

 そんな中、トゥリファス市庁舎を眼前に見据えた大広場に到着した車からまずジャンヌが降り、次いで車のドア越しに此処までジャンヌを送り届けてくれたパッシオとシャルロットが顔を出す。

 

「ふむ、思いの他時間が掛かってしまったねえ」

 

「まあ途中に休憩挟んだりレストランに寄ったりしましたからねー。でも意外でした。レティシアさんって健啖家なんですね! 良いことです」

 

「す、すいませんでした。色々と御馳走になって……」

 

 ジャンヌとしては此処まで送ってもらえるだけでも感謝するべきことだったが、シャルロットに押し切られる形で昼食(ランチ)夕食(ディナー)までお世話になってしまったのだ。

 フランスの、それも古い時代の出身の彼女にとって当代の食事は極めて美味であり、途中まで遠慮をしていた彼女をして、抗いがたくなるようなものばかりだった。

 そのため途中から少々自重の枷を外して多めに食べてしまったが、馳走した側に当たるシャルロットは逆に満面の笑みを浮かべている。

 運転席に座るパッシオの微妙な顔とは対極的に。

 

「いえいえ。気にすることはないですよ。寧ろありがとうございます!」

 

「分かったぞ、シャルロット君。君は意外と恨みを引きずるタイプだな?」

 

「ふふっ、パッシオおじさん?」

 

「……すまなかった。埋め合わせは必ずしよう」

 

「はい。期待してますねー」

 

 コクコクと頷くパッシオ。ジャンヌも短い旅行で知ったが、どうやらパッシオはシャルロットに何らかの貸しがあるせいで頭が上がらないとのこと。

 そうでなくともお淑やかに見せかけて意外とグイグイと来る性格をしたシャルロットである。彼女を前には叔父の立場も形無しということだろう。

 

「しかし良いのかねレティシア君。もうこんな時間だし、何だったら私たちの家に泊って行っても構わないが」

 

「そうですね。もう深夜ですし、今から街を歩くというのは危ないです。レティシアさん、少し無防備が過ぎるように思えますし……」

 

「いえ。流石にそこまでお世話になるのは……それに言った通り此処には親戚もいます。先方には遅くなることを予め伝えているので大丈夫ですし」

 

「そう? ホントは親戚さんのお家の前で降ろして上げられれば良かったんだけど……」

 

「そ、その……言ったように親戚のお家は車だと入りにくい路地裏にありますので」

 

 無論、それは嘘である。そもそも純フランス人の少女レティシアにはルーマニアを出身地に持つ知り合いはいない。それは此度の聖杯大戦に招かれたルーラーであるジャンヌも同じである。

 此処まで親切を掛けてくれた二人を前に嘘を重ねるのは心苦しいが、これ以上余計な心配も懸念も彼らに負わせるわけにはいかない。

 

「なので此処からは歩いていきます。大丈夫、十分もかからない距離ですので」

 

「そう、言ったように最近のトゥリファスの夜は物騒ですから気を付けてくださいね」

 

「うむ。くれぐれも用心するように。何かあったら遠慮なく我々を頼ってくれたまえ。我々の住まいは先に言ったようにトゥリファスの市庁舎近くにあるアパートだ。いつでも来てくれて構わない。その時は歓迎するよ」

 

「はい。重ね重ねありがとうございます」

 

「じゃあ、レティシアさん。また会いましょうね」

 

「はい、機会がありましたらその時はまた」

 

 別れの言葉を告げて、パッシオとシャルロットを乗せた車がトゥリファス市庁舎前の広場から離れていく。

 その車両の後ろ姿が闇に消えていくのを見送ったのち、レティシアは……否、英霊ジャンヌ・ダルクは意識を切り替えるように換装する。

 

 レティシアが纏っていた私服から聖女として戦場を駆け抜けていた頃の戦闘着に。

 

「さて──サーヴァントの気配が六つ。これは、城の方からですね」

 

