千年樹に栄光を   作:アグナ

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「オリュンポスの神々も照覧あれ!
 この英雄が駆ける戦陣を!
 はははは! 征くぞッ!」


聖杯大戦 Ⅱ

 ──その激震にカウレスは即座に自室を飛び出していた。

 

「ッ! 姉ちゃん無事か!?」

 

 突如としてミレニア城塞を揺るがした異変。

 それは現状ユグドミレニアが置かれた状況を鑑みれば、考えるまでもなく明確だった。即ちは“赤”の陣営による侵攻。

 事の事情を察したカウレスはすぐさま実の姉の下に駆けていた。

 身内として心配だったこともあるが、それと同時にユグドミレニアにとって主力に等しい姉であれば事の仔細を把握していると考えたからでもある。

 

 ノックも忘れて姉の部屋に飛び込むと、そこには険しい顔をしながら自らの礼装を手にしている姉の姿と傍に仕えるケイローン──“黒”のアーチャーの姿。

 普段の柔和な顔立ちから打って変わって“黒”のアーチャーは厳しい眼で立っている。

 

「カウレス! ……始まったみたいね」

 

 飛び込んできたカウレスの姿に一瞬姉の顔にホッとするような安心した表情が浮かぶがすぐさまそれは真剣なものへと切り替わる。

 

「アーチャーから聞いたわ。さっきの揺れはどうやら敵の宝具による先制攻撃みたいね」

 

「宝具!? そういうことか……。で、被害はどれぐらいなんだ? 城が壊れてないみたいだから大丈夫なのは分かるけど……」

 

「城は一部損壊したようですが概ね問題ないかと。“黒”のキャスター、そしてアルドル殿が咄嗟に結界を張って防御を固めたお陰ですね」

 

「“黒”のキャスター、そうか……って義兄さんが!?」

 

 カウレスの疑問に口を挟んだ“黒”のアーチャーの言葉に驚愕する。

 実のところ姉であるフィオレや当主のダーニック、セレニケ、ゴルドとは違い、義兄と呼んでいる人物の実力を伝聞でしかカウレスは知らない。

 ユグドミレニア最強の魔術師であることと優秀な腕を持っていることは知っていたがよもやサーヴァントの宝具を防ぐほどとは。

 

 控えめに言って空前絶後。正しく最強の魔術師を名乗るに相応しい偉業である。

 

「ええ。正直私も驚きました。実力は立ち居振る舞いから察していましたが、よもや“黒”のキャスターと同レベルの結界構築を可能とするとは……なるほどダーニック殿やマスターが全幅の信頼を置くはずだ」

 

 感心するように頷く“黒”のアーチャー。

 大規模な魔力の気配を感じ取った直後、外に偵察へ飛び出した彼が見た光景は“黒”のキャスターによる大結界とそれをさらに覆う大結界。二重の守りは凄まじいことにどちらもAランク宝具を凌ぐほどのものであり、即ちどちらも同レベル、同規模の結界であったということだ。

 

 神代の魔術師にして原初のルーンを司る“黒”のキャスターに匹敵する結界魔術。それはアルドルが少なくともこと結界に関しては“黒”のキャスターと同じレベルで張り合えるだけの腕前を有していることを意味している。

 

 その凄まじさ、桁違いさは数多の知見を有する賢者“黒”のアーチャーから見ても驚愕に値するものだった。

 と、同時に。

 

「そしてそれ以上に敵方も凄まじい。アレだけの結界を粉砕し、城にダメージを通すとは。私見ですが先の一撃はAランクを凌駕するだけの威力と規模を有していると見ました」

 

「そ、そんなに!? じゃあヤバいんじゃ……!?」

 

「落ち着きなさいカウレス。如何にサーヴァントの宝具が優れていたってそれを使用するのに必要なのは魔術師の魔力よ。それだけの威力と規模を有しているならそう連射は出来ないはず……そうですよね? アーチャー」

 

「ええ。アレだけの宝具、間違いなく消費する魔力は大きいでしょう。こちらの結界が全壊したにも関わらず追撃がないのがその証拠です。とはいえ、城を守る結界が壊されたのも事実。攻撃自体は恐らく単独のサーヴァントによるものでしょうがこれが単独による作戦行動だとは思えない。恐らくは……」

