千年樹に栄光を   作:アグナ

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「よっしゃ、いっちょ大聖杯とやらを拝んでやろうじゃねえかマスター!」


聖杯大戦 Ⅳ

 開戦した聖杯大戦の模様は苛烈を極めている。

 “赤”のランサーによる大規模な宝具による“赤”の陣営の先攻によりミレニア城塞を守護する結界は破られ、無防備なミレニア城塞への城攻めが始まった。

 

 即応した“黒”のセイバー、“黒”のバーサーカーにより城攻めの主力となって平原を駆け抜けた“赤”のライダー、“赤”のバーサーカーの攻勢は食い止めることに成功したものの、依然として“黒”の陣営が直面する喫緊の課題は城塞の守りを復旧させることにある。

 

 “黒”のキャスターは対応に急いでいるものの、そもそも聖杯大戦数か月前から“赤”の陣営に備えて築き上げた結界は一朝一夕で構築できるものではなく、前提として一撃で破られることを想定していなかったため、早々に破壊される以前の結界を立て直すことは困難だった。

 

 だからこそケイローン……“黒”のアーチャーは自らの役目を悟る。元より、クラス・アーチャーとして遠距離戦を得手とする英雄。さらには自他ともに知恵に関しては幾分以上に自陣営に属する他の英雄よりも勝る。

 となれば自発的に無防備となった城塞の守護に回るのはある種、当然の流れだったといえよう。

 

「平原側の射撃部隊編成、配置、完了いたしました。結界復旧のための魔術派遣部隊、修復部隊の編成はおよそ十分ほどで完了いたします。それから“赤”のライダーを足止めするために派兵した衛兵隊は九割が損耗、現在“赤”のライダーは“黒”のセイバーと交戦中ですが、増援を送りますか?」

 

「いえ、結構。サーヴァント同士の戦いが始まった以上、下手な援護は足を引っ張る場面を生み出しかねない。元より対サーヴァント戦は我々サーヴァントの役目ですからそちらはセイバーに一任しなさい。それよりも先にやるべきは一刻も早い城の守りの復旧です。手が空いている衛兵は城の物理的損壊を修復に回しますのでそちらに動員するように」

 

「了解しました」

 

 短く敬礼すると“黒”のアーチャーに報告を行ったベレー帽のホムンクルスは新たに下された命令を実行するため立ち去っていく。

 その後ろ姿を見送りながら“黒”のアーチャーは小さく息を吐く。

 

「ホムンクルスの教導……この短い期間でどれほどの効果があるか不明でしたが、不測の事態に備えるという意味では実用的でしたね。手段が多いというのはそれだけでメリットになる。アルドル殿のおっしゃる通りでしたか」

 

 先ほどから“黒”のアーチャーは弓使いとして、また参謀として戦場の状況を逐一把握し、対応しているが、その手足となっているホムンクルスたちはムジーク家の技術によって鋳造されただけのホムンクルスではなかった。

 いわゆる『強化ホムンクルス』。アルドルが提案し、ダーニックが採用し、“黒”のアーチャーと“黒”のキャスターが訓練を施した、より実働的なホムンクルスたちである。

 

 元々はアルドルが着眼した“黒”のアーチャーが有する独自のスキル『神授の智慧』という風変わりなスキルが事の発端である。

 “黒”のアーチャーことケイローンが独自に有するこのスキルはギリシャ神話の神々から様々な智慧や技術を授かったケイローンが生前、英雄の卵たちに教え授けていった逸話を再現するように、英霊特有のスキルを除いた様々なスキルを高ランクで習得できるという変則的ながらも破格の性能を有するスキルだ。

 

 また教授の逸話を基にしているため、マスターの許可さえあれば他の英霊にもそれらスキルを教授することが可能であり、此度のような陣営間で複数の英霊を介した集団戦においては極めて利便性の高いスキルだと言えよう。

 

 アルドルはこのケイローンのスキルをホムンクルスに対して使えないかと提案し、また“黒”のキャスターのルーン魔術と組み合わせることでただの戦闘用ホムンクルスよりもより実戦的な強化ホムンクルスを生み出せないかと発案したのだ。

 

 無論、事前に召喚されていた“黒”のランサーや“黒”のキャスター、またはアルドルの“黒”のアサシンとは違い聖杯大戦開始前後に呼ばれたケイローンにじっくりと全てのホムンクルスを強化するほどの時間は存在していなかったが、それでも指揮を執るケイローンのサポートをする専門の部隊程度ならば揃えられるだろうという意見から始まった即席の専門部隊は、はたしてアルドルの言った通りこの局面においては“黒”のアーチャーの手足として活躍していた。