 サーヴァントクラス・ルーラー。聖杯戦争を裁定するルーラーのクラスには様々な特権とも言うべき能力が付与されている。

 その中の一つとして挙げられるのが規格外の索敵能力だろう。彼女の有するサーヴァントの気配を捉える感覚の範囲は半径十キロ圏内。加えてアサシンの気配遮断能力すら無効化するという代物である。

 

 そんな彼女の感覚によればこの街からも目視できる離れの城塞……ミレニア城塞に六騎のサーヴァントの気配を捉える。

 聖杯大戦を裁定するにあたって聖杯より齎された知識を参照するに、恐らくはこの聖杯大戦の発端となった一族、ユグドミレニア家が召喚したサーヴァントで間違い無いだろう。

 

「七騎対七騎の聖杯戦争……聖杯大戦ですか」

 

 改めて思うにやはり規模として比類ないほどに規格外だ。一騎ですら手に負えないサーヴァントが一陣営に七騎集まり、もう同じく七騎のサーヴァントが揃う一陣営と激突するのだ。その規模、齎す周辺への被害など考えたくない程のものになるだろう。

 だからこそ、自分が。聖杯戦争という概念を守るためにのみ例外的に召喚されるルーラーがこの戦争に招かれたのだろうか。

 

「いえ。何にせよまずは見極めなくては……」

 

 ルーラーはそういって首を振る。自分の使命、成すべき役割に関する考察は此度の聖杯大戦を見極めていく中で見えてくることだろう。

 

 先んじてはやはり居場所のハッキリしている“黒”の陣営の方から伺っていくのが良いだろう。完全なる敵陣に一人、孤立する可能性がかなり高いが元よりルーラークラスはその役割上、複数のサーヴァントを相手取る状況が想定され、ステータスが通常のサーヴァントより高く設定されている。

 

 とはいえ、ユグドミレニアの居城に集うは六騎のサーヴァント。囲まれて戦闘になれば圧倒的に自分が不利な状況に陥るだろう。

 それでも、与えられた己の役割。放棄するわけにはいかないだろう。

 

「主よ、どうかご加護を」

 

 そう呟き、ルーラーは足を踏み出す。

 しかし──彼女の決意も覚悟も、この場においてはただの懸念となった。

 何故ならば彼女がこの場に到着し、“黒”の陣営の居城へと赴くよりも先に。

 彼女と同じく“黒”の陣営の居城を目的とし、目指していたものが居たからである。そしてこの場合、後者の方が先に条件を達していた。

 

「──え、この気配…………まさか!」

 

 不意にルーラーは弾かれたように眼前のミレニア城塞……そのさらに先に広がっているであろう平原。

 そこに……ルーラーたる彼女ですら戦慄を覚える魔力の気配を捉える。

 距離をして恐らくミレニア城塞から十三キロほど離れた場所。ルーラーの索敵範囲を超過した地点であるが、そんなことをお構いなしとばかりにこの距離で以て肌を撫でるように感じる魔力、まるでそれは太陽の様に。

 

 だから、彼女は迷いなく何が起きているのかを驚愕と共に口にする。

 

「──宝具!」

 

 そして夜のトゥリファスを照らすように──。

 太陽が落ちて来た(・・・・・・・・)

 

 

………

………………。

 

 

『開幕を告げる一番槍を、貴方にお任せしたい。“赤”のランサー』

 

 穏やかな微笑みを以てそう告げた神父の姿を脳裏に思い出す。

 彼にとって神父は間違いなく裏切者であり、主の敵である。

 仮に謀略の闇に沈んだ主が正気を有していたならば、自分に神父を殺せとそう言ってきたであろう。

 とはいえ、事ここに至ってはもはや、たらればの話である。主は正気を奪われ、マスターとしての権利こそ有しているものの“赤”の陣営の実権はあの神父にある。たとえ不平不満があろうとも“赤”の陣営勝利のためには致し方なし……と恐らくは“赤”のライダーや“赤”のアーチャーは思っているだろう。

 

 しかし、此処にいる彼は別だ。彼は現状裏切りこそ認めているものの、その忠誠は未だに正気無きマスターにこそ向けられている。

 神父に協力するのはあくまで“赤”の陣営の勝利という幻想の毒に囚われているマスターの幻想を現実に変えてみせるため、そして最終的にはマスターの望む勝利のため“赤”の陣営と敵対して、時計塔に大聖杯を持ち帰るつもりですらいた。