 

「“赤”の陣営が攻勢に出た……そう捉えてよいと。そういうことですね」

 

「はい」

 

 つまりは聖杯大戦。その本格的な開戦がついに為されたということだろう。

 フィオレは微かな恐れが自己の内に芽生えたことを自覚する。

 だが、すぐに彼女は自らが覚えた動揺を魔術師としての責任で掻き消す。

 

「……アーチャー。貴方はこのまま城の外に出て敵の追撃に備えてください。初撃でこれだけの宝具を切ってきたのです。“赤”の陣営全体を巻き込んだ大規模な攻勢だと思って間違いないはずです」

 

「分かりました。敵の第二陣に備えて一先ずは城塞の外で構えるつもりです。城内で何かあればすぐにご連絡を」

 

「ええ、どうかご武運を。頼りにしてます」

 

「お任せください」

 

 丁寧に礼をフィオレに取った後、“黒”のアーチャーが消える。

 霊体化して城外に駆け出したのだ。

 “黒”のアーチャーの気配が離れたのを感じながら次いでフィオレはカウレスの方へ眼を向ける。視線を受けたカウレスの方は姉弟がゆえの感覚か、姉の伝えたいことを姉が言葉を発する前に察する。

 

「バーサーカー。お前もすぐに出てくれ。敵が来るはずだ」

 

 そういうとカウレスは自分の背後から姿なき気配が離れていくのを感じる。

 命令に応じ“黒”のバーサーカーもまた“黒”のアーチャー同様、出陣していった。

 

「それで、この後は?」

 

「そうね……取りあえず王の間に向かいましょう。さっきの揺れでおじ様も襲撃には気づいているはずよ。まずは合流して“黒”の陣営としての作戦を固めましょう」

 

「分かった」

 

 フィオレの言葉に頷く。状況は切迫しているが、だからこそ此処は“黒”の陣営として冷静な判断が必要となる。

 まずは当主と合流し、陣営としての方針を統一するという判断に異論は無かった。

 

「──それならダーニックに伝言を頼めるかしら。私はアルドルの所に向かうから作戦はそっちで勝手に決めて頂戴ってね」

 

「え、アンタは……」

 

 と、さっそくフィオレとカウレスが王の間に向かおうとした瞬間、意外な人物によって二人は呼び止められた。

 呼び止めた主はセレニケ・アイスコル。“黒”のライダーをサーヴァントとして置くユグドミレニアの黒魔術師。

 

 恐らく彼女もまた事情を察して先に“黒”のライダーを先行させたのだろう。本来近くにあるはずのサーヴァントの気配はない。

 

 ゴルドやロシェほどに全く関わらないというほどではないが、それでも普段あまり会話の発生しない相手に話しかけられたことでカウレスは若干固まるが、フィオレの方は冷静に彼女の言葉に問いを投げ返していた。

 

「それは構いませんが……何故アルドルの所へ? それに彼は……」

 

「アルドルの奴は別行動みたいね、ダーニックも了承済みよ。私はただの手伝い。面倒くさいけれど、人手が必要みたいだから仕方ないわ」

 

 そう言って気怠そうに肩を竦めるセレニケ。普段から聖杯大戦にあまり興味のない彼女だが、流石にアルドル直々の御用達とあっては逆らえないということだろう。手伝いとやらは分からないが、フィオレはそれ以上詳しく問わずに頷く。

 

「分かりました。おじ様の方には私から伝えます。……それと、知っていたらで構いませんのでゴルドおじ様とロシェはどうしているか分かりますか?」

 

「さあ、ロシェの方は知らないわ。どうせ“黒”のキャスターに任せきりで工房にでも引きこもってるんじゃない? ゴルドの方は知ってるわ。なんせ城が揺れた直後、真っ先に“黒”のセイバーを遣わせたようだし。本人はまだ部屋に閉じこもっているはずだけれど……大方、一番槍の栄光がどうのという話でしょう」

 

「そうですか……。分かりました。おじ様には私の口から伝えておきます」

 

「任せたわ。それじゃあダーニックによろしく」

 

 そう言ってセレニケは踵を返して去っていく。

 彼女の背中を見送りながら二人も次いで行動を開始する。

 