 

“ただ教授と実戦とではやはり違うと、そういうことですね”

 

 ケイローンとしては自らの技能や能力からホムンクルスの簡単な教導自体はそう難しいものではなかった。提案自体もアルドルに言われるまでもなくケイローンの頭脳の片隅に当然存在していた。

 しかし、指導者として実際の戦場も戦争も知らないケイローンにとって教導とは腰を据えて相手の将来を慮りながら相手に適した教授の形を、相手に教えながら見出すものであり、その日即日に完結するものではない。

 

 そういった思考が前提にあったからこそホムンクルスに二、三日教授する程度ではあまり意味も意義もないし、対サーヴァント戦が前提にある以上、それらをホムンクルスに施したところで効果は少ないだろうと思っていた。

 だが、アルドルはいった。

 

『こと戦争においては偶然や少し惜しんだ手間というものが時に大局を分けることがある。現状よりも少しでも良くする手段や方法があるならば選ぶのは当然のこと……極東の格言にこういう言葉がある。曰く──』

 

「人事を尽くして天命を待つ……ですか。ふふ、よく考えればまともな戦場に立つことなどこれが初めての経験でしたね。やはり私も学ぶべきことはまだまだ多い」

 

 未だ学べることへの歓びを口にしながら“黒”のアーチャーは同時に冷静な思考で状況を整理していく。

 

 専門のホムンクルス部隊の効果もあり、城塞の修復はこの短い期間でおおよそ完了済み。壊れた結界の方も、簡易な術式であればホムンクルスたちも扱えるため人海戦術で結界の要所となる部分も修復作業も着々と進んでいる。

 城の守りを全面的に任されている“黒”のキャスターとの通信では復旧には半刻程かかるとのことだったが、このペースであれば時間は半分ほどに縮小できる。

 

 敵陣営の城攻め主力と思われる“赤”のライダー、“赤”のバーサーカーはそれぞれこちらのサーヴァントが対応済み。“赤”の陣営に先攻された分の巻き返しは何とか済んだと言える。

 とはいえ、これで全ての懸念が消えたというわけではない。

 問題はまだ幾つか存在している。

 

 第一に敵サーヴァントの所在。“黒”と“赤”の戦争は七騎対七騎の戦だ。後方支援が主な仕事となるであろうキャスターを除いても現在戦場を駆けているのは“赤”のライダーと“赤”のバーサーカーの二騎のみ。

 初撃で大きく魔力を消耗したにしても未だに“赤”のランサーは平原の向こうで様子を窺うように待機している上、他に“赤”の陣営の主力を務められそうな“赤”のアーチャーと“赤”のセイバーは所在不明。

 

 そして何より崩した敵地でいっそう活躍しそうな“赤”のアサシンの存在も捨て置けない。こういった前線が戦場に釘付けになっている上、城の守りが解かれている状況は“赤”の陣営にとって格好の攻め時なはずだが……。

 

「……想定しているよりも攻勢が甘い。宝具を使ってまでこちらの守りを破ってきた以上、“赤”の陣営が大攻勢を仕掛けてくる可能性が考えられましたが」

 

 予想に反して戦場に立つのは実質二騎。“赤”のランサーこそ後方に待機しているものの、現状は三騎士が一騎も戦場に立つことなく戦いが推移している。

 如何に城の守りを剥がしたとて流石にサーヴァント二騎では結界を破ったとしても対抗する七騎のサーヴァントを突破することが困難であることは現状が示す通りでそれが事前に分からない“赤”の陣営ではないはずだ。

 

 或いは本当にそれで事足りるとユグドミレニアを見下す時計塔はそう思ったのだろうか、……それもあり得ない予測ではないだろう。

 先の一撃でミレニア城塞を破ったサーヴァントもそうだが、時計塔はこの戦いに相当にリソースを割き、相当の英霊を揃えている。

 少なくとも“黒”のアーチャーはこの戦場に立った時点で、それにいち早く気づいていた。

 

 何せ“黒”のアーチャーに縁深いどころか彼の教え子たる世界的な大英雄が戦場を駆け抜けている姿を目の当たりにしたのだから。

 時計塔が尋常ならざる英霊を揃えてきたのは疑う余地もない。

 