 

 ……余人が聞けば馬鹿なと笑う話である。ただでさえ七騎のサーヴァントが待ち構える“黒”の陣営を相手取らなければならないのである。そこに加えて全権を掌握しつつある自陣営まで最終的に敵に回すとなれば合計で十三騎。

 

 多くの不可能を可能にしてきた如何な英霊とはいえ、その難行を前にすれば遂げるのは不可能だと断じるだろう。ましてやその先の、大聖杯を時計塔に持ち帰るなど、そもそもサーヴァントに触れられない聖杯をどうやって持ち帰るというのか。

 手段も、条件も、明らかな無理難題。これを実現してみせようなどという発想は狂気の沙汰である。

 

 だが関係ない。彼にとってはそれら課題も問題も一切関係ないのだ。

 全てはただ主が望むままに。施しの英雄と呼ばれた高潔なる心に一切の淀みは無く、英霊として望まれるままに主の願いに応えるだけ。

 

 そう考え、そう思うからこそ是非もなし。

 

 “赤”のランサー、英霊カルナは迷いなく己の役割を実行に移す。

 まずは一つ目──“赤”の陣営の敵対者である“黒”の陣営を排するため。

 

「では──征くぞ」

 

 短く呟く一言は“黒”の陣営に向けたものか。

 静かなる宣戦布告を果たした後、挨拶代わりとばかりに彼は──。

 ──己の宝具を開放する。

 

梵天よ(ブラフマーストラ)──」

 

 宣するや否や極大の魔力を伴い、燃え盛る炎、炎、炎。

 ただ宝具を展開するだけで辺り一面が炎上し、呼吸すら困難にするほどの熱波が大地を大気を世界すらをも支配する。

 

「──我を呪え(クンダーラ)!」

 

 炎が“赤”のランサーの槍先に収束し、槍ごと投擲される。

 『梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)』。

 それは“赤”のランサーが有する宝具であり、師事したバラモンより授かった技。言ってしまえば炎を纏った槍を投擲し、相手に一撃を喰らわせるといった極々単純なものであるが……問題はその規模である。

 

 “赤”のランサー、英霊カルナといえばそのあまりの高潔さから立場上、敵対する立場にあるはずの神々の王インドラすらも手放しで認めた規格外の英霊。その死後に太陽神スーリヤと一体化したとも伝承されるまごうことなき太陽神の子。

 その一撃は──即ち太陽の一撃に匹敵する。

 

 数値に起こしてA+。カテゴライズは対国(・・)

 

 ……“黒”の陣営は予想していた。敵はまず大規模な宝具で以て結界を破壊して侵攻を開始してくるのではないだろうかと。

 故に初撃の脅威に備え彼らは“黒”のキャスターの助けの下、万全の備えを期した。城を囲うように張り巡らされた原初のルーン、ユグドミレニアが粋を賭して用意した聖遺物をも利用した強力な結界。

 

 しかしそれらは所詮、対城、対軍宝具に対して備えたものである。

 開幕を告げる一撃。

 よもやそれがそれら全ての用意を凌ぐほどの大規模な……一撃で“黒”の陣営を全滅させかねないものであろうとは誰が予想できようか。

 

 彼方で神父が笑う。

 

 先のお礼です。さあ、凌ぎきって見せるが良い。

 それぐらいは出来るでしょう? 我が()よ。

 

 

 

無論(・・)出来るとも(・・・・・)

 

 果たして、その意志は筋書きを手にする男の下に届いていた。

 否、全てを識っている彼はこの展開も考慮していた。

 そもそも“赤”のランサーは此度の聖杯大戦の勝利を目指すに当たって最も警戒し、最も対策を考え続けた英霊である。

 

 それはセレニケの我が儘で予定を振り回された後でも変わらない。聖杯大戦勝利を目指すアルドルにとって神父が運命的な脅威とするなら、この宝具を展開する英霊こそ物理的な脅威。

 