「キャスターはともかく、これで姉ちゃんのアーチャーに、俺のバーサーカー。ライダーとセイバーが打って出たみたいだな」

 

「ええ。一先ずはこれで“赤”の陣営からの攻撃は大丈夫だと思う。後は詳しい状況の把握と、それからおじ様の指示を仰ぎましょう」

 

「了解」

 

 そういって足早に王の間へと駆ける両者。

 本格的に幕明けた聖杯大戦を前に二人の姉弟もまた自らが立つべき戦地へと向かった。

 

 

 

「それでは、結界の方は暫く機能しないと考えて良いんだな?」

 

『ああ。“黒”のキャスターのモノにしろ、私のモノにしろ力業で完全に粉砕されたからな。再度結界を張るには時間が掛かる。既に“黒”のキャスターが復旧に取り掛かっているが最速でも半刻。それも先のような宝具をはね退けるほどの結界を張るのは厳しいという話だ』

 

 フィオレとカウレスが王の間に向かうのと同刻。その王の間ではダーニックとアルドルがルーン石を通じて状況整理に務めていた。

 ミレニア城に起こった揺れで即座に状況を掴んだダーニックは私室を飛び出し、王の間に一番に駆け付けた後、詳しい状況を知るためにアルドルへと連絡を取っていた。

 

 彼が別行動を行うことは前もって把握していたし、そのために彼が城外に出ていることもダーニックは把握していた。

 連絡を取ると案の定、ダーニックの信頼の通り、アルドルは的確に状況を把握していた。

 それによってダーニックは“赤”の陣営の攻勢が始まったこと、先の揺れがAランクを凌駕する大規模な宝具によるものであること、そして敵方のサーヴァントが既にこちらに向かって動き始めていることなどを聞かされた。

 

 またそれに伴い、“黒”のキャスターが結界復旧に動き始めていること、アルドルが当初の予定通り行動を始めたこと、そして“黒”のセイバーが先行していったことなどの自陣営の情報も。

 

『それでどうするつもりだ? 手が足りんのならば私も予定を取りやめてそちらの手伝いに回るが……』

 

「いや、そのままお前はお前の思う通りに動いてくれて構わない。お前の話を聞く限りリスクもあるが上手くすればこの聖杯大戦に決着を付けられる。このまま為されるがままになるよりは余程いいだろう。非常時に備えて来たのは私も同じだ。何もかもをお前に頼るわけにもいくまいよ」

 

『了解した。ならば此方は此方でユグドミレニアを勝利に近づけるとしよう。守りの方は任せたぞ、当主殿?』

 

「フッ、せいぜい任せておけ。お前はくれぐれも深追いはするな。ユグドミレニアの勝利は大前提だが、その過程でお前を失っては元も子もない。お前自身が次期当主であることを忘れてくれるなよ」

 

『その場合はフィオレもいるので大丈夫だと思うが……了解した。では精々、互いに武運があることを祈るとするか。ユグドミレニアに勝利を』

 

「ああ、勝利を」

 

 決意の言葉を互いに交わし、通信は途切れる。

 向こうも準備に移ったのだろう。

 ダーニックもまた思考を回す。

 

“宝具による結界破壊に同陣営で連携しての攻勢。結界の完全破壊は想定外だったが敵の作戦自体は想定の範疇か“

 

 以前想定した通り、敵の攻勢はこちらの防御を剝がした後、サーヴァント同士連携しての大規模な攻勢というもの。よもや一撃でアレだけの結界を粉砕するほどの宝具を有するサーヴァントが付いていることは予想外だが、敵が時計塔ひいては魔術協会であることを考えれば、別に可笑しい話ではない。

 

 守りを完全に剝がされたことで敵の侵入が容易となったことは警戒せざるを得ないことだが、初動でやや押されている程度。

 挽回することがまだ可能な範疇である。

 だからこそ重要なのは此処からどのように動いていくかだろう。敵の攻勢が始まっている以上、必然的にこちらがやるべきことは如何に敵の攻勢から自らを守り、そして反撃に出るか。

 

 こちらの反撃は既に動いているアルドルに任せて構わないだろう。

 事前に聞いた彼の作戦は相応のリスクをアルドルに求めるものだったが、成功すれば一気にユグドミレニアの勝利に状況が傾くほどのもの。

 であれば反撃の一撃は彼に任せるとして自らがやるべきことは……。

 