「確かに、彼がいるならばこちらのサーヴァント次第ではそれだけで聖杯大戦は終わっていたでしょうからね」

 

 “黒”のアーチャーはそう言って“黒”のセイバーと交戦する青年を見つめる。セイバーには悪いが、セイバーがあのまま彼を打ち負かす可能性は限りなく低い。現状互角を演じているが、それ以上に天秤を揺るがすことは出来ないだろう。

 何故ならばセイバーは有していないのだ。

 あの青年、あの英霊を害するために必要な資格を。

 或いはあの青年に存在する弱点を見つけ出すことが出来れば状況も変わるだろうが、残念ながらそこまで交戦しつづければセイバーもまた弱点を気取られかねない。

 

 自陣営の“黒”のセイバーが並の英雄を凌ぐ大英雄であることを無論、“黒”のアーチャーも把握しているが、やはり実感としてあの青年を知る“黒”のアーチャーにしてみれば“黒”のセイバーがあのまま青年を討ち果たす未来を想像することは出来ない。

 

「彼の性格を考えれば、私が相手取るのが最善ですが……」

 

 とはいえ持ち場を離れることはできない。

 ……こうなると口惜しいのは“黒”のセイバーと連絡をすることができないことだ。彼のマスターの方針があるにせよ、何らかの手段で“黒”のセイバーに連絡を取れれば、彼に関して伝えられるのだが。

 

『あ、もしもーし! こちらアス──じゃなかった。“黒”のライダー! 聞こえるかいケイ……“黒”のアーチャーッ!』

 

「……“黒”のライダーですか。魔術的な通信とはいえ、敵のキャスターに会話を盗み聞きされている可能性を忘れないように」

 

『あははは、分かってる分かってる』

 

 不意にイマイチ緊張感のない声が“黒”のアーチャーの思考を断ち切る。

 守りに際して防衛を務めるサーヴァントに手渡されたルーン石を通じての連絡である。相手は“黒”のアーチャーの命で偵察に出ている“黒”のライダーだ。

 

「それで“黒”のライダー。通信をしてきたということは“赤”の陣営の動向について何か判明しましたか?」

 

『んー、それが全然。平原の方を一回りしたけど、他にサーヴァントはいなかったよ。後ろの方まで見て回ったけど“赤”のランサーに睨まれただけだし』

 

「そうですか」

 

 となるとやはり、主戦場に立つ“赤”のサーヴァントは現在交戦中の二騎を除けば他に居ないことになる。

 だとすれば次の可能性としてありそうなのは……。

 

「では“黒”のライダー。今度は城の反対側……そのままトゥリファスの街の方の様子を偵察してきてもらえますか。敵の動きを考えるに、恐らくはそちらで挟撃の態勢を整えている可能性があります」

 

『敵は挟み撃ちを狙っているってかい?』

 

「ええ、今の状況を考えるにそれが一番高い可能性なので」

 

 敵の守りを剥がしたうえでこれ見よがしな攻勢。しかし全ての戦力を使うまでもなく一部を温存させ、敵の動きを見極めている──。

 “黒”のアーチャーが戦場を俯瞰した上での感想は、敵は全力を出すタイミングを見計らっているというものだった。

 

 初撃を放った当人である“赤”のランサーをこれ見よがしに後方で待機させながら二騎のサーヴァントでの突撃というのは相対する方から見ればいざこちらの方から大攻勢を仕掛けていくぞと見えることだろう。

 初めに主要な城の守りが剥がされていれば、その分守る側は焦る上、他ならぬ破壊した当人が戦場後方に控えている以上、全力で守りたくなるのが心理的な当然の動きだと言える。

 

 実際、結界の破壊はそれだけのインパクトを“黒”の陣営に与えたし、先に“黒”のセイバーをマスターのゴルドが先行させていったように、とにかく大きなプレッシャーを強いる。

 そうした心理の状態で平原から……一方向から必死の守りを強いれば視野も狭くなっていく。つまりは隙ができやすい。

 

 ましてや敵の守りが既に解かれている以上、そういった隙を突くのは容易だ。安直な作戦だが、前面に集中させて背後を取る──“黒”のアーチャーは“赤”の陣営の狙いがそれであると予想を立てていた。

 