 展開次第では自分や神父の思惑すら超えて、聖杯大戦を勝利しかねない最強の英霊である。此度の聖杯戦争において彼と同格に当たる“赤”のライダーも警戒対象であるが、それ以上に英霊カルナという存在そのものを彼は脅威と捉えている。

 

 何故なら識っている。あの英霊が規格外であり、大英雄であり、そして何よりも高潔であることを。たとえマスターが正気を奪われていようとも、月の権能に囚われていようとも、願われたのならば必ず(・・)応える英雄(化け物)

 

 それこそが英霊カルナ。

 此度の聖杯大戦において最強のサーヴァントである。

 

「神々をも侵す一撃でないだけまだマシ(・・・・)だ。どだい、この程度でくたばる様ならば、ユグドミレニアの勝利など遠すぎる」

 

 成すと決めたならば必ず成す。

 それが英霊カルナというならばこちらもそれは同じこと。

 一度成すと決めたのだ、であれば成さねばなるまい。

 

「キャスター、状況は捉えているな」

 

 アルドルは衣服のポケットから取り出したルーン石にそう話しかける。

 これは城の守りを任されている“黒”のキャスターに通じるためのモノだ。他サーヴァントと違い、主に城の防御を任されている“黒”のキャスターにはロシェ以外にもダーニックやアルドルがいつでも会話できるように、連絡手段としてルーン石が渡されている。

 それを通じてアルドルは“黒”のキャスターに声を伝える。

 反応はすぐに返ってきた。

 

『お、なんだやっぱり兄ちゃんも気づいてたか。魔術師にするには勿体ないぐらい敏いねェ』

 

「別にただの偶然だ。仕込みがあってな。城外に出ていた。見張り台からはよく見えるのでな──もう知っての通り、逼迫した状況だ。私も手伝うのでどうにかして欲しい」

 

『ハッ、了解だ。んじゃあ、まあ……いきますかねェ!!』

 

「ああ」

 

 短いやり取りの後、“黒”のキャスターとの通信を切り、アルドルは眼前に迫りくる一撃を見据える。

 一刺しはアルドルが想定していた規模よりも小さい。それでも十分な威力、規格外の規模を誇っているものの、恐らくは地下に秘蔵されている大聖杯の事を考慮してのことだろう。

 仮に防御しそこなったとしてもせいぜいがミレニア城を粉砕し、地表を焼き払い、トゥリファスの街を半壊させる程度。

 

「であれば問題なし」

 

 英霊カルナの脅威を知っていればこの程度は木漏れ日に過ぎない。

 と、アルドルは言い切り愛用する片眼鏡(モノクル)──魔眼殺しを外して、脅威を見据える。

 

 露わになった右目に浮かぶのは夕暮れにも似た橙色の瞳孔と格子のような文様を中心に広がる初期二十四のルーン文字(エルダー・ルーン)

 とある魔眼オークションで入手し、友人の手で改良を施した『望郷の魔眼』を通してアルドルは霊脈に溶けている『工房』へと接続する。

 

接続(アクセス)──主人格(メインアカウント)から工房(サーバー)へ、術式(システム)の執行権利を要求」

 

主人格(メインアカウント)からの接続(アクセス)を確認。九つ廻る千年神樹(ナインヘイムユグドミレニア)──起動。工房を表面世界に浮上します』

 

 アルドルの要求(オーダー)に応じて、トゥリファスの霊脈に溶けていたアルドルの『工房』がその実在を定義して浮上する。

 とある神樹と小魔力炉心(亜種聖杯)を使用して組み上げたアルドルが持つ三つの最大の切り札が一つがその力の一部を現出させる。

 

魔術式(ソフト)神話再現(オペラ)黄金離宮(ヴァルハラ)”起動」

 

要求承認(イエス)──霊脈から必要魔力(リソース)回収完了。呪文(プログラム)を開始してください』

 

「『全ての尊い氏族、身分の高下を問わず、ヘイムダルの仔らによく聞いてもらいたい。戦士の父(ヴァルファズル)よ、あなたはわたしに思い出せる限りの旧い昔の話を見事、語って見せよと望んでおられる──わたしはおぼえている。九つの世界、九つの根を地の下に張り巡らした名高いかの世界樹を』」