「城の防衛。この夜を如何に凌ぐか」

 

 即ちこの城を巡る攻防こそが今回の戦の肝だろう。

 

「つまるところ──生前の余が為したことと何も変わらぬ。そうだな? ダーニックよ」

 

「公……はっ、その通りです」

 

 気づけば王の間の玉座には、この地の領王を名乗る自らのサーヴァント、“黒”のランサーことヴラド三世が君臨している。

 襲撃は既に彼も知ることだろうが、悠々と玉座に構える彼は余裕に溢れている。そして同時に余裕を見せながらも決して油断をしていないのが伝わってくる。彼の余裕は自信であり、自負であり、信頼だった。

 

「ふふ、実のところ今の余は非常に機嫌がよい。こうして再び度し難い侵略者共に自らの領地を侵略されているにも拘わらず、だ。何故だか分かるか?」

 

「……信頼すべき将が揃っているから、でしょうか」

 

「うむ」

 

 ダーニックの言葉に肯定と“黒”のランサーが頷く。

 

「そうだ。不意の襲撃に対し、こうして城を守って見せた“黒”のキャスターやお前の後継。余が自ら差配することもなく、最適かつ的確に行動する将たち。改めて口にすべきでもないが、敢えて言うならば……頼れる味方というのは素晴らしい」

 

 英雄ヴラド三世。

 彼は一人強大なるオスマン帝国の脅威に抗い続けた救国の英雄であるが、その道はあまりにも孤高だった。

 苛烈な差配が時として不信を呼び、身内にも恐れられた彼にとって生前信頼できたのは唯一己の実力のみ。その王道について来られる部下などただの一人も居らず、全てが全て己自身で賄わなければならなかった。

 

 しかし今はどうだ。自らが差配することもなく自己の判断で動く頼るべき部下に、自らが手腕を振るうまでもなく侵略者より防衛に務めてみせる将。

 どちらも生前手に入らなかったものが今はこの手に在り、そして自身の信頼に対して完璧な形で応えてみせている。

 それは何という歓びであることかと、彼は上機嫌に笑う。

 

「ゆえにこそ余もまた彼らの奮戦に応えてみせねばとな、そう思っている。お前はどうだ? ダーニック、いや我がマスターよ」

 

「──私も同じですヴラド公。我が信頼すべき後進がこうして奮っている以上、先達の私が情けない姿を見せられないと強く思っております」

 

 “黒”のランサーの言葉にダーニックもまた強く頷いた。

 領王に当主。共に名乗るは頂きの座である以上、自分たちもまたそんな頼れる将や信じられる配下に負けてはいられないと。

 

「ならば命じるがよい、マスターよ。余は王であるが同時に自らがサーヴァントであることも自覚している。故にマスター、お前もお前が為すべきことを為すが良い」

 

「分かりました。ではヴラド公……いや、“黒”のランサーよ。お前にマスターとして命ずる。愚かなる侵略者たちに誅伐を与えよ」

 

「良いだろう。では串刺し公の我が異名。愚かなる侵攻者たちに思い出させてやるとしよう。指揮は任せる。精々お前も奮うが良い我がマスターよ!」

 

 言うや否や“黒”のランサーは玉座から立ち上がり、その身を翻して虚空へと溶けていった。他のサーヴァントがそうであるように“黒”のランサーもまた自らが立つべき戦場へと発ったのだ。

 

 王の背を見送って、ダーニックも己が杖を強く握りしめながら自らの身体に熱が入るのを感じる。

 此処が正念場だ。此処を踏みとどまらねばユグドミレニアに勝利は無い。繁栄も栄光も未来も全ては勝利が大前提。

 だからこそ──。

 

「勝たねばならぬ。いや勝つのだ。そのために私は今日まで準備を重ねてきたのだから」

 

 そういって彼は眼前を、いや城の外に広がる戦場を睨むようにして見据える。もはや賽は投げられているのだ。ならば己のやるべきことは明白である。

 

「おじ様」

 

「……来たか」

 

 戦意を滲ませる当主が座す広間にフィオレとカウレスの姿が現れる。

 それにいよいよ以て始まったことを再認しつつダーニックもまた己がやるべき事へと着手し始めた──。

 