「如何に同じ陣営のサーヴァントとはいえ我の強い英霊同士、複雑な戦術を取るには期間は短く、また連携も困難です。加えて時計塔は我々の属するユグドミレニア一族とは違い、各々がユグドミレニアの打倒を目指して同盟するだけの利害関係にあると考えられます。綿密な連携や奇を衒う作戦を行うのは不可能に近い」

 

 仮に綿密な戦術行動を取るとするならば、例えば高名な軍師の英霊などが付いていればとも考えられるが、その場合でもやはりマスターが異なるという点が足かせになるだろう。

 英霊側の能力が如何に事足りようとも、そこにマスターの存在が絡む以上、完璧に足並みを揃えて行動することは不可能だと言っていい。

 

 そんな例外があるとすれば、全ての英霊を同一の人物が指揮下に置いているという状況のみだが……それほど卓越したカリスマや協調性が敵魔術師らにあるとは思えない。

 期間はあったとはいえ聖杯大戦はユグドミレニア一族主導で、時計塔の隙を打つ形で開戦の日を見たのだ。優れた魔術師を用意することまでは出来たとしても、それを纏め上げるだけの人材を用意できたとは思い難いからだ。

 

 あくまで同一の目的を持った利害集団である──“赤”の陣営の魔術師たちは味方同士であっても仲間意識は低いと、そう考えられる。

 だからこそ作戦は単純に、そして明快に。

 かつ分かりやすく効果があるものでよい。

 

 元より城攻めとはいえ、攻め手はサーヴァント。

 中途半端に凝った作戦を立てるよりも性能を活かした方が戦争で輝くことだろう。

 

『おっけー、んじゃ街の方は任せてよ。ちょっと行ってくるから引き続き城の守りは任せたよアーチャー!』

 

「はい、こちらはお任せください。それから敵のサーヴァントと会敵しても戦闘行為は避けてくださいね。あくまで敵の位置を把握することが先です。発見しだい報告するのをお忘れなく。頼みましたよ?」

 

『大丈夫、大丈夫! うん、しっかり覚えてるさ! それじゃまた連絡するよ!』

 

 そう言って戦場にあっても軽快な声は途絶える。

 ……一抹の不安が残る辺り、流石あのライダーと嘆くべきか。

 或いはそれでも彼ならやってくれると信頼すべきか。

 

「……いえ、考えても詮無きことです。こちらも状況に備えてやるべきことをやりましょうか。そこの貴方、トゥリファス側を警戒している射手の部隊を増員するように伝達してください。それから城周囲の警戒に当たっている者たちへ、索敵範囲を狭めても構いませんので、とかく索敵範囲を密にするようお願いしてください」

 

 今は信じるだけだと割り切って“黒”のアーチャーもまた己が手足に命令を加えつつ、己のやるべき事へと舵を切る。

 挟撃への対策として“黒”のライダーに任せるにしても、敵が他の戦術を行わないとは限らない、例えば“赤”のアサシンの暗殺など、警戒しなくてはならないことは他にも多い。

 

「今の私の役目はこの城を“赤”の陣営の攻撃から守ること。であればその役目を果たすのみです」

 

 言いながら一度だけ、“黒”のアーチャーは戦場を見た。

 いやより厳密に言うならば“黒”のセイバーと戦う青年の姿か。

 

「…………」

 

 懸念は、ある。

 だがしかし今ややるべき事をやるのだと。

 “黒”のアーチャーは首を振って意識を切り替えた。

 

 

……

…………。

 

 

 ──実のところ、“黒”のアーチャーの予想は概ね当たっていた。

 少なくともこの戦場における(・・・・・・・・)“赤”の陣営の方針は挟撃によるミレニア城塞の攻略であり、“赤”のライダー、“赤”のバーサーカー、そして“赤”のセイバーの主従と、彼女はその様に行動している。

 

 故にこそ、彼女はこうして真剣にミレニア城塞の様子を窺っていた。

 

 森を介して街からミレニア城塞を偵察するというのは常人からすれば望遠鏡を用いても困難であり、それこそこれから数年先により実用的に活用されるだろうGPSなどの手段を使わなければ難しいが、自然の中に生き、そして弓兵として活躍したが故の高い視力を有する彼女にとって、この距離から城の様子を観察することは空の星々を見て取るよりも簡単なことだ。

 

「──ふむ、神父の狙い通り、敵は平原側を特に警戒しているようだな。さて後は私に気づくか気づかないか」

 

 気づいたならば察しの良い敵との開戦。

 気づかないのならば察しの悪い敵の後方を射抜くのみ。

 