 

 それは魔術として瞬間的に発動することが出来る中でも最も長い瞬間契約(テンカウント)の詠唱。右目を通して世界樹の幻影を捉えながら工房に蓄積された膨大な魔力と桁違いの情報量(まじゅつしき)を辿り、アルドルは自らの魔術を行使する。

 

「『スクルドの盾を導に集え。古今に名高い英雄たち──顕現せよ、黄金離宮(ヴァルハラ)!』」

 

 神話再現(オペラ)黄金離宮(ヴァルハラ)

 それは元来、人ならざる英霊ならざる、いと尊き存在によってなされる奇跡の魔術式。記録帯として古今東西に存在する英霊の記録に基づき、賛同する英霊を呼び込み、再現し、自らの先兵とする智慧の大神が術理。

 

 神代に行使されていたはずの極大の魔術式を規模を縮小しながらもアルドルは人の身でありながら平然と再現する。

 

 ミレニア城塞に存在する六騎の英霊を戦士(エインヘリヤル)と定義付け、それを守護するように黄金の離宮が展開される。

 黄金離宮(ヴァルハラ)に集いし英霊は朝に戦い、夕暮れに蘇り、夜に宴を行う。故に時間外では絶対に死なぬという術理(ルール)がミレニア城塞という場所に対して行使された。

 

 固有結界に足を踏み込みかけた規格外の魔術式は並の英霊が有する対城宝具すら侵せぬ大結界。だが迫りくる対応は並を凌ぐ至上の一撃である。

 故にもう一枚。アルドルは既に術の行使に移っているだろう者へと叫ぶ。

 

「キャスター!」

 

 その呼びかけに──。

 

 

 

「ハッ──任せなァ!!」

 

 心底愉快だとばかりに青いフードの魔術師(キャスター)は笑った。

 

 強者との競い合いを嗜好する“黒”のキャスターにとって聖杯大戦という舞台自体がある種の願いを結実する場だ。

 ともすれば既に彼にとって聖杯の器など必要のないモノと化している。マスターが世間知らずな子供(ガキ)であることを除けば、概ね彼は現状に満足していた。

 何より、現世(ここ)には面白い男がいた。

 影の国に住まう師を知るからこそ魔術師(キャスター)は一目見て悟った、アレは半分人の領域からはみ出しかけている。

 元々適性があったのか、或いは本人が言うところの努力のせいか、何にせよいずれアレは外れてしまうだろう。

 

 そして自らもそれを悟りながら、それでも願いのためにひた走っている。とんだ愚か者だ。後先考えず願う栄光(みらい)に走るなどまるで何処かの英雄(バカ)みたいだ。

 

 仮に敵対していれば自分は人間であるとかどうとかを置いて、嬉々として戦に臨んでいたであろう、或いは飛びっきり面白い主としてその終末まで付き合ったか。ああ、そう考えるとあくまで同一の陣営だという事実だけが歯がゆい。

 

 おいそれと主を裏切れない身としてはあの男に肩入れすることは許されないが。

 

「こういう状況だ。前に出られない分、やりたいようにやらせてもらうぜ」

 

 展開されるは原初のルーン。

 城を守護する大結界がついにその全貌を露わにする。

 アルドルが英霊が集う場というものを下地にしたならば、“黒”のキャスターはこの居城こそを下地にする。

 仮初にも自らが住まうという現実。それを条件として“黒”のキャスターは本来、出生の地でのみ取得可能な自身の宝具を再現する。

 

 其の銘は──。

 

名誉を守護する黒き城壁(ドゥヴァーン・アルスター)ッ!!」

 

 かくて再現される英雄の居城。

 “黒”のキャスター、否──ケルト神話は太陽神ルーの子、真名をクー・フーリン。稀代の英傑、光の御子は落ちる太陽より“黒”の陣営を守護する。

 

 よって完成するは稀代の現代魔術師と稀代の英傑による防御網。

 アーサー王の有する『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』すら完璧に防ぎきって見せる大結界が太陽の光を阻んだ。

 