 

……

…………。

 

 

 ミレニア城塞を目掛けて平原を戦車が駆け抜ける。

 三頭の馬が引く戦車は現代の鋼の装甲と砲塔を有する戦車とは異なり、武装した戦士が戦場を最高速度で駆け抜けるための馬車に近い。

 されど使い手が手繰る武の強さはまさしく現代の戦車にも見劣りしない程の武力を誇っている。

 

 襲撃に際してミレニア城塞を守るために立ち上がった使い魔が、ホムンクルスたちがまるで爆撃に晒され木っ端と吹き飛ばされるように、戦車が誇る武力は嵐が如くあらゆる守り手を駆逐していく。

 

「この程度の守りでこの俺の疾走を止められると思ったか! “黒”の陣営ッ!!」

 

 次々と戦車の前に立ちふさがるユグドミレニアが用意した尖兵たちを笑い飛ばして戦車の操り手──“赤”のライダーが槍を振るう。

 常人の身体能力を凌駕するホムンクルスらをして槍の刃が掻き消えたとしか思えないほどの速度で槍が煌めくと次の瞬間にはホムンクルスも使い魔も残らず、全てが死に絶える。

 正に死の颶風。桁違いの武力はもはや一兵隊がどうにか出来るものではなかった。

 

 いつぞや街で身に着けていた私服ではなく、戦装束に着替えた快活な青年はその性格のままに戦場に君臨していた。

 英雄に相応しい様であれ──そう願われ、自身もまたそのように振る舞うことを願う“赤”のライダーは正しく英雄としか呼べない程に戦場に君臨する。

 

「さあ! “黒”のサーヴァントよ! このライダーの疾走、止められるものなら止めてみせるが良い! ──出来るものならなァ!!」

 

 叫び、進撃。

 疾風怒濤と戦場を駆ける英雄を止められるものなどたかが雑兵の中には居らず、故にこそ英雄の進撃を止めるため──英雄が立つ。

 

「おお……ッ!!」

 

「……ハッ! 来たかッ!」

 

 裂帛の気合が戦場に響き渡り、次の瞬間青白い魔力の輝きが戦場を飲み込む。

 地を絶つ一撃はまるで聖者の海割が如く。この凄まじい剣撃を“赤”のライダーは手綱を引いて躱すと、そのまま鞭を打って加速してそれを起こした人物の下へと駆け抜ける。

 

 光の先に立っていたのは一人の青年。

 灰の髪を持ち鎧を纏い、その手には大剣を携えている。

 無表情の奥に感じ取れる戦意、叩きつけられる魔力と神秘の気配。

 もはや言うまでもないだろう。

 “黒”のサーヴァント、クラスは間違いなく……。

 

「俺の相手はお前か、“黒”のセイバーッ!!」

 

「ッ!」

 

 その言葉を合図として問答無用に戦闘が始まった。

 “赤”のライダーの進撃が疾風であるならば、“黒”のセイバーの踏み込みは正しく突風だろう。轟ッと大気が揺らいだ瞬間、まるで映像における場面を飛ばしたように一瞬にして“赤”のライダー眼前に踏み入ると“黒”のセイバーは迷いも躊躇いもなく、手に持つ大剣を“赤”のライダーの首元目掛けて振り落とす。

 

 タイミングに踏み込み。何れも完璧と言えるものだった。

 “赤”のライダーの反応を許すことなく、確実に急所を捉えた一撃は見事、吸い込まれるように“赤”のライダーの首を刎ね飛ばす──。

 そう確信した一撃はしかし。

 

「ッ!?」

 

「残念。どうやらお前さんにはその資格がなかったようだな」

 

 刃が斬ったはずの“赤”のライダーの首に通らない。まるで堅い岩盤でも切りつけたかのように、“赤”のライダーに直撃したはずの“黒”のセイバーの刃は無防備だったはずの“赤”のライダーの首に弾かれていた。

 

 驚愕する“黒”のセイバーにニヤリと笑う“赤”のライダー。直後、お返しとばかりに“赤”のライダーもまた槍を振るう。

 恐るべきことに返礼の一撃は先の“黒”のセイバーの剣速を凌駕していた。

 意趣返しと言わんばかりに“赤”のライダーもまた“黒”のセイバーと同じように“黒”のセイバーと全く同じ軌道を描いて“黒”のセイバーの首元を狙う。

 