 はたしてどうかと呟いた直後、城を跨いで平原の向こうから上空を一騎の飛影が街の方へと飛んでくるのを彼女の目が捉えた。

 

「ほう」

 

 感心の声は二つの意味を含んでいる。

 一つは此方に気づいてみせたこと。

 もう一つはこちらに気づいた者に対して。

 

 前者はこちらの狙いに気づいてみせた知恵者ぶりに感心し、後者は迫る敵の飛影に対しての感嘆だった。

 一見して鳥と見紛う飛影だが、しかしてその足は四本であり、人一人を乗せられる大きさであり、何よりも早い。

 

 正体は考えるまでもなく“黒”の陣営に属するライダーであろうが、人を背に乗せ空を駆る獣など現代には存在しない以上、十中八九は幻獣の類。

 “赤”の陣営に属するライダーと同じように、空を駆け抜けることができる敵のライダーの姿に感心したのである。

 

「見つかったのならば目立つようにと神父に言われていたことだし、せっかくだ。獣狩りといこうか」

 

 彼女──“赤”のアーチャーは犬歯を剝き出しにして獣のように笑い、様子見とばかりにまずは一矢。

 まるで汝はどれほどできるものかと問うように射る。

 

 トゥリファス市庁舎屋上から敵影までは未だ相手が上空を駆っていることもあって距離にしておよそ四キロほどと狙い撃つには凄腕の狙撃手でも不可能なほどの間合いであったが、彼女は息を吸う程度の簡易さでやってのける。

 些事だと言わんばかりに。

 

 実際、神代に荒ぶる獣たちが犇めく暗がりの森の中、無類の精度で獣たちを射殺し続けた彼女にとって、白貌を背に夜空を駆る飛影を打ち落とす程度、造作もない所業であった、

 そしてそれは受ける側にとっては悪夢ともなりうる。何せ闇夜の中、突如として地上から一矢が狙いを違わず急所を穿ってくるのである。

 それも四キロという距離が問題ない程の速度と威力で、だ。

 

 この闇の中、目でとらえることの難しい矢を風切り音で察してみせ、回避するのは極めて難易度の高い所業であり、それが出来たとするならば……。

 

「ふ……」

 

 それは、相手もまた並の英雄ではないということだ。

 飛影が舞う。矢が直撃する寸前に両翼を羽ばたかせて停止することで飛翔する一矢を難なく躱してみせた。

 

「いいだろう。ならば汝の相手はこの私だ。せいぜい上手く逃げ切って見せるのだな、“黒”のライダー!」

 

 それを以て敵手に相応の実力ありと見込んだ“赤”のアーチャーは様子見を止めて“黒”のライダーを射止めに掛かる。

 矢を引く──“赤”のアーチャーが有する弓の銘は「タウロポロス」という。月の女神より授かったこの天穹の弓は宝具として真名解放しなくても矢を引き絞れば引き絞るほど彼女の有する筋力のステータスに関係なく、矢の威力を増大していくことが可能なのである。

 

 先の一撃は特段、引き絞ることなく放った様子見の一撃に過ぎず、ならばこそ射止めに掛かると弓を引いた“赤”のアーチャーの次弾に加減は無い。

 

「ふっ……!」

 

 呼吸と共に夜天を穿つ三矢。

 僅かな時差で以て放たれた連続の矢は先の一撃とは速度が違う。

 音速の矢は一の矢が飛影の征く道を塞ぎ、二の矢が羽を削ぎ、三の矢が飛影を乗り手ごと射抜く必殺。

 先のように急停止で止まれば二の矢、三の矢が刺さる。迎撃するならば最低でも矢の速度を上回る武器捌きが必要。振り切らんとするならば急加速が必要であり、そんな直線的な動きをしようものならば狙いを合わせることは容易。

 四つ目で終わりだ。

 

 “黒”のライダーの対応は如何に──。

 

 見定める“赤”のアーチャーの視界に映る“黒”のライダーは、しかし“赤”のアーチャーの立てたどの想定とも異なる行動を取っていた。

 即ち……矢を躱さなかった。

 その結果が齎すのは言うまでもなく三矢直撃。なのに……。

 

「……なんだと?」

 

 三矢の矢が“黒”のライダーを通り過ぎる。

 狙い違わず“黒”のライダーを撃ち抜くはずの矢はその全てが狙いを外したのだ。

 