 しかし──。

 

「ッ──! やはり、これほど……!?」

 

「ぐっ……やるじゃねえかッ!!」

 

 魔術回路が焼き付かんとばかりに全力で魔力を行使する両者。

 されども大英雄の振るう一撃はそれでも規格外だった。

 侵攻する太陽は三十秒ほど黄金離宮と拮抗し、粉砕。

 次いで黒き城塞と激突し、阻まれるものの──。

 

「チッ──(アッシュ)ッ!」

 

 素早い一工程(シングルアクション)で虚空に刻む七つのルーン。

 守護を意味する魔力防壁が城塞の見張り台に立つアルドルを守る防護壁として機能した直後、“黒”のキャスターの守りすら、太陽は突破する。

 そして──爆発。

 

「ぐっ、ぅぅぅぉおおおおおおおッ!!」

 

 三桁を超える魔力回路全てを全力で行使し、アルドルは自らの安全を確保する。やがて爆発が止んだ頃合い──辺り一帯には表面の殆どが焼け焦げ、一部は崩れたミレニア城塞の無残な姿。

 

「Aランクの宝具を防ぐ二重の守りと城塞そのものの耐久性を高めておいて、なおこれか……!」

 

 身も凍る戦慄を押さえつけてアルドルは思わず毒突く。

 見るのと体験するのは違うと人は言うが、それを押して尚、大英雄の一撃は規格外が過ぎた。

 一枚であれば少なくとも城が、キャスターの魔術を組み合わせても半壊、城そのものを強化してようやく一部損壊という程度の被害規模。

 なるほど、普通に受ければ正に対国。一地方の小都市など簡単に滅ぼしてみせるだろう。

 

「これだからインド神話の英雄は──などと仮にも考古学を歩む私が言えた台詞じゃないか」

 

 あらゆる神話系統に多大なる影響を及ぼしているインド・ヨーロッパ起源の神話は考古学や神話学に触れるものにとって必ずと言っていいほど関わる伝承だ。

 自らが研究し、得手とする北欧神話にすらインド神話は影響力を有しているのだ。それもこれも嘗てあった民族の大移動が原因なのだが……。

 閑話休題──つまるところインド神話とはあらゆる神話にとって原点にして原典とも評せる神話なのである。

 そこに語られる英霊ともなれば成程、神秘の質も規模も違って当然。

 比類するとしたら同じく原典の看板を背負う、エジプトのファラオたちかメソポタミアの英雄王ぐらいだろう。

 

「だが、凌いだぞ。大英雄の一撃を」

 

 そう、多少の損害(ダメージ)はあったものの、凌ぎきった。凌いで見せた。大英雄の一撃を。であれば委細問題は無い。

 自分の筋書きは外れていない。

 

「さあ、どうする?」

 

 平原の向こうに陣取る敵の気配を幻視しながらアルドルは静かに問う。

 

 

 

「開幕の号砲は鳴りました。では聖杯大戦を始めましょう」

 

 十字架が縫い込まれた赤い外套を翻してシロウ神父は不遜に笑う。

 眼前に集うは自身を除いた四騎の英霊。

 “赤”のアーチャー

 “赤”のライダー

 “赤”のバーサーカー

 “赤”のキャスター。

 各々思う所は異なれど、人類救済という野望の結実を望む一人の男の御旗の下に集っている。

 よってこれより本番、これからが始まり。

 

 “黒”と“赤”とが交差する筋書きを違えた真なる聖杯大戦。

 その火蓋が切られたのである。

 

 廻りだした車輪はもはや運命にも裁定者にも触れられない。

 (勝利)(敗北)か。

 

 異邦の地にて沈黙する大聖杯(ヘブンズフィール)は見守り続けるのみ──。

 かくて聖杯大戦が始まった。




「……それはそれとしてやり過ぎでは? ランサー。一応、大聖杯の安否も考慮して欲しいのですが……『宣戦布告として初撃で全滅させるほどの一撃を放てと命じたのはお前だ』ですか……それを言われると何も言い返せませんね確かに。もう少し冷静に命令するんだったな……」


──“赤”の陣営での念話

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