 そして──“赤”のライダーの一撃もまた状況を再演するかのように驚愕で無防備を晒していた“黒”のセイバーの首に弾かれていた。

 

「何ッ!? テメェもか……ッ!!」

 

「…………!」

 

 驚きつつもそう言葉を放つ“赤”のライダーの言葉に“黒”のセイバーもどういうことかを察してみせる。

 つまるところ、同じなのだ両者は。

 “黒”のセイバー……ジークフリートが竜の血潮をその身で浴びたことで得た『宝具』──悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)という無敵の肉体を有しているように“赤”のライダーもまた何らかの宝具かスキルで以てして無敵の肉体を有している……!

 

「ふん、少しは楽しめそうじゃねえか……なあ、お前もそう思うだろう、“黒”のセイバーよ」

 

「…………」

 

「不愛想な奴め。戦場で笑えぬ者は楽園(エリュシオン)で笑いを忘れてしまうぞ?」

 

「…………」

 

 “赤”のライダーの軽口を前にしても“黒”のセイバーは無言だった。

 それはゴルドからの喋るなという命令を守るという意図もあったが、それと同時に“黒”のセイバーの信条は戦場において尚、笑いを忘れないという“赤”のライダーの心持に否を唱えていたからでもある。

 

 戦場での笑いは時に敵を侮辱することになる。

 否、そうと捉えられる危険性がある。

 そう考え、そう思うからこそ“黒”のセイバーは笑わない。

 

 強者と覇を競う武人の喜びはあれど、死を前に戦士が行うべきなのは粛々とやるべきことをこなす冷静さと非情さだけで良い。

 無言のまま“黒”のセイバーは剣を構え直す。

 

 ……確かに“赤”のライダーは自身と似たような特性を持った肉体を有しているようだが、自身がそうであるように無敵の肉体はあれど、不死身の肉体はあり得ない。一時の無敵性を有する肉体も、そこには必ず何らかの弱点があるはずだ。

 自身がそうであるように。

 ならばやるべきことは単純明快。“赤”のライダーが有する無敵性……それを破る条件をこの果し合いの最中に見抜いてみせるのみ。

 

「やる気か。面白い! ならば俺とお前、どちらが先に攻撃を通してみせるか。競争するとしようかッ!」

 

 そう言うと“赤”のライダーは戦車から飛び降り、そのまま戦車を霊体化させるや自らは槍を構える。どうやら正々堂々果たし合うつもりのようだ。

 騎乗兵(ライダー)が敢えて槍を携えて戦場に立つとは、よほど肉体の無敵に自信があるのか、単純に騎乗せずとも十分に戦えるという自負からか、どちらにせよ油断できるものではない。

 

「さあ始めようか“黒”のセイバー。お前は我が疾走について来られるか!」

 

「ッ……!」

 

 来ると、身構えた瞬間、嵐が如く吹き荒れる槍技。

 突く凪ぐ払うと動作に間合いと隙が生まれる槍使いにも拘わらず、“赤”のライダーの槍はそれら生まれるはずの隙がまるでない。

 間断なく押し寄せる刃の煌めきは術の冴え以上に異常なまでの“赤”のライダーの速力が生むものだろう。

 

 その実力に、その脅威、もはや本物の槍兵(ランサー)の槍技と比較しても全く問題ないほどの使い手である。

 怒涛に押し寄せる槍技を前に“黒”のセイバーもまた敵が難敵であるという覚悟を固めて槍の嵐に挑みかかる。

 

 かつて竜を下した戦士の心に恐怖は無く、矢継ぎ早に繰り出される槍を前に勇者が如く立ち向かっていく。

 “赤”のライダーと“黒”のセイバー。

 両者は聖杯大戦を飾る花のように堂々たる様で互いの誇る武を競い始めた。




「ひぃい! 何事だ! ま、まさか“赤”の陣営の攻撃!? セイバー! セイバーッ! 貴様早く何とかせんかッ!?」

「……(無言で戦場に向かう)」


──とある主従、一番槍の真相

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