 対して“赤”のアーチャーから洩れたのは困惑の声。敵が躱したのならば当然のように次弾を放っただろうし、敵が迎撃したならば感心と共にそれに合わせて対策した上で矢を放っただろう。

 だが敵はあろうことか矢を躱さなかった。にも拘らず矢は逸れた。

 

 狙いを違えたか──あり得ない。

 ならば敵が何らかの細工をしたと見るべきだろう。

 

「……ッ!」

 

 無言で放つ四矢目。威力よりも速力を、より狙いを定めた上で放った一矢の行方を“赤”のアーチャーは凝視する。

 森を駆ける狼よりも卓越した、梟が如き視野を有する彼女は夜であっても矢の行方も敵の姿も確と追える。

 

 かくして敵の絡繰りを見逃すまいと見開いた眼は、穿つ矢の行方と敵の絡繰りを正確に捉えきった。

 矢は外れてない。矢が当たる寸前、“黒”のライダーは確かに回避行動を取っていたのだ。ただしその方法が、羽ばたくことも身を翻すこともなく、飛影が僅かに横にブレるという不自然な方法で、だが。

 

「幻影を用いて実像を誤魔化しているのか……或いは別の絡繰りがあるのか」

 

 どちらにせよ、これで“黒”のライダー相手に点での攻撃は不思議な手段で回避されることは分かった、ならば面で試すまでだろう。

 街を、正確にはトゥリファス市庁舎を旋回するように飛影が上空からこちらの様子を窺っている。

 最初の一矢、先の三矢を凌いだことでこちらを安全に観察できると楽観視したか、それともそれだけ自身の絡繰りに自信があるということか。

 

「ならば、これを見事躱してみるがいい!」

 

 言って放った矢は連射どころか五月雨のような矢群である。

 矢と矢の間など存在しないとばかりに放たれた矢の数は恐るべきことに総数二百以上。これならば幻影だろうが、他の手段であろうが、多少狙いをズラされることなど関係が無い。

 一矢、三矢でダメならばそれ以上を。

 言うは単純だが、それはそれが出来るだけの力量が弓兵にあることが前提である。そして弓兵として彼女にはそれが出来るだけの力量があった。

 それだけのことだが、対する“黒”のライダーは流石に予想外だったのか、慌てて上昇して矢の五月雨から逃れようとしている。

 

 が、もう遅い。見るに幻獣は神秘世界の存在だけに相当な機動力を有しているが、流石に“赤”のアーチャーとの距離を詰めすぎている。

 この距離であれば如何に早く飛ぼうと矢の雨の中に捉えられる方が早い。

 

 このまま針鼠が如く、数の暴力に押されて射殺されるが“黒”のライダーの運命……だが、その予測はまたしても外される。

 そして同時に“黒”のライダーが行う絡繰りを“赤”のアーチャーは目の当たりにすることになる。

 

 そも“黒”のライダーは上に()ぼうとしたのではない。

 上に()ぶのだ。

 

「な……に……?」

 

 眼前で起こったことに初めて“赤”のアーチャーは心底からの驚嘆を口にする。

 飛影が、“黒”のライダーが大きく上昇しようと羽を羽ばたかせたのと同時に、飛影がまるで最初からそこになかったかのように消えた。

 と思った瞬間、その上空。矢群から逃れる位置に突如として出現(・・)したのだ。この目の前で起こった現象、説明付けるならば。

 

「空間跳躍……だと」

 

 或いは瞬間転移と言ってもいい。実情は不明ながらも、“黒”のライダーは一瞬にして別の場所へと移動する能力を有している……!

 

 ──空を駆けるのみであれば“赤”のライダーもそうであるように、多少神代に近い騎乗兵であればそう珍しい手段ではない。だが、空間転移ともなれば話は別だ。何故ならそれは現代において魔法に迫る奇跡の技。

 何の準備もなしにやってのけるなど、神代の魔術師でも難しいとされる神秘である。如何ほどまで転移可能なのかは不明だが、それでも転移能力を有するとなれば話は変わってくる。

 

 “黒”のライダー……彼ないし彼女の操る騎馬は“赤”のライダーのそれに劣らない相当な宝具であるということだからだ。

 故に──。

 

「遊んでいる暇はないな。早々に、こちらの仕事(・・)を済ませてもらう」

 

 こちらの狙いに勘付く前に、作戦を遂行するのみ──。

 即断した彼女は即座に自らの有する宝具──その真名を開放する。

 

「──我が弓と矢を以て太陽神(アポロン)月女神(アルテミス)の加護を願い奉る」

 

 祈り捧げるのはギリシャ神話に名を刻む太陽と月の神々の姉弟。

 

「この災厄を捧がん──」

 

 願い乞うのは敵への災厄。

 

 天へと傾ける弓に番える二矢は他ならぬ神々への貢ぎ物だ。自身への加護を訴え、同時に贄を捧げる嘆願の二矢。

 加護とは、他ならぬ彼女にとっての幸いであり、贄とは他ならぬ敵のことである。

 即ち──彼女が呼び込むのは敵にとっての災厄である。

 

「──『訴状の矢文(ボイポス・カタストロフェ)』!」

 

 かくて二矢が天高く放たれる。

 直後、夜天に星々と見紛う淡い光が瞬く。

 

 太陽と月の神であると同時に弓の神と狩猟の神という側面を有する神々はギリシャ神話に語り継がれる俊足と名高い狩人、“赤”のアーチャーこと英霊アタランテに願い乞われた通り、敵方に災厄を齎す。

 ただし狙いは“黒”のライダーにあらず、降り注ぐ先はミレニア城塞。

 

「ふっ、やはり対応するか」

 

 先の“赤”のアーチャーが自力で以て起こした五月雨の矢など比較にならない程の災厄(カタストロフェ)とも言うべき矢の豪雨を前に、城を囲うように結界が展開される。

 規模は“赤”のランサーの一撃を防いだほどのモノではないにせよ、城の真上を傘のように囲う守りは災厄を殆ど抑えきっている。

 規模や見た目からして即席の魔術だろうに、敵方にはこちらのキャスターとは違って相当な力量の魔術師が付いているのだろう。

 だが、数の暴力は流石の即席技では抑えきれない、僅かに守り損ねた一割が城塞を削り壊さんと迫る。

 

 しかし降る矢を散らす、一矢が正確に、そして間断なく降る雨を逸らしていく。こちらは“黒”のアーチャーであろう。

 後方に待機していた二騎の英霊はこの窮状にあっても完璧に、かつ的確に“赤”のアーチャーの宝具を防いで見せた。

 

 ならばこの場合、“赤”のアーチャーの狙いは“黒”の陣営の守りの前に屈したのだろうか、無論、否である。

 作戦通り──彼女の役目は済んでいる。

 

 “黒”のセイバー、“黒”のバーサーカー、“黒”のランサー。

 

 彼らは平原の主戦場へと向かった。

 

 “黒”のアーチャー、“黒”のライダー、“黒”のキャスター。

 

 彼らは後方からの攻撃に掛かりきりとなっている。

 

 “黒”のアサシンは所在不明ながらもこの守戦において活躍できるほどの性能を有していないのは既に神父が生死を彷徨うことを代価に確認済み──。

 

「では、あとの役目は汝らに委ねよう。曰く最優とやらの実力を見せてもらおうではないか、なあ──“赤”のセイバーよ」

 

 そうして“赤”のアーチャーは“赤”のキャスターの御守りが提げられていた(・・)首元に触れる。

 

 直度、ミレニア城塞を揺るがす赤雷の一撃。

 それは城塞の守りに風穴を開け、侵入口を作る。

 以て作戦は予定通りに。

 

 

 

 

 街から遠く離れたミレニア城塞。

 城壁破壊によって巻き起こった砂煙を剣で振り払いながら首元から手帳のような御守りを引っ提げた鎧騎士が笑う。

 

「よっしゃ、いっちょ大聖杯とやらを拝んでやろうじゃねえかマスター!」

 

「おう、ただし深追いはし過ぎるなよ。あと勢い余って暴れすぎるな。大聖杯をぶった切っちまったら目も当てられん」

 

 かくしてミレニア城塞に現れたのは最優の英霊、“赤”のセイバーとそのマスター。

 遂に“黒”の陣営に対して、“赤”の陣営は真なる接敵を行うのであった──。




「真の英雄を目で──む……いかんな、つい癖で。この場での魔力消費は好ましくない、か」

「うっわ、あのランサーなんかめっちゃ睨んでる。へ? 何だい君? 何かボクのこと褒めてる? あははは止めろよ照れるだろー」

『きゅー(相変わらず運がいいなぁ……無知って幸せですね主)』


──偵察中、貧者と勇士と聡い使い魔